かつて、岳父が地方都市のコミュニティに推されて市議会議員に立候補したときのこと。娘婿の私として顔を出さないわけにはいかず、選挙事務所を訪れた。正面のダルマの後ろの壁に、市長さんの揮毫による「**殿 祈 必勝」の大きな文字が墨痕淋漓と書かれている。しかし「必」の筆順が違っていた。
私は以前から、この字の書き方が普通でないことを不思議に思っていたから気づいたのだが、「必」はなぜか筆順がややこしい。たいていの人は「心」を書いて、それから「ノ」を入れる。楷書で書けば過程がどうであれ、紙の上に残った筆跡は正しく見える。しかし、少し続けて書いたりしたら、最後のところが「ゆ」のようになって筆順も見えてしまう。市長さんの揮毫はそれだった。
「必」の正しい筆順は、まず「ソ」を書いて、次に左上から右下に滑って跳ねる曲線(「」のような形)を書き、次いで左端の「ノ」、最後に右端の「\」を書いて終わる。左に行ったり右に行ったり、まるで多数の敵に囲まれた侍がバッタバッタと斬りまくっているような、チャンバラみたいな筆順なのだ。 と、文章で説明しても、しかもネット上では記号も適切なものがないので、何を言っているのかわからない人がいるかもしれない。と思っていたら、それを解く絶妙の説明に出会った。一昨日、コメントを寄せられた(下欄)“漢検1級ブログ ボクちゃん日記”で見つけた。
必ずかける「必」それはソレハである
そう、「ソレハ」と書けば、正しい筆順になる。こんな簡単な説明があるとは……と感嘆した。
それにしても、わざわざこんなややこしい筆順を考え出した本家本元がオカしい(成り立ちの根拠はあるのだろうが、あいにく浅学な私にはわからない)って気がするけれど、結果オーライのような今日、経過を大切にする日本文化の奥ゆかしさとして受容すべきなのだろうか。 競技大会に出場する選手や、選挙に立候補する人の激励会などで、「必勝」の文字を揮毫する立場にある方、くれぐれもご注意を。
なお、岳父は見事当選し、本人の人望もさることながら、市長さんの揮毫も与って効力があったかもしれない。筆順の違いに、選挙運動員は誰も関心がなかったようだ。
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