病院で採血されたとき、看護師さんに「素敵な帽子ですね」とホメられた。「ボルサリーノです」と応えたが、ブランド名を知らないようだった。 「アラン・ドロンの映画の題名にもなってる、イタリア製の……」 「そうなんですか、すごいですね」 実は、アウトレットモールで、妻の助言もあって買ったものなのだ。 「もう、汚い爺になっちゃったから何を被っても意味ないんだけど」 「そんなことないです。よく似合ってますよ」と看護師さんは如才ない。 爺は機嫌よくなって、思い出すままに、 「殺し屋に扮するドロンがね、鏡を見て、こうやって」と左手で(右手は採血されているので使えない)ソフトの前ツバを「真っ直ぐにしてから殺しに出かけるシーンがある。それがカッコよくてね」……ん、あれは違う映画だったかな。 「そうなんですか、気持ち若いですねえ」と看護師さんは上手をいう。そのとき、血液を採り終えるまで、機嫌をとって動かれないようにするのが仕事なのだ、と気づいた。
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