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4128.伊奈波神社  
名前:潤次郎@めでたくもないが    日付:2007/1/3(水) 23:27
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実家から徒歩3分なので毎年元旦に足を運んでいる伊奈波神社に今年も初詣に行った。
いつもより時間が遅かったせいか、容易に身動きがとれないほどの混雑で(写真左・中)、
自宅から徒歩3分でも、参道の階段から上100mは15分くらいかかった。

伊奈波神社の祭神については、地元の人もほとんど知らないのではないだろうか。
小生も昨年10月まで知らなかった。10月に金公園で行われたビーンズフェスタで、
隣の金神社を訪れ、祭神が「渟熨斗媛命(ぬのしひめ)」であることを知ってから、
伊奈波神社についても知るところとなった。
一言でいって実に興味深く面白い。地元版「空白の4世紀」の謎解きの醍醐味がある。

伊奈波神社略由緒から、祭神を列挙する。(写真右参照)

主神=五十瓊敷入彦命(垂仁天皇の第一皇子に坐す)
配祀神=淳熨斗媛命(主神の妃君に坐す)
     日葉酢媛命(主神の母君に坐す)
     彦多都彦命(主神の外祖父に坐す)
     物部十千根命(主神の功臣に坐す)

同じく、伊奈波神社略由緒によれば、五十瓊敷入彦命は、朝廷の命を承けて
奥州を平定したが、一緒に同行した陸奥守豊益が、五十瓊敷入彦命の成功をねたみ、
一足先に都に帰り、命が帝位をねらっていると讒奏したため、朝敵として攻められて、
この地にいたり討伐されたとある。悲しみに暮れる妻の渟熨斗姫命は夫の死を悼み
この地で御霊を慰めながら生涯を終えたという。

小生この2ヶ月間古事記、日本書紀を中心に、彼らが誰なのかを調べてきた。
その結果、驚くべき結論に達したのである。
神社由緒にある内容は、ほとんど後世の作り話である。五十瓊敷入彦命が死んでから、
渟熨斗姫命が生まれており(しかも九州で)、この二人が夫婦であることは
あり得ないし、そもそも五十瓊敷入彦命がこの地に来た事実もない。

では、一体彼らは誰なのか?なぜこの地に祭られているのか?本当の主神は誰なのか?
なぜ伊奈波神社、金神社と言うのか?この地を支配していたのはそもそも誰なのか?
五十瓊敷入彦命は垂仁天皇の第一皇子なのに、なぜ即位しなかったのか?

小生にはだんだん分かってきた。霧が晴れ景色が見えてくるように。
先日、五十瓊敷入彦命が居たと記紀に明記されている奈良にある日本最古の神社
「石上神宮」にも足を運んだ。

ここに記していくには、あまりに膨大な量となろう。また、一度郷土の歴史研究家と
議論したいと思っている。五十瓊敷入彦命の他の縁の地も訪ねなければならない。
全てを明らかにするのは、もう少し先になる。例えば定年後に書物にまとめたいと考える。

元日の朝、それでも小生は、手を合わせいくつかのお願いをしたのである。
空(から)の神様に向かって。



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