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建設営業マンへのメッセージ
                      私が愛した建設業! 全国の建設営業マンに贈る静風からのメッセージ

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139.私の転社劇(その3)  
名前:静風    日付:2014/5/6(火) 7:53
「なんでお前がR社か!
そんなところでお前が働いて、俺が喜ぶとでも思っているのか!!」と
いって涙を流して叱責した父であったが、

4年を経過したある日、父が68歳になったとき、ぽつりと私につぶやいた。

親父の死んだ年になったばい、と

そういえば松林家は祖父も祖々父も68歳で亡くなっているのだ。
やはり気になるのだろう。

そいじゃ墓でも綺麗にしとこうか、

松林家の墓はかなり広かったが、泥の墓地で
石塔も幾分傾いている状況だった。
隣りの墓地との境界もはっきりせず、子供達の遊び場になっていた。

父の訓を後世に残そうと私が「真心」と書き、石屋さんに彫ってもらった。
周囲は洗い出しブロック塀ですっきりと仕上がり、立派な墓が完成した。
 

ところが本当にその墓の完成を待つように、父の母が他界した。
複雑な心境だった。

そしてその葬儀の時、
会社を辞めて10年以上を経過した父の勤め先からは
社長が来るわけでもなく、花輪が届くわけでもなく、
むしろ長崎営業所長であった孫の私の花輪、電報、そして弔問者が詰め掛けた。

自分の実母の葬儀なのに喪主である父には少し寂しい思いをさせた。

ああ、やはり家には祭主が必要だ。
そして父の臨終に際し、安寧のひとときを持ち、
葬儀をしめやかに執行してやらなければならない。
それが人として生まれて、最大の行事であり、務めであると、
そう感じた。

38歳の時、退社を決意し、支店長にお願いしたが、なかなか辞められず、
実際に会社を離れることになったのは何と、1年後の7月1日だった。

6月27日に東京本店で送別会、
28日に大阪本社で送別会、
29日は九州支店で送別会、
30日は長崎営業所で協力会社社長も交えて送別会、
そして翌7月1日はR社のフロアで新任挨拶をさせていただいた。

その私も我が家系の鬼門、68歳をなんとか乗り越えられた。
あとはおつりの人生、見事に散りたい。


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