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建設営業マンへのメッセージ
                      私が愛した建設業! 全国の建設営業マンに贈る静風からのメッセージ

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138.私の転社劇(その2)  
名前:静風    日付:2014/5/6(火) 7:54
私の転社劇について前回述べたが
実はその10年前にも、前兆劇があっていた。

入社から7、8年後にはF社は躍進に躍進、
業界のルーキーとして一躍注目を浴びる存在に成長していった。

私が29歳のとき、父が大病に罹り、危ないとの報が東京へ届いた。
仕事で帰りたくても帰れない。
当時私は土木設計課長として課員10名を擁し、一番油の乗りきっているときであった。
ひょっとすると自分は親の死に目に逢えないかもしれん、という気持ちが
かすかに脳裏をかすめた。

私の上司にM・Iといい、東京本店の副店長をしている大学の先輩がいて、
私を弟のように可愛がっていた。
長崎のR社のT部長とは熊大土木の同期だった。

当時のR社は三菱重工の海外火力プラント進出に併せて、海外工事のスーパーバイザーを
懸命に探している最中であった。

その相談は当然のように同窓であるI副支店長にもなされていた。
あるとき、I副支店長から
「松林、俺がこんな話をするのも変な話だが、
長崎のRという会社に俺の同期がいて、どうしてもお前みたいな
設計も現場もわかる男を欲しがっとるが、話を聞いてやってくれんか」との相談があった。
父のことで頭が一杯だった私にとってそれは貴重な提案であった。

すぐに長崎に飛んで、当時のR社の社長、T部長と面談、
前向きに検討することで合意し、その足で父のところへ向かった。

父は病床で烈火の如く怒った。
「政寛、俺はお前が大手ゼネコンのF社で活躍し、頑張ってくれていることが
俺の誇りじゃないか、生きがいじゃないか!! なんでお前がR社か!
あんなところでお前が働いて、俺が喜ぶとでも思っているのか!!」
「F社の最後の一本の柱になって会社をお前が支えてやれ」
と言って、涙を目に一杯溜めて叱責した。

私は父の言葉の中に男親の美しさをみた。
そしてT部長に電話をした。
「誠にご好意を戴きながら、申し訳けありません」と
世間では父に限らず、まだ当時のR社を出向者対策の営繕部門としか見ていなかったのだ。

皮肉なことにF社はその直後、5年間ほとんど受注のなかった東京都担当の
営業課長をレイオフとし、私をその後任とした。
私は技術者としてでなく、営業マンとして真価を発揮し、
ついに皮肉な運命のいたづらか、長崎営業所長に任命されることになる。

営業所着任後4年が経過した時、父の母が亡くなり、
仏事を重ねるうちに、父はもう私が郷里に残ることに反対をしなくなった。

「お前の人生だ。思うとおりに頑張りなさい」

それが改めてR社に転社することを相談した時の父が私にくれた
「はなむけの言葉」だった。


「138.私の転社劇(その2)」への返信

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