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海音寺潮五郎掲示板
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39.小説『鷲の歌』いいですね!  
名前:きりたんぽ    日付:2006/11/23(木) 22:8
こんばんは。tsubuさんは『鷲の歌』をお好きなんですね。本棚から引っ張り出して読みだしてみるとハマッテしまって、仕事が忙しいのに・・・。
私も「文庫コレクション大衆文学館」を博多駅構内の本屋で買い求めたのですが、昔読んだ本を手に取ると、この頃とみに記憶力が衰えているのに、不思議とこの本はどの本屋で買ったとか覚えていて、あのころはあんな生活をしていたなと懐かしくなりますね。
ところで、海音寺氏の小説は史実から題材を求められることから悲劇といっていい小説が多いですね。
お読みになっていない方もおられるので内容を詳しく書くべきではないのでしょうが『鷲の歌』も含め、歴史の流れの中で志を遂げることが出来ず、結果として敗者の立場となり、勝者の歴史の中に埋もれてしまった、そんな人物達に正当な評価の光を充てようとされる海音寺氏の立場からすれば、一見結末が悲劇的に見えるのは必然かもしれませね。「平将門」「藤原純友」「西郷隆盛」・・・。
悲劇といえば、私などように皮相な見方では功成り名を遂げたと見える「豊臣秀吉」についても、海音寺潮五郎氏は『新太閤記』で晩年の秀吉について、大英雄であっただけに、これ以上書くには忍びないとしてサラッと終わられています。人生の半ばを超えた身としては何が幸福で何が不幸なのか、何が悲劇なのか考えさせられますね。
さて、結末が悲劇的とは言いましたが、私の好きな長編小説は「藤原純友」を題材とした『海と風と虹と』ですね。本当に何故絶版になっているのか不思議なくらい面白いと思います。もちろん『平将門』も素晴らしいですね。それら長編と同時代を扱った『王朝』もとても素敵な短編集です。お勧めです。



41.Re: 小説『鷲の歌』いいですね!
名前:きりたんぽ    日付:2006/11/25(土) 19:42
みなさんこんにちは。小説『鷲の歌』で書き忘れておりましたので追記します。文庫コレクションの巻末には作家田中芳樹氏の『「耳(のみ)」の一字』と題するエッセイが載っています。田中氏は二十八騎となった項羽軍が圧倒
的な劉邦軍に最後の戦いを挑み、わずか2騎だけ失った表現「亡両騎耳」について、「耳」の一字から海音寺潮五郎氏が司馬遷の項羽に対する高い評価を読み取られていると書かれています。(恥かしながら私自身は『中国英傑伝』を読んだ時にそこまで気付きはしませんでしたが・・・)
司馬遷だけでなく、当時の人物の心を読み取るとかといったことは(皆と言いませんが)歴史学者と呼ばれる史学のみ専攻される方達よりは文学者の世界ですね。勿論海音寺氏のような正統で該博な歴史知識に裏付けられていてこそできることですが。
例えば、『武将列伝』の「楠木正成伝」は短い作品ではありますが、歴史学者の書かれた本も含め何冊か読んだ南北朝関係の本の中で、「濁りきった世を規制するために朱子学の行者たらん」として勝敗の見えた戦いに臨んだという、海音寺氏の解釈以上に納得できるものはありませんでした。そういえば海音寺氏も歴史上の人物にはとてもやさしい目で見られるのですが、実証的にしか歴史を見ることのできない現代の歴史学者には随筆などで小気味よく結構きびしい批判を書かれていますね。
ところで本家の掲示板でtsubuさんがぼやかれて?いた、「敬天愛人」典拠論は多分私がWebで見かけたものと同じものだと思うのですが果たしてそうであれば、私など素人から見てもその方の論はずいぶんピントの外れたものだと感じました。西郷の到達した「敬天愛人」の思想は、「南洲翁遺訓」を虚心に読めばおのずと理解できると思うのですが・・・。話がそれましたがこれも同様で、歴史をどういう立場でみるか、歴史から何を得るか、何を学び取るかの考え方の違いと言えるのでしょう。
さて、前にも同じようなことを書きましたが、海音寺文学の面白さ、即ち歴史上の人物の真の姿にまで迫る凄さは、海音寺氏が真に人間という生き物を深く理解、それも頭ではなく心をもってして理解されていることに尽きると思います。そういった海音寺氏の姿勢は多くの随筆にもよく表されています。『史談と史論』をはじめ多くの随筆があります。もしまだお読みになられていない方があれば、是非ともこれら随筆もお読みになることをお勧めします。『鷲の歌』と関係ない話になっていまいましたね。すみません、tsubuさんと同じく海音寺氏の作品の話になると止まらなくて・・・。


43.Re: 小説『鷲の歌』いいですね!
名前:tsubu    日付:2006/11/28(火) 23:18
きりたんぽさん、こんにちは!

私も本棚に並ぶ書籍をどこの本屋で買ったのかはその本の内容よりよく覚えていたりすることが多いです(笑)。
特に海音寺さんの作品に関しては、どれも思い入れが深いので、これはどこで買った本とか、どこの古本屋で見つけたものとか、鮮明に覚えていたりします。
特に海音寺さんの本を古本屋の本棚で見つけた時は格別嬉しいものでした(^^)

さて、話は変わりまして、確かに海音寺さんの作品には悲劇的な結末や人物を扱ったものが多いような気がします。
しかしながら、読み終わった際の後味の悪さというのは一切感じませんよね。何かしらの心地良い余韻が残るのは、海音寺文学の一つの特徴であるかもしれません。
『平将門』しかり『海と風と虹と』しかりですね。
きりたんぽさんのおっしゃる通り、ほんとなぜ『海と風と虹と』がずっと絶版なのかが理解に苦しみます……。
是非、文春文庫で復刊してもらいたいものですね。

次に、歴史論と言いますか、歴史上の人物論についてですが、海音寺さんの『武将列伝』や『悪人列伝』の中でも顕著に現れていますが、きりたんぽさんのおっしゃる通り、歴史を実証的にしか見ることの出来ない歴史学者やそれら歴史論に対して、海音寺さんは批判をされていることが多いですね。
何事も史料第一主義を採る歴史学者には、歴史の本質が見えていないことが多いことを海音寺さんは色んな作品の中で指摘されていらっしゃいます。
海音寺さんの言葉をお借りするならば、史料的に見れば歴史とはブランク(空白)だらけの代物であるので、それら全てを史料だけで解釈出来るものではないと私も感じてなりません。
その歴史のブランクを埋めるものは人間の想像力であったり、推測・分析であったりするわけですが、それらは綿密な歴史検証に基づいた上で、自らの持っている知識、経験などの能力をフルに生かしたものでなければならないということは、海音寺さんが常におっしゃられていたことだったと思います。
海音寺さんの言葉に「その昔、歴史は文学であった」というものがあったと思いますが、海音寺さんが司馬遷の「史記列伝」を非常に買っていらっしゃったのは、そういった歴史の中の文学性を司馬遷が上手く表現し、そしてなおかつ歴史の本質に鋭く迫っていたからだと思います。

最後は余談になりますが(笑)、西郷の「敬天愛人」に関してですが、私が「吉之助の部屋」に書いた話と、きりたんぽさんがご覧になられたWeb上の文章は同一だと思います(笑)。
こちらにも少しぼやかせて頂きますが(笑)、西郷の「敬天愛人」の言葉の典拠は、中村敬宇の言葉の引用であることは、その歴史学者の方に指摘されるまでもなく、西郷を少しでも深く研究された方であれば、どなたでも知っているような基本事項だと思います。
このことにつきましては、『新西郷南洲伝』を執筆された哲舟さんがそのブログの中で詳しくお書きになられているのでここでは触れませんが、「敬天愛人」と書かれた書幅には「南洲書」と書かれていることから、これは西郷が他の人の言葉を書き写したことは間違いありません。
つまり「私(南洲)が書写した」という意味で、「南洲書」と書幅に書いているわけです。
歴史というものは着眼点の相違によって、その結論がまったく別のものになってしまうこともよくありがちですね。
そのため、私は常に「歴史は多角的に見なければならない」と心がけておりますが、ある一種の固定概念が原因で本質を見失うこともありますから、私も常に自戒の言葉としています。

何だか最後はまたもボヤきましたが(笑)、ほんと海音寺文学の話をし出すと止まらなくなるのは私もきりたんぽさんも同じようですね(^^)
これからも海音寺文学を大いに語り、大いに楽しんでまいりましょう!


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