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GONsan's “気まぐれ掲示板”

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9425.3/3(火)は、浄土寺奥の院・岩屋巨石・高見山・因島大橋を散策でした(^.-)☆(20)  
名前:GON    日付:2020/3/25(水) 20:31
 賑やかな若者達を横目に燈台方向に進んでいきますと、行き当たりに「因島八十八ヶ所霊場一番札所『霊山寺(りょうぜんじ)』」が(^.-)☆

 ◆霊山寺(りょうぜんじ) --- 因島八十八ヶ所霊場一番札所(島四国:しましこく) ---

 ・霊山寺(りょうぜんじ)の概要

 因島八十八ヶ所霊場一番札所となっている霊山寺(りょうぜんじ)は因島大浜町、因島大橋記念公園の西端の海岸にあるお寺です。

 ・因島に伝わる弘法大師伝説

 むかし尾道に住む漁師が四国へ漁に出た帰りに一人の旅僧から「どこでもよいから舟の着いたところへおろしてもらえないかね」と便乗をたのまれたので快く舟に乗せ、途中なにごともなく、大浜の現在灯台のある浜辺へ降ろしました。
 旅姿の僧侶は厚く礼を言って上陸しました。漁師が見るともなしに振り返ると、たった一人乗せたはずの旅僧がみるみるうちに増えて八十八人の僧が次々と上陸して行きました。
 この話は人から人へと伝えられ弘法大師が因島へ渡られたのだという噂が広まったのでした。その後も奇跡的な事がたびたびあったので、明治45年因島の全村が話し合い島四国(しましこく)として、因島八十八カ所の札所を設けることになり全島民の奉仕により巡拝路程84kmが整備されました。
 毎年旧暦の3月20日に「お大師さん」と呼ばれている行事が行われます。

 ・島四国のお接待

 「因島八十八ヵ所霊場」を地元では「お大師さん」(おだいしさん)と呼んでいます。因島では、毎年旧暦の3月20日に「お大師さん」 と呼ばれている行事が行われます。
 因島の霊場を巡礼する「お遍路さん」のことで、お堂を守っている地区の住民がお茶と菓子を用意して巡礼者の「お接待」をしてくれるのです。

 ・因島札所伝説

 むかし尾道に住む漁師が四国へ漁に出た帰りに一人の旅僧から「どこでもよいから舟の着いたところへおろしてもらえないかね」と便乗をたのまれたので快く舟に乗せ、途中なにごともなく、大浜の現在灯台のある浜辺へ降ろしました。
 旅僧は厚く礼を言って上陸しました。漁師は見るともなしに振り返ると、たった一人乗せたはずの旅僧がみるみるうちに増えて八十八人の僧が次々と上陸して行きました。
 この話は人から人へと伝えられ弘法大師が因島へ渡られたのだという噂が広まったのでした。
 その後も奇跡的な事がたびたびあったので明治45年因島の全村が話し合い島四国として、因島八十八カ所の札所を設けることになり全島民の奉仕でつくされました。この巡拝路程は84qで3日間のハイキングコースに絶好、旧3月21日(お接待の日)を中心に付近の島々や、かつては遠く北海道方面からも大師のご遺徳を偲び村上水軍の遺跡や美しい島のまわりの景色を訪ねつつ、島人の厚い情にひたる参拝客も多い。

 …と、WEB上で調べますと、こんな「因島八十八ヶ所霊場一番札所『霊山寺(りょうぜんじ)』」のようであります(^.-)☆
 それでは、燈台に向かってみたいと思います。
 「大浜埼燈台記念館」の標識近くには、こんな案内板が…

 ◆航路標識の歴史 --- はじめに ---

 眼前の布刈瀬戸をご覧下さい。大きい船や小さい船が航行しているのが見えるでしょう。
 一目見ると自由に海を走っているようですが、海には陸上の道路と同じように「航路」というものがあるのです。安全に船が走れるよう船に教えているのが「航路標識」の役目です。
 航路標識といえば、なじみの少ないことばですが、その中で代表的なものが、眼の前にある燈台や海の上に浮かんでいるブイ(灯浮標)などです。航路標識は、常に船が位置を確認するために設置された「海の道しるべ」などです。
 海の道しるべは、光だけでは天候が悪い雨や霧の日には利用できないし、遠くの海では利用できませんので、遠くの海や天候の悪い日でも利用できる電波を利用したものも多くあります。
 これから航路標識の歴史について学んでみましょう。

 そして、少し上がった場所にも、また案内板が…

 ◆航路標識の歴史 --- 航路標識のはじまり ---

 昔、人が海を渡り始めたときは自然の山や岬を目標として航海をしていました。しかし船の発達とともに夜でも利用でき、遠い距離から目標を知ることが必要になってきました。
 今から約2,300年前、エジプトのナイル河の入口にあるフアロス島に、当時のエジプト王トレミー二世が60メートルの塔をつくり、毎夜、ヤシの木をたいて航海の目標としました。
 この灯火は、遠くの海上から見えたと言われています。これが世界の燈台のはじまりです。
 日本では約1,200年前、平安時代仁明天皇が遣唐使の一行が日本に帰るのが遅いのを心配して、昼は「のろし」、夜は「かがり火」を太宰府の防人に命じて、航海の目標にさせたということが、「続日本後記」という書物に記されています。これが日本の燈台のはじまりです。
 このように燈台は、外国でも日本でも、交易等によって船の航行が多くなるにつれ、しだいに発達してきました。

 ふ〜ん、「航路標識」には、こんな歴史がありますのですねぇ(^-^)//"












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