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GONsan's “気まぐれ掲示板”

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10738.9/7(火)は、「大佐山白塚古墳・尾市古墳」を散策となりました(^.-)☆(1)  
名前:GON    日付:2021/9/15(水) 10:40
 曇天で蒸し暑さはありましたけど、9/7(火)は福山市新市町の「大佐山白塚古墳」と「尾市古墳」を散策します事に(^.-)☆
 我が家を出ましたのは、A.M.9:15で、「新市クラシックゴルフクラブ」方向を目指し、大佐山白塚古墳への上り口に神社がありましたので、ここで暫し休憩です。時間は、A.M.10:00前。
 大佐山白塚古墳へは、この神社から車で1.6km、歩いて1.4kmとの案内表示がありましたから、古墳は目前ですネ。
 WEB上で「大佐山白塚古墳」を検索してみますと、こんな記載が…

 ◆広島県の文化財 - 大佐山白塚古墳

 --- https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/bunkazai-data-206120450.html ---

 ・【解説】

 標高188mの大佐山頂上からわずかに南に下った高位置にあり、付近から芦田川中流の眺望は格別である。古墳は円墳(一説に方墳)と見られており、内部主体は巨大な切石を整然と積みあげた横穴式石室で、南向きに開口する。全長7.8m、玄室は長さ3.75〜3.88m、幅1.9m、高さ2.2m、羨道は長さ約4mで高さ、幅とも玄室と大差なく、両者の境には両側に柱状の石をたて、それに鴨居状の石が横架し、玄室と羨道を分けている。石と石との間隙には、漆喰がつめられた痕跡がうかがえる。7世紀前半の古墳であろう。付近の傾斜面には、やや小規模の横穴式石室墳が数基分布するが、これには漆喰の使用は認められない。

 ・名称 -- 大佐山白塚古墳
 ・よみがな -- おおさやましらつかこふん
 ・指定 -- 県指定
 ・種別 -- 史跡
 ・所在地 -- 福山市新市町
 ・指定年月日 -- 昭和23年9月17日
 ・昭和24年8月2日(名称変更)
 ・構造形式 -- 円墳、横穴式石室
 ・法量 -- 石室/長7.8m、玄室は長さ3.75〜3.88m、幅1.9m、高さ2.2m、羨道は長さ約4m

 ◆大佐山白塚古墳 -- 県指定史跡

 --- https://www.k-shinichi.com/spot?id=18 ---

 新市町戸手にある戸手まなび学園の東側の谷、戸手川沿いを上流に上っていきます。道中は道が狭い為離合が難しくなっています。
 神社を超えると民家がなくなり山の中に入り、400mくらい進むとカーブを曲がったところに池の土手が見えます。
 土手が見えてすぐの場所に分岐がありますので、さらに狭い右の道を進みますと300メートルくらいで広場が見え、そこを右折すると150mで駐車場につきます。付近は桜が80本植樹してあり、時期には見事な桜を見ることができます。
 駐車場から道沿いに150mほど進むと東屋のある広場に到着です。
 広場から案内に従い100mで古墳群に到着です。

 大佐山古墳群で発見されている7基のうち、最も高い位置にある1号墳が大佐山白塚古墳となります。白塚古墳に入っている「白塚」は石室に漆喰が塗られていたことに由来するといわれています。
 残念ながらこの白塚古墳以外の石室には漆喰が塗られたあとは見つかっていません。大佐山白塚古墳のみが広島県の史跡に指定されています。
 7世紀前半〜中期の古墳で、身分に応じて墳墓の築造やその規模などを制限した勅令の薄葬令が大化2年(646)に出されており、その前後の最終末期の古墳と思われます。
 周辺は、標高188mの大佐山山頂より近い高い場所にあり、新市町、駅家町、府中市などが見渡せる眺望は格別です。
 墳丘は一辺12mの方墳と考えられ、内部主体は花崗岩の巨石を側壁二段、奥壁は一枚もので組上げた横穴式石室になっています。玄室は長さ3.7m、羨道は約4m、幅は両者ともほとんど同じ1.8mとなっています。
 また両者の境にはきれいに加工された切石を鳥居形に組んだもので仕切られており、手前と奥の2室に分かれる構造となって、非常に精緻な造りになっています。
 案内板も設置されたり古墳群のすぐ下に小さな東屋が建ちベンチなどが設置されるなど、地域の皆さんの力で公園の整備が進められています。

 ◆大佐山白塚古墳(おおさやましらつかこふん)

 --- https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/64216.html ---

 県指定史跡 昭和23年(1948年)9月17日指定

 標高188mの大佐山山頂よりわずかに南に下った高位置にあり、付近からの芦田川中流域の眺望は格別である。墳丘は一辺12mの方墳と考えられ、内部主体は大きな切石を整然と積み上げた横穴式石室である。玄室は長さ3.7m、羨道は約4m、幅は両者ともほとんど同じ1.8mである。また両者の境には両側に柱状の石をたて、それに鴨居状の石が横架されており、2室に分かれている。
 白塚と呼ばれているように、石と石との間隙には、漆喰の痕跡が認められる。
 この古墳の築造は、7世紀中頃と考えられる。同様の構造をもつ石室は大坊古墳(神辺町)や狼塚2号古墳(駅家町)にみられる。

 ◆大佐山白塚古墳

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 大佐山白塚古墳(おおさやましらつかこふん、大佐山1号墳)は、広島県福山市新市町戸手にある古墳。形状は方墳(または円墳)。大佐山古墳群を構成する古墳の1つ。広島県指定史跡に指定されている。

 ・概要

 広島県東部、神辺平野北縁の大佐山(標高188メートル)の山頂付近において、平野を一望する南斜面に築造された古墳である。一帯に分布する大佐山古墳群のうちでは最大規模になる。これまでに発掘調査は実施されていない。
 墳形は方形(または円形)で、一辺12メートルを測る。墳丘正面の裾部には貼石状石列が認められる。主体部の埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、南方向に開口する。花崗岩の切石による整美な石室で、玄室・羨道の間には石柱が立てられる。副葬品は詳らかでない。築造時期は古墳時代終末期の7世紀前半(または7世紀中葉)頃と推定される。
 古墳域は1948年(昭和23年)に広島県指定史跡に指定されている。

 ・埋葬施設

 石室 玄室 -- 主体部の埋葬施設としては両袖式横穴式石室が構築されており、南方向に開口する。石室の規模は次の通り。
 石室全長:7.8メートル
 玄室:長さ3.75-3.88メートル、幅1.9メートル、高さ2.2メートル
 羨道:長さ約4メートル
 石室は花崗岩の切石による整美なもので、玄室と羨道の境には石柱を立ててその上に鴨居状の石を架けて区別する。玄室と羨道の規模を揃えようとした意図が認められるため、羨道部を前室、玄室部を後室とする複室構造の石室と解する説もある。同様の構造をもつ石室としては、大坊古墳(福山市神辺町西中条)・狼塚2号古墳(福山市駅家町法成寺)がある。
 石室の奥壁には一枚石が用いられ、側壁は玄室・羨道とも2段積みである。「白塚」という名称のいうように石室内面には漆喰が塗られたと考えられるが、現在では明瞭でない。

 ・広島県指定文化財
 史跡:大佐山白塚古墳 - 1948年(昭和23年)9月17日指定、1949年(昭和24年)8月2日に指定名称変更

 …と、こんな「大佐山白塚古墳」であります(^-^)//"












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