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若鷹の掲示板2 (学会員専用)
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1270.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/12(金) 12:9
かつて東京には、多くの路面電車が走っていた。森鴎外、志賀直哉など、文豪たちも自作に路面電車を綴っている。

夏目漱石の名作『三四郎』の主人公は、東京に出てきて「電車のちんちん鳴るので驚いた」という。

今も都内に残る「ちんちん電車」の都電荒川線に乗った。

新宿区の早稲田から豊島区、北区内を通って、荒川区の三ノ輪橋まで。12キロ余り。

自動車と同じ公道の上を進む所もあれば、専用の軌道を通る区間も。

下町を縫うように走る。住宅が近い。暮らしの息遣いが聞こえてきそうだ。

庶民の“ど真ん中”を走る都電。

地域に根を張り、民衆の真っただ中で信頼の輪を広げる、創価の友の姿にも似ている。

沿線の各区では、多くの学会員が地域活動に尽力する。

荒川区のある支部には昨年、地元の町会から地域貢献の労を讃え、感謝状が。

町会の役員は「学会の皆様のお陰で、町会の行事をはじめ地域全体が明るくなった。本当に有り難い存在です」と語る。

池田名誉会長は「地域に地盤を広げゆく中に、広布と人生の一番正しい軌道がある」

「地域で信頼を勝ち取る人が一番、偉い」と。

地域の発展に尽くす創価の同志がある限り、その地は必ず繁栄していく。

そのために祈り、行動することこそ我らの使命だ。(09.06.12) (晄)

1269.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/11(木) 10:41
学会本部が、今の信濃町(東京・新宿区)に移転して今年で56年。

「本部の近所はもちろん、各地で会館周辺の方々を大切にし、近隣友好の道を開いてこられたのは池田先生です」。

草創からの幹部が明言していた。

昭和40年(1965年)、広島会館(現・広島西会館)が誕生した時も、そうだった。

会館前の農家から苦情があることを知った池田名誉会長は一人、あいさつへ。

居合わせた家主の母に、「本当にお世話になります」「お身体、大切にしてくださいね」と。

数年後、名誉会長は再びその家へ。畑仕事を終えた家主夫妻の泥まみれの手を、固く握り締めた。

そして3度目は、名誉会長に一目会いたいと、一家全員が正装し、会館が見える玄関先から見送るまでに。

地域で一番の味方に変わっていた。地元の友も奮い立ち、町内の3割以上に本紙購読の輪が広がった。

目前の一人に、どこまでも誠実に接する名誉会長。

相手が誰であれ、その姿勢は全く変わらない。そこから広がった信頼と共感は限りない。

「至誠にして動かさざる者は、未だ之れあらざるなり」(孟子)。人の心は必ず動く。

そのうねりが地域、社会をも揺り動かしていく。

友好と信頼を広げよう。その最高の道が、師の示す「誠実一路」の精神だ。(09.06.11) (誠)

1268.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/10(水) 11:46
「政府は何をしてるんでしょう」「くたばるものはさっさとくたばれっていう腹よ」

「ふん、そう安直にくたばれますか」――これは、昭和23年1月に出た『婦人年鑑』に綴られた主婦たちの会話。

発行元は日本婦人新聞社。その編集室が入っていた東京・西神田の同じビルに、戦後再建期の学会本部もあった。

会話からは、旺盛な批判精神と庶民の逞しい生活力が感じられる。

一文は伸長された女性の権利に触れ、

「女性は得た利益を個人の懐中に封させず、社会の幸福として花咲かせるようにありたい」と結ばれている。

年鑑によると、終戦から8カ月で全国に2229の婦人団体が結成され、人数も約56万と推定。

一方で、共通の悩みとして「指導者のないこと」を挙げている。昭和26年(1951年)6月10日、創価の女性の連帯が、

平和の大指導者・戸田第2代会長の「女性の力は偉大なものであります」との宣言とともに誕生した。

婦人部の結成である。皆、自らの人間革命へ出発したばかりであったが、

日本の隅々まで、さらには国外へも、幸福の種を蒔きゆく決意を固め合った。

今、最も婦人部を大切にする師匠・池田名誉会長の信頼を胸に、

「世界一の婦人部・共戦月間」(7月12日まで)が朗らかに展開されている。(09.06.10) (杏)

1267.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/9(火) 11:6
アスファルトを割って咲く花に出あうと、しばし見入ってしまう。

強固なアスファルトも、成長する植物のような時間をかけて加わる力には弱い。

腰を据え、飽くなき挑戦を貫けば、ついには厚い岩盤さえも打ち破れる――勝利への執念を、小さな花に学ぶ思いだ。

1987年(昭和62年)7月、池田名誉会長は、山形の青年部員が営む果樹園へ。

彼が育てた「ナポレオン」という品種のサクランボの大木を前に、「基盤はある。

苦労して力をつけなさい。40代が勝負だ」と激励した。

彼は、苦境に立つ営農に活路を見いだそうと、品種改良、販売ルートの開拓に挑んだ。

しかし、待っていたのは、必死の努力を無にするような自然の厳しい仕打ち。そして、周囲からの嘲笑。

それでも屈することなく“通念”という壁を突破する挑戦を重ねた。やがて、労苦の実は結び、JAの要職でも活躍した。

物事の成就には、スピードが求められる場合がある。

一方、じっくりと、たゆまぬ努力を重ねることで、勝利へと結実するものもある。

あの日、師弟で仰いだ大木から根分けしたナポレオンの木が、山形文化会館(山形市)の敷地内にある。

3年前に植えられ、今月、初めて実をつけた。師弟勝利の姿を象徴するように。(09.06.09) (城)

1266.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/8(月) 10:10
「学生歌を歌ってはどうだろう」「音楽隊の皆さん、頼みます!」。先月の本部幹部会。

池田名誉会長の提案で、創価大学学生歌を同大学の出身者が熱唱した。

見事な演奏を披露したのは創価グロリア吹奏楽団。

予定外の演奏だった。学生歌の練習は、しばらくしていない。予備の譜面の束から、学生歌をすぐに取り出せるか。

演奏開始まで、わずか数秒間。大丈夫か――。

「でも、やるしかないと腹を決めました」と指揮者。

「皆を見たら、“できます!”という目をして楽器を構えていた。仲間を信じて指揮棒を振りました」。

創大出身者の巧みなリードもあって演奏は大成功で終了。名誉会長はじめ参加者から賞讃の拍手が寄せられた。

いざという時に的確な対応ができるか。皆で団結できるか。それは、ひとえに普段の訓練にかかっている。

これまでコンクールで何度も日本一に輝いた同吹奏楽団。今回の名演奏も、日ごろの厳しい練習の賜だろう。

学会は偉大なる人間学の学舎だ。

同苦、励まし、団結、無事故、そして勝利。確かな人生を歩むための「生きた哲学」を学ぶことができる。

さあ、きょうも勇んで友のもとへ! 学会活動に無駄はない。

広宣流布のための苦労は、すべて、自身を飾る掛け替えのない宝となる。(09.06.08) (駿)

1265.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/7(日) 11:16
江戸時代後期、大分県日田(ひた)市に開かれた私塾「咸宜園(かんぎえん)」。

蘭学者の高野長英や兵学者の大村益次郎など、多彩な人材を輩出した名門校である。その教育法には独特なものがあった。

1本の線香が燃え尽きる間に読書し、2本目をたく間に、その感想を漢文で書く。

さらに、3本目では詩文を作る――書を読んで考え、即座に表現する力を養ったのだという。

時間があれば読書ができる、というわけではない。

多忙な中でも、時間を見つけ、学んでこそ、かえって、自らの血となり、肉となる。

仕事においても、広宣流布の闘争においても、師の戸田第2代会長を支えた、若き日の池田名誉会長。

深夜まで激闘を極めた日々にあって、移動の車中、就寝前など、寸暇を惜しんで読書に励んだ。

恩師の事業が苦境のどん底にあった1950年(昭和25年)当時の日記にも、「夜半まで、読書」

「(レ・ミゼラブル)を読み終わる」「(世界文学全集)を読む。第七巻目に入る」等と記されている(『若き日の日記』)。

苦闘の中で、本を読み、思索を深める。深化された思想を、闘争のエネルギーに変えて進む。

そしてまた、前進する中で読書し、思念する――この繰り返しの中にこそ、本物の人格の陶冶がある。(09.06.07) (知)

1264.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/6(土) 11:26
江戸時代の為政者は、庶民の声を重んじていた。

意外かもしれないが「絶対的な“お上”と、その圧政に耐える“下々の者”」という単純な構図は、実態と異なるようだ。

例えば、幕府が庶民の声を募るために設けた「訴願」制度。

各地の役所には、道路整備や防火対策など、さまざまな要望が寄せられ、実現したものも多かった。

江戸町奉行では、“願い事禁止令”を出し、多過ぎる訴願を制限したことも。

しかし“民意なき政治”は行き詰まり、禁止令は3年で撤回に。

一面から見れば、民意を重視したからこそ「徳川政権は二六〇年もの間、安定的に維持された」

(平川新『日本の歴史 第12巻』)と言える。

きょう6日で生誕138周年を迎えた牧口初代会長。

軍国主義と戦い、“民衆こそ主役”と訴え、過酷な獄中闘争の末に殉教された。

しかし、軍部権力も、初代の魂までは縛れなかった。

先師の遺志を継いだ戸田第2代会長、池田第3代会長の大闘争で、創価の連帯は今や世界192カ国・地域に広がる。

日蓮大聖人は、濁乱の世を「民の力よわし」(御書1595ページ)と喝破された。

時代を開き、社会を変革する原動力は、常に民衆の声と行動である。

今こそ、地域の最前線で正義を叫ぶ我らの出番だ。(09.06.06) (弘)

1262.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/5(金) 8:2
入梅前の一時、田園の緑が鮮やかだ。青々と成長する若苗を見て清新な気持ちになった。

先日、新入会の友と話した。21歳の青年は「世の中に、こんな素晴らしい世界があるとは知りませんでした」。

間もなく80歳の婦人は「どんな苦難にも、学会の皆さんは朗らかに立ち向かっている。私も見習って生きたい」と。

忌憚なく語る二人の姿は、鮮やかな緑のごとく輝いて見えた。

新しい力が躍動する時、広布の沃野は拡大する。

若き日の池田名誉会長が指揮した昭和31年の「大阪の戦い」。

参加した約半数は入会半年に満たない新会員だった。名誉会長のもと、彼らが祈り、動き、限界を超える力を発揮した。

ここから「“まさか”が実現」といわれた勝利が生まれた。

この戦いで名誉会長は、一人一人に信心の基本を教えた。

弘教も、「勧誘」や「お願い」の類ではない。堂々と、気迫の言葉で、攻めの対話に取り組む心構えを打ち込んでいった。

「信心だけは絶対に負けてはいけません。仏法は勝負です。題目をあげて、あげて、あげ抜きなさい。

信心の団結あるところ、必ず勝利があります」と(『若き指導者は勝った』)。

祈りと団結――師が築いた勝利の方程式のままに、新たな金字塔を打ち立てようではないか。(09.06.05) (濤)



1263.Re: 名字の言
名前:代理人    日付:2009/6/5(金) 8:9
申し訳ございません。語句の誤りがありました。
謹んで訂正させていただきます。

×入梅前の一時
○梅雨入り前の一時

1261.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/4(木) 10:39
昨年末、95歳の母の最期を看取った京都の婦人部の方から、便りを頂いた。

認知症の母を義妹と共に介護して19年。だが当初は、混乱する母に振り回され、不安と苛立ちが募った。

その頃、聖教新聞連載の池田名誉会長の「『第三の人生』を語る」に投稿。

名誉会長は「お母さんは、80歳を超えて生きてこられたのだから、どこかに欠陥が生じないほうが不思議なんです」

「老いの苦しみと同苦していくなかで、一ミリでも自分の人生が深くなったといえれば、それが勝利なのです」と激励を。

すーっと心が軽くなった。真正面から母を受け止めようと決めた。

時を置かず、母に穏やかさが戻っていた。仏法の「一念三千」を肌で知った。

現在連載中の「ほがらか介護」に“介護体験を分け合おう”とあった。

何より介護する方の休息のため。また介護体験は「生」の意味を再考する契機にも。

だれ人も避けられない生老病死の苦悩。

この四苦を、生命の一念の強き転換によって、常楽我浄の四徳へと変えていけると仏法は説く。

宿命に泣く人生から、使命に戦う人生への転換である。

「母は無言で、私自身の短気で融通の利かない性格を変えてくれたのです」と亡き母に感謝を綴った娘。

生死を超えた荘厳な劇に喝采を送りたい。(09.06.04) (進)


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