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若鷹の掲示板2 (学会員専用)
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1281.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/23(火) 8:18
戦争の体験を綴り、平和の尊さを訴え続けてきた青年部の反戦出版「戦争を知らない世代へ」(全80巻)。

この第1巻となる『打ち砕かれしうるま島』(沖縄編)の発刊から、きょう「沖縄慰霊の日」で35周年を迎えた。

題名にある「うるま」は、琉球の古名で「サンゴの島」の意。

この美しい島で、日本で唯一、凄惨な地上戦が行われた。本書には43編の体験が収められている。

「黒こげになった学友」「死んだ母親の乳を吸う赤子」など想像を絶する悲痛な叫びに満ちている。

目を通すと、今なお、深い衝撃と悲しみを覚える。

沖縄編に体験を綴った43人のうち、現在、約3分の1が他界。年々、生の証言ができる人が減りつつある。

戦争体験の風化が平和教育の大きな課題となっている昨今、この体験談集の出版の意義は、ますます光り輝いている。

本書が発刊された折、池田名誉会長は本の扉に認めた。

「平和の点火/いま ここに燃ゆ/君よ この松明を/生涯にわたって/持ち進め 走れ」と。

平和な社会を築くのは理屈ではない。行動こそが重要だ。

やむなく体験させられた戦争の悲惨さを、訴え、語り継ぐことだ。

なかんずく、平和の大闘争への熱情を、青年の心に燃やすことである。

青年が受け継ぐことである。(09.06.23) (碧)

1279.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/22(月) 10:20
貧しいスコットランド移民から出発し、自らの汗と努力で鉄鋼王となったカーネギー。

彼が「大きな教訓を得た一つの物語」がある。

一人の老人がいた。不幸に見える一生を送っていた。同情する人々に、老人は明るく答えた。

“本当に苦難の道でした。しかし不思議なことが一つあるんです。

「10」の苦難のうち「9」までは、予想したほど、ひどくなかったんですよ!”。

カーネギーは、この話に強く共鳴し、「人間の苦悩の大部分は想像のなかにあるだけで、

笑ってふきとばしてしまえるものが多い」と書いている(坂西志保訳『カーネギー自伝』中公文庫)。

現実に起きるかどうか分からないのに、悪い場面ばかりを想像して心配していては、何もできない。

人生に失意の体験はつきものであり、その体験を次に生かすことが成功への鍵である。

だから、まず行動しよう!「いつかやろう」と先へ延ばす限り、「いつか」は永遠に訪れない。

広宣流布の活動も同じ。動きに動き、語りに語る――行動こそ仏法者の魂だ。

大聖人御自身、

「この法門を語ってきたので、他の人とは違って、多くの人に会ってきた」(御書1418n、通解)と仰せである。

広布と人生の最高峰へ、「行動王」と輝く一人一人でありたい。(09.06.22) (川)

1278.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/21(日) 8:30
今春、柔道の講道館の館長に就任した上村春樹氏。モントリオール五輪[1976(昭和51)年]の金メダリストだ。

現役時代は、最重量級としては小柄だった。そのハンディを、逆に“武器”にした。

敏しょうな動きで、技をかけるタイミングを外す時間差攻撃を多用。また、柔道では前方か後方への投げ技が多い。

そこで氏は、あまり使われない“真横へ投げる技”で相手を翻弄した。

いずれも、「勝つ方法は必ずある」と、まず決めたことから考えついたという(「読売新聞」)。

福岡県の男子部員。昨年6月、リストラで職を失った。

そんな彼に、地区の同志は「まず、必ず内定を取ると決める。そして祈り、動くことだ」と励ます。

支えてくれた妻のためにも、彼は387社に応募。受けた面接は57社。

その結果、本年2月、前職よりも好待遇の会社への就職が決まった。

必ず勝つ。その一点さえ揺るがなければ、突破口は必ず見いだせる。体も動く。知恵もわくものだ。

大事なのは、勝利への執念が心に燃えているか否かだ。

池田名誉会長は「『断じて勝つ!』と決めた瞬間、己心の壁は破れる。

『さあ来い!』と困難に挑みかかる。胸中の師子が目覚めるのだ」と。

己心の師子を覚醒させるのは、あくまでも自分自身である。(09.06.21) (広)

1277.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/20(土) 11:27
 「梅雨になると、新聞を濡らさないよう配達するので気を使います」。

4月から本紙を配達してくださっている人が梅雨時の大変さを語っていた。春まで教育機関の要職にあった。

配達員である家族の体を気遣い、週末くらいは休ませてあげたい、と願い出て配達を始めたという。

第三の人生を迎えたら、自分こそ体を休めたいと思うのが人情。家族を思う心に感銘を受けた。

同時に本紙・聖教新聞を陰で支えてくださる方が、

いかに深い思いを込めて配達してくださっているか、感謝の念が込み上げてきた。

孔子の言葉に「人の己れを知らざるを患えず 人を知らざるを患うる也」(『論語』学而篇)と。

自分が人から認められないのは悩みではない、自分が他人の良さを認められないことこそ悩みである、との意だ。

社会の指導的な立場にある人間が立身出世に狂い、しばしば不祥事を起こし、世間を騒がせる。

人の上に立つリーダーこそ栄誉栄達の心を捨て、陰で地道に仕事をしている人を見つけ讃えていくことが求められる。

「私は、いつも『陰の人』を見ている」――

サーチライトの如く、広布を支える友を隅々まで照らし、希望の大光を送り続けてきたのが池田名誉会長。

慈愛の励ましは喜びを生み、勝利への勢いを生む。(09.06.20) (濤)

1276.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/19(金) 10:50
北海道婦人部の「花華月間」が賑やかに閉幕した。

1978年(昭和53年)、池田名誉会長が北海道・別海から全国の婦人部総会にメッセージを送った6月18日が

「道婦人部の日」となり、月間の淵源となった。

翌年の春、別海の隣町・標津町で酪農を営む婦人が、はるばる学会本部を訪ねてきた。

前年には会うことのできなかった師を求め、せめてもの訪問だった。

当時、邪宗門一味の謀略の嵐が吹き荒れていた。多忙を極める中、師は友を温かく迎えた。

夢中で来し方を語る婦人。貧乏の底で、何度も命を絶とうと思った。

それでも女手一つで8人の子どもを育て上げた。

「信心だけは言い訳しねえでやってきました」。

師はその一言を最大に讃え、後日、北国の“広布の母”の笑顔と体験が聖教新聞紙上を飾った。

困難に直面した時、「できない理由」は、いくらでも挙げられる。経験したことのない困難なら、なおさらだ。

だが、そんなことをしても何も前に進まない。それよりも挑戦する心を、どこまでも燃え上がらせることだ。

「言い訳しない」と決めれば、姿勢が前向きになる。

「できない理由」よりも「どうしたらできるか」を考え、努力する。

すべてを「祈り」に変え、無限の「力」を引き出すことができる。これが信心の醍醐味だ。(09.06.19) (香)

1275.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/18(木) 8:23
東京に隣接する地で個人会館が改装オープンした。

明かり取りの天窓が施された玄関、拡充された広間、スロープ付きの入り口など、随所に提供者の方の真心が尽くされている。

「提供してくださるだけでもありがたいのに」。感謝の声が聞かれた。

この拠点の誕生は39年前。その地域に今ある学会の会館が建つ前で、個人会場は市内になかったという時代だ。

その後、個人会館になり多くの人材をはぐくんできた。

提供者の方の入会は1962年(昭和37年)。旧家だけに、入会には一大決心が必要だった。

それこそ「地位も名誉も要らないという気持ちだった」。

この潔い「不惜身命」の決意が原点となって、一家は福運と勝利の道を開いた。広布の後継者も二代三代と続く。

身命を惜しまずとは、万人を幸福の軌道へと導く生命尊厳の仏法を、

最高に価値あるものとして大切にしていく生き方を言う。仏法を弘めるためには何も惜しまない。

その信心の姿勢で行動すると、今度は自身が守られ福徳と智慧に包まれていく。

名誉会長は若き日の日記に「『不惜身命』で祈り戦ってこそ、沸々と現れる力と智慧がある」とつづっている。

師弟の道一筋に、懸命に戦い祈り、仏法の力と智慧をわき起こしながら、自身の勝利を築きたい。(09.06.18) (弓)

1274.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/17(水) 8:27
「目黒のさんま」という落語をご存じだろうか。

江戸時代、ある殿様が、通り掛かった目黒で、農家の主人が焼いたサンマをごちそうになった。

ただ焼いただけの素朴な魚。

だが、初めてサンマを食べた殿様は、そのおいしさに感激した。後日の宴会で、サンマを所望。

小骨を抜き、柔らかく蒸したものが出た。味はいまいち。聞けば、日本橋の魚河岸から取り寄せたという。

そこで殿様が一言。「それはいかん。さんまは目黒にかぎる」(興津要編『古典落語』)。

庶民が「うまい」と感じたものは、殿様にとっても美味だった――庶民の日常の感性が、

平凡でありながら、いかに大切な本質をとらえているかを知ることができる。

東京・目黒区のある支部副婦人部長。

知人には、社会的な名士も多い。皆、一見、垣根が高い。

だが、彼女は「池田先生と学会の真実をストレートに語る」のが信条。彼女の紹介で、これまで多くの人が入会。

最近も、地域の名士が本紙・聖教新聞を購読した。彼女の率直な対話から、学会理解の輪が大きく広がっている。

名誉会長は「ありのままに真実を語る。それが一番強い。必ず相手に通じていく」と。

私たちも、学会の正義と真実を率直に語りたい。自信満々と、そして堂々と!(09.06.17) (之)

1273.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/16(火) 11:8
漢文が専門の大学教授と懇談した折、「従藍而青」(藍よりして而も青し)が話題に。

青は藍から出て、しかも藍よりも青い――師を超えて弟子が成長する例えである。

ある時、教授の恩師が尋ねた。「弟子が師を超えることが本当にあるか?」。

学び続ける師のもとでは、弟子は追いつくだけでも相当の努力が必要である。

もちろん教育者として、教え子が自分より偉くなるのは喜ばしいことにちがいない。

その上で、自戒を込め、師弟共に精進を重ねゆく姿勢を訴えたかったのだ。

二人は、この例えが出てくる『荀子』の冒頭「学は以て已むべからず」を確認し、向上し続ける決意を固め合った。

一方、職人の世界の師弟。鵜飼い見物の木造遊覧船を造る船大工の言葉が目に留まった。

広島・三次市の無形文化財技術保持者。

弟子の心構えとして「弟子は、一生弟子じゃ」と、75歳の熟達者が断言していた(地域情報誌「Busport」6月号)。

仏法では、宿縁深き弟子は「常に師と倶に生ず」と説く。

池田名誉会長も「一生涯、戸田先生の弟子」と、師弟の絆に決意を込める。

知識が増す。技量が上達する。あるいは地位が上がる。

それでも決して驕らず、“弟子の生き方”を貫く人生こそ、真の求道者の誉れである。(09.06.16) (杏)

1272.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/14(日) 10:33
ドアのすき間から煙が忍び込んでくるのを目撃した時、どうするか――。

米国の心理学者の研究によると、部屋に一人でいる場合は75%が通報するが、大勢でいる時は38%しか通報しない。

人は集団でいると責任感が薄れるものだ(『急に売れ始めるにはワケがある』ソフトバンク文庫)。

先日、民家の火災を未然に防いだとして、関西の壮年部員に消防署から感謝状が贈られた。

2軒隣の留守宅から、焦げくさいにおいが漏れていた。異変を知った壮年部員は、現場へ急行。

向かいの壮年と協力し、ついたままだったガスコンロの火を消し、窓を開けて煙を逃がした。

傍観者にならず、即座に動いたことで、被害を最小限に食い止めることができた。

誰かがやるだろう、と躊躇したら、大変な事態になっていたかもしれない。

広布の活動においても、「私がやる」という強い責任感が重要だ。

池田名誉会長は述べている。「傍観者の群れや、人を頼み、互いにもたれ合うような烏合の衆では勝利はない。

“一切の責任を私がもつ!”と心を定めた、一人立つ師子と師子との結合が大願を成就するのだ」。

「誰かがやるだろう」ではない。

誰がやらなくても、自分がやる――「一人立つ」決意で戦う人こそ、本物の勇者である。(09.06.14) (糀)

1271.名字の言 返信  引用 
名前:代理人    日付:2009/6/13(土) 10:55
先日、テレビ番組を見ていて、驚いた。夜明けの動物園。臆病な動物たちから鳴き始める。

やがて、園内はにぎやかに。そこへ、めったに鳴かないライオンが、ひと吼え。周囲は水を打ったように静まり返った。

まさに「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(御書1393ページ)である。

仏法では、仏を「師子」に譬える。百獣の王の姿は、人生万般の勝利の姿にも通じる。

ゆえに、日蓮大聖人も諸抄で「師子」を通して門下を激励されている。

「遊行して畏れ無きこと師子王の如くなるべし」(同1124ページ)

――苦難にあっても恐れず、悠然と進みなさいとの励まし。

妙法の偉大な功力によって、人生は切り開くことができるとの大確信が光る。

「師子王は前三後一」(同ページ)――

一本の足を後ろに引き、力をためる「前三後一」は、師子が獲物をねらう体勢のこと。

どんな時にも、慎重かつ全力で戦う真剣勝負の姿勢を教えられる。

また、「日蓮が一門は師子の吼るなり」(同1190ページ)――

我々の正義の叫びは、エセ論者を木っ端みじんに打ち破る“王者の言論”と。

創価学会は、大聖人の精神を受け継ぐ「師子」の集い。

今こそ、偉大な師子王の哲学を胸に、各人が絶対勝利を誓い、動き、語り抜いていきたい。(09.06.13) (立)


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