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トールクラブひまわりの会掲示板

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241.見かけに対する偏見差別をなくそう写真展 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2013/2/10(日) 8:57
今日の「おはよう日本」ニュースで、東京で、見かけに対する偏見・差別をなくそうという写真展が開かれていると報じられていました。
ガンで顔がゆがんでいる人が懸命にマラソンをしている写真、全身が脱毛してしまう女性のウェディング姿、円形脱毛症などなど、病気で見かけが変わってしまっている人たちの写真展のようです。
私が、どうしたもんだろ、と感じたのは、見に来た女性の一人が、「みんなすごく明るい」と感心したように言ったことです。
もし、病気でこんな顔になっても、こんなに明るく生きられるんだ、というメッセージを見にきた人たちが受け取ったのなら、「五体不満足」と同じで、主催者の意図からははずれるでしょう。「マイフェイス、マイセルフ」?というNPOでしょうか、主催者の女性は、偏見差別をなくしていくきっかけになってほしい、みたいに発言してました。
で、思ったんですが、悩んでいる写真はだめなんでしょうか。明るく笑うことと、偏見差別をなくそうという意図のあいだには、何かがすっとばされているような気がするのですが。。。
私たちの問題でもそうですが、何かワンステップが抜け落ちてていて、抜けているばっかりに、その部分で、悩む人間が悪い、明るく生きろ、と言われる余地を作っているように思います。
何がすっとばされているのか、教えていただきたいです。



242.Re: 見かけに対する偏見差別をなくそう写真展
名前:たかこ    日付:2013/2/12(火) 23:54
自分で問うて、自分で答えを探してます。(笑)

「明るい」と「偏見差別をなくそう」のあいだに、すっ飛ばされているものー想像力、共感の欠如、とはいえないでしょうか。

なぜ人は、「こんなに見かけが。。。なのに、明るい」を聞きたがるのか。「こんなに。。。」の部分を突きつけられることを嫌がるのか。現実を直視しようという気持がない? 直視するのが怖い??? なぜ怖い? 慣れていないから??? とここまで書いて、ああ、それで写真展か、と理解できました。。(笑)要するに、現実をさらす、というのが写真展の目的なんですね。でも、見る人間は、どうやらさらされた現実に対して、この人は苦しいだろうな、とか想像力を働かすよりは、「明るい」だけに目を奪われる? 「明るい」に到達するまでに、どれだけの苦悩と葛藤があるか、を考えようともせず、「ああ、結果的にこんなに明るく生きられるのだから、まあ、心配しなくてもいいんだろうな」と、無責任な”逃げ”に利用するのでは??? 
で、私のように、問題を突きつけようとする人間に対しては、明るく生きてる人がいるんだから、と、ますます自己防衛・保身に走り、問題から目をそらそうとし、つきつけようとする人間の人格の問題にすりかえて、ますます逃げ出す???(笑)

問題は、他者の苦しみを、自分のものとして共感し、苦しみをいっしょになくしていこうとする”自己関与”への無関心といったところかなあ??? と考えると、ふと思ったのが、教育現場での道徳の時間、です。今も学校で、道徳の時間ってあるのでしょうか。昔の人が書いた文章を読んでいると、けっこう偉人伝を読んでたのだなあ、ということに驚かされることがあります。苦労した人が、のちに社会に役立つ人間になる、というものです。で、自分もこんな人になろう、と考えるわけです。感受性の強い子供のときから、そういう苦労した人の話を読み聞きしていれば。。とつらつら書いて、あと分からなくなりました。。また書きます。。(笑)


244.Re: 見かけに対する偏見差別をなくそう写真展
名前:たかこ    日付:2013/2/26(火) 12:33
今、ニュースでやってました。
学者たちが教育改革案のようなものを首相に提出したそうですが、
その中に、道徳教育を教科に入れる、というのがあるそうです。
やっぱり、道徳は教科になかったのでしょうねえ。
いつからそうなったのか。。
私が小さいときはあったように思いますが。。。
とは50年前????(笑)

とにもかくにも、道徳が教えられるというのはいいと思います。
面と向かって、身体的特徴には言及しない、も入れてほしいです。(笑)

239.藤浪選手ーニュースレポーターのあほな質問 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2013/2/4(月) 23:19
野球選手に、藤浪という背の高い人がいるようですね。192センチとか。今日の「ニュースセンター9時」というNHKの番組で、レポーターがインタビューしていました。開口一番が、「どうしたら、そんなに背が高くなるのですか」でした。見ていた私の反応は、もちろん、あほか、でした(笑)問われた選手のほうは、もうこの手の質問にはうんざりしてるのでしょう、「寝る子は育つ」をもじっているのか、子供時代にはよく寝ました、が、彼の答えでした。
こういうところからも、意識改革が必要だと感じますーと書きながら、番組に”投書”?することを思いつきました(笑)

あと、柔道の女子選手たちの体罰告発問題ー組織の力による封殺という言葉が出ていました。日本社会の悪弊は封殺です(私の本の中の言葉では、口封じ、です)。声が出たら、その声をまずまっすぐに受け止めて、その声がどんな問題を抱えているかを見極めるという意識ーそれが問題を大きくせずに、解決の道へとつながっていくわけで。その部分がなく、組織の自己保身ー既得権益を守ろうとする権威主義ーがあまりにも強固で、それが学校現場といい、企業風土といい、スポーツ界といい、日本社会を実に硬直化させて、息苦しいものにしていると思います。
そういえば、同番組で、経済問題を論じていた竹中平蔵という人は、規制緩和を進めていくには、世論の後押しが必要と言ってましたが、いじめ社会を変えていくのも、世論ーつまり一人一人の声だと思いますよ。
がんばりましょう!!!、で、今からNHKのホームページで、投書?欄を探します。(笑)



240.Re: 藤浪選手ーニュースレポーターのあほな質問
名前:たかこ    日付:2013/2/4(月) 23:44
番組表を見ると、番組の名前は、ニュースウォッチ9、でした。
さっそくNHKに送りました。(笑)以下の通りです。

2月4日付の番組で、レポーターが阪神の藤浪選手を取材しました。その開口一番が、「どうしたらそんなに背が高くなるのですか」という質問でした。私は、「大きい女の存在証明」という本を出し、面と向かっての他人の身体的特徴への言及は言葉の暴力といういじめである、いじめ社会を変えていこう、と訴え続けている者です。選手もこの手の馬鹿な質問には慣れているのでしょう。「寝る子は育つ」をもじったような返答をしただけです。こういう問答にどんな意味があるのでしょう。視聴者に、この手の「いじめ」は許容されると刷り込み、「いじめ」を次世代に引き継がせるだけではないでしょうか。レポーターの教育とメディアの社会的役割の再考を望みます。

237.今日のニュースからーはげ 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2013/2/2(土) 23:7
生徒が先生をいじめる時代なんですね。それはそれで哀しいものですね。(悲)
でも、どんな力関係でも、言わない、を徹底させねば。。。
長年、言われっぱなしで我慢してきた者としては、平手も当然、とか思う気持ちになります。(悲)暴力、しかも教育現場での暴力はだめ、とはよくわかってますが。。。

神奈川県小田原市教育委員会は2日、市立中学の50代の男性教諭が生徒から「死ね」「ハゲ」などと暴言を吐かれたことをきっかけに2年生の男子生徒16人を平手打ちする体罰があったと発表した。教諭は生徒や保護者に謝罪、当分の間は教壇に立たないという。

 市教委によると、1日午後の数学の授業に男子生徒らが遅れてきたため、教諭は「早く入れ」と促したが、複数の男子生徒が「うるせえ」「ばか」などと言い、笑い声も起きた。教諭は発言した生徒を問いただしたが名乗り出ないため、遅れてきた男子生徒16人全員を廊下に正座させた。再度、ただしたが名乗り出る生徒はなく、教諭は「卑怯(ひきょう)じゃないか」と、16人全員を平手打ちしたという。

 授業の後、教諭が自ら校長に報告した。「体罰がこれだけ報道されているのに申し訳ない」と反省しているという。教諭はこれまでも生徒から「ハゲ」などと言われることがあり、「差別はいけない。言ったことの責任を持たなければならない」と諭していたという。



238.Re: 今日のニュースからーはげ
名前:たかこ    日付:2013/2/3(日) 0:56
すみません。最初システムが受け付けない、みたいなメッセージが出たので、二度トライしました。同じものが2度載ってしまいました。ごめんなさい。

今、体罰のニュースをテレビでやってます。
体罰は、与える人間の自信のなさそのものです。体罰を受けた人間は、心を閉ざすことはあっても、開くことはないのでは。。。私は受けて育った人間ですから、そのあたりよくわかります。
言葉の暴力ー少なくとも私たちの問題ーも同じものをもっていると思うのですが。。。自虐なり、天声人語氏が称賛するような”明るくおおらかな”言葉の機転を働かせるだけの頭のよさ、がなかったら、暴力が繰り返されれば、心を閉ざすことになると思うのですが。。。自信のない人間ー自分は背が低いからと、大きな人間をうらやましがる???−からの体罰ー言葉の暴力ーは、やめさせるべきです!!!

236.今日のニュースからーはげ 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2013/2/2(土) 23:4
生徒が先生に言う時代。先生がいじめられる時代。。それはそれで哀しいですね。(悲)
どういう力関係にかかわらず、「言わない」を徹底させたいです。
先生は、差別はいけない、言った責任をとらなければならない、と言っていたとか。言った責任って何??? 言われっぱなしで、我慢しかできなかった人間としては、平手も当然だ、みたいな気持になってしまいます。。。暴力、それも教育現場は絶対にだめ、とはよくわかってますが。。。(悲) 

神奈川県小田原市教育委員会は2日、市立中学の50代の男性教諭が生徒から「死ね」「ハゲ」などと暴言を吐かれたことをきっかけに2年生の男子生徒16人を平手打ちする体罰があったと発表した。教諭は生徒や保護者に謝罪、当分の間は教壇に立たないという。

 市教委によると、1日午後の数学の授業に男子生徒らが遅れてきたため、教諭は「早く入れ」と促したが、複数の男子生徒が「うるせえ」「ばか」などと言い、笑い声も起きた。教諭は発言した生徒を問いただしたが名乗り出ないため、遅れてきた男子生徒16人全員を廊下に正座させた。再度、ただしたが名乗り出る生徒はなく、教諭は「卑怯(ひきょう)じゃないか」と、16人全員を平手打ちしたという。

 授業の後、教諭が自ら校長に報告した。「体罰がこれだけ報道されているのに申し訳ない」と反省しているという。教諭はこれまでも生徒から「ハゲ」などと言われることがあり、「差別はいけない。言ったことの責任を持たなければならない」と諭していたという。

230.天声人語 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2013/1/6(日) 19:13
1月4日付け朝日新聞の天声人語の中の言葉です。

「お前、ダイコン足だなあ」「あら、そんなに白い。うれしいな」
「それじゃあごぼう足だ」「ほんと、そんなにほっそりして長い」
破格のおおらかさがいい。

だそうです。どうするか考えます。応援してください。(笑)



231.Re: 天声人語
名前:たかこ    日付:2013/1/19(土) 6:48
2週間ほど前に、「声」の欄に投書しましたが、掲載されなかったみたいです。されるわけないよな。。。(笑)もう少しだけ待ってみて、だめだったら、ここで紹介しますね。


232.Re: 天声人語
名前:たかこ    日付:2013/1/26(土) 8:59
もう掲載されることはないと確信してますので(笑)、以下の通り、「声」の欄への送付文をご紹介します。
考えてみるに、天声人語は、明るくおおらかに生きよう、を言いたかったわけで、そのためにひきあいに出した例が悪かったわけです。非難された当事者にしてみれば、そういう私の批判こそが的外れ、みたいな感覚になるのだろうなあ、と納得してます。でも、たとえ的外れと逆に私が批判されようと、そういう例を無意識に出せる人間の意識に、限りなく根深い問題があると考えます。だから、言い続けねばならないと私は考えます。
同意してくださる方がいらっしゃれば、日常のどんな小さな出来事でもいい、問題意識をもって対処していただきたいと考えます。日本社会は、基本的に、いじめ社会です。(悲)


1月4日付の天声人語を読んで、私は愕然とした。ダイコン足だのゴボウ足だの、他人の身体的特徴に言及するのは「いじめ」だという問題意識なり認識が完全に欠落しているからである。人語氏が称える「破格のおおらかさ」とは、あくまでも「言われた」人間の処世術の有無を問うだけで、一方的に問う人間の傲慢さは野放しである。しかもそれは、「前向き」「明るく」といった耳に心地よくも、空虚な言葉で言い換えられて、「いじめ」という問題の本質を隠蔽している。 「言う」人間に、「言わないおおらかさ」を教育することなく、「言う」姑息さを増長しているのである。人語氏ゆえに、その言葉は正しいと信じて疑わぬ人も世間には多かろう。恐ろしいことである。
学校でのいじめにも言葉の暴力があろう。その中には必ずや身体的特徴への言及も含まれていよう。 人語氏のような教師も多いのではないのか。が、それでは、いじめは次世代にひきつがれるだけで、日本は決して変わらない。言葉の言い換えによる処世術ではなく、ほんとの意味で、人々が前向きに明るく生きられる「おおらかな社会」を創ろうではないか。その第一歩は、まず日常の自分の足元から。他人の身体的特徴に言及しないという社会的ルールを、学校教育で、そしてマスコミが担う社会的教育によって確立すべきである。


233.Re: 天声人語
名前:たかこ    日付:2013/1/26(土) 9:2
投書のむずかしいところは、字数制限があることです。下書きでは、次のようなことを書いてました。

1月4日付の天声人語を読んで、私はこの国の将来にさらなる不安を抱いた。人語氏は、人々が物事をよい方に明るく考え、“前向き”にとらえていく力を訴えて、次のような会話を紹介した。
「お前、ダイコン足だなあ」「あら、そんなに白い、うれしいな」「それじゃごぼう足だ」「ほんと、そんなにほっそりして長い」破格のおおらかさがいい、と。
私が、やっぱりだめだ、と愕然としたのは、人語氏から、他人の身体的特徴に言及するのは「いじめ」である、という問題意識なり社会的認識が完全に欠落しているからである。(以下同じ)


234.Re: 天声人語
名前:たかこ    日付:2013/1/31(木) 7:18
別の機会のために、次のように書き換えてみました。このほうが、ちょっとはわかりやすい??? コピペですので、ほとんど同じです。すみません。。。

たとえば、2013年1月4日付朝日新聞の天声人語は、人々が物事をよい方に明るく考え、“前向き”にとらえていく力を訴えて、次のような会話を紹介した。

 「お前、ダイコン足だなあ」「あら、そんなに白い、うれしいな」「それじゃごぼう足だ」「ほんと、そんなにほっそりして長い」破格のおおらかさがいい、と。
 これを読んで、私は、やっぱりだめだ、と愕然としてしまった。というのも、人語氏からは、面と向かって他人の身体的特徴に言及するのは侮辱であり、「いじめ」である、という問題意識なり社会的認識が完全に欠落しているからである。人語氏は「破格のおおらかさ」と称えるが、それは「前向き」「明るく」といった耳に心地よくも、空虚な言葉による言い換えの処世術であり、処世術の有無で、「言われた」人間に状況収拾の責任を転嫁しようとするものである。が、「言う」人間の“いじめ”根性、もしくは傲慢さは野放しのままである。
 なぜ日本社会は、人々に「言わない“おおらかさ”」を教育しようとはしないのか。なぜ“前向き”に“明るく”言い換えさせることで、「言う」姑息さを増長し、「いじめ」という問題の本質を隠蔽しようとするのか。朝日新聞の人語氏の言葉となれば、正しいと信じて疑わぬ人も世間には多かろう。恐ろしいことだ。


235.Re: 天声人語
名前:たかこ    日付:2013/2/1(金) 0:43
文章を練っています。だんだん長くなってきてます。
同じことの繰り返しになってますが、どなたかに読んでいただきたいので、載せさせてくださいね。ご意見があったら、どんどん書いてください。ご批判、大歓迎です。

日本は、基本的に、いじめ社会である。が、それほど多くの人がそのことを自覚してはいないようだ。

 たとえば、2013年1月4日付朝日新聞の天声人語は、人々が物事をよい方に明るく考え、“前向き”にとらえていく力を訴えて、次のような会話を紹介した。

 「お前、ダイコン足だなあ」「あら、そんなに白い、うれしいな」「それじゃごぼう足だ」「ほんと、そんなにほっそりして長い」破格のおおらかさがいい、と。
 これを読んで、私は、ああ、やっぱりだめだ、と愕然としてしまった。天下の大新聞のジャーナリスト、天声人語氏のレベルもこの程度か、と。
 というのも、人語氏からは、面と向かって他人の身体的特徴に言及するのは侮辱であり、「いじめ」であるという問題意識なり社会的認識が完全に欠落しているからである。人語氏が「破格のおおらかさ」と称えたものは、「前向き」「明るく」といった耳に心地よくも、空虚な言葉による言い換えの処世術にすぎない。そして、「言われた」人間に、処世術の有無で、状況収拾の責任を転嫁しようとしている。が、「言う」人間の“いじめ”根性、そして「言われた」人間に責任を転嫁する傲慢さは野放しのままである。
 なぜ日本社会は、人々に「言わない“おおらかさ”」を教育しようとしないのか。なぜ“前向き”に“明るく”言い換えさせることで、「言う」姑息さを増長し、「いじめ」という問題の本質を隠蔽しようとするのか。朝日新聞の人語氏の言葉となれば、正しいと信じて疑わぬ人も世間には多かろう。恐ろしいことだ。
 井沢元彦は、その著「なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないのか」(祥伝社)で、日本は言霊が支配する国だといった。そして、言葉を言い換え、はっきり言わずにごまかすことで事の本質をあいまいにする日本人の行動原理を言霊信仰と呼んだ。その言霊信仰が、戦前の日本軍不敗神話や今日の原発安全神話など、日本を亡国に導く源だとも。
 
 面と向かっての他人の身体的特徴への言及が侮辱と理解できない“いじめ”根性も、「言われた」人間に責任転嫁する傲慢さ、そして「言わない“おおらかさ”」から目をそらせたがるのも、ひずんだ形の言霊信仰と私は考えている。それは、権威主義と結びついた言霊信仰である。確固とした自己アイデンティティをもち現実を直視することなく、「天声人語」なり社会の多数派といった、権威や力に依存することで自己保存をはかろうとする処世術を正当化する信仰である。

228.やっぱり 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2012/12/20(木) 8:5
またよみうりのページを紹介していただきました。
”書き込んでいる人の数も多い。それだけ日本にも背の高い女性が多くなってるのに そしてどなたも同じ想いなのに、 まわりの日本の社会はいつまでも変わらないというか 学ばない国民だねー。”とのコメントともに。
学校の教師に言うことを”モンスターペアレント”になるのでは、と相談主は心配しています。これは完全に間違いですね。

ttp://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/1217/561134.htm?o=1&p=1

みなさんものぞいてみてください。
私が本に書いた、悩みを次の世代に引き継がせてはならない、というメッセージを貫徹するには、学校教育になぐりこみをかけねばならないのかもしれません。
このサイトに私も書き込めるのか、トライしています。
みなさんも書いてください。



229.Re: やっぱり
名前:たかこ    日付:2012/12/21(金) 8:8
私が実名で投稿したせいでしょうか。よみうりに私のコメントは載せてもらえませんでした。それも、社会の一断面と言えるでしょうね。私が自分の本の宣伝をしたとでも、編集者に思われたのかも知れない。姑息な編集者め、そのレベルで戦ってるんじゃないんだ。。。(笑)

最後の相談主の言葉に、娘は、背が高いのがいやなのではなくて、人がいろいろ言ってくるのがいやだ、と言ってます、というのがあります。これが問題の本質ですね。人がいろいろ言ってくるから、背が高いのがいやになるのです。見世物になっている気分にさせられるから。だからこそ、言う人間に問題があるのであり、かれらに問題を認識してもらい、言わないようにしてもらう。。。だからこそ、言わないでくださいのメッセージを発信しつづけねばならないと考えますが、こういう掲示板のコメントは、常に、言われた人間をなぐさめる形で処世術を教えるだけです。それは一時的な気休めになりますが、言われ続けることで、本人にとってトラウマになることは変わりありません。
どうして、言う人間を、言うことを許可する社会を変えようとしないのか。
この部分、これからは直接、教育現場に訴えたいものです。

227. 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2012/11/27(火) 4:48
このあいだ、靴やさんをのぞいてみました。冬のロングブーツで、26.5から27.5というのがおいてありました。時代は変わりました!!!でも、値札はみませんでした。。(笑)

226.新婚さんいらっしゃい 返信  引用 
名前:たかこ    日付:2012/11/13(火) 6:3
11月11日に、40年ぶり?ぐらいに、番組を見ました。159センチの旦那さんと175センチのお嫁さんが出てきました。ああ、よかったな、と思いました。(笑)三枝は、旦那に、奥さんに後ろから抱きつかせていました。そのあたりになると、ちょっといやな感じがしました。。でも本人たちがうれしいのですから、これまたよかったな、と。(笑)旦那は背の高い女の人が好きで、女の人は、背伸びしてキスしたかったそうで。。。これまたよく聞く話。。。(笑)
まだやってるの、と思った番組ですが(アタック25も同じ。。。)、時代の変化は明らかでした。。三枝は昔と同じように、椅子からころげるパフォーマンスをしてましたが。。。。(笑)


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