[ ホームページ ] [ 携帯用URL ]
ゲストノート

[ EZBBS.NET | 新規作成 | ランキング | オプション ]
iモード&(絵文字)、au対応!ケータイからも返信できる無料掲示板!
名前
 E-mail 
題名
内容
投稿KEY    タグ有効 改行有効 等幅フォント
URL



498.全部読んでるよん 返信  引用 
名前:木村    日付:2004/11/28(日) 16:55
岡田君、全部読んでるよ。ヒッチをした地点に戻って走りなおすなんて、新井君の言うとおり、正気じゃないね。そのあたりには、多分精神科医はいないだろうと思うので、独り言を一日中言うようになったりしたら自己診断で帰ってらっしゃい。
植村直己は…よく昔読んだけど、エベレストやグリーンランド単独行やアマゾンなんたらなどを成功させておきながら、トレーニングの山岳行でクレバスに落っこちて死んじゃって、俺に「木登り名人は、木に登るときではなくあと少しで地面に着くときこそ注意をはらう」とか、「家に帰り着くまでが遠足です」とかいう言葉をかみしめさせてくれました。あと、あんな顔のくせに北極だか南極だかではエスキモーの女性にモテまくったようなことが書いてあり、おれも南極に行きたい、って思わせてくれました。
まあ、それはともかく、面白そうな旅だね。この前大枚はたいて買った『パタゴニア』のジャケットを何度見てもパタゴニアの自然は思い浮かべられないので、写真を期待してます。では、よい旅を。



499.追伸:パタゴニア
名前:木村    日付:2004/11/28(日) 17:32
常識人を自負していますが、地球儀で一生懸命「パタゴニア」という国を探していたけど(島だと思っていました)見つからず、1時間経過してあきらめて、ネットで調べたら「アルゼンチンとチリの南緯40度より南の地域をパタゴニアと呼ぶ」とあり、なーんだと納得。え?みんな知ってるの??マジ???

497.ひまじん 返信  引用 
名前:あらいゆうご    日付:2004/11/28(日) 13:8
そう、当面は閉じさせません。
なぜならスイス辺りから滞ってるコンテンツまったく手をつけてないから。
というか誰に送ればいいのでしょう。確実にぼくが一番暇だろうからパスワードとかやり方教えてもらえば自分でやりますが。

しかし戻って走り直しって・・・正気ですか?
おれだったらパキスタンの灼熱エリア、10000ルピーもらっても戻りたくない。

496.植村直巳 返信  引用 
名前:かわっち    日付:2004/11/28(日) 12:25
その件はね、
「まあ好き勝手やってきなさいよ。」
って意味。
自転車オンリーより、冒険的なコトに重心をおいてみたらとか、そんな感じ。
ちなみにオレは植村直巳の本は一冊も読んでなく、人から話を聞いた程度。
出来るなら、南極を自転車で走ってきてほしいな。
それとこのHPは閉じるような雰囲気があるけれど、当面は閉じないよ。

493.やっと終わります! 返信  引用 
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 9:58
要旨がはっきりしない長い文章になってしまった。

ちびっこが集ってきて、日本語教えろ。
チップくれとうるさく集中してかけない。
お前が何を俺にサービスしてくれたんだ。
お前だよ。鼻水の出てるおまえ!




まあ 許しください。
このHPも閉めるということで、
一応作成者だった者の特権にしといてください。
川島さんへ
ソフトなHPにしてくださいね。親が心配してしまいますから。


全部読んだ人はいるでしょうか
そんなこんなで
僕はずるをしてウシュワイアに着きました。
僕の性格と行動からしても当然のパターン。
それもまたなかなか面白いと思います。
フラミンゴの側で湖の水を飲んだんですよ!
正確にいえば流れ込む山からの泥水ですが・・・
何せ僕は確固たる意志や目標への努力とは無縁の旅人ですから。

しかし、
池田氏の本やウシュワイアの最果て感、上野大学は
僕にそれはいかんよと言った。

ということで、ヒッチハイクしたところに戻って走り直してきます。
ゴールかと思いきや人生ゲームの如く、7マス戻れと言われた気分です。

どうやらこの旅は植村型旅人がすべき旅のようだ。
僕はそんな旅人もやることにしなくてはならないのだ。

確固たる意志 *まずゴールを決めなくては
目標への努力 *情報収集か?

を心がけます。



494.Re: やっと終わります!
名前:岡田Kecyuji    日付:2004/11/28(日) 10:9
そこのガキ!さっさと消えろ!!
蹴飛ばすぞ!!
へへん、この漢字がお前には読めまい。
そしてお前に書いてやった日本語名は
ゴンザレスではなく阿保間抜化だよん。


新井氏の書き込みの途中だったらしく結構消えちゃった。
もう書くのが面どくさいので、


はしょって追記

私の旅のゴールはアラスカの一番北の道にします
南米ゴールはコロンビア・サンタモニカ
コロンビアパナマ国境も通ってやるぜ。
ジャングルも銃も犬もちびっこもへっちゃらだよん。

川島氏へ
植村なおみになってこい
ってどう意味だったんですか?
覚えてないとか言われるとかなりキツイですよ。


495.Re: チャリダー学
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 10:16
チャリダーって大変だ大変だと言いすぎだよね
というのが、
上野にいる滞在者間での結論だ。

ちなみにグアテマラから下ってきた
チャリダーと僕もそう思うのだから、
チャリダーとは
大変だとキツイキツイと自分の旅を誇張したがる者である。

何せ、地がある限り、走ってれば目的地へ着れて行ってくれるのが、
自転車ですから。

492.バッジョによろしく! 返信  引用 
名前:あらいゆうご    日付:2004/11/28(日) 9:39

祝・最南端到達!
おれは帰りました。火曜日に。あらためて、ですが、いろいろありがとうございました。

しかしまじですげえ!!
パタゴニア地獄ですね。行きたくねえ!!
ウシュアイア、いつまでいるんですか?あと一週間以上いるんだったらモノを送りますよ。なにか欲しいものありますか?

ローマの安宿で南極にいった人に会いました。ウシュアイアから60万円なんですよね。彼はラスト・ミニッツ・コールとかいうので20万円でいったらしいです。でも20万って・・・。ガンバレ麻雀!!

スペイン語かなり話せるんじゃないですか、いま?
オレがバルセロナでちょっくら沈没したときに出会ったスペイン人に教わったギャグ。

「ラロ・ラロ・ラロ」

ちゃんちゃらおかしいぜ!って意味です。
パタゴニアで進めないくらいの強風にあおられた時、身ぐるみはがされて途方にくれたとき、中尾彬ふうにまったりとつぶやいてみてください。

それでは。

Buen Camino!!

489.旅人学の系譜 返信  引用 
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 8:39
一向に話は進まず、
時間が経ち、
話は長く面白くない物になった。

もう夕食の時間だ。
上野では滞在者が共同で夕食を作る。
その作業をサボってしまった。
僕の印象が悪くなったかもしれない。
昨日、彼らに*かなり年上
麻雀で買ってしまったのもよろしくないかもしれない。

今日はピザが待っている。
ちなみに昨日は 大相撲中継 を見ながらカツレツを食べた。
一昨日は 日本のタクシーアマゾンを行く を見ながら
鳥の水炊きを食べた。


話を終えよう。
沈没者の成功者には蔵前仁一のように日本で本を書き、
旅行社を作った人もいるが、
その多くは日本社会への復帰に苦労するのである。

すみません変な文章になってしまいました。
上野ファンの皆さん話半分で・・・



490.Re: 旅人の系譜
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 9:10
上野に旅に関する本、情報は多い。
僕の敬愛するアウトドア系のんびり旅作家、椎名誠、野田知佑
哲学者のような鋭い観察力、
詩人のように美しい感性を持つ旅作家、藤原信也。
僕はこの3人の本は大好きだ。

そして
僕のあまり好きではない冒険家植村なおみ
情報ノートには
アラスカから走ってきたというライダー達の話が誇らしくも書いてある。
世界一周チャリダー坂本達の書き込みは
自分の走行暦をなぐり書きしたものだった。確かここでゴール。
同じく石田裕輔の書き込みは漫画付きで面白かった。
石田氏はどうやら相当遅い時間に疲労困ぱいでたどり着いたようだ。
アラスカから来たライダーも
坂本、石田氏も旅人の系譜でいえば植村側の人になる。
彼らは植村ばりの確固たる意志を持ち合わせていたわけだ。

さて、本の話
僕は一つの本が目に留まった。タイトルは
べ−グル海峡だ
知っている人も多いと思われる。
むさぼり読んでしまった。

80年代後半に池田拓氏当時20代前半が3年ほどかけ
徒歩で北米横断し南米を縦断した世界レベルで見ても偉業といわれた
旅行を描いた本だ。
池田氏は帰国後不慮の事故で亡くなってしまっている。
9年間体育の授業を一度も受けれないほど病弱な池田氏は
人一倍の努力家で勉強や音楽のクラブ活動では良い成績を残す。
高校卒業後、病気の治った氏は親にも告げず上京し、
肉体労働で稼いだ200万円を握り締め、北米へ旅たったそうだ。


491.Re: 池田氏の話
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 9:27
僕は彼にいくつかの共通点、相違点を見つけた。

1 病弱だったこと
彼はそれを反骨心に変えた
僕も喘息があり、病弱だったが、それを売りにサボることを覚えた
2 山が好きなこと
3 高校時代 植村なおみとRCサクセションが好きだったこと
彼は植村を敬愛
僕は何度言うが好きではない
4 アルゼンチンのサンジュリアンSJと通ったこと
彼がSJで写した写真があった。雪が積もっていた。
寒くて熟睡できないと書いてあった。
ちなみに僕は写真と同じ海岸で安眠を妨げた犬を蹴り上げた。

僕も一応アルゼンチンパタゴニアを通ってきた。
彼の旅は相当過酷だったと思う。と多少なりとも察したと言う資格はある。

北南米にきれいな一本線を引いた
池田氏も諸事情でバスや車に乗ったことがあるようだ。
しかしそのたびに、元の地点に戻り歩きはじめたそうだ。

池田氏は完全に植村型旅人である。

485.上野大学短期セミナー 旅人学についての一考察 返信  引用 
名前:ケツジ    日付:2004/11/28(日) 7:25
僕がヨーロッパに行く前の話
川島氏と飲んだ。別れ際、
氏は僕に
植村なおみになってこい。と言った。
意味が分からなかった。

川島氏との付き合いはそれなりに長く、氏の価値観は僕に良く似ている。
氏がどう思っているかは知らないが・・・
氏の話、言葉の表も裏もだいたい理解してきたつもりだが、
この時の言葉は酷く意味の分からないものであった。
素直に受け取れば、
僕はマッキンリーに自転車で上ったり
海を割り、南極へ渡たらなくてはならない。

僕はこの時まともな返答を持ち合わせていなかった。

そして、ヨーロッパから戻り、南米に旅立つ日の成田空港。
川島氏から電話があり、性もないことを話したりしていたとき、
僕はあの時の返答をしようと思い、
バイコロしてきますよ。と最後に言った。

バイコロとは
僕と氏の中ではかなりのマイナスイメージがあるものの。
愛すべき言葉の一つだ。

まあ僕の旅をしてきますよ。といった言い回しだ。



486.Re: 上野大学短期セミナー 旅人学についての一考察
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 7:41
僕は植村なおみ氏が好きではない。

確固たる信念
目標のためには惜しまない努力

植村氏を語るときの必ず出てくる言葉だ。
僕がこの2つの言葉とは無縁の性格というのがひとつの理由だろうか。

一応僕も山好きの端くれなので、
青春に山にかけて は読んだ。すごい人だと感心した。
しかし、そのあと読んだ
妻への手紙 が良くなかった。
豪快な人だと思っていたが、
酷く内向的、言葉は悪いが女々しいイメージを持ってしまった。


487.Re: 上野大学短期セミナー 旅人学についての一考察
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 8:11
さて、上野大学に話を戻す。

上野大学・・変なので正式名称上野山荘*上野


【レポートその1 旅人の系譜
*あくまで笑い話、話半分で読んでもらえたら幸いです。


上野には3人の滞在客がいた。そして、僕の4人。
オーナーは80歳くらいの女主人*テレビによく出てくる人
そして犬のトゥルーチャ

3日経ったが、構図は同じ。
おそらく3人は1ヶ月後もいるだろう。
いわゆる沈没型の旅人だ。
3人の話は避けるが、
沈没型旅人には日本を出て5年、10年、
一つの宿に住み着いて半年という人も少なくない。

ちなみに僕は沈没型の旅人と話が合う。かなり好きだ。
それは僕に沈没願望があるからだろう。

旅人の専門用語、沈没の定義は明確ではないが、
好奇心旺盛に各地の観光地を巡るアクティビティーな旅をしていた人が
急に一つの宿に居座りは始めたら、沈没と呼ぶ。
期間は1ヶ月から、出戻りもその現象の一つだ。

沈没者は少々、負のイメージが付きまとう。
薬漬けの人、毒を吐く人、
日本社会から外れた、外された人が少なからずいるからだろう。
しかし大半はノンビリ屋で話は面白く、知的な会話を好む。
当然、現地地情報には詳しく短期滞在者の良きアドバイザーとなる。

沈没者がレベルアップすると仙人と呼ばれる
*インドで聞いた話だが7年バラナシにいる人がそう呼ばれていた。


488.Re: 上野大学短期セミナー 旅人学についての一考察
名前:岡田    日付:2004/11/28(日) 8:26
沈没の続き

沈没者は金持ちが多い。
日本で一生懸命に働き、派手な生活は避けていたのかもしれない。
アルゼンチンでいえば
けっして高くはないが、ワインや肉を良く食べる。
300円あれば腹いっぱい飲み食いできるからだ。
僕はそれさえ食べれない・・・のだが。

なかには株を運用する人もいる
100万も資金があれば10分で1万円稼ぐことも可能な世の中だ
2万円あれば、それなりの生活が1ヶ月間保てる。
そういう人は半永久に沈没できるだろう。

ボカジュニアースの試合をかかさない人もいる。
入場料1試合500円は安い。

改めてそんな生活を垣間見て、聞いて、
ああ、僕もそんな生活していみたい。と思う。
しかし、僕は日本で
川島氏と沈没者を否定する発言を繰り返していたので、
沈没できないのである。

482.ここまでの話 返信  引用 
名前:ケツジ    日付:2004/11/28(日) 6:9
南米チリ入りしたのが10月最後週である。
有名なパナマチリラインのチリ版高速道路を
南へ1日120キロペースで20時の日暮れ近くまでひた走り、
終着地プエルトモントPMに着いたのは約2週間後だった。

チリはほとんどが舗装路である。逆に街なかは工事跡の凸凹が多い。
特に高速道路は日本並みである。
GSやSAには無料シャワーも多く快適、快調なすべりだしだった。

PMからチリパタゴニアの玄関口CHAITANにフェリーで渡り、
そこから1週間、COYHAIQUEまで
アメリカ人サイクリスト2人と行動を共にした。
パタゴニアはチリ、アルゼンチン共にほとんど荒いダート。

クリスターとジャスティンは高校卒業したばかりの19歳、
大学入学前に、チリ縦断旅行とアルバイトを経験するのだという。

3人となった旅は早起きをし、陽の高いのうちに
30キロから80キロのペースで走った。
CPを決めたら、荷物、貴重品までをほったらかしにし、
温泉やトレッキング、焚き火、川遊び、釣りを楽しんだ。

クリスターはスペイン語ができ、アウトドア知識が豊富で
日暮れ前には南米ギターのチャランゴを弾いてくれた。

ジャスティンはかなりアホでマヌケなアメリカ人であり、
車が来るたびに雄たけびをあげながらピースサインを連発、
小学生とのサッカーでは強烈なタックルをちびっこ相手に連発した。
木から落ちたり、雪解けの川に500Mも流され、
僕らが必死こいて救出するなど楽しいネタをたくさん作ってくれた。

僕は彼らにチャーハンやパスタを作り、期待にこたえてやった。

始めは雨続きだった、チリ・パタゴニアも後半は晴れ渡り、
知床を2倍キレイにしたような眺めが続いた。

チリ・パタゴニアはかなりおすすめです。
3週間以上の休暇で楽しんでください。



483.Re: ここまでの話 その2
名前:おかだ    日付:2004/11/28(日) 6:52
*ちなみに2人はバイコロジー運動の発祥の地且つ、アウトドアの聖地
カリフォルニアセントバーバラSB出身。
僕はこの旅の目的地の一つにSBを入れようと思う。
誰か僕をSBでいのこしてちょうだい。
バイコロ旗をはためかせましょう。

2人と別れ、アルゼンチンパタゴニアに入った。
景色は激変し、360度の大草原がそこには広がっていた。
ダチョウと競走し、フラミンゴの湖で水を飲んだ。
ほかにもワナコ*鹿の化け物やアルマジロがいる自然の王国だ。

小屋のようなアルゼンチンイミグレーションに寄りかかり、
僕はひどくむせる免税品のたばこを一本吹かした。
何キロも先であがる砂埃が2時間ぶりの車の来訪を教えてくれた。
絵に書いたような辺境に来た。
とても気持ちが好かった。
COOLにキメてしまったとほくそ笑んだ。
その日が11月20日。

その翌日から地獄が始まった。
行けども行けども街がない。
ダートはきつく平地でも押してしまった。道を間違えた。
車は半日来ない。水場はない、看板はない。
ちなみにアルゼンチン紙幣もない。

日が暮れ、やっとたどり着いた地図の町マークはただの交差点だったり、
ゴーストタウンであり、廃屋の前で馬が死んでいた。
半べそかいて逃げ出した。
食料が水をセーブし始めたため、満足に走れなくなってきた。
風は以上に強く、テントに入っても横転するという珍現象が起きたため、
低木に横たわり寝た。
ちなみに小便をすると顔に舞い上がってくる。

3日目に水も飲まず100キロ近く走ってしまったため、
体の状態がおかしくなり、
やっとたどり着いた街では補給をしたのだが体が受け付けなくなった。

なんだか精神が苛立ち始めた。
舗装路に入り、着実に前には進んでいた。
5日目、風強し。
街の外れで寝袋に入っていると、放し飼いの犬が近くで吠えはじめた。
南米では日常茶飯事のことなんだが、
僕はひどく腹が立ち、
1匹を捕まえ放り投げ、*風に乗り3M近く飛んでしまった。
1匹を蹴り上げた。*避けられたので、カスッたくらいかな
その後この2匹を追い掛け回した。
その時、
1番遠くにいたもう1匹に何、本気になっているの?
と笑われた感じがして、ハッとしてひどく落ち込んでしまった。



*ここまで書いて思ったのだがかなり、劇的に書いてしまった。
一応全部ホントのことだが、楽しくもあった。



484.Re: ここまでの話 その3
名前:ケツジ    日付:2004/11/28(日) 7:6
それがサンジュリアンという街の辺りの話であった。

翌日、何だか酷く気落ちしていた僕は
睡魔、怠け癖に負け、
昼間から路肩で眠りこけた。
誰か車に乗せてちょうだいというわけである。

ロベルトバッジョRBというたいそうな名の親父が
僕をウシュワイアまで、運んくれた。
その距離800キロ。1週間分!

車という快適な乗り物に乗り、僕は至極満足した。

RBが僕に聞いた。
何で自転車に乗ってパタゴニアを行くんだ。
風が強いし、草原は広大だ。街もないだろ。
僕は辞書を引きながらこう答えた。
僕は自転車が大好きだ。
僕はムーチョにアホでマヌケだからだよ。と
スペイン語が分からない分、余計な言い回しがなく。
実にシンプルな返事だった。そして眠りこけた。

気づけば、上野大学である。

481.上野大学短期留学 返信  引用 
名前:ケツジ    日付:2004/11/28(日) 5:29
アルゼンチン・ウシュワイアに到着しました。

宗谷岬のような強風と寂寥感
知床のようにダイナミックな山と海
函館のような小ジャレタ街並みと坂道をあわせ持つ
この街は南緯55度に位置し、世界最南端の街です。

さらに南にプエルトウイリアムというチリ領の集落島がありますが
そこは基地の町であり、多額の費用をつまないと入れない事情もあり
ウシュワイアが最南端であるとの定義があるようです。
ちなみに
道の最南端はウシュワイアから行けるルートJが最南端であり、
こちらはウイリアムスより南に位置している。

ウシュワイアに上野さんという日本人が経営する宿があり、
そこに滞在しています。

今は亡くなられたのですが
ガダルカナル島帰還兵でアルゼンチン移民第1号のご主人が軟弱な旅人に
ありがたい説教をしてくれていたことから
上野大学と呼ばれたりもする世界一有名な日本人宿だそうな・・
タラバ蟹の夕食をいただき、ドラム缶風呂へ入るのも有名。

近郊は氷河やペンギン、壮大な自然のトレッキングポイントですし、
南極ツアーの出発地でもあるので、
ウシュワイアぜひ行ってみてください。

さて、そんな上野大学にて
私も旅について考えてしまったので、
ここに書き記したい。
少々恥ずかしいが長々と・・・
幸い?生憎?
このネットカフェは日本語が書け、
1時間50円と破格にやすいのである。

480.日本語書ける書ける 返信  引用 
名前:岡田Kecyuji    日付:2004/11/28(日) 4:56
新井ちゃん おめでとう。ゴウルの話じゃないよ *横棒がわからない


やはり、男の旅の究極の目的は女性にもてることにあるとおもいます。
私は
昨日、似合っていない伸び切った口髭をそりました。
あご髭はたぶん似合っているので残してあります。
たぶん、これでモテルはず。
チリ人妻探し頑張ります。


ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 

無料アクセス解析

アクセス解析の決定版!無料レンタルで最大100ページ解析!

   投稿KEY
   パスワード

EZBBS.NET produced by InsideWeb