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Ryo爺の独り言

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最初の母校“北手宮小学校”が閉校に 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/3/23(水) 7:44
“さっぽろ雪まつり”のルーツとされる小樽の北手宮小学校が、この3月で閉校になるそうだ。

私は小樽生まれで、9歳までこの街で過ごしたのだが、昭和22年4月、1年生の新入学はこの北手宮小学校だった。ただこの学校に通ったのはほんの少しの間で、その後すぐ手宮小学校に通うことになった。
古い通知戔を見ると、1学期から手宮小学校のものなので、1学期の途中に学区の変更があったのだろうと思って、北手宮小学校のWebサイトで沿革をみると、なんと、

22年5月1日 廃校式挙行(新学区制により北山中学校に校舎転換)

と記されているから、4月にこの小学校に入学した新入生はわずか1カ月で転校させられたことになる。

当時、私の家は梅ケ枝町7番地だったので、裏山の頂きにある北手宮小学校には急な坂道を何度も曲がって登っていかなければならなかった。

記憶に残っているのは運動会だ。5月に廃校式を控えて忙しい時期、果して4月に運動会を開催しただろうかと、いま思えば疑念も湧くが、私にとって初体験の運動会はこの北手宮小学校の記憶で、スタートラインに並んだところから(グラウンドのフィールドでなくトラックだった)必死に走った体感まで明瞭に覚えている。これは思い違いとは思えない。

また脈絡もなく断片的ながら、体育館の壁に、今では見かけなくなった肋木(等間隔に横棒が並んでいて、ぶらさがったりよじ登ったりして体を鍛える)があったことを、いま不意に思い出した。

その後、転校させられた手宮小学校は海側の山の上にあり、小樽港が見下ろせた。この小学校も3年生のとき、こんどは家庭の事情で道北の士別に移り住むことになり、この内陸の地方都市で人生の大半を過ごすことになる。

北手宮小学校は、雪まつりのルーツとして有名なのらしい。昭和10年に校長の発案で第1回雪まつりを開催、七福神の布袋様の大雪像をつくったということだが、私が生まれる5年前の話。そして北山中学校に校舎が転換されてから12年後、再び現在地に北手宮小学校が開校され、それ以後、雪像づくりと雪まつりが同校の伝統行事になったという。
このへんのことは、遠く離れた士別にいた私には知る由もなかった。ましてや、その学校行事が“さっぽろ雪まつり”誕生のヒントになったということは、テレビや新聞を見て初めて知ったことであった。

通知戔に記録もなし、したがって証拠は何もない。わずか1カ月足らずの北手宮小学校旧校舎最後の通学は、私の頭の中の幻のような記憶だけだ。いや、同じ体験をした当時のクラスメートの記憶の中にもあるはずである。

Firefoxの超便利なアドオン 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/2/26(金) 11:57
Internet Explorer から Firefox に乗り換えてから、Web環境に対する考え方が大きく変わった。これまでブラウザとはIEのことだと思い、IE以外考えもしなかった。そんな固定観念から解かれ、広い視野を得たとでもいえようか。

Firefoxは、非営利団体 Mozilla Foundation(米国)が開発したオープンソースのブラウザ。シンプルなインターフェースで、読み込みも速い。豊富なアドオンを加えることで、自分好みにカスタマイズできる。

アドオンは日本語で親切に解説してくれているサイトも多いので、それらを参考に、私に使えそうな拡張機能を選んでテストし、現在5個のアドオンを組み込んでいる。いずれもクリックだけで簡単にインストールできるし、有効・無効・削除もワンクリックだ。

・uBlock               広告を非表示にしてくれるので、軽くてすっきり。
・Google Translator for Firefox 英文ページの選択部分〜全文をGoogle翻訳。
・DownthemA            ファイルや画像を一括ダウンロード。
・Menu Filter            多すぎるコンテキストメニュー(右クリックメニュー)を選択してカスタマイズ。
・Popup ALT Attribute      代替テキストを表示(Firefoxは基本的に代替テキストを表示しないので)。

Firefox のアドオンは、世界中のコミュニティメンバーによる開発で数千種もあり、ユーザーは平均5つのアドオンを使っているそうだ。ということは、私はまさに平均的ユーザーらしい。

便利だからといって、むやみやたらに追加したら、Firefox自体が重くなるというから、いまのところこの程度に抑えている。でも、まだ痒いところに手の届くようなアドオンがありそうなので、もっと探してみたい。

私のOSは、Windows Vista なので、Internet Explorer はバージョン9 までしか使えないが、Firefox は最新バージョン(なんと4〜6週間のサイクルで更新されるという)を使えるので、もはや私同様老いて古びたVistaも、Firefox のお蔭で、まだまだ生き長らえそうである。

Cドライブ容量不足に“救いの神” 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/1/20(水) 16:56
私のPCは全容量 約300GB、これをCドライブ50GB/Dドライブ250GBに仕切って使っていたが、Cドライブの空き領域が次第に少なくなって、ときどきアプリケーションの動作がおかしくなる現象が起きてきた。

データをDドライブに移したり、不要なアプリケーションをアンインストールしたり(捨てたくないソフトまで泣き泣き削除したり)して、いろいろ手を尽くしたが、先日、Windows Vistaの重要プログラムをアップデートしたら、ついに使用領域を示す棒グラフが青から赤に変色、空きはわずか2.3GBとパンク寸前の事態となった。

もう削除できるアプリケーションはない。あとはアプリをDドライブに移すしか方法はないかとネット情報を検索してみると、アプリによってはどうしてもCドライブに入ってしまうものもあるようで、またレジストリの関係で動作に不具合が生じるものもあるらしく、どうも手が出せない。

さら検索を続けると、そんな危ないことをやるくらいなら、パーティションの切り直しをしたほうがいい、フリーソフトでできるという情報を得た。

しかし、以前、詳しい人にパーティションの切り直しについて聞いたところ、パソコンが壊れることがあるから素人はやらないほうがいい、と言われたのを思い出した。でも、あれから相当年月が経っている。ソフトも進歩して、素人でも容易にできる時代になっているかもしれない。

ターゲットを絞って調べると、“EaseUS Partition Master Free”というソフトが好評のようだ。バージョンは10.8まできている。ダウンロードや使い方を親切に説明しているWebページも多い。何より、フリーソフトというのはありがたい。

「壊れることがある」「素人はやらないほうがいい」の忠告が頭をかすめたが、藁にもすがる思いで、いつになく慎重にインストールし、慎重に手順どおり操作した。Dドライブの空き領域を分割して未割り当て領域をつくり、次にCドライブにそれを結合する、たったそれだけ……簡単すぎて、ほんとにこれでいいの、と不安が湧いたほど。

変更を適用するアイコンをクリック、同時に再起動が始まり、Boot Moodになって英単語が並ぶ。英語が読めないからよくわからないが、どうも先ほど操作したDドライブの分割〜Cドライブの結合がマシン内で実行されているようだ。この時間、かなり長く感じた。手順については、判りやすく図解入りで説明しているサイトがたくさんあるので、ここで下手な解説をすることはないだろう。

とにかく事はスムーズに進んだ。Windowsの再起動もやって、棒グラフを見たら嬉しや青色に変わっていた。

Cドライブ 69.9GB 空き領域23.4GB
Dドライブ 227GB 空き領域116GB

両ドライブともに余裕ある配分、各アプリケーションの動作もスムーズのようだ。

ただ、このソフト、PCを起動するたびに常駐トレイにアイコンが表われる。仕切り直しは終わったし、しょっちゅう使うものではないだけに、なんか煩わしい。で、けっきょく1日、私のパソコンに留まっただけで、アンインストールしてしまった。といっても要らないものという感覚とは違う、立派に役目を果してくれたことを忘れないし、開発に当たった方々に心から感謝している。

“物言い”に物言い 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/1/11(月) 13:52
大相撲が始まった。日本人力士が勝てないもどかしさは置くとして、物言いについて一言。と言っても物言いの内容ではなく、物の言い方について。

「行事軍配は○○に上がりましたが、△△の足が先に出ていたのではないかと物言いがつきましたが、協議の結果、同体とみて取り直しといたします」

変な日本語だ。説明する検査役はどの人も決まってこういう言い方をする。「……が」は前後の言葉をつなぐ接続助詞だが、この場合の「が」は逆接であって、一文に二度使うと文意が乱れる。

何も難しいことはない。二度目の「が」の手前で切るだけでいい。
「行事軍配は○○に上がりましたが、△△の足が先に出ていたのではないかと物言いがつきました。協議の結果、同体とみて取り直しといたします」

これだけのこと。

検査役は力士出身だから言葉を知らない、まあ細かいことはいいじゃないか、と気づいていてもみんな許しているのか。外国人力士出身ならまあしょうがないけれど、検査役はどなたも日本人だ。日本語が変な形で定例化しているのは気になる。私は検査役がマイクをとるたびに「またかな」と聞き耳を立ててしまう。

「番数も取り進みましたるところ、かたや○○、こなた△△、この相撲一番にて、本日の打ち止め」などと、行司は古式に乗っ取り美しい江戸言葉で口上を述べているのに、物言いでずっこけさせないでほしい。

“Firefox”に乗り換え 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/1/9(土) 12:41
私のパソコンは Windows Vista なので、ブラウザは Internet Explorer 9 までしか使えない。それが古くて新しいWebサイトに対応できないのか、容量不足のせいなのか、最近ひどく動作が遅くなり、ときどきフリーズして、にっちもさっちもいかなくなる。

ファミリー新年会で娘婿にボヤいたところ、新しいOSのマシンを購入するのが最善、また現状維持ならフリーソフトのブラウザ“Firefox”を試してみたら、との助言をもらった。

2007年に買ったマシンなので、はや9年目。新しいOS対応を購入したいのはやまやまなれど、ヘソ曲りの私はメーカー仕様に素直に順応せず、かなり癖のある使い方をしている。まず愛用の親指シフトキーボードが使えないと駄目だし、また使い慣れた数々の古いソフトが使えるかどうかも問題だ。

とくに執筆用の WZ Editor 5 は、当時、発売元に情報交換の広場があって、細やかにカスタマイズできるマクロがたくさん公開されていた。なかにはプログラマーのような玄人はだしの愛好者もいて、私好みのツールをマクロ化してもらった経緯もあり、痒いところに手が届くようにカスタマイズした執筆環境を手離したくはない。

道具というものは使いやすいかどうかが基本である。職人は自分の仕事に最も向いた道具を選び、自分が使いやすい形に改良して手元に置く。ところがいまや何でも使い捨ての時代、新製品にこっちが合わせていかなくてはならない。これでは機械を使うではなく、機械に使われているのと同じでないか……。てなことで、どうも新機種に手を出すのはちと逡巡してしまう。

で、次善の策、フリーのブラウザ“Firefox”をダウンロードして試してみたら……なんと、軽くて速い! まだ使い方は初歩段階だが、ブックマークバーの文字列はプロパティで簡略できることを知り、パスワード入力が必要なサイトは記憶させることで手間を省けたり、と便利な機能をいろいろ発見しつつある。アドオンという拡張機能を使えば、さらに自分好みの形にカスタマイズできるというので、これも試してみたい。

VistaはIEなら9までしか使えないものが、“Firefox”は最新バージョンが自動で更新される。ということで、いま、この地球を抱き込むキツネ(“Firefox”のアイコンのデザイン)にとりつかれている。

“猫展”に『われらリフター』が 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2015/12/23(水) 8:32
北海道文学館が“ネコ! ねこ! 猫!!”展とやらを開催している。数日前、行ってきた友人からメールがあって、私の小説集『われらリフター』(柏艪舎版)が道内作家コーナーに展示されていた、と知らせてきた。

11月末から始まったこの“猫”展は、文学に現れた猫、つまり小説・エッセイ・詩・短歌・俳句・川柳などに描かれている猫を紹介する催しだが、表紙や挿絵のなかの猫、絵本や童話の猫も多く展示され、親子〜家族ぐるみで楽しめるようだ。

展示されているという柏艪舎版『われらリフター』は、表題作はじめ、私のユーモア系小説を集大成するもので(中短篇5篇)、飼い猫と家族の交流を書いた短篇「猫も歩けば」も収録している。その関連から、表紙カバーには猫がバーベルを挙げているユーモラスなイラストが描かれている。

展示担当の学芸員は、この本を、収録の猫作品によって選んだのか、あるいは単に表紙に猫が出ていたから選んだのか、どうも後者のような気がしてならない。だとすれば、装丁画を描いた人には悪いが、なんとなく面白くない気分になってくる。ということで、まだ見に行っていないのだ。

いまやすっかり文学離れをした私には、猫といえば彫刻のほうに熱中している。木彫猫を展示したいとあれば何10匹でもOKだが、しかし、文学館であって美術館ではないから、お門違いのことは言えまいなぁ。まあ、いずれにせよ、笑っていればいいことなのだけれど……。

いまや空前の猫ブームとか。猫好きの方、好奇心の旺盛な方、どうぞご覧あれ。

期間 2015年11月28日(土)〜2016年1月17日(日) 9:30〜16:30
会場 北海道文学館 札幌市中央区中島公園1-4
休館日 月曜日(1月11日は除く)、12月29日(火)〜1月3日(日)、1月12日(火)

木彫刻・仏画の菊池藍個展を観る 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2015/6/25(木) 12:15
井波彫刻の個展開催中と新聞で知り、木彫例会の帰り、仲間を誘って観に行った。

私はクス、ヒバなどの材料をときどき井波から買い求めるているし、女優・檀れいさんが井波を紹介したTV番組“名匠の里紀行”は、録画して繰り返し何度もみた羨望の街、また小動物を彫る野中願児さんのブロクもときどき覗いているので、ぜひ井波彫刻の本物を観たいと思っていた。

個展の主は、札幌出身の菊池藍さん、21歳の女性だった。出展の木彫は龍や梟、紫陽花など6点、いずれも洗練されたデザインを精緻に彫りこんでいて、さすがプロの仕事と感心させられた。仏画も文殊菩薩や帝釈天など8点、色彩鮮やかに丁寧に描かれている。私に仏像を彫る気はないが、伝統工芸には学ぶべきものが無限にあるような気がする。型を逸脱せず、型のなかに新しいものを求めていく姿勢、日本人にはしっくりくるアートかもしれない。

菊池さんは仏師に弟子入りして3年間修行したという。たった3年でここまでできるとは、と感嘆。一方、私は……と指折り数えてみたら、木彫を始めてはや8年を経た。師について真剣に修行した人と、我流で遊びでやっている者の差! “馬齢を重ねる”という言葉が浮かんだ。それはさておき、さらに研鑚を積み重ねて技量を上げていくだろう、若い菊池さんの今後の作品をまた観せてほしいと思った。

 菊池藍作品展 らいらっく・ぎゃらりい(札幌市中央区大通西4・道銀本店ビル1F) 6月28日まで

渡辺淳一氏を騙す 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2015/6/11(木) 9:25
22年も前の話だが……。私は札幌パークホテルで開かれた渡辺淳一氏の還暦パーティに招かれた。というより、本当は氏にではなく、当時の『文学界』の編集長・T氏に呼ばれたというほうが正しいのかもしれない。私は小説『闇の力』で、その年の北海道新聞文学賞を受賞したので、編集長として出札のついでに、この無名の新人に会っておきたいと考えたのだろう。

田舎でわけもわからず書いていた私には、そんな晴れがましい場に出たことはなく、緊張と興奮にとらわれていた。会場には大勢の渡辺フアンが詰めかけ、それも着飾った中年女性が圧倒的に多く、脂粉の香りで卒倒しそうだった。

渡辺氏がやってきて、私と対面した。氏は道新文学賞の選考委員をしていて、新聞に載った評のなかで一番ほめてくれた人だった(作品を文藝春秋に持ち込んでくれたのも氏だった)。
開口一番「あの木崎が死ぬシーンは、本当にあった話だろう」と言った。私は即座に「いいえ、あれは作り話です」と事実を言うと、驚いて「そうなのか、……まさに野に遺賢ありだなあ」と身に余る最大級の賛辞を賜ることになった。

それは『闇の力』第1章のラストで、夜間高校に通う親友が猛吹雪で道を誤り、川にはまって死ぬ場面なのだが、選考のため読んだ渡辺氏の印象に残るシーンだったらしく、それがプロ作家をして本当の出来事と思わせる迫真の描写だったということか、と私は一気に舞い上がった。

ついで、同席していた道内の先輩作家(名前は知っていたが、名刺交換で初めて顔を知った)や中央の出版社の編集者からも声をかけられ、これからは、次作をどんどん書かないとだめだよ、とハッパをかけられた。

T編集長には別席でいろいろ激励され、慫慂されたのだが、その数カ月後、舞い上がった私が次に書いたのは性を笑いとばそうと試みた「五味氏の宝物」だった。先の「闇の力」が超真面目な純文学、次がふざけまくったエンターテインメントと、一貫性のない私は、絶好のチャンスを活かすことができず、その後、文壇とやらに登ることはできなかった。

北海道文学館でいま開館20周年特別展“没後1年 渡辺淳一の世界”が開かれている(2015年4月18日〜6月21日)。期間は残り少なくなった。北のロマンを描き続けたベストセラー作家の原点に触れてみてほしい。私としては、新人にやさしい氏の視線と声音を偲ぶ思いだ。

点眼タイム 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2015/6/1(月) 6:53
白内障の手術後1年ほど経つが、目薬を毎日、朝晩2回さす。いつまで続けるべきなのかわからないが、目を使うことが趣味の私にとって、目はとても大切なので、医師の処方を忠実に守っている。

点眼の正しいやり方は、薬をさしたあと瞬きをせず、1分くらい目を閉じていなさい、とリーフレットに書いてあった。ところが目をつぶると、当然ながら時計を見ることができない。まあ自分で60まで数えればいいわけだが、毎回この計測法では、どうも味気ない。

思いついたのは、好きな曲のメロディーを口ずさむことだった。そして「ダニー・ボーイ」がちょうど1分間になることがわかった。しかし、目を閉じて鼻歌まじりに唸っている老人というものは、どう見てもボケが始まったように見えるかもしれない……。

で、声は出さず、頭のなかで“演奏”することにした。この曲はフレーズが次第に盛り上がる構造になっていて、最後のところは絶叫するような形で終わる。シル・オースティンやサム・テーラーのようなムードテナーの趣でやると楽しい。脳内の仮想演奏だから、如何ような演奏も可能だ。フェイクを入れたり、アドリブを加えたりして興が乗り、1分間をオーバーすることもある。

チーターに魅せられて 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2015/2/25(水) 8:8
ドキュメンタリー番組「ライフwithチーター」(CS放送“アニマルプラネット”)を見た。動物写真家キム・ウォルフターさんが、ジンバブエの野生動物保護区でチーターの親子を撮影する姿を実写したものだが、この人の野生動物への接近の仕方が尋常でない。チーターのすぐそばへ無造作に近づいていって、草をむしったり寝ころんだりして何気ない風を裝う。決して視線を合わせないのだそうだが……。

普通、子持ち動物の親は異常に周囲を警戒するものだ。だが、この“何気ない風”に母親チーターも無害なものと認識したのか、まるで気に止めない。驚いたのは、仰向けに寝ている彼のもとに、チーターの子供たちが寄ってきて、足の臭いをかいだりしていたのが、ついには腹の上にあがってきて彼の顔や指を舐めるシーンだった。その辺の草木のような、というより動き回るから動物と思っているかもしれないが、敵対しない、餌になりそうもない、“変な生き物”という存在にさせてしまったのだろう。

そうやって彼は、至近距離からチーター親子のサバンナの生活を撮りまくる。生まれたばかりのとき、子供は5頭いたが、ライオンや豹に狙われたり、感染症で次々に死んでいき、ついには2頭だけになる。子チーターは子猫に勝るとも劣らない可愛さもあって、腹を裂かれて死んでいる姿を見るのは痛ましい。猛獣は狩る側だから獲物を襲い喰う残酷な印象が強いが、子チーターはひよわで常に予断を許さない。母チーターも子がケガや病気になり生きていけないと判断すると、容易に見捨ててしまう。見捨てられた子は観念したかのように死を待つ、その姿も胸痛むが、これがサバンナの掟というものか。

残った2頭は母親に狩りのテクニックを習って、次第に一人前(一頭前?)の成獣になっていく。主食のインパラを襲い、はじめは首の後ろ側から噛みついて手間取っていたのが、喉元を噛むことで即座に息の根を止める技を覚える。練習台にされるインパラ側からみれば残酷極まりないが、弱肉強食はサバンナの日常だ。いや、原理的には人間社会もなんら変わるところはないか。子チーターの狩りの様子を、キムさんはカメラを抱えて必死に走って追いかけ、その現場を至近距離から迫真の映像に収める。その徹底した執念も驚異だ。

母チーターに再び発情期が訪れ、アカシアの木に尿をかけまくっていたと思ったら、ふいに姿を消す。残された子チーター(人間でいえば中学生くらいか)は、母恋しさにチッチッと必死で呼びつづける。まるでスズメのさえずりのような、短くてかぼそい悲しげな鳴き声。傍らで撮影するキムさんの肩にすがりつくように前足を乗せて甘える仕草もいじらしい。しかし母親は姿を見せない。悠久を感じさせる広大なサバンナで、これから、この2頭は自ら獲物を狩って生きていかなければならない。

チーターは地球上で最も速く走る動物だが、なんと走り出してからわずか3秒で時速100キロに達するという。だから狙いをつけた獲物は絶対に捕えずにはおかない。また仕留めて食べているところをライオンやハイエナなどに襲われたら、闘わず譲ってしまう。他の動物と争うより新たに獲物を捕えるほうがエネルギー消費が少ないそうだ。獲物を捕えて喰うと2〜3日は木陰で寝て暮らす。脚力への絶対的な矜持、そして無駄なことはしない合理性。番組を見て私は、この動物にすっかり感情移入してしまった。

(untitled) 返信  引用 
名前:ボクちゃん    日付:2015/1/1(木) 13:27
新年、おめでとうございます。
昨年はまことにお世話になりました。
いただきましたお言葉をささえにしております。

「われらリフター」、楽しく拝読いたしました。(私もウエイトをやっておりましたので)。
これからも木彫とともに佐野先生の作品にふれて参りたいとぞんじます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



Re: (untitled)
名前:Ryoji    日付:2015/1/1(木) 17:10
新年、明けましておめでとうございます。本欄での年賀は初めてのことで、嬉しく存じます。
拙作をお読みいただいたそうで、さらにまた貴兄もWLをやっておられた由、なにやら同志的な気持ちになってきました。こちらこそ、よろしくお願いいたしますとともに、いっそうのご活躍を念じております。

年賀状の添え書き 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2014/12/25(木) 13:43
年賀状は毎年、インクジェットのはがきを買い、表裏ともパソコンで印刷する。木彫猫をデザインするので、手づくり感覚の名残はあるかもしれないが、両面ともパソコンでサッサッサーでは気持ちが伝わらないと思い、一言添え書きすることにしている。

書くのは、@相手の安否、A当方の近況。これを2〜3行でまとめるにはけっこう頭をひねる。いつも会っている人なら気心が知れているから、軽いジョークでもいいが、年に一度の賀状だけの付き合いの人には、しばしばペンが滞る。体調の悪い人に立ち入りすぎてはいけないし、婉曲な言い回しから紋切り型〜常套句に陥ることも。

以下、独りよがりで興がってしまった文例。

「還暦をすぎて、ホワイトアスパラになりましたかな」
教師だった友人で、若いころ顎ひげの剃り跡が青々としているのを“アスパラ”とあだ名をつけたことがあった。その彼も定年退職したので。

木彫仲間に。
「木は心、今年も楽しく彫りましょう」

文学〜報道関係の友人に。
「ペンは剣よりも強し、といいますが、ペンを刀に持ちかえてしまいました。ただし、私は安倍政権の支持者ではありません」(刀とは彫刻刀のこと、蛇足だが)

「お元気ですか? 私も元気です」
毎年、印刷所の見本どおり、宛て名もパソコンで、手書き文字が一字もない人に。もちろん、賀状をいただくことが元気な証拠、とありがたく思っているが……。

青空文庫「鈴木主水」が公開に 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2014/11/2(日) 8:35
インターネット電子図書館“青空文庫”のボランティアとして、4年も前に入力した久生十蘭「鈴木主水」がやっと公開された。――国政を省みずやりたい放題の藩主を諌めるべく、若い侍が仕掛ける命を賭した画策が思わぬ純愛の道行となる、ストイックで爽やかな時代小説の傑作。

青空文庫では(紙面からデジタル文字化へ)入力〜校正の2工程を経ないと公開しない決まりだ。この作品は、直木賞受賞(第26回 1952)作品だから校正者はすぐつくと思っていたのが、底本を全集本でなく文庫本を選択したせいか、こんなに長い間、校正者がつかなかった。このたび、noriko saitoさんが校正を買って出てくれて日の目をみた。面識はないが感謝の意を表したい。

原稿用紙40枚程度の短篇なので、時代小説の好きな人にぜひオススメ。映画化されてもいい(というより、ぜひ映画化してほしい。現代感覚で見てもちっとも古くない)、面白さだと思う。

青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/

「必」の筆順 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2014/10/20(月) 9:36
かつて、岳父が地方都市のコミュニティに推されて市議会議員に立候補したときのこと。娘婿の私として顔を出さないわけにはいかず、選挙事務所を訪れた。正面のダルマの後ろの壁に、市長さんの揮毫による「**殿 祈 必勝」の大きな文字が墨痕淋漓と書かれている。しかし「必」の筆順が違っていた。

私は以前から、この字の書き方が普通でないことを不思議に思っていたから気づいたのだが、「必」はなぜか筆順がややこしい。たいていの人は「心」を書いて、それから「ノ」を入れる。楷書で書けば過程がどうであれ、紙の上に残った筆跡は正しく見える。しかし、少し続けて書いたりしたら、最後のところが「ゆ」のようになって筆順も見えてしまう。市長さんの揮毫はそれだった。

「必」の正しい筆順は、まず「ソ」を書いて、次に左上から右下に滑って跳ねる曲線(「」のような形)を書き、次いで左端の「ノ」、最後に右端の「\」を書いて終わる。左に行ったり右に行ったり、まるで多数の敵に囲まれた侍がバッタバッタと斬りまくっているような、チャンバラみたいな筆順なのだ。
と、文章で説明しても、しかもネット上では記号も適切なものがないので、何を言っているのかわからない人がいるかもしれない。と思っていたら、それを解く絶妙の説明に出会った。一昨日、コメントを寄せられた(下欄)“漢検1級ブログ ボクちゃん日記”で見つけた。

 必ずかける「必」それはソレハである

そう、「ソレハ」と書けば、正しい筆順になる。こんな簡単な説明があるとは……と感嘆した。

それにしても、わざわざこんなややこしい筆順を考え出した本家本元がオカしい(成り立ちの根拠はあるのだろうが、あいにく浅学な私にはわからない)って気がするけれど、結果オーライのような今日、経過を大切にする日本文化の奥ゆかしさとして受容すべきなのだろうか。
競技大会に出場する選手や、選挙に立候補する人の激励会などで、「必勝」の文字を揮毫する立場にある方、くれぐれもご注意を。

なお、岳父は見事当選し、本人の人望もさることながら、市長さんの揮毫も与って効力があったかもしれない。筆順の違いに、選挙運動員は誰も関心がなかったようだ。



Re: 「必」の筆順
名前:ボクちゃん    日付:2014/10/20(月) 15:56
佐野様、まことにありがとうございました。この暗記法はどこかで記憶しておりましたものです。とても覚えやすいです。

第2回の漢字検定が近づいて参りました。初合格を目指す者、またさらなる研鑽を積む者の為に、今後ともご指導の程よろしくお願いいたします。


Re: 「必」の筆順
名前:Ryoji    日付:2014/10/20(月) 16:12
とても覚えやすい暗記法で、さっそくネタに使わせていただきました。貴ブログ、ときどき拝見させていただき、楽しませていただきます。拝謝!

御礼 返信  引用 
名前:ボクちゃん    日付:2014/10/18(土) 9:24
お久しぶりにご連絡をいたしました。。
2年半ほど前に、電話にて、さまざまなアドバイスをいただきました者です。
僭越ながら拙ブログにて佐野様をご紹介させていただきました。
(さしつかえる点がございましたら、ご面倒ながらご一報下さい)

   漢検1級ブログ「ボクちゃん日記」

季節のかわりめ、どうぞご自愛ください。



Re: 御礼
名前:Ryoji    日付:2014/10/20(月) 9:30
お久しぶりです。“Ryoji工房”をご紹介いただき、ありがとうございます。
お電話いただいたとき、「近くブログを立ち上げたい」とおっしゃっておられましたが、今回拝見させていただきましたら、なかなか含蓄に富む挿話満載の面白いブロクになっていて、感心しました。

老生、このところ漢検も小説も卒業した気分で、木彫三昧の日々。完全に“遊びモード”になっていますが、貴ブログは社会貢献度の高い内容と思います。一層、ご活躍ください。

漢検1級ブログ「ボクちゃん日記」
http://bokuchan2.blog.fc2.com/

病院の待合室で 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2014/9/22(月) 7:24
世知辛い世の中、せめて笑って過ごしたいと、日常、笑えることを探して暮らしている。1日に1回でも笑えたら得をしたと思いたい。笑いは健康にもいいそうだ。

病院の待合室の椅子に腰掛けて名前が呼ばれるのを待っていると、小太りのお爺さんがやってきて、私の前の空いている席にドスンと座った。待合室の椅子は4席が連結しているので、そのドスンの瞬間、隣に座っていた3人も振動の余波を受けて、体が揺れた。本を読んでいた人は読んだまま、頬杖をついていた人は頬杖をついたまま、余儀なく揺れた。一瞬笑えたが、声を出して笑うには到らない。

これと同じ状態を私は地下鉄の青いシートに座っていて体験した。隣にきたお爺さんが、横にドスンと座ったので、私のからだが少し跳ねた。これは、そのお爺さんの膝が弱くなっていて、中腰で体重を支えることができないから、座りかけた状態からいきなりお尻がシートに落ちたためだ。
笑えるが大笑いにはならない。もし力士かレスラーが座って起きた現象なら、心底笑えるのだろうが……。

別な病院の待合室にいたときのこと。前の椅子の背もたれ(待合室は患者がまばらで、その椅子に人はいない)に片足を上げるお婆さんに、付き添いの娘さんが「やめて」と下げさせる。が、ほどなくまた上げてしまう。たぶん足がダルイからついそうなるので、行儀がわるいのではないのだろうが、娘さんは周囲の目を気にしている。包帯でも巻いていれば案外ごまかせるかもしれない、と思ったりして頬に笑いが浮かんだ。これも声をあげて笑うには到らない、どこかに抑える気持ちが働く。

私が感じた笑いは、自分はまだ大丈夫という優位意識からの笑いだろうか(笑いの根本はそういうものらしいが)、それとも老いた者同士の相哀れむ、あるいはほどなく自分もそうなるという憫笑だろうか。いずれにせよ、病院は笑う場所ではないようだ。


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