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詩/短詩形の 書 棚

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37.追加:角川春樹句会手帖 佐藤和歌子著(扶桑社09/4)  
名前:オリーブ    日付:2012/6/19(火) 7:1
句会での直しをもう少し。
デジタルはカオスの海に光差す→デジタルはカオスの海に発光す
静けさを更に深める玉舎利の音→静けさや春の闇ある舎利の音
ジェラシーがまだ消え去らぬ雪眼かな→ジェラシーのまだ消え去らぬ雪めかな
離婚日に冷奴半丁酒飲めず→離婚日に冷奴半丁酔いもせず
天高く大樹の幹に触れる秋→昼深く大樹の幹に触れる秋
天才も無頼もめげる春と福→天才も無頼も孤独春の闇
倦怠が倦怠している震災忌→倦怠が倦怠を呼ぶ震災忌
酒飲みのただ眺めをり石榴酒→酒飲みのただ眺めをる石榴かな
(2012/5/6)

36.角川春樹句会手帖 佐藤和歌子著(扶桑社09/4)  
名前:オリーブ    日付:2012/6/19(火) 6:59
数人の句会参加者が20句ずつ前もって提出しておいた句を角川春樹が批評して、特選、佳作など紹介し、直してぐっとよくなる句も紹介する。その句会その場にいるように、口調や雰囲気が描写されていて、角川春樹がそこにいるようだ。毎回ゲストとして各界の有名人などが招かれていて、俳句を持参し、めちゃくちゃに言われたり、初心者とは思えないと褒められたりしていて面白い。角川春樹の俳句を読みたかったが、それはほとんどなくて、でも春樹流俳句の勉強になる、凄い本だった。

春樹の直しはたとえばこんな風:
月兎わがおろかさは跳ねにけり→春月や愚かな貌を持ち歩く
結局は一人たるべしこの大地→結局は一人たるべし春の暮
影ふわり心のうちにも大宇宙(おおぞら)にも→
暗黒やわが魂の銀河にも

「駆け込みて胸ふくらみし暖房車」について、これは俳句にする必要があるだろうか、感動や怒りでもいい、何か感情の大きなうねりから出発した方がいい、と言う。

いくつかあった春樹の句も:
亀鳴くやのっぴきならぬ一行詩
向日葵や信長の首切り落とす
カエサルの地はカエサルへ源義忌
虎が雨鰭あるものは寂かなり
  (2012/5/6)

35.『耳たぶに吹く風』天野忠(編集工房ノア94/10)  
名前:    日付:2012/6/19(火) 6:57
「古いノートから」という詞章集と自筆年譜の2部構成。これは80年代の『木漏れ日拾い』と似通っている。
その詞章のいくつかをあげると、
「自分の悧巧さに照れている人があるように、私は自分の愚かさにうっとりするときがある」
「年齢というものは、幾つになっても恥ずかしいものだ」
「動物は人間ほど賢くはないが、人間ほど愚かではない。このごろつくづくそう思う」
「好きなことばの中に耳たぶがある。耳たぶは、ほんとうに<たぶ>でないとおさまらない気がする。(中略)顔の中で自己主張をしたがらないいちばん柔和な存在であろうか」
1909年生まれ1993年10月に死去したこの詩人の不思議なスタイルは、やわらかに人間と世界に対してあるべきものを提示し続けている。
(2012/6/12/火)

34.『短歌で読む/昭和感情史』菅野匡夫(平凡社新書11/12)  
名前:    日付:2012/6/19(火) 6:55
 サブタイトル「日本人は戦争をどう生きたのか」

 これは『昭和万葉集』(全21巻192万部発行/講談社)完結のパーティで、鶴見和子が
様々な分野の歴史があるが、人間の感情を辿る歴史はまだない。短歌がこのようにまとめられ、歴史的な局面をたどることが出来るのが、一つの感情史だという趣旨の挨拶をしたことを、著者は会場で聞きひそかに「感情史」を書こうと思ったとのこと。

このサブタイトルの「日本人」には庶民から天皇まで含まれている。
 戦争という苛烈な時代を、庶民と天皇という別々の立場の歌を並べるということで立体感がでている、とも云えるかもしれないが・・。戦後の歌には触れていない。
 しかし読み終わって、どうもスッキリと胸に落ちるものがなく、もやもやとした感じは拭いがたい。
 まぁ記録としてはいろいろと活用できるものを集めてあるが。

(違った視点で編集された例として、近藤芳美の『無名者の歌』では、短歌は生活者の歌/民衆の抒情詩であるという立場の戦後の「朝日歌壇」の選歌をもとにまとめられている)
 (2012/1/26/木)
                   

33.『近代詩の誕生−軍歌と恋歌』尼ケ崎彬(大修館書店11/12)  
名前:    日付:2012/6/19(火) 6:52
 近代詩といえば明治30年の島崎藤村『若菜集』から、というのが一般的だろう。
しかしこの一冊は明治15年の『新体詩』をもって始まる。サブタイトルの「軍歌」は西南戦争の「抜刀隊」から。これは明治10年のことだ。
 つまり近代詩の序曲としてのそれらを丹念に探り位置づけている。近代詩成立に到達する前史として、どういう論争があり葛藤があったか、ということで近代詩のあり方を考えるというつくりだ。改めて近代詩史を振り返る一冊。

 目次を拾うと次のとおり。
 第二章 「抜刀隊」/新体詩としての軍歌
 第三章 志の文学/漢詩の伝統
 第四章 共感と追随/新体詩の増殖
 第五章 古典派の反撃
 第六章 西洋派の一撃
 第七章 国民的詩人/民衆歌と叙事詩
 第八章 近代詩の成立/島崎藤村と与謝野晶子/感性の革新と詩の自立
                           (12/2)

32.『巨人たちの俳句』磯辺勝(平凡社新書10/4)  
名前:    日付:2012/6/19(火) 6:50
  <巨人>とは誰か、と云えば記述順で、永井荷風/堺利彦/南方熊楠/物外和尚/平賀源内/二世市川団十郎など。荷風は文人俳句に分類されそうだが、ほかは俳句よりはその道で知られた<巨人>と云えるかも知れない。
 俳句が、余技としてひろく作られ楽しまれていたことがよく分かる。

 作者の狙いは「俳句という煩悩の鬼になって、なにかある」という姿勢で「東洋画でいうところの余白として生きている(中略)、一見無駄に見える、余分なところ、遊びの部分の大切さというものを教えられる」例えとしてこれらの人々のスタイルを描いたもの。
そして作者は、俳句になじまない人はそのところを飛ばして読んでも良い旨を述べているように、なにはともあれ<巨人>と思う人々の小伝を綴ってみたかったのかも知れない。


 牡丹散ってまた雨をきく庵かな      荷風
 椎の香に夜はふけやすし屋敷町
 はるさめに昼の廓を通りけり
 
 韓退之大根くさきあくび哉        利彦
 元日や先ず叩きわる厚氷
 行く春を若葉の底に生きのこる(大逆事件の後)

 なさけとは末摘花のしづくかな      熊楠
 
 雷神の力も蚊帳の一重かな        物外
 武蔵野ははなればなれに時雨けり
 瓢箪を先へ寝さして月見かな

 初空や唐は如何にと思い出し       源内
 井の中をはなれ兼たる蛙かな
 古郷を磁石に探る霞かな

 梅散るや三年飼ふたきりぎりす      二世団十郎
 西行の泪もろさよはととぎす  
 物洗ふおとおさまりて天の川
                       (12/1)

31.『魚すいすい連句を泳ぐ』鈴木美奈子(銀の鈴社12/2)  
名前:    日付:2012/6/19(火) 6:41
かぎろひの海貫けり未来都市(半歌仙「未来都市」の巻、発句)
逝く春を醍醐の姥と惜しみけり(短歌行「醍醐の姥」の巻、発句) 
などなど平成10年以降の国民文化祭および各種連句大会での受賞作品や、『れぎおん』誌『解纜』誌などに載った、さまざまな連句作品と、連句のルールあれこれを興味深いエッセイの数々で語る。ここには、芥川龍之介も安東次男も鶴彬も橋本夢道も隆慶一郎も吉本隆明も、古人にまじってひょいと顔を出す。
 第三章の「今・此処に生きる連句を」というのが著者の連句を掲げる宣言と思われる。また「わたしの初学時代」は著者の連句活動の根っこにあるものが見える。
 連句は面白そうだが、いろいろと煩雑なルールがあるらしい、と躊躇っている読者に「詩的表現の美とは<言語の束縛のうちにおける、自然の自由な自己行為なのです>」というシラーの言葉が巻頭に掲げられているのだが。
 連句とエッセイの愉しさが全ページに詰まった一冊となっている。
                (12/5)

30.『連句遊戯』笹公人/和田誠(白水社10/7)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 20:22
 連句を遊戯として愉しむ、という趣旨で歌人とグラフィックデザイナーという二人の男が、歌仙5巻を巻き上げその面白さを語るという仕組み。

 和田誠が連句にはまったのは『歌仙』という一冊を読んだことがはじめという。同書は1981年青土社発行の歌仙3巻と、その舞台裏を語り合う構成。もともとは「図書」や「ユリイカ」に掲載された作品。
参加者は小説家石川淳,同じく丸谷才一,詩人大岡信で、これを詩人であり芭蕉七部集評釈を二度にわたって世に問うた、安東次男がまとめる。

 ということでこの『連句遊戯』も構成は『歌仙』と同様,ただ<まえがき>として和田誠の連句へのアプローチを付け,読者をその世界に誘う。

 収載歌仙の発句と脇は次のように。
「ネッシーの巻」 遠ざかるネッシーの尾や春の窓    笹公人
          騒ぐ水あり笑う山あり       和田誠
「ラム酒の巻」  海賊のラム酒の歌や南風       和
          右手の鈎で食うかき氷       笹
「座敷わらしの巻」稲妻や座敷わらしの帰り道      笹
          見上げる空に満月ふたつ      和
「闇汁の巻」   闇汁や三人の魔女かしましく     和
          氷柱のなかのデーモンのため    笹
「中華まんの巻」 お多福のヘソに置くなり中華まん   笹
          揚子江(ヤンツーコー)をゆく宝船 和 

 連句の面白さを伝える一冊で、92年に筑摩書房発行、矢崎藍の『連句恋々』につぐものかも知れない。
                      (10/8)

29.『現代日本女性詩人85』高橋順子編 (新書館05/3)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 20:21
     むじゅん       吉原幸子

 とほいゆきやまがゆふひにあかくそまる
 きよいかはぎしのどのいしにもののとりがぢっととまつて
 をさなごがふたりすんだそぷらのでうたってゐる
 わたしはまもなくしんでゆくのに
 せかいがこんなにうつくしくては こまる
                   (以下略)

 編者高橋順子は<まえがき>にこんな趣旨を書いている。
メこれまでに公にされたアンソロジーに女性の仕事がなおざりでなく評価されていたら、(新しくこのようなアンソロジーを)夢見ることはなかった。モ
メ本書は日本の女性詩人によって書かれた詩を選び出し、私はこう読んだという読みを示したものである。感動とともに、戸惑いをも記さないわけにはいかなかった詩もある。モ
メこうして百年の女性の詩を一望したわけだが、けっこう多様性に富み、一色でないことに私は安堵した。モ
メいまの私にできることは、残された詩、生まれたばかりの詩と対話していくことだけである。
 収録されたのは、1900年代初頭の大塚楠緒子「お百度詣」から、1995年の川口晴美「夏の部屋」までの、20世紀詩人たちの作品。
アンソロジーを編むにあたり、新川和江・吉原幸子の季刊女性詩誌「ラ・メール」にも助けられたと編者は語る。多くの高名な詩人とともに、中島みゆきもいるし、初めて読む詩人達にも出会う愉しさがあるのはこのためだろうか。
 それぞれの詩に編者はコメントをつける。あるいは連想するその作者の別の詩を載せる。編者が「感動し戸惑う」ここが実はこの一冊の読ませどころだろう。(05.6.9 )

28.『挑発する俳句 癒す俳句』川名大(筑摩書房10/9)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 20:16
 取り上げた句集は次の各編。
中村草田男「長子」高屋窓秋「白い夏野」篠原鳳作「海の旅」西東三鬼「旗」渡辺白泉「白泉句集」富澤赤黄男「天の狼」三橋鷹女「向日葵」中村汀女「春雪」藤木清子「しろい晝」鈴木六林男「荒天」佐藤鬼房「名もなき日夜」永田耕衣「驢鳴集」桂信子「女身」高柳重信「蕗子」飯田龍太「百戸の谿」林田紀音夫「風蝕」加藤郁乎「球體感覚」金子兜太「蜿蜿」大岡頌司「臼處」三橋敏雄「眞神」阿部完市「絵本の空」河原枇杷男「鳥宙論」折笠美秋「君なら蝶に」

 何れもなかなかのメンバーがそろっている。ただあらためて好きな俳人としてのベスト5は、傾向はバラバラだが、例えば西東三鬼, 渡辺白泉, 加藤郁乎,金子兜太,河原枇杷男あたりだろうか。    (10/10)

27.句集 機嫌のいい犬(10/10) 川上弘美  
名前:    日付:2012/6/16(土) 20:15
捨てかねし片手袋のありにけり
会ふときは柔らかき服鳥曇
白シャツになりすもも食ふすもも食ふ
性愛の深き眠りや羽蟻とぶ
草踏んで会ひにゆくなり日の盛り
はるうれひ乳房はすこしお湯に浮く
叩き割る死者の茶碗や夏の空
終点より歩いて十歩冬の海
(2010/11/3/水)

26.『戦後和歌研究者列伝』田中登/松村雄二責任編集(笠間書院06/11)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 20:13
 戦後の和歌研究に足跡を残した研究者たちの小伝を連ねて,戦後の研究史を構成したもの。
 総論とも云える松村の「戦後和歌研究素描」には、戦中の研究から戦後50年代以降までへの動向の素描があって、本文の各論の背景を知ることが出来る。そしてここには、研究のあり方についても触れるところがあり,その変転と編者の願いのようなものも感じられる。
面白い切り口の和歌研究史として読める。

●目次
戦後和歌研究素描 松村雄二著. 小島憲之−国風暗黒時代の文学から古今集へ−山本登朗著. 西下経一−古今集研究の始発と行方−川上新一郎著. 松田武夫−「構造論」の創始者−鈴木宏子著. 久曾神昇−古筆学確立への執念−伊井春樹著. 片桐洋一−古注釈研究の開拓と大成−深津睦夫著. 小沢正夫−古代歌学史の見取り図−田中登著. 島田良二−三十六人集の本文を拓く−藤田洋治著. 萩谷朴−『平安朝歌合大成』への道−浅田徹著. 藤岡忠美−和泉式部研究の軌跡−久保木寿子著. 橋本不美男−和歌史研究への情熱と執念−鈴木徳男著. 犬養廉−後拾遺集の前後−長崎健著. 関根慶子−中古私家集論序説−平野由紀子著. 森本元子−私家集の「謎」の探究者−後藤祥子著. 松野陽一−『千載集』の研究−谷知子著. 谷山茂−藤原俊成の再来的存在か−上條彰次著. 有吉保−『新古今和歌集』研究の基盤−田渕句美子著. 久保田淳−新古今と定家をめぐる創造の機制−兼築信行著. 藤平春男−美の思索者−錦仁著. 田中裕−定家の美はどこからきたのか−小林一彦著. 目崎徳衛−はじめての学際人−松村雄二著. 樋口芳麻呂−失われた物語を求めて−田中登著. 福田秀一−冷泉為相論に始まる鎌倉和歌史−佐藤恒雄著. 岩佐美代子−女房の眼をもつ現代人−佐々木孝浩著. 井上宗雄−歌壇史研究−小川剛生著. 島津忠夫 −連歌から和歌、そして文学の大海原へ−廣木一人著.
                           (10/12)

25.『私の俳句修行』アビゲール・フリードマン(岩波書店)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 20:11
 沼津での俳句愛好家との交わりと句会への参加、そしてよき俳句の師黒田杏子(くろだももこ/1938年東京生まれ。東京女子大心理学科卒業。第一句集『木の椅子』で 現代俳句女流賞・俳人協会新人賞。第三句集『一木一草』で俳人協会賞。「藍生(あおい )」主宰。『黒田杏子歳時記』『俳句と出会う』ほか著書多数)との出会い。在日時に、ふとしたきっかけで俳句の面白さに目覚めた米国の女性外交官が、激務の間の俳句修行の体験を振り返る。
外国人から見たHaikuというもの、大きく云えば日本文化というものがどう映っているのかも興味深い。また俳人黒田の懐の広さも素敵。

著者紹介 〈アビゲール・フリードマン〉ジョージタウン大学法科大学院で法学博士号取得。アメリカの外交官。国務省勤務。米国俳句協会、カナダ俳句協会会員、ケベックシティ二カ国語俳句グループの一員。
(2011/3/20/日)

24.小池正博句集「水牛の余波」  
名前:オリーブ    日付:2012/6/16(土) 20:5
ジュール・ヴェルヌの髭と呼ばれる海老の足
月曜の郵便受けに雨蛙
動くなと鳥に命じる鳥の画家
飛鳥大仏蓮をかじっているらしい
その歩哨星の尻尾に撫でられる
評定の途中で鼻が増えてゆく
軽鴨を見て乱心がはじまった
水牛の余波かきわけて逢いにゆく
(2011/4/11/月)

23.『名前はまだない』未名会合同句集より  
名前:    日付:2012/6/16(土) 20:2
            岡本 久一
舊式の万年筆で春と書く
行く春や返さずにおく砂時計
柚子の湯に臍の曲りを正しをり
            長内 道子
定型を外れいち枚の休耕田
八月の城を出て来るフランス語
その先はおぼろとなりぬ円周率
            城内 明子
夢ひとつ春の火種を持ち歩く
一見は省き百聞冬籠り
これと云う理由もなくて蛇になる
            北川 寛山
息災で居るだけの仲冷奴
ひらかなと楷書向き合ふ春炬燵
百までは間があり十年日記買ふ
            幸喜美恵子
○ ×で答へられない十二月
引き際の美学涼しき背骨かな
逃げ水を追ひ越してゆく好奇心
            蘓原 三代
人生ひとまわりして聴く蚯蚓
夏の果切取線のてんてんてん
啓蟄や回して合わす周波数
            高木 暢夫
屋台酒前略中略十二月
横文字を出てひらがなへ新走り
漱石忌歯形のついたビスケット
            玉木 祐
未来図の明日へ明日へといわし雲
冬さくら我も喩としてあるごとし
胎内へ流氷の音かえるごと
            春田 千歳
抗うつ剤目刺の頭片寄りぬ
少年の鎖骨が匂ふ海開き
春愁は円周率の果のやう
            宮腰 秀子
ハナ、ハト、マメ銀色に老いねこやなぎ
ものの芽に沈黙という武器のあり
ねむれないZOOの真上に春の月
            山崎せつ子
逝く春の黒板消しに鋲二つ
線香花火もう一方の手が暗い
雪催いなかなか開かぬ瓶の蓋
            前田 弘
冬の川夕日を入れて鳴りだせり
父の日の何だかんだと雲呑麺
親の顏しまい忘れて鬼は外

『名前はまだない』2008年8月発行
編集人 蘓原三代
発行人 前田弘
発行所 未名会(国立市)
* 各50句掲載から3句のみをランダムに抽出して掲示。詳しくは句集を。
(2010/2/10/水)

22.『十七音の履歴書』正木ゆう子(春秋社09/7)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 19:59
 著者のはじめてのエッセイ集。
 主なものは、熊本日々新聞に2005年に41回連載したコラム「わたしを語る」で、これが「十七音の履歴書」となった。各回のエッセイには、末尾に一句がつけられている。

 椎匂ふ未生以前の大気かな
 悠といふわが名欅の芽吹くかな
 昭和はも掃き出し口と花八手
 片目してラムネの玉を訝しむ
 白玉のつぎつぎ浮かぶ母系かな
 印画紙にあらはれて瀧落ちにけり
 太陽の念力入れし唐辛子
 鳳仙花をさなき指の匂ひせり
 肝胆を濯がむとして水葱(なぎ)の岸
 秋桜われら土管で遊びしょ
 理科室の西日に人を恋ひそめし
 腋烟る少女でありし夏はるか
 ひなあられ父の無口にたれも似ず
 「The Long and Winding Road」渋滞に時雨くる
 実紫わが詩も小さく円なれ
 花火の夜兄へも少し粧へり
 雪の速さで降りてゆくエレベーター
 未婚にてふつとつめたき畳かな
 月のまはり真空にして月見草
 わたしにはわたしがついてゐる淑気
 息触れて初夢ふたつ響きあふ
 サヨナラがバンザイに似る花菜道
 天啓ののち昏睡のさくらかも
 たくさんの百合添へて死を頂戴す
 土いまだ木の葉のかたち山眠る
 朧夜のこの木に遠き祖先あり
 地下鉄にかすかな峠ありて夏至
 ひんやりと目に入る虫や世紀末
 薄々と筆を下ろせば冬の海
 荒涼とわが机あり半夏生
 総身に遺伝子らせんなす春よ
 青萩や日々新しき母の老い
 水の地球すこしはなれて春の月
 春の月水の音して上りけり
 静かなる水は沈みて夏の暮
 七夕の玄関に蟹来てゐたり
 さざなみは草に上りぬ夏の月
 たれかれのなつかしきそらまめの旬
 春蝉の殻ほど軽きもの知らず
 境内の水がひとあし先に秋
 竹の子に一族の根の混み合へり
 引力の匂ひなるべし蓬原
 空冥の微塵となりて鷹渡る
 山脈の一か所蹴つて夏の川
 噴煙に日面のある大暑かな

 他にも,各誌に載せた短文がまとめられている。
 
 出生地熊本の匂い色濃い、そして宇宙を観望している著者の、一種のアニミズム的な雰囲気を感じさせる好エツセイ集。
(2010/4/1/木)
  

21.『失くした季節』金時鐘(藤原書店10/2)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 19:55
金時鐘 (きむ・しじょん). 1929年、朝群元山生まれ。 長年、高校・大学の教職にたずさわる。詩人。現在大阪文学学校で教える。 主な著書に、評論集『「在日」のはざまで』(毎日出版文化賞)、詩集『新潟』『猪飼野詩集』『光州詩片』など。

 この詩集の背景には,済州島四・三事件が埋め込まれている。
「旅」という詩には,
 「心の地平では
  祖霊の地と済州島とが
  在日と溶けあって澄んでいる
  殺戮はいつからか竹林になっていて
  竹の子がきりもなく黒く芽生える。」
とあり、
「四月よ,遠い日よ。」とのタイトルでは、
 「ぼくの春はいつも赤く
  花はその中で染まって咲く。」
とはじまり、五聯三十五行の後に,
 「木よ,自身で揺れている音を聞き入っている木よ
  かくも春はこともなく
  悔悟を散らして甦ってくるのだ。」
と閉じられる。

「済州島四・三事件」とは、第二次大戦後の南北朝鮮の分断占領が生んだ、民族骨肉相食む悲劇。
 それは、1948年4月3日に現在の大韓民国南部、済州島で起こった人民遊撃隊の武装蜂起にともなうとされる虐殺事件。
この武装蜂起には南朝鮮労働党が関わっているとされ、米軍の指揮のもと政府軍・警察・右翼青年団による大規模な粛清と鎮圧によって、多くの島民が虐殺された。その数は3万人とも、延べ8万人ともいわれるが、真相は未だに闇の中である。この時,金時鐘も密航船に乗ってからくも逃亡,神戸に上陸した。
 2000年の「済州島四・三事件52周年記念講演会」における講演まで、四・三事件に直接関わりながら金時鐘は50年以上も沈黙をまもってきていた。
 『火山島』(1983〜97)をはじめとして四・三事件を素材とした小説を書き続けてきた金石範(きんせきはん/キムソクポム)との対談集『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』(2001)ではその経緯について詳細に語っているとのこと。

 文学と世界との交錯する生々しさを感じさせる詩集だ。
                   (10/7)

20.句集『炎天』吉村昭(筑摩書房09/7)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 19:52
 吉村昭の小説は読んだことがない。『東京の戦争』,『歴史の影絵』のようなエッセイと記録だけだ。
 著者が亡くなってもう3年が経つ。亡くなったのは盛夏7月31日,それでこの句集は『炎天』なのだろうか。しかしもともとこの句集『炎天』は1968年5月発行だったと、津村節子があとがき風に書いている。
 この句集<夏>の部の第一句は「炎天に駅標白し貨車一輛」が置かれてある。また「胃カメラをのんで炎天しかと生く」ともある。
それが著者によってタイトルとされたのかも知れない。
 紅梅の海に向かひし藁屋かな
 陽炎に狐ふりむき消えにけり
 踏みへりし石段を踏む実朝忌 
 巻かれたるデモの旗ありビヤホール
 炎昼や錆びて傾く座礁船
 河童忌や入谷小路のせんべい屋
 貫きしことに悔いなし鰯雲
 はかなきを番となりし赤蜻蛉
 喪が明けてなすこともなく障子貼る
 流人墓傾くもあり鰤起こし
 綾取の巧みな妻に少女の眼

俳句は一行でドラマの一幕にもなるものだーと思う。
                     (09/10)  
  

19.『漢詩逍遥』一海知義(藤原書店06/7)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 19:49
タイトルになった「漢詩逍遥」は月々の漢詩を取り上げ、俳句や川柳も援用して面白く読ませる仕掛け。この11月は<菊>を扱っているが、となるとやはり陶淵明の詩句が登場。「淵明を夢む」とする市河寛斎の詩もある。

「漢文教室/超初心編」は、確かに初心者には興味津々。
例えば孟浩然の《春暁》、
 春眠不覚暁 処処聞啼鳥
 夜来風雨声 花落知多少
この詩のなかに、日本語とは違う意味の熟語が二つある。
ひとつは<処処>。これは日本語では,ところどころとなる。しかし漢語では,いたるところ,あちこちの意。
また<多少>。日本語では多少はあります、と少しの意。しかし漢語ではどれほど?という疑問詞。

ついでに、として更に2語。
ひとつは<時時>は、日本語でときどき、漢語ではしょっちゅう。
また<故人>は、一般的には古い友人。しかし人を悼むときには,死者。

また例えば杜甫の《春望》、
 國破山河在
この破は、内乱で国家機構が破壊されたとの意。先頃の日本は,外国と戦って負けた,すなわち敗とする。
この在りは、何処にあるのかという所在を表す。有りは所有や存在を示す。

 その他,中国文学の世界に詳しい人は別として,そうかそうかと知ること多々。

例えば,現存する唐詩は約50,000首。
その『唐詩選』は明代の選集で,128人465首を収めるが、白楽天や杜牧の詩は一篇もない。
それに先立つ『三体詩』は宋代の選集で、七言絶句,七言律詩,五言律詩のスタイルのみを収め,李白も杜甫も選んでなく、167人494首。
清代の『唐詩三百首』は77人313首で、わりに偏りはない。
平安期から室町頃までは『三体詩』が好まれ,江戸期から現代にかけては『唐詩選』が好まれた。
『三体詩』は中年の詩を好み,『唐詩選』は青年期の詩が好み,といえる由。

また宝井其角が『虚栗』の序文で杜甫の詩「貧交行」のパロディを載せた。
 翻手作雲覆手雨
 紛紛俳句何須数
 世不見宗鑑貧時交
 此道今人棄如土
杜甫の原詩は、次のとおり。
 翻手作雲覆手雨
 紛紛軽薄何須数
 君不見管鮑貧時交
 此道今人棄如土

更に,杜牧の詩「清明」。
 清明時節雨紛紛
 路上行人欲断魂
 借問酒家何処有
 牧童遥指杏花村
これを胡志明がパロディ化。
 清明時節雨紛紛
 籠裏囚人欲断魂
 借問自由何処有
 衛兵遥指弁公門
胡志明はかのベトナムの初代大統領ホーチミン。

 「マルクス経済学者河上肇と中国古典詩」という一章は、その生涯と漢詩などを詳しく紹介してある。
 河上肇は,六十二文字という三十一文字を二つ重ねた短歌をつくり、旋頭歌,六言絶句を試み,四行の漢詩の五行和訳などもやった。
 これらの破調は新しい詩歌の試みとして,現代にも問題提起しているのではないか。

<明治維新>とは、いつごろから云われたかも面白い。わたしの父(1886年生)はそうは云わずに<ご一新>と唱えていた。 

気楽な雑談のなかで、人生を世界を改めて<発見>できるエッセイ集。
                        (09/11)

18.『一茶の連句』高橋順子(岩波書店09/11)  
名前:    日付:2012/6/16(土) 19:46
 著者は,芭蕉や蕪村に比べて一茶の連句の研究が非常に乏しいこと、不当に閑却されていることを残念に感じ,一茶の連句約250巻のなかから6巻を選んで評釈を加えた。
 評釈に入る前に,一茶の生涯と連句のルールを詳説しアプローチとした。

 評釈された連句は次のとおり。
「正月の巻」栗田樗堂との両吟歌仙。寛政九(1797)年一月、伊予松山。
一茶の発句は<正月の子どもに成て見たき哉>、樗堂の脇は<兎をつくれ春の初雪>。
{枯葎の巻}は秋元双樹との両吟歌仙。享和三(1803)年十一月,下総流山。
一茶の発句<枯葎かなぐり捨てもせざりけり>双樹の脇<月も出よとたたく納豆>。
「蛙なくの巻」両吟歌仙。文化元 (1803) 年春、江戸。
発句<蛙なくそば迄あさる雀かな>夏目成美,脇<春めくものに門で薪をわる>一茶。
「蠅打ての巻」成美月並み句会随斎会四吟歌仙。
<蠅打てけふも聞けり山の鐘>一茶<松葉散りうく水のうれしき>乙因<麻畠ちいさき人の見え初て>成美。
「夕暮やの巻」両吟歌仙。文化八年五月,根岸雪耕庵。
<夕暮れや蚊が啼き出してうつくしき>一茶<すずしいものは赤いてうちん>
一瓢。
「せい出しての巻」文化十(1813)年一月,信濃長沼住田素鏡宅,
<せい出して蝶舞へ翌は十五日>相我<朝顔も蒔く春風も吹>一茶。

 芭蕉などとは違う庶民的な口吻が感じられるのは、出自もあるし時代の背景もあるからだろう。
 
 《高橋順子》1944年千葉県生まれ。東京大学仏文科卒業。詩人。大岡信シリーズ「折々のうた」の作者紹介兼検索を担当した。
詩集「時の雨」で読売文学賞を受賞。
その他の著書に「連句のたのしみ」「お遍路」など。                 
                           (09/12)


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