全国津々浦々山々谷々の皆さま コンニチわ〜表記ウオーク20キロコースを完歩して、橿原市内の「ぽんぽこの湯」を本日の逗留地として、館内休憩所から写真整理を済ませて早速に初日レポート発信のワタクシですが、既に湯の中で手足を延ばしてのんびりとしている(たぶん)我がママなのデス。11/25(土曜)、日の出時間は6時40分の奈良県だそうですが、夜が明けて明るくなった6時過ぎに大宇陀温泉を離れて、本大会開催の橿原神宮隣となる「橿原神宮森林遊園」会場へと7時前です。既に大勢のウオーカーで賑わう会場ですが、最初の出会いは今年の朝鮮通信使応援ウオークで静岡を一緒に歩いた静岡の渡辺さん、そして京都のデコさんら(真ん中ハリコ)とバッタリ、埼玉の稲葉さんや兵庫の一井ご夫妻ら(右ハリコ)ともデス。
更には埼玉の鈴木ご夫妻(左ハリコ)ともですが、我々が意を決して出掛ける遠方の各地でいとも簡単に出会えちゃう不思議なご夫妻、昨日も既に奈良県各所を観光されたそうです。他にも見知った方は?ってキョロキョロしてたら出発式となりましたが、橿原神宮のトップである権禰宜宮司や大会実行委員長のご挨拶など、15回目となる記念大会を迎えましたが、秋晴れの好天に恵まれた本日です。
パパママは思い立ったように参加の本大会ですが、15回記念大会という事で参加費が2日間で1,000円、通常各大会が2日間で2000円ほどなのに対して約半額、節目の大会で特別記念品を提供するウオーキング大会は有るものの、「ワンコインウオーク」を銘打って「1日500円で奈良の秋を楽しんでね」って、何とも洒落た記念大会のご配慮です。以前にも参加しているけど10年以上振りかも、ココが大会会場となっては初めての参加ですが、朝日が眩しい中、どんな1日となりますでしょうか?
神宮森林遊苑会場を出て早速にコースは隣接の橿原神宮本殿を参拝の参加者たちですが、仲良しご夫婦の一井ご夫妻(真ん中ハリコ)に習ってワタクシも、「ママ〜、社殿前へね〜」って、本殿をバックにハイチーズなのデス。日本最古の歴史書と言われる『日本書紀』に日本建国の地と記された橿原、神武天皇が橿原宮を創建し第一代天皇として即位されたのが紀元元年、今から2,600余年前のことだそうで、日本の始まりの地とも称するそうです。
各地を歩くウオーカーなら背中に大きな鶴を飾って参加者に折り鶴をプレゼントされる「鶴おじさん」をご存知でしょうが、こちらは弟子の千葉の中村さん(左ハリコ)、参加者たちに鶴を配って完歩へのエールなのです。そしてスタート直後を暫し同歩の一井さんですが、2週間前の東松山で環太平洋マスターウオーカーの称号を得たご夫妻、今もIVV国際マスターやヨーロピアンマスターと云った海外ウオークにも積極的で、既に歩いたオランダやベルギーや中国の話など、はたまた来年はアイスランドなどとお話をお聞きすると、国内もまだまだの我々なのに足とハートがムズムズしそうデス。飛鳥駅を過ぎて歩く土佐街道ですが、高取城へと続く道の整備を受け持ったのが土佐藩で、街道の名前となったこの道だそうで、古い町並みが素敵なロケーションです。
百名城の一つで美濃岩村城、備中松山城と並んで日本三大山城の一つと言われる「高取城」ですが、今は明治維新の廃城令によって岩村城同様に石垣のみが残るのみだそうで、30キロに進む鈴木さんら(左ハリコ)は目指す壺阪峠から城址山頂へとだそうで、パパママは藩主植村氏の住宅となっているお屋敷を横目にして緩い山裾に歩を進めます。
最初のCPは高取城址資料館でしたが、「ちょっと一服」って思って座った椅子で何気にシャッターを依頼したのが彼女、三重のカサヤさん(右ハリコ)です。お話をすると「パパママの事を知っていますよ」って、仕事の関係で4日間で完歩のウオークのうち、成人式の祝日を含む3日間しか参加出来なかった毎回の熱田−伊勢ウオーク、その話や我がママが救護班をやっていた事などもよく覚えて居られると、ご一緒ウオークだった熱田−伊勢での彼女と偶然の再会なのでしたデス。
進んだ先はキトラ古墳へとですが、まだ歴史のニュースに新しい35年前、発掘調査の古墳墓内に煌びやかな装飾壁画が有ると判明して考古学者たちの胸を躍らせるが、開口が災いしてカビが発生など、保存の技術に困難を要しながらも、石室の壁に漆喰を塗った上に描かれた壁画を剥がして保管管理の現在に至っている。
館内写真撮影OKとの事で撮らせて頂いたが、石室内は四方向の守り神とされる、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武(亀と蛇)が描かれ、天井部は星座や惑星の軌道も描かれ、獣面の半分(6体)が絵に残っていて四方に十二支が描かれていた事も推測判明、天文や方位時間軸なども当時の人々は完全に把握していた事がスタッフの丁寧な説明で理解出来ましたデス。薄暗い館内で声を掛けられたのは一宮の小川さんと鈴木さん(右ハリコ)です。
墳墓が各所に点在し、往時を思い起こさせるような竪穴式住居など、高松塚古墳絵画館は撮影禁止で写真は無いけど、久々に縄文・弥生時代にタイムスリップしたような暫しです。
そして古代歴史の不思議たちですが、「鬼の俎(まな板)と雪隠」と名付けられた巨石たち、雪隠は確かに巨人の鬼が使ったトイレのような形、そしてまな板も確かに人間を捕まえてこの上でチョキンとして口にポイって食した場所に思えちゃう。霧を発生させ人を道に迷わせて食べたという伝説も有るというが、立小便で霧を作り人を迷わせ、俎で切って食べた人間が糞となって雪隠に排泄されたのであろう、ガリバーの世界を思い起こさせる世界でアリマす。本当は石棺とその蓋だというが、誰がどの様に巨石を加工したり、この重量物を離れた場所に移動させたのであろうか??
点在する巨石たちですが、我がママが手で指し示すのは「亀石」と言い、首を竦めた亀の頭、皆さまは甲羅とカメのアタマや足が判りますでしょうか?遠くに見えるのは聖徳太子が生まれたという橘寺(右ハリコ)なのですが、「あの一万円札の〜!?」って、あまりの現実味の無さに「ホンマかいな」って疑っちゃうオレなのでアリマす。
途中で休憩もですが、ソフトクリームと焼き団子を注文していたと思ったら、オレがカメラを出す前に完食寸前の我がママ、時計を見ると12時を過ぎていました。そして後ろから声を掛けられましたが、今年の朝鮮通信使応援ウオークでご一緒した、静岡の名和さんとお友達(右ハリコ)です。
キトラや高松塚などの古墳群や資料館、奈良の社寺と紅葉風景を満喫の5時間ほどでしたが、汗ばむほどの日差しの中を20キロを完歩して戻った会場へとです。
戻った会場で声を掛けられたのは大阪(左ハリコ)のほら何て名前だっけ・・・でも足摺ツーデーも一緒に歩いた、よく知っている方なんだよネ〜遅めの昼食を会場内広場で頂きゴールをされる方々をチェックですが、岐阜の伊藤さんや愛知豊田の須田ご夫妻や、スタート時は気付けなかった方々のお顔を発見して声を掛けたり、再会の喜びに浸った一時間ほど、午後3時に当温泉に到着となった第1日目です。ではでは 今から深夜1時までだという橿原ぽかぽか温泉にのんびりとしますネ〜♪
皆さま コンニチわ〜先週は日本列島をスッポリと覆う寒気団のせいで冠雪など各地から冬便りが伝えられましたが、引き続き強風と寒気が居座るここ一週間の東海地方です。そんな中を移動日となった本日、国道1号線から名阪国道を通って大会開催の橿原神宮への道中、20キロ手前の宇陀市へと参りました。関西方面から伊勢神宮へ向かう伊勢街道の宿場町だったという宇陀ですが、古い町並みが今も残り、本日は大宇陀温泉「あきのの湯」を逗留地にして、温泉を楽しむ閉館までです。写真は、四日市追分を過ぎて国道1号線沿いの飛行機が飾られる場所(左ハリコ)伊勢街道・宇陀宿では我がママの趣味、郵便貯金も(真ん中ハリコ)そして大宇陀温泉へと(右ハリコ)
皆さま おコンバンわ〜朝から夜のニュースまで相撲界の暴力スキャンダルに明け暮れる日本のテレビ、しかも錯綜の伝聞を基にしての憶測会話を長時間に渡ってなど、視聴率低迷やテレビ離れを嘆く自身を見つめ直す報道人は居ないのでしょうか?って言いつつ後悔をしながらも、本日も移動車中のテレビをつけて聞き続けてしまった4時間ほどなのでした。館内で夕食を終え、再度の入浴(4回目)をして閉館時間を待ちましょうかネ〜
皆さま オッハーさまでございます。湯につかると肌にぬるぬるスベスベとお湯が体に絡まる湯の山温泉からですが、当地の本日天気は終日曇り予想。昨日は晴れていたものの御在所岳山頂は霙交じりの冷たい強風との事で断念、本日も昨夜降った雪で山頂一面が銀世界との事、残念ながら紅葉散策程度の装備しか持って来ず、「次の機会を楽しみに」って事にしました。真ん中ハリコは今朝のホテル前で撮った御在所手前の山風景ですが、木々が白く雪化粧なのデス。
皆さま コンニチわ〜日本列島を寒気団がスッポリと包み冷たい雨の土曜日でしたが、昨日は娘の子供たちの小学校で学芸会が有り、ジジババ2人してビデオやカメラを回した1日となりました。本日(日曜)はと言いますと、リゾートホテルの体験という事で三重県「湯の山温泉」へと参りましたが、今朝の最低気温が1度だったと言い、御在所岳山頂の谷あいは白く雪化粧、ロープウェイでの山頂散策を断念した本日です。早めにくつろいでこれから温泉へとですが、既に太陽は御在所岳の西側に消え、湯の温もりが一段と有りがたく思える今夜のようです。明日も曇り予想の当地ですが、果たして山頂に登れますでしょうか?
皆さま オッハーさまでございます。既にフィナーレを迎えて一週間となった日本スリーデーマーチですが、大勢が関西に移動して、昨日そして今日も加古川ツーデーを楽しんで居られますでしょうか!ワタクシは遅々としてしまった最終日レポートを仕上げます。最終日にして宮城多賀城の和田さん(左ハリコ)と出会えましたが、昨夜は朝日道場で中仙道ウオーク仲間と一緒に酒宴だったそうで、医者から「ビールなら四杯程度に控えるように」と言われていた大阪の押川さんもご一緒で、彼は「缶ビール4本だったよ」「しかもロングをね」って、楽しい昨夜だったそうです。和田さんのトレードマーク、リュックのゼッケン(真ん中)を皆さまにも紹介ですが、「昔」足軽「今」過労って、傘寿を超えて「足軽時々家老」を改名しましたでしょうか!?会場入口では福岡の森ワンコファミリー(右ハリコ)ですが、「明日は仕事だから、今夜中には帰らんと」って、高速道路を千キロ以上も走る予定のこの後だそうです。
最終日と言う事で「40・50キロ組を見送ろうか」って思ったけど朝が早過ぎて断念、7時前に会場入りでしたが、既に大勢の20・30キロ組が参集です。ステージ上では沖縄や指宿の方々が大会PRをしたり、IML大会会長がご挨拶の出発式もで、大スクリーンは参加者たち(パパママも)を捉えていました。
定刻7時半ピッタンコに全員で恒例の「激」をしてスタートとなりましたが、眩しいほどの快晴の中大会関係者に見送られて動き出す大行列です。その中には毎日目立つお揃いファッションの岐阜のネコクマご夫妻(真ん中ハリコ)が、黄色がより一段と目立つけど、アレはなんじゃらホイ!?
関東各地の全国区ウオーカーがスタッフとしてご活躍の本大会ですが、各地で出会う千葉の金田さん(左ハリコ)らスタッフにも見送られて会場を後にします。会場を出て直ぐに声を掛けてくれたのはこれ又3日目にして初出会いとなった目黒の坂本さん(真ん中)ですが、何時もの仲良しメンバーは「帰りが有るから、50キロ組と一緒に会場を出たのでは」って事です。さあぁ最終日、3日間とも快晴の東松山ですが、本日は何方へとでしょうか?
オランダやスウェーデンなど外国の方々と出会うと「ハーイ・グッモーニン♪」ってご挨拶ですが、返ってくる返事は「オハヨウ・ゴザイ・マス」って、三日目ともなると片言の日本語もお上手で、互いに笑顔で同歩なのです。
パパママの「帽子が目立ってイイわ」って同歩となっている多賀城の和田さん(左ハリコ)ですが、1999〜2000年の伊能ウオークがご縁となって「中山道ウオーク」を繰り返した10年余、昨夜も朝日道場に集まった仲間たちと「また歩きたい!」って話題となったそうです。兵庫の高木さん(真ん中ハリコ)は連日30キロだそうですが、高本峠に入って一気に先に行かれ、急坂を後ろから追い抜いて行くこの女の子(右ハリコ)は、昨日50キロを完歩したのだと!ワーオ!「ホンマかいな??」って思ったけど、事実、この急傾斜を我々を一気に楽々と追い抜いて消えて行ったとサ。。。
カメラを向けると笑顔だけど振り向く度に後ろに離れてしまう我がママ、いつまで経っても坂道が苦手だけど、3日間の連続ウオークで足もクタクタでしょうか?でも体中の息を爽やかな秋の空気に全取っ換えしながら、ナンと気持ちの良いウオークでしょう!
坂東十番札所・岩殿観音正法寺に立ち寄りましたが、標高はどの位なのか木々の紅葉も進んでいて見事な秋風景です。
次に寄ったのは「埼玉県平和資料館」展望塔へとですが、関東一円が360度見渡せ新宿副都心の高層ビル群や東京スカイツリーも薄っすらと、そして富士山(真ん中ハリコの右端の方)も肉眼にクッキリでしたが、写真じゃ分からないかナ〜
展望塔を降りた館内で豊田の足立さんと出会えましたが奥さまはトイレ中とのこと、東京電機大学を過ぎた「千年谷公園」でトン汁のサービスを受けて昼食休憩となりました。
一旦は岩殿観音で別れた30キロ組が千年谷公園手前の東京電機大学で合流となっていて、一緒に賑わうトン汁休憩だったけど、地元の方々による太鼓や舞踊が披露されていて、我々同様に連日20キロコースを歩いて親しくなったロシアのオレゴさん(真ん中ハリコ)と記念のパチリもデス。そして30キロを歩いてパパママをスーっと、さり気なく追い越して行く康兵衛さん・ふらのっちさんコンビ(右ハリコ)の足を止めさせて、パチリもデス。
これ又イギリスのご夫妻(左ハリコ)とも三日間同様に20キロコースでしたが、一日だけなら「単に会っただけ」って感じだけど、連続3日間も前後しながら一緒に過ごすともう親友となり、「ハーイ!」「ハゥア・ユ〜♪」って肩を並べて同歩です。そして加古川の山ちゃんが大きな旗を掲げて追い越して行き、ナナ・ナント40キロを歩いているという愛知の通行人その1さん(右ハリコ)とも出会えましたが、何故かリュックではなくサイドバッグ?・・・その理由は彼のブログ(リンクのお部屋から接続出来ます)をご覧下さいネ〜
高坂駅を通って都幾川を渡って、田んぼの中に飾られるかかし祭りストリートへとですが、時事を上手に作品にした藤井四段が入選、他にも様々の作品がウオーカーを楽しませてくれます。ゴール近くの東松山駅へと戻って来ましたが、既にパレードの準備か、ブラスバンドの方々がスタンバイです。
市内には山車が並びお囃子や太鼓の演奏でウオーカーを迎えてくれましたが、ゴール会場ではボランティアの中学生が大勢並んでハイタッチで完歩を祝ってくれました。本日の実踏は23キロでしたが、午後1時にゴールフィニッシュとなりました。
スタッフ業務の千葉の山田さんや群馬の小林さん(左ハリコ)もゴールで迎えてくれましたが、オールジャパン埼玉県の検印を頂いたり、IMLの検印頂いたり、まるで夏休みの朝の体操でハンコをもらう子供のように嬉しいのデス。
顔写真が撮れなかったけど、連続40年連続ご参加だという渡辺恵さんの数字賞を見せて頂いたけど、特別なデザインかと思ったら17回の小林さんと一緒、恵さん曰く「後からダイヤモンドが送られて来るかナ〜?」って笑っておられました。そしてずーっと探していてやっと会えましたが、韓国の宣会長(真ん中ハリコ)とお会い出来、国際交流協会ブースにはハングルがペラペラの埼玉の阿部さん、静岡の中西さん、今年通信使ウオークを歩かれた埼玉の牛尾さん(右ハリコ・ママの隣りから順に)ともお会い出来ました。
午後3時から始まったフィナーレとなるパレードでしたが、賑やかな楽隊に交じって本大会を盛り上げた各地ウオーク協会の旗が続き、地元・松山小学校の鼓笛隊なども。ところでココに来て疑問に思っていた事・・・近所の幼稚園や学校名などが松山〇〇校などとなっているのになぜに市の名前は東が頭に付くのか?「本当なら東松山小学校って言うんじゃ」って思っていたら、旧松山町が市制施行になった時、愛媛県松山市と市名が重なる為に頭に東を付けて「東松山市」としたんだと。ちなみに東京の東久留米市や北海道の北広島市も、同様なんだって。ではでは コレにて遅々のレポートを完としますネ〜
皆さま オッハーさまでございます。目覚めて早速にコーヒーの準備をしてパソコン君の前に座りますが、2日目レポートを続けます。日の出の位置がどんどんと東南側に移動して行き、日中の太陽も頭上から角度を変えて南側に低くなる、傾く地軸の地球が365日を掛けて太陽を一周する事に因って変化する、自然の摂理が生み出す寒暖四季の地球号。そんな各国や日本中から集まった三万余のウオーカーが青空の下、肩を並べて思い思いのコースへとですが、ロシアの方や札幌の照井さん(左ハリコ)と同歩だったり、ドイツの方に声を掛けられたり、コース途中では北海道で出会った地元埼玉の細谷さん(真ん中ハリコ)がコース案内を務めておられます。
地図を見ずとも前を歩く方々や各所にあるコース表示や案内スタッフによって迷子の心配のない本大会ですが、20キロコース後半に丸木美術館というところが有り、観光ボランティアの方が入館を進めていたけど割引で一人800円とのこと。絵心も無く流石に「800円も〜!」って断念だったけど、美術館の横に建つお堂と石碑があり、観光ボランティアにお聞きすると朝鮮人を追悼する碑とお堂だと教えてくれました。聞くと関東大震災の混乱の中、東京から避難した中国・朝鮮人らを「井戸に毒を入れた」などと流布して、村民が彼らを虐殺したという事実が関東各地で有り、ここ埼玉でもだそうです。横に建つ「痛恨の碑」は、沖縄陥落敗戦濃厚の久米島で村民や朝鮮人が日本兵によって殺害された事実と鎮魂を祈って建てたものを丸木伊里氏が久米島訪問時に見て、ここに同様の「痛恨の碑」を建てたのだそうで、後続同歩の久米島の方や韓国ウオーカーの方々にも知って欲しいと思いました。
市を揚げて歓迎の本大会ですが、三連休ど真ん中の本日、ゴール手前で関越自動車道上の歩道橋を渡ったけど関東郊外へ向かう方向が大渋滞、我々の歩くコース上も10キロ組が加わって大渋滞となって行きます。
ようこそウオークで案内をして頂いた箭弓神社を通ってゴール手前に到着が12時丁度だったので、「花ス五六」って名前の和菓子屋で昼食となったけど、うどんと赤飯のランチを頂きました。店頭が大賑わいですが、本大会を協賛して足の形の焼き印が付いた饅頭を買い求める方々です。
ゴール手前で長い昼食休憩をしたので加古川ツーデーの大きな旗を持った加古川の山ちゃん(左ハリコ)と一緒にゴールは12時40分でしたが、本日の実踏は21キロです。会場内では千葉の山田さん(真ん中)がフラワーマーチのパンフレットでPRでしたが、全国各地の大会関係者が「次回は我が大会へ」と勧誘宣伝のお努めもデス。そして会場内に入ると東京の「あやっち」と「たまっち」親子(右ハリコ)と再会ですが、出会った時は小学生低学年だった娘さんも高校生となり、時代の流れを感じます。
会場内では国際ウオーカーで知られるスイスのアディとハンス(左ハリコ)とも再会でしたが、2日目ゴールの韓国の皆さま(真ん中)ともお会い出来きました。そして我がHPリンク部屋に居られる歩きメデスさん(右ハリコ)ともお会い出来ましたが、実は11年前の中仙道ウオークでたった半日のみご一緒しただけの縁、でも彼が発信のブログの写真がステキで頻繁に訪問をしては動向を注視の11年、正に時間と空間も超えての再会なのでしたデス。
大阪の押川さん(左ハリコ)ともお会い出来ましたが、朝鮮通信使ウオークを何度も踏破の彼、体調を崩しながらも「どうしても行きたい!」って医者に許可を得て参加の本大会と、今夜は朝日道場で過ごすそうです。沖縄ウオークをPRのミス久米島(真ん中)を交えて記念のパチリもですが、会場内ではオッパーさんや韓国の方々が座り込んで宴会です。
午後3時からステージ上では日本スリーデーや国際大会の表彰式ですが、親しい方々の晴れの姿を見ようとステージ前に千葉の柳田さんや東京の黒木さん、後ろには広島の麻生さん(左ハリコ)もデス。最初にスリーデー最多参加表彰の元日歩・渡辺恵さんら(右ハリコ)ですが、第1回から40回連続参加で一番最初に受賞なのでした。
更には各国大会を巡ったウオーカーたちの表彰で、千葉の山田さん(左ハリコ)や、兵庫の一井ご夫妻(真ん中・右ハリコ)も舞台上で記念品を受領です。
日中は良い天気でしたが、午後3時を過ぎた頃から黒い雲が北の空に現れて怪しげな空模様となり、各地観光大使なども盛り上げて賑わう会場を後にしましたが、2日目も無事にフィニッシュとなりました。ではでは 主夫のワタクシは今からお部屋の掃除ですので最終日レポートは、チョット間を置いてから 頑張りますネ〜