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トコトコ日記 掲示板
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2106.相撲レファランス 返信  引用 
名前:田口茂    日付:2017/3/9(木) 10:26
 怪物サイト「相撲レファランス」というのは凄い。幕下以下の各力士の不戦勝不戦敗もきちっと記されている。下位時代の対戦成績もすべて網羅され、おそらくNHKのアナウンサーも、このサイトを使われているのではないだろうか。十両の取り組みのとき、ときたま十両時代の対戦成績を発表しているので。新聞は幕内の取り組みのみ。かって記録の神様と言われた三谷氏。手作業で全力士の成績を一人一人つけていたときくが、この「相撲レファランス」はそれ以上の手間である。惜しいのは曙、貴乃花の項を見てもわかるように、昭和時代の下位のときの対戦相手がかけていること。平成以降は完壁。それ以前の記録を知りたければ書物で、ということだろうか。
「戦後新入幕力士物語」「大相撲力士大鑑」「明治大正昭和三役力士略伝」

 追記。
 このへんで「戦後新入幕力士物語」平成編を発行してもらえないだろうか。「相撲」誌では、毎回引退した力士について全成績をのせているが、バックナンバーを調べて見ると、平成初期に引退した力士はのっていない。のったのは途中からのようである。確かなことはいえないが、たとえば琴錦、舞の海らの全成績はないのではないだろうか。私自身「大相撲」を買っていたので、「相撲」のバックナンバーはほとんどありません。機会があったら図書館で調べようと思います。
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2108.Re: 相撲レファランス
名前:えびすこ    日付:2017/3/9(木) 11:3
相撲の「これにて千秋楽」→「関取立志伝」。
小城乃花(現出羽海親方)と三杉里(ともに平成10年引退)から始まったコーナーですね。
舞の海(平成11年引退)と琴錦(平成12年引退)は載っているのでは?
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2109.Re: 相撲レファランス
名前:田口茂    日付:2017/3/9(木) 12:35
 そうでしたか。「戦後新入幕力士物語」は昭和の時代に入幕した力士までなので、平成の初めから9年までに引退した力士の全成績はないということになります。著者の佐竹氏は高齢になり、今は違う人が書いています。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)

2099.決まり手の発表 返信  引用 
名前:田口茂    日付:2017/3/7(火) 10:50
トコトコさん
「旭天鵬の不戦敗の原因は、私も見付けられませんでしたね。 」

「相撲」平成5年2月号108ページでは「旭天鵬休場」という記述だけで、休場となった原因の記載はありません。
 なお、幕下以下の決まり手がはじめて記述されたのは、読売「大相撲」昭和61年2月号からです。平成3年6月号まで続き、そのあと「相撲」に引き継がれたと思われます。
 バックナンバーの平成5年2月号を購入したとき、幕下以下の決まり手がのっており、そこで旭天鵬の不戦敗が判明しました。十両以下の観戦記の記者は谷口正美氏。奇しくも「大相撲」誌の決まり手の発表者と同じ人でした。何で「相撲」誌に移動したのか、その辺の事情はわかりません。
 いずれにしろ通算出場の正確な記録は昭和61年からとなります。ご承知のように協会発表の星取り表には、今もって不戦勝、不戦敗の区別が明確ではありません。同じ◯●の記号。幕内十両では決まり手に「不」となっているので不戦勝とわかりますが、幕下以下はお手上げ。わかりません。交通事情とか何らかの事情で取り組みに間に合わなくなったとき、当然その力士は不戦敗となりますが、協会発表の星取り表ではわからないということです。
 雑誌が決まり手を発表する昭和60年以前の記録は、不戦勝の区別がないので正確な記録はわからないというのが正解。ところが協会は昭和30年代に1000回連読出場の力士を何人かを表彰したりしている。厳密には協会発表の通算出場は、不正確でありあくまで参考。正しくは昭和61年以降。
 「相撲」に毎回のっている通算出場は不戦敗除くとなっている。であれば旭天鵬は1871ではなく1870。1871にこだわるなら「幕内十両の不戦敗除く」とした方がいい。不戦敗というのは土俵にあがっていないのだがら、当然不出場。初場所でも何人か遅刻して、取り組みに間に合わなかった力士がいた。こういったケースは決まり手が発表されていなかった昭和60年以前はわからない。出場記録は不明確。
 「相撲」展望号には毎回幕下以下の対戦相手つき星取り表が掲載されているが、不戦勝不戦敗□■の記号が使われている。これも確かめたことはないが、平成以降ではないだろうか。不戦勝制度が出きたのは昭和初期。このときすでに雑誌書籍は□■の記号を使っている。ところが協会は現在までずっと頑に□■を拒否をしているというわけだ。


 決まり手の話に戻りますが、協会が正式に決まり手を発表したのは、昭和30年5月から(幕内十両のみ)。宇良が初場所「たすき反り」で勝ったとき、そういった記事が新聞に出ていました。十両以上で初の決まり手。それ以前は昭和27年春の常の山。
 協会発表以前は、決まり手は雑誌が独自につけていました。とくにいくつかあった戦前の雑誌はそうです。最近まで発行されていた「大相撲」誌は、決まり手にこだわりがあって、協会が発表したものとは独自に決まり手をつけていました。さて幕下以下の決まり手の場内アナウンスは、いつごろからなされていたのかは定かではありません。私がはじめて生で相撲を見たのは昭和33年ですが、全然記憶にありません。
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2101.Re: 決まり手の発表
名前:えびすこ    日付:2017/3/7(火) 18:14
旭天鵬が24年前に不戦敗。病気でしょうか?1日だけ休んだ程度なので重くはなかったのかな?
今だとBSの大相撲中継で土俵上の取組で不戦敗があると、アナウンサーが休場理由を説明すると思います。
BSは幕下や三段目を中継するので、そこからはちゃんと休場理由は伝えます。
ただ放送開始前の序ノ口・序二段は取組合間で結果を伝える時は休場理由は言わないかな?

地方場所では電車が運休して場所入り(見込み)時刻前に到着できずに不戦敗、あるいは順番を変更があります。
今確認しましたが、今年の相撲3月号でも「1871回」となっています。
なぜ田口さんが言うように1870回ではないのか?
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2088.鳴戸部屋復活へ 返信  引用 
名前:えびすこ    日付:2017/3/3(金) 10:48
元大関琴欧洲の鳴戸親方が佐渡ヶ嶽部屋から独立することが今月中にも決まります。
これで「鳴戸部屋」が春場所後に復活します。
ブルガリア人の新弟子が近く新しい鳴戸部屋に入門の報道もあります。
実現すると琴欧洲、碧山に続く3人目。
夏場所は相撲部屋数が45部屋になる見込みです。

EATcf-18p17.ppp15.odn.ne.jp (211.121.49.17)



2089.Re: 鳴戸部屋復活へ
名前:田口茂    日付:2017/3/6(月) 21:45
 いみじくも白鵬がいっていましたが、もはや一部屋一人の外国人というのは、やめたほうがいいという意見。それによって有望な外国人の新弟子が入れないとのこと。これは深刻な問題。そういう白鵬も3人目の内弟子が入ったそうですが、本人はまだ国籍を変更していない。今のままなら年寄りになれませんし、部屋を起こす事も出来ない。それも国籍が変更なるのに申請してから1年ぐらいかかる。他のモンゴルの2横綱も日本国籍をとっていないので、引退すると相撲界をすぐ去るはめに。引退して横綱大関は現役の四股名でしばらく残れるというのは、日本人だけのようで。鶴竜、日馬富士にはあてはまらない。国際化が進んでいる現在、外国人の閉め出しはもはや時代遅れではないだろうか。一代年寄りを願う白鵬。外国人というだけで資格なしというのはナンセンスとしかいいようがない。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)


2090.Re: 鳴戸部屋復活へ
名前:田口茂    日付:2017/3/4(土) 8:37
 旭天鵬の大島親方が友綱部屋継承へ、という記事がサンスポにのってました。友綱といえば大関魁皇がいた部屋。その魁皇は独立して浅香山部屋を起こしている。そのおかみさん奮戦記はテレビでも紹介されました。旭天鵬は前大島親方が定年のとき、現役に留まり友綱部屋に移籍。いずれ部屋を持ちたいと願っていた旭天鵬は旧「大島部屋」を再興するものだと思っていましたが、このニュースは意外でした。友綱親方が定年を向かえて、あとどうするのかと思っていましたが、そういうことでしたか。
 魁皇は友綱を次がず独立。旭天鵬は大島を次がず友綱を継承。珍しいケースです。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)


2091.Re: 鳴戸部屋復活へ
名前:えびすこ    日付:2017/3/4(土) 10:24
友綱部屋の次は定年で見ると相撲部屋の師匠交代が3年後の荒汐部屋と高砂部屋です。
荒汐部屋はどうなるか?高砂部屋はたぶん若松親方が継承するでしょう。
友綱部屋生え抜きの魁皇が独立。大島部屋からの移籍組の旭天鵬が継承。
ねじれていますが、魁皇と旭天鵬は現役同士として友綱部屋にいたことではないですね。

時期は未定ですが元大関雅山の二子山親方も独立の意思があるとか。
ところで現在は親方の武双山・雅山の2人は、藤島・二子山の2名跡とは縁があります。それは後日記載。
EATcf-18p17.ppp15.odn.ne.jp (211.121.49.17)


2092.Re: 鳴戸部屋復活へ
名前:田口茂    日付:2017/3/4(土) 18:54
 元大関朝潮も、あと3年で定年ですか。朝青龍が引退したあと、親方はめっきりマスコミに出なくなりました。後継は朝乃若ですか。石橋改め朝乃山が関取になり「関取りなし期間」はすぐに解消されました。ベテランの朝赤龍は35歳。いつ引退してもおかしくない年齢。
 元大豊の荒汐親方もあと3年。幕内に蒼国来がいますが、彼も朝赤龍と同じで、引退しても協会に残れません。残念です。残るには帰化しかありません。
 元横綱武蔵丸が武蔵川。元大関武双山が藤島。元大関雅山が二子山。武蔵丸は旧武蔵川部屋を継いだのではなく独立した形。武双山は定年になった旧武蔵川部屋を引き継いだもの。年寄り名は藤島のまま。何だかややこしいですね。
 藤島というのは、元々出羽一門の年寄り名跡。貴ノ花から戻った形です。横綱貴乃花が一代年寄りになり、二代目若乃花が協会を去ったため、藤島、二子山の株を手放したということでしょう。それにして雅山の二子山親方というのは、少々違和感があります。長い間、初代若乃花、先代の貴ノ花が長く名乗っていましたので。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)


2093.Re: 鳴戸部屋復活へ
名前:田口茂    日付:2017/3/4(土) 22:5
「魁皇と旭天鵬は現役同士として友綱部屋にいたことはありません」

 旭天鵬が移籍したのは魁皇が引退後です。両者は39回対戦して魁皇の34勝5敗(■1)。魁皇にとっては取りやすかった相手です。この両者きしくも幕内出場記録の1位と2位。場所は107と99で魁皇。出場は1470と1444で旭天鵬。片や休場が多く、片や休場なし。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)


2096.Re: 鳴戸部屋復活へ
名前:トコトコ    日付:2017/3/5(日) 18:2
>元大関琴欧洲の鳴戸親方が佐渡ヶ嶽部屋から独立する
>もはや一部屋一人の外国人というのは、やめたほうがいいという意見

相撲協会としても、ジレンマなのでしょうかね?
外国出身力士によって、相撲界が支えられ、盛り上がった面があるのは明白な事実であり、一部屋に外国人一人というのは、例えば兄弟(それこそ双子とか)の同部屋入門も許されない訳で、こんなの不合理ではないでしょうか?

日本人力士の質や影響どうこうという問題では、結局のところ無いと思います。
どの道、上がる人は上がるし辞める人は辞める、手本となる人は手本となるし、不祥事を起こす人は不祥事を起こします(例:若麒麟)。

この先、外国出身の力士を志す人が入門しようと思ったら、外国人ゼロの部屋を探すしか、目下のところありません。
仮に全ての部屋に一人ずつ外国人力士がいるとなると、それでも後進に道を提供するには、元琴欧洲よろしく、新たに独立して部屋自体が増えるか、既存の外国人力士が日本に帰化して、“国籍上は”外国人力士がいない状態にするしかありません。

海外公演も古くから行い、世界から魅力が認められている一方で、妙な思惑や本音が交錯し、入門は許すが人数制限、外国人でも横綱への道はあるが、帰化しない限り親方の道はない、これ、いずれ行き詰りそうな現象だと思います。

力士の延長が親方という見方はおかしくないと思いますが、協会を運営するのは、やはり日本の国技である以上日本国籍の人、というこだわりでしょうか?
でも、帰化すれば親方になれるのなら、外国籍のままなっても、どこに差があるのかな?と不思議に思うのが、私の正直なところです。

>藤島というのは、元々出羽一門の年寄り名跡。貴ノ花から戻った形

そうでしたか。
私にとってはいまだに藤島親方といえば元大関貴ノ花、というイメージが残っているので、一門としては二所の名跡だと思っていました。
元藤島部屋力士の横綱・貴乃花は、大関・武双山戦で大怪我してこれが結果的に致命傷になりました。
運命を決めた相手が、自分の元々の所属部屋の名跡を名乗ったということに、不思議な因縁を感じたことがあります。

>魁皇と旭天鵬

この両者の取り組みで何と言っても印象ナンバーワンなのは、平成23年名古屋場所5日目の一番です。
今更説明の必要が無い、魁皇が1046勝目を挙げた一番ですね。
魁皇の断髪式に行った時も、止めバサミの後、進行役の刈谷アナによって、その一番のアナウンスが再現されていました。

旭天鵬は、幕内在位99場所でしたが、別スレで田口さんが書かれているとおり、もし交通事故による謹慎休場が無かったら、間違いなく幕内100場所目で最後となっていたと思います(幕内出場も1485)。
本人も内心、そのことを悔やんだ時があったかも分かりませんね。
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2097.Re: 鳴戸部屋復活へ
名前:田口茂    日付:2017/3/6(月) 6:18

>藤島というのは、元々出羽一門の年寄り名跡。貴ノ花から戻った形

そうでしたか。
私にとってはいまだに藤島親方といえば元大関貴ノ花、というイメージが残っているので、一門としては二所の名跡だと思っていました。
元藤島部屋力士の横綱・貴乃花は、大関・武双山戦で大怪我してこれが結果的に致命傷になりました。
運命を決めた相手が、自分の元々の所属部屋の名跡を名乗ったということに、不思議な因縁を感じたことがあります。」

 大関貴ノ花が藤島を名乗る以前は、出羽ノ海部屋の力士が名乗っていました。

 横綱常ノ花 (1930〜49) 後の出羽ノ海理事長
 横綱安芸ノ海(1949〜55) 
 平幕出羽湊 (1958〜79)

 1979年に貴ノ花に移り、以後初代若乃花(名跡交換)、若獅子、隆三杉、二代目若乃花(退職)ときて、2004年に武双山に移ったということです。ですから25年ぶりに出羽一門に。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)

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