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トコトコ日記 掲示板
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2095.休場しない鉄人稀整の里 返信  引用 
名前:田口茂    日付:2017/3/5(日) 11:8
 稀勢の里の鉄人ぶりに関しては別の項で述べたことがあるが、何しろ幕内73場所で休みが1だけというのだから恐れ入る。しかもそれは不戦敗であり、星取り表の上では「や」という記号がないのである。つくづく26年初場所の千秋楽不戦敗は残念。もしそれがなければ横綱大関昇進力士ではじめて幕内連続出場1000回を超えたことになる。最高は北の湖の863。全体で10位。稀勢の里は824で止まっている。ちなみに稀勢の里の現在の幕内出場は1094。
 鉄人というと連続勝ち越しの記録をもつ北の湖(50)、武蔵丸(49)、白鵬(51)の3人が浮かぶ。北の湖の幕内連続無休場所は58、稀勢の里54、白鵬51、武蔵丸49と続く。白鵬以外は新入幕以来。横綱になってからの連続無休場所は白鵬48、北の湖43。さすがに稀勢の里、昇進が遅かったのであと8年の無休は無理でしょう。

 幕内連続出場
 1、 1231 高見山
 2、 1170 巨 砲
 3、 1065 黒姫山
 4、 1063 寺 尾
 5、 1024 長谷川

 10、 863 北の湖

 何故この記録をとりあげたかというと、たまたま旭天鵬の友綱継承の話題が出たためです。旭天鵬も休場がない全くの鉄人。彼にとって残念なことは交通事故による謹慎で、休場を余儀なくされたこと。19年夏場所全休。仮にこの件がなければ幕内連続出場は1485回となって、高見山の史上1位の1231を軽く抜いていたと思われます。

 追記

 余談ですが新聞雑誌に発表されている彼の通算出場1871は誤り。正解は1870。平成5年初序二段のとき、8日目に不戦敗を記録している。この件は「相撲レファランス」で発見したが、年のため当時の雑誌「相撲」で調べた所、やはり不戦敗だった。10日目から再出場し5勝2敗となっている。何故不戦敗かは不明。
softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)



2098.Re: 休場しない鉄人稀整の里
名前:トコトコ    日付:2017/3/6(月) 23:59
>つくづく26年初場所の千秋楽不戦敗は残念

同感です。
休場の原因となった、当該場所12日目の琴欧洲戦の怪我が悔やまれますね。
あの一番は琴欧洲も、大関から落ちた関脇で6勝5敗と、復帰に後が無い状況でした。
それだけに必死だったでしょうが(勝った後、思わず雄叫びを上げていた)、稀勢の里にとっては、千秋楽の休場さえ無ければ、現在まで幕内1095回連続出場、のみならず、初土俵から一切休場無しで15年間皆勤記録継続中となっていたのです。

千秋楽の不戦敗で、成績も7勝8敗と負け越しましたが、この場所勝ち越していれば、平成22年九州場所、つまり、白鵬の連勝を63で止めた場所から連続勝ち越しとなっていたところでした。

旭天鵬の不戦敗の原因は、私も見付けられませんでしたね。
p7094-ipngn100103osakakita.osaka.ocn.ne.jp (114.161.22.94)


2100.Re: 休場しない鉄人稀整の里
名前:えびすこ    日付:2017/3/7(火) 18:3
旭天鵬は10年前の謹慎休場がなければ史上初の幕内出場1500回になっています。
実際が全休→十両転落→1場所で復帰なので。
休場がない場合そのまま引退まで幕内を維持できたと思います。
十両に落ちるような成績でなければ幕内出場30回が加算されるので。
EATcf-18p17.ppp15.odn.ne.jp (211.121.49.17)


2102.Re: 休場しない鉄人稀整の里
名前:えびすこ    日付:2017/3/7(火) 21:24
いまWikipediaの旭天鵬の項目を見ました。
「相撲協会発表の通算出場の公式記録では下位時代の不戦敗を見落としている」という趣旨の但し書きがありました。
田口さんが旭天鵬の下位時代の不戦敗の存在に気付いたのいつですか?
もしかしたらスポーツ新聞の相撲担当記者やNHKの大相撲担当者ですら気づいていないのでは?
EATcf-18p17.ppp15.odn.ne.jp (211.121.49.17)


2103.Re: 休場しない鉄人稀整の里
名前:トコトコ    日付:2017/3/7(火) 21:44
えびすこさん

>旭天鵬は謹慎休場がなければ幕内出場1500回
>実際が全休→十両転落→1場所で復帰

ああ、そうか!そうでしたね。
十両に落ちていた2007年春場所の分だけを足していました。
これは失礼、ご指摘有難うございます。

それにしても、幕内在位100場所、千秋楽の土俵で連続出場1500回だったならば、本当にダブルでキリが良くて、まさに『完璧な結び』と感じていたことでしょうね。
こうして見てみると、改めて惜しいです。
だけど本人は引退直後の談話で、「(謹慎明け場所の)十両優勝決定戦での敗戦は、あとの幕内優勝のためにあったのかと(幕内優勝後に)思った」と語っているので、本人はあの陥落を、そうマイナスに見ていない可能性もありますね。
p7094-ipngn100103osakakita.osaka.ocn.ne.jp (114.161.22.94)


2115.Re: 休場しない鉄人稀整の里
名前:えびすこ    日付:2017/3/10(金) 17:9
改めて「初土俵以来の連続出場」の記録を見直してみました。
玉鷲が現役の外国出身力士の継続中では最長の971回。
これはモンゴル出身力士では最長(今年1月終了時点)。
新入幕以来幕内連続出場1000回。次にできるのはだれか?
「新入幕以来幕内連続出場」は途中で十両に落ちてしまうと途切れた扱いになります。
なお魁聖が今場所は初土俵以来初めての休場。ただし、全休回避の可能性あり。
EATcf-18p17.ppp15.odn.ne.jp (211.121.49.17)

2112.再び番付外で取った力士 返信  引用 
名前:田口茂    日付:2017/3/10(金) 23:0
再録

えびすこさん
>「通算在位場所数の扱いもまちまちですね。通算在位とは初土俵から引退までです。ただ、番付発表日〜場所初日前に引退した場合は「※番付では〜年の○月場所が最後」となります。ケガや病気で長期休場をして一時番付外に落ちた場合はその期間を在位に含めない事もあります。蒼国来の場合は現役力士から外れていた11年5月〜13年5月の期間がカウントされないです。

 北勝国という力士がいました。彼は十両まで上がりながら長期休場をして前相撲で再び取ることに。1場所で序ノ口に戻り、十両に再び復帰しましたが、再び故障して引退しています。当然落ちた前相撲は通算場所数に含まれます。蒼国来のケースはあくまで例外。
 しかしやりづらいですね。一度関取になった力士が、相撲もまだ知らない新弟子たちとやるのは。もし勝てば他の新弟子たちと共に◯番出世披露をやるのだろうか?
 こういったケースは序ノ口付出しでもいいと思いますがどうだろうか。この話は公傷制度に関係してきますか。
 例の舛ノ山。初場所休場したので、どうしたのかと思ってたら、又手術したみたいですね。2、3場所は出場無理とのことで、下手をしたら史上初の元幕内力士が番付外でとるはめに?これこそ前代未聞。
 話が変わりますが、序ノ口というのは休場しない限り、いくら負け越しでも序ノ口におれうようです。わざと負けた力士とか、◯場所連続負け越しとか、史上最弱力士とか、ときたま話題を提供してくれてます。しかし、出世の見込みのない人をいつまでも序ノ口においとくには、ちょっと疑問ではないだろうか。
 私の記憶では、幕下以下の力士で何十場所も務めている人は、一頃整理の対象になっていた気がします。ところがいつのまにか、そういうのはなくなったようで。調べてみないとわかりませんが。幕下以下で40歳を超えてまで相撲を取っているというのは、昭和の時代までは考えらなかったことです。力士生活30年とは。華吹、北斗龍。華吹はもう少しで一ノ矢の46歳11ヶ月を抜きます。夏場所終われば47歳。
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2113.Re: 再び番付外で取った力士
名前:田口茂    日付:2017/3/10(金) 10:22
訂正

 相撲レファランスで、序二段や序ノ口の力士を調べたてみたのですが、私自身「前相撲」と「番付外」というのを混同してました。正しい表題は「再び前相撲を取った力士」です。すいません。北勝国のケースは前相撲ですから、通算場所に含まれます。番付外というのは、序ノ口から落ちたとき、何かの理由で相撲を取らなかった場合、それは当然場所数には含まれまん。舛ノ山がもし序ノ口から落ちて前相撲を取らないときは番付外。そうなると再入門ということに。こうしたケースは玉ノ富士。部屋を脱走しての再入門。戦前の元大関清水川は破門での再入門。それでは付出し力士はどうかというと、幕下付出し、三段目付出し。番付外には違いませんが、番付外付出しとは言わない。過去の書籍雑誌は力士の星取り表でのデビュー場所(初土俵)を前相撲と表記しないで番付外と表記している方が圧倒的。「大相撲」がそうです。その点でも今更ながら「相撲レファランス」というのは凄いですね。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)


2114.Re: 再び番付外で取った力士
名前:えびすこ    日付:2017/3/10(金) 16:28
舛ノ山は再び序ノ口転落・まさかの番付外転落の危機ですか。
10日15時現在ではまだ休場と発表していません。
昨年秋場所、元幕内で初めて序ノ口転落場所で相撲を取り序ノ口優勝したんですが…。
今場所は西序二段10枚目。全休だと序ノ口にまた下がる可能性がありますね。
一昨年からたびたび休場が続いて気になっています。
昨年は交通事故にも巻き込まれたらしく、それが元で序ノ口に転落したのかも。

関取経験者では最近だと1月限りで引退した飛翔富士が一旦番付外になっています。
十両→番付外→幕下と一時V字回復しましたが、残念ながら関取に戻れず引退。
ただし、北勝国は十両に復帰できました。
番付外(主に初土俵場所)の勝敗の扱いは連勝記録の議論がきっかけなんですね。情報提供ありがとうございます。
EATcf-18p17.ppp15.odn.ne.jp (211.121.49.17)

2104.旭天鵬の通算出場について 返信  引用 
名前:田口茂    日付:2017/3/8(水) 11:49
えびすこさん。

>いまWikipediaの旭天鵬の項目を見ました。相撲協会発表の通算出場の公式記録では下位時代の不戦敗を見落としているという趣旨の但し書きがありました。田口さんが旭天鵬の下位時代の不戦敗の存在に気付いたのいつですか?

「相撲リファランス」で引退した旭天鵬の全成績をプリントアウトしたときに気づきました。そこでは通算出場は1870になっています。次に「相撲」誌で発表される旭天鵬の対戦相手付き全星取り表でも、旭天鵬は■として、はっきり不戦敗が記録されています。27年9月号72ページ。バックナンバーを取り寄せ、当時の「相撲」で確認した件については前回書きました。
             
 平成5初 西序二段86 や◯や ● ◯やや■ や ◯ や ◯ や ◯ や

これを見て「相撲」の編集部は気づいていてもよさそうなものですが、翌月号では訂正なし。(記録への招待、歴代力士10傑記録表)実は、この件について編集部に質問出しましたが返答なし。

「もしかしたらスポーツ新聞の相撲担当記者やNHKの大相撲担当者ですら気づいていないのでは? 」

 彼らは相撲協会から渡された資料を見ているだけなので、疑問を持つ余地はないでしょう。たまたま旭天鵬は史上2位に終わりましたが、もし1位の大潮を抜くようであれば相撲博物館に問い合わせを考えていました。引退したのでそのままになっています。
 私が考えるのには、現在発表されている通算出場、通算連続出場の記録は、下位での不戦敗がないものとしての記録だということではないでしょうか。旭天鵬の件はめったにないことなので。昭和60年以前は確かめがないし、それ以後でも見落としが出てくる。
 であれば但し書きとして「幕内十両での不戦敗を除く」とすればすっきりする。矛盾するようですが、しょうがないですね。たまたま旭天鵬が見つかったからといって、旭天鵬だけ訂正するわけにはいかないというのは協会の言い分でしょう。
 長年愛読していた「大相撲」誌でも、記録博士と言われた三谷光二氏は、通算出場の記録をたびたび取り上げていました。調査中、鶴ケ嶺の下位での不戦敗を発見しましたが、だからといって彼だけ除外するのは不公平ということで、幕下以下については一切不問とし、出場とみなしたということです。
 とはいっても、もし、大潮の記録を抜くようであれば、協会に物言いをつける予定でいました。1位となると正確であったほうがいいでしょう。

 追記
 白鵬が幕内51場所連続を為し遂げたとき、新聞は「昭和以降で1位」と書き立てました。たぶん協会発表なのでしょう。しかし、それ以前明治、大正、江戸時代に「51場所連続勝ち越し」の力士なんているわけはありません。当然「史上1位」です。どうも協会は、記録に関していいかげんなところがあります。以前も、初土俵以来の連勝記録の
扱いについて前相撲を公式記録に入れるかどうか問題になったことがある。
 雑誌の「相撲」は、協会の機関誌なので、批判的な記事は書けません。以前あった「大相撲」は野党的立ち場。協会の在り方に対して注文出したり結構批判記事を書き、番付面の矛盾点をついていました。今こうした雑誌がなくなったことは残念です。今NHKが出してるもう一つの雑誌「相撲ジャーナル」も、結構なあなあ記事です。買う気しません。気骨ある相撲ライターが、今はほとんどいなくなっちゃいました。今の「相撲」。以前と比べて薄っぺらです。読み応えのある記事なし。
softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)



2105.Re: 旭天鵬の通算出場について
名前:田口茂    日付:2017/3/9(木) 9:10
参考
読売「大相撲」昭和60年6月号146〜148ページ、異色調査「大潮1655回出場(3日目)高見山を抜く新記録」三谷光司。147ページ一部抜粋。

「ただ、鶴ケ嶺の星取り表を細かく見ていくと、幕内における5個の不戦敗(出場回数から
除く)のほかに、福園の本名を四股名に初土俵を踏んだ昭和22年夏5日目の川井との一番が不戦敗となっている。本来不戦敗は出場とみられないので1357回とすべきだが、幕下以下の不戦は発表されておらず、たまたまわかったからといって、この不戦敗を出場回数から除くと統一を欠くことになるので、幕下以下における不戦敗はすべて出場回数に含めざると得なかった。以後割愛」

 この論でいくと旭天鵬の不戦敗は「不問」となるようです。
 鶴ケ嶺というのは、もろ差しの名人と言われた技巧派の力士。言わずと知れた寺尾と逆鉾の父親。序ノ口の件で、他の星取り表刊行物で調べてみました。
 「戦後新入幕力士物語」で調べてみたら、のっていませんでした。あれっと思ったところ、「昭和名力士略伝」では、鶴ケ嶺の昭和22年夏は新序となっていて5日目の川井戦は●となっています。この新序というのは、前相撲なのか正式の割なのかわからないところがあります。息子の寺尾は今もって前相撲2勝1敗が通算成績として合算されています。正式の割として取ったようですが、こうしたことは今はなくなり、現在は前相撲の成績は通算成績には含まれないことになっています。 softbank126015044239.bbtec.net (126.15.44.239)


2107.Re: 旭天鵬の通算出場について
名前:えびすこ    日付:2017/3/9(木) 10:46
「通算在位場所数」の扱いもまちまちですね。
通算在位とは初土俵から引退までです。
ただ、番付発表日〜場所初日前に引退した場合は「※番付では〜年の○月場所が最後」となります。
ケガや病気で長期休場をして一時番付外に落ちた場合はその期間を在位に含めない事もあります。
蒼国来の場合は現役力士から外れていた11年5月〜13年5月の期間がカウントされないです。

「新序」とは今では前相撲になりますが、前相撲とは違い勝敗は記録に残るものですね。
新序は番付には名前は載りません。新序の次に序二段になることもありました。
どういったことがきっかけで前相撲の勝敗は記録に含めないことになったんでしょう?
EATcf-18p17.ppp15.odn.ne.jp (211.121.49.17)


2111.Re: 旭天鵬の通算出場について
名前:トコトコ    日付:2017/3/9(木) 18:27
平成5年初の旭天鵬、不戦敗当日の前日・前々日、それに翌日は取組が無く、前後“公休”に恵まれていた中での不戦敗ですから、よっぽど出場が難しい状態にあったのでしょうね。
で、尚且つその場所の残り3番は出場して全て白星。
無理せず休んだのが吉と出たのか?
平成26年初場所千秋楽の稀勢の里も、無理に出場して執念で勝ち越していたら、平成13年夏場所千秋楽の貴乃花じゃないですけど、代償を食らう運命になっていたのか・・・・・?

幕下以下の不戦敗については、私もネットで調べてみました。
やはり田口さんが鶴ヶ嶺に関して書かれているのと同じような記述を見付け、『結局出場扱いとなる』のが結論のようでしたね。

>どうも協会は、記録に関していいかげんなところがあります

テレビを見ていても、例えば現役最年長力士なのに『関取最年長です』と紹介されていたり、現役最古参を『幕内最古参です』と紹介されていたりします。
どうして、範囲を敢えて狭めて言うのか、もどかしく感じた記憶がありますね。

>前相撲を公式記録に入れるかどうか問題になった

私は、公式記録に残る勝敗は飽くまでも新序ノ口場所以降で、前相撲はカウントされないものだとずっと思っていました。
別スレで寺尾の前相撲2勝1敗がカウントされていると書いておられましたが、あれはビックリしましたね。
昭和61年5月から現行の制度になったということは、今回初めて知りました。
勉強になりました。
現在なら、休場が続いて番付外に陥落した場合、その場所(再出世披露場所)の勝敗は、カウントされないですね?

>今の「相撲」。以前と比べて薄っぺら

本当に薄くなりましたね。
もっと色々コラムや過去の記録・歴史等々、コーナーが増えたらいいのでしょうけど。
古本屋で買った昭和55年頃の『相撲』なんか、今の4倍ぐらいです(笑)。

>以前あった「大相撲」は野党的立ち場

なるほど。そうした見識を踏まえて、今一度『大相撲』とのコントラストを吟味したいですね。
幸い、同一時期に発売の両誌がウチにありますので。
softbank220033155031.bbtec.net (220.33.155.31)

2110.前相撲の取り扱いについて 返信  引用 
名前:田口茂    日付:2017/3/9(木) 14:16
長くなるので項を改めます。

えびすこさん
>「通算在位場所数の扱いもまちまちですね。通算在位とは初土俵から引退までです。ただ、番付発表日〜場所初日前に引退した場合は「※番付では〜年の○月場所が最後」となります。ケガや病気で長期休場をして一時番付外に落ちた場合はその期間を在位に含めない事もあります。蒼国来の場合は現役力士から外れていた11年5月〜13年5月の期間がカウントされないです。

 番付発表後に引退した場合、その場所を通算場所に入れるかどうかむずかしいところですね。いくら引退したとしても番付に載っている以上、加えるべきだとか。相撲レファランスでは、番付直前で引退しても場所数に加えています。たとえば、初代若乃花、先代朝潮は番付け発表後に引退しました。星取り表は空欄ではなく「引退」という文字。
 初土俵は当然、前相撲のときです。付出しはその場所が初土俵。今月号にのった通算場所数1位を紹介すると、
 華 吹(立浪)186場所  昭和61年春〜平成29年春  東序二段30
  昭和45年 5月28日 46歳
 北斗龍(山響)186場所  同じ            東序二段57          
  昭和46年 3月16日 46歳

 あれこれ30年の力士生活。最高位は三段目。凄いものですね。ところでこの二人、やったことがあるのかとレファランスで調べてみたら過去2回対戦してるとのこと。
 
 華 吹(はなかぜ)  ●       ●
           平成5年夏 平成7年秋
 北斗龍(ほくとりゅう)○       ○

 もし実現すれば46歳同士のチョー(超)高齢対決。何と21年ぶり。ということでしたが、北斗龍は初場所全敗して、春は序ノ口に落ちており、チャンスは番付が接近した初場所だったようです。

>「新序」とは今では前相撲になりますが、前相撲とは違い勝敗は記録に残るものですね。
新序は番付には名前は載りません。新序の次に序二段になることもありました。

 新序というのはその場所の一番出世の力士が、序ノ口の力士と本割りをとるというもので、その成績が星取り表に記入されますが、今ではこの制度はありません。

>どういったことがきっかけで前相撲の勝敗は記録に含めないことになったんでしょう?

 協会は前相撲の取り扱いについて
 1、前相撲の取り組みは割にいれない
 2、力士の星勘定は序ノ口からとする
 3、従来の記録はそのまま残すが、星勘定はこの決定は序ノ口からとする。
 4、星勘定については昭和61年夏場所から実施する。

 という発表が昭和61年夏場所中の理事会でありました。
 ですから寺尾の番付外の成績は、これ以前ですので、成績に含まれるというわけです。だいぶ以前でも「新序」というのがあります。一番出世の力士が、割を組まれるというもの。
 力士の生涯成績は、はたして序ノ口以来か、前相撲(番付外)を含めるのか、ということについては、通算出場、通算勝利、連続出場に関わるだけに重大な問題でしたが、これですっきりしたわけです。
 そのきっかけになったのは、板井と琴天山の連勝記録です。前相撲からだと板井は29連勝、琴天山は24連勝。序ノ口以来だと板井は26連勝。琴天山は21連勝。どちらをとるのかマスコミとの間で問題になったことがあります。
 最近の佐久間山(現常幸龍)の連勝記録27が、序ノ口以来の連勝記録として新記録と報道されました。協会の発表にそったもので、昭和61年夏以前の、板井と琴天山の前相撲の3勝は除外されていました。
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