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母乳フェチ体験談(妄想も可w)

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718.未亡人誕生2 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/10/17(月) 0:4
「ごめんね。大変なとこに呼んじゃって。」
「いえ。皆さん、明るいんですね。とっても楽しいですよ。」
「うん。もう若い女性を見ると喜んじゃって、鈍感な奴ばっかりだから遠慮って云う事を知らないんだよ。」
「大丈夫ですよ。でもさっきはさすがに恥ずかしかったな。」
「ゴメン、ゴメン。まさか本当におっぱいやるとは思ってなかったから。」
「すみません。ちょっと不味かったですね。」
「まあ明日には典子さんを知らない奴はいなくなっちゃうな。田舎だからしょうがないけど、有名税と云うことだから良しとしてね。英樹君の分まで頑張ろうと思っているんだろうけど余り無理しないで。」
「はい、でも上手くやっていけるか・・」
「ああ、大丈夫よ。ああやっておっぱい見せちゃったんだから皆、自分の身内かなんかと思ってるよ。かえって良かったかもね。」
「すみません。張ってしまって、どうしても我慢出来なくて・・・」
「そうそう、また外でって事になると大事だからここで赤ちゃんに一度あげちゃえば。」
「そうですね。」素直に返事をする典子さんと、そして目の前でゆっくりと再び露出された彼女の乳房に対してさえも、私は母乳への興味を忘れてその授乳姿を静かに見守っていました。
試合は典子さん効果で優勝してしまいました。

やがてその爆乳は赤ちゃんの成長につれ普通の巨乳に戻ったのですが、子供が出来る度にそれは見事に復活して公開授乳こそありませんでしたが、そのユタリユタリと大きく揺れ動く胸は私の視線を楽しませてくれました。

今でも典子さんと会うとあの時の「母乳」の話になることがあります。
「本当ですね。あの時は赤ちゃんを連れてたから皆の前で母乳をあげちゃいましたね。もう忘れて下さい。」
「そうそう良かったな〜。俺はあの試合の時のビデオ持ってるもんね。」
「え〜本当に映ってるんですか?」
「内緒、内緒。今晩のおかずは・・・」

突然の不幸に泣き続ける喪服の典子さんの胸は相変わらず大きく、この胸の争奪戦にならない事を祈りつつ「何時でも私が応援してるから。」と声をかけて通夜を後にしました。



719.Re: 未亡人誕生2
名前:ばぶ    日付:2011/10/20(木) 17:52
これでお終い?

717.未亡人誕生1 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/10/16(日) 23:59
何時も続けて書くのは、憚られるのですが今回は一寸した出来事があったので・・・

通夜の席、32歳で未亡人となってしまった典子さんと話した。
「本当に突然だったね。出来る事が有ったら何でも言って、きっと助けてあげるから。」
「ありがとうございます。本当にこれからも宜しくお願いします。」
ご主人は心臓発作で、気が付いた時には手遅れだったそうだ。まだ39歳の若さだった。そして小学一年生を筆頭に三人の子供がいる。

ご主人の英樹君は佐藤家の跡取息子だったが元々身体が弱く、しかも閉じこもりを慢性的に持っていたので結婚は無理だろうと言われていた。それでもこのところは随分と元気になって閉じ籠りがちだった生活も皆の前に出ても大丈夫なまでに改善されて、目出度く典子さんと結婚出来たわけだった。

私が初めて典子さんと会ったのは結婚後2年程経っての事で、今は小学一年生の長女〜その時は生後3、4カ月だったと思います〜を抱いて我家にやって来ました。
「(屋号の)佐藤屋の典子です。」
「ああ、佐藤さんのお嫁さんね、宜しくお願いしますね。ところで英樹君は元気?」
「ええお陰さまで、このところ随分と良いみたいですけど、何か出ごとが有ったら私が出る様にしますので宜しくお願いします。」
「はい、じゃあ若い人が要る時は声をかけますね。でも赤ちゃんを連れてじゃ大変だね。義母さんに預けちゃえば。」
「いえ、主人みたいに引込み思案にならない様に出来るだけ連れて出る様にしてるんです。」と母乳で大きくなったであろうその胸をゆらゆらと揺らしながら話すのでした。

田舎の事ですからデブ目の巨乳は結構いますが、彼女程のスタイルの爆乳美人は一寸いないだろうと感心しつつ、誰かが悪さをしなければ良いがと思っていました。
一週間程して地区対抗のソフトボール大会が催される事となり佐藤屋さんにも声をかけたところ、典子さんが出るとの事でした。

当日、典子さんは赤ちゃんを連れ一人で軽を運転してやって来ました。ジャージ姿ですから嫌でもその胸は強調されてしまいます。皆は走る度に激しく揺れるその胸を見て「典ちゃんのおっぱいデケーな〜。ソフトボールよりドッジボールじゃない。」と囃したてていました。赤ちゃんはどうするのかと思っていると、ベンチに乳母車と一緒に連れてきていました。
試合の途中、彼女が突然「おっぱいが張って来て我慢できないから、赤ちゃんに飲ますね。」と言ってベンチで母乳をあげることになりました。
全員無神経な男達ですからさあ大変。気が付いたメンバー-が「典ちゃんのおっぱいタイム〜!」と声をかけたので、最初は遠慮して遠巻きに見ていたのが「相手のチームに見せてはいかん。」と言って試合を中断して彼女の廻りを取り囲んでの公開授乳となってしまいました。
青空の下で露出された典子さんの青光りする程に白い乳房に「典ちゃんのおっぱいデケ〜!家の牛と良い勝負よ。」「今日は来てよかった。頑張るから典ちゃんもう一回見せてね。さあ勝つぞー!」と士気が上がりその試合に圧勝しました。
次の対戦相手が決まるまで皆は木陰でビールを飲んでいました。話題は典子さんのおっぱいの話で持ちきりだったそうです。その間、年長の私と典子さんは赤ちゃんを連れて休日の役場のホールで休憩する事にしました。

716.それぞれの姿 End 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/8/26(金) 0:32
二人の姉の母乳に関する想い出でしたが、兄嫁のそれも少し書いてみます。何とも兄嫁と云う心地良い響きとは裏腹に余り印象に有りませんが、と云うのも私が社会人になって実家を離れていた為で、義姉に会う事が余りなかったからでしょう。子供が生まれたのは聞いていましたが義姉が粉ミルクなのか母乳なのか知る術もありませんでした。

お盆で帰省中の事です。部屋に入ると義姉は一人で赤ちゃんを抱いて居間の隅に正座していました。赤ちゃんの顔は捲り上げられた服の中に隠れています。「ああ、授乳しているんだ。」と思った私は「御免。」と言って部屋を出ました。翌日は皆外出して実家には私と義姉だけになりました。朝食後授乳の時間になると姉は部屋を変えずに昨日の様に部屋の隅に行って後ろを向いてゴソゴソ服をいじっています。私が「一寸待って。あっちの部屋に行くね。」と言いながら立ち上がるとぺこりと頭を下げて授乳を始めました。昼時になって赤ちゃんを抱いた義姉が「食事が出来ました。」と私を呼びに来たので、居間に戻る事になりました。その後授乳の時間になったので席を外そうとすると「せっかく、休みで帰って来たのに気を使わせてすみません。私、気にしませんからここでゆっくりして下さい。」と申し訳なさそうに私に言うので「ああ、授乳するのに義姉さんが部屋を変えるんだな。」と思っていると『掘り炬燵』の向かいに座ったまま服をたくし上げ、素早く乳首を赤ちゃんに銜えさせました。その素早さに唖然としていると「すみません。やっぱりこう云うのは気になります?」と聞くのです。私は「何言ってるの、親子の一番大切な事じゃないの。僕は全然気にしませんからゆっくり飲ませて下さい。」と答えたのです。「良かった。実は義父さんも義母さんも主人も私がおっぱいをあげ様とすると皆、部屋を出て行くんですよ。この家では授乳は何か駄目なのかと思ってました。」「あ〜、お嫁さんだから気を使ってるんですよ。母なんて母乳で育てるお嫁さんが大好きで、赤ちゃんにおっぱいを飲ますところを見せたら株が上がりますよ。」義姉は笑いながら「じゃあ、これから義母さんの前ではおっぱいをあげれますね。」「大体うちの人間は皆シャイですから、如何したら良いか判らないんですよ。義姉さんが大丈夫なら大丈夫、義姉さんが嫌なら嫌で良いんじゃないの。」「判りました。じゃあ、おっぱいあげても大丈夫なんですね。」「ええ、僕はもう全く大丈夫ですから遠慮なくあげて下さい。」と、こんな感じで帰省している間は随分と義姉のおっぱいを見る事が出来ましたし、義姉も慣れたのか結構大胆に露出して、私の前で片パイ丸出しも幾度かしてくれました。

兄は巨乳好きだったはずですが、嫁さんが必ずしもそうでない所がまあ何を優先した結果だろうかとその姿を見ながら思ったものです。

715.それぞれの姿 2 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/8/26(金) 0:29
 下の姉は私が中学生の時に結婚すると、程無く長男を出産しました。姉の性格から授乳のためとは言え人前で乳房を出す事はないだろうと思っていましたが、案の定母乳が出ないと言って粉ミルクで子供を育てていました。姉は常日頃「お母さんみたいになったらやだわ。」と母の大きく垂れた乳房を見て言っていましたからどちらかと言うと外見的要因が強かったのかも知れません。あの見事なおっぱいで授乳をする姿が見れないのは残念でしたが、一度だけ私の前で授乳をしてくれた事があります。生まれてニカ月程経ってでしょうかご主人の車で来た時の事です。義兄はアルコールで寝てしまい、母も何か買い物に行くと言って出て行ったので居間の『掘り炬燵』には姉と私二人になりました。姉は母乳が出ない事を全く気にかけていない様でもありましたが、それでも皆から「良く出そうなのに。」と言われるせいか私に向かって「赤ちゃんにおっぱいあげてみようか。」と言い出しました。「出るの?」と聞くと「出ないと思うけど・・」と言いながらブラウスのボタンを外し始めました。そして真っ白い大きいブラジャーから無理やり乳房を取り出し、赤ちゃんに銜えさせましたが、その乳房はお風呂場で覗き見た時と余り変わる事なく見事な半円形で乳首の色もそれ程変化はありませんでした。赤ちゃんは暫く姉の乳首を銜えていましたが口を離したので、姉は作ってあったミルクを上げると「やっぱり、出てないのかな?」と言っていました。「自分で判らないの?」と聞くと「試しに飲んでみてよ。」と赤ちゃんを寝かせながら私の方を見るのでした。「やだよ。義兄さんにしてもらいなよ。」と言い返すと「何、やな事言うのよ。キモチ悪いじゃないの。こういうのは子供の方が良いのよ。」と苦笑しながら答えました。私はもう中学生ですからそれを子供と言う姉に釈然としませんでしたが「ね、ねっ。」と言う姉の声に「OK。一寸だけだよ。」と姉の脇に座り込み乳首を銜え込みました。そしてリズミカルに吸い続けましたが、姉は何食わぬ顔で「出てる?」と聞くのです。「全然出てないみたい。味がしないよ。」と私が答えると「それじゃ、反対は。」と言って右の乳房をカップに仕舞い込むと今度は左の乳房を掬う様に取り出しました。私は目の前で行われたその動作に見惚れていましたが、再び乳房が露出するや反対の乳首も銜え込みました。同じ様に一生懸命吸ったのですがやはり姉のおっぱいは空の様で甘い液体が口中を満たす事は全くありませんでした。

 

714.それぞれの姿 1 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/8/26(金) 0:24
先日、所用で乗った飛行機は帰省の時期と重なって母子連れが数多く見受けられましたが、私の座席の隣も2歳程の女の子と生後半年程の赤ちゃんを抱いた母子でした。私はあやすつもりで赤ちゃんの足をチョンチョンとしたところ、不味い事に赤ちゃんが愚図り出してしまいました。「申し訳ない事をしました。」とお母さんに謝ったところ、「い〜え。もうおっぱいの時間ですから気にしないで下さい。」と言うのです。
Fアテンダントが「(ミルクの)お湯をご準備致しますか?」と声を掛けてきましたが、「大丈夫です、母乳ですから。ありがとうございます。」とお母さんからの返事。私は「お〜」と内心期待したのですが、そこでお母さんは全く慌てることなくケープを用意して授乳を始めました。私と顔が合うと会話が出来る程の余裕ぶりで、一部の隙もないその授乳ケープに感心しきりでした。何とも凄い物が考え出されたものです。

さて私には二人の少し年の離れた姉がいて、上の姉とは12歳、下の姉とは9歳違いでした。上の姉は明るい性格で何時も笑顔の絶えない社交的な女性でしたが、大人になってもお風呂から裸で出てきてしまうと云った開けっ広げな所もありました。
下の姉とは何故かずっと一緒の部屋で、それは上の姉が結婚する時まで続きました。そのせいか下の姉は何時も私の味方で特別に可愛がってもらいました。性格は上の姉の様にオープンではなく几帳面な所が多かった様で、上の姉が風呂上がりに裸でウロウロするのを何時もたしなめていました。
何故か姉達と一緒に風呂に入った記憶はまったくないのですが、私も多少色気付いた頃には姉達の入浴をカマドの隙間からしばしば覗き見していました。二人の背格好は同じ位で結構な巨乳、上の姉は釣鐘型の典型的な巨乳タイプでそれは重さに耐えかねてやや下垂し、濃い目の茶色い乳輪と乳首がそれを飾っていました。下の姉は見事な半円球でその頂点に肌色のやや小さめな乳輪と乳首が付いていました。二人のサイズは一緒と言っていましたし、姉妹でしたので形も色も全然違う乳房を子供ながら不思議に思ったものでした。

上の姉が結婚し長女、次女と続けて出産。家が近かった関係で何れの時も三カ月程姉は里帰りをしていました。私はまだ小学生でしたが学校から帰ると外に遊びに行く事もなく、姉が赤ちゃんを抱いて居間に出て来るのを楽しみにしていました。勿論姉のおっぱいを正々堂々と拝む事が出来るからです。上の姉は大らかな性格ですので、誰が居ようといっこうに意に介することなく授乳をしていました。私は子供ですし弟ですから当然と言えは当然ですが、親戚や近所のおじさん連が井戸端会議よろしく居合わせても狭い『掘り炬燵』を囲んで母になった慶びを披露するのでした。姉は浴衣でいる事が多かったのですが、襟口を広げてカップをゆっくり下げるとそこにはかつて浴場で見慣れたはずの姉のそれとは違う物がありました。その大きさもさることながら、そこには黒々とした乳首があり、もともと茶褐色だったそれは色を一段と濃くし、前に大きく尖がる様に付いていて、乳輪の大きさも数倍になって産後を主張していました。その乳輪を中心に外側に向かって赤い妊娠線が走る程姉の乳房はパンパンに膨れ上がっていましたが、上の姉で最も印象に残っているのが授乳後の搾乳シーンでした。授乳が終わると必ず乳房を露にしてコップに向けて手で母乳搾りをするのです。姉は浴衣の下にブラを着けずにしばしは素肌に直接着ていた様なのですが、そんな時は大胆にも両袖を抜いて上半身裸で搾乳をしていました。しかも誰が来ても「あら、御免ね。」と一言云うだけで平然とそれを続けたのです。授乳での片パイ公開でしたら見慣れた人もいたでしょうが姉の場合は上半身裸乳搾りでしたから見た人はさぞ驚いた事だと思います。

713.散髪 返信  引用 
名前:エックス    日付:2011/8/24(水) 22:15
僕がこないだ、紙を切りに行った時、シャンプーをしてくれた人が三十代ぐらいの女性でお乳がそれなりおおきかったんです。それで、シャンプーをしてくれた時僕の頭を抱え込むようにして洗ってくれました。そしたら丁度、お乳の部分が口にきたんです。最初は感覚を楽しむだけだったんですけど、ぼくのスカイツリーが、完成まじかで、我慢できなくなり、ホンのちょっと舌でなめたんです。そしたらその奥さん「ん・・!」と声をあげたんです。時間帯がお昼時で、他の店員もいなかったので、奥さんは、シャツのボタンをはずして、きれいなお乳をみせてくれました。頭を洗う振りをして、乳首をずっとなめてました。腋の汗のにおいも混じり甘い乳首でした。その後、我慢出来なかったのか、ぼくを、美容室の二階トイレへ連れていきディープキスをして、ぼくが、強引にクンニして舌を、穴の中に入れた所で他の店員が帰ってきたので、そこで終わりました。その夜熱い密会があったのですがその話は次回。

709.(untitled) 返信  引用 
名前:ちちくん    日付:2011/6/1(水) 2:55
僕は、ベビーカーを押しているママを見かけるとすぐに大きなおっぱいを見てしまいます、あの中には僕の大好きなミルクがいっぱい蓄えられています。



710.Re: (untitled)
名前:まろ    日付:2011/6/1(水) 18:28
まろです。タンクです。付き合ってるお母さんは痩せでおっぱいが大きいから沢山溜まるみたいです。そんな体型の人をお薦めします。(*^^*)


712.Re: (untitled)
名前:おいしい    日付:2011/7/6(水) 23:55
先日、デパートの4階にて赤子をあやすママがいました確かにミルクタンクいっぱいのママでした15分ほどチラ見してました。すると授乳をするのではありませんか、そして5分後多目的トイレで僕はホワイトミルクをおいしいおいしと飲んでいました・・・

711.(untitled) 返信  引用 
名前:キングS    日付:2011/6/17(金) 19:40
先日、あるパーティーで知り合った魅力的な女性から、不思議な話を聞いた。細い体にFカップはあろうかという形のよい胸だけでなく、風貌、雰囲気、その話術に魅了されてしまった。かなり酔っていたような気もするので、あれは幻想だったのだろうか。
以下は、その彼女の体験談である。もちろん、私の脚色も入っている。


「ある国のある島のプライベートビーチで楽しんでいました。
トップレスで、つまり、上半身裸でした。
木陰のチェアベッドでまどろんでいる時、乳房に違和感を感じて目を覚ますと、かわいい、現地人の少年が砂の上に座って、私の乳房を触っているではありませんか。年のころ、7〜8歳くらいに見えましたが、12〜3歳になっていたかと思われます。
悪いことをしていたくせに、びっくりしたように凍り付いているのがおかしく、それにちょっとかわいい子だったので、手をとって導き、乳房を触らせてあげました。普段私の乳首はややボリュームのある乳輪に半ば埋もれているのに、突き出しているところをみると、かなり触っていたはずなのに、おずおずと、触れるか触れないかに撫でるだけなのがおかしくて、顔を引き寄せて、乳首を口の中に押し込んでやりました。
最初は、口の中で乳首をかすかになめているだけでしたが、そのうちお乳を吸いだしました。初めは弱く、そのうち、音を立ててしゃぶりながら、かなり強く吸われて、乳首だけでなく、お乳の中がしびれるように痛く、その痛みは次第に甘やかな快感となって、体の奥深く下腹部が何かを求める感じがしました。吸われていないほうの乳首も痛いほど硬く勃起し、男の子にわからないように喘ぎながら、乳首と、下の、乳首にも似た肉の尖りを刺激しました。そうして、2度ほどイッタあと、男の子の小さなペニスがぴったりと上を向いているのに気がつきました。
それで、起き上がり、男の子を寝かせて、体を沿わせて横たわり、お乳を吸わせながら、ベビーフランクを思わせるペニスに手を添えてあげました。ほんとに未熟で、まだ皮を上下することもできませんでしたが、すぐに、お乳から口を離して、喘ぎながら、達してしまいました。かわいいのに射出が多くてびっくりしました。
落ち着いてから、反対側のお乳を同じくらい吸ってもらいました。

それから毎日、午後、それは続きました。
普通のセックスに比べて、なんとスリリングで、それでいて、安らかなエクスタシーとロマンを得られるものであったことでしょう。
アンディというその男の子は時々、されるのを拒むことがありました。私にとって彼は男性を感じさせるものではなく、エクスタシーを得るためにお手伝いをしてくれるエンジェルのような存在でした。
それでも私は必ず達しました。
10日か2週間ほど経ったある日、パートナーとの営みで激しく揺れたときに乳房が異様に張って痛いのに気づきました。妊娠はするはずが無いので不振に思いました。
次の日、アンディと会って、お乳を吸われたとき、お乳の奥からジーンとするような感覚が走り、乳首に向かって絞るようにもむと、ミルクが出てきたのです。そのまま、自然に彼を腕に抱いて、お乳を吸わせました。強く吸われると、されてないほうの乳首から、白いお乳がぽたぽたとあふれ出てきました。
それから、他の人にされても、何も出ないのに、アンディに吸われた時だけミルクが出ることがしばらく続きました。
会わないときに、アンディのことを思い出すとお乳が張ってくるのを感じることがたびたびありましたが、ブラジャーが濡れるようなことはありませんでした。
季節が変わり、その地を去りました、二度と訪れることは無いでしょう。
でも、時々、思い出しながら乳房を刺激すると、お乳が張ってくるような感じがするのです。」

708.崖の下の家で4 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/1/28(金) 23:55
暫くしてから戻ったお姉さんの手にはステンレスのボールがありました。そして上野君が肘で私を突きながら眼でお姉さんの胸を見る様に合図をしてきました。それは変わず白いブラウスのままでしたが微かにその生地を通して乳首が見えているのではないかと思われたのです。「なかなか帰ってこないわね。何をしているのかしら?」と言いながらお姉さんはブラウスの胸の辺りに手をやっていましたが、それはやがて小さな胸の染みとなって現れました。今度は桜田君がトンと肘で私を突いたのですが、既に私もそれが母乳である事に気が付いていました。お姉さんは母乳を搾り易くするためか、リラックスするためなのか、はたまた着変えるつもりだったのか、ブラウスの下のブラジャーを外していた様なのですが、妹は帰ってこないし、まして私達が帰らない事に困惑したのか、これから母乳を搾ろうか迷っている様子でした。勿論、私達は浜野さんに会う事ではなく、お姉さんの生乳房を見る事が目的だったのですが幸いそれに気付かれる事は無かった様です。数度胸に手を当てた後、母乳が染み出している事に気がついたお姉さんに上野君は「それってミルクですか?」と聞きました。お姉さんは驚いた表情で私達を見て改めて胸元の状態を確認すると「そうなの。赤ちゃんが飲まなかったおっぱいは搾った方が良く出る様になるのよ。ちょっと御免ね。」と言い、諦めて縁側の端に行きブラウスのボタンを外すと母乳を搾り始めたのです。わざわざ離れた所で見えない様に搾乳をしているので覗きに行くわけにはいかず、縁側に座って思案しているところへ浜野さんが「ただいま!お姉ちゃん。」と元気よく帰って来ました。「あら、桜田君。何してんだ。」と男言葉で私達に声を掛けるとお姉さんを見つけ「お姉ちゃん、おっぱい搾ってんだ。沢山出てる?」と覗き込みました。「うん、少し楽になったわ。」と云う返事に浜野さんは私達を手招きし「ちょっと見てみな。赤ちゃんの飲むおっぱいだよ。」と誘ってくれました。私達はチャンス到来とばかりに「何してるの?」と駆けよりお姉さんの搾乳姿を覗き込みましたが、「バ〜カ、駄目に決まってんだろ。この変態。」と云う浜野さんの逆襲に会いほんの一瞬しか真近で見る事は出来ませんでしたが、「何言ってるの。大丈夫よ。」とお姉さんは私達に微笑みかけてくれたので四人は仲良く左右に腰掛けてその搾乳を見詰めていました。思ったとおり肌蹴たブラウスの下にブラジャーはなく直接両乳房が露出していました。ポタポタと滴り落ちる母乳がボールの底全面に溜まってくると「な、凄いだろ。」と云う浜野さんにしゃぶれる程に近づいてお姉さんの胸元を覗きこみながら「本当だ。凄い、凄い。」と三人で合唱するかの様に答えていました。
「ところで何しに来たんだ。桜田君」と浜野さんが聞いてきたのですが気を利かした彼は「うん。もう塾の時間だから帰るけどまた月曜学校でな。」と返事をしながら駆けて桜田君の家へ帰りました。「OK」と云う浜野さんの元気な返事が背中越しに聞こえていました。

桜田君の家に着くや三人は繰り返し握手をして、たった今あった事を一つ一つ確認するかの様に振り返っていました。その後も2度程お姉さんの授乳姿を真近で見る事が出来ましたし、上野君は上野君で仲良くなったお姉さんから母乳を飲ませてもらう更なる計画を密かに練っていたのですが、里帰りが終わったのか気が付くと居なくなってしまいました。私達は「浜野のお母さんのボインで我慢するか。」と言っては野良から帰って来る頃を見計らって覗き見ていましたが「やっぱり、あのおっぱいは凄かったな。」と三人会う度にしばらく話題となったのでした。

707.崖の下の家で3 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/1/28(金) 23:53
三人は崖の左端に有る階段を駆け下りて、浜野さんの隣の家の脇道に抜けると競う様に玄関を潜りました。「こんにちは。浜野さんは?」と上野君が元気よく聞いたので「まだ帰ってないけど。お友達ね?」「はい同級生です。」「そう、じゃあちょっと待ってみる。」「はい。そうさせてもらいます。僕は上野です。」と全く平然と受け答える上野君でした。お姉さんは一度奥へ行きオレンジカルピスを持って戻って来ると、彼女を挟んで縁側に座った私達は「ご馳走になります。」と返事をするとても明るい少年に化けていました。「赤ちゃんは何カ月ですか?可愛いですね。僕の妹も1歳なんですよ。」と上野君。「もう少しで一カ月よ〜そう、この子も女の子なの。妹さんは可愛いでしょう?」「はい、とっても可愛いです。今も毎日、お母さんのおっぱい飲んでますよ。」とお姉さんとの会話に落ち着いて答える上野君に私は感心していました。何気に生の乳房を見慣れている事をアピールしてお姉さんを安心させる嘘の作戦だったのです。(実は上野君には2歳年下の妹はいますが1歳の妹はいない事を私は知っていたので・・・。)
「冷たい内にどうぞ・・・御免なさい、これから赤ちゃんにおっぱいあげさせてね〜。」と云うお姉さんに上野君は赤ちゃんの足を触りながら「はい。僕達も頂きますから。」と彼女の胸を無邪気を装って覗き込むように答えていました。
その日のお姉さんは白い長袖のブラウスに紺のゆったりしたスカートでしたが、何かしら赤ちゃんに呟きながらブラウスのボタンを幾つか外したかと思うとピンク色の授乳用のブラがブラウスの隙間から覗きました。同時に段々と3段に弛んだ白いお腹が見えましたが太ったそれとは違うので全く失望感は有りませんでした。そして左上のフックを外しカップを下に下げるとピカピカに光った乳房がわずか30センチ先の私達の眼の前に現れたのです。小さくもなく大きくもないその乳房は今で云うとDカップ位だと思いますが血管が浮き出る事もなく、ともかく眩しい程に張りつめていたのを覚えています。小さめの乳輪に銜え易そうな若干大きめの乳首はやや濃い茶色で、それを右手で1〜2度伸ばす様に摘まんでから濡ティシュで軽く拭くと乳房を前に出す様に押し付けて赤ちゃんの口に銜えさせました。その時お姉さんの口から何故か「アッ」とほんの小さな声が発せられた様な気がしました。三人は時々赤ちゃんの足や手に軽く触れながらお姉さんの胸を覗き込んでいました。左の授乳が終わるとブラジャーのフックを掛けてから今度は同じように右側のおっぱいを銜えさせましたがその時も「ウッ」と息を吸い込む様な声が聞こえました。声に合わせた様に暫く口が開いているのを見て私は上野君と眼を合わせ「やっぱり声を出していたんだ。赤ちゃんにおっぱいを吸われても感じるのだろーか?」と思ったものです。左側に腰掛けていた私には元気よく乳首を銜える姿がはっきりと見え、赤ちゃんの口からは母乳が溢れ出ている様でした。ピカピカに輝くその乳房は授乳が終わってもまだ光ったままでしたし、赤ちゃんの口からこぼれ出たその乳首もヌラヌラと光っていましたが、何より3センチ程はあろうかと思う程に真直ぐ硬く伸びた乳首に三人は視線を重ねました。その後お姉さんは赤ちゃんの背中をポンポンと叩いてから奥の部屋へ連れて行きました。

706.崖の下の家で2 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/1/28(金) 23:50
そこに桜田君と上野君がやってきて(彼等も見ていた様で)「浜野さんのお母さんだ。でっかいおっぱいだろ。でも云っちゃ駄目だよ。」と桜田君が教えてくれたのです。「でかい、でかい。あれなら若い時は相当な物だったろうな〜。浜野はあれを飲んだんだな。」と上野君の連想は止まりません。浜野さんは同級生の女子だったのですが3人姉妹の末っ子で「お母さんのヌードは毎日だけど、時々姉さんのも見れるよ。」と云う桜田君の話に「お前んち、すげーな。もう毎日寄りて〜。」と聞くと「大体、誰が何時頃出てくるか調べてるんだ。今度良い奴、見せてあげるよ。」と小声で話す桜田君に「ひょっとして、そのものズバリ?」と聞く上野君でしたが「まさか〜。昼が良いから今度の土曜日な。」とはぐらかされながら期待一杯の私達は次の土曜を待ったのです。

土曜日に学校が終わると桜田君の家で三人は倉庫の探索もソコソコにして裏庭で隠れる様に下の家を覗き込みました。そこには既に赤ちゃんを抱いた若い女性が一人で縁側に腰掛けていましたが、「浜野さんの一番上のお姉さんが赤ちゃんと一緒に帰って来ているんだ。これから赤ちゃんにおっぱいを飲ますのが見れるよ。」と桜田君。「粉ミルク?母乳?」「勿論、母乳さ。結構良く見えるよ。」と話しているうちに、暫くしてお姉さんはプルオーバーの裾の左半分を捲り上げて赤ちゃんに母乳を飲ませ始めたのですが少し距離が有りますし、衣服が邪魔をして殆ど何も見えない状態に上野君は「つまんねーよ。何か全然見えないし。」と不満を洩らしましたが、「大丈夫、これからが良いんだよ。」と桜田君は相変わらず自信満々でした。20分程して授乳が終わるとお姉さんは赤ちゃんを抱いて奥の部屋へ一度引っ込んだかと思うと、すぐに一人で縁側に戻って来ました。再び腰掛けると今度はいっきに服の両裾を胸の上まで大きく捲り上げました。そこには産後間もないせいか、多少弛んだ白いお腹とブラジャーがハッキリと確認できたのですが、更に後ろに手を回しブラジャーのホックを外すと両方のカップを上着の間に挟み込む様に上に持ち上げました。その瞬間、初めて二つの白い乳房が三人の目に飛び込んできたのです。「なっ。まだあるよ。」と余裕の態度の桜田君に対し私と上野君は黙って事の成り行きを見守るのでした。それからお姉さんは庭に向かって母乳を搾っている様子だったのですがそれ自体は何をしているのかはっきり確認出来ませんでした。「あの白く飛んでるのが母乳なんだよ。見えただろ。」と桜田君が興奮したように聞いてきたのに「余り良く判らなかった。」と答える上野君でした。お姉さんの母乳搾りが終わると早速桜田君は「写真もあるから、見せてあげるよ。」と言い、皆で再び倉庫の探索を始めました。そこで彼が見せてくれたのが海外の母乳雑誌で、高校生の様に若い女性が母乳をコーヒーカップの中に搾っている古典的シーンの写真だったのです。私自身、母乳を搾る行為そのものは姉や親戚のお嫁さんがするのを見た事があったのですが、まさか赤ちゃんの物であるはずの母乳を対象にしたH写真までがあるとは思ってもみませんでした。「なっ、これをやってたんだよ。」と教えられた上野君は「すげ〜!こんなに出るんだ。」と感激すると共に「やっぱ、これはもっと近くで見なきゃ駄目だな。」と驚くべき行動を考え付くのでした。

次の土曜日も同じように学校の帰りに桜田君の家に寄り、裏庭でお姉さんが出て来るのを隠れる様にして待ちました。そして縁側に赤ちゃんを抱いたお姉さんが出て来てさあ授乳と云う時に上野君は立ち上がりお姉さんに大きく手を振りながら「浜野さんは帰ってますか?」と大きな声で聞いたのです。上野君に気がついたお姉さんが首を横に振るのが見えたので続けて「そっちに行っても良いですか?」と彼が聞くと今度は首を縦に振るのが見えました。「やった。行こうぜ。」と彼は私達の肩をポンと叩き、一緒に来るように誘いました。

705.崖下の家で1 返信  引用 
名前:BBR    日付:2011/1/28(金) 23:46
兄姉や従兄弟の多かった私にとって母乳が出る乳房は小さい時から結構身近にあったのですが、子供の時から巨乳好きな友達がいた事も幸いした様です。

私が小学6年の時の話です。誰でもが知っている観光地で生まれ育った私達は一寸とませていて何時もバカな事をやって楽しい少年時代を過ごしました・・・。
幼稚園の時から仲の良かった桜田君が5年振りに父親の海外勤務が終わり帰国したのを契機に学校からの帰り道、彼の家に寄っては遊んで帰る毎日でしたが、それには楽しい訳がありました。ある日彼が学校に一枚の写真を持って来た事からそれは始まります。

「春ちゃんこれ何だかわかる?」と彼が私に見せてくれたのは勿論海外の無修正写真ながら、フィストFのアップ写真だったのです。私は仰天し「やっぱり外人のする事は凄い。デカいって云うのは本当だな。こんなのが入るのか。」と思いつつ、「すげ〜!どうしたのこれ?」と桜田君に聞くと「倉庫で遊んでたら本の間から出てきた。お父さんのだと思うけどもっと沢山あったよ。今度見に来ないか?」「本当かよ。行く、行く。」と私は一つ返事で親友の上野君と二人で彼の家に遊びに行く様になったのです。上野君は小学生のくせに既に「結婚するならバスト1メートルはある女。」と宣言していた末恐ろしい程の巨乳フリークで、保健室の大木先生は90センチ以上あるとか、△△君のお母さんは赤ちゃんがいるからかデカイとか、何時も口癖の様に言っていました。

桜田君の家は小高い丘の上に立つ邸宅で、倉庫と云うのはお祖母さんが住んでいた離宅の事で、お祖母さんが亡くなってからは父親が倉庫代わりに使っていたのでした。「こんにちは。」と挨拶を早々に済ますと、玄関に鞄を置かせてもらい庭で遊ぶふりをしてさっそく倉庫へと侵入し探索を始めるのでした。そこには海外の無修正の雑誌とともに大量の写真があって、普通のS○X写真よりは、フィストとか放尿、アナルと云った小学生の私達にとって超過激なモノばかりが集められていました。さて、それはそれで凄かったのですが、実はこの探索の中で別の楽しみを見つけてしまったのです。

その離宅から本宅へ続く裏庭を歩いていると、彼の家の真下には数件の家が有り、それは10m程の高さが有る崖状の斜面で彼の家と接していたのです。その中の一軒は立派な造りの農家風の家で彼の家の方を向いて長い縁側となっていました。縁側の前は手入れの行き届いた広い庭園で、その庭が直接斜面と接していたので桜田君の家の裏庭からはその縁側がとても良く見えるのですが、他からは全く見えないクローズな世界を創っていたのです。
そんな初秋の頃、桜田君の家の裏庭を一人で歩いていると、下の家の縁側に一人の女性が居る事に気がつきました。40代前半と思われるその女性はその縁側に立って髪の毛を梳いていたのですが、良く見ると野良着だろう上着のボタンを全開にし、下着が覗いていたのです。そして下はズボンだったのかモンペだったのかその時は既に脱いでいて両素足が覗いていました。私は「オッ」と思いその場で立ち止まってしばらく様子を見る事にしました。髪を梳かした後、思惑通り女性は長袖のシャツブラウスを脱ぎババシャツ姿になったかと思うと、それも脱ぎ捨てる様に足元に落としました。白いブラジャーと深々とした大きなショーツ姿となった彼女はゆっくりとタオルで汗を拭いた後、背中に手を回しブラジャーを外すと、とたんに大きく垂れ下がった乳房がボロンと飛び出したのです。そして乳房を曝したまま髪をいじったり、その乳房を片方づつ持ち上げる様にして身体を拭いたりした後、脱いだ服を抱えてショーツ一つの姿で奥の部屋へと消えて行きました。

704.友達 返信  引用 
名前:まろ    日付:2011/1/19(水) 23:34
塾の友達で巨乳好きがいて友達のお母さん(最近はママって呼んでます)の画像見せたら超興奮。ビキニ姿や母乳をタップリ搾ってる画像を挙げました。後日飲みたいって事でママにポットに搾ってもらい画像とそのポットを渡し、甘い甘いって飲んでました。

701.思い込み 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/11/27(土) 23:39
松谷さんから返事を頂くと・・・やっぱり嬉しいですね。
作品は多分全て読ませて頂いていると思いますが特に「母乳モデル妻 朱美」は女性の心情が良く描かれていて大変好きな作品ですね。

さて、序でながら私の妻の事をちょこっと書いておきましょう。

思い込みと現実にはちょっとしたギャップがある様で、これ程母乳の重要性が論じられ母乳育児でなければ罪悪だと言わんばかりのご時世なので、誰もが母乳で赤ちゃんを育てているのかと思いきや、半数以上の55%強の母親が人口乳で育てている様に、また人前での授乳を完全拒否する意見が圧倒的多数なので、そんな人は皆無なのかと思いきや、全くオープンなあるいは渋々かな、それでも大丈夫なママ達も結構いるものです。かく云う私の妻もかなり明け透けな性格だからか、私が唖然とする程に乳房をポロポロ出していました。

最初の子供が産まれた時・・・、病院を退院し自宅に帰ってからほんの数時間後の出来事ですが、この事は私に妻が授乳に対して全くと云って良い程に羞恥心を持たない事を気付かせたのです。

退院と同時にレンタル業者にベビーベッドをお願いしていたので、予定の時間になるとマンションのインターホンが鳴り20代前半の若者が一人で配達に来ました。リビングルームでそのベッドを組み立て始めたのですが、(妻も早く横になりたかったのでしょうが、)それでも赤ん坊を抱いてソファーに座り眼の前で組み上がるのを楽しそうに見ていました。そしてその若者と言葉を交わしながら赤ん坊をあやしていたのですが、しばらくすると赤ん坊が愚図りだし、母乳を与える時間になりましたがその時も彼との話しを続けながら全くその存在を気にする事なく、まるでどうぞ見て下さいと云わんばかりにブラウスのボタンを外し、授乳ブラを全開にして出産後間もない母乳で張り詰めた乳房を彼の眼前で露出してしまったのです。しかも多くの女性がする様に素早くそして隠す様に乳首を口に含ませるのではなく、ゆっくりと丸見えの乳首を清浄綿で拭いた後に赤ん坊の口に含ませました。そしてこれでもかと思える程にブラウスの前を肌蹴て、片方の乳房は明かに丸見えになっていても気にする事なく赤ん坊と若者の顔を相互に見ながら会話を続けたのでした。
ここで「おい、一寸遠慮したら。」と妻に言ってしまえば止めたのでしょうが、良く考えればこの後に続く言葉は「みっともないから止めろよ。」ではないのかと思い、「授乳の為におっぱいを見せるのはみっともないのか?」それでは男としての資質が問われてしまうので以来ずっと妻の自然態に任せる事にしたのです。

余談ですが私の妻は中々裕福な家庭で育ち、中学、高校、大学と私立の名門女学校に通っていましたし、厳格な躾を受けていたので私自身彼女は完全なるお嬢様だと思っていたのです。ですから漠然と母乳育児はしないのではないかとか、ましてや人前で乳房を曝すなど絶対にしないだろうと思い込んでいました。ところがいざ出産してしまうと余りにザックバランで、母乳で育てるには女を捨てて母にならなければとか、授乳中の乳房は女性の乳房ではないとか、今で言えば時代錯誤も甚だしいのですが、そうした大昔の例え話を現代に於いてまさに地で行くかの様なアリサマだったのです。そして更にこの事が最も重要なのでしょうが、それを喜んでいるかの様な姿を皆にしばしば見せたのでした。

686.本日16:25〜日テレ系 返信  引用 
名前:数寄屋浪守    日付:2010/10/31(日) 10:2
ドキュメンタリー・教養/その他

おっぱい先生といっぱいの涙 24歳新米ママの挑戦

感動編おっぱい先生といっぱいの涙▽24歳新米ママ母乳を飲んでほしい!!母子の挑戦




700.Re: 本日16:25〜日テレ系
名前:松谷徳盛    日付:2010/11/15(月) 22:9
数寄屋浪守様

お返事が遅れてしまい申し訳ございません^^

先日は素晴らしい事前情報ありがとうございました!!

おかげで当掲示板を通してかなりの数の同志が楽しめたのではないでしょうか?

情報のみならず、気軽な書き込みをお待ちしておりますww
http://www3.llpalace.co.jp/dp/dtl/DPI27146.asp?DLK=2&FLG18=1&CLASS1=0

699.小学生時代の秘密8(続・ママゴトの思い出) 返信  引用 
名前:REIKA    日付:2010/11/15(月) 21:58
こうして、私とOOO君は時々学校内でエッチなことをするようになりました。
廊下や職員室ですれ違うと、彼がこっそりと“秘密の合図”を送ってきます。
そんな日のお昼休みはいつも“例のトイレ”で待ち合わせ、彼に胸を弄らせました。
OOO君はいつも遅れてきて、個室トイレの中で私はドキドキしながら彼を待っていました。
何度か繰り返すたびに彼はどんどん遅れてくるようになり、いつも休み時間終わりギリギリにやってきました。
個室に入ってきたOOO君はキスもせずにシャツの中に手を入れてきます。
グイグイと服の下で胸を触り、少しするとシャツを捲られました。
下着もすぐにずらされ、丸見えになった乳房にいきなり吸いつかれました。
OOO君の歯には給食の食べカスがついていたり、乳首を摘まむ指や爪のは泥で汚れているのが見えます。
“自分の体が汚れる”という嫌悪感と“男の人に体を求められる高揚感”が入り混じった不思議な気持ちになりました。
短時間で楽しもうとする彼の触り方は乱暴で、乳房を歯で噛んだり、乳輪を指で潰すように捏ねてきます。
痛みと快感が入り混じった私は、鼻息荒く胸を弄る彼をジッと見つめていました。
ほんの数分間、私の体で遊んだ彼は始業予鈴が鳴ると「また、後で」と言いすぐに出て行ってしまいました。
私もあわてて胸をキレイに拭き、午後の授業へと急ぎます。
午後の授業の間中、私は胸に残る鈍い熱さと敏感になった乳首が下着に擦れる感覚で頭が一杯でした。

そんな、ある日「家に遊びに行ってもいい?」と彼が聞いてきいてきました。


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