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母乳フェチ体験談(妄想も可w)

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691.エピソード V-2 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/11/12(金) 0:10
20時過ぎに帰宅すると直美さんと今日子さんは既に来ていて、食事の準備もできあがっていました。私の子供達は寝ていましたし、今日子さんの子供も私の息子のベビーベッドの中に一緒に入って眠っている様でした。
直美さんは結構な酒豪で私と二人でワインを3本空けていましたが、妻と今日子さんは車の運転がありますし、なにより授乳中ですのでお酒を飲む事はありませんでした。すっかり食事も終わり、ほろ酔いになった直美さんの口は何時にも増して滑らかになり、私が男なのを忘れたかの様に下ネタも出る様になっていました。「まあ、楽しいお酒だから良いよね。」と云った感じで皆は直美さんの会話に合わせていましたが、そこで母乳の話になり「今日子のおっぱいは本当に大きい。前からそんなだった?」と聞いてきたのです。本人が答える前に私の妻が「前はEカップだったでしょ。余り目立たなかったから御主人が初めて今日子のおっぱいを見た時、大喜びしたって話だよ。今はGカップだから誰が見ても爆乳よね。」と言っていました。「え〜G!私達は小さいからそんなの縁がないね。私はBカップだったけど、娘が産まれた時はちょっと大きくなってD位になったかな。でも授乳が終わるとすっかり萎んでしまって今なんてAカップなのよ。もう、なんで元より小さくなるの。旦那なんて大きかった時にビデオに撮っておくんだったって言うのよ。私も本当に撮っておけば良かったと思うわ。」と直美さんは言うと妻の胸を触り、「あ〜、結構有るじゃない。これ今の内にビデオに撮っておこうよ。絶対に萎むから。今日子は逆だけどそこまで大きくなるとどうせ垂れちゃうからパンパンな時に撮らなきゃ。」と二人を諭すのです。私は少しウトウトッとしながら聞いていましたが、「これって、今日子さんの生おっぱいを拝むビッグチャンス到来なのか?何だか楽しい話になってきたね。直美ちゃん頑張ってくれ。」と心の中で呟いていました。実は直美さんにはごく軽い躁鬱がある事を妻は知っていたので、気を使って「じゃあ直美、私が母乳をあげているところを撮ろうよ。」と私にビデオカメラとテープを持って来る様に言いました。今日子さんは「なに、本当なの?」と云った顔で妻の方を見ていましたが、妻は何食わぬ顔でおっぱいの張り具合を確認するかの様に両手で乳房をまさぐっていました。私も今までに何度か妻の授乳シーンを撮影していたのですが、まあそれは伝えないで直美さんのご機嫌を取る事にしたのです。

自分の部屋からテープの入ったビデオを持って来ると直美さんは「次は今日子だからね。準備しときなさいよ。」と声をかけました。今日子さんは「エ〜」と声を出しながら皆を見ましたが、直美さんは完全にディレクター状態になって二人を仕切る立場になっていました。
妻はダイニングテーブルからソファーに移って脇に子供を置くと「なんか、良く見えた方が良いよね。」と、ブラウスのボタンを八分程外し授乳用のブラが良く見える様に前を肌蹴ました。カップのフックを外し露出したその乳房は小ぶりながらカチカチに張っており,あばら骨が浮く細い体にそこだけ取って付けたかの様に盛り上がり、平面にお椀を伏せた形の乳房は所々円形を崩すかのようにデコボコになっていました。乳首はそれ程大きくなく、色も濃くもないのですが子供に吸われてモザイク模様に変化していたので授乳中のそれと直ぐに分かる状態でした。何時も見慣れた光景なのですが、距離を置いたり、「もっと近くで撮っても良いよ。」と言う妻の言葉通り肩越しに撮ったりと十分時間をかけて結局、左乳房から始まり、右、左の順で授乳シーンを撮る事ができたので、今までの寝巻姿にはない新鮮な映像となりました。左の乳房を飲ませている時にカップに仕舞われずに露出したままの右乳房がブラウスのすきまから覗き見える映像はちょっと良かったです。直美さんは「授乳が終われば絶対に元より小さくなるから、良いお宝映像になりますよ。」と妻の授乳姿を見ながら私に何度も声をかけていました。

690.エピソード V-1 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/11/12(金) 0:5
思い出すがままに前の2題を書いていると、続きの様なこんなエピソードもあったので第3話目として書いてみる事にしました。今回はチョット母乳関連の話ですから程良い長さにしようと思いながらも内容の薄さに我慢して読んで頂けるかなと云った感じではあります。

「今日は直美が来るから、一緒に夜食べてね。」
「何時頃?」
「何時だったら大丈夫?」
「8時過ぎだったら帰れると思うよ。」
「じゃあ、お願いね。今日子も来るかもしれないから・・・好きでしょ。」
「ハイハイ。じゃあ行って来る。」ある金曜日の朝、こんな会話で会社に向かいました。

妻と直美さん、そして今日子さんは関西の短大時代の同級生で、とても仲が良く、また妻と直美さんとは従姉妹同士で格別の関係でした。その日は直美さんが西宮から家族でディズニーランドへ遊びに来ていたのですが、ご主人と小学生の娘さんはホテルでゆっくりするそうで、一人横浜の私達の家へ来るとの事でした。今日子さんはご主人の転勤(と言ってもご主人は東京生まれですから本社に戻って来た、が正しいのかな。)で私達の家から車で20分程離れた市内に引っ越してきていたので、私も妻と一緒に数度彼女のマンションを訪れた事があります。当時、私達には生後半年程の(二人目の)子供がいましたが、今日子さんにも一月違いの男の子がいました。妻はしばしば彼女の家を訪れていましたし、女同士ですのでお互いの授乳姿は何時も見せ合っていた様で「今日子は学生時代から隠れ巨乳で有名だったんだけど、赤ちゃんが生まれたらもう本当に大きくなってGカップは有るって。乳首も黒くてこんなに大きいし、母乳も油断をしていると飛び散る程出るのよ。」と指で10円玉位の輪を作るのでした。残念ながら私が行った時は赤ちゃんが泣くと「ちょっと、おっぱいあげてくる。」と言って隣の部屋へ行ってしまうのが常でした。さすがに今日子さんの生おっぱいを拝んだ事はなかったのですが、服の上からでも判るその巨乳は「男なら誰でも自然と目が行くんじゃない。」と妻が言う程でした。でも幸運は直ぐにやって来ました。

689.まだ待ちです。 返信  引用 
名前:まろ    日付:2010/11/3(水) 0:34
「こんな感じよ。書いたら?」って入浴前にお母さんに言われましたので、また追加です。乳腺です。大きなおっぱいに定規を充てて、
肩の骨の直ぐ下から乳首まで約30センチでしたか、「クネクネしてるんだけど」って言ってましたが
直線でもその長さ。触るとコリコリしてます。その中にタップリ入ってるのがです。
「痩せてておっぱいが大きいって事はこおゆう事なのよ。この中に敷き詰められてるから大きくなった事を書かないとね」とおっぱいを解説されましたです。
僕もだいぶ回復してきました^/^。

688.ちょっと時間がありました。 返信  引用 
名前:まろ    日付:2010/11/2(火) 23:46
ヘトヘトです。お母さんお風呂から出て今、お手入れをしてるみたいなんですが、その間に続きです。
入浴前に和室の床にお母さんがビニール敷き詰め布団を敷き僕は待たされてます。空っぽの大きなミネラルウォーターのペットボトルが3本。
学校の女子と大違いって言ったら、友達の妹のスクール水着を着てくれました(o^-^o)。
下半身は入りました。でもおっぱいは肩紐が脇までも届きません(o^-^o)。赤面したお母さんが可愛いです。

687.今日(●^o^●)。 返信  引用 
名前:まろ    日付:2010/11/2(火) 21:12
今日、友達のお母さんが家に一人って連絡が有ってウズウズしながら今、来てます。
夕飯にお腹一杯授乳されました。真っ白なおっぱいがプルンプルン今もしています。おっぱいまる出しでスカートだけ着けてますがスカートのラインにおっぱいの下がかかり大きさが凄いです。
本当、学校の女子とは比較になりません。
松谷さんに画像も撮ってしまいました。お母さん恥ずかしそうにポーズ取ってくれました(o^-^o)。
ウエストの倍近いサイズは物凄い貯蔵量。飲んでも廻りの張り取れた程度って言ってました(^_^;)。
前に託児所で何人もの赤ちゃんに3人の現役のお母さんが総掛かりでおっぱい挙げたのをピンチヒッターで一人で挙げたってききましたが本当に凄いです。
お母さん→「溜まり乳なの。溜まってて濃いから栄養価は高いけど授乳期のおっぱいじゃないから現役のお母さんみたいな病気の免疫は無いから本当のピンチヒッターで挙げたのよ。」
と言ってますが
お母さん→「普段飲まない子もタップリのむんでみんなにやっぱり美味しいのねって言われてちょっと嬉しかったのよ」
とニコニコ自慢もされちゃいました。今夜はお母さんと泊まりで引き続きです。

685.MAY FIN 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/10/24(日) 23:17
時々、子供たちとの会話の中で妻は「二人のお産の時にはお父さんはちゃんと立会ってくれた。」と話をする位ですので、家族が出産に立会うこと自体まったくウェルカムで相互の絆を深めるうえで非常に重要な事であると思っていたのは確かな様です。当時私の子供はまだ小さかったので出産の意味が解らないと思い立会わせなかったのでしょうが、10歳の姪には性教育とは全く関係なく、また子供の興味を解消してあげたかったのかも知れませんが、「私の出産を見て命の尊さや生きる事の大変さや喜びを知ってもらいたかったし、子供の時にこそお産の感動を実際に教えてあげたかったの。子供がお産に立ち会う事なんてめったに出来ないけど、だから朋ちゃんが見たいって言った時、私が見せてあげなきゃと思ったの。」と言っていました。勿論姪にはそんな理由は言っていませんが妻が姪に「赤ちゃんが産まれるのってどうだった?」と聞くと、(確かに私達の立ち会う位置の関係もあって)「赤ちゃんが出てくるところは余り見えなかったけど、すごかった。」と言っていました。妻はそれなりに満足だった様です。
出産や授乳って男には到底理解を越えた行いで、それが母性を育むのでしょうが、遠い昔従兄のお嫁さんが私にしてくれた事も何所かでつながっていたのかもしれないと思うのです。

684.MAY 2 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/10/24(日) 23:15
妻が妊娠八か月の頃、久しぶりに家族三人で兄の家を訪れました。姪の朋子は何時もの様に当時2歳の私の娘と遊んでくれていました。兄は帰宅前で義姉が私たちの話し相手になっていましたが、遊びから帰ってきた姪は妻の大きくなったお腹を見ながら「何時生まれるの?」「男の子か?女の子か?」「お腹を触って良いか?」とか興味津々でした。妻が「あと2カ月位だよ。」と言うと、朋子は妻のお腹を触りながら「へえ〜、2カ月か。11月だね。私、赤ちゃんが産まれるとこ見てみたいな。」と言い始めました。義姉は「駄目ですよ。変な事言っちゃ。赤ちゃんを産むのはとっても大変なんだから。」と諭したのですが、「朋ちゃん、赤ちゃんが産まれるとこを見たいんだ?」と妻が聞いたので、すかさず「うん。見てみたい。」と姪から答えが返ってきました。妻は何を考えてか「そう、じゃあ叔母ちゃんが赤ちゃん産む時見せてあげようか。」と返事をしたので、朋子は「やったー!絶対だよ。」と大喜び。義姉は「ダメダメ、じゃまだから。絶対ダメですよ。」と少し強い口調で止めたのですが、まあ、冗談半分だろうと思ってか「大丈夫なの?」と形ばかりの問いかけを妻にしてきました。結局、少し時が経てば忘れるだろう程度の話だと思ってか、それ以上の反対はしませんでした。妻は帰宅途中車の中でも「朋ちゃんに子供が産まれるところを見せてあげたいんだけど良い?」と改めて聞いてくるので私も義姉同様無理な話だと思いながら「なかなか、難しいんじゃない。まあ、できたら良いよ。」程度の返事を妻に返していました。子供でそして姪とは云え、人に出産を見せると言う妻の言葉にドキドキしながら、その思考回路はどうなっているのだろうと考えながらハンドルを握っていました。

それから1か月程経った土曜の20時過ぎ、妻に突然陣痛らしき痛みが訪れました。予定日からすると余りに早いのですがその間隔を計るとあきらかに陣痛の様でした。病院に電話をして30分間隔で陣痛がある旨を伝えると「スグに来て下さい。」との返事。早速準備をして、娘をどうするかと考えましたがよく眠っていたので起こさずに車に乗せ21時に自宅を出発。病院に向かう途中甥の運転する車と合流し、眠っている子供を乗せ換えて鎌倉に住む両親の家に預ける様、頼む事にしたのです。長女を甥っ子の車の後部座席に移すとなんと姪の朋子が乗っているではないですか。私が子供を車に乗せている間に妻が義姉と朋子に連絡したとの事でした。偶然土曜の夜でしたし時間もそれ程遅くなかったので運転手が直ぐに見つかり、朋子は長姉の息子の運転する車に早々に乗ることができたのです。結局、私は妻と、そして娘の代わりに姪を車に乗せて横浜のH病院へ向かいました。
急だった事と予定日まで一か月程ある事、また立会出産の事を病院に伝えていなかったためか、助産師さんからは立会はダメと言われたのですが、私は以前にも立合っているから大丈夫と強引に説得。でも子供のOKがでないで困っているところに診察を終わった妻が説得してくれて二人で立合う事ができる様になったのです。勿論病院は姪を私達の子供と思った事でしょう。そして妻は分娩室へ直行。私達は暫くして助産師さんに呼ばれて入室しましたが、22時に入室し23時45分には出産していたと思います。病院に着いてから即出産と云う直行分娩でありながら、陣痛が始まるや必要な家事をしながら姪に連絡を入れた事や、立会いの許可をもらう時の妻の冷静な行動には感心しきりでした。義姉は分娩室の外で朋子は待つものだと思っていた様で、分娩室の中に入ったと後で聞かされてとても驚いていましたし、自分にはとてもできないと妻の行動にあきれていました。

683.MAY 1 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/10/24(日) 23:11
続けて書きこむのはどうかと思ったのですが・・・・

出産や授乳期はその行動が相当オープンな女性と超クローズな女性に分かれる様で、そしてなぜそうなるのか私には知る術もないのですが、かく云う私の妻もかなりオープンな性格だからか、育児の慶びを皆と分かち合いたかったのか、それとも出ないと思っていた母乳が結構出て嬉しかったのか、(小さかった胸がそれなりに大きくなったのを見せたかったのか、と言ったら妻ばかりか世の全ての女性から怒られそうだ。)何処でもと云う訳ではないのですが、誰の前でも(と云っても場所を限定してしまえば自ずと相手も限定されてしまうのですが、)母乳をあげるので傍で見ている私はハラハラしっぱなしでした。本人がOKなのに私がNGだなんてスケールが小さい男と思われちゃあいけませんのでそこは黙認するほかありませんでした。ともかく最初は少し唖然としたのも事実でした。そんな妻の10年程前の話ですが、母乳の話ではないのでそこそこの長さの文章にします。

私の兄夫婦には3人の子供がいましたが、一番下の女の子は私の長女から見て、少し歳の離れた姉のような感じで私の娘の面倒をよくみてくれていたからでしょう、私の妻もその姪を特別に可愛がっていました。その姪が小学4年生の時だったと思いますが・・・私の妻が二人目の子供を産んだ時の話です。

682.昔を思い出して 8 終 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/13(月) 13:54
「まだ一寸搾りたいし。」と彼女は言うと勝手に下着のボタンを三つ程外し左の乳房を露出させました。そして左手にコップを持って乳首の下に当てるとジュッ!ジュッ!と搾り出したのです。ほんの1分で母乳はコップ半分程溜まり、彼女は片方の乳房を出したまま黙ってそのコップを私の前に置いたのです。

「マズイナ〜。マジだろうか?」と彼女の顔を見ると、「ヤダ?」と小さな声で聞いてくるのです。「何か、大丈夫そうだ。」と思った私は一寸コップに口を付けた後、一気にそれを飲み干しました。「甘くて美味しい。ありがとうございます。」
私の笑顔の返事にお嫁さんは「良かった。美味しかった?」と言いながら「これがおっぱいだよ。これで卒乳だね。」と明るく話しました。
私が「卒乳?」と、何の事かと聞き返すと、「春ちゃんはおっぱい飲んだ事がないって言うし、良かった〜。だから見せてあげたんだよ。」と彼女は微笑んだのです。「ふ〜ん。卒乳かあ。」と私が続いて答えると、「そう、卒乳。」と彼女も繰り返しました。

しばらく会話が途切れ「やっぱり、卒乳はコップじゃマズイかな?」と小さな声で呟いたお嫁さんは、露出したままの左乳首を触りながら私の顔を覗き込みました。私は勢いで首を縦に振ると、彼女は黙って左手を添えた乳房を顔に近づけてくれたのです。勇気が萎えない様に私が「パクッ」と声を出して乳首を銜えると、ほんの数秒後、口の中に母乳が飛び込んできました。「母乳だ。」と思った私は喉を鳴らしながらそれを飲み込み、乳首を吸い続けましたが、30秒程で飲み続ける事が出来なくなり「ゴホッ」と咽返ってしまいました。
彼女は口から出た濡れた乳首を触りながら微笑むと静かにその乳房を下着に納め、今度もゆっくりとボタンを留めながら「飲めた?」と聞いてきました。「ええ、沢山飲めました。」と答えると、彼女の「よかった〜。これで卒乳だね。」と言う明るい声が聞こえました。

たった半日の出来事がこんなに長文になるとは思ってもいませんでしたが、今思っても印象的な出来事でした。

681.昔を思い出して 7 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/13(月) 12:41
炬燵の脇の布団に赤ちゃんを再び寝かせると「毎日、5回も6回もこれをするんですから大変なんですよ。」と笑顔で母に言いました。伯父さんは「本当にかっこ悪くてよー。人にゃあ言えねーよ。」と随分な事を言っていましたがその表情は満足そうでした。そして私に「どうだ春ちゃん。勉強になっただろう?」と聞いてきましたが、お嫁さんが「駄目ですよ、お父さん。そんな事を言ちゃあ。ねえ。」とたしなめてくれました。母は母で「良いもの見せてもらったね〜。本当に良いお嫁さんだ。春ちゃんも良かったね。」と言う始末でした。お嫁さんも「春ちゃんはおっぱい見るの初めてだったかな?」と聞いてくるので私は即座に「いえ。姉のを見た事があります。」と答えると、「そうだね。お姉さんが居るもんね。」と納得した表情で微笑みました。

そのうち伯父さんは「神社に行って来ようか。」言い、母と二人で歩いて7〜8分先の神社へ行ってしまいました。
残された私とお嫁さんは伯父さんがいなくなった事に安堵して眼と眼で「良かったね。」と合図を交わしました。

何か話はないかと思った私は「母さんが、この前TVに出てたと言ってましたけど、何の番組ですか?」と知っている事を聞いてみると「あれはね、私みたいにおっぱいが出る人は珍しいって云うので出たの。見た?」と逆に聞かれてしまいました。「いいえ。見ませんでした。」と言うと「そう、良かった。あれね私が牛みたいだって言うのよ。酷いわよね〜。」と真面目な顔をするので、「そんな事ないですよ。」と答えるしかありませんでした。
「春ちゃんはおっぱい見てどうだった?」とドキッとする事をお嫁さんが聞いてきたので、答えに詰まっていると「そうだよね。お姉さんので慣れてるよね。」と自分で納得していましたが、話は続き「でも、おっぱいは飲んだ事ないでしょ?」と聞いて来るのでした。

私は「そんな事ないですよ。だって母さんのを飲んでるじゃないですか。」と真面目に答えると、お嫁さんは「そうなの。おばさんは春ちゃんは牛乳だけで育てたって言ってたけど。」と本当の事を知っている様でした。「そうかも知れない。小さいとき母さんと兄さんと三人でお風呂に入ると、兄さんはよく母さんのをしゃぶっていたけど僕は出来なかったから。」と私が子供の頃の記憶を話すと「やっぱり、飲んだ事ないんだよ。」と彼女は静かな声で言いました。そして「じゃあ、おっぱい飲んでみようか?」と今度は明るい声で冗談を言うので、私は真面目に「いえ、いえ。いいですよ。」と答えたのですが、「ううん。本当よ。さっきみたいにコップに出すから飲んでみなよ。」と今度もニコニコしながら言うのでした。

680.昔を思い出して 6 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/13(月) 12:3
赤ちゃんはグビグビと音をたてる様に5分程飲み続けていたでしょうか、急に「グッ」と声を出し咽返った様に乳首を吐き出してしまいました。それと同時に吐き出された右乳首からは母乳が飛び散り、赤ちゃんの顔の付近に掛かりましたが、お嫁さんは慌てる様子もなくタオルで赤ちゃんの顔を拭いていました。ところがその噴出は一向に収まりそうになく、少し慌てたお嫁さんは「一寸、御免なさい。」と言って私に赤ちゃんを渡そうとしました。姉の子供を抱いた事のある私は恐る恐るながらも、素早く赤ちゃんを受け取ろうとしましたが、その時右手に掛かる母乳をはっきりと感じましたし、乳房に触れないように気をつけて手を伸ばしたつもりでしたが、思いのほか下まである乳房に完全に触れてしまいました。それでもお嫁さんは気にする様子もなく私に赤ちゃんを渡すと素早く右乳房を下着の中に仕舞い込みボタンを一つだけ留めると「すみません。テーブルを汚してしまいました。」と言いながら台拭きで炬燵の天盤を拭き続けました。伯父さんは「やっぱりやったなー。おばさんに何時もの様にやらしてくれって頼みなよ。」と言うと、母は「良いよ、良いよ。大丈夫だから何時もの様にした方が良いよ。ヨソイキが濡れちゃうよ。」と答えていました。お嫁さんは「すみません、おばさん。それじゃあ失礼します。」と言うと私の方にも「御免ね。春ちゃん。」と言いながら上に着ていた長袖ニットをすっかり脱いでしまったのです。
下着一枚になったお嫁さんは「やだな〜。余り見ないでね。」と言いながらもその顔は微笑んでいました。その下着は5〜6個のボタンが前に付いていて胸からウェストの方へと続きそしてスカートの中に納められていましたが、大きく開いた襟口と脇からはその肥大した乳房がはみ出すように覗いていました。

私から赤ちゃんを受け取ったお嫁さんは右手で器用に下着のボタンを外し、最後のボタンを外すとその裾をスカートから引き出しました。炬燵を挟んで露出されたその両乳房に母は「私も若いころはお乳が大きかったけど、おっぱいは全然出なかったからね〜。惠子(長姉の名前です。)より大きいし良く出るね。」と感嘆の声を上げていました。
左の乳首を赤ちゃんの口に含ませると、右乳房から母乳が滴り落ちだしたのですが、お嫁さんは今度も落ち着いた仕草で下着に挟んであったタオルを右の乳房にあてがいまいた。赤ちゃんはやはり5分程左乳首を口に含んでいましたが満腹になったのか自然と乳首を口から出してしまいました。その乳首は確かに硬く長く伸びていました。「もう終わり?おかあさん痛い〜。」と言いながらも安堵の表情で両乳房を下着の中に仕舞い込むとゆっくりとボタンを留めていきました。

679.昔を思い出して 5 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/13(月) 2:20
私自身どうして母乳、とりわけ授乳シーンが好きなのだろうと思う時があります。授乳姿と云っても、乳首や乳房の一部分が見えるに過ぎませんし、母親が子供に乳房を含ませる時のその表情は自然美であり、その行為は生きるために必然的に生まれるもので、聖母的美学を有しています。しかしながら同時に女性のごく限られた時期に生み出されるその大きな変化、変わっていく乳房そのものを垣間見る行為は、それ以上に大きな興味の対象となり、しいては性欲へと繋がるのだと思っています。

さて、話を本題に戻しましょうか。
実は光雄さんのお嫁さんと会うまでは、母乳の事を良く知りませんでした。姉の授乳を見た時もどれ程出ているのか判りませんでしたし、搾乳の時もポタポタと滴り落ちるのが母乳で、ある意味本当なのですが、赤ちゃんが搾り出すように飲んでやっと出る物なのだろうと思っていました。ところが、光雄さんのお嫁さんの授乳姿が私に大きな衝撃を与えてくれたのです。

「あらら、そろそろおっぱいかな?」と言いながらお嫁さんは赤ちゃんを抱きあげ、そして先程留めたばかりのニットのボタンをゆっくりと外し始めました。下まで全部ボタンを外すと今度はニットの両側を大きく広げました。「左はまだ出過ぎちゃうからこっちを飲んでね。」と呟きながら右側の乳房を一度上へ持ち上げそれを下着の上に乗せるようにドンと置くと、右手でその乳首を搾りました。白い母乳が幾筋になって乳房の前に当てられた左手の中に掛かると、「うん。大丈夫そうね。」と言いながら右の乳首を赤ちゃんの口元にあてがいました。

赤ちゃんは少し嫌々をした様に乳首を口に含みましたが、「あ〜。今、パクッてやらなかったでしょう。」と私に聞こえるように呟くと、右指を数本赤ちゃんの口元にあてがい乳首を口から取り出してしまいました。そして「もう一度するから見ててね。」と言いながら私の方を向きました。彼女は私の右隣りに座っていたので、確かに右乳首は良く見えませんでしたが、こちらを向き、更に私の方に身を乗り出すようにしながら「は〜い。パクッ。」と声を掛けながら右乳首を赤ちゃんの口に近づけると、「ね。見えた。銜えたでしょ。」と嬉そうな声を上げるのでした。

678.昔を思い出して 4 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/12(日) 18:56
「反対側からも出てるみたい。」左側から取り出されたタオルは母乳でグッショリ濡れていました。
左側に置かれたコップに乳首を近づけ、押さえていた手を離すとボタボタとコップのなかに母乳が滴り落ち、そして再び右乳房がしごかれたかと思うと放射線状にコップの中に納まっていきました。結局、右側でコップ2杯を搾乳し、左側の乳房も自然に滴り出る母乳でコップが一杯になっていました。
母が「色の黒い乳首は沢山母乳が出るって云うけど本当だね。これは凄いよ。」と言うと「本当に出てよ〜。みっともねーよ。」と笑顔で伯父さんが言い返しました。
そんな言葉を気にする様子もなく、お嫁さんは微笑みながら、下着の中に両乳房を仕舞い込むと、「ごめんなさい。おばさん、タオル二枚貸してくれますか。」と言い、借りたタオルを畳みながら同じ様に下着の中に仕舞い込み両手で乳房を押さえて形を整えるとニットのボタンを上までキッチリと止めていきました。そしてそれを終えると私の方を見てニッコリ微笑みながら大きな溜息をついたのでした。

ちょうどその時、炬燵の脇で静かに寝ていた赤ちゃんが「フギャ」と愚図りだしたのです。お嫁さんは何事もなかったかの様に、両手で乳房をまさぐりながら、「あらら、そろそろおっぱいかな?」と言い母と私の方を見ながら赤ちゃんを抱きかかえました。伯父さんは「そろそろお乳だな。春ちゃん(私の呼び名です。)も見てみろよ。男の子はグイグイ飲むぞ。」と言うのですが、「え〜、そうあからさまに言われるとかえってまずいな〜。」と云う思いが私の中を横切りました。ところが、母は何も言わないし、お嫁さんは「うん。おっぱい、パックって銜えるよ。」と言ってくれるので「ウン!」と言ってその場に座りなおしてしまいました。母は「本当に良いお嫁さんだね〜。」を繰り返し繰り返し呟いていました。

(ウワッ、結構長くなったので今日はここまでにします。)

677.昔を思い出して 3 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/12(日) 18:24
布団の掛っていない掘炬燵に足を突っ込み、4人で座りながら会話は弾みました。私は「へー、そうですか。」と言うだけでしたが。
光雄さんのお嫁さんは25歳位だったと思います。結構大柄の女性で背は165p強あった様で、伯父さんは「光雄が小せーから大きい嫁さんが良いと思ってよ。」と言っていたのを思い出します。別に伯父さんが決めた訳ではないのでしょうが。本当に背も横幅もあったのですが、今で云う爆乳と云う程ではない様に見えました。顔は美人ではありませんでしたが、優しい顔立ちの隣の憧れのお姉さんと云った感じでした。赤ちゃんは男の子で六ケ月だったと思います。炬燵の脇に敷かれた布団に横になって眠る赤ちゃんを見て、「固太りで男前だ。」と母は言っていました。初秋の頃だったと覚えていますが、伯父さんは我家に来る時は決まってノーネクタイの背広姿でした。お嫁さんの上は前明きのニットで大きな飾りボタンが胸のラインをなぞる様に曲線を描いていました。下は色違いのニットスカートでした。

「おい、おばさんにお乳やるの見せてやれよ。」この言葉はパワハラ以外の何物でもないのですが、時代なのか、伯父さんの性格なのか、はたまたお嫁さんの性格なのか、まったく自然に「ええ。」と言う返事が返って来ました。それでも「まだ一寸早いかな?もう一寸待って下さいね。」と続く言葉に、私は「うーん。やっぱり駄目なのかも。」と思っていましたが、「おばさん。コップ貸してくれますか。少しお乳を搾りますから。すぐに飲ますとむせてダメなんですよ。」とお嫁さんは言いながら前のボタンを次々と外していくのでした。左隣に座る私の目線は何処を見て良いものか定まりませんでしたが、母がコップを炬燵に置く前には右半分は完全に開放され、薄ピンクのブラから乳房の谷間が見える状態になっていました。今思うとそれは授乳ブラではなく勿論普通のブラでもなく、これもまた前ボタンのソフト綿のブラの様な下着だったと思います。更にその二つのボタンを外し上に引き上げる様に取り出された乳房を見ると中にタオルが詰まっているのがわかりました。そう当時は母乳パットがなかったのです。しかも実際に目の前で見る乳房に「デッカイ!」と私が思ったと同時に母の口から同じ言葉が漏れていました。どちらかと言うと下に大きく下がった乳房に「え〜。これが25歳のおっぱい。オフクロと余り変わらないじゃん。」と思いながらも真っ黒な乳首に向かって盛り上がる様に走る青い血管と白い乳房のコントラストや母親のだらしなく垂れ下ったそれとは違う緊張感のある重く詰まった乳房に眼を剥いてしまいました。「大きいでしょ。これより垂れたらヤダな〜。」と母に言うのか私に言うのかお嫁さんの声が聞こえました。彼女はコップを下に置いたまま、少し中腰になって乳首をコップの中に入れる様に近づけてから乳首の周りをしごき出しました。
実は私が搾乳を見るのは初めてではなく姉のそれを見た事があったのです。姉はコップを斜めに傾け右手で乳首をしごくとポタポタとコップの中に母乳が滴り落ちたのを覚えています。姉は授乳の後に搾乳をしていましたが。ところが、光雄さんのお嫁さんの搾乳は真に牛状態でコップの中に音を立てて溜まっていきました。5〜6本の太い白い線となって放射される母乳とボタボタと滴り落ちる母乳は見事にコップの中に納まり、あっと云う間にそのコップは一杯になりました。「これどうするの?」と母が聞くと、伯父さんが「捨てちゃってくれよ。」と言うので私がそのコップを持って洗面所に捨てに行きました。そのコップを返すとやはり同じように前に置きながら右乳房を搾り続けたのですが、「おばさん。もう一つ貸してくれますか?」とお嫁さんは言うと、右を搾るのを止めて左の乳房も上に持ち上げる様に取り出したのです。そう伯父さんが言っていた様に両側の乳房が私の目の前に露出されたのです。

676.昔を思い出して 2 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/12(日) 14:7
伯父さんは「車を動かした方が良いかな。裏の駐車場空いてる?」と言いながら車の鍵を持って玄関に行き、鍵をお嫁さんに渡した様で代わりに孫を抱きながら戻って来ました。母は「この前TVに出てたの光雄の嫁さんだろ?良いね、母乳で育ててるんだ。」と伯父さんに聞いていました。実はその当時は母乳育児が急激に後退している時期で粉ミルクのTVCMの自主規制等もなく人口乳での育児はハイソの代名詞だったのです。「そうなんだけどよ、乳が出過ぎて片方飲ませてると反対側からぴゅーぴゅー噴き出すんだよ。だから両方の乳を出して片方をタオルで押さえながら飲ますんだよ。壊れた蛇口みてえでよ。」母は「私は余り出なかったから羨ましいよ。良い嫁さんだ。」と言っていましたが「そうじゃねえよ。昔の女は自分で乳が出るのを良い具合に加減出来てたんだよ。それにお乳は血で出来てるからよ、幾ら出ても何時までも保存できねえよ。」と母を庇うのか本当にそう思っていたのか無茶な事を言っていましたが、「それにしても兄貴の前でも母乳をやるんだね。本当に良い嫁さんじゃないか。」「別に誰の前でもやれるみてーだよ。見てー訳じゃねえけどよ。」と弾む会話を私は「母乳、母乳」と思いながら聞いていました。私の母は本当に母乳の出が悪く私を牛乳で育てたくらいですので、母乳に対する思い入れも強く、良い嫁さんの条件とは母乳で子供を育てる事と、誰の前でも授乳が出来る事だった様です。
しばらくして戻ったお嫁さんは「お父さん、ありがとうございます。」と言って赤ん坊を受け取ると、伯父さんは「おばさんにお乳やるの見せてやれよ。」と言い出したのです。
これらのそしてこれからの記憶は私が母乳好きとなった契機の一つである事は確かな事です。

675.昔を思い出して 1 返信  引用 
名前:BBR    日付:2010/9/12(日) 12:50
それは相当昔のことで、我家のTVが白黒の頃の話です。
今も昔も同様の趣旨のTV番組はあって、色々な特技を持っていたり特異な体質の人物がガウンを着て登場し、男女のチームがそれを当てると云うものだったと思います。それを私と母がなにげなく見ていたのですが、登場人物の紹介が出た途端二人の視線が画面に向きました。「赤ちゃんが産まれたら毎日牛のように母乳が出て、余る量は一升瓶で2本になると言う凄い女性。」と云う文章に、牛の絵が描かれた画面が映ったのです。母は「良く一日一升瓶に一本出てるって言うけどそれは凄いね。」と言いながら見ていたのですが、その女性が出てくると「あれ、光雄の嫁さんじゃないかね?」と言い出したのです。番組はその人物が女性陣側で母乳を少し搾って見せ、女性達からは凄い凄いと声が上がり、男性陣からは何で見れないんだと不満の声が上がると言う事で終わりました。勿論TVでは何も分りませんでしたが。その後、やはり母は「光雄の嫁さんだ、嫁さんだ。」と言って喜んでいました。光雄さんは私の従兄なのですが、年が離れているので全く記憶に有りませんでした。
そんな事があった後日、川崎の伯父さんが我家を訪れました。光雄さんは伯父さんの長男になるのですが、その日は一人で来た様でした。その時も私と母との二人だったのですが、私は逃げ出すわけにもいかず、「苦手だな〜。」と思いながら挨拶を済ませ二人の会話を聞いていました。一人で来たと思っていた伯父さんが「今日は、孫の顔を見せに来たよ。」と言うと、「こんにちは〜。」と云う女性の声が聞こえました。

674.連絡有りました。 返信  引用 
名前:まろ    日付:2010/8/26(木) 9:45
コメント観たって連絡有りました。なんかお母さん興奮しててびっくりしちゃいました。おっぱいの中に沢山溜められる゛溜まり乳゛って言うみたいですが沢山の量が長い間溜まった熟成物よなんて言ってます。松谷さんに味わって書いて貰いたいんでしょう。興奮してました(^o^)

666.一緒にサイト観て。 返信  引用 
名前:まろ    日付:2010/8/22(日) 21:37
友達のお母さんから連絡が有って行ってきました。タップリです。今日は取り寄せたっていうビキニを着てくれて興奮させられてタップリでした。帰りにはこれは多分1リットル入り?、ポットに搾って゛来週までこれ飲みなさい゛って渡してくれました。途中はお母さんとこのサイトに載せてる事を伝えてお母さんのパソコンで見ました。松谷さんの事゛小説なんて凄い方みたいね〜。このね溜まったおっぱい味見して貰って書いてもらっちゃったりね〜゛って言ってました。



673.Re: 一緒にサイト観て。
名前:松谷徳盛    日付:2010/8/24(火) 22:29
>まろ さん

お久しぶりです^^
羨ましいまでに乳臭い思い出作りをされているようですね。
爆乳母乳ママにビキニですか…犯罪ですねw

個人的にはお持ち帰りの母乳も魅力的ですがやはり乳房直飲みが一番
ですw

おっぱいを味見しながらの執筆も乙ですが、仕事にならんかもしれませんw

あ、でも画像とかならいつでも大歓迎ですよ!(爆)

672.書き込み転載のお知らせ! 返信  引用 
名前:松谷徳盛    日付:2010/8/24(火) 22:14
松谷です^^
いつもご覧いただきありがとうございます。

ここ数日、掲示板の趣旨とは違う書き込みがございましたので
勝手ながら下記の掲示板に移させて頂きました。

基本こちらの掲示板は体験談のためのものですのであしからず。m(_ _)m


↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://www2.ezbbs.net/34/matsuya_toku/

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