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アマチュアシアターのしゃべり場

アマチュアシアターのしゃべり場へようこそ!!

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75.ナヲコラム 返信  引用 
名前:りんご    日付:2007/10/25(木) 12:59
コラムご苦労様。
交代してくれてありがとう。

泣くこと・・・。
情緒不安定なときは、すぐ涙が出ます。
犬が夜中に鳴いている声を聞くだけで、寂しそうとか思ったり・・・。

そうねぇ、何かの物語りでは泣くかもね。
泣くって、本当いろいろあるよね。
嬉泣き
悲し泣き
すすり泣き
発狂したとき
とかとか。

ストレス解消でも確かにあるかも。
ちなみに涙の成分はあまり綺麗なものではないらしい。



78.Re: ナヲコラム
名前:ナヲ    日付:2007/10/26(金) 23:39
涙の成分、ちょっと調べてみたりして。
悔しい時や怒った時のはナトリウムが多くて、しょっぱい。
嬉し涙や悲しい涙は量も多くて、カリウムが多め。
そして涙の中にはなんと!
『ロイシン−エンケファリンというストレスによって生じる神経反応を緩和する脳内モルヒネの一種も含まれている』とのこと。

泣くとすっきりしたり、情緒不安定な時に涙が出るのは、
自然な生理現象なのかもしれません…。

74.ナヲコラム 返信  引用 
名前:マミコ☆    日付:2007/10/25(木) 1:12
初コラム、ご苦労様です!!

私も最近特に涙もろくなってます。
お芝居を観に行って泣かなかったことがないほど!
マンガでさえ泣きますから・・・ドラえもん(映画のほう)とかもう考えただけで涙腺が緩んじゃう。
あと動物ものはもうアウトですね〜。
人にあまり泣き顔見せたくないから我慢はしてるんだけど、感情が高ぶると最近は人前でも泣きます。

泣くこと。
私にはストレス発散のひとつの方法です。
ナヲさんみたくいろいろ妄想(笑 したりはせずに、自然と涙が出てくることが多いかも。もしかするとその時は何か思っているかもしれないけれど、もう泣き止んでしまうとあまり記憶に残ってない・・・。
ちょっと前にTVCMで広末涼子がやってるお茶のコマーシャルみたいな感じ(分かるかなぁ・・・?!)
汚い感情を排出〜みたいな♪
さすがに嗚咽をもらして泣くことはあまりないけど。
 
私は男性が泣くの好きですよ☆
女々しいのは嫌だけど、男泣きは感動しちゃう!!
でもなかなか普段見ることないから、やっぱり男性は泣くことを我慢してるんでしょうね。
確かに異性の前で泣くのって抵抗ありますもんね。。。

まぁ、涙は女の武器ですから!!
なるべくなら私もそのような事態で涙を流せるようになりたい・・・。



77.Re: ナヲコラム
名前:ナヲ    日付:2007/10/26(金) 23:28
ストレス発散、確かにそうかもしれませんね。
泣けそうな時や泣けそうなものを見て、
色々想像もとい妄想して積極的に「泣きにいってる」自分がいます。

女の武器…あんまり多用しないようにしてくださいね。
ホント、どうしていいか分からなくなるんです…。

73.ナヲコラムA 返信  引用 
名前:けいちゃん    日付:2007/10/23(火) 22:46
@から読んでね。

難しく考えることはない、一番手っ取り早いのは、身の上話をすればいいということだ。
マミコ氏の例も全体として、彼女の身の上話のようになっているんだ。無論、彼女は、「個人的なこと = 普遍的なこと」なんて考えてもいないし、
そんなこと意識して書く必要もない。自分に対して正直に誠実にしようとすればおのずとそうなるものなのではないだろうか。
ナヲのコラムに戻ると、非常に男らしい文章だと思うよ、大体男の方が評論家トークになりやすいし、自分の身の上話を公開するのなんか嫌だからね(彼女の前ではおそらく別だろうが)。
ちなみに、ぼくは、男のくせに、身の上話のするの大好きです。自己語りのひとなのだ。
でも、その身の上話を徹底して掘り下げていって、そこで発見された普遍的ことどもをもし抽象化することができるとすれば、それはそのまま哲学になるんだ。
哲学書とは、偉大なる身の上話の書なのです。そして、そこまで、身の上話を徹底させることができるのは、逆にやっぱり男の方なんじゃないかと思うんだけどね。
メンバーに哲学を要求しない、ただ自分にとってどうでもよくないこと、マミコ的にいえば、自分にとって大切なことを語ってくれればいいんだ。
そしてそういうものは、誰にとっても実は関心のあることだったり、共感できることだったりするんだと思うの。
アマチュアシアター的コラムはそういうところを狙ってゆきたい。
他のメンバーもよろしくね。
ナヲも、きょうは、ながながとコメントしちゃったけど、今後は、書かれた内容にのみコメントするから、
自分の好きなように書いてください。今回は、堪忍ね。
マミコもコラム書きたくなったらいつでも言ってね。ゲスト参加いつでもOKよ。
以上です。長々とごめんなさい。



76.Re: ナヲコラム
名前:ナヲ    日付:2007/10/26(金) 23:18
確かに…身の上話はあんまり得意じゃないかもしれませんね。
次の機会にはちょっと気にしてみます。
周りを気にせずに自分をさらけ出していた頃から、色々経験して、世渡りが上手になった分、自分のことをありのままに表に出すことを久しく忘れているのかなとも…。
勉強させてもらいます。

72.ナヲコラム@ 返信  引用 
名前:けいちゃん    日付:2007/10/23(火) 22:44
まずは、初コラムどうもありがとう。
きょうは、ちょっとアマチュアシアター的コラムについて改めて考えてみたいよ。
さて、今回のナヲのコラムだけどね、うーん、やっぱちょっと評論家トーク風なんだよね。
評論家トークというのは、自分を棚上げしてるんだよね。その語られていること自体はある意味本人にとってはどうでもいいことなんだ。
どうでもいいけど、でも一般論としては、こういえるのではないか?みたいなね。
ナヲの泣くことに対する見解は、ある意味自分の見解であって、自分の話なんだけど、ある種どうでもいい一般論なんだよね。
というのは、この泣きに対する論自体が変っても、否定されてもあまり困らないでしょう。
アマチュアシアターが求めているものは、もっと個人的なものなのかもしれない。
この間、心理療法の講義で、ロジャースという20世紀の偉大なセラピストのことを勉強したんだけど、
彼がいうには、「最も個人的なことは、もっとも普遍的なことだ」っていうのね。さてどういう意味か?
この間、惜しまれつつコラムニストを引退したマミコ氏のコラムを例にとってみたい。
6月10日の「マミコの好きなもの」だけど、サイフォン式コーヒーがお気に入りという話でした。マミコ氏がそれにはまっている話自体は、
どうでもいいし、ぼくもコーヒーの入れ方自体はどうでもいいひとなんだけど、後半から、彼女が、そのサイフォンと自分との関係に
ついて語りだしているところが、これは非常に興味深い。彼女は、サイフォン式でコーヒーを淹れている数10分の間だけ、自分の心を無に
することができるといっている。そして、生きている中での悩まされているさまざまなことから、その時だけは解放されるんだって、
そして今の自分にとっては、それはとてもとてもかけがえのない時間なんだってね。
極めて個人的な話でしょう、サイフォン淹れている間に、無の境地になれて、そのひと時が、この悩みの多い現世での非常に貴重な癒しやリフレッシュの機会なんだ、なんてこといっているのは、ひょっとしたら世界中でマミコ氏だけかもしれない。
でも、これ読んだとき、ぼくは、思ったよ、ああそういうもんだよな、ってね。
何に共感したのか、サイフォン式に共感したんじゃない、そうじゃなくて、
ぼくだけじゃなく、このひともまたこの苦悩の故郷である現世の中で、悩みと戦いながら生きていること、
そして、悩みの多い現世にあって、同時にその現世の中に癒しを求めたり、実際に慰めを見出していること、
そして、その癒しや慰めは、決して、お釈迦様やイエス様の有難いお言葉なんていうものじゃなく(無論そういう場合もあるが)、
実際には私たちが見つけるのは、日常生活の中に普通に転がっているような、そんな小さな機会の中に、見つけていることが多いんじゃないか、ということだ。
そして、マミコ氏にとってのサイファンとそれとのひと時は、彼女にとってどうでもいいことじゃない、断じてどうでもいいことじゃないんだ。
それが、伝わってくると、なんか共感するんだよね。マミコ氏のサイフォンのコラムは極めて個人的でありながら、極めて普遍的な内容を含んでいるようにぼくには思えるよ。こじつけるつもりもないが、これが「最個人的なこと = 普遍的なこと」、ということの例だ。

68.けいちゃんコラム 返信  引用 
名前:マミコ☆    日付:2007/9/28(金) 11:11
やればいいじゃん!
脚本書いてみたら?!けいちゃんワールド全開の純愛ラブストーリ。
冬ソナみたいな韓国ドラマっぽいやつとか・・・(笑

あ〜でも韓国ドラマって病気になるか、主人公死んじゃうのが多いのよね。。。



69.まみこさま
名前:けいちゃん    日付:2007/9/28(金) 12:47
まみちゃん、おかえりなさいませ。

> やればいいじゃん!
ありがとう!!
うーん、そのうち機会があればね、
ぼくは、りんごさまと違ってこういうのやりたい!!
とかいうのはこれでもどっちかというとためらわれるのだ。
いつかの小さな夢です。でもそれでもいいんだ。


70.Re: けいちゃんコラム
名前:りんご    日付:2007/9/28(金) 13:14
りんごさまです。
こんにちは。

えー!!
楽しそう!!!
やろうよ!!!!!
ラブコメディみたいだけど、純愛もの♪

誰かのために。
自分のために。大正解でしょ★
自分のためであっても、きっと出来た作品はお客さんのためだったり、
役者のためだったりになっているはず。
けいちゃんならね。

次回公演:涙あり、笑いありの純愛ストーリー
パチパチパチ。


71.りんごさま
名前:けいちゃん    日付:2007/9/28(金) 14:51
やさしいのね、
ううう(涙)

67.りんごコラム 返信  引用 
名前:マミコ☆    日付:2007/9/12(水) 18:24
『人間が最も寂しいことは、する仕事がないことである。』

良い言葉だね!なんか重みのある深い言葉。仕事することに限らず「何もしない・何も出来ない」ことって寂しいし、案外苦しいことだと思う。

私は今年社会人6年目になってやっと仕事ができるようになったなと思っています。
ほんと、やっとですよ・・・。
会社自体は大きいものだけどいまだに社員でさえ知らない人もいる、限られた人しか来ない小さな部署だからやってることは酷くて。一応、命を扱っているにも関わらず・・・。
それに対して意見も言えなかったし、私自身そこまでやる気がなかったんだよね、この仕事がしたくて入ったわけではなかったから。

でもやっぱり数年働いてみると意識が変わるというか、自分の不甲斐無さに嫌々してきて。
ここ2年くらいかな改革を起こすことに成功して少しずつ職場が改善されて『働いてる!!!』って感じるようになったのは。
さすがに、以前よりは忙しいけどやっぱり自分がやっているんだって実感できることが多くなるっていいことだと思ってます。

今や、仕事の鬼よ。。。女として悲しいことなのかもね〜。

66.働くことへの長い長いコメントA 返信  引用 
名前:けいちゃん    日付:2007/9/11(火) 14:13
→@から読んでね。

ぼくの貧しい経験だけど、ステーキ屋の仕事は、後半2年間は、システム開発の仕事と掛け持ちでやってたんだ。
システムの仕事が決まって、一旦、バイトやめたんだけど、3ヶ月位してから調理場のチーフから電話があって
土日早番だけでもいいから頼むっていわれてね。OKしちゃったよ。
そしたら土日だけじゃなく、会社あがりにも人がいない時は頼むってことになり、
調度去年の7月8月ころは、平日も1日から2日夜2時間位入ってたんだ。昼間の仕事中にも調理場から電話がかかってきて、
「山本明日夜でれるか?」なんてことはしょっちゅうだった。なにしろ人の足りない現場でね。
それをただけいちゃんがひとがいいだけ、とか、うまく利用されていると言うことはできるし、実際そうかもしれない、
でもぼくのこと必要としてくれて、力貸してくれといわれたら、力貸したいし、喜ばれるのは、バイト代とか
関係なくうれしいよ。だから掛け持ちで、2年間も続けられたんだ。お金のためじゃない、こんなぼくでも必要として
くれる、役に立てれるというのがうれしかったんだ。

システムエンジニアは、やっぱ5年はやらないとだめでしょ。ぼくもすこしずつSEみたいな仕事もさせてもらってるけど、
まだまだだよ。自信がついたら、プログラマー改めシステムエンジニアと職業欄に書きたいよ。
りんごは正社員だし、SEに育てようと会社も考えているだろうから、きっと早く本物のSEになれるんじゃないか。
5年はがんばれ。ぼくはシステムの仕事はバイトやら派遣社員やら契約社員だから、
原則的には、職場の環境からは育ててもらおうなんて期待できないからね。しかも30歳からのシステム開発だから。
それを思えばりんごの境遇はうらやましいよ(システム開発を目指すならね)。

ひとに必要とされるという話にもどれば、例えば、高齢者や近々に大量退職した団塊の世代の人たちが今後いかに生きてゆくか
ということにも大いにかかわることだよ。
彼らのように第一の職を辞したあとの自分の自己価値をどのように見出すかというのは、彼らの新しい課題なんだ。
高齢者や退職者が社会とのつながりを失うことは、大きな問題になっている。
社会とのつながりを失うことによって自己価値を見失うし、自分の居場所をも見失うんだ。さびしい老人が増え、老人性うつ病や
あげくのはては、心中や孤独死だ。
これらはきっと社会とのつながりを失ってしまったことから起きているのではないか。
社会とのつながりとはなんだろう?それはきっと、自分が社会(家族)から必要とされている実感、あるいは、
社会(家族)の役に立てるという実感、のことではないだろうか。
こういう感覚が自分の中でもてなくなってしまう時、それを「ひとりぼっちの状態」というんじゃなかろうか。
そういう風に考えると自己価値の問題は、実際に働くことを通してだけではなく、もっと人間の根本的な活動、
つまり人間関係にあってひとの役に立つこと、必要とされること、までゆきつくのではないか。
むろん、人間の根本的な活動が、ひとの役に立つこと、だというのはぼくの私見かもしれないし、他にもいろいろ意見は
あるだろうが、そういうことが、自分がこの現実世界に存在していていいんだ(自己肯定感)ということの
根拠になるような体験であることは否定できないとぼくは信じるよ。
人間は、人間の根本活動において本来の自分になる存在なのだから。

職があってもなくても、地位があってもなくても、お金があってもなくても、
人としてほこりをもって生きてゆけますように。

65.働くことへの長い長いコメント@ 返信  引用 
名前:けいちゃん    日付:2007/9/11(火) 14:12
ぼくも常日頃考えていることなので、今回は食いついてコメントしよう。

でもその前に、りんごの文章だが、うーん、あんままとまってない?!かな
つまり前半は、仕事に対する愚痴りで、後半は仕事や自分に対する自己正当化か。
だからこれでいいんだ、と自分に言い聞かせている感じ。

ぼくはね、20代は病気してて、大学も2年留年して、そのあとも、3年間引き続き闘病生活、
社会人デビューは29歳くらいのときだったんだ。
だから、いわゆる大学生がやる就活というのはやったことがない。
大学の就職部のセミナーなんてのにも出たこともないしね。
だから、仕事や職業に対し大きな夢を育むことも無かった。
仕事に対して立派な夢や理想などもってなかったよ。いまももってないんじゃないかな。
ぼくはいま、システム開発の仕事をはじめて4年半くらいたつけど、
その前は、リハビリのため、マクドナルドで1年、ステーキ屋で皿洗いのバイトを3年やったけど、
理想と現実のギャップなんて考えたことないんだ。
元々理想が無いからね。とにかく収入を少しでも得なければ、社会にでなきゃの一心でやってきただけ。
大学の就職部はきっと、答えを教えてくれると思うんだよね。りんごもそれを聞いて、夢を膨らませて、
そうあるべきだと思ってきたのかもしれない。
でもそれはひとからもらった出来上がった理想でしょ。りんご自らの理想ではないんじゃなかろうか。
夢膨らませ就活している若者たちは、頭でっかちになってしまっているのではないだろうか。
ほんとの知識や理想は、自分の体験からして、自分自らで培うものなんじゃなかろうか。
出来上がったものを拝借して、これがわたしの理想だなんてのは、すぐ崩れるよ。元々その知識自体に
体験という名の根拠がないからね。
理想と現実のギャップなんてこと、いわないでさ、これから、りんごの現実の働くことの営みの中で、
りんご自身の働くことの意味や、理想を見つけてほしい、築いてほしいよ(それがきっと「りんご哲学」になる)。
はじめに理想ありきではなくて、現実の中から真に有益な知識や理想が生まれるんじゃなかろうか。
ぼくがぼくも含めて日本の現代人が頭でっかちだと思うのは、大して、考えても体験してもいないのに
たくさん情報を与えられていて、答えを知っている、あるいは、答えを知った気になってしまっている
状況のことを言っているんだよ。
答えを提供するのは簡単なことだけど、それによって答えを見つけようとする努力をしなくなる、
また、答えに見合うだけの自分でも現実でもないのに、もうそれだけのものを自分は身につけていると思ってしまう、
そんな貧しい日本の知的現実が、日本の根本的な国力低下の一因となっていることは否めないのであーる。

ところで、福沢諭吉さんの言葉を引用していたね。
>人間が最も寂しいことは、する仕事がないことである。
ぼくは、あいにくこの言葉も知らないし、福沢さんの著作を読んだこともないだけど、
最近ぼくはね、働くことの意義について考えている中で、社会(人間関係)の中で、
「必要とされること」というのが非常に重要のように思えてるよ。
仕事する、働くとは、人々(他者)の必要に応える、ということなのかもしれないね。
そういう風に考えると、福沢さんの言葉は次のようにも読み替えられる、
>人間が最も寂しいことは、誰からも必要とされないことである。
ちなみにぼくの芝居の師匠はこう語ったことがあった、
>人生において最悪なことは、ひとりぼっちになってしまうことだろ。
どれもひととの関係をさしているね、
たとえ給料が低くても、人に役に立って、人に必要とされていることがわかっていると、
ひとは、働き甲斐を見出すことができるし、それは、きっと生きがいにまでつながってゆくのかもしれない。

63.けいちゃんコラム 返信  引用 
名前:マミコ☆    日付:2007/8/22(水) 16:50
ほんと、今の小中学生はは学校で戦争についてとか昔の日本の姿って勉強しないって言ってました。(ゆとり教育なんだかんだで時間が無いらしい・・・。)
私の場合、近くにそういった話をしてくれる人はいなかったけど、学校の教育学習の一環で戦争について調べたり、修学旅行は沖縄へ戦地巡りなんてことしてたから案外興味があって。
でも本当に今の日本はそういった方たちがいたおかげで出来てるものであって、それを知らずにいることってすごく悲しいことだと思います。
自分と同世代、もしくはもっと幼い子たちが無念にこの世を去ったこと、もっと知って欲しいし知るべき事としてきちんと伝えていきたいものです。



64.Re: けいちゃんコラム
名前:りんご    日付:2007/8/30(木) 14:56
私も同様に、戦争を語ってくれる家族がいないので、よくわからない。
映画を見たときや、Coccoのエッセイ(沖縄の話が出てくる)を読んで。
悲しい気持ちになります。

日本は、戦争をしないというの法律がありけど、本当に戦争は何も生まないと思う。
怒りや悲しみだけだと思う。


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