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117.「膵臓癌を告知され」を読んで 返信  引用 
名前:小早川 寛    日付:2008/4/5(土) 21:59
まるで自分のことのように読んでしまいました。見れば2004年8月とのこと今は2008年4月です。投稿されたご本人は現在どうされているのか、どうしても知りたいです。どうか教えてください。



118.Re: 「膵臓癌を告知され」を読んで
名前:加藤一郎    日付:2008/4/6(日) 10:46
サイトの更新が滞っており、大変心苦しいです。(苦笑)

> まるで自分のことのように読んでしまいました。
ありがとうございます。
現在、本人である私は、
定期的(4ヶ月に一度程度)に病院にて検査を続けていますが、
膵臓癌に関しては全く問題はありません。
食事は今も気を付けるようにしていますが、
「4ヶ月、4年」と養生庵の先生に言われた
後者の節目に近づいていることを感慨深く感じているところです。
今後とも、よろしくお願いいたします。

115.はじめまして 返信  引用 
名前:ちい    日付:2008/3/20(木) 22:5
はじめまして、こんばんわ。
先日、55歳になる母親が体調不良と黄疸症状を訴えた為、検査に出向きました。
胆石か肝臓かな・・・と考えていたのですが、検査をすると膵臓がんの疑いがある と診断されました。

詳しい状況は週明けになるのですが、黄疸が発生している為、非常に心配しております。

これを機会に色々と調べてみたのですが、絶望的な内容の記事が多く、希望を持てない日々を過ごしていました。

今まで病気らしい病気をしたことのなかった母なので、本人も不安でいっぱいだと思います。
浅はかな知識ですが、黄疸の症状が顕著に見れるため、もしかしたら手術すら不可能な状態かもしれません。

ですが、加藤さんの日記及びこちらの掲示板の書き込みを拝見し、少し希望がわいてきました。
詳しい結果が出るまで不安も消えず結果次第では今より絶望的な気持ちになるかもしれませんが、ほんのひとときでも希望を与えて下さった加藤さん、皆様に感謝の気持ちを申し上げたくて書き込みしました。

ありがとうございました。



116.Re: はじめまして
名前:加藤一郎    日付:2008/3/23(日) 23:7
ちいさん、こんにちは。

お母様の件、結果が出るまでさぞやご心配のことと思います。
私はズブの素人ですので、エールを贈ることしかできませんが、
良い結果が出るように祈念いたします。

お母様の場合、
黄疸というメッセージを体が発信しているのですから、
どんな結果になろうとも、とにかく何らかの養生が必要ですね。
どんな病も本質的な原因があると思います。
痛みなどが在れば対処療法も併用すべきとは思いますが、
症状を緩和したり、取り払うだけの対処療法で済まそうとせず、
体質の改善を心掛けていただければと思います。
くれぐれも冷静に、そして客観的な情報を収集してくださいね。

お母様がまっすぐ快復に向かいますよう、お祈りしております。

112.ありがとうございました。 返信  引用 
名前:キノシタ    日付:2008/3/14(金) 6:29
はじめまして。
私も加藤さんと同じ膵臓癌患者です。昨年の6月に血糖値が異常に高くなったので超音波による精密検査をしたところ、膵体部に3センチほどの影が見つかりました。ダイナミックCTでの詳細検査では膵管が大きく拡張しており、破裂の一歩手前でした。癌研で摘出手術をして現在は予防的な抗がん剤の投与を続けております。

加藤さんのホームページを印刷して、出張での新幹線社内で夢中で読みました。「手術をしない」という決断に本当に勇気のある方だと感服いたしました。「自覚症状がないのに大切な臓器を摘出する」のは経験者としても大きな決断のいることだと思います。

私の場合も異常が見つかったのその日からブログに経過を書いています。「膵臓癌は切ることができるのなら切るのが一番いい」との先入観があったので躊躇なく手術に踏み切りましたし、手術できることが幸運だったという思いをずっと抱き続けております。

加藤さんの書かれているように、膵臓癌はたとえ手術ができても5年生存率は数%という病気です。ですからこれから先自分としてどのような生き方をするべきなのか、どういった治療をすればよいのかと悶々としていたところに加藤さんのサイトに出会いました。

私のブログでも感想を書いておりますが、田口ランディの「キュア」に次のような一節があります。『こんな調子で人間の限界を見、自然の一部である人間は、自然・環境を破壊し続ける限り人の癌も増え続けると訴える。癌を生み出す生き方が、いつか地球を滅ぼすのだと。』

まったくそのとおりだと思います。癌の組織をたとえ切り取ることができても、自然を破壊するような生活を続けている限りは癌はなくならないでしょう。生きることの大本である食べ物を通じて、体と自然はつながっているのです。そのことに思いをいたさないで、新しい治療法だとかに右往左往してみてもただ単に「時間的に長く生きる」だけのことであり、本当に生きたということにはならないのだと。

加藤さんとは趣味も似通っているような気がします。私は曲を作ることはできませんが、クラシックは大好きで自分でもチェロを弾いています。プログラム作りも加藤さんほどの難しいものは無理ですが、VectorにアップすべくVBで作っているソフトがあります。

東条百合子さんの書籍も始めて知り、何冊か購入して拝読しましたが、玄米菜食主義が命の根源ですね。私は老子や良寛、徒然草、養生訓などもよく読みます。でも彼らの書いた言葉は知ってはいたが、その生き方の元、質素な生き方を本当の意味では理解していなかったのだとつくづく思い知りました。

これからの私の進むべき道がはっきりと見えてきました。加藤さんのおかげです。本当に感謝いたします。

よろしければ私のブログ「負けてたまるか! 膵臓がん闘病記」を見ていただければ幸いです。
http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/

http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/



114.Re: ありがとうございました。
名前:加藤一郎    日付:2008/3/16(日) 14:59
キノシタさま

ご記帳ありがとうございます。

「負けてたまるか! 膵臓がん闘病記」
http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/
拝読いたしました。
膵臓癌の件、手術の予後も順調のようで良かったですね。
この病を通じて逆に多くのものを学びとって行く
キノシタさんの姿勢に共感を覚えます。

‖癌の組織をたとえ切り取ることができても、
‖自然を破壊するような生活を続けている限りは癌はなくならないでしょう。

もしかしたら、癌そのものも大きな自然の発露なのかもしれません。
自然は人智をはるかに超えた、あるがままの何かであり、
私たち人類の生き様を、素直に発現するまでなのかもしれません。
人々の体の中に、癌というタイプの細胞が現れるのは、
私たち自身の生活態度や行動から、そうでなくてならないから故かもしれません。
もし私たちが癌を嫌うのであれば、私たち自身が変わらなければならないのでしょうね。
癌が悪いのではなく、癌を生み出してしまった私が悪いのです。

‖加藤さんとは趣味も似通っているような気がします。
‖私は曲を作ることはできませんが、
‖クラシックは大好きで自分でもチェロを弾いています。

チェロですか。素敵ですねぇ〜。
憧れます。
私は、自己流でピアノをほんの少しかじっている程度です。
弾くというより、叩いてます(苦笑)

‖プログラム作りも加藤さんほどの難しいものは無理ですが、
‖VectorにアップすべくVBで作っているソフトがあります。

完成したら、ぜひお知らせください。

‖これからの私の進むべき道がはっきりと見えてきました。
‖加藤さんのおかげです。本当に感謝いたします。

こちらこそ。
キノシタさんのような方とお知り合いになれて
感謝しております。
これからも、よろしくお願いいたします。

111.放射線技師 返信  引用 
名前:放射線    日付:2008/3/11(火) 0:27
私は放射線技師(CT担当)です。たまたま仕事柄「膵臓癌」をサイトで調べていたらこちらに辿り着きました。仕事柄申し訳ありませんがあのCT画像から膵臓が復帰したのは本当に凄いことだと思います。全文休まずに一気に読んでしまいました。やはり一番はご自身の前向きな姿勢が今回の快方に強く影響したのだと感じました。
しかし一つだけ言いたいことが有ります。
CT機器や病院によってCTの造影タイミングが統一されていない事です。また技術不足の放射線技師も居ます。今回は横浜市大の放射線科にも感謝して下さい。膵臓の造影タイミングは通常のダイナミック撮影と若干違うためよく膵臓の構造を理解しないとなせる技ではないのです。
生意気な事を言ってすいません。
これからのあなたの人生本当に応援しています!



113.Re: 放射線技師
名前:加藤一郎    日付:2008/3/16(日) 14:45
放射線さま

ご記帳、ありがとうございます。

‖あのCT画像から膵臓が復帰したのは本当に凄いことだと思います。
‖やはり一番はご自身の前向きな姿勢が今回の快方に強く影響したのだと感じました。

私のような素人サイトに対し、
放射線技師の方に直接コメントを頂き、
とても光栄に感じてます。

‖今回は横浜市大の放射線科にも感謝して下さい。
‖膵臓の造影タイミングは通常のダイナミック撮影と若干違うため
‖よく膵臓の構造を理解しないとなせる技ではないのです。

検査という世界にもそんなご苦労や課題があったのですね。

今回の件で、私は検査技術に対して
一種の感動と感謝を覚えておりました。
加療に関する直接的な医療の世界は、
生命という不思議なシステムを対象とするが故に、
実は根本的なところで不明な部分が多いのに対し、
検査技術は世の中の電子工学や計算機工学の進歩に伴い、
着実に進化していると感じたのです。

しかし今回の放射線さんの書き込みで、新たな気付きがありました。
この最先端の検査行為においても、
やはり人としての「匠」の技術や経験・知識が必要なのですね。
改めて、検査「装置」だけでなく、
検査「技師」の皆様にも感謝と尊敬の念を送りたいと思いました。

‖これからのあなたの人生本当に応援しています!

ありがとうございます。

1つの情報が1つの命を救う事も多いと思います。
これからも多くの悩める患者たちのために、
客観的で貴重な情報提供のほど、よろしくお願いいたします。

104.初めまして。具体的なことではありませんが。 返信  引用 
名前:Lido    日付:2008/1/27(日) 12:58
全方位的感謝を感じたいです。そう感じられないのは、ただ私の心がけの問題なのでしょうか。

夫の膵臓癌闘病中の中、主治医、食事療法の専門家、親族、友人、仕事、全方位息苦しいです。

食事療法の相談をした先生から、主治医にかかりながら相談するのは人の道に外れる、運を手放すといわれてしまいました。

派生症状で緊急入院中に主治医に継続中の治療について相談したら、入院中の患者には何もできないと拒否されました。

加藤様が闘病初期にお書きになったように、誰も一緒に闘ってくれない、自分で闘うしかない、ということではあるのです。でも、「責任もてないことはできない」という美名で自らの責任感の強さを強調する人たちに、切り捨てられてばかりという気がして切ないです。責任取らされるのが嫌だからやらない、やりたくないからやらないと言ってくれたほうがまだ楽な気がします。

別の対処とがあると分かっている場合や、そういうことの提案とセットでないと、私には「無責任なことはできないから」という言い回しで断ることはできなさそうに思われるのに。

闘病の疲労がたまっている時期というタイミングの悪さもあるのだと思います。気持ちがどうにも回復しません。
栄養のことなど勉強したり、治療の問い合わせをしたり、やりたいことが沢山あるのに、思い切って動いた出だしで手痛い反応に出会い行動するのが再び怖くなってしまいました。

全方位とより良い関係を構築された加藤様から学ぼうと、闘病記を改めて拝見し直しました。



105.Re: 初めまして。具体的なことではありませんが。
名前:加藤一郎    日付:2008/1/27(日) 14:22
Lido様

ご主人の膵臓癌の件、さぞやご苦労、ご心労の多いことでしょう。
私自身今回の体験で、疾患した自分自身よりもむしろそれをフォローする側の方に
大きな心身の負担があることを知りました。癌という暴力的で圧倒的な病の前では、
素人の介護は無力感を感じることが多いと思います。
私もズブの素人ですので、何もお助けできないことが心苦しく感じます。
ただただ、エールを送ることしかできませんが、出来るなら前向きに明るく、
そして時には楽天的に立ち向かっていただければとお祈りしています。

‖食事療法の相談をした先生から、主治医にかかりながら相談するのは人の道に外れる、
‖運を手放すといわれてしまいました。

この発言だけでコメントするのは、公平性に欠くかもしれませんが、
「人の道に外れる」とか「運を手放す」といった表現をされる方は
ちょっと信頼できない気がします。
目の前の癌患者を救う以上に優先度の高いものがあるとでも言うのでしょうか!

私は闘病の最中、数ヶ月おきにCTスキャンや血液検査をしてもらい、
自分の体の中の影がどのような状態になっているか常に把握していました。
現代の科学力は患者に負荷を与えず体内の様子がある程度把握できるのです。
これを利用しない手はありません。
食事療法だけではそのメリットを得られませんし、
そもそも自覚症状の改善という表層的な材料だけでは、
良い方向に向かっているのかどうか正確な判断ができないと思います。

私が相談した「養生庵」の先生も、
主治医に掛かり状況を科学的に把握することをして欲しいと言っておりました。
それに比べるとLidoさんがご相談されている方は、少々疑問符を打ちたくなります。

‖派生症状で緊急入院中に主治医に継続中の治療について相談したら、
‖入院中の患者には何もできないと拒否されました。

どのような状況なのか正確に理解できませんが、
「膵臓癌以外の疾患が起こり主治医の在籍する病院以外の病院に入院することになった。
 ところが、その病院に入院している限り膵臓癌の治療ができないと主治医に言われた」
と言うことでしょうか?
もしそうなら、病院を跨いだ大変な事態になってしまいましたね。
主治医への相談だけでなく、入院している病院の方にも膵臓癌を抱えていることを
強く訴えて、病院間での調整を希望された方が良さそうですね。
その調整をLidoさんご自身が抱え込むことは無いと思います。

私も、病院のセクショナリズムに閉口したことが多々ありました。
あまりに専門化され過ぎていて、まるで人間を部品の集合体のように扱っています。
本来主治医がその辺を総合的に判断して、きちんとフォローするべきだと思うのですが、
上記の発言にはその意志が全く見られないようで遺憾です。

食事療法の先生も、病院の主治医も、両方共に首を傾げたくなる対応に直面した
Lidoさんのご心痛が、痛々しいほどに伝わってきます。
まったく何ということでしょう!

もし、事態がなかなか改善しないようならば、
下手にそれらの対応に改善を迫るよりも、Lidoさんの方から見切りを付けて、
両者とも変えてしまった方が良いかもしれませんね。
いろいろご事情があり、そう簡単にいかないのかもしれませんが・・・。

ご主人のご様態がどの程度のものなのかも知らず、
的を外したコメントになっているかもしれませんが、
今の私には、この程度のことしかご助言できず心苦しく思います。

もし、この様なやり取りでも、少しでもLidoさんの励ましになれるのであれば、
今後も、お気兼ねなく書き込みをして下さい。
ご主人の快復を心からお祈りしております。
そして、今後良き支援者との出会いがあることも。


106.Re: 初めまして。具体的なことではありませんが。有難うございます。
名前:Lido    日付:2008/1/27(日) 20:17
加藤様

早速の、とても心のこもったご返信に痛み入るばかりでした。
直ぐには筆をとることができませんでしたが、本当に感謝致しております。

ご返信を拝見する直前、夫に当たってしまいました・・・。いくら加藤様が共感してくださった理不尽さに直面していたとしても、夫に当たってしまったことはそれを上回る理不尽なことだったと後悔しております。弱いもの弱いものに容易にしわ寄せがされてしまう理不尽さに、私自身も加担してしまいました。

今回の入院は、胆管にステントを入れる措置のためです。抗がん剤は、そうした外科的措置を行っていない医院でしていただいておりますため、他院への入院となりました。
抗がん剤治療の先生に対して私たちはとても感謝しているのですが、どのような誤解があったのか、去年暮れから先生からは好まれない患者に写ってしまっているようです。
私には、ブログで先生が他の患者さんや患者さんの家族と少々厳しいやり取りを行っている様子を垣間見たことによって、自分が必要以上に先生とのコミュニケーションのミスに怖がってしまっているという自覚があります。今回のことは、怖がっていた中で、やっとお伺いする時点では時間に余裕が無くなってしまったため、「こういう時どうしたら宜しいでしょう」というプレーンなお尋ねの仕方ではなく、「こういうことをしていただけないでしょうか」というお願いになり、「そんな非常識なお願いとは何事だ」とお怒りを招いてしまったのではないかと危惧いたします。悪循環ですね。先生の我々に対する先入観があるのだとしたら、この悪循環を変えるのは難しく思われ、加藤様のおっしゃる通り他の先生を求めるのも一方です。ただ、抗がん剤治療の方針に関して、今の先生以上の方はいないと思っており、我々としては先生のお人柄も個性として折り合っていたいと思うのです。でも、先生はとてもお忙しそうであり、折り合うインセンティブには乏しいでしょうし、我々のことをそれぞれの個性として寛容に見てはいただけないのかもしれません。

がん治療と個性の両立は、難しいものと実感します。治療のためという錦の旗のもとに、私自身が夫の個性を十分に尊重できず、そのことが却って治療効果を削ぐ結果になっていないかと心配になります。
夫は精神的に強く、自分の意志の力と運に自信がありました。ただ、ベストな治療を得るためには、やはり色々調べたり足を運ぶ必要があるのではないでしょうか。
最後のよりどころは、私にとっても、夫の意志の力と運に対する自信です。それを維持しながらも、よりよい治療へ、少しでも多くの成果へという”浅ましい貪欲さ”を期待してしまいます。
書いていて気づきましたが、”浅ましい貪欲さ”を期待する際でも、このままでは良くないのではという不安を煽るのではなく、もっといいものがあるかもしれないよ、という前向き思考で検討を始める方が良いですね。
加藤様のおっしゃるように、究極は、前向きに明るく、ですね。

加藤様は、”私自身今回の体験で、疾患した自分自身よりもむしろそれをフォローする側の方に大きな心身の負担があることを知りました。”と書いて下さいました。
我々の場合、心身の負担は、私よりもやはり夫の方に大きいと感じておりますが、フォローする側の難しさは、こちらの心理状況を患者に分かってもらうことを期待しにくいことにあるのではないかと思います。
あんなに自らのことは省みず、私を含め周囲に思いやりも気配りもあった夫の様変わりは悲しいです。私にはできていないのですが、そうした中でも、パートナーとして、様変わりしたことさえ本人には気づかせない気配りをしたいものだと、現実と理想のギャップに直面する日々です。


107.すいません、横から失礼します。
名前:study2007    日付:2008/1/28(月) 10:35
Lido様
申し訳ありません、たまたま私と加藤さんとのお話が収束した所だったのでLidoさんの書き込みが目に留まってしまいました。少し記帳させて頂けないでしょうか?もしもご不快な面がありましたら「ネット上の迷惑な奴」とお聞き流し頂ければと存じます。(加藤さんにも横レス失礼致します)
先ず「(癌以前に)医師との関係」について随分御心労の様子が伺えます。本当にお見舞い申し上げます。私も「末期肺癌」という事もあり医師・病院探しは多少苦労しました。世間では「医師・病院」に対しかなり大きな権威と畏怖が持たれている様ですが、私の様な病状になりますと少々の権威や学歴・経験、あるいは医師の「暖かい人間性」すら殆ど治療の役には立ちません。真に必要なのは「考え抜かれた戦術」と「効率的な行動」だと思っています。
「戦術」の立案には医療従事者の援助が役に立ちます。膵臓癌の場合ネット上の情報も少ないですが、推奨できるページとしては「やぶいぬ」http://d.hatena.ne.jp/yabuinu5/などがあります。(この加藤氏のページも推奨に値するモノと考えております)
「やぶいぬ」の中では膵臓癌の戦略立案は「治験情報抜きに判断しない」という意見も紹介されており、私もそう思います。例えば国立がんセンターで治験情報を問い合わせるという方法もあると思います。がんセンターで現在募集中の治験があるかどうかは判りませんが、専門医というのは年数回は学会や研究会に参加しているのが普通ですから、それなりに情報を持っているモノです。
また「効率的な行動」には患者の友人・家族などの協力が欠かせません。もしもご高齢でしたら断然電話がお勧めです。がんセンターや癌研有明病院、(名古屋大など?)大学病院に電話をかけ、ご主人の病状を簡潔に説明し(どの位の移動が可能か?も正直に。治療が始まると遠距離病院はやはり不便ですから、、)、「治験を希望する」あるいは「治験情報を求めている」旨を訴える。例えばジェムザール+シスプラチンの組み合わせは既に標準化されていると思いますが、それにアバスチンを組み合わせたレジメンを「治験(無料)」でやって貰えればラッキーだと思います。ただしこの例も現在では「少々時代遅れ」になりつつ有りますので、やはり最新情報は「専門医に聞く」のが一番です。
癌は看護者にも負担を強いる病気です。ムリは禁物です。ですが、「電話をする」「資料を郵送する、取り寄せる」等の作業に協力は不可欠です。ご主人の感情は判りませんが、私はそういった事務的な仕事のフォローを家族に御願いしました。逆に、こちらの感情や体調に対するフォローは必要ありませんでした。家族に「やれること」を整理、実行すればもしかすると感情的な衝突は減らせるかも知れません。また、不謹慎な例えですが、車や家を買う場合、Lidoさんは何件の会社を調べ、何人の営業マンと相談し、何カ所の銀行で融資を検討するでしょう?恐らくかなりな数の物件を検討し、最適な案を探すと思います。一般論として進行膵臓癌は命が掛かっています。せめて「車や家」程度の努力はしても良いと思います。さらに申し上げれば通常「車や家」を買う場合、誰も「営業マンに申し訳無い」などとは考えません。勿論医者であれ営業マンであれお世話になれば感謝はすべきですが過度の遠慮は必要ない様な気がします。相手が「無策」である場合は尚更です。
以上、長文・乱文失礼致しました。

http://ameblo.jp/study2007/


108.Re: 初めまして。具体的なことではありませんが。study2007様も有難うございます。
名前:Lido    日付:2008/1/28(月) 19:48
study2007様、コメントを有難うございます。感謝致します。

study2007様のブログを拝見し、また加藤様とのやり取りも再度拝見し、色々なことが分かりました。それによって私たちの件についても、問題を少し整理できました。

本人と家族の動き方が、study2007様と我々では逆の部分があります。簡単にいえば主と従。
夫は、直るという強い意志を持ちつつ、実際の行動は流れに任せる部分があります。流れに任せた場合に自分の運がとても強いと信じています。また、自分のことを後回しにしますし、周りに負担をかけることを極度に避けます。遠慮するというよりも、持って生まれたものなのでしょう。
study2007様のご闘病姿勢をブログから垣間見て、”ああ私は夫にこういうものを求めていたのだ”と思いました。私の方こそstudy2007様のお気に触ったら申し訳ないのですが、拝見した限り、ご自分で調べて考え、それを踏まえてアグレッシブに大小の努力を積み上げていらっしゃる。私は夫に、何を差し置いても自分の治療を優先して欲しい、体力の温存、治療効果の発揮、貪欲に我侭に自己中心に振舞って欲しいのです。

ご指摘いただいた治療に関する具体的な行動、これまでにやったものと大分重なります。違いは、私が走って、本人でないとという部分で夫に動いてもらうということです。次は本人のアクションをという段階で、我々の間でしばしば摩擦が生じます。

とはいえ、癌にも個性があるとの加藤様のご指摘の通り、治療にも個性があってしかるべきで、できれば本人の本来の個性を生かした方法でできればいいですね。
我々の場合、それが今は上手くいっていません。
夫のネイチャーは心底素晴らしいと思ってきました。また、多分そうしたネイチャーがプラスに働いて、色々なことを成し遂げてきたことを尊敬しています。
ただ、環境が余りにも変わった今、ネイチャーが変わらずに治療の成果をあげるのが難しく思える場面もあり、また、自分の体ことに我侭にならないのは引いては私とずっと一緒にいることを大事に思ってくれていないのかと悲しくなることもあります。
他方夫は、私が夫のネイチャーを否定しているのではないかと悲しくなっているかもしれません。

加藤様もおっしゃっていますが、癌になったということなのだから、どこかを変えないといけないのでは?でもそれが、本人にとって自分を否定されるようなものであるのはつらいでしょう。とはいえ、手ごわい相手と闘うのですから、肉を切らせて骨を切る覚悟もいるかとも。

思索の掲示板にそぐわない情緒的な話になってしまいました。が、お二方のコメント・アドバイスと思索によって、私の思いも多少整理されたのです。有難うございます。


109.Re: 初めまして。具体的なことではありませんが。
名前:加藤一郎    日付:2008/1/30(水) 20:22

本日会社のとある研修で、ラインホルト・ニーバーの素晴らしい言葉を学んだので、
Lidoさんのご主人に謹んで捧げたいと思います。

「我らに与えたまえ、
 変えるべき事を変える勇気を、
 変えられぬ事を受け入れる冷静さを。
 そして、その二つを見分ける叡知を与えたまえ」

ご参考にして頂ければ幸いです。


110.Re: 初めまして。具体的なことではありませんが。
名前:Lido    日付:2008/1/30(水) 1:39
どこかで耳にしたことがあります。
すっかり記憶の層の底に沈んでいました。

夫には変えるべきことを変える勇気、
私には変えられぬことを受け入れる冷静さ、
二人にはその二つを見分ける叡智の足りなさを許し合い補い合う思いやり、が必要です。
与えられた最後の機会だと思って、これらを獲得していく努力をしていければ。
そういう方向に私だけでも変われたら、治療にも良いはずです。
つまり、変えるべきことを変える勇気と辛抱が最も必要なのは私です。

食事療法のこと、ドクターストップがかかって少し分かりました。
ステントを入れて肝機能を現す他のデータが改善したにもかかわらず、アルブミン値の低下に歯止めがかかりません。
このままだと、すい臓癌ではなくアルブミンの低下で命をとられてしまいかねないとのことで、動物蛋白を摂るように入院先で指導されました。

体力気力が低下していて、治療の予定をなかなか相談できません。
治療のことを焦る気持ちが高まりますが、今が気力のボトムだと思って、まずは気力の充実を待つ一呼吸の余裕をもちたいです。

96.初めまして 返信  引用 
名前:study2007    日付:2008/1/24(木) 15:55
加藤様

初めまして、昨年肺癌末期を告知されましたstudy2007と申します。加藤さんの闘病記は患者の私から見ても違和感がありませんし、時々の判断の過程も非常に参考になります。診断や経過に対する評価も公平なモノであるとの印象を持っています。ですが実は1点だけ是非お聞きしたいことがあります。何卒お教え願えませんでしょうか?

それは「細胞診」の有無です。文中では「身体へのダメージ」を理由に検査拒否なされたようですが、最終的に1度も確定診断をされなかったのでしょうか?通常、どんなに癌が疑われる所見であっても(特に固形癌に対し)「細胞診による確定診断」無しに治療方針は決定しません。それに加藤さんの思考力、判断力からすれば「得られる利益の大きさ」から考えても「病気の正確な把握」という重要な段階をスキップした点がやはり不思議な気がします。この点についての詳細な思考の過程、優先順位などお教え頂ければと存じます。

このホームページは癌患者の方々にとって重要な示唆に富んでおりますが一般論として「診断を避ける」という点はマネして欲しくないと思っています。また(勿論加藤さんの責任では全然無いのですが)癌患者の世界には「玄米は薬」「肉は毒」という風潮(商売)があまりに横行しており、それが治療に障壁になるケースも散見されます。私は患者にとって最も利益のある手法、生活を追求したいと考えております。大変な失礼と受け取られてもやむを得ない質問なのですが、何卒よろしく御願い致します。

http://ameblo.jp/study2007/



97.Re: 初めまして
名前:加藤一郎    日付:2008/1/25(金) 1:24
study2007様
ご記帳、ありがとうございます。

肺癌を患っておられるとのこと、その心中お察しいたします。
サイトも拝見させて頂きました。
冷静かつ客観的な記載は、必ずや他の同胞の有益な判断材料となることでしょう。
抗癌剤1つ投与を受けるにしても、
患者側の生きた体験談を克明に印した貴サイトを読んでおくか否かでは、
立ち向かう気持ちが全く異なってくると思います。
「耐えられない痛みを10とすれば・・・」といった情報は、
治療する側の視点で書かれた学術サイトなどでは絶対に得られない
貴重な情報だと思います。

‖1点だけ是非お聞きしたいことがあります。何卒お教え願えませんでしょうか?
‖それは「細胞診」の有無です。文中では「身体へのダメージ」を理由に検査拒否
‖なされたようですが、最終的に1度も確定診断をされなかったのでしょうか?

結局、1度も生体検査を実施しませんでした。

‖「得られる利益の大きさ」から考えても
‖「病気の正確な把握」という重要な段階をスキップした点がやはり不思議な気がします。
‖この点についての詳細な思考の過程、優先順位などお教え頂ければと存じます。

思考過程というほど大袈裟なものではなくお恥ずかしいのですが、
以下のような逡巡から、最後は「直感」で拒否し続ける結果となってしまいました。
・生体検査を受けて、もし陰性であっても、医師側は「癌でない」と言い切る可能性は
 低いだろう。特に私の場合、大きな影が観測されているので尚更である。
・逆に陽性であった場合、即手術への誘導が起こり、私自身も拒否する根拠が無くなる。
・更に膵臓癌の場合、かなり長い距離のカテーテル挿入
 (大腿部付け根から動脈を通って膵臓まで)となり、
 全身麻酔レベルの検査であって、手術級リスクの存在を感じた。
・また、造影検査の為に使用したステントを残置する場合があるとの記述を
 あるサイトで見つけ、そのような異物を体内に残すことに強い抵抗があった。
 もし、結果が陰性であったら尚のことである。
・他のサイトでは、生体検査から誘発した感染症状の事例を見つけた。
 癌の確定診断をするために別の病気になってしまうとしたら耐えられない。
・生体検査による浸襲により、免疫力が一時的に低下し、それが本格的な癌への
 誘導になるおそれがあるのではないかという素人としての怯え。
 その時点で自覚症状がないため、特にそう感じた。
・そして(これは多分に語弊があるかもしれないのですが)
 本格的“手術”に対して“検査”という行為は、経験の浅い医師が
 いわば訓練も兼ねて実施する場合があるかもしれないという懐疑。
 ※私はこの行為を責めません。どんなに優秀な医師でも必ず若き日があったはずですから。

以上のような漠然とした思考の末に、拒否をし続けてしまいました。

‖一般論として「診断を避ける」という点はマネして欲しくないと思っています。

本当にそうですね。私を見てくれた医師たちも、診断させてもらえないことで、
とても困惑したのではないかと思います。お恥ずかしいです。
ただ、浸襲を伴わないCT、ダイナミックCT、MRI、PET、血液検査は
何度と無く実施させていただきました。

‖癌患者の世界には「玄米は薬」「肉は毒」という風潮(商売)があまりに
‖横行しており、それが治療に障壁になるケースも散見されます。

あまりに嘆かわしいことだと、私も心から思います。
人の命をビジネスに使うなど、人として最も蔑むべき行為だと感じています。
私は自分の実施したことを客観的に書き綴ったつもりですが、
「玄米は薬」「肉は毒」といった、迷信的かつ表出的な解釈をされてしまうと
大変遺憾ですし、もし私の雑文がそのような判断を助長してしまうようなら、
深く反省すべき事だと思いました。

「玄米は、菜食の象徴に過ぎない」と思っていましたが、
更に「菜食は、体質改善の象徴に過ぎない」のかもしれません。
振り返ってみると、私がしたことは“体質改善”の一点に尽きるのかもしれません。

そして、私が消化器系の病であったからこそ、食事療法が好奏したのであり、
呼吸器系では玄米は微力であろうと私も感じています。
癌は一種のDNA異常ですから、人の数だけパターンがあると思っています。
従って、オールマイティな処方など存在せず、個々に対応を考えていかなければならない。
癌には個性がある。
つまり、その人本人の判断が最も大切になる病なのだと思うのです。

長文失礼しました。


98.Re: 初めまして
名前:study2007    日付:2008/1/25(金) 10:33
加藤様

御回答ありがとう御座います。かなり参考になりました。
確かに、加藤様の詳細な説明により細胞検査回避の理由は「補強」はされましたが正直なところ「恐らく一般的には理解され難いだろうな」との印象は拭えません。しかしながら一方では私の体験とフィーリングを基に考えると同様の判断は充分ありえる事かもしれない、とも感じました。(私の場合、がんによる疝痛が酷く「もう、どうとでもしてくれ!!」という感じで針生検も喜んで受診しましたが、、、。)

結局この「共感」は同じ様な病気を体験しないと得られにくいのかも知れませんが、そこで閉じてしまっては、患者vs医師vs健常者の間の障壁は残ったままになってしまいます。なんとか共通の尺度、考え方等を整備することで毎日、全国の病院で起こっている不理解やすれ違いを無くせないモノか?と考えてしまいました。

仰る通り癌は百人百様ではありますが、「患者が好き勝手に想像し」判断するのは危険だと思っています。逆に医師が少ない説明と思慮に基づいて「機械的に大ざっぱに」治療を進めるのも患者満足度や効果の面で問題があり、癌ビジネスにおける「教祖」や「秘薬」がつけ込む口実を与えてしまっています。

がん登録などの手法で(加藤さんや私のケースも含め)表層的な医療情報だけでなく患者の背景も含めた「データの蓄積」を行えれば判断の糸口が得られやすくならないか?などとも考え初めています。私のブログは初心者の勝手な日記に過ぎませんが今後は癌、病院、医療、行政、統計、などのテーマを扱ってゆきたいと考えています。今後もご意見、ご批判など頂けましたら幸いです。

議論が散漫になってしまいましたが、質問により(私としては)疑問は払拭できました。ありがとう御座いました。また、もしよろしければ私のブログの「ブックマーク」に貴ホームページを登録・紹介したいと考えております。ご許可頂けましたら幸いです。今後ともよろしく御願い致します。

http://ameblo.jp/study2007/


101.Re: 初めまして
名前:加藤一郎    日付:2008/1/26(土) 23:32
‖結局この「共感」は同じ様な病気を体験しないと得られにくいのかも知れませんが、
‖そこで閉じてしまっては、患者vs医師vs健常者の間の障壁は残ったままになって
‖しまいます

study2007さんのご主張、とてもよくわかります。
混沌としていて様々なパターンがある中で、
できるだけシンプルで一貫性のある法則を見出そうとするのが
科学的思索の真髄ですので、このテーマもそこに向けて努力すべきと思います。

私が「癌には個性がある」と言い放った背景には、
「ガンの患者学研究所」を立ち上げている川竹文夫氏の思索談があります。
(ぜひ一度、サイトをご覧になればと思います。私もすべてを読み尽くしてはいません
 が、多くの示唆に富んでおります。既にご存知の場合はご容赦下さい)
川竹氏は自身、腎臓癌に犯され、医者の言うままに摘出手術をしたそうです。
手術は成功し医者はこう言いました「切除は完璧にできましたからもう大丈夫です」
その一言を聞いて彼は思ったそうです。「癌が出来たらそれを除去すれば治る。
しかし、そもそも何故自分は癌になったのだろう? その本質を治さなければ、
いつまた再び癌が出来るかもしれない。」

私が「癌には個性がある」と言ったのは「癌は自分自身である」という意味です。
癌は異常な細胞ではありますが、外部からの異物進入による感染症ではなく、
自らの細胞異常ですよね。遺伝子が正確なコピーを繰り返し、尚かつ適切なコピー
回数で抑制が働く見事な新陳代謝機構。それが何らかの要因でおかしくなり増殖を
繰り返してしまう病。(こんなことはstudy2007さんなら先刻ご承知と思いますが)

私たちの体は、骨でさえ3〜4ヶ月ですっかり入れ替わるそうです。
そして新しい細胞の材料は、私たちが日々摂取する水と空気と食物です。
私の場合、study2007さんのように疝痛に悩まされることもなく、一切の自覚症状が
なかったため、食事療法に賭けることが出来ました。

余計なお世話かもしれませんが、もし抗癌剤治療が奏功し余力が出来た暁には、
体質改善を試されるのがよろしいかと思います。
ただし、玄米菜食を進めているわけではありません。
逆説的ですが、もしtudy2007さんが日頃から菜食主義であったなら、
私は逆にもっと肉を摂れと言うでしょう。
あるいは、空気に問題があるかもしれないし、水かもしれない・・・。
(この辺に付け込んで、いかがわしい水や食物を売り込む輩がいるのが悲しいです。
 何も特別なものを摂取する必要はないし、それらは効果が無いと私は思っています。)

もしかしたら睡眠時間かもしれないし、ストレスへの対応の仕方かもしれない・・・。
(つまり、材料ではなくその処理過程、新陳代謝に問題があるのかもしれないと考えています)
とにかく、今までと違う自分にならなければいけないと考えています。
それが私が現在、信条としている「一貫性のある法則」です。
どんな食事や生活に変えなければいけないかは、
その人が今までどのような食事や生活をしてきたかに依存しますので、
一概に決められません。
それが「癌には個性がある」という言葉の意味でした。

‖もしよろしければ私のブログの「ブックマーク」に貴ホームページを登録・紹介
‖したいと考えております。ご許可頂けましたら幸いです。
‖今後ともよろしく御願い致します。

もちろん、喜んで許諾いたします。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

今回は、偉そうで断定的な文面になってしまいました。
どうか、ご容赦下さい。
そして、お体ご自愛下さい。


103.Re: 初めまして
名前:study2007    日付:2008/1/27(日) 11:39
加藤様
ブックマークの御許可ありがとう御座いました。貴ホームページは癌に関したテーマだけでは有りませんが私のブログを読んで下さる方は「癌関係者」が多いと思われる為、若干の解説(「膵臓癌告知後の検討過程」)を勝手に補足させて頂きました。問題があればご指摘下さい。
加藤さんの論理、対応方針は充分に説得力もありますし、ましてや気に障る事など一切御座いません。どうもありがとう御座いました。また折りに触れ御連絡させて頂きます。

http://ameblo.jp/study2007/

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