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思索の掲示板

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287.送信 返信  引用 
名前:弥次郎    日付:2015/12/24(木) 0:6
楽譜と音声ファイルをお送りしました。
届いているでしょうか。



288.Re: 送信
名前:加藤一郎    日付:2015/12/24(木) 22:20
ありがとうございます。
届きました!

285.本当ですか 返信  引用 
名前:弥次郎    日付:2015/12/23(水) 19:30

私もネットでこのように語り合える人に出会えるとは、
正直予想していませんでした。盲亀の浮木優曇華の花とでも言いますか。
いや、これは敵討ちの決まり文句ですが、「世の中に、金と女は敵なり。
どうぞ敵に巡り会いたし。」という戯れ句もあることですし、金と女に
ネットの友も加えてしまいましょう。変な並びですかねえ。

しかし、嬉しいですね。拙作を聴いて頂けるとは。その気になっちゃいますよ。
これを「ブタもおだてりゃ木に登る。カバも乗せりゃ空を飛ぶ。」と言います。
それじゃ、木に登って、空を飛んじゃおうかな。

Muse Score で出力した楽譜(pdf,png)と音声ファイル(wma,mp3)があるのですが、
メールに添付するのにどれがいいでしょうか。そもそもメールしても宜しいでしょうか。
 
それと、ちょっと気になっていることがあります。ここは公開掲示板ですよね。言わば万人に開かれている場所だということになります。
だからこそ、私も偶々興味のある項目を閲覧して、書き込んでみようという気になったわけです。
現在、その私がこの掲示板を占有しているかの如き状態です。これを見て、通りがかりの人や、以前の常連さんが書き込みを躊躇うなら、掲示板のために良くないし、加藤さんにも申し訳ないと思っているのですが、どうしたもんでしょうか。



286.Re: 本当ですか
名前:加藤一郎    日付:2015/12/23(水) 22:36
> Muse Score で出力した楽譜(pdf,png)と音声ファイル(wma,mp3)があるのですが、
> メールに添付するのにどれがいいでしょうか。そもそもメールしても宜しいでしょうか。
「金の斧と銀の斧、両方とも欲しい」と言っているようで恥ずかしいのですが(苦笑)、
楽譜と音声ファイルの両方が欲しいです!

可能ならば楽譜はpdfで、音声ファイルは容量に小さい方にしてもらえると助かります。
音声ファイルが欲しいのは、すぐに聴いてみたいからです。
楽譜が欲しいのは、それを元に拙作ソフトMuseに打ち込んでみたいからです。

メール添付で構いません。
私のメールアドレスは、本サイトの表紙で公開しております。
よろしくお願いします。m__m

> 現在、その私がこの掲示板を占有しているかの如き状態です。
> これを見て、通りがかりの人や、以前の常連さんが書き込みを躊躇うなら、掲示板のために良くないし、
> 加藤さんにも申し訳ないと思っているのですが、どうしたもんでしょうか。
こういったお気遣いをされる弥次郎さんのお人柄。
私の目に狂いは無かった!という気持ちです。

でも、ご心配には及びません。
この掲示板への書込みも、そもそもサイトの更新自体も、
「盲亀の浮木」状態ですので(苦笑)。

283.御講評に感謝 返信  引用 
名前:弥次郎    日付:2015/12/21(月) 23:15
 
 拙作を丁寧に読み解いていただき、恐懼感激の至りです。あれれ? 名前欄が加藤さんになってる! 老生恥ずかしながら、it知識とスキルのレベルは、森元総理(イット爺さん)とドッコイドッコイなのです。御無礼の段どうか御勘弁ください。

ところで、前信で私の説明が言葉足らずだった、「…誰が言ったの」は疑問型ではなく、反語表現だということを読み取ってくださった上に、この詞の女性のイメージまで浮かびあがらせるとは…、「うむむ、おヌシ出来るのう。ワシの負けじゃ。」 また巫山戯すぎました。ゴメンナサイ。

しかし、見事な手捌き鮮やかな手際ですねえ。私もそのような分析的頭脳を持ちたいものですが、感覚頼りで突き進むばかりなもので、到底無理でしょうね。

実は、「は」を「が」に替えたのも、その感覚に由るものなのです。この詞に旋律をつけました。曲の最後のところで、音の高さと強さが盛り上がって終わるのですが、「思い出【は】…」だとどうも具合が悪いのです。つまり、なんだか空気が漏れるような感じで、力が籠らない。これが「思い出【が】…」にすると、グッと高まります。都はるみのようにウナッちゃうと、ちょっと違いますが…。

以上が変更理由です。きっと加藤さんは「なあーんだ、つまらん。」と思われたでしょうね。



284.Re: 御講評に感謝
名前:加藤一郎    日付:2015/12/22(火) 20:59
> あれれ? 名前欄が加藤さんになってる!
> 老生恥ずかしながら、it知識とスキルのレベルは、森元総理(イット爺さん)とドッコイドッコイなのです。
> 御無礼の段どうか御勘弁ください。
いえいえ、私が返信する際、誤って管理モードで入ってしまい、
そのせいで名前が私のものに変わってしまったのかもしれません。
もしそうだとしたら、陳謝するのはこちらの方です。
いや、かなりの可能性で私のせいです。申し訳ありませんでした。
何はともあれ、訂正しておきました。m__m

> 「うむむ、おヌシ出来るのう。ワシの負けじゃ。」 また巫山戯すぎました。ゴメンナサイ。
あはははっ。
弥次郎さんって本当に愉快な方ですね。
しかも、その合間に知性が見え隠れしているのが、とっても素敵です。

> しかし、見事な手捌き鮮やかな手際ですねえ。
> 私もそのような分析的頭脳を持ちたいものですが、感覚頼りで突き進むばかりなもので、到底無理でしょうね。
もったいないお言葉、ありがとうございます。
でも、感覚や感性も、とっても大切で貴重なものだと思います。
私には、弥次郎さんのように詩や曲を創ることができません。
そこに感覚や感性の差が表れている気がいたします。

もし可能なら、今回の楽曲、ぜひ聴いてみたいです!
何度も詩を読み返したので、かなり愛着が涌いてしまいました(笑)。

> 「思い出【は】…」だとどうも具合が悪いのです。
> つまり、なんだか空気が漏れるような感じで、力が籠らない。
なるほど、そういう理由があったのですね。
プロの作詞家は、「歌いやすさ」ということも念頭に入れながら
細心の注意を払って言葉を選んでいくと聞いたことがあります。
まさに、それを体現されているのですね。

> 以上が変更理由です。きっと加藤さんは「なあーんだ、つまらん。」と思われたでしょうね。
とんでもございません。とても刺激的な内容でした。

そして今回、弥次郎さんとこうしてやり取りをさせて頂けたことで、
更に自分の脳細胞のシナプス結合が強靭になったことを感じます。
心から、お礼申し上げます。

さらに加えさせてもらうと、ネット上ではありますが、
弥次郎さんと出会えたことが最大の収穫の様な気がいたします。
これからも、よろしくお願い致します。

281.再び「は」と「が」について 返信  引用 
名前:弥次郎    日付:2015/12/22(火) 20:8
拝復、早速の御返信ありがとうございます。
ふむ、《定義と説明》・《限定と断定》の境界ですか…。
そこまで厳密に考えてなかった。しばし黙考(これを一般的に「下手の考え休むに似たり」と言います) 
そうだ! 「は」は、一般的な性質・状態を表し、「が」は、……。(確かに休んでます。加藤さんのツッコミ待ち)ちょっと文体を変えてみました。おチャラケ過ぎでしたら、どうかご容赦を。

 ご提案いただいた指針@が、正に我が詞とタイトルの意味するところです。
『世間では、「思い出は美しい」ことになっているみたいだけど、私のはそうじゃなかった。』 この場合、「誰が」というのは疑問詞ではなく、「世間一般の通念」を指し、「私」の抱く個別の想いとの差異を強調したものです。

その詞を載せてみます。
「思い出が美しいなんて誰が言ったの」

 思い出が美しいなんて誰が言ったの
 私が悔むのは 失くした過去の夢
 思い出が美しいなんて誰が言ったの
 私が望むのは 未来へ続く道
 けれど今 私の手の上には 砕けたステンドグラス
 ひとかけらの 砕けたステンドグラス

 思い出が美しいなんて誰が言ったの
 私が目指すのは 遙かに遠い山
 思い出が美しいなんて誰が言ったの
 私が望むのは 冷たく澄んだ空
 けれど今 私の目の前には 疲れた黄昏の街
 霧に烟る 疲れた黄昏の街

 汚れっちまった哀しみに そう詠った人は
 無垢な心の日々を 何時喪くしたんだろう
 ホラホラこれが僕の骨 そう詠った人は
 どんな失意の街を その眼で観たんだろう
 この世の定めは 分かっているわ 
 そうよね 失くした過去の夢は 
 もう還ってこない もう還ってこない
 思い出が美しいなんて誰が言ったの
 思い出が美しいなんて誰が言ったの

では、なぜ「は」を「が」に替えたのか…は、お許しがでたら書きたいと思います。
掲示板汚し失礼しました。
 



282.Re: 再び「は」と「が」について
名前:加藤一郎    日付:2015/12/20(日) 0:44
弥次郎さま

私の理屈っぽい、そして色気も何もない(苦笑)返信にお付き合い頂き、
ありがとうございます!

> その詞を載せてみます。
> 「思い出が美しいなんて誰が言ったの」

歌詞の掲載に感激しております。
情感溢れるとても素敵な文体ですね。

結果として(今の所かもしれませんが)、「が」を選ばれているのですね。
この歌詞を読んで、実は私も「が」の方が良いなぁ〜、と感じました。
で、自分が何故そう感じるのか考察してみました。

1つの可能性ですが、ここに出てくる「思い出」は普通名詞ではなく、
「(私の)思い出」という固有名詞に近いニュアンスだからではないかと思いました。

試みに「私の」を付けた状態で、「は」にしてみると、
「私の思い出(は)美しい」となって、なんだか女王様みたいですよね。
凄く断定的です。あれっ?断定は「が」だったっけ?(笑)

対して「私の思い出(が)美しい」という文から伝わるものは、
まさに弥次郎さんが書かれた
> 「私」の抱く個別の想い
を感じさせて、なんだか、切なくて胸がキュンとなる感じがします。
「そりゃあ、美しい思い出を持つ人もいるでしょう。でも私のは違うの・・・」
とうつくむ女性を彷彿とさせます。

ちなみに我田引水のようでお恥ずかしいのですが、
「主述確定の原則」で読み解いてみると・・・
--------------------------------------------------------------------------------
(が)の場合
  「私の思い出」「あなたの思い出」「彼の思い出」
   といろいろあるけれども、「私の思い出」を詩のテーマとして選択・強調している。

(は)の場合
  「美しい」「汚い」「輝いた」「くすんだ」
   といろいろあるけれども、「美しい」を詩のテーマとして選択・強調している。
--------------------------------------------------------------------------------
という解釈です。
今回の詩では、(が)の方が相応しいと、
私には思えますが如何でしょうか。

> では、なぜ「は」を「が」に替えたのか…は、お許しがでたら書きたいと思います。
大歓迎でございます。
ぜひ、拝読したいです。

279.「は」と「が」について私も一言 返信  引用 
名前:弥次郎    日付:2015/12/15(火) 6:40

はじめまして。興味深い項目を眼にし、引き込まれて拝読しました。
失礼ながら、愚見を書き込んでみます。
自作のフレーズ「思い出が美しいなんて誰が言ったの」に於いて、「は」と「が」のどちらを用いるべきか、大いに迷った経緯についてです。

初めは「思い出は美しいなんて誰が言ったの」でした。
(小生、文法知識皆無、論理的思考力僅少なので、以下は感覚的言表に過ぎないことを、お断りしておきます)

さて、主格を示す「は」は、主語を定義づけ、若しくは説明するものと考えます。「思い出」(というもの)「は」「美しい」(ものである)というふうに。
次に、同じく主格を示す「が」は、主語を限定、或いは断定するものではないでしょうか。(この)「思い出」(こそ)「が」「美しい」(のだ) こんな感じです。

実は、このフレーズは、自作曲のタイトル及び曲の終わりを締める文句なのですが、未だに迷っているところなのです。なんだか加藤さんの考察の劣化版なぞりのようですね。乱文御無礼。



280.Re: 「は」と「が」について私も一言
名前:加藤一郎    日付:2015/12/17(木) 0:14
弥次郎 さま

ご記帳、ありがとうございます。

> なんだか加藤さんの考察の劣化版なぞりのようですね。
とんでも御座いません。
私もズブの素人で、ただ単に思索するのを楽しんでいるだけですので、ご遠慮無用です。

> 初めは「思い出は美しいなんて誰が言ったの」でした。
> (小生、文法知識皆無、論理的思考力僅少なので、以下は感覚的言表に過ぎないことを、お断りしておきます)
あはははっ(笑)。
「論理的思考力僅少」と自称されている方で、
本当にそうである方にあった験しがありません(笑)。

それはさておき、
> さて、主格を示す「は」は、主語を定義づけ、若しくは説明するものと考えます。
> 「思い出」(というもの)「は」「美しい」(ものである)というふうに。
> 次に、同じく主格を示す「が」は、主語を限定、或いは断定するものではないでしょうか。
>(この)「思い出」(こそ)「が」「美しい」(のだ) こんな感じです。

とても解りやすい「は」と「が」の解釈ですね。
私の原則よりも、何倍もすっきりしているかもしれません。
「は」は、主語を述語で“定義/説明”する。
「が」は、主語を述語で“限定/断定”する。
という訳ですね。

・・・う〜ん。
しかし、これを今書いていてふと思ったのですが、
私たちが新しい用語を学んだり、逆に教えたりする時、
結局、既知の事実を使って限定したり断定したりしながら、
新しい用語を理解したり、定義しているような気がします。
つまり今度は、“定義や説明”と“限定や断定”の境界がわからなくなってしまった(苦笑)。

> 実は、このフレーズは、自作曲のタイトル及び曲の終わりを締める文句なのですが、未だに迷っているところなのです。
まったく論理的でなくて申し訳ないのですが、このフレーズを決定する指針として
少々極端に表現してしまいますが、こんなのはどうでしょうか。

「思い出は美しいなんて誰が言ったの」というフレーズの内なる独白が、

@「『思い出は美しいのであって、醜いわけではない』って誰か言っているけど、やっぱり醜いじゃない!」
  というニュアンスであれば“は”。

A「『美しいのは思い出であって、他は醜い』って誰か言っているけど、やっぱり他も美しいじゃない!」
  というニュアンスであれば“が”。

276.日本語の「は」 返信  引用 
名前:るう    日付:2015/6/20(土) 0:22
ご無沙汰してます。
気づいたら思索の散歩道が更新されていましたので、耳よりな情報を。

実は日本語の「は」というのは、「主語」ではなく「主題」を提示する助詞であるそうです。
言い方を変えれば、「○○は」という時は、文脈を「○○」の範囲に切り取る事であるとも言えるかもしれません。
これは、加藤さんの仰る「は」と「が」の非対称性のヒントになりそうです。
私が思うに、こういう事なのです:

・「が」の前に来る言葉は主語なので、その後と属性まで含めて一致しなければなりません。
そうでない場合、常にどちらかに省略が含まれます。

・「は」の前に来る言葉は主題なので、その後の属性とは関係する必要はありません。
例えば、「私は医者です」といった時、厳密に言えば確かに「私の職業は医者です」の省略形ではあるものの、
この場合の「職業」は文脈の復唱でしかなく、本質的には不要なのです。

……このような分析はいかがでしょうか?



278.Re: 日本語の「は」
名前:加藤一郎    日付:2015/12/6(日) 17:31
るうさん、返信が遅れて申し訳ありませんでした(半年も!尋常じゃないですね)m__m

> 実は日本語の「は」というのは、「主語」ではなく「主題」を提示する助詞であるそうです。
なるほどぉ〜。
単純でスマートな説明ですね。

でも、私の様な専門外の者からすると、
「が」と「は」を、「主語」と「主題」に言い換えただけで、
ならば、「主語」と「主題」の違いを教えてくれっ!
って感じです(笑)。

> ・「が」の前に来る言葉は主語なので、その後と属性まで含めて一致しなければなりません。
う〜ん。
「この中の誰が医者なんだ!」
「私が医者です。」
は、属性が一致していないけど・・・。

273.が と を 返信  引用 
名前:私です    日付:2015/6/9(火) 0:12
初めまして。いろいろ興味深く読ませていただきました。
私はある外国の方から尋ねられました。例えば
>ますます日本語が好きになりました。
の場合、日本語を・・といわないのでしょうか・・と。
私が中学生の時に「私は花を好きです」といわなければならないとおっしゃった先生がいらっしゃって、どうしたものかと悩みました。
私の頭では整理できません。この場合も法則があるのでしょうか。



274.Re: が と を
名前:加藤一郎    日付:2015/6/12(金) 20:8
(脳細胞に)刺激的な書き込み、ありがとうございます!

確かに、「私は日本語が好きになりました」という文は、
主語が『私は』なのか『日本語が』なのか、はっきりしないぞぉ〜!
という感じですね。

正しくは、『私は』が主語で、『日本語が』は目的語なのだと思います。
それ故に

> 私が中学生の時に「私は花を好きです」といわなければならないとおっしゃった先生がいらっしゃって、

となるのだと思います。目的語だから『を』ということなのでしょう。

しかし、日常会話では、
「私は日本語“が”好きになりました」という文をごく自然に使いますし、
「私は日本語“を”好きになりました」という文とは微妙にニュアンスが異なる気がします。

これは仮説なのですが、
“を”という助詞は「主述確定の原則」にあたるニュアンスが含まれない、
極めてニュートラルな助詞なのではないかと思います。
「私は日本語を好きになりました」という文は、ちょっと醒めた感じがしませんか?(笑)

そこで、
「ドイツ語でも、英語でも、フランス語でもない、日本語なんだ!」という、
対象を確定する一種の強調ニュアンスを込めたい場合に、
本来主語に付くべき助詞である“は”とか“が”の「主述確定の原則」を利用し、
そのニュアンスを伝えるようになったのではないかと考えました。

たった1字の差替えで、この微妙なニュアンスを表現できるなんて!
・・・私は“日本語こそが”好きなんだと思います。


275.Re: が と を
名前:私です    日付:2015/6/14(日) 23:4
御高察をありがとうございます。
ふと思いついてしまったのですが
「私は花を植える」のように動詞の目的語の場合
「私は花が植える」とは言いませんね。
ただし
「植えたい」とすると
「花が」もあり得ますね。限定の「が」として
なんだか素晴らしいですね。


277.Re: が と を
名前:加藤一郎    日付:2015/6/20(土) 13:52
素晴らしい文例!
ありがとうございます。

もしかしたら、
「私は花が植えたい」
という文の目的語は「花が」ではなく
「花が植えたい」という文全体なのかもしれませんね。

読点を打って、
「私は、花が植えたい」
と書くと、その関係がより鮮明に見えてくる気がします。

270.感激しました 返信  引用 
名前:モリタジュンコ    日付:2015/3/1(日) 12:46
訪問看護師です。
約1月前に背部痛で、膵臓癌末期といきなり宣告された60歳の患者さんの仕事がはじまりました。
たくさんの方をみていますが、この方の経緯があまりにも早急すぎて本人も受け入れられず、今は今日明日の命とも言われているのを見て、このページにたどり着きました。本当に、自分の力を信じて奇跡をおこされたようで、しばらく、手がとまりました。
手術をしていたらと思うとぞっとしますね。どれだけの方が医療者の言われるままにくるしんでいるか、、、
何がいいのか誰にもわかりませんが、自分の命とここまで向き合い、努力し、今命の尊さを誰よりも感じている人生。見習いたいし、応援したくメールしました。
ありがとうございました。



271.Re: 感激しました
名前:加藤一郎    日付:2015/3/15(日) 22:34
モリタジュンコさま

ご記帳、ありがとうございます。

この病に冒されますと、本人は当然ですが、その周りのご家族や支援者にも、
精神的な負担が大きいということを身に染みて存じております。
モリタさんも、看護師として張りつめた思いでご対応されていることでしょう。

> 応援したくメールしました。
ありがとうございます!
私は、こうした皆様の応援で「生かされた」と心から思っています。
自分も少しでも恩返しが出来れば幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。


272.Re: 感激しました
名前:Luanne    日付:2015/4/16(木) 0:12
非常翔实的文章。Luanne

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