[ ホームページ ] [ 携帯用URL ]
談話室

[ EZBBS.NET | 新規作成 | ランキング | オプション ]
iモード&(絵文字)、au対応!ケータイからも返信できる無料掲示板!
名前
 E-mail 
題名
内容
投稿KEY    タグ有効 改行有効 等幅フォント
URL



5969.神戸、京都、堺の旅 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/6/7(金) 22:47
北海道利尻礼文の旅が終わって4日後の6月2日から4日間、関西を旅しました。京都では金戒光明寺、堺の与謝野晶子、利休の記念館、家康の墓とい言い伝えのある南宗寺、そして世界遺産となった百舌鳥古墳群にぜひ行きたかったのです。

5966.北海道へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/5/30(木) 12:10
道北、礼文利尻島へ花散策の旅へ行って来ました。写真館にアップしたいと思っています。



5967.Re: 北海道へ
名前:五十嵐    日付:2019/5/31(金) 8:5
写真を 一部 アップしました


5968.Re: 北海道へ
名前:M G    日付:2019/5/31(金) 8:9
海上に浮かび上がる利尻山 花を訪ねる人の列‥いいですね 五十風さんの久しぶりの遠征 
写真の続きを楽しみに待っています

5965.国境の島、、対馬へ その3 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/5/8(水) 12:1
対馬へ 3泊4日の旅  その3

第4日目(平成最後の日、4月30日) 我々よそ者組4人は地元のお二人にまる3日も付き合って家族サービスもできないのでは気の毒だ、すでに今回の旅の主目的の洲藻白嶽、城山は登頂し終わっており原始の森、龍良山登山も行けたので大満足だったが地元の西さんたちお二人にとっては予定を繰り上げて朝の船で帰られては十分なおもてなしができなかったと考えられたようだ。西さんは天気予報を調べて今日は曇りから晴れになるので急遽ある提案で我々を引き留めようとされたのだ。それは前日の飛行機の欠航でシーカヤック教室に欠員があるのでぜひ参加してほしいということだった。もちろん断る理由はないので4人で相談の上、即決で参加を決定した。実は私はシーカヤックには前々から乗ってみたかったのだが未経験で乗れるのかなーとの不安があったし妻は泳げないのでさらに不安があったが西さんは自分が横についているから大丈夫と太鼓判を押してくれるのでそれに甘えて参加を決めた次第。千穂ちゃんは日本トレッキング100の撮影で1度だけ乗ったことがあるというがご主人は未経験という。とにかく現地で15分ほどガイドさんからレクチャーを受けて参加者8人が4艇の二人乗りカヤックに乗り込む。二人のガイドと西さんの3人の先導で浅茅湾リアス満喫3時間コースに漕ぎ出した。カヤックは思ったよりスムーズに動きかつ安定している。昨日登った城山の真下にある小さな入り江の畑の跡地に上陸して休憩、キリやアブラギリの花が見ごろだった。今度は浅茅湾の出口に近い無人島に上陸してティータイム、紅茶とカスマキ(あんこをカステラでくるんだ対馬の名物)をいただく。平成最後の日の記念撮影や城山の全容を無人島の浜辺から眺める。帰りは参加者もカッヤックの扱いにも慣れてきて出発地に戻るのが惜しくて遠回りしながら帰ってくる人もいる。我々以外は全員若い女性でほとんどの人が今回初めてのカヤックだったようだ。
 お昼を終えて地元のお二人の勤務先の観光情報館ふれあい処つしまへ戻りここから歩いて清水山(210m)を目指す。この山には豊臣秀吉が朝鮮出兵の際、名護屋城と朝鮮半島の中継地として築いた清水山城があり三の丸、二の丸、一の丸(山頂)の遺構が残っていて高度を上げながら次第に展望が大きくなっていく。山下さんは事務者の当番で来れないが西さんのご家族4人も参加され一緒に歩いた。なかなかアウトドアー好きの素敵な家族のようでほほえましい限り。
 2時半ころ下山して事務所に戻り帰り支度。お土産を買い、また地元組からもお土産をいただき港へ。フェリーが岸壁をはなれ姿が見えなくなるまで西さんは大きく手を振って見送ってくれた。
 小林夫婦を我が家に泊め翌日令和初日に宝満山に登った二人を山の図書館で出迎えて館長の重藤さんに紹介した。大宰府政庁跡へ行く道は大渋滞だったので遠回りで空港へ、出来たら坂本八幡宮まで連れて行きたかったがこの渋滞じゃどうにもならん。

5962.国境の島、対馬へその2 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/5/5(日) 17:51
対馬へ 3泊4日の旅  その2


第3日目(4月29日) 予報通り雨、ただ大雨ではないのが救いだが飛行機は欠航とのこと。案内役の西さんはこの雨の中どこに連れて行こうかと悩んでいるようだが部下の山下嬢によると西さんには雨の日にぜひとも連れて行きたい山があるという。やはり山下さんの予想どおりそれは龍良山(たてらやま 558m)だった。天道信仰の聖地であるため伐採を免れた照葉樹原始林の中を中腹まで巨樹を訪ねて歩こうという計画だ。傘をさして原始の森に入る。雨で洗われた新緑、幻想的な霧に包まれた原始の森、感動の連続だった。イスノキ、カゴノキ、スダジイの開けた森だが自然を守るため倒木はそのまま放置されはっきりした道は開かれておらず迷いやすい道が続く。しかし気分がいい散策道が続く。時々地面に板根を拡げたスダジイなどの巨樹が現れ驚きの喚声が上がる。千穂ちゃんは木のうろに体を入れたり中から顔をのぞかせたりと子熊のようにいきいきと原始の森を楽しんでいる。30分ほどで出発地点の龍良山麓自然公園センターの駐車場に戻る予定だったが1時間半ほど雨の森を楽しんだ。このセンターにはツシマヤマネコを自然に帰すための施設がありすでにヤマネコはここに来ているとのことだったが公開はされていないという。
 今度は観光の旅、西側にある小茂田(こもだ)にむかう。ここは600年前の元寇の役の際、この浜に上陸した1000人の元軍に対しわずか80騎で戦った古戦場跡で浜辺にある小茂田浜時神社では11月に慰霊のお祭りがあり遠くから子孫の人たちが参加されるという。
 近くの対州そば食堂で昼食を終えて対馬の中心街厳原へ戻り金石城跡の背後にある万松院へ。この寺は藩主宗家の菩提寺で毛利家、前田家とともに日本三大墓地の一つ、対馬で一番の観光地かもしれない。ただ観光地として訪れるではなくたまには歴史書を読んで韓国との貿易、外交での深いつながりと国内の権力者徳川幕府の間で苦しんだ宗家の国書偽造事件などの知識があるといっそうこの宗家墓地の認識が深まるだろう。私は来る前に「街道をゆく壱岐・対馬の道(司馬遼太郎)」をざっと読んできた。
 予定の山にはすでに登ったので明日一番のフェリーで帰ろうかと小林夫婦と相談しているところを聞いていた西さんから「お天気は回復基調だから午後3時25分のフェリーしたらどうですか」という提案がありその案に従って予定通り午後のフェリーで帰ることにした。昨日に続いて東横インに宿泊。雨だったが今日も楽しかった。
 



5963.Re: 国境の島、対馬へその2
名前:M G    日付:2019/5/6(月) 9:13
千穂さん達とめぐる対馬の旅 写真館で懐かしい白嶽山頂を
思い出しながら読んでいます 


5964.Re: 国境の島、対馬へその2
名前:五十嵐    日付:2019/5/7(火) 17:0
小林ちゃん、突然有名になりましたもんねー。

5961.国境の島、対馬へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/5/4(土) 13:3
対馬へ 3泊4日の旅

昨年来「ぜひとも対馬へ」と著名女性登山家小林千穂ちゃんを誘っていたが10連休の初日の4月27日から「夫婦連れで連れてけ」との命令。3泊4日(1日は船中泊)で対馬の山歩きと観光の旅へ出かける。対馬の主、西護さん(対馬観光物産協会事務局長で長崎県の山の執筆者)に助けを求め、すべての日程は西さんに計画してもらった。それどころか全日程に同行して運転手、山案内、歴史解説、シーカヤック指導まで協力いただいたおかげで大変楽しい旅となった。私は5回目の対馬。初めての妻も参加、小林夫婦も初めての対馬だ
第1日、第2日目 初日は0時5分発のフェリーに乗り込んで寝るだけ。早朝4時50分に対馬の玄関厳原に到着したが7時までは船内で過ごせるので便利だ。7時には西さんが港で待機していて朝食、昼食を買い込んで対馬の旅へ出発。最初に行ったのは上見坂展望所・堡塁跡見学で浅茅湾のリアス式海岸の大展望と砲台散策をしてここで朝食をすます。砲台見学中にツシマテンに遭遇、僥倖だ。
次に今回の旅の目玉の洲藻白嶽(すもしらたけ、518m)に向かう。明日29日は大雨の予報が出ているので次の山、城山(じょうやま)へも今日中に登る計画だ。白嶽登山口にはすでに3台の車が駐車しており何とか空きスペースに駐車して出発。鳥居から上は原始の森で急坂が続く。山頂直下の岩の基部まで来ると期待していたタンナチョウセンヤマツツジが見ごろで出迎えてくれた。いよいよ岩峰に取りつく。風が強く大変寒い。このコースは西さんが日本トレッキング100で男性の俳優さんをお連れした山なのでテレビで見られた方もおられるかもしれない。風と寒さと老化か重なってで以前のようにするするとは登れず慎重に、かつ、おずおずと山頂に立つ。5人全員登れたが女登山家の千穂ちゃんが一番こわごわと登ってみんなに冷やかされていた。千穂ちゃん曰く「私、高所恐怖症なんですよねー」と。西さんが「朝鮮半島が見えてますよー」と教えてくれたが実際のところよく分からなかった。
白嶽を下山して城山(276m)へ向かう。明日は大雨の予報なので今日中に城山にも登っておこうというわけだ。この山には7世紀後半に造られた金田城(国の特別史跡、続日本100名城)がありまた20世紀初頭に造られた城山砲台跡がほぼ同じ山頂部に残っている興味深い山なのだ。明治時代に造られた軍道と呼ばれる牛馬による物資運搬の幅2mほどの道を緩やかに登る。眼下に池のような黒瀬湾が見えてくると万葉時代に防人が造った石塁が望まれる。砲台跡まで来ると浅茅湾が望まれるがさらに5分ほど登るとさらに大きな展望がひろがる山頂に立つ。眼下に小島な浮かぶ浅茅湾を眺めていると西さんが「朝鮮半島が見えてますよ」と教えてくれる。白嶽でも教えてもらったが今回ははっきりと自分の目で朝鮮半島を確認できた。西さんも城山から参加した山下さん(西さんの部下の女性)もこの城山から朝鮮半島を見たのは初めてという。北対馬なら朝鮮半島まで50キロくらいだろうが南対馬の城山から見えるのは奇跡的だという。小林夫婦、わが夫婦ともになんという幸運に恵まれたのだろう。対馬へ 3泊4日の旅

昨年来「ぜひとも対馬へ」と著名女性登山家小林千穂ちゃんを誘っていたが10連休の初日の4月27日から「夫婦連れで連れてけ」との命令。3泊4日(1日は船中泊)で対馬の山歩きと観光の旅へ出かける。対馬の主、西護さん(対馬観光物産協会事務局長で長崎県の山の執筆者)に助けを求め、すべての日程は西さんに計画してもらった。それどころか全日程に同行して運転手、山案内、歴史解説、シーカヤック指導まで協力いただいたおかげで大変楽しい旅となった。私は5回目の対馬。初めての妻も参加、小林夫婦も初めての対馬だ
第1日、第2日目 初日は0時5分発のフェリーに乗り込んで寝るだけ。早朝4時50分に対馬の玄関厳原に到着したが7時までは船内で過ごせるので便利だ。7時には西さんが港で待機していて朝食、昼食を買い込んで対馬の旅へ出発。最初に行ったのは上見坂展望所・堡塁跡見学で浅茅湾のリアス式海岸の大展望と砲台散策をしてここで朝食をすます。砲台見学中にツシマテンに遭遇、僥倖だ。
次に今回の旅の目玉の洲藻白嶽(すもしらたけ、518m)に向かう。明日29日は大雨の予報が出ているので次の山、城山(じょうやま)へも今日中に登る計画だ。白嶽登山口にはすでに3台の車が駐車しており何とか空きスペースに駐車して出発。鳥居から上は原始の森で急坂が続く。山頂直下の岩の基部まで来ると期待していたタンナチョウセンヤマツツジが見ごろで出迎えてくれた。いよいよ岩峰に取りつく。風が強く大変寒い。このコースは西さんが日本トレッキング100で男性の俳優さんをお連れした山なのでテレビで見られた方もおられるかもしれない。風と寒さと老化か重なってで以前のようにするするとは登れず慎重に、かつ、おずおずと山頂に立つ。5人全員登れたが女登山家の千穂ちゃんが一番こわごわと登ってみんなに冷やかされていた。千穂ちゃん曰く「私、高所恐怖症なんですよねー」と。西さんが「朝鮮半島が見えてますよー」と教えてくれたが実際のところよく分からなかった。
白嶽を下山して城山(276m)へ向かう。明日は大雨の予報なので今日中に城山にも登っておこうというわけだ。この山には7世紀後半に造られた金田城(国の特別史跡、続日本100名城)がありまた20世紀初頭に造られた城山砲台跡がほぼ同じ山頂部に残っている興味深い山なのだ。明治時代に造られた軍道と呼ばれる牛馬による物資運搬の幅2mほどの道を緩やかに登る。眼下に池のような黒瀬湾が見えてくると万葉時代に防人が造った石塁が望まれる。砲台跡まで来ると浅茅湾が望まれるがさらに5分ほど登るとさらに大きな展望がひろがる山頂に立つ。眼下に小島な浮かぶ浅茅湾を眺めていると西さんが「朝鮮半島が見えてますよ」と教えてくれる。白嶽でも教えてもらったが今回ははっきりと自分の目で朝鮮半島を確認できた。西さんも城山から参加した山下さん(西さんの部下の女性)もこの城山から朝鮮半島を見たのは初めてという。北対馬なら朝鮮半島まで50キロくらいだろうが南対馬の城山から見えるのは奇跡的だという。小林夫婦、わが夫婦ともになんという幸運に恵まれたのだろう。

5958.対馬へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/4/27(土) 9:59
今日の深夜便(28日0時5分)で対馬へ。雨が心配です。



5960.Re: 対馬へ
名前:五十嵐    日付:2019/4/27(土) 12:1
小林千穂夫妻の同行です。

5954.南伊予・ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/4/19(金) 8:42
「南伊予・西土佐の道」の旅その3


第4日目(最終日) 昨日、予定より早く高知市内まで行けたので妻にとっては初めての高知市の名所、夜のはりまや橋とひろめ市場の見学もできて大満足だったようだ。今日は自宅まで戻る予定だが600キロ近くあるので尾道か岩国泊まりも想定に入れておく。
 ホテルの朝食は6時から。6時半には散歩を兼ねて近くの日曜朝市と高知城見物に出かける。朝市はまだ準備中のところが多く先に高知城へ向かう。このお城も江戸時代の天守閣を持つ12城の一つ、私は歩き遍路の時にすでに立ち寄っているが妻には初めてのお城だ。国宝高知城の石碑のある大手門から朝日に輝く天守閣が見えている。城内に入ると山内一豊の妻と彼女が主人に贈った馬の像や板垣退助の像がある。見事な枝ぶりの松と満開の桜、そしてどこからでも天守閣が望まれる。いいお城だ。前回来た時にはあんまり感動しなかったが今回はつくづくいいお城だと思った。時が変われば感動も変わるらしい。散歩の人が多いが早朝なので天守閣には登れない。私の旅では天守閣へ登れるほうが少なく10月に行った備中松山城でも午後4時の閉門に間に合わなかった。でもお城の全体の雰囲気が味わえれば満足なのだ。
 お城見学から朝市の広場へ。ブンタンなどもミカン類が山のように積まれた店、フキ、タケノコ漬物、ウド、タラ、ワラビ、ゼンマイ、ギボウシなど私の好みの山菜がいくつもの店で売っている。買っていこうよと妻に催促しても今日中に帰り着くかどうかわからんからダメの妻の一言。それならとブンタンの10個入とモチを買って高知を出発。あとの予定はないが途中のしまなみ海道が楽しみだ。瀬戸大橋は車でも列車でも何度か通過しているがしまなみ海道は初めてなので期待していた。思ったより距離が長く雄大な眺めで横には自転車や歩く人の道があり快晴微風のもと多くの人が楽しんでいる。大浜PAでコーヒーブレイクの休憩をして後は山陽道、中国道、九州道を走り自宅には午後5時には到着、3泊4日の旅を終えた。本日の走行距離は573キロ、4日間では1130キロ、平均燃費27キロだった。


3泊4日の旅を終えて
 私は旅行という言葉は嫌いで旅という言葉の響きが好きです。あまり日程にこだわらず気に入ったところではのんびり過ごし気に入らないところは通過できるからです。宿泊施設も原則当日のお昼過ぎしか予約せず夜の食事は外で地元の名物料理を楽しむことにしています。もちろん当たり外れが多いのですが最近は店の前にくるといい店か大したことないかがわかるようになってきました。
 また旅をするにはまず歴史書を読んで気に入った土地を探します。今回行った南伊予・西土佐は司馬遼太郎の街道を行くや花神などの作品や吉村昭のたくさんの作品から目的地を決めています。吉村昭は長崎、北海道と並んで多分100回以上この地に来たようです。吉村本人のエッセイや妻で作家の津村節子さんのエッセイにも書かれています。つまり私は歴史に根付いた土地や人を訪ねる旅が好きなのです。そんな意味では次に行きたい地はやはり会津若松ですねー。会津磐梯山に登った時近くの猪苗代町の野口英世記念館に行った際に会津若松まで行かなかったのが悔やまれますがそのうちに行きたいと思っています。


「南伊予・西土佐の道」の旅その3


第4日目(最終日) 昨日、予定より早く高知市内まで行けたので妻にとっては初めての高知市の名所、夜のはりまや橋とひろめ市場の見学もできて大満足だったようだ。今日は自宅まで戻る予定だが600キロ近くあるので尾道か岩国泊まりも想定に入れておく。
 ホテルの朝食は6時から。6時半には散歩を兼ねて近くの日曜朝市と高知城見物に出かける。朝市はまだ準備中のところが多く先に高知城へ向かう。このお城も江戸時代の天守閣を持つ12城の一つ、私は歩き遍路の時にすでに立ち寄っているが妻には初めてのお城だ。国宝高知城の石碑のある大手門から朝日に輝く天守閣が見えている。城内に入ると山内一豊の妻と彼女が主人に贈った馬の像や板垣退助の像がある。見事な枝ぶりの松と満開の桜、そしてどこからでも天守閣が望まれる。いいお城だ。前回来た時にはあんまり感動しなかったが今回はつくづくいいお城だと思った。時が変われば感動も変わるらしい。散歩の人が多いが早朝なので天守閣には登れない。私の旅では天守閣へ登れるほうが少なく10月に行った備中松山城でも午後4時の閉門に間に合わなかった。でもお城の全体の雰囲気が味わえれば満足なのだ。
 お城見学から朝市の広場へ。ブンタンなどもミカン類が山のように積まれた店、フキ、タケノコ漬物、ウド、タラ、ワラビ、ゼンマイ、ギボウシなど私の好みの山菜がいくつもの店で売っている。買っていこうよと妻に催促しても今日中に帰り着くかどうかわからんからダメの妻の一言。それならとブンタンの10個入とモチを買って高知を出発。あとの予定はないが途中のしまなみ海道が楽しみだ。瀬戸大橋は車でも列車でも何度か通過しているがしまなみ海道は初めてなので期待していた。思ったより距離が長く雄大な眺めで横には自転車や歩く人の道があり快晴微風のもと多くの人が楽しんでいる。大浜PAでコーヒーブレイクの休憩をして後は山陽道、中国道、九州道を走り自宅には午後5時には到着、3泊4日の旅を終えた。本日の走行距離は573キロ、4日間では1130キロ、平均燃費27キロだった。


3泊4日の旅を終えて
 私は旅行という言葉は嫌いで旅という言葉の響きが好きです。あまり日程にこだわらず気に入ったところではのんびり過ごし気に入らないところは通過できるからです。宿泊施設も原則当日のお昼過ぎしか予約せず夜の食事は外で地元の名物料理を楽しむことにしています。もちろん当たり外れが多いのですが最近は店の前にくるといい店か大したことないかがわかるようになってきました。
 また旅をするにはまず歴史書を読んで気に入った土地を探します。今回行った南伊予・西土佐は司馬遼太郎の街道を行くや花神などの作品や吉村昭のたくさんの作品から目的地を決めています。吉村昭は長崎、北海道と並んで多分100回以上この地に来たようです。吉村本人のエッセイや妻で作家の津村節子さんのエッセイにも書かれています。つまり私は歴史に根付いた土地や人を訪ねる旅が好きなのです。そんな意味では次に行きたい地はやはり会津若松ですねー。会津磐梯山に登った時近くの猪苗代町の野口英世記念館に行った際に会津若松まで行かなかったのが悔やまれますがそのうちに行きたいと思っています。



5959.Re: 南伊予・
名前:五十嵐    日付:2019/4/27(土) 11:59
その3。

5952.南伊予・西土佐の旅sono2 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/4/14(日) 21:51
「南伊予・西土佐の道」の旅 その2

第3日目 今日は宇和島から40番札所観自在寺(愛南町)を経ていよいよ土佐へ入る予定だ。とりあえず土佐最初の札所39番札所延光寺(宿毛市)から土佐の名所足摺岬にある38番札所金剛福寺まで行く予定にしている。ここから先は車任せ、どこに泊まるかも決めていないのんきな旅。歩き遍路の時もいつも宿泊先は当日の午後2時を過ぎて決めていた。これで今まで泊まれなかったことはない。まさに行き当たりばったりならぬ「行き当たりばっ旅」なのだ。高知市内まで行けたらベストだろう。宇和島〜高知市内は約300キロ、行けない距離ではないが無理をする気はない。歩き遍路の際、愛用している「四国遍路ひとり歩き同行二人、地図編」には札所間の距離、食堂や宿泊施設が記載されているので宿泊施設施設を探すのは便利なのだ。なんといってもこの旅は車なのだ。
 伊予最後の札所(順打ちの場合は最初の札所になるが今回は逆打ち)40番札所観自在寺は阿波の1番札所霊山寺から直線距離で最も遠い位置にあるため四国霊場の裏関所と呼ばれるという。愛南町の市街地にある小さな札所だった。海岸線から25キロ走ると土佐の宿毛市に入り39番札所延光寺も平地にある小ぶり札所。山門をくぐりかけると大粒の雨になった。傘は1本、一人が傘を持ち交互に参拝しているといくつもの団体がバスで到着、雨に濡れないように軒下で参拝するため本堂付近は大混雑。突然あることに気づいて納経所に走る。妻は何のことか理解できなかったらしいがこの団体さんに遅れて納経所に行くと御朱印をもらうのに1時間ほど待たされるのを思い出したからだ。つまり先に御朱印をもらって参拝は後回しということ。歩き遍路で学んだ姑息な知恵だ。参拝の後、妻に話すと「ふーーん」といっただけだった。
 39番札所の参拝を終えてカーナビに導かれて走ると左手に四万十川が現れた。休憩所には天然鰻の食堂があが昼飯には早すぎる。すぐ前には渡し場の標識がある。清流四万十川は初見参の憧れの地、いや憧れの川だ。春霞の四万十川に感激ひとしお。やがて高架の線路が見え(土佐くろしお鉄道)四万十市の標識、そのうち左手に海が見えている。おかしいなー海はずーっと右手に見えるはずだがと思っていると四万十市を過ぎて今度は右手に海が見える。理由がはっきりしないまま足摺岬に到着。38番札所金剛福寺は足摺岬の広い駐車場の前、山側にあった。ここはまさに観光地、お遍路さんがたくさん歩いているし白人のお遍路さんも何組も見かけた。境内は広く派手で今までの札所と違ってまさに観光寺の雰囲気、池には鯉が泳ぎもうカエルがケロケロと鳴いている。参拝を終えて足摺岬を散策していると観察員の女性から「ユキモチソウ」を教えてもらう。マムシグサの仲間のようだがこちらは大変上品な純白のモチのような花をつけている。 岬からの展望を楽しんでレストランでお昼にする。
 次の37番札所岩本寺までは87キロ、四国遍路最長の区間で歩き遍路なら2泊3日を要する。私はこの区間はまだ歩いていないが2番目に長い23番札所薬王寺から足摺岬の24番札所最御崎寺間75.4キロはすでに歩いている。やはり2泊3日の歩きだった。
 車で37番を目指すと東側の海岸線は通らず来た道を四万十市まで戻る。あとで調べると東側の道路は離合困難な場所があるのでカーナビが遠慮しているらしい。四万十市まで戻る途中に「久百々(くもも)」という民宿を見つけた。この民宿は遍路族には有名な民宿で歩き遍路で来るときにはぜひ泊まりたいと思っていたしこの旅でもタイミングが合えば泊まるつもりだった。しかし前を通過したのが午後2時前では先に進むしかない。とにかく肝ったまおばちゃんが一人で切り盛りしていてトコトン遍路の人たちへの配慮が素晴らしい民宿ということらしい。
 3時半に37番札所岩本寺到着。ここも小さな札所で満開のシャクナゲが迎えてくれた。参拝を終えてやおら宿探し。この近くにしようかそれとも60キロさき、私が昨年10月に歩いた36番青龍寺の近くにある温泉にしようか、この温泉ははBSで放送中の自転車遍路で小島よしおさんが泊まった宿でテレビで見るとなかなかよさそうな宿のようだったのだ。しかし時計を見るとまだ4時半、これなら高知市内まで行けそうな感じだったので市内のホテルに電話するとはりまや橋近くのホテルが空いていてしかも二人で8200円という。さっそく予約して高知に向かう。距離は80キロ、2時間はかかるかなーと予想していたらほとんど高速が使えて5時半に高知のインターを降りる。まだ明るく遠回りだが17キロ先の桂浜まで行くことにする。私は前回の歩き遍路で桂浜に行っているが妻は初めて、しかも高知でもっとも行きたかったところだ。龍馬像を見て桂浜を散策、7時にはホテルに到着。すぐに食事に外出し「ひろめ市場」に向かう。屋根付きの広場に多くの小店が並びそれぞれが名物料理を作っていて真ん中の広場のテーブルで食べるのだが全く座るスペースがなくやむなくあきらめる。場所を変えてホテルのおすすめの店へ。名物の「塩たたき」が有名らしい。「塩たたき」のほかにごりのからあげ、どろめなどの郷土料理を楽しんで7900円、ここも思ったより安かった。ホテルは安かったが狭かったのはやむを得んだろう。
これまでの走行距離
3月28日 自宅〜別府(127キロ)
3月29日 別府〜宇和島(135キロ)九四国道フェリー70分
3月30日 宇和島〜高知(桂浜立ち寄り)(306キロ)        以上



5957.Re: 南伊予・西土佐の旅sono2
名前:五十嵐    日付:2019/4/22(月) 11:43
その2です。


ページ: 1 2 3 4 5 6 7 

無料アクセス解析

アクセス解析の決定版!無料レンタルで最大100ページ解析!

   投稿KEY
   パスワード

EZBBS.NET produced by InsideWeb