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おもちゃの ちゃちゃちゃ 

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6098.産地不明  埴鈴 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年8月1日(水) 23時57分
Original Size: 640 x 480, 158KB Original Size: 350 x 276, 88KB

埴鈴と言えば、手持ちのこの鈴の産地が不明です。
形状・色調は、羽津の源八鈴に似ていますが、
留め方が大きく違い、別物のようです。

■玩具帖 巻号 14号7
画題 羽津土鈴
備考 十四顆 実大、タイシャヌリ 昭和七年七月蝠堂氏寄贈


6073.ちょっと一息 返信  引用 
名前:ビクトル    日付:2012年7月20日(金) 23時33分
茶々丸さん
小福さん
いつも本当にありがとうございます。
感謝です。

今日で少しだけ一区切りを迎えました。
いつも綱渡り的に過ごしているので、無事に過ごせて何よりでした。
この前、以前は、浜松の駅前にあった渥美ゴザ屋さんに出かけてきました。ブログで移転したことは知っていたのですが、出かけたのは初めてでした。そこでちょっと面白いものを見つけました。またアップしますね。



6074.Re: ちょっと一息
名前:茶々丸    日付:2012年7月23日(月) 22時3分
Original Size: 640 x 480, 105KB Original Size: 640 x 424, 151KB

渥美ゴザ屋さん、初めて知りました。
HPを見ると、かわせみの醤油差しや水団扇など、目にも涼しげでした☆



6076.Re: ちょっと一息
名前:ビクトル    日付:2012年7月24日(火) 23時8分
茶々丸さん
こんばんは
渥美ゴザ屋さんのHPご覧いただきありがとうございました。
以前は、浜松駅のすぐ近くにあったのでいつものぞいていたのですが、移転してしまいちょっと残念です。それから、ちょっと芸術家肌だったご主人(本当に芸術家だったのでした)が急に亡くなられて何だかとても寂しい気持ちになりました。でもお店が続いていることがやっぱりすごいと思うのでこれからは、ちょくちょく寄ってみたいと思いました。


6078.暑いですね(~_~;)
名前:茶々丸    日付:2012年7月24日(火) 23時41分
>ちょっと面白いものを見つけました

どんなものですか?? 


6079.Re: ちょっと一息
名前:ビクトル    日付:2012年7月26日(木) 0時31分
茶々丸さん
面白いものとは、古い張子歌舞伎十八番です。壊れているのですが、現在の玩古庵さん(春日部張子)よりも古いものです。渥美ゴザ屋のご主人のお気に入りだったのだそうです。まだ修復していないので、修復できたらアップしますね。


6080.昭和初期  歌舞伎達磨
名前:茶々丸    日付:2012年7月26日(木) 22時11分
Original Size: 640 x 480, 167KB

歌舞伎十八番ですか、凄く良さそうですね☆

僕は歌舞伎の張子はこれだけです。
センターの助六は「松岡香一路」氏の誂えです。



6083.Re: ちょっと一息
名前:小福    日付:2012年7月29日(日) 15時28分
 ビクトルさん 茶々丸さん みなさん お元気ですか。
 
 ビクトルさん
 小福の家には「ととさん」という和金になりきれなかった?太っちょの金魚が泳いでおります。「赤い金魚は金運をもたらす」という言い伝えが香港にはあるそうですが、マイペースのようで、あてになりません。
 
 茶々丸さん
 オークション 郷土玩具 31日21時56分に『玩具帖』37号23 木彫龍 らしき品物が出品されています。春日大社授与品の一刀彫もいいですが小福はこちらの方が好みです。オークションで「これいい!!」というものが見つかると3分だけ元気になれます。


6084.Re: ちょっと一息
名前:茶々丸    日付:2012年7月29日(日) 19時2分
小福さん
木彫の龍、愛らしいものですね☆
僕は同じ方の古土鈴シリーズに入札しているので、ついでに木彫にも入れてみましたが、
もし小福さんのご予定品でしたら退散します。
僕は今、鳩笛尽くしの巨泉画に関心が向いていますが、あまりにも状態が悪いので見送ることになりそうです。


6085.Re: ちょっと一息
名前:小福    日付:2012年7月29日(日) 21時20分
 茶々丸さん
 購入予定はありませんので大丈夫ですよ。今は見つけるのが楽しいです。


6086.Re: ちょっと一息
名前:茶々丸    日付:2012年7月30日(月) 23時34分
小福さん
本日到着のTTB誌で、小福さんのお宝を拝見、お見事ですね☆
僕は何もわからない中でも張子には特に疎く、奥の深さを感じました。。

6068.享保・長崎絵  意太里亜人男女之図 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月18日(水) 13時13分
Original Size: 480 x 640, 181KB Original Size: 226 x 613, 101KB

新しいデジカメが届き、やっと画像を撮影できるようになりました。

先日ご紹介した「意太里亜人男女之図」は、当初は反町弘文荘の旧在庫だとは知らなかったのですが、
箱を開くと、得も言われぬ沈香が焚きしめられていて、特別に大事にされていたことを感じました。



6069.享保・長崎絵  意太里亜人男女之図
名前:茶々丸    日付:2012年7月18日(水) 13時12分
Original Size: 450 x 600, 149KB Original Size: 450 x 600, 150KB

長崎の絵師により描かれた万国人物絵巻の断裁と思われます。
斬新で優雅なイタリアンファッションの先駆けを見るようです。


5925.金比羅さんの犬 返信  引用 
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 7時35分
Original Size: 640 x 480, 96KB

茶々丸さん
おはようございます。
金比羅犬さんありがとうございました。
あたらしい生活にもすぐになれて元気にやっています。(^O^)



5926.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 7時40分
実は、ビクトルの家に兄弟犬がいました。
先住人は、大崎さんの最晩年の作で枯れた味わいが(へたうま おもろい系)新しいおともだちは、本来の大崎さんの丁寧でしっかりした作りで端正系で面白いです。前歴のあるものは、以前はどんな生活をしていたのかなとか?思いを馳せることが多く楽しいです。


5927.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 7時42分
Original Size: 640 x 480, 106KB

二人並ぶとこんな感じです。
なんだかうれしそうです。



5928.昭和初期  小さな羽衣狆土鈴  五十鈴会
名前:茶々丸    日付:2012年5月13日(日) 15時0分
Original Size: 308 x 344, 67KB Original Size: 347 x 436, 70KB

やはり、お持ちでしたか。
また気がけておきます。
兄弟が出来て楽しげではありますね☆

犬の古土鈴を入手しました。
高さは4.7pです。
黒目部分が剥落しているのか、不人気でしたが
作りは良いと思います。



5929.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 17時20分
茶々丸さん
本当にいつもありがとうございます。

五十鈴会の古い犬土鈴端正な作りですね。
茶々丸さんのワンコウマンションもにぎやかになりましたね。


5998.昭和初期  鯛狆土鈴
名前:茶々丸    日付:2012年6月10日(日) 16時20分
Original Size: 600 x 450, 25KB Original Size: 600 x 450, 24KB Original Size: 600 x 450, 22KB

鯛狆の土鈴を入手しました。
小ぶりながらも、しっかりとした作りが目を引きます。



6062.法華寺 守り犬鈴
名前:茶々丸    日付:2012年7月16日(月) 0時1分
Original Size: 540 x 420, 127KB Original Size: 463 x 436, 121KB Original Size: 250 x 173, 54KB

授与品ではないと思いますが、趣味家印もなく、年代・作者共に不明です。
何十年やっても、見たことのない土鈴との出会いがあり、奥の深さを感じます。



6064.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年7月17日(火) 0時15分
茶々丸さん
こんばんは
着々とおともだちが集っていますね。(^O^)
とてもいい感じです。ちゃんと土鈴になっているところがすごいですね。

6057.見送り日記   戦前 名古屋土人形 座布団猫 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月13日(金) 23時21分
Original Size: 295 x 435, 75KB Original Size: 450 x 600, 24KB Original Size: 411 x 448, 85KB

野田作品は、戦後の復活作の方が若い感じで、
本人が若い頃の方が老成した作風に思えます。



6061.Re: 見送り日記   戦前 名古屋土人形 座布団猫
名前:ビクトル    日付:2012年7月14日(土) 15時1分
茶々丸さん
こんにちは

確かに茶々丸さんがおっしゃる通り、ご本人が若い時の方がかれた味わいがあるような・・・そんな気分だったのでしょうか?
復活するためには相当の気力が必要でしょうし、エネルギッシュでないとできない気もします。心の問題は、きっと作品にもあらわれるのでしょう。(^O^)

6059.相撲絵  平戸・玉ノ戸弘之助  二代・歌川国貞 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月13日(金) 21時37分
Original Size: 422 x 600, 49KB Original Size: 596 x 600, 55KB Original Size: 600 x 580, 65KB

当地出身の力士といえば、
深川・富岡八幡宮の巨人力士碑にもその名が刻まれる、身長227pの生月鯨太左衛門が知られますが、
「玉ノ戸弘之助」は全くノーマークでした。
調べてみると、幕末〜明治初年の十両で、生涯戦歴は30勝40敗15分1預/86出(18場所)です。
今では地元でも忘れられた存在ですが、
錦絵に登場したほどですから、立派な立ち姿や端正な風貌を見ても中々人気があったのでしょう。



6060.見送り日記  相撲絵  生月鯨吉
名前:茶々丸    日付:2012年7月13日(金) 22時22分
Original Size: 343 x 500, 191KB

先日の「明治古典会七夕大古書入札会2012」にこれが出て、目を見張りました。
今回は「意太里亜人男女之図」に集中のため固く目をつぶりましたが、珍品中の珍品だったと思います。
「生月鯨太左衛門」の四股名は、江戸に出てからの名で、
18歳で大阪・小野川部屋の門を潜り、短期間「生月鯨吉」を名乗った当時の絵姿はほとんど知られていません。

■生月鯨太左衛門

生月 鯨太左衛門(いきつき(いくづき、あるいはいけづきとも) げいたざえもん、文政10年3月21日(1827年4月16日) - 嘉永3年5月24日(1850年7月3日))は、
肥前国松浦郡(現在の長崎県平戸市生月町)出身の江戸時代の力士。本名は、墨谷要作。身長が227cm、体重が169kgあり、日本一の巨漢力士であった。
平戸藩生月島は江戸時代中期より捕鯨で有名となり、文政年間には日本一の捕鯨量を誇っていた。四股名はその生地と体格にちなんでつけられた。最高位は西張出前頭(初土俵から引退まで)。
東京都江東区にある富岡八幡宮に、巨人力士碑、巨人力士手形足形碑があり、その大きさを実感することができる。ちなみに、手形は長さ25cm幅11cmもある。

生涯

漁師(鯨猟師)であった多七とハル(要蔵とはる、とも)夫婦の間に産まれた。
母親の夢に鯨が現れ、要作が産まれたなどの伝説が残るが、一般の新生児の倍ほどの大きさで生まれ、産婆を驚かせたともある。
幼少期の要作が漁師であった父親の船に乗ることを望んだが、その巨体を理由に乗船させてもらえなかったため、出漁の際、船に積んだ網を離さず、逆に船を陸へ引っ張り上げてしまったという話が伝わる。
巨漢の要作はしかし性根は優しく、乗船こそさせてもらえなかったが親の仕事の手伝いはよくし、船が港に戻ると、毎度一人で船を引き上げ、ひっくり返して水抜きをしていたとも伝わる。
その他にも、八丁櫓の勢子船と砂浜の要作が綱引きをして彼が勝利した、14歳で鯨を仕留めて「鯨の要作」「鯨吉」と呼ばれた、など、彼の生地には多数の伝説的逸話が残り、
真の出来事も誇張も後付の創作も含まれるであろうが、当時、および後世に、故郷で彼が愛されてきたことが窺い知れる。
平戸生月島に巨童あり、の話は全国に伝わり、各方面からの角界入りの誘いがあったが、当初両親は「我が子が見世物にされる」とこれを断っていた。
のち大阪の小野川嘉平次(小野川部屋)の門に入り、18歳で初土俵、翌年1844年(天保15年)に江戸相撲の玉垣額之助(玉垣部屋)門下に入った。
「生月鯨太左衛門」の名は、当時の平戸藩主から与えられた、とされている。鯨太左衛門は江戸以降であり、大阪の頃は名を「生月鯨吉」だったとする史料もある。
生月鯨太左衛門の人気は高く、一陽斎豊国ら著名な作家の手による錦絵も多数残されている。巨体から繰り出される技は豪快で、張り手と突っ張りに威力を発揮したとされているが、
巨体お披露目的な興行が多く、番付に張り出されて以降の6年12場所間、ほとんど土俵入りのみの出場であった。「脊高き計肉少く。階子を押立たる如くにて」とする当時の記述もあり、
縦方向への巨体であったらしい。なおその巨体だけでなく、顔も人気であったらしい。江戸でも、芝仙波太郎に招かれた時に出された秋桃(鯨太左衛門が帰った後、力自慢が割ってみようとしたが、できなかった程硬かった)
を饅頭でも割る様にして割って食べたと、巨体と怪力を生かしたエピソードには事欠かなかった。
江戸では女遊びを覚えたようで、両国の水茶屋の評判娘に振られたので、腹いせに水茶屋の近くの見世物小屋に出ていた一寸 玉之助と言う身長 1m程度の女性を妻にしたエピソードも伝わっている。
度が過ぎたのか、晩年の約5年間は瘡毒を罹っていた。
平戸藩主の松浦熈は鯨太左衛門を、松浦家の江戸での菩提寺である天祥寺の長屋の二階に住まわせていた。
嘉永3年に鯨太左衛門が24歳で死去した際、遺体を運び出すのに、長屋の天井を切り開いて搬出したと伝わる。同寺に墓所が残る。戒名は「晴光院巨海生月居士」。
越後での巡業に出立の際、脚気にて病死とする資料あり。また、瘡毒で死んだとする資料も残っている。 死してもなお「地獄で鬼があきれる」(その体格に)という題の絵が発行された。


6055.享保・長崎絵  意太里亜人男女之図 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月11日(水) 21時47分
Original Size: 425 x 500, 299KB

昨日開催された「明治古典会七夕大古書入札会2012」で、この作品を入手しました。
「外国人絵巻」の一部と思われます。
画像は絵のまわりだけですが、実物は通常サイズの掛け軸です。
古書店の話に拠ると、廃業した著名な古書肆から出てきたもので、
印象的なペイズリー模様の表装は、名物店主による特装だということです。
低目に開始されていましたが、競りはありませんでした。

■意太里亜人男女之図
長崎絵 享保頃写 着彩 附蘭語書一葉



6056.反町弘文荘  反町茂雄
名前:茶々丸    日付:2012年7月11日(水) 12時26分
Original Size: 252 x 390, 99KB

出所が気になり調べたところ、文京区にあった和本専門の「反町弘文荘」であることがわかりました。
店主の反町茂雄氏は、国宝や重要文化財も扱うほどの人物であったようです。

■検索:弘文荘(文京区西片)反町茂雄(明治34年〜平成3年)

明治34年新潟県長岡市にて、有力な米仲買業の5男として生まれる。旧制日本大学付属中学、旧制仙台第二高等学校を経て、大正13年東京帝国大学法学部に入学。

昭和2年帝大を卒業後、大卒者(特に帝大生)としては当時では考えられなかった古書店の住み込み店員として神田神保町の一誠堂書店に入店。短期間で実質的な支配人となる。昭和3年に、天理教の中山正善氏が一誠堂書店に初来店。独立後も同氏が亡くなるまで、公私共に交際が続く。

昭和4年「九条家本売り立て会」が開催される。その盛況さから古典籍の重要性を認識し、この事が氏の業者としての大きな転機となった。この他にも同年には勉強会「一誠堂玉屑会」を創設する。

昭和7年に現在の文京区の東大正門近くで独立。「一、借金はすまい。二、人は雇うまい。三、安い本.平凡な本は扱うまい」を主義とし、90歳で亡くなるまで一貫して現在の文京区内で無店舗.目録(カタログ)販売を貫く。(当初は出版事業も併せて行う。)11月12日、太刀川ちゆ(結婚後つゆ子と改名。)と結婚。翌年古典籍を中心とした自家目録『弘文荘待賈古書目』創刊号を発行。目録の題名の由来は、氏が敬慕していた幕末の古書業者「達磨屋五一」の屋号「待賈堂」に基づく。目録の質の高さから天理教の中山正善氏や、安田善次郎氏などの旧財閥などの大コレクターの顧客に恵まれる。以後、自家目録『弘文荘待賈古書目』では納品後に国宝.重文となる品を多数掲載する事になる。

営業の傍ら、昭和9年に古書業界の古老からの聞き語り『紙魚の昔がたり』を取材、発行。同書は戦後に改訂版(及び続編)が出され、明治から戦前の貴重な古書業界の数少ない記録として読み継がれている。

昭和15年頃から古書組合役員の仕事として組合組織の改変、「古書籍基準価格表」の作成に当たる。同17年より組合副理事長となってからは、当時私営であった42もの古書交換会(業者市)を古書組合直営とする非常に困難な統合作業に従事。(古物.骨董の業者市場は私営による物が多い中、古書組合では現在も直轄経営で運営。)

昭和20年には貴重な古書.古典籍を戦火から守る為に東京都の資金で買い上げ、終戦まで疎開、保管(終戦後は日比谷図書館への収蔵を計画。)するプロジェクト「戦時特別図書買上げ事業」に日比谷図書館館長中田邦造氏と共に尽力する。

敗戦後の財閥解体や旧円から新円への切替、預金封鎖などにより買い手の多くが売り手に180度変わり、一時的な危機を迎えるが戦時中に買い求めておいた東京、神奈川などの不動産を現金化するなどにより危機を乗り越える。(近隣の本郷が空襲の被害を受けたが、西片の自宅を含め、全ての家屋が空襲を免れる。)

終戦後しばらくは日本人の価値観が一転し、洋本(洋書では無く洋装本。所謂普通の製本の本。但し、米兵とのコミュニケーションの為に英会話の本なども当時良く売れる)が非常に売れ、古典籍が省みられなかった時代に旧華族、寺社などの旧家などから大量に放出された古典籍を精力的に集め、終戦後鉄道での移動や宿泊先での食料の調達が難しい時代に、関西方面にも積極的に仕入れに出向く。

昭和22年、森銑三と偶然に再会。氏が職についていなかったことから、弘文荘で文書、写本の解読、解題等の仕事に就いてもらう。

昭和23年には戦中、戦後の紙不足などの理由から中断していた『弘文荘待賈古書目』第十六号を復刊。昭和25年に他店の者を教育する事は有り得ない古書業界で若手を中心とした古典籍、古書業者の勉強会「文車の会(ふぐるまのかい)」を設立。以後反町氏が亡くなるまで継続し、多数の業者を無償で教育する。

敗戦から7年後の昭和27年頃からようやく景気回復の兆しを見せるが、その分旧華族や寺社、旧財閥などが古典籍の放出を行う必要性が少なくなり、良質の古典籍の放出は終戦直後に比べ減り始める。

昭和35年、ニューヨークの著名な愛書家ハイド夫妻来日。ちなみにこの時から弘文荘が収めたハイド.コレクションの良質の古典籍は後年オークションにより、かなりの数が反町氏の手により日本へ里帰りする事になる。昭和38〜39年には東京古書組合理事を務める。昭和39年妻つゆ子死去。

海外旅行自由化の翌年の昭和40年には36日間の初の海外旅行。ニューヨーク、ボストン、ワシントン、ロンドンへ研修旅行を行う。以後、頻繁に海外への研修旅行を行う。昭和41年に佐藤八重と再婚。

昭和50年、会員の目録製作の勉強も兼ねた「文車の会」機関誌『ふぐるまブレティン』創刊。昭和52年、この年に「文車の会」に若手業者が大量入会。反町会長自宅での「文車の会」勉強会の分科会が会員の希望により多数設立され、以後亡くなるまで続けられる。『弘文荘待賈古書目 弘文荘善本目録』第五十号を最終巻として刊行。

昭和52年12月、夫人と共に、ニューヨーク・パブリック・ライブラリー『スペンサー・コレクション蔵 日本絵入本及絵本目録』増訂再版編集取材のためにニューヨークへ。翌年に自費で刊行。昭和54年にも同氏と共に『チェスター・ビーティー・ライブラリー蔵 日本絵入本及絵本目録』作成の為にアイルランド取材旅行を敢行。

昭和55年『天理図書館の善本稀書』(八木書店)を出版。昭和57年、創業五十周年記念目録『弘文荘敬愛書図録』刊行。『目の眼』(里文出版) で9月から自伝「一古書肆の思い出」連載開始。7月から8月にかけて「文車の会第二回ヨーロッパ研修旅行」を行う。(翌年その記録が『古本屋の見たヨーロッパ・本の旅・歴史の旅』(八木書店)として会員の手により編集.出版される。)

昭和59年『弘文荘敬愛書図録II』刊行。(刊行を行った理由の一因に「一古書肆の思い出」連載を機に、良質の古典籍が集まった事も多い。)同図録掲載品、為家本『土左日記』(売価7500万円)が各紙で報道される。昭和61年、自伝『一古書肆の思い出』第1巻(平凡社)刊行。

昭和63年、クリスティーズ(ニューヨーク)で開催されたハイド.コレクションのオークションでは氏が以前納めた古典籍を、出品された品の半分以上を落札。(約三億円)平成元年、帝国ホテルにて米寿を祝う「反町さんの米寿を祝う会」が開催される。

平成三年、1月14日「第七回東京都文化賞」受賞。(他の受賞者には白州正子氏、黒柳徹子氏など)常に古書業界全体の向上を考えて生きた、氏の悲願が世の中に示された出来事であった。

同年4月頃まで仕事を続けるが9月4日入院中の虎ノ門病院で容態が急変し永眠。90歳で亡くなる直前まで生涯現役であった最後の氏の言葉は八重子夫人への「疲れたから眠りますよ。起さないでほしい」であった。

反町氏の海外の図書館などへの、貴重な古典籍の販売や寄付を日本の財産の海外流出と捉える声も有ったが、海外の日本文化の研究の熱心さが国内よりも優れていた事を強く認識し、信念に基づいた行動であった。

そして常に自らの営業活動だけでは無く、他店の者を教育する事は有り得ない古書業界で若手を無償で教育するなど、常に業界全体の向上を意識し、また業界の将来を考えていた古書肆であった。

氏の亡くなった後、未完となった『一古書肆の思い出』第5巻が絶筆となった原稿に過去の文章を加える形で最終巻として発刊された。

役務履歴
古書組合評議員
東京古書籍商業組合連合会副理事長
全国古書籍商業組合連合会専務理事
東京古典会長
明治古典会長

褒章歴
新潟日報文化賞受賞 昭和57年 (1982年)
東京都文化賞受賞 平成 3年 (1991年)

著書・編著
『一古書肆の思い出』全5巻、平凡社 のち平凡社ライブラリー、遺作未完作。
『反町茂雄文集 古典籍の世界』 文車の会上下 1993年
『弘文荘特質古書目』 
『弘文荘善本目録』
『弘文荘古活字版目録』
『弘文荘敬愛書図録』
『定本 天理図書館の善本稀書』 
『紙魚の昔がたり』 
『日本の古典籍 その面白さ、その尊さ』  以上八木書店


6041.戦前  諸国人形図3枚組  いせ辰 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月1日(日) 22時37分
Original Size: 600 x 400, 204KB Original Size: 600 x 450, 33KB

この手は大好物ですが、見送りました(~_~;)

「シベェリアと巴里の 板彫り 繰り玩具」
「印度 布製と木彫の男女 風俗人形」
「朝鮮 ぬひぐるみ 風俗人形 チゲ将軍」



6042.平成10年 図録 『うさぎの意匠展/日本の美』 日本橋三越
名前:茶々丸    日付:2012年7月3日(火) 0時14分
Original Size: 600 x 450, 29KB Original Size: 600 x 450, 27KB Original Size: 600 x 450, 24KB

「湖○堂」の紋「月に兎」に因み、細々と兎を集めています。
参考になりそうな図録を見つけました。

■平成10年12月、東京日本橋の三越で開催された同展カタログ。
兎がテーマの絵画、陶芸、伝統玩具、根付、衣装など約150点を掲載


6038.昭和2年 日本玩具集 尾志矢風里/ 東京篇 有坂與太郎 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年6月30日(土) 23時59分
Original Size: 437 x 560, 257KB Original Size: 600 x 450, 32KB

「おしゃぶり」といえば名だたる名著だと思いますが、
ネット上の町外れに格安で出ていました。
表紙は傷んでいますが、中は大丈夫のようです。
これが4冊揃い(東北編/古代篇/東京篇/東海道篇)なら、中々の値がつくはずです。
有坂氏は東京の方なので、東京の玩具のご紹介は特にお手の物でしょう。

■商品説明
日本玩具集 尾志矢風里 おしやぶり 東京篇
装填 山村耕花
巻頭10ページは綺麗な木版画です
発行 郷土玩具普及会 昭和2年


6036.見送り日記  邪宗門 初版  北原白秋 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年6月30日(土) 18時46分
Original Size: 500 x 330, 170KB

今年も明治古典会七夕古書大入札会の頃となりました。
詩集「邪宗門」に憧れますが、
50万円からの開始なので、最初から手が出ません(~_~;)

■邪宗門
北原白秋著 易風社 初版 函付 献呈署名入 明治42年



6037.名著復刻詩歌文学館  邪宗門   北原白秋  ほるぷ
名前:茶々丸    日付:2012年6月30日(土) 19時4分
Original Size: 640 x 497, 97KB

古書店サイトに、ほるぷ社の復刻版が800円で出ていたので、
それで我慢することにしました(~_~;)
表紙の片側はおそらくジャワ更紗の意匠で、
もう一方は古渡りの羅紗を思わせる赤地にイエズス会の紋章が捺されています。
菓子の箱や栞などの意匠に取り入れられないかと思っています。


5970.Wanted 第1弾 返信  引用 
名前:小福    日付:2012年6月3日(日) 11時9分
 ビクトルさん 茶々丸さん いくぶさん みなさんこんにちは

 『玩具帖』35号3に「名古屋 招き猫」というのがあります。色々検索してみました。似たものもありましたが産地がわかりません。愛知近辺だと思いますがどなたか画像と産地をお知らせください。足の図柄が面白いです。
 茶々丸さん 博多祇園山笠土鈴 グットタイミングでした。



5971.名古屋土人形  招き猫
名前:茶々丸    日付:2012年6月3日(日) 11時41分
Original Size: 218 x 384, 69KB

玩具帖 35号3
画題 名古屋招き猫
備考 おもちや画譜口絵下図



5972.名古屋土人形  招き猫
名前:茶々丸    日付:2012年6月3日(日) 12時8分
Original Size: 550 x 392, 162KB Original Size: 327 x 500, 126KB

小福さん

蚕鈴さん著の「名古屋土人形」(画像)に、同じ傾向の招き猫が紹介されており、
やはり野田末吉家や山田こうの系統だと思います。

※著作の無断引用、相済みません。



5973.名古屋土人形  招き猫
名前:茶々丸    日付:2012年6月3日(日) 13時54分
Original Size: 640 x 480, 151KB

手持ちには、上記のような虎猫がいなくて残念です。



5980.昭和初期   笠置焼招き猫
名前:茶々丸    日付:2012年6月3日(日) 17時13分
Original Size: 480 x 634, 105KB Original Size: 306 x 191, 63KB

話は違いますが、
この猫は、割と珍しい物だと思います。

玩具帖 20号27
画題 [笠置焼招き猫]
都道府県名 愛媛県
備考 高二寸四分 昭和八年七月、梅谷氏寄 笠置焼、底部ニ印アリ



5981.Re: Wanted 第1弾
名前:小福    日付:2012年6月3日(日) 22時25分
 茶々丸さん
 ご教示ありがとうございました。やはり、名古屋土人形でしたか。少し前、 N氏私家版の『名古屋土人形』の本、一歩およばず、諦めました。もう少し頑張るべきだった・・・かな。次の御縁を待ちます。
 恐るべし『玩具帖』。少々頭の中が混乱してきましたが、これからオークションで古玩を見つけるのが楽しみになってきました。(購入はおそらくありませんが) 解説のある『おもちゃ画譜』を購入しておいてよかったです。

 茶々丸さん どうぞ御子息へと貴重な玩具を伝えていってください。いつになるかわかりませんが、こっそり観光客の皆さんに紛れて拝見させていただきます。へへへ。


5982.江戸ボンボコ狸
名前:茶々丸    日付:2012年6月6日(水) 0時14分
Original Size: 500 x 475, 30KB Original Size: 480 x 640, 146KB

小福さん

名著「名古屋土人形」は、すでに稀覯本となっており、滅多に見かけることもないのが残念です。
御縁があるよう祈っています。

玩具の後継ぎですが、こればかりは当人の素質が必要で、どうにもなりません。
唯一、4歳になったばかりの孫が、来る度に強い関心を示し、
玩具の扱いも幼児にしては板に付いている感じなので、一縷の望みを賭けています。

画像は、「名古屋招き猫」の左に併載されている狸に類似した作品です。

■玩具帖 35号3 画題 [江戸ボンボコ狸]
都道府県名 東京都



5983.Re: Wanted 第1弾
名前:いくぷ    日付:2012年6月5日(火) 9時53分
小福さん
皆様のような、歴史の奥深さ重さを感じさせる作品ではありませんが、
私も猫グッズ、ぼちぼちと集めてるのですよ〜
焼き物、ガラス、布系いろいろです。
ちなみに浅草で買った陶器の招き猫2匹(大量生産)。
メイドイン チャイナの
高さ41サンチ(右手)、幅32センチの「なんちゃて招き猫」
玄関に飾っておりま〜す。

茶々丸さま
林与一氏の代表作 「三人舞奴」の博多人形!ほっすぃい〜です。
主人が博多人形の卸しに関わっており、人形の総カタログを持っているので、二人で「コレ、買いたいよね〜」と思って
値段を見たらもう〜… (◎▽◎;)…でありました。orz

ビクトルさん
近いうちにメールしますね〜。


5984.大正13年  三人舞子  小島與一  
名前:茶々丸    日付:2012年6月5日(火) 20時53分
Original Size: 300 x 400, 33KB Original Size: 427 x 620, 234KB

いくぷさん

郷土色豊かなお仕事、夢がありますね。
「三人舞子」、検索で確認しました。
大正13年に、パリ万博で銀賞に輝いた與一翁の代表作として、
福岡・であい橋(中州側)にブロンズ像も建てられているんですね。

手持ちのサッポロビールのポスター(復刻版)も、
ひょっとすると、この作品から想を得たものかも知れないです。。

ところで、
その博多人形カラログには、虎の関連として、
歌舞伎「国姓爺合戦」の主人公「和唐内」と虎の人形はないですか?
「大神宮」の護符を翳して猛虎を抑えている構図です。
以前、人形師にその存在を聞いたのですが、中々見つかりません。



5985.和唐内については…
名前:いくぷ    日付:2012年6月5日(火) 22時48分
さきほど遅出シフトから帰ってきました。
茶々丸さま
らカタログ、調べてみますね。
すぐにお答えできないかもしれませんが…
この件に関しては、カタログからでは
ワカラナイ〜〜〜かもしれません(爆)


5986.そそっかしくて…
名前:いくぷ    日付:2012年6月5日(火) 22時53分
茶々丸さま
小島与一氏を職人から
俳優林与一にしてしまった私…(恥。。。)


5987.和唐内 (和藤内)
名前:茶々丸    日付:2012年6月5日(火) 23時24分
Original Size: 640 x 480, 213KB Original Size: 350 x 482, 71KB

いくぷさん

お疲れのところ、コメントをありがとうございます。
和唐内、お手持ちのカタログに出ていなかったら、どうぞご放念ください。
和唐内のモデル「鄭成功」は当地ゆかりのため、収集しています。

似たものに加藤(清正)虎がありますが、こちらは細長い兜を被っています。



6014.Re: Wanted 第1弾
名前:ビクトル    日付:2012年6月16日(土) 11時12分
小福さん
茶々丸さん
いくぷさん
こんにちは

ビクトルもこの招き猫ほしいです。
蚕鈴さん著「名古屋土人形」もいつも探していますが、希少です。

茶々丸家の
ぽんぽこちゃん。可愛らしいですね。

5969.(untitled) 返信  引用 
名前:ビクトル    日付:2012年6月3日(日) 0時30分
茶々丸さん
ビクトルも近かったら・・・と思うことがよくあります。。

(^O^)

カスドース評判がよかったです。



5974.相良土人形  鯛抱き童子
名前:茶々丸    日付:2012年6月3日(日) 13時53分
Original Size: 383 x 445, 125KB Original Size: 562 x 452, 173KB

本当にありがとうございます。
今後も一層努力精進いたしますので
何かとご指導のほどお願い申します。



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