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おもちゃの ちゃちゃちゃ 

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6131.昭和初期  福寿草土鈴  長谷川適所 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年8月27日(月) 22時41分
Original Size: 600 x 450, 16KB Original Size: 640 x 480, 94KB Original Size: 640 x 480, 92KB

長谷川適所氏によって誂えられた「福寿草土鈴」です。
余程、少数、作られたものでしょう。
久々に初見の土鈴に出会い、奥の深さを感じます。



6132.昭和初期  福寿草土鈴  長谷川適所
名前:茶々丸    日付:2012年8月28日(火) 21時16分
Original Size: 600 x 450, 17KB Original Size: 600 x 450, 17KB

細部に至るまで、細やかに作り込まれています。
鉢に「適所」の陽刻があり、もしかすると愛鈴界での年始用かとも思われます。



6135.Re: 昭和初期  福寿草土鈴  長谷川適所
名前:ビクトル    日付:2012年8月31日(金) 17時4分
茶々丸さん
福寿草土鈴なんだか昭和の香りのするほのぼのとしたところがいいですね。色合いがいいです。


6137. 昭和初期  福寿草土鈴  長谷川適所
名前:茶々丸    日付:2012年8月31日(金) 18時57分
家内がこれを見るなり「わぁ、サボテン、可愛いー☆」と言いました。
こういう人に詳しく話すのは(お互いに)面倒なので、「そだねー」と言っておきました(~_~;)


6155.Re: 昭和初期  福寿草土鈴  長谷川適所
名前:ビクトル    日付:2012年8月31日(金) 22時48分
茶々丸さん
はははと笑ってしまいました。奥様楽しいですね。きっとつぶさに見たのではなく、大まかな印象でしょう。
確かに6132の左の画像はそんな風に見えたりして。。。。
それから、鉢の形がちょっとそれらしかったりして。

可憐で可愛らしい鈴に間違いないです。(^O^)

5862.戦前  支那  香木人形 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年4月13日(金) 0時56分
Original Size: 600 x 450, 21KB Original Size: 450 x 600, 19KB Original Size: 450 x 600, 18KB

町はずれにポツンと立っていました。
ところで「香木人形」は手持ちにもありますが、
この素材は、香道で用いる香木には似ていません。



5863.戦前  支那  木彫人形
名前:茶々丸    日付:2012年4月13日(金) 0時37分
Original Size: 600 x 450, 23KB Original Size: 600 x 450, 20KB Original Size: 600 x 450, 21KB

この手は量産品ですが、最初の画像の左のパターンは初めて手にします。



5864.戦前  小さなおかめ&福助
名前:茶々丸    日付:2012年4月13日(金) 0時43分
Original Size: 600 x 450, 24KB Original Size: 600 x 450, 26KB Original Size: 600 x 450, 28KB

同じブースに、小さなおかめ&福助もいました。



5865.戦前  おかめ&福助
名前:茶々丸    日付:2012年4月15日(日) 0時39分
Original Size: 550 x 378, 80KB Original Size: 550 x 413, 85KB

既存のおかめ&福助です。



6130.戦前  支那  香木人形
名前:茶々丸    日付:2012年8月27日(月) 22時32分
Original Size: 450 x 600, 20KB Original Size: 450 x 600, 21KB Original Size: 450 x 600, 19KB

久しぶりの香木人形が、今度は大通りにポツンと立っていました。
「鷹を持つ老人」でしょうか、中々趣があります。



6134.Re: 戦前  支那  香木人形
名前:ビクトル    日付:2012年8月31日(金) 17時3分
茶々丸さん
いろいろな分野に精通されていますね。
香木人形本当に趣があります。
小さなおかめ 福助さんもすごく趣がありますね。


6136.戦前  支那  香木人形
名前:茶々丸    日付:2012年8月31日(金) 18時48分
ビクトルさん

今日で八月も終わり・・・ いよいよ秋ですね。
何だか焦ります。

今回の香木人形は、本当に香木の香りが強く、
玄関に飾っていますが、すごくいい香りです。
戦前にそれほど人工香料が発達していたとも思えないので、
やはり天然の香木が活かされているようにも思えます。


6154.Re: 戦前    香木人形
名前:ビクトル    日付:2012年8月31日(金) 22時38分
香木ってすごいですね。
現在でもいい匂いがするのですね。
当たり前といえば当たり前なのですが・・・・。
この支那の香木人形は、造形がすごいですね。

6124.昭和11年  福良雀土鈴  平安紫雲 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年8月13日(月) 0時28分
Original Size: 640 x 480, 110KB Original Size: 640 x 480, 118KB

福良雀土鈴が届きました。(画像右)
「宝尽し」の文様が、以前からの手持ちと微妙に違っていたので、
入手しておいてよかったです。
小型の雀は練り物ですが、意匠が酷似しており、
土鈴は、この練り物がモデルなのではないかとも思われます。



6125.金沢練り物など  福良雀いろいろ
名前:茶々丸    日付:2012年8月13日(月) 0時13分
Original Size: 640 x 480, 126KB Original Size: 640 x 480, 136KB

背中に海老が乗っているだけで、何だか有難い感じに思えるのは、
心が貧困なせいでしょうか(~_~;)



6126.Re: 昭和11年  福良雀土鈴  平安紫雲
名前:ビクトル    日付:2012年8月13日(月) 23時48分
茶々丸さん
こんばんは

華やかでいいですね。
お仕事忙しいと思いますが、お身体大切になさってくださいね。

6118.猫地蔵 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年8月12日(日) 20時14分
Original Size: 640 x 480, 108KB Original Size: 480 x 640, 134KB

煉瓦壁の一角に、長年可愛がっている石の招き猫を置きました。
これから、絵馬棚や交通安全基金の募金箱を設置したりして、
小さな名所として育てようと思っています。



6119.猫地蔵
名前:茶々丸    日付:2012年8月12日(日) 20時18分
Original Size: 480 x 640, 163KB Original Size: 640 x 480, 98KB

佐賀の石屋さんが作ったものです。
この猫さんには、これまでにも沢山の願い事を叶えて貰いました。
末永く大切にお祀りしていきます。
オリジナルの絵馬も作りました。



6120.Re: 猫地蔵
名前:ビクトル    日付:2012年8月12日(日) 20時38分
茶々丸さん
猫地蔵さんお店にマッチしていますね。
オリジナルの絵馬もいいですね。
お店すごくいい感じですね。(^O^)


6121.1936年  ベルリンオリンピック記念土鈴
名前:茶々丸    日付:2012年8月12日(日) 23時36分
Original Size: 640 x 480, 149KB

ロンドンオリンピックもいよいよ終わりですね☆

ところで、オリジナルの絵馬ですが、安価な上に印+名入れ無料というのを見つけて作りました。
角印は、印鑑屋さんの注文サイトのシュミレーションで、
「招福山猫地蔵尊之印」と入れて出た画像を使い、実際の印鑑はないままでで出来ました(~_~;)


6108.昭和初期  すがる神社授与  すがる鈴 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年8月8日(水) 0時37分
Original Size: 600 x 600, 48KB Original Size: 640 x 480, 182KB

先日の鷽土鈴が届きました。
当初から、簡素な土鈴本体よりもむしろ、念入りな雰囲気の栞に興味を持っていた処、栞は2種類入っていました。
鷽の栞からは、秋田の中野英一作「魔除鈴」であるという以外に詳細な情報は得られませんでした。
もう一枚は、奈良の蜾贏神社授与「すがる鈴」の栞が紛れ込んだもので、僕にとっては貴重な拾い物でした。



6109.昭和初期  すがる神社授与  すがる鈴
名前:茶々丸    日付:2012年8月8日(水) 9時31分
Original Size: 640 x 480, 177KB Original Size: 250 x 175, 7KB Original Size: 250 x 175, 7KB

左の画像の真中が、手持ちの授与鈴です。
今回入手の栞によって、「ねぶりこ(おしゃぶり)」が象られた「すがる鈴」の由来が判明して嬉しいです。

【蜾贏(すがる)神社】
奈良県橿原市飯高町 子部神社の南西約100mに鎮座する小祠。

※祭神
 多神宮注進状の裏書きに、
 「蜾贏神社一座 雷蜾贏(イカヅチスガル)の霊 亦雷神と云う。是即小子部連の遠祖なり。子部の里にあり。未だ官弊に預からず」
とある神社で、軒の宮ともいう。拝殿軒下の神額に子部神社とあるものの、“未だ官弊に預からず”とあるから、式内・子部神社ではないらしい。

 祭神・イカヅチスガルとは、上記、蚕児の代わりに小児を集め小子部の姓を賜ったスガルのことだが、イカヅチスガルという訳は、雄略紀7年条に記す
 「天皇が小子部スガルに、『朕、三諸山(三輪山)の神を見たい。お前は力が強いので、行って捕らえてこい』と命じた。
スガルは三諸山に登って大蛇を捕らえて天皇に見せた。大蛇は、雷のような音を立て、眼がきらきらと輝いていた。
天皇は斎戒されていなかったので、畏れて目を蔽い殿中に隠れられた。そして大蛇を三諸山に放ち、スガルに改めて雷(イカヅチ)の名を賜った」(大意)
による。

 三諸山(三輪山)の神が“蛇”であることは、箸墓伝承(崇神紀)によっても知られるが、古代信仰での蛇は水神であり雷神でもある。
また、桑の原に落ちた雷は再び天に昇ることができないので、桑原には雷は落ちないとの俗信がある(雷除けの呪文・クワバラ クワバラの原点という)。
 一方、スガルは天皇から蚕を集めるよう命じられており、そのスガルが蛇=雷を捕らえ、イカヅチの名を与えられたのも、蚕・桑・雷・蛇の関連からとみることができる。

 しかし、同じ集落内にスガルを祀ると思われる式内・子部神社があるにもかかわらず、蜾贏を祭神とする当社が創建された由緒及び創建時期はともに不明。

※社殿
 子部神社(小子部神社)の前を過ぎ西へ曲がった先、民家の先に拡がる田畑の畦を南に回りこんだ処に鎮座する。
畦の脇に“すがるの宮 子部神社”との立札がある。
 周りを民家と田畑に囲まれた狭い境内に、南面して拝殿(入母屋造・間口三間・奥行一間三尺)が、その奥、土塀に囲まれた中に鳥居が立ち、
朱色の銅板葺き・春日造の本殿(間口二尺一寸・奥行一尺四寸)が鎮座するが、塀が高くよく見えない。


6104.昭和初期  丹波篠山・平左衛門稲荷神社授与  狐土鈴 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年8月5日(日) 23時20分
Original Size: 640 x 480, 81KB Original Size: 640 x 480, 93KB Original Size: 327 x 454, 102KB

戦前に、丹波篠山の平左衛門稲荷神社(まけきらい稲荷)で授与されました、「狐土鈴」です。
玩具帖にも見える、地方の稀少作ですが、見た目が地味なせいか不人気でした。

玩具帖 29号16
画題 [平左エ門稲荷狐]
よみ ヘエザエモンイナリギツネ
備考 高二寸五分、昭和十年田中幡賞氏より 丹波篠山町同稲荷社より出す



6105.王地山平左衛門稲荷神社(まけきらい稲荷)
名前:茶々丸    日付:2012年8月5日(日) 23時2分
Original Size: 400 x 300, 40KB Original Size: 225 x 300, 24KB

■王地山平左衛門稲荷神社(まけきらい稲荷)

王地山公園の西側、赤い鳥居がトンネルのように続く長い石段を丘上に登ると、
王地山稲荷神社と向かい合って、土俵の上にお祀りされているのが平左衛門稲荷神社である。
またの名を負けきらい神社といい、次のような話が語り継がれている。

「篠山藩主青山忠裕公が老中であった約170年前の文政年間の頃、毎年春と夏に、
江戸両国の回向院広場で、将軍上覧の大相撲が催されていた。
ところが、いつも篠山藩のお抱え力士たちは負けてばかりであった。
ある年の春場所のこと、篠山から来たという王地山平左衛門ら8名の力士と行司1名、
頭取1名の 一行10名が現れ、土俵に上がると連戦連勝してしまった。
負けきらいのお殿様は大変喜んで、その者達に 褒美をやろうとされたが、どこにもいない。
後で調べてみると、なんと全員が領内のお稲荷さんの名前だった。
そこで、それぞれに、幟や絵馬などを奉納して感謝したという。」
今は、招福除災・商売繁盛勝利守護、それに合格成就の神として広く信仰されている。


6098.産地不明  埴鈴 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年8月1日(水) 23時57分
Original Size: 640 x 480, 158KB Original Size: 350 x 276, 88KB

埴鈴と言えば、手持ちのこの鈴の産地が不明です。
形状・色調は、羽津の源八鈴に似ていますが、
留め方が大きく違い、別物のようです。

■玩具帖 巻号 14号7
画題 羽津土鈴
備考 十四顆 実大、タイシャヌリ 昭和七年七月蝠堂氏寄贈


6073.ちょっと一息 返信  引用 
名前:ビクトル    日付:2012年7月20日(金) 23時33分
茶々丸さん
小福さん
いつも本当にありがとうございます。
感謝です。

今日で少しだけ一区切りを迎えました。
いつも綱渡り的に過ごしているので、無事に過ごせて何よりでした。
この前、以前は、浜松の駅前にあった渥美ゴザ屋さんに出かけてきました。ブログで移転したことは知っていたのですが、出かけたのは初めてでした。そこでちょっと面白いものを見つけました。またアップしますね。



6074.Re: ちょっと一息
名前:茶々丸    日付:2012年7月23日(月) 22時3分
Original Size: 640 x 480, 105KB Original Size: 640 x 424, 151KB

渥美ゴザ屋さん、初めて知りました。
HPを見ると、かわせみの醤油差しや水団扇など、目にも涼しげでした☆



6076.Re: ちょっと一息
名前:ビクトル    日付:2012年7月24日(火) 23時8分
茶々丸さん
こんばんは
渥美ゴザ屋さんのHPご覧いただきありがとうございました。
以前は、浜松駅のすぐ近くにあったのでいつものぞいていたのですが、移転してしまいちょっと残念です。それから、ちょっと芸術家肌だったご主人(本当に芸術家だったのでした)が急に亡くなられて何だかとても寂しい気持ちになりました。でもお店が続いていることがやっぱりすごいと思うのでこれからは、ちょくちょく寄ってみたいと思いました。


6078.暑いですね(~_~;)
名前:茶々丸    日付:2012年7月24日(火) 23時41分
>ちょっと面白いものを見つけました

どんなものですか?? 


6079.Re: ちょっと一息
名前:ビクトル    日付:2012年7月26日(木) 0時31分
茶々丸さん
面白いものとは、古い張子歌舞伎十八番です。壊れているのですが、現在の玩古庵さん(春日部張子)よりも古いものです。渥美ゴザ屋のご主人のお気に入りだったのだそうです。まだ修復していないので、修復できたらアップしますね。


6080.昭和初期  歌舞伎達磨
名前:茶々丸    日付:2012年7月26日(木) 22時11分
Original Size: 640 x 480, 167KB

歌舞伎十八番ですか、凄く良さそうですね☆

僕は歌舞伎の張子はこれだけです。
センターの助六は「松岡香一路」氏の誂えです。



6083.Re: ちょっと一息
名前:小福    日付:2012年7月29日(日) 15時28分
 ビクトルさん 茶々丸さん みなさん お元気ですか。
 
 ビクトルさん
 小福の家には「ととさん」という和金になりきれなかった?太っちょの金魚が泳いでおります。「赤い金魚は金運をもたらす」という言い伝えが香港にはあるそうですが、マイペースのようで、あてになりません。
 
 茶々丸さん
 オークション 郷土玩具 31日21時56分に『玩具帖』37号23 木彫龍 らしき品物が出品されています。春日大社授与品の一刀彫もいいですが小福はこちらの方が好みです。オークションで「これいい!!」というものが見つかると3分だけ元気になれます。


6084.Re: ちょっと一息
名前:茶々丸    日付:2012年7月29日(日) 19時2分
小福さん
木彫の龍、愛らしいものですね☆
僕は同じ方の古土鈴シリーズに入札しているので、ついでに木彫にも入れてみましたが、
もし小福さんのご予定品でしたら退散します。
僕は今、鳩笛尽くしの巨泉画に関心が向いていますが、あまりにも状態が悪いので見送ることになりそうです。


6085.Re: ちょっと一息
名前:小福    日付:2012年7月29日(日) 21時20分
 茶々丸さん
 購入予定はありませんので大丈夫ですよ。今は見つけるのが楽しいです。


6086.Re: ちょっと一息
名前:茶々丸    日付:2012年7月30日(月) 23時34分
小福さん
本日到着のTTB誌で、小福さんのお宝を拝見、お見事ですね☆
僕は何もわからない中でも張子には特に疎く、奥の深さを感じました。。

6068.享保・長崎絵  意太里亜人男女之図 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月18日(水) 13時13分
Original Size: 480 x 640, 181KB Original Size: 226 x 613, 101KB

新しいデジカメが届き、やっと画像を撮影できるようになりました。

先日ご紹介した「意太里亜人男女之図」は、当初は反町弘文荘の旧在庫だとは知らなかったのですが、
箱を開くと、得も言われぬ沈香が焚きしめられていて、特別に大事にされていたことを感じました。



6069.享保・長崎絵  意太里亜人男女之図
名前:茶々丸    日付:2012年7月18日(水) 13時12分
Original Size: 450 x 600, 149KB Original Size: 450 x 600, 150KB

長崎の絵師により描かれた万国人物絵巻の断裁と思われます。
斬新で優雅なイタリアンファッションの先駆けを見るようです。


5925.金比羅さんの犬 返信  引用 
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 7時35分
Original Size: 640 x 480, 96KB

茶々丸さん
おはようございます。
金比羅犬さんありがとうございました。
あたらしい生活にもすぐになれて元気にやっています。(^O^)



5926.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 7時40分
実は、ビクトルの家に兄弟犬がいました。
先住人は、大崎さんの最晩年の作で枯れた味わいが(へたうま おもろい系)新しいおともだちは、本来の大崎さんの丁寧でしっかりした作りで端正系で面白いです。前歴のあるものは、以前はどんな生活をしていたのかなとか?思いを馳せることが多く楽しいです。


5927.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 7時42分
Original Size: 640 x 480, 106KB

二人並ぶとこんな感じです。
なんだかうれしそうです。



5928.昭和初期  小さな羽衣狆土鈴  五十鈴会
名前:茶々丸    日付:2012年5月13日(日) 15時0分
Original Size: 308 x 344, 67KB Original Size: 347 x 436, 70KB

やはり、お持ちでしたか。
また気がけておきます。
兄弟が出来て楽しげではありますね☆

犬の古土鈴を入手しました。
高さは4.7pです。
黒目部分が剥落しているのか、不人気でしたが
作りは良いと思います。



5929.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年5月13日(日) 17時20分
茶々丸さん
本当にいつもありがとうございます。

五十鈴会の古い犬土鈴端正な作りですね。
茶々丸さんのワンコウマンションもにぎやかになりましたね。


5998.昭和初期  鯛狆土鈴
名前:茶々丸    日付:2012年6月10日(日) 16時20分
Original Size: 600 x 450, 25KB Original Size: 600 x 450, 24KB Original Size: 600 x 450, 22KB

鯛狆の土鈴を入手しました。
小ぶりながらも、しっかりとした作りが目を引きます。



6062.法華寺 守り犬鈴
名前:茶々丸    日付:2012年7月16日(月) 0時1分
Original Size: 540 x 420, 127KB Original Size: 463 x 436, 121KB Original Size: 250 x 173, 54KB

授与品ではないと思いますが、趣味家印もなく、年代・作者共に不明です。
何十年やっても、見たことのない土鈴との出会いがあり、奥の深さを感じます。



6064.Re: 金比羅さんの犬
名前:ビクトル    日付:2012年7月17日(火) 0時15分
茶々丸さん
こんばんは
着々とおともだちが集っていますね。(^O^)
とてもいい感じです。ちゃんと土鈴になっているところがすごいですね。

6057.見送り日記   戦前 名古屋土人形 座布団猫 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月13日(金) 23時21分
Original Size: 295 x 435, 75KB Original Size: 450 x 600, 24KB Original Size: 411 x 448, 85KB

野田作品は、戦後の復活作の方が若い感じで、
本人が若い頃の方が老成した作風に思えます。



6061.Re: 見送り日記   戦前 名古屋土人形 座布団猫
名前:ビクトル    日付:2012年7月14日(土) 15時1分
茶々丸さん
こんにちは

確かに茶々丸さんがおっしゃる通り、ご本人が若い時の方がかれた味わいがあるような・・・そんな気分だったのでしょうか?
復活するためには相当の気力が必要でしょうし、エネルギッシュでないとできない気もします。心の問題は、きっと作品にもあらわれるのでしょう。(^O^)

6059.相撲絵  平戸・玉ノ戸弘之助  二代・歌川国貞 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2012年7月13日(金) 21時37分
Original Size: 422 x 600, 49KB Original Size: 596 x 600, 55KB Original Size: 600 x 580, 65KB

当地出身の力士といえば、
深川・富岡八幡宮の巨人力士碑にもその名が刻まれる、身長227pの生月鯨太左衛門が知られますが、
「玉ノ戸弘之助」は全くノーマークでした。
調べてみると、幕末〜明治初年の十両で、生涯戦歴は30勝40敗15分1預/86出(18場所)です。
今では地元でも忘れられた存在ですが、
錦絵に登場したほどですから、立派な立ち姿や端正な風貌を見ても中々人気があったのでしょう。



6060.見送り日記  相撲絵  生月鯨吉
名前:茶々丸    日付:2012年7月13日(金) 22時22分
Original Size: 343 x 500, 191KB

先日の「明治古典会七夕大古書入札会2012」にこれが出て、目を見張りました。
今回は「意太里亜人男女之図」に集中のため固く目をつぶりましたが、珍品中の珍品だったと思います。
「生月鯨太左衛門」の四股名は、江戸に出てからの名で、
18歳で大阪・小野川部屋の門を潜り、短期間「生月鯨吉」を名乗った当時の絵姿はほとんど知られていません。

■生月鯨太左衛門

生月 鯨太左衛門(いきつき(いくづき、あるいはいけづきとも) げいたざえもん、文政10年3月21日(1827年4月16日) - 嘉永3年5月24日(1850年7月3日))は、
肥前国松浦郡(現在の長崎県平戸市生月町)出身の江戸時代の力士。本名は、墨谷要作。身長が227cm、体重が169kgあり、日本一の巨漢力士であった。
平戸藩生月島は江戸時代中期より捕鯨で有名となり、文政年間には日本一の捕鯨量を誇っていた。四股名はその生地と体格にちなんでつけられた。最高位は西張出前頭(初土俵から引退まで)。
東京都江東区にある富岡八幡宮に、巨人力士碑、巨人力士手形足形碑があり、その大きさを実感することができる。ちなみに、手形は長さ25cm幅11cmもある。

生涯

漁師(鯨猟師)であった多七とハル(要蔵とはる、とも)夫婦の間に産まれた。
母親の夢に鯨が現れ、要作が産まれたなどの伝説が残るが、一般の新生児の倍ほどの大きさで生まれ、産婆を驚かせたともある。
幼少期の要作が漁師であった父親の船に乗ることを望んだが、その巨体を理由に乗船させてもらえなかったため、出漁の際、船に積んだ網を離さず、逆に船を陸へ引っ張り上げてしまったという話が伝わる。
巨漢の要作はしかし性根は優しく、乗船こそさせてもらえなかったが親の仕事の手伝いはよくし、船が港に戻ると、毎度一人で船を引き上げ、ひっくり返して水抜きをしていたとも伝わる。
その他にも、八丁櫓の勢子船と砂浜の要作が綱引きをして彼が勝利した、14歳で鯨を仕留めて「鯨の要作」「鯨吉」と呼ばれた、など、彼の生地には多数の伝説的逸話が残り、
真の出来事も誇張も後付の創作も含まれるであろうが、当時、および後世に、故郷で彼が愛されてきたことが窺い知れる。
平戸生月島に巨童あり、の話は全国に伝わり、各方面からの角界入りの誘いがあったが、当初両親は「我が子が見世物にされる」とこれを断っていた。
のち大阪の小野川嘉平次(小野川部屋)の門に入り、18歳で初土俵、翌年1844年(天保15年)に江戸相撲の玉垣額之助(玉垣部屋)門下に入った。
「生月鯨太左衛門」の名は、当時の平戸藩主から与えられた、とされている。鯨太左衛門は江戸以降であり、大阪の頃は名を「生月鯨吉」だったとする史料もある。
生月鯨太左衛門の人気は高く、一陽斎豊国ら著名な作家の手による錦絵も多数残されている。巨体から繰り出される技は豪快で、張り手と突っ張りに威力を発揮したとされているが、
巨体お披露目的な興行が多く、番付に張り出されて以降の6年12場所間、ほとんど土俵入りのみの出場であった。「脊高き計肉少く。階子を押立たる如くにて」とする当時の記述もあり、
縦方向への巨体であったらしい。なおその巨体だけでなく、顔も人気であったらしい。江戸でも、芝仙波太郎に招かれた時に出された秋桃(鯨太左衛門が帰った後、力自慢が割ってみようとしたが、できなかった程硬かった)
を饅頭でも割る様にして割って食べたと、巨体と怪力を生かしたエピソードには事欠かなかった。
江戸では女遊びを覚えたようで、両国の水茶屋の評判娘に振られたので、腹いせに水茶屋の近くの見世物小屋に出ていた一寸 玉之助と言う身長 1m程度の女性を妻にしたエピソードも伝わっている。
度が過ぎたのか、晩年の約5年間は瘡毒を罹っていた。
平戸藩主の松浦熈は鯨太左衛門を、松浦家の江戸での菩提寺である天祥寺の長屋の二階に住まわせていた。
嘉永3年に鯨太左衛門が24歳で死去した際、遺体を運び出すのに、長屋の天井を切り開いて搬出したと伝わる。同寺に墓所が残る。戒名は「晴光院巨海生月居士」。
越後での巡業に出立の際、脚気にて病死とする資料あり。また、瘡毒で死んだとする資料も残っている。 死してもなお「地獄で鬼があきれる」(その体格に)という題の絵が発行された。



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