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6745.藤村玩具コレクションの概要(1) 返信  引用 
名前:しこちゅう    日付:2013年10月19日(土) 19時55分
Original Size: 300 x 297, 87KB Original Size: 300 x 239, 76KB Original Size: 300 x 288, 81KB

土鈴の写真をありがとうございます。
ご要望の有りました 概要の写真をお送りします ただファイルが多数のため 未整理ですがメディアでも おおくりしたいと思っています
本題
 このコレクションでの私のお気に入りが 多数ありますが その中でも
撫養 立岩の段重太郎の首人形13体 高松の角新太郎の土焼き玩具
沢井ツネの女だるま 広島張り子の儚そうなおぼこや女達磨3体
高松の嫁入り人形が あります
資料の整理をかねて アップします
今日UPする段重太郎の首人形は 13体もあり 段の人形を識別の基準
になります この人形をみると 著名なコレクターの段の首人形とする根拠が 揺るぐとおもいます
 



6746.藤村玩具コレクションの概要(2)
名前:しこちゅう    日付:2013年10月19日(土) 20時3分
Original Size: 300 x 282, 78KB Original Size: 300 x 229, 75KB Original Size: 300 x 213, 73KB

つぎの7体です


6739.こんばんは 小福さん 返信  引用 
名前:しこちゅう    日付:2013年10月18日(金) 20時15分
はじめまして しこちゅうです
わたしは オムライスにカレー粉をいれます ウスターソースをいれたときと同様なピリ感がでます お試しください
いま 手元に「四国のおもちゃ」がないのでたしかではありませんが
加藤氏の「郷土玩具叢話」125Pに縫いぐるみ犬の写真があり見比べましたが
玩具帖とよく似ていますが 違う犬のようです
加藤氏の犬のしっぽが立って 首掛けが広く 髭が3本かかれ 目は 
めがねではなく黒丸に半円 鼻は団子に描かれています
よく似ていますが 違う人形のようにおもいます
「四国のおもちゃ」は加藤氏がなくなられて編まれたようで 加藤氏が
直接 編集されていたら 間違わないような 写真がのっていています
ですが 加藤氏の文章と写真は わたしの大事な参考書です



6743.Re: こんばんは 小福さん
名前:小福    日付:2013年10月19日(土) 10時41分
 ビクトルさん 茶々丸さん 泥狸さん しこちゅうさん みなさん おはようございます。

 しこちゅうさん お教え下さいましてありがとうございます。こちらこそ御教示宜しくお願いいたします。浅く広範囲なもので、性格とともに注意力が抜けていることが多々あります。
 
 茶々丸さん さぞやお時間がかかったことでしょう。本当にありがとうございます。小福の知る先代さんでしょうか。教えて下さって嬉しい限りです。先日の住吉の土兎、いいお品でしたね。小福は蛇が一番苦手ですが住吉の巳さん、赤色の使い方が好きです。

1563.高松の子守人形 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2008年4月20日(日) 14時31分
Original Size: 421 x 640, 94KB Original Size: 600 x 480, 89KB Original Size: 640 x 141, 57KB

「塩山の鳩笛」の表紙に惹かれ、昭和9年の「郷土玩具」誌を入手しました。
出品者は、この冊子に寄稿もされている柏崎の愛玩家の遺族でした。
中越沖地震で全壊した家屋から救い出された遺品の一つだそうです。
ご住所が今だに仮設住宅名で、胸が痛みます。

この号に、高松の子守人形が、当時の新玩として紹介されています。
「有坂與太郎」氏の、捻りの効いた賛辞が印象的です。



1564.Re: 高松の子守人形
名前:茶々丸    日付:2008年4月20日(日) 14時30分
Original Size: 530 x 480, 118KB Original Size: 640 x 406, 100KB

この人形は、先般の陶磁資料館にも展示されていました。

思い返せば、
於茂千也函にも、痛々しい姿で佇んでいました。(画像右端)

ところで、
野田さんの子守人形とは、どのような相互関係にあるのでしょうか。。



1572.Re: 高松の子守人形
名前:ビクトル    日付:2008年4月20日(日) 16時55分
茶々丸さん
この子守人形は、昭和9年頃の新作玩具だったのですね。横書きが、歴史を感じさせます。右端からはじまる陶磁資料館に出かけたとき、この子守人形は、どなたの作品なのかなぁ?とカンカンさんと話した記憶がありますよ。


1574.Re: 高松の子守人形
名前:茶々丸    日付:2008年4月20日(日) 18時46分
ビクトルさん
子守人形は、とてもおおらかな作風で、心が和みますね。。
僕は玩具の知識に乏しく、
高松と言えば、戦後の宮内フサとか大崎文仙堂しか思い浮かばないです。
話は違いますが、豊五郎さんは高齢の為、製作を止められたのだそうです。


1575.Re: 高松の子守人形
名前:ビクトル    日付:2008年4月20日(日) 22時44分
Original Size: 640 x 480, 108KB Original Size: 640 x 480, 95KB

茶々丸さん

大崎さんは、元々研究者だったのですよね。跡を継がれる方がいないのは、本当に残念ですね。ビクトルのところには、本当に最後の方の作品があります。元々は、端正な感じの作風ですが、枯れた味わいも味があっていいなぁって思っています。



1576.運動人形
名前:茶々丸    日付:2008年4月20日(日) 23時16分
Original Size: 315 x 400, 85KB

いい感じですね〜,・:*:♪・°'☆

はっきり言えば、すっかりボケられたのだそうです。
時の流れを感じます。。

画像はM野先生の遺品です。



1580.Re: 高松の子守人形
名前:ビクトル    日付:2008年4月21日(月) 17時7分
茶々丸さん

そうでしたか。ご高齢でしたものね。でも、ビクトルは、何だか人事とは思えません。(TT)運動人形大崎さんのオリジナルですよね。楽しい作品ですね。

張子玩具の多かった高松も乃村さんだけになってしまったのですね。(TT)いつかは訪ねたい土地でした。


6729.Re: 高松の子守人形
名前:しこちゅう    日付:2013年10月15日(火) 20時49分
以前高松の嫁入り人形の事でお邪魔しました
人形の探索の時 よく利用させて頂いています ありがと
もうお分かりかもしれませんが 作者は滝侃二氏です
加藤増夫氏が庭に投げ捨てられたこの人形の おもしろさに気付き
以降 作られたと報告されていました 高松では子守のことを「こぼり」といい この人形はこぼり人形というのが正解です
また滝氏の頭にたらいをを乗せ魚を行商にゆく姿の人形のいただきさん人形も たいそう面白い人形です
戦後 まもなく亡くなられました


6731.Re: 高松の子守人形
名前:茶々丸    日付:2013年10月16日(水) 0時51分
Original Size: 259 x 350, 62KB Original Size: 263 x 350, 58KB Original Size: 480 x 600, 128KB

しこちゅうさん ご投稿ありがとうございます☆

今朝、愛犬との散歩中に何故かふと、
未入手の「五人百姓」が頭に浮かぶとともに、四国のおもちゃのことをあれこれ考えていたところでした(^^;)
滝侃二氏については、お名前は耳にしますがご功績の詳細は存知ません。
「こぼり人形」、インプットしました☆
今後も折に触れ、種々ご教示くださいませ。

ところで手持ちの張子ですが、
さほど古そうなものではありませんが、「西浜」とあるので高松のようです。
作者がわかりません。
右端の画像は、同じような題材で、小倉の白石喜平作「おたたさん」です。



6733.Re: 高松の子守人形
名前:しこちゅう    日付:2013年10月16日(水) 14時21分
Size: 177 x 234, 34KB

滝氏の土人形のいただきさんです
観音寺市の豊浜公民館蔵です こぼり人形同様 良いデキと思っています
はりこのいただきさんは 私も写真と同様な人形をもっています
確定しませんが 左甚水氏と思っています 底に崩したJ水とありjin水
だとおもっています 左甚水氏は左甚五郎の末裔とのことです
余談ですが 文仙堂さんの運動人形のオリジナルは 角新太郎さんです
茶々丸さんも持っていらっしゃいました 



6734. 讃岐一刀彫  高松祭礼飾船
名前:茶々丸    日付:2013年10月16日(水) 16時59分
Original Size: 480 x 640, 183KB Original Size: 500 x 375, 87KB Original Size: 500 x 313, 105KB

しこちゅうさん

滝侃二氏の「いただきさん」、初めて拝見します。
土俗的でおおらかな作風ですね。
瀧家では戦後、玩具製作業は引き継ぎもなく消滅してしまったのでしょうか。

画像は左甚水工房の作品で「高松祭礼船」(幅16cm)です。


6723.お面 返信  引用 
名前:小福    日付:2013年10月13日(日) 12時6分
 ビクトルさん 茶々丸さん 泥狸さん みなさん こんにちは

 今日は秋らしいお天気で。今朝の朝日新聞1面に「壬生狂言」の記事が載っていました。土蜘蛛のまく紙製の糸は持っていると厄除けになるそうです。『巨泉玩具帖』2巻4号20に京都壬生張子蜘蛛の面というのがあります。ちょっとグロテスクでだれがおみやげに買ったのだろうと思います。お面というと『玩具帖』に静岡や大阪張子に半面というのがあります。これも面白いですね。父の引っ越しで嵯峨面の童子を処分したのをちょっと後悔している小福です。



6725.壬生張子蜘蛛の面
名前:茶々丸    日付:2013年10月13日(日) 18時54分
Original Size: 709 x 499, 166KB Original Size: 300 x 400, 18KB Original Size: 480 x 577, 193KB

「壬生張子蜘蛛の面」は、能面で言えば2番目の画像の「飛出」似ですね。
3番目の画像は、博多土鈴「飛出」(井上博秀・作)です。

■巨泉玩具帖 2巻4号20
画題 京都壬生張子蜘蛛の面
備考 実大 髪の毛を附したるものと、無きものとの二種あり



6727.嵯峨面  藤原孚石
名前:茶々丸    日付:2013年10月14日(月) 23時14分
Size: 213 x 200, 37KB Original Size: 400 x 470, 174KB Original Size: 450 x 300, 109KB

昔の嵯峨面はどこで見られるのでしょうか?
僕には現行品の良さがわかりません。
少し惹かれる十二支面中の兎面も、値札にたじろぎます(^^;)

以前、稚児面が象られた、京都・中山童玩社製の土鈴がありましたが、
流し込み作品を全品整理した時に手放しました。



6728.Re: 嵯峨面
名前:小福    日付:2013年10月15日(火) 9時12分
 ビクトルさん 茶々丸さん 泥狸さん みなさん おはようございます。台風、心配ですね。

 茶々丸さん 嵯峨面のお値段 すごいですね。小福が30数年前、天龍寺の傍で悩んだ末に買った時も、3000円前後だったような・・・。(表情が違います。)どこに行けば古い嵯峨面が見れるのかわかりませんが、嵯峨のつながりで「さがの人形の家」で「特別展・伏見人形展」が開催されています。こちら所蔵のミニチュアの十二支人形―『巨泉玩具帖』6巻9号12出来ましたら、拝見させていただきたいものです。
 土鈴のお話―昭和30年〜40年のかけて活躍された土鈴作家さんはどのような方がおられるのでしょうか?流れとして時代的に今一つ分かっておりません。南強さんも戦後ですよね?宜しくお願いします。

6717.(untitled) 返信  引用 
名前:泥狸    日付:2013年10月11日(金) 10時42分
こんにちは。
熱心に玩具研究の真っ最中、狸のアップはどうもどうも。。。。
いつか機会を見て。。。

答えと質問。
@天鈴の音色
達磨の中に大きな丸いものが入っております。
それは土と土がぶつかって出る鈴の音。普通の土鈴の音。カラカラというかなんというか。
本来ならその土玉が、鈴玉なのですが、その土玉の中にまた鈴が入っているわけでして、その入っている鈴は、よくおもちゃの子猫が首に付けているようなちりんちりんと、、、そんな音がします。
達磨を手に取って振れば、(すずひもがないので)カラカラちりんちりんと二つの音が聞こえます。
天から聞こえる鈴の音は、まあ、下手な表現で申し訳ありませんが、
こんな風です。
いま、中条きよしの”うそ”の曲とともにその鈴の音を聞いています。

A申の須賀川土鈴
マイベスト十二支土鈴良いですね。【申は須賀川土鈴】これは??、
これは、もしかして、私のところから行ったものかと思って書いたものです。
根拠は

少し土鈴のファイルを調べましたら、2009年の5月に「すか川土鈴」の申土鈴をお譲りいただいておりました。

です。

B犬山の十二支
茶様が言われるように、小さまがおっしゃるように、作行きが違い
犬山で売られていたというだけのようです。

みなさん
日本人として、春樹残念ですが、明治大正から、純粋とは詩的精神とは、と議論があったものです。
”純粋”を深く考えても衆生の凡夫にはわかるはずもない。
が、
残念な中にも受賞者が短編作家であることが、うれしい。



6720.わからない
名前:泥狸    日付:2013年10月11日(金) 12時22分
Original Size: 640 x 424, 171KB Original Size: 640 x 424, 157KB Original Size: 640 x 424, 145KB


紐渋い草色もうひとつのと同じ。
彫り深し。
玉極小。
造り端正。
鼻目空き。
赤それ風。
白意識的古色。
*不明

もうひとつの鈴
紐渋い草色。
彫り深し。
玉ふつう。
造り端正。
赤合致。
白合致。
*紐色異。犬山としても,南強か不明。



6721.Re: (untitled)
名前:小福    日付:2013年10月11日(金) 17時49分
 ビクトルさん 茶々丸さん 泥狸さん みなさん こんばんは
 
 泥狸さん 森山天鈴の音色の解説ありがとうございました。「日本土鈴館」で試聴をお願いできるでしょうか?すか川土鈴は失礼いたしました。小福は夢枕鈴も好きです。最近、オークションで見かけませんね。
 茶々丸さん 猫地蔵さんでした。失礼いたしました。藁をもすがりたい事項がいろいろあってあせっております。
 雑誌『クロワッサン』の特集が猫で、立ち読みしておりましたら、今戸焼きの白井さんのことが載っていました。また、『ブルータス』の「みやげもん」166が犬のぴぃぴぃでした。以前、オークションに巨泉玩具帖1巻6号10宇都宮辺猫笛らしき品(吉田義和さんの復元品?)が出品されていました。小福が気になったのは、「みやげもん」の文章のたぬきのぽんぽこぽんのことです。『うなゐの友』第3編・『玩具帖』35号3にある『ポンポコ狸』のことだと思いますが狸の人形の中にビードロがしかけてあるというくだり・・・現物を見てみたい、音を聴きたいという思い湧いてきます。ビードロや和歌山張子の兎のガラスの目玉、古い仙台張子の松川達磨のガラスの目玉など今はなきものに愛着を感じます。ないものねだりが好きなようで…。


6722.江戸ボンボコ狸
名前:茶々丸    日付:2013年10月11日(金) 22時59分
Original Size: 500 x 475, 30KB Original Size: 480 x 640, 146KB

ビクトルさん 泥狸さん 小福さん こんにちは☆

今日は夏と変わらないような陽気でした(^^;)

泥狸さん
○太宰の俳句や評論、意外に率直でいいですね。
○龍土鈴は2つあるのですか?誰の作であれ、いいものですね。

小福さん
○玩具帖「江戸ぽんぽこ」の類似作を手持ちしていますが、音が鳴りません(^^;)
○鈴音の視聴ですが、ご老公は女性には特に優しく、OKです☆

■玩具帖 35号3
画題 [江戸ボンボコ狸]
都道府県名 東京都


6718.俳句 返信  引用 
名前:泥狸    日付:2013年10月11日(金) 10時51分
春服の色教えてよ揚雲雀     


ひとりゐて蛍こいこいすなつぱら     


乱れ咲く乙女心の野菊かな     


コスモスの影をどるなり乾むしろ     


病む妻やとゞこほる雲鬼すゝき     


今朝は初雪あゝ誰もいないのだ     


旅人よゆくて野ざらし知るやいさ



6719.天狗
名前:泥狸    日付:2013年10月11日(金) 10時52分
天狗
太宰治



 暑い時に、ふいと思い出すのは猿簑(さるみの)の中にある「夏の月」である。
   市中(いちなか)は物のにほひや夏の月    凡兆
 いい句である。感覚の表現が正確である。私は漁師まちを思い出す。人によっては、神田神保町あたりを思い浮べたり、あるいは八丁堀の夜店などを思い出したり、それは、さまざまであろうが、何を思い浮べたってよい。自分の過去の或る夏の一夜が、ありありとよみがえって来るから不思議である。
 猿簑は、凡兆(ぼんちょう)のひとり舞台だなんていう人さえあるくらいだが、まさか、それほどでもあるまいけれど、猿簑に於いては凡兆の佳句が二つ三つ在るという事だけは、たしかなようである。「市中は物のにほひや夏の月」これくらいの佳句を一生のうちに三つも作ったら、それだけで、その人は俳諧の名人として、歴史に残るかも知れない。佳句というものは少い。こころみに夏の月の巻をしらべてみても、へんな句が、ずいぶん多い。
   市中は物のにほひや夏の月
 芭蕉がそれにつづけて、
   あつしあつしと門々(かどかど)の声
 これが既に、へんである。所謂(いわゆる)、つき過ぎている。前句の説明に堕していて、くどい。蛇足的な説明である。たとえば、こんなものだ。
   古池や蛙(かわず)とびこむ水の音
    音の聞えてなほ静かなり
 これ程ひどくもないけれども、とにかく蛇足的註釈に過ぎないという点では同罪である。御師匠も、まずい附けかたをしたものだ。つき過ぎてもいかん、ただ面影にして附くべし、なんていつも弟子たちに教えている癖に御師匠自身も時には、こんな大失敗をやらかす。附きも附いたり、べた附きだ。凡兆の名句に、師匠が歴然と敗北している。手も足も出ないという情況だ。あつしあつしと門々の声。前句で既に、わかり切っている事だ。芸の無い事、おびただしい。それにつづけて、
   二番草取りも果さず穂に出(いで)て
 去来(きょらい)だ。苦笑を禁じ得ない。さぞや苦労をして作り出した句であろう。去来は真面目(まじめ)な人である。しゃれた人ではない。けれども、野暮(やぼ)な人は、とかく、しゃれた事をしてみたがるものである。器用、奇智にあこがれるのである。野暮な人は、野暮のままの句を作るべきだ。その時には、器用、奇智などの輩のとても及ばぬ立派な句が出来るものだ。
   湖の水まさりけり五月雨
 去来の傑作である。このように真面目に、おっとりと作ると実にいいのだが、器用ぶったりなんかして妙な工夫なんかすると、目もあてられぬ。さんたんたるものである。去来は、その悲惨に気がつかず、かえってしたり顔などをしているのだから、いよいよ手がつけられなくなる。ただ、ただ、可愛いというより他は無い。芭蕉も、あきらめて、去来を一ばん愛した。二番草取りも果さず穂に出て。面白くない句だ。なんという事もない。これでもずいぶん工夫した句にちがいない。二番草取りも果さず穂に出て。どうも面白くない。二番草、ここが苦労したところだ。どうです。ちょっとした趣向でしょう? 取りも果さず、この言い廻しには苦労しました。微妙なところですからね。でも、まあ、これで、どうやら、ナンテ。ただ、ただ、苦笑の他は無い。何度も読んでいるうちに、なんだか、恥ずかしくなって来る。去来さん、どうかその「趣向」だけは、やめて下さい。
    灰打たたくうるめ一枚
 凡兆が、それに続ける。わるくない。農夫の姿が眼前に浮ぶ。けれども、少し気取りすぎて、きざなところがある。ハイカラすぎる。芭蕉が続けて、
   此(この)筋は銀(かね)も見知らず不自由さよ
 少し濁っている。ごまかしている。私はこの句を、農夫の愚痴(ぐち)の呟(つぶや)きと解している。普通は、この句を「田舎の人たちは銀も見知らずさぞ不自由な暮しであろう」という工合いによその人が、田舎の人の暮しを傍観して述懐したもののように解しているようだが、それだったら、実に、つまらない句だ。「此筋」も、いやみったらしいし、「お金が無いから不自由だろう」という感想は、あまりにも当然すぎた話で、ほとんど無意味に近い。「此筋」という言葉使いには、多少、方言が加味されているような気がする。お百姓の言葉だ。うるめの灰を打たたきながら「此筋は銀も見知らず不自由さよ」と、ちょっと自嘲を含めた愚痴をもらしてみたところではなかろうか。「此筋」というのは、「此道筋と云わんが如し」と幸田博士も言って居られたようであるが、それならば、「此筋」は「おらのほう」というような地理的な言葉になるが、私には、それよりも「おらたち」あるいは、「この程」「当節」というような漠然たる軽い言葉のように思われてならない。いずれにもせよ、いい句ではない。主観客観の別が、あきらかでない。「雨がザアザアやかましく降っていたが私には気がつかなかった」というような馬鹿な文章に似ているところがある。はっきり客観の句だとすると、あまりにもあたりまえ過ぎて呆(あき)れるばかりだし、村人の呟きとすると、少し生彩も出て来るけれど、するとまた前句に附き過ぎる。このへん芭蕉も、凡兆にやられて、ちょっと厭気(いやけ)がさして来たのか、どうも気乗りがしないようだ。芭蕉は連句に於いて、わがままをする事がしばしばある。まるで、投げてしまう事がある。浮かぬ気持になるのであろう。それも知らずに、ただもう面白がって下手(へた)な趣向をこらしているのは去来である。去来、それにつづけて、
    ただどひやうしに長き脇指
 見事なものだ。滅茶苦茶だ。去来は、しすましたり、と内心ひとり、ほくほくだろうが、他の人は驚いたろう。まさに奇想天外、暗闇から牛である。仕末(しまつ)に困る。芭蕉も凡兆も、あとをつづけるのが、もう、いやになったろう。それとも知らず、去来ひとりは得意である。草取りから一転して、長き脇指があらわれた。着想の妙、仰天するばかりだ。ぶちこわしである。破天荒である。この一句があらわれたばかりに、あと、ダメになった。つづけ様が無いのである。去来ひとりは意気天をつかんばかりの勢いである。これは、師の芭蕉の罪でもある。あいまいに、思わせぶりの句を作るので、それに続ける去来も、いきおい、こんな事になってしまうのだ。芭蕉には、少し意地悪いところもあるような気がして来る。去来を、いじめている。からかっているようにさえ見える。此筋は銀も見知らず不自由さよ。この句を渡されて、去来先生、大いにまごつき、けれども、うむと真面目にうなずき、ただどひやうしに長き脇指。この間の両者の心理、目に見えるような気がする。とにかく、この長脇指が出たので滅茶苦茶になった。凡兆は笑いを噛み殺しながら、
   草むらに蛙こはがる夕まぐれ
 と附けた。あきらかに駄句である。猿簑の凡兆の句には一つの駄句もない、すべて佳句である、と言っている人もあるが、そんな事は無い。やっぱり、駄句のほうが多い。佳句が、そんなに多かったら、芭蕉も凡兆の弟子になったであろう。芭蕉だって、名句が十あるかどうか、あやしいものだ。俳句は、楽焼や墨流しに似ているところがあって、人意のままにならぬところがあるものだ。失敗作が百あって、やっと一つの成功作が出来る。出来たら、それもいいほうで、一つも出来ぬほうが多いと思う。なにせ、十七文字なのだから。草むらに蛙こはがる夕まぐれ。下品ではないが安直すぎた。ほんのおつき合い。間に合せだ。
    蕗(ふき)の芽とりに行燈(あんど)ゆりけす
 芭蕉がそれに続けた。これも、ほんのおつき合い。長き脇指に、そっぽを向いて勝手に作っている。こうでもしなければ、作り様が無かったろう。とにかく、長き脇指には驚愕(きょうがく)した。「行燈ゆりけす」という描写は流石(さすが)である。長き脇指を静かに消してしまった。まず、まずどうにか長き脇指の仕末がついて、ほっとした途端に、去来先生、またまた第三の巨弾を放った。曰(いわ)く、
   道心のおこりは花のつぼむ時
 立派なものだ。もっともな句である。しかし、ちっとも面白くない。先日、或る中年のまじめな男が、私に自作の俳句を見せて、その中に「月清し、いたづら者の鏡かな」というのがあって、それには「法の心を」という前書が附いていた。実に、どうにも名句である。私は一語の感想も、さしはさむ事が出来なかった。立派な句には、ただ、恐れ入るばかりである。凡兆も流石に不機嫌になった。冷酷な表情になって、
    能登の七尾の冬は住憂き
 と附けた。まったく去来を相手にせず、ぴしゃりと心の扉を閉ざしてしまった。多少怒っている。カチンと堅い句だ。石ころみたいな句である。旋律なく修辞のみ。
   魚の骨しはぶるまでの老(おい)を見て
 芭蕉がそれに続ける。いよいよ黒っぽくなった。一座の空気が陰鬱にさえなった。芭蕉も不機嫌、理窟っぽくさえなって来た。どうも気持がはずまない。あきらかに去来の「道心のおこりは」の罪である。去来も、つまらないことをしたものだ。
 さてそれから、二十五句ほど続いて「夏の月の巻」が終るのだが、佳句は少い。
 ちょうど約束の枚数に達したから、後の句に就いては書かないが、考えてみると私も、ずいぶん思いあがった乱暴な事を書いたものである。芭蕉、凡兆、去来、すべて俳句の名人として歴史に残っている人たちではないか。夏の一夜の気まぐれに、何かと失礼に、からかったりして、その罪は軽くない。急におじけづいて、この一文に題して曰く、「天狗」。
 夏の暑さに気がふれて、筆者は天狗になっているのだ。ゆるし給え。

6711.東京浅草観音年の市に出る小判 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2013年10月9日(水) 16時53分
Original Size: 355 x 211, 65KB Original Size: 600 x 450, 33KB Original Size: 600 x 438, 35KB

ビクトルさん 小福さん 泥狸さん 皆さん こんにちは☆

小福さん
玩具帖作品をご案内下さりありがとうございました。
今後も機会がありましたら、ご教示の程お願い申します。

■玩具帖 24号35
画題 東京浅草観音年の市に出る小判
備考 高八分、ヨコ一寸三分、同一寸七分 戎大黒の御札を添ると云ふ 昭和九年一月佐野山三氏寄



6712.Re: 東京浅草観音年の市に出る小判
名前:ビクトル    日付:2013年10月10日(木) 20時30分
みなさん
こんばんは
ビクトルです。

こういうのもあるのですね。
面白いです。

今回の台風は、大丈夫でした。茶々丸さんや小福さんは大丈夫でしたか?


6713.戦前 飛騨黄金神社開運白狐稲荷絵馬  鳥山鳩車氏旧蔵
名前:茶々丸    日付:2013年10月10日(木) 22時23分
Original Size: 600 x 450, 25KB Original Size: 600 x 450, 35KB Original Size: 480 x 640, 50KB

ビクトルさん

ご心配をおかけ致しました、有難うございます。
お陰さまで全く何事もなく過ぎました。
屋外に鎮座する「猫地蔵」が守ってくれているようです。
最近、うちの猫地蔵が口コミで少しづつ話題になっているようで、
わざわざ訪ねてくる人まで現れています(^^;)

画像は、上記の小判つながりで、
鳥山鳩車氏の旧蔵品で山彦洞作「飛騨黄金神社開運白狐稲荷絵馬」です。

■飛騨黄金神社は高山駅の東約900m、城山の北山麓に鎮座し、飛騨護国神社と隣り合っています。
ここは昔の高山城の三の丸のあったとされる場所で、神社の前のお壕は、高山城の内壕といわれています。
金属・財運・鉱山の神の黄金神社、衣食の大神宮、地元の功労者の祖霊殿の三社を祀っています。
又、境内社には、お菓子の神様を祭る久和司[くわし]神社、大工の神様の飛騨匠[たくみ]神社など、
個性とバラエティーに富んだ神社が合祀されています。



6714.Re: 東京浅草観音年の市に出る小判
名前:小福    日付:2013年10月10日(木) 23時1分
 ビクトルさん 茶々丸さん 泥狸さん みなさん こんばんは

 ビクトルさん お気遣いありがとうございます。小福のあたりは1時間ほど激しい雨が降りましたが、その後のお天気の回復は早かったです。それにしても暑いですね。
 茶々丸さん 土鈴と小判がお手元にきてよろしゅうございました。ご教示などとはとんでもございませんが、インターネットの時代に感謝です。『巨泉玩具帖』5巻5号3の和歌山製張子兎など出てくると嬉しいのですが・・・かわいいい。招き猫さんの御利益は何でしょうか?小福もお参りしたいです。
 泥狸さん 前田南強を検索しておりましたら、「犬山 前田南強 
土鈴の部屋」というのを見つけました。この中に丑・戌・亥・羊の土鈴の画像がありました。『日本の土鈴』に載っている土鈴とは作りが違うように見受けられました。
 お尋ね 森山天鈴の音色はどのような音でしょうか?気になります。


6716.和歌山張子
名前:茶々丸    日付:2013年10月10日(木) 23時58分
Original Size: 699 x 460, 132KB Original Size: 673 x 450, 117KB

小福さん

和歌山張子というのは、作者は誰なのでしょうか。
インパクトのある兎に比べ、達磨は普通ですね。

■巨泉玩具帖 5巻5号3
画題 和歌山製張子兎
備考 高三寸二分、眼玉ガラス玉 ○年同地にて求む

■巨泉玩具帖 2巻7号8
画題 和歌山張子達磨
備考 起上り、高四寸 高橋氏蔵


6706.好鈴に因る書き初めの鈴 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2013年10月7日(月) 13時11分
Original Size: 600 x 450, 23KB Original Size: 640 x 480, 61KB Original Size: 330 x 379, 67KB

一式では滅多に現れない「好鈴(こうれい)に因る書き初めの鈴」、通称「硯箱」です。
2番目の画像は以前からの手持ちですが、内容の一部が違うので入手しておきました。
3番目の画像の作は、山口壬三氏による写しです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小:お誕生日・・・
茶:ありがとうございます。残念なことに全く進歩いたしません(^^;)
小:「日本土鈴館」に当分・・・
茶:「鈴を振り振り」にご登場の、ご老公の呵呵大笑はご覧になりましたか?
  久しぶりにお電話してしまいましたが、頗るお元気のご様子でした。
小:「ごちそうさん」張り子の虎 尾がなかったたような・・・
茶:確かにそうだったような。。どこの産やら、最近作でしたね。

泥:犬山とは書いてあったような、南強とは・・
茶:「犬山」「南強」の刻印は同じ調子ですが、南強家以外の犬山土鈴があるのでしょうか。



6707.
名前:泥狸    日付:2013年10月8日(火) 15時1分
Original Size: 621 x 331, 79KB

ビクトルさん失礼。
一昨日(6日)は祭でした。
また、悪狸アップします。

>「犬山」「南強」の刻印は同じ調子ですが、南強家以外の犬山土鈴があるのでしょうか。

”同じ調子の意”味がいまいち。。。
画像の実物を手持ちでいらっしゃるのかもしれませんね?
私は持っていませんので、刻印がこの十二支に打ってあるのかどうか存じおりません。
南強のものには小さな物でも、刻印が打ってある物がありますのでもしかしたらう打ってあるのかもしれませんが。
この干支をお持ちでしたら、画像でお見せ願えませんでしょうか。

犬山の文字には刻印と墨字の2つあるようです。
南強の鈴には南強の刻印こそ見たことがありません。
ただ、壁掛けの類には、板に南強と墨字があるようです。

〔南強家以外の土鈴の存在〕
買った方の記念記録として書き込まれた物の中に
犬山モンキーセンター・犬山日本ラインなどが書き込まれてあります。
しかし、それは南強とはおもえないものでは無いでしょうか。
こういうものははっきり誰でもわかるのでしょうが、
そうではなく、疑われる物があります。

例えば、、、まじめなはなし。
犬山と墨字(だったと思います)の蛤と松茸の鈴。
これなどは、犬山在住のコレクターさんも、本当にこれ南強さん?と疑っておられました。

ま、わたしの知ってるのは、こんな程度なのです。
茶様のほうがお詳しいですよ。



6708.ぼちぼち行こう
名前:泥狸    日付:2013年10月8日(火) 15時14分
もう一度失礼。

書き忘れました。

小福さん
これは確かに本によれば、南強作に間違いございません。
失礼しました。

茶々丸様
桃持ち申が載っております。日本の土鈴によれば、
犬山市寺内町植島敬雄さんの作があるようですよ。。。


6709.南強の刻印
名前:茶々丸    日付:2013年10月9日(水) 9時46分
Original Size: 640 x 480, 115KB Original Size: 640 x 480, 86KB Original Size: 640 x 480, 90KB

泥:同じ調子の意”味がいまいち・・・
茶:知ったかぶりで済みません(^^;)
  以前、南強土鈴はほとんど手放してしまい、達磨でさえ画像の小品2点だけを手持ちしている状態で、資料がありません。
  ただ、画像の達磨土鈴の背面画像のように、書体やポイント、陰刻の深さなどが同じ調子です。
  3番目の画像は「立ち犬」です。

泥:犬山と墨字(だったと思います)の蛤と松茸の鈴。
茶:見たいです☆

泥:南強作十二支・・
茶:「日本の土鈴」55Pの[犬山十二支」は、津屋崎の原田三右衛門作と思われます。
  「土の鈴」116Pの「原田タカヨ」作とほとんど同傾向です。
  それと、タカヨさんの土鈴でモンキーセンターに出荷していたという猿土鈴があったと思います。
  これも今は手持ちしていないため、画像でご紹介できません(^^;)
  犬山は観光地なので移入作品も当然多いはずですが、
  ご承知のように南強作品はあの独特の作風ですから、他産地の作品とは一見して異なっていると思います。

泥:犬山市寺内町・植島敬雄さんの作・・・
茶:これも気になっていますが、巡り会いません。
  余談ですが、それが出ている「日本の土鈴」58P「常滑土鈴・三猿鈴」は、野田末吉作ではないでしょうか。



6710.台風
名前:泥狸    日付:2013年10月9日(水) 9時50分
ビクトル様 取り急ぎ失礼。
こちらは台風良かったですね。


茶々丸様の方は、
台風大変だったでしょうに。
お見舞い申し上げます。

こちらは風が少し吹いただけです。

近畿の方はどうだったでしょうか。

刻印について他は、次に必ず。


小福さん
吉田三郎はまちがい。僕の昔の友人名です。
吉田初三郎でした。

6700.船出 返信  引用 
名前:泥狸    日付:2013年10月4日(金) 18時27分
Size: 240 x 159, 43KB Size: 128 x 240, 32KB

兎に誘われて、船を海へひっぱてる最中。
ビクトルさん、カンカンさんありがとうございます。
おかげで、題名のようです。写真のようです。そのうち船に乗ります。

ピンポン状態は良くないことがわかりました。それには間が必要。
そう言えば、小福さんはどうしたのでしょうか?

茶々丸様
2枚目写真何a位?
たぬきの○じゃなくて背丈ね。
答えは、又ねじゃいけません。
またまた、は、たぬきの金○。
またいっぱい。

ねこの金○と言ったのは、河野謙三。
河野謙三参議院議長 「政治家は つねに国民大衆の先頭に立って考え実行しなければなりません。国民の後手に回るよう では何が出来るかッ。後ろから見えるのは猫のキンタマだけであります。

そうはイカの金○と言ったのは
女子大生に講義中の、女子大教授。
なに大か、男女いずれかはは不知。
教えてください。茶々丸様。

○は玉と読む。
○○下ノタで叱られそう。

次回からは、真面目になるのでおじゃる。



6701.躁鬱の躁も折りよく花の宴  (茶々丸迷句集より)
名前:茶々丸    日付:2013年10月5日(土) 1時8分
Size: 92 x 73, 38KB

ビクトルさん 皆さん こんにちはー☆

泥狸さんのご登場で一挙に賑やかになり、嬉しいです。
ただ、泥狸さんは僕と同じように躁鬱体質かもしれません(~_~)
自然体で安定して頂けましたら助かります。

この板は、結構な閲覧数の割には仰せのように投稿者は少な目ですね。
やはり牢名主状態の僕が仇(あだ)なのでしょうか(^^;)
でも世間がどうであれ、たとえ少人数でも、
徒然に風の吹くまま気の向くまま、楽しく玩具噺を繰り広げて参りましょう。

上の狸さんですが、手持ちのはずですが行方不明です。
周囲の駄玩具と比べて10cm程度のものだったかと思います。
狸さんの頬被りの柄が、七福神の大黒さまの烏帽子と共通性があり、
全体の印象からも南強で相違ないと思います。

小福さんは、あまちゃんロスでしょうか(^^;)
僕は「ごちそうさん」で充分楽しいです。
ゆずの主題歌「雨のち晴レルヤ」も綺麗な曲で気に入ってます。



6702.Re: 船出
名前:小福    日付:2013年10月5日(土) 11時8分
 ビクトルさん カンカンさん 茶々丸さん 泥狸さん みなさん こんにちは
 茶々丸さん 遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。
せめてバブのお風呂でほっこりと思っていた矢先、信楽の狸好きが入院いたしました。無事、退院いたしましたので・・・。
 『日本の土鈴』にも南強さんの十二支土鈴が掲載されていますが、『玩具帖』の資料を持って「日本土鈴館」に当分行けそうにありませんので、おうちでニヤニヤということでマイベスト十二支土鈴を飾ることにしました。子と午は加賀の加藤豊山さん、卯は高橋たかしさんの雪うさぎ、未は大津の高田進さん、申は須賀川土鈴、酉は香泉土鈴、戌は茶々丸さんにお譲りいただいた葛井寺授与品、亥は日田土鈴です。辰は海老天たまこさんのドーナツ型龍、巳は山口壬三さんが手に入るとよいのですが寅が見つかりません。やはり野田さんかとも思いますが・・・。


6703.Re: 船出
名前:小福    日付:2013年10月5日(土) 13時19分
 続きです。
 丑土鈴も探しております。おもしろいデザイン重視で選びました。
 「ごちそうさん」ですが「あまちゃん」のようにテレビが始まるまでに仕事を片付けてとはまだいきません。め以子の自宅に飾ってあった張り子の虎 尾がなかったたような気がします。しっぽはどこにいったのでしょう。(見間違いかもしれませんが) 京都 出世稲荷神社のそばに「プラムクリーク」という洋食屋さんがあります。小福の家の近くにもこのようなお店があるとお誕生日には予約を入れてとなるのですが。赤と白のチェックのテーブルクロスで・・・。
 ビクトルさんが「桃花片」のお話をされていましたが、検定教科書はいくつかあると思われますが小福の小6の教科書にはなかったような・・・年の差を感じました。へへへ。
 


6704.飛ぶ鳥の目で
名前:泥狸    日付:2013年10月5日(土) 17時7分
Size: 134 x 200, 6KB

ビクトル様
失礼します。

こんばんは、小副様
お久しぶりです。
北条土人形廉兵衛さんの犬は、おとなしくお座りしてますか。

犬山の桃太郎
鳥瞰図絵師の吉田三郎は、犬山にいたことがあるようです。
その時描いた桃太郎がこの絵。
どこかで見たような気がしませんか?
立派に日本刀をさしているのです。
土鈴では刀はどうでしょうか。
持ってないのが多いような気がします。

マイベスト十二支土鈴良いですね。【申は須賀川土鈴】これは??、
南強さんの十二支ぞろいではないような気がします。作ったのでしょうかね。
見たことがないのです。バラはあるのでしょうが。
あれはたしか、犬山とは書いてあったような、南強とは・・・・
最近犬山となるとなんでも、南強となっちゃうようで・・・


京都の狸
信楽のたぬき好きの云々のくだり、わたしにはわかりませんが、
もともと狸の焼き物、置物は京都の五条坂あたりで誰かが焼いて売っていたんだそうですよ。
それを誰かが、信楽で焼き始め、だんだん酒買い型に変わって行き、こちらのほうが
有名になったようですね。
いや、もともと京都時代にも、徳利はぶら下げていたかもしれません。

誰かが、が多くて分かりづらくてすみません。
ご存知でしたら(小福さんのほうが狸に関して良くお知りのはずなのに。すみませ-ん)教えてください。

京都長楽寺下もみじ庵さん(和スイーツがおいしいですよ)に、古い焼き物たぬきが庭と奥通路におります。

石塀小路・田舎亭(昔はお忍びで石原裕次郎などがスターが泊まったそうですよ)には、
床の間に色つきの坊主狸が木魚を抱えています。

近県につき、洛諏舎など行かれた折には、覗かれたらいかがでしょうか。



6705.Re: 船出
名前:小福    日付:2013年10月6日(日) 14時31分
 ビクトルさん 茶々丸さん 泥狸さん みなさん こんにちは
  
 泥狸さん
 北条土鈴 犬の件ではありがとうございました。現在、小福荘の裏門警備をやってくださっています。れんべいさんもお亡くなりになって、一層貴重な品となりました。
 南強さんの土鈴と狸さんがお好きなのですね。土鈴の本は郷土玩具本に比べると手持ちが少なく、『日本の土鈴』の写真も見たい土鈴の写真が小さくて誠に残念です。土鈴は分類するのに製作者が大切だということがよく分かりました。時代遅れもいいとこ人間ですので画像のアップができず、みなさんにご迷惑をおかけいたしております。すか川土鈴にデザイン的におもしろい申の土鈴があります。いつかまたお目にかけます。
 狸さんの件ですが、茶々丸さんに教えていただいた『玩具帖』の玩具をオークションや玩具会の会報などで探しているだけですので全く浅い知識です。ただ、『玩具帖』39号16に高台寺焼土狸というのがあり、これが清水のひねり人形やぎおん狸につながるのではと思っております。『玩具帖』では大阪・住吉の狸もあります。10年早く、れんべいさんや奥村寛純先生にお目にかかってお話をお伺いできていればと悔やまれます。ちなみに我が家には家族分の信楽焼の狸さんがおります。
 茶々丸さん
 『玩具帖』24号35の東京浅草観音年に市に出る小判が浅草 金龍山 浅草寺 包み金 切り餅 25両で出品されています。

6679.住吉土兎 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2013年9月30日(月) 0時10分
Original Size: 600 x 450, 20KB Original Size: 640 x 480, 37KB Original Size: 353 x 441, 91KB

この玉兎が気になっていますが、入手困難のようです。

■玩具帖 巻号 39号32
画題 住吉土兎
備考 高一寸五分位 此兎堺の古型なりと云ふ



6692.桃太郎
名前:泥狸    日付:2013年9月30日(月) 12時23分
桃太郎

芥川龍之介

むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きい桃(もも)の木が一本あった。大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地(だいち)の底の黄泉(よみ)の国にさえ及んでいた。何でも天地開闢(かいびゃく)の頃(ころ)おい、伊弉諾(いざなぎ)の尊(みこと)は黄最津平阪(よもつひらさか)に八(やっ)つの雷(いかずち)を却(しりぞ)けるため、桃の実(み)を礫(つぶて)に打ったという、――その神代(かみよ)の桃の実はこの木の枝になっていたのである。
 この木は世界の夜明以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた。花は真紅(しんく)の衣蓋(きぬがさ)に黄金(おうごん)の流蘇(ふさ)を垂らしたようである。実は――実もまた大きいのはいうを待たない。が、それよりも不思議なのはその実は核(さね)のあるところに美しい赤児(あかご)を一人ずつ、おのずから孕(はら)んでいたことである。
 むかし、むかし、大むかし、この木は山谷(やまたに)を掩(おお)った枝に、累々(るいるい)と実を綴(つづ)ったまま、静かに日の光りに浴していた。一万年に一度結んだ実は一千年の間は地へ落ちない。しかしある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉(やたがらす)になり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした、小さい実を一つ啄(ついば)み落した。実は雲霧(くもきり)の立ち昇(のぼ)る中に遥(はる)か下の谷川へ落ちた。谷川は勿論(もちろん)峯々の間に白い水煙(みずけぶり)をなびかせながら、人間のいる国へ流れていたのである。
 この赤児(あかご)を孕(はら)んだ実は深い山の奥を離れた後(のち)、どういう人の手に拾われたか?――それはいまさら話すまでもあるまい。谷川の末にはお婆(ばあ)さんが一人、日本中(にほんじゅう)の子供の知っている通り、柴刈(しばか)りに行ったお爺(じい)さんの着物か何かを洗っていたのである。……




 桃から生れた桃太郎(ももたろう)は鬼(おに)が島(しま)の征伐(せいばつ)を思い立った。思い立った訣(わけ)はなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白(わんぱく)ものに愛想(あいそ)をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗(はた)とか太刀(たち)とか陣羽織(じんばおり)とか、出陣の支度(したく)に入用(にゅうよう)のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧(ひょうろう)には、これも桃太郎の註文(ちゅうもん)通り、黍団子(きびだんご)さえこしらえてやったのである。
 桃太郎は意気揚々(ようよう)と鬼が島征伐の途(と)に上(のぼ)った。すると大きい野良犬(のらいぬ)が一匹、饑(う)えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。
「桃太郎さん。桃太郎さん。お腰に下げたのは何でございます?」
「これは日本一(にっぽんいち)の黍団子だ。」
 桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなことは彼にも怪(あや)しかったのである。けれども犬は黍団子と聞くと、たちまち彼の側へ歩み寄った。
「一つ下さい。お伴(とも)しましょう。」
 桃太郎は咄嗟(とっさ)に算盤(そろばん)を取った。
「一つはやられぬ。半分やろう。」
 犬はしばらく強情(ごうじょう)に、「一つ下さい」を繰り返した。しかし桃太郎は何といっても「半分やろう」を撤回(てっかい)しない。こうなればあらゆる商売のように、所詮(しょせん)持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息(たんそく)しながら、黍団子を半分貰う代りに、桃太郎の伴(とも)をすることになった。
 桃太郎はその後(のち)犬のほかにも、やはり黍団子の半分を餌食(えじき)に、猿(さる)や雉(きじ)を家来(けらい)にした。しかし彼等は残念ながら、あまり仲(なか)の好(い)い間がらではない。丈夫な牙(きば)を持った犬は意気地(いくじ)のない猿を莫迦(ばか)にする。黍団子の勘定(かんじょう)に素早(すばや)い猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地震学などにも通じた雉は頭の鈍(にぶ)い犬を莫迦にする。――こういういがみ合いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。
 その上猿は腹が張ると、たちまち不服を唱(とな)え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするのも考え物だといい出したのである。すると犬は吠(ほ)えたけりながら、いきなり猿を噛(か)み殺そうとした。もし雉がとめなかったとすれば、猿は蟹(かに)の仇打(あだう)ちを待たず、この時もう死んでいたかも知れない。しかし雉は犬をなだめながら猿に主従の道徳を教え、桃太郎の命に従えと云った。それでも猿は路ばたの木の上に犬の襲撃を避けた後だったから、容易に雉の言葉を聞き入れなかった。その猿をとうとう得心(とくしん)させたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇(おうぎ)を使い使いわざと冷かにいい放した。
「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物(たからもの)は一つも分けてやらないぞ。」
 欲の深い猿は円(まる)い眼(め)をした。
「宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのですか?」
「あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出(うちで)の小槌(こづち)という宝物さえある。」
「ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手にはいる訣(わけ)ですね。それは耳よりな話です。どうかわたしもつれて行って下さい。」
 桃太郎はもう一度彼等を伴に、鬼が島征伐の途(みち)を急いだ。


6693.鬼は
名前:泥狸    日付:2013年9月30日(月) 12時24分


 鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだった訣(わけ)ではない。実は椰子(やし)の聳(そび)えたり、極楽鳥(ごくらくちょう)の囀(さえず)ったりする、美しい天然(てんねん)の楽土(らくど)だった。こういう楽土に生(せい)を享(う)けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽(きょうらく)的に出来上った種族らしい。瘤(こぶ)取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師(いっすんぼうし)[#ルビの「いっすんぼうし」は底本では「いっすんぽうし」]の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣(ものもう)での姫君に見とれていたらしい。なるほど大江山(おおえやま)の酒顛童子(しゅてんどうじ)や羅生門(らしょうもん)の茨木童子(いばらぎどうじ)は稀代(きだい)の悪人のように思われている。しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路(すざくおおじ)を愛する余り、時々そっと羅生門へ姿を露(あら)わしたのではないであろうか? 酒顛童子も大江山の岩屋(いわや)に酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人(にょにん)を奪って行ったというのは――真偽(しんぎ)はしばらく問わないにもしろ、女人自身のいう所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、――わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光(らいこう)や四天王(してんのう)はいずれも多少気違いじみた女性崇拝家(すうはいか)ではなかったであろうか?
 鬼は熱帯的風景の中(うち)に琴(こと)を弾(ひ)いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、頗(すこぶ)る安穏(あんのん)に暮らしていた。そのまた鬼の妻や娘も機(はた)を織ったり、酒を醸(かも)したり、蘭(らん)の花束を拵(こしら)えたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。殊にもう髪の白い、牙(きば)の脱(ぬ)けた鬼の母はいつも孫の守(も)りをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。――
「お前たちも悪戯(いたずら)をすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい? 人間というものは角(つの)の生(は)えない、生白(なまじろ)い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面に鉛(なまり)の粉(こ)をなすっているのだよ。それだけならばまだ好(い)いのだがね。男でも女でも同じように、(うそ)はいうし、欲は深いし、焼餅(やきもち)は焼くし、己惚(うぬぼれ)は強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒(どろぼう)はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」




 桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒(かなぼう)を忘れたなり、「人間が来たぞ」と叫びながら、亭々(ていてい)と聳(そび)えた椰子(やし)の間を右往左往(うおうざおう)に逃げ惑(まど)った。
「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
 桃太郎は桃の旗(はた)を片手に、日の丸の扇を打ち振り打ち振り、犬猿雉(いぬさるきじ)の三匹に号令した。犬猿雉の三匹は仲の好(い)い家来(けらい)ではなかったかも知れない。が、饑(う)えた動物ほど、忠勇無双(むそう)の兵卒の資格を具えているものはないはずである。彼等は皆あらしのように、逃げまわる鬼を追いまわした。犬はただ一噛(ひとか)みに鬼の若者を噛み殺した。雉も鋭い嘴(くちばし)に鬼の子供を突き殺した。猿も――猿は我々人間と親類同志の間がらだけに、鬼の娘を絞殺(しめころ)す前に、必ず凌辱(りょうじょく)を恣(ほしいまま)にした。……
 あらゆる罪悪の行われた後(のち)、とうとう鬼の酋長(しゅうちょう)は、命をとりとめた数人の鬼と、桃太郎の前に降参(こうさん)した。桃太郎の得意は思うべしである。鬼が島はもう昨日(きのう)のように、極楽鳥(ごくらくちょう)の囀(さえず)る楽土ではない。椰子(やし)の林は至るところに鬼の死骸(しがい)を撒(ま)き散らしている。桃太郎はやはり旗を片手に、三匹の家来(けらい)を従えたまま、平蜘蛛(ひらぐも)のようになった鬼の酋長へ厳(おごそ)かにこういい渡した。
「では格別の憐愍(れんびん)により、貴様(きさま)たちの命は赦(ゆる)してやる。その代りに鬼が島の宝物(たからもの)は一つも残らず献上(けんじょう)するのだぞ。」
「はい、献上致します。」
「なおそのほかに貴様の子供を人質(ひとじち)のためにさし出すのだぞ。」
「それも承知致しました。」
 鬼の酋長はもう一度額(ひたい)を土へすりつけた後、恐る恐る桃太郎へ質問した。
「わたくしどもはあなた様に何か無礼(ぶれい)でも致したため、御征伐(ごせいばつ)を受けたことと存じて居ります。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点(がてん)が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお明(あか)し下さる訣(わけ)には参りますまいか?」
 桃太郎は悠然(ゆうぜん)と頷(うなず)いた。
「日本一(にっぽんいち)[#ルビの「にっぽんいち」は底本では「にっぼんいち」]の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱(かか)えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」
「ではそのお三(さん)かたをお召し抱えなすったのはどういう訣(わけ)でございますか?」
「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子(きびだんご)をやっても召し抱えたのだ。――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」
 鬼の酋長は驚いたように、三尺ほど後(うしろ)へ飛び下(さが)ると、いよいよまた丁寧(ていねい)にお時儀(じぎ)をした。


6694.犬は
名前:泥狸    日付:2013年9月30日(月) 12時28分


 日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、得々(とくとく)と故郷へ凱旋(がいせん)した。――これだけはもう日本中(にほんじゅう)の子供のとうに知っている話である。しかし桃太郎は必ずしも幸福に一生を送った訣(わけ)ではない。鬼の子供は一人前(いちにんまえ)になると番人の雉を噛(か)み殺した上、たちまち鬼が島へ逐電(ちくでん)した。のみならず鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形(やかた)へ火をつけたり、桃太郎の寝首(ねくび)をかこうとした。何でも猿の殺されたのは人違いだったらしいという噂(うわさ)である。桃太郎はこういう重(かさ)ね重(がさ)ねの不幸に嘆息(たんそく)を洩(も)らさずにはいられなかった。
「どうも鬼というものの執念(しゅうねん)の深いのには困ったものだ。」
「やっと命を助けて頂いた御主人の大恩(だいおん)さえ忘れるとは怪(け)しからぬ奴等でございます。」
 犬も桃太郎の渋面(じゅうめん)を見ると、口惜(くや)しそうにいつも唸(うな)ったものである。
 その間も寂しい鬼が島の磯(いそ)には、美しい熱帯の月明(つきあか)りを浴びた鬼の若者が五六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子(やし)の実に爆弾を仕こんでいた。優(やさ)しい鬼の娘たちに恋をすることさえ忘れたのか、黙々と、しかし嬉しそうに茶碗(ちゃわん)ほどの目の玉を赫(かがや)かせながら。……



 人間の知らない山の奥に雲霧(くもきり)を破った桃の木は今日(こんにち)もなお昔のように、累々(るいるい)と無数の実(み)をつけている。勿論桃太郎を孕(はら)んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまった。しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉(やたがらす)は今度はいつこの木の梢(こずえ)へもう一度姿を露(あら)わすであろう? ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。……


6695.ぼちぼち行こう
名前:泥狸    日付:2013年9月30日(月) 18時41分
犬山の達磨
犬山の狸
犬山の犬

達磨は瑞泉寺の血染めの達磨(何で血染めになったか不知)

狸は今の桃太郎神社が桃太郎屋敷であった時(昭和六年頃)
狸塚があったと思いなされい。
なンとか何とかさんが、頑張って吉田初三郎さんも頑張って
桃太郎神社にしたとさ。そこにあったとさ。
むかしむかしの大昔のお話しで、今は無いと思いなされい。
(あるかもしれんぞい)

立ち犬はお持ちでごじゃること知り及んでおる。
張り子犬はわたりんさんがお持ちでおじゃる。

犬の好きなビクトルさんお元気でおじゃるか。
かんかんさんもお元気でおじゃるか。

板ジャックしたようでもう止めようかと思うておるぞい。

6689.犬山土鈴  仔犬 返信  引用 
名前:茶々丸    日付:2013年9月29日(日) 22時53分
Original Size: 600 x 480, 131KB Original Size: 610 x 480, 111KB

狸:犬山の犬の字は桃太郎の犬からきておるじゃによって、
  何とか立ち犬か、犬張り子がいつか欲しいもんじゃて。

茶:そう言えば、最近初めて犬張子型を目にしました。
  長い間には色んなものが作られていますね。
  僕の手持ちの犬は、仔犬と小さな桃太郎セットの犬だけです。



6690.犬山土鈴  前田鍬次郎
名前:茶々丸    日付:2013年9月30日(月) 0時54分
Original Size: 640 x 480, 153KB Original Size: 640 x 480, 149KB

桃太郎神社ゆかりの『長命守り鈴』です。
これも当然ながら桃太郎の翁・媼でしょう。
最初の画像の土鈴は、絵馬と比較してわかるように、稀に見る大鈴です。



6691.犬山 狸
名前:茶々丸    日付:2013年9月30日(月) 0時9分
Original Size: 340 x 390, 23KB Original Size: 202 x 378, 82KB

犬山は狸にも由縁があるのでしょうか。



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