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九竜の拳法かわら板
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710.カウンター大台ゴールか 返信  引用 
名前:九竜    日付:7月4日(土) 21時3分
瓦版のカウンターは 14477と 

4500あたりで一度消えてるので 

もうじき20,000カウンターになります

動画ももう古いのでそろそろ入れ替えしていきますが

今は研究相手がいない、よい協力者を見つけなくては

ミクシーの方は三段受験練習当時の動画を載せていますが

コレももう古いですな

練習相手とすれば、今の武専本科生あたりが一番

実力共によいのだが

明日は武専、大いに胸を借りよう

709.市民大会に物申す 返信  引用 
名前:九竜    日付:7月4日(土) 20時54分
出来た人を評価するのは良いが

大会規定の中で、白帯チームと黒帯チームとが
同じ土俵で評価されそこで一位、二位、と決まっていく
採点評価もどうかと思う

支部と支部の競い合いもよいのだが 決まって一部の評価に偏る
誰でもが参加したい、する意味を持たすのは どうすればよいのか
参加する事に意味があるのだが

周りを見て自分の評価を採点的に並べたら、はっきりするだけで
頑張ろうとも、もういいやともとれるだろう、

皆が参加できる基準は比べない演目、競うのではなく、
互いに楽しむで、そこで始めて次も頑張ろうと思う

もっと全体的に参加意義のある演目にしていかねば意味がないだろう
皆が参加した結果を上手くまとめるような 出し物に
しないと 平均にならないですね

世界中で同じカリキュラムとすれば
皆同じにやれる 演目の設定

金沢市の小学生や、保育園、幼稚園にしても
市民大会などは 初めて皆で本番でも 演目構成や
ドリル、マスゲームしっかり合う

全体構成での演目は見ごたえあるし 皆でやることで
参加意識や、実行能力がそれぞれに身についてくる
外部者やPTAへの大きな宣伝効果がえられる

親子の護身術の部とか 各段位の護身の部
とか仕掛け人から守る技大会とか

本当に投げれるのかとか その段階によっての
技の極めてきな大会に それぞれの支部の

お披露目演武<そこでの評価になればよい>になればいいなと思います

親と子で来てる組が沢山あるのに

親子演目がない 少林寺をやってなくても

子供は来てるわけだから 親子護身術もいいと思うなだけれども

競わず、皆が楽しめる、出る事に意義を持つ、
そんな 誰でもが参加する 大会になればいい

708.今日は軽乱捕り 返信  引用 
名前:九竜    日付:6月18日(木) 22時32分
今日は久しぶりに古参との練習になった
柔法を習ってたが いつの間に空乱になった

空といっても殴る蹴るの練習だから幾つかは当てなくてはならない
久しぶりだったのでしっかり中心を守って 間合いの積めをやった

守りながら攻めると思うように つめていける
蹴り形は受け流し、突き形は捕りと幾つか ココでのところで
決めた、真ん中を守ってるので相手は攻めにくい

近間の攻防になったら八方目の効く方が有利
無理なく攻撃させ、スキを見る
多少の駆け引きと虚を上手く使った方が良い

今日は前から思ってた 上々のチラシからのからの手刀を決めた
守りが基本なので、一発決めればよい

ガンガン攻めるのではなく、上手に相手の攻撃を引き出させてやる
パターンを使おう

いつもやらなくては自分の形を上手く使い分けられないが
今日はそれでも、自分なりに使えた

多少息は上がったが、本当はココからなのでもう少しやらねば
20分くらいつずけてやったがこの方が良い

体が無理なく楽に動かせられるように少エネで技をだせる

今日は古参に感謝

707.論文 返信  引用 
名前:九竜    日付:6月12日(金) 17時21分
先月今月と書き出したら止まらなくなった

武専終了論文、少導師と書ききってしまった
早くももう一つ書き出している

書く前は嫌だな〜!何だけど、書き出すと止まらない
しかもほとんど、書き直しなし

前回は論集に名前が載った ということは
なんとか、なったとしよう

まあぼちぼち、見直ししていこう

あと論文二つ 今年中に

706.6月武専 返信  引用 
名前:九竜    日付:6月12日(金) 9時41分
本部講師は
薩州出水 上原先生 群馬新田 高橋先生

上原先生の講義は調和について
久しぶりにマシンガン的口調を聞いた、まるで大学の講義
みたいだった、
こちらが真剣に聞き漏らさず聞いていないと何がどうなって
こうなるのかさえわからなくなるようでしたが
先生はしっかり 講義文章のアンチョコを用意してくれた
たった50分の時間では入りきらないほどの参考資料で

家に帰ってしっかり勉強せよと言う事だろう

釈尊の教え、達磨の教え 二人四行を現代に生かす道として
釈尊の遺教を金剛禅の中核に添えながら
釈尊のとかれた中道と言う言葉を使用せずあ
えて 調和とした

自分だけではなく、相手だけでもない
互いに人として本質的に平等であると言う信念をみにつけよう

術科は
上原先生の送り小手だけの講習になったが、短い時間でその
法をじっくりとまでいかなかった

おもしろいことが起きてしまった
本科で始めての相手と組んでの練習になった
相手も三段か四段であるが
互いに送り小手が掛からない

こんな事は初めてで、自分も掛けられて掛からない
ことは初めてで ちょっとショック

相手にも自分的にやるとかからないが
上原先生的に三角法でやるとかかるが
相手は自分へ三角法やイロイロ
やって掛けようとするのだが掛からない

ネット相談役の千葉浦安 K 先輩に聞いてみた

>法形は我々の真理探究の形です。
各個人にその技術に対する真理は、師から受け継ぐ過程、状況、時期によって様々です。

先ずは自分の形、真理を相手に押しつけず、どの様な押し付けにも自分の真理探究は曲げないように私はしています。

相手は何を求め修練していたのか?
自分は今何が必要な修練をしているのか?
色々問いかけてみると面白いかも知れませんね。
答えは自分でしか導き出せません。
だから拳法面白いのです、

よくあることですよ。
まして高段者の先生同士が修練している状況でも
同じ事がよく起こります。

悪い所はないと思いますよ。
少し見方を変えてみると良いかも知れません

そうなんです自分の技にこだわりすぎていたかもしれない
良い勉強になった 引き合わせ相手に感謝です

高橋先生は若手現役らしい技の切れ、実が素晴らしい
身体は小柄なんだが、そのスピード、基本的な体の
動かし方まさに一つの理想形である
自分も若ければ目指したいところである

根本的な少林寺拳法らしいその理を使い切らなくては
意味がない、最近の自分の練習はこんなところを
しっかり意味合いを持たせてやれるよにしている

今回はまた凄いものを見せていただいた
また拳法が楽しくなる

705.試合う演武 返信  引用 
名前:九竜    日付:6月4日(木) 9時24分
マイミクの中野先生最後のお弟子さんから

三崎、中野両達人の演武動画を見せてもらった

両大御所の動き構え一つの技の中に、間、空間的
気の駆け引きがあるように思う

ある聞いた話だと、進行が決まってるわけではない
出たとこ勝負だそうだ、当たっても文句はいえない
血だらけのときもある
本来演武はこうあるべきだろう

攻者守者はあってもその互いの気を感じて
技に入る、

合気、養神館の塩田達人も同じことをいってた

互いの気を宇宙と一体かすることで和を尊ぶ
一つの人間としての心、技、体が完成する
修行と

<ぶつかる稽古はすべて心の曇がはじまる
自分自身の心の中に失敗や恐怖、苦手、慢心を生み出す

心を互いに澄み切った状態にすべく互いの信頼関係
尊重のもつ意味合いを相対修練で見つけて行く

そうする事で迷いや不安がなくなり自分自身を信じ
ダーマとしての生かされた宇宙を見つけていくことになる>

自分たちの世界でも、次から次と生まれてくる作品や
他人が良くなって見え、其れをまね、進化のない自分に満足
する人が多い

他がよくなって見えるのは、自己の練習の仕方や工夫
その質に欠けることがおおい

他を参考にすることは、悪くはないが
引用、的応、消化と進化していくための、練習が必要である

拳法で言う所の、守、波、離であるが
そこに到達するための、段階やプロセスが
個々の修練の仕方、感じ方、個性的インスピレーション
そして相対と言う自己確立のポイントフュチャー

人と人が互いに複雑に切羽琢磨し
かかわり合いながら、自己を生み出し
成長し進化していく確立していく

演武の中にはその一つ一つの技の集大成がある
其れを自由に使える粋まで高めて行く事で
修行の意味があるのでは

所詮決まりきったやり方や、ただルールの形だけで
練習していく先には 限界や到達感はいなめない

演武の奥を覗かねば 意味がない

704.演武か乱捕りか 返信  引用 
名前:九竜    日付:5月25日(月) 21時1分
最近始めた練習で実用的技の応用をどう鍛えるかで
演武の中にその真意ありと思うようになってきた

唯一競わない、宗門の行、塩田剛三先生の合気共に
その修練の中に法を見つけることが出来る

ぶつかる稽古はすべて心の曇がはじまる
自分自身の心の中に失敗や恐怖、苦手、慢心を生み出す

心を互いに澄み切った状態にすべく互いの信頼関係
尊重のもつ意味合いを相対修練で見つけて行く

そうする事で迷いや不安がなくなり自分自身を信じ
ダーマとしての生かされた宇宙を見つけていくことになる

相手の心に尽くす事で、自分自身の磨きが始まる

乱捕り稽古もその段階や誰でも出来るほうを見つけていくには

一つの技のバーチャルな組み合わせからだと思う
基本の間合い、運足、体の使い方、法、どれをとっても
基本に忠実でなければ、其れが出来る使えるように
技の中組入れていく練習にならねば

高いレベルの攻守の駆け引きが出来て初めて演武も乱捕り
も生きてくる

誰でも出来るやり方を模索していくうちに楽しみながら
高い技の使い方を手に入れていく演武の構成に一つ一つ
意味合いを理解して技を出せるように修練して

互いに競い合う、生み出す、心が必要だと思うようになってきた

一日一日の千日の修行またその次の千日の修行の先に
その互いの道があるように思う

703.極真の初段 返信  引用 
名前:九竜    日付:5月23日(土) 18時6分
いつも通ってる接骨院の先生が日ごろ少林寺についてよく聞いてくるので
あれやこれやと話をしてきた

先日体験に行ってもいいですかというので、おいでおいでと誘った
ただ殴り合いを求めたらつまらんよと、その目的と法の話をした

空手と聞いていたので来てみたら極真と胸に書いてあった
よくよく聞いてみると他支部の少林寺の幹部が極真もやっててその後輩になるという

自分の義理兄も極真の初段でこんなことを言ってた、
俺もそのうち少林寺に行くよと
35も過ぎて殴りあいをしてるのも何か興味が沸かなくなったみたいで
この先強くなって、どうなんや、やっとる場合じゃないと思ったか

先日の練習で空手と少林寺の違いをわかってもらった
少林寺は古参の人に多少習った事もあり知識はあるとのことで

突きや蹴り違いや体の使い方を学んでもらった
極真的蹴りは凄かった

ただ45度蹴りなので、少林寺的は見えてしまう


ただ殴りあいをするのではなく、剛柔一対の守法としての使いかたや、
先日の高知、鎌田先生の強く柔かく一秒間に5連の攻撃をわかってもらった

今日会ったら向こうから興味心身でまた行きますとのこと
凄く優しい人なので技をやっててもその人間味がわかります

社会的認知とはよくいったものだ
出来た人は何をやっても人間的背筋がピンとしてます
是非一緒にこの道を目指したいものだ

702.5月武専 返信  引用 
名前:九竜    日付:5月13日(水) 19時7分
今回の本部講師は高知中央の鎌田先生

先生は初期の田村先生のお弟子さんで
開祖直属のスタッフとして36〜48年
位尽力されたかたで

教範の写真、NHKで始めて少林寺拳法が
放映された時に演武をされた、写真右手本人
新教範149ページ
に掲載されている

先生のリダー論は易筋行についてで
ダーマたるゆえんの精神と人間の生き方を
内と外でバランスよく鍛える行だとおしゃっていました

開祖崩御後、少林寺か空手か喧嘩かわからんように
なってきた傾向をしっかり初始に返ってなぜ少林寺拳法
なのかを、生きて人つくりの行を実践し自己確立の行の
大切さを諭されていた

先生の実技はもちろん実践的な元来宗であった少林寺拳法の
魅力を語るに十分過ぎる技の数々である

剛も柔も同じ法であって、そのコツは運足である
攻撃間合いのとり方、相手の正中線をいかにはずし

いかに有利に自分の間に入って反撃するか
全てに有効な運足からの身体の使い方を魅力を
説明されていた

単なる武道とは違う技の意味合いが護身という
その使い方にあると言わんばかりに、積極的に
指導なされていた

69歳である、疲れも見せないその情熱は凄いとしか
言いようがない

又先生に見せられ、少林寺拳法の魅力に入る

701.忌野清志郎 返信  引用 
名前:九竜    日付:5月3日(日) 16時41分
すべてを包み込むような 達人 忌野清志郎

行ってしまった

自分自身にまっすぐな生き方を

皆に 見せながら 惜しまれ 行ってしまった

開祖も言われたように 

生きてる時に、どうまっすぐ 生きれるか 

生きてるうちは 負けない 自分との勝負

自分自身に

ありがとうと言えるような生き方を選ぼう

700.久しぶり怪我か 返信  引用 
名前:九竜    日付:5月1日(金) 22時16分
自分より小さい人に送り捕りを指導
小さいので肩を中心に廻すの」「はできないので

手首を決めたら引き抜きで互いの力をゼロにした瞬間に
自分の後ろ手腰にひきつけるをやってもらった
何度かやって肘が多少痛いなと、思ってたら

一時間ほどしてから、ズキンズキンと痛み出した
肘横の頚骨辺りの筋を痛めたらしい

三日目でようやく動かせるようになったが
まだ少しいたい

互いに身長が違う相手との練習は基本的に
同じ目線でやらねば多少のリスクを伴う

色んなところをいためると、なかなか完治していかない

やるときはやるで、段階をつけて練習に入らねば
久しぶりの怪我、ヨロシクです

699.今年もやってきた市民大会 返信  引用 
名前:九竜    日付:4月27日(月) 20時17分
いよいよと言うか季節的
団体演武修練が始まった

例年のように、
白帯さん、少年部からの繰り上がり組等で
練習もそちらに集中、それぞれに形が違うので
基本形の集約に収支いていかねばならない

特に新中学生はどうしても、集中が切れる
少しの時間に目的意識を拳法に向けさせなければ
どうしても遊んでしまう

楽しい=きちんと、を身につけさせるように

お姉さまたちも、きびきびした形に持っていかねば
子供達しかいなかったここも、大人が来てコレで三年目
少しずつの結果をはっきり出していこう

698.アイディアと運用 返信  引用 
名前:九竜    日付:4月24日(金) 9時46分
最近練習の仕方を模索していたが、
ロシアのWSKOでの練習が参考になった

かなり実践的で、
日本にはもうあまりそんな練習レベルはないみたいだ
そこには白帯も、黒帯も同じ護身の技の練習で、
何段だからこの技をやるんではなく、
実用的な技は最初からみんな同じように練習しているみたい
だから使えるレベルは本物である

あたらない突きや蹴りや、自分から飛んでいくの前に、
基本的に実践を想定した」間合いの攻防がある

もちろん技の一つ一つの練習からだが、
その組み合わせのバリエーションを生かすことで
皆が使えるようになるし其れが当たり前になっていく

今日はそのうちのいくつかを試してみたが
慣れると攻防の面白さ、使えるようになっていく皆がいた
少しの時間であれもコレもと、やらなくてはいけない中、
コンパクトに技の組み合わせを上手く、考案していく事で

実践的な間合いや運足、身体の使い方がわかって来る、又そうしないと
何時までたっても基本練習ばっかりで次に進めない
またやってもやっても進まない人も出てくる

乱捕りだけでも、
最終的に出来る人出来ない人の差は、はっきり出てくる

身体能力の開発、動態視力、イマジナルバ−、アクション
適対応用判断すべてが含まれる方法が大切

実践的バーチャルな法を学ぶには法系を生かした演武的応用で
本来そこに少林寺拳法の相互関係の実と信頼、
技の醍醐味があるようにおもう

もちろん相手のレベルにあわせての段階的工夫を
お互いに引き出すことで、練習の面白さや、自己能力を高め
自分的技のアイディアがいくつも身体に身についてくる

697.なくする、ゼロにする 返信  引用 
名前:九竜    日付:4月10日(金) 22時19分
柔法での支点のポイントを互いの力を
合気道ではなくする、少林寺ではゼロにすると 言うことが
最近わかってきた

どの技も出来るようになったわけではないが
技の系列別に分けて考えていけば ほぼ同じ考えかたでよいのだろう

鉤手のコツ、互いにぶつからない、力をどう作るかがポイント

相手の力を取り込む、自分の力を相手にあずける

合気道的に見ていくと 手のひらの握りや、相手の握りの方向に
崩していく のがわかる、何も気功でとんで行くわけではないだろう

力の配分、エネルギーの動く方向、其れを導く、外す、など
入り口になる、鉤手からの形を、いくつか分けて作ってみよう

696.4月武専 返信  引用 
名前:スタッフ    日付:4月7日(火) 17時5分
今回は大阪武専の大崎先生の講習

術科での先生の技は相手との
すれ違い様に崩す省エネ術がたくさんあった

コレは本部講習での山崎先生的技である

開祖もふっと、喧嘩の中に入って出てきたら、
みんな倒れていたと同じ

何もやるかー、負けないぞとやる必要はない

まあまあと、興奮させずに ふっと倒してしまうことが望ましい

お互いの力関係が発するまえに
相手と自分の力を無力にして崩してしまう

ヒントはイロイロ見つけて自分の物にしていこう
片手、両手、諸手、つかまれた位置と力の方向を感じることが
崩しの方向をみつけていける

基本はつかまれたら相手の肘を落とす

そんな豪快な技ではない、あれ〜と 思ったら崩れていく

子供達や大人さえも、楽しみながら習得していける

今回は力まず、柔かく、日常感覚が よかっyた

695.上受け投げへの導入 返信  引用 
名前:九竜    日付:4月2日(木) 22時20分
投げ投げと言ってもすぐに投げれるわけではないが

向かってくる相手のエネルギーをそのまま、
自分の技に取り込んでなくしてしまう
ポイントとラインをつかむ練習が大切である

つかまれたら鉤手手法のコツがあるように
受けには、いなす、方向を変える、取り込むがある

上受けも、受けるタイミングやいなす、方向へのライン、取り込む
感覚を体でつかむ、相手との間合いや角度、力加減など

柔法乱捕り的、20人組み手の毎回最後に、練習をやる事にした
二十人ところか三十人でも良い

次から次と順番に不定期で掛かり稽古で、
瞬時にそのポイントを体で感じる

出来るときもあれば失敗の時もあるが、
どうなったか、今はどうだたか体で感じていこう

受けのポイントから肘の操作、がわかれば
次に自分からの入り身をコントロールして巻きに入る、
入れば大きく相手の肩を落とすことになる

ココまでわかれば、相手がどれくらいの角度や、
力加減、肘の持って行き方で、崩れて行くかがわかる

投げに行く段階の練習を、いくつも積み重ねる事で誰でも、
投げることが出来るようになる

ガンガンやる必要はない、相手とのチャッチボールをやるように
技の段階を整理していこう

694.片手投げシリーズ 返信  引用 
名前:九竜    日付:4月2日(木) 9時36分
若手連中と三段技練習になった、
剛法的には相変わらずガンガンやってくるが、
法系の形だけではやったつもりになる

三段という位置つけからは、実際に使える形を意識してもらいたい

互いの間合いの作り方、自分の制空権、虚実での間の駆け引きなどなど
法系のみのところで止まってしまわないで、乱捕を意識した形の法を

実際に乱捕り形式でいくと、習った形にはなりにくい
自分の体や、法がどう有効的になっていくのか、
相方と考案していかねばならない

試合う中に互いの気や、感覚を、十分感じて
自分の技の推移を生かそう

特に柔法はその技の形にとどまらず、実際に崩す投げるといった、
実践的要素がたぶんに必要

片手投げの練習で技に入ってから、投げるまでの、薀蓄が多い
どう崩した瞬間に投げまでいけるのかをしっかり確認していこうと
思ってやるのだが
投げられる方は、板の間に投げられるのを最初からいやがって、練習にはなていかない
形の練習だけになる

そうなると、投げ技の前に飛び受身の受身から入らなくてはならないが
受身の練習の方が、時間はかかるし技より高度で難しい
誰でもとはなりにくい

ただ転がれば良いというわけにもいかない

崩しからの反動をうまく利用して、逆手を潜ったらそのまま立ちで、
真下に落としてやることで、相手も飛んでく意識がなく、下に落ちる

膝まついて潜るは省略

落ちた瞬間に緩めてやることで、相手も自分からいやおうがなく、前転していく コレで瞬時に飛んでいくのが省け、自分も相手も練習がはかどる

正し、崩しから相手が片足立ちのバランスになったのをしっかり確認してからの真下落としにならないといけない

崩しから落としのタイミングと相手との位置関係を自分なりに探そう

次は逆手投げ

相手の強い力で持っていかれないよう、逆手にいける、鉤手を工夫しよう
ヒントは小手抜きの応用にある

相手の強い力の方向を、上手く崩しの方向に導くラインをつくろう

合掌片手は 手を握った瞬間の手首の断裂からの崩しの方向に持っていく
ラインがヒントである

どれも相手との力や体格の相互関係を上手く利用して、自分の形をぁ役見つけよう

693.国を思う気持はどこに 返信  引用 
名前:九竜    日付:3月30日(月) 20時47分
最近の政治はいったい誰のために行われているのか、
さっぱりわからないし

どの政党が正しいさえも、はっきりしない、
いったい誰が国民の為の寄り良い生活を後押ししてくれるのか

あっちをあげれば、こっちが下がる、日々を脅かす政治でしかないし
決めた事すら継続してやり遂げる、千年先の政治ではない

千年先というのは、その国の将来や、孫、ひ孫その代まで継続して民族の繁栄、栄光を期すものにならないと意味がない

第二次世界大戦で、一時は日本国じたい、民族自体なくなる危険性があった

日本民族こそ高貴で品格だと言わしめた時代もなくなりつつある
国民が選んだ政治家さえも自己の営利目的にはしる

次の時代を支える若手さえも、自分を見失っている

一人一人の言葉自体も意味不明な解釈にはしる
金の力や、権力、社会的自己防衛、他人の切捨て

相手に対しての優しさや思いやりがたりない社会

自分たちが一つの民族としての自覚は、
互いに共通した文化の存続、言葉使い、伝統、個々の尊重
先人たちの残してくれた知恵、自然の恩賢

一つの国つくりは、まずは一つの自分たちの周りの国つくりを、
一つの民族としての仲間つくりからではないだろうか

先日の会報に 三代つずけて 山を移すといった、中国の話があった
意志を通す者、岩をも通す だったか、

志を持って岩をも動かす 

強い信念で岩に映った達磨に習って 国を動かして欲しい

692.三月武専 返信  引用 
名前:九竜    日付:3月16日(月) 21時0分
本部派遣講師は
横浜瀬谷、小川先生

先生のリーダー論は
社会が必要とする新しいリーダー像である

仁   人の立場に建つ
義   義務を果たす実践
忠   裏切ることの無い信頼
考   命の連鎖DNA<少林寺拳法の教え>をつないでいく
礼   社会の一員としてのルールをまもる
悌   自信の立場相手の立場を大切に
信   信頼関係
智   正しい判断力

人が集まるところには必ず互いを認めあっていく為の人格や能力
相互関係、コレが人と人との社会的バランスを上手く保っていく
位地である

この互いの<位>を尊重していかねばならない
日本人の持つ財産
真面目、勤勉、忍耐力、恥じる心、陰徳を積む、惻隠の情

これらは高貴で品格をもった
民族とされてきたナショナルキャラクターとして認められてきたが
近年の民族気質がおおいに変わりつつある
真面目で実直な秘本陣たる本質が薄れてしまった

自己の権利や自由ばかり主義主張がまかりとうる
相手の身になって考えるがなくなってしまった

人に生まれて一番辛い事は、苦しみや、病、貧困ではなく
人として生まれて、人に必要とされないことが一番の
苦しみである

生まれてきて、人間として、自分以外の人に資することの大切さ
重さを知らなくてはいけない


<開祖法話>
人生の体峠する事柄、」悩みや苦しみに真正面からぶつかり
乗り越えていかねば、生きる事への証にはならない

実技は次回に

691.武専二月 返信  引用 
名前:九竜    日付:3月16日(月) 20時30分
今回は息子の昇段試験と重なって、学科だけの参加となった

尾張の佐々木先生のリーダー論は

お金では買えない相互関係の信頼間について
リーダーたる本人の人格とは相手のために何かをしてやりたい、
やる、やれる事を見つけていく
無償の意義の大切さ 少しの気使いと 感謝の気持を常に持ち
心の通う 付き合いをしていく事 

人間関係のなす技 互いの人としてのつながり
そんなことの小さなチャンスを見つけていける
自分の努力するところに
リーダーとしての、尊重される意義がある


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