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赤椀の世直し(古代史)
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798.琉球語の「サダル」奥里将建 返信  引用 
名前:宝玉麗    日付:2012/5/8(火) 12:30
記紀神話でサルタヒコは天孫一行を導く先導の神であり、琉球語で「サダル」が導きの意味であるから、「サルダ」はもともと「サダル」であると主張した。
ところが、サルタヒコは確かに道案内の役割がみられるが、「サダル」がいかように「サルダ」になったのか説明しにくいのである。
奥里将建がサダルというすでに死語になったことばより「サダユン」に由来すると唱えた(奥里将建『琉球人の見た古事記と万葉』、86〜87頁)

796.邪馬台国<吉備>説 初シンポジウム開催 返信  引用 
名前:東京吉備文献研究会    日付:2012/4/25(水) 11:46
最新の邪馬台国情報があなたに
邪馬台国<吉備>説
初シンポジウム開催
5月20日(日)五反田文化会館

主催:東京吉備文献研究会/共催:九州の歴史と文化を楽しむ会
場所:(東京)五反田文化会館(JR五反田駅西口4分)(西口を国道一号線(桜田通り)橋を渡り左側2分歩いて左側・TSUTAYA向かい)
日時:5月20日(日)13:00〜17;00 ( 開場12:40 )
会費:予約者1,800円 当日券2,100円
定員:50名(予約者優先先着順) FAXかハガキで         
予約連絡先:03-3454-7753(ファクス)  ハガキ:〒108-0023 
東京都港区芝浦4-8-12-110 東京吉備文献研究会まで



797.Re: 邪馬台国<吉備>説 初シンポジウム開催
名前:琉球松    日付:2012/5/6(日) 13:12
 東京吉備文献研究会のご紹介、ありがとうございます。

 是非ともご意見等を伺いたいですね。
 このサイトでは、となりの『掲示板2(自由題)』のほうが比較的出入りがありますので、そちらへどうぞ。

795.『隋書』にみえる流求国 返信  引用 
名前:宝玉麗    日付:2011/10/18(火) 23:23
建安郡の東・水行五日にして至る海島
 流求の名があらわれる最古の文献史料は『隋書』である。『隋書』の帝紀・列伝は唐の貞観一〇(六三六)年魏徴の主編により成り、志は顕慶元(六五六)年長孫無忌が監修して成った。流求についての記事は、煬帝紀上(巻三・帝紀第三、大業三年三月癸丑条・大業六年二月乙巳条)、食貨志(巻二四・志第一九、煬帝即位条)、陳稜伝(巻六四・列伝第二九)、流求国伝(巻八一・列伝第四六・東夷)の四ヵ所にみえる。
 『隋書』流求国伝は、「流求国は海島の中に居す。建安郡の東に当り、水行五日にして至る」という方位・行程記事ではじまる。
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/simin15/ryukyumo.html

794.地保奴 返信  引用 
名前:宝玉麗    日付:2011/9/5(月) 11:12
天元10年(1388)4月
明、地保奴(トグステムル次男)捕らえる『明史』3
天元10年(1388)7月
明、地保奴を琉球に安置。『明史』3

地保奴
维基百科,自由的百科全书
地保奴,北元后主脫古思鐵木兒的次子。1388年春,明朝大将蓝玉在捕鱼儿海大败北元军,脱古思帖木儿以其太子天保奴、知院捏怯来、丞相失烈门等数十骑逃走,余众包括次子地保奴及后妃公主五十余人、渠率三千、男女七万余,马驼牛羊十万,全部被俘虏。明太祖赐给地保奴等钞币,命有关部门供给他的生活。有人说蓝玉和脫古思鐵木兒的后妃私通,明太祖大怒,后妃惭惧自杀。地保奴口出怨言,被明朝远迁到琉球国安置。
[编辑]参考资料

《明史》列传第二百十五 外国八 鞑靼

http://zh.wikipedia.org/wiki/地保奴

-----自動翻訳-----------
ビッキー百科、自由の百科全書
地方治安係奴隷、北元后主脱古思の鉄の木の次子。 1388年の春に、明朝大将の藍玉在漁獲り海は北元軍に大敗して、脱古思チムールはその太子天保奴隷によって、知識の庭の撮みは気が弱く来て、丞相は烈ドアなどの数十を失って逃走することに乗って、余衆は次子地方治安係奴隷と后妃公主の50あまりの人、人工水路率三千、男女七万あまりを包括して、馬の駝頑固な羊十万は、すべて虜にされる。 明の太の祖賜は地方治安係奴隷などの鈔貨幣に与えて、命関連部門は彼の生活を供給します。 人の藍玉和の脱古思の鉄の木を話す后妃が私通して、明の太の祖は激怒して、后妃の慚の惧は自殺します。 地方治安係奴隷の口は恨み言から出して、明朝が遠く琉球クニヤスが置くことへ転出されます。

793.南の島々の言語 返信  引用 
名前:玉城レイ子    日付:2011/8/22(月) 9:25
ポリワ-ノフ >彼の一般言語学に対する見解は主著とされる『東洋語大学用の言語学概論』 (既出)や、没後30年刊行の『ポリワーノフ一般言語学論集』 (1968)によってみることができる。ポリワーノフはポリグロット(Polyglot、多言語使用者)であった。英語・仏語・独語・中国語・日本語・ウズベク語等々16の言語(あるいはそれ以上。)に通じていたといわれる。上記『概論』の「形態論」の項には、ウズベク請(タシケント方言) ・シナ語(北京方言) ・日本語(東京方言・京都方言・三重村方言) ・ベルシア語(タジク方言) ・ (古典)アラビア語などの言語が引用され、形式的形態素・語嚢的形態素の考察その他が追究されている。 
「日本語、琉球語音声比較概観」 (荷室ロシア考古学協会東洋部報)第23巻I 〜U、ペテルブルグ、 1914
『月と不死』 (N.ネフスキー、岡正雄編)東洋文庫185、平凡社、昭46*4
『月と不死』 (N.ネフスキー、岡正雄編)東洋文庫185、所収の「解説-ニコライ・ネフスキーの生涯」

ヨセフ・アイデルバーグ >ヨセフ・アイデルバーグ(Joseph Eidelberg 1916年 - 1985年)はウクライナ南部(1916年当時はロシア)のオデッサに生まれたユダヤ人。イスラエルの軍人、神道の神官。西アフリカ、マリ南部に住む農耕民。コンゴ・コルドファン(ニジェール・コンゴ)語族マンディンゴ語群バンバラ語を話す。人口は約293万。バンバラ語はこの地域の共通語としても重要である。祖先は古ガーナ王国を建設した。主として農耕を行い、雑穀のミレット、トウモロコシ、ソルガムや、米、小麦などを栽培する。牛も所有するが、飼育は牧畜農耕民フルベ(フラニ)に任せている。漁業、狩猟も行う。交易は重要で、おもにイスラム教徒の手による。社会階層が存在し、戦士、自由民、奴隷のほか、鍛冶(かじ)屋、狩人(かりゅうど)、大工などが賤民(せんみん)カーストを構成し、さらにグリヨ(吟遊詩人)が最下層に位置する。父系血縁集団のまとまりが強く、夫方居住をとる拡大家族が基本単位となる。いくつかの父系リネージを含む村が集まって地域的まとまりをもち、世襲の首長がいる。ドゴン族とバンバラ族、ピーナッツの謎
アフリカで泥染めをするのは、マリ共和国の2つの部族だけだそうです。
マリ共和国ってどこ?
南のブルキナ・ファソやコートジボワールには泥染めはなく、マリのバンバラ族とドコン族だけ。以前もご紹介しましたが、ガラマという木の葉を煮出した液で染めてから泥を塗る(3回ぐらい繰り返す)という方法。
http://doroasobi.aman-yu.com/?eid=1049819
発見 奄美の泥染大島紬とヨセフアイデルバーグ

792.『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』 返信  引用 
名前:なかひら まい    日付:2011/4/20(水) 18:57
はじめまして。
東京で作家活動をしています、なかひら まい ともうします。

先日、『名草戸畔(なぐさとべ) 古代紀国の女王伝説』という本を出版しました。ナグサトベとは、名草地方(現在の和歌山市と海南市)で伝承されている縄文時代の女性首長です。

和歌山は黒潮ルート沿いにあるため、奄美や鹿児島とも共通する古代の豊かな信仰が見られます。みなさまも興味のあるテーマと思いますので、ぜひご一読ください。

詳しくは以下のウェブサイトに掲載しています。

http://studiomog.ne.jp/lineup/nagusa/
http://studiomog.ne.jp/lineup/nagusa/

791.『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』 返信  引用 
名前:なかひら まい    日付:2011/4/20(水) 18:49
はじめまして。
東京で作家活動をしています、なかひら まい ともうします。

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『名草戸畔(なぐさとべ) 古代紀国の女王伝説』

なかひらまい 著 小薮繁喜/小野田寛郎 取材協力
発行:スタジオ・エム・オー・ジー
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先日、『名草戸畔(なぐさとべ) 古代紀国の女王伝説』という本を出版しました。ナグサトベとは、名草地方(現在の和歌山市/海南市)で伝承されている、縄文時代の女性首長です。不思議なきっかけで土地の口伝を採集することになり、この本を書きました。和歌山は黒潮ルートにありますので、奄美や鹿児島との共通する信仰も見えてきました。みなさまにも興味のあるテーマと思います。ご一読いただければ嬉しいです。

この作品は、名草地方(現在の和歌山市と海南市)で語り継がれてきた古代の女王名草戸畔(なぐさとべ)の伝承をもとに構成したものだ。名草戸畔(なぐさとべ)とは、紀国(現在の和歌山県)におよそ二千年前に実在したと思われる女性首長のことだ。『日本書紀』に、ひと言だけ、神武に殺されたと記されている。土地には、ナグサトベの遺体を、頭、胴体、足の三つに分断し、三つの神社に埋めたという伝説もある。多くの人は、名草戸畔(なぐさとべ)は神武あるいは神武軍によって、遺体を切断されたという。ところが、わたしが調べていくうちに、一般的に語られていることとは違う伝承を郷土史家・小薮繁喜氏と海南市の「宇賀部神社(おこべじんじゃ)」宮司家出身・小野田寛郎氏から採集した。

わたしは、この二人が見ている古代の風景を描いてみたいと考えた。

詳しくは下記のウェブサイトまで

http://studiomog.ne.jp/lineup/nagusa/

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http://studiomog.ne.jp/lineup/nagusa/

789.首里断層と民俗 返信  引用 
名前:さんさな-(わらび名 北谷タチクチ)     日付:2010/12/13(月) 19:39
県内の河川には「謝」の漢字が付与された川名がある。読谷村比謝近くに「比謝川 ひじゃがわ」、那覇市安謝に「あじゃがわ」、宜野湾市大謝名近くに「牧港川」がある。県内の御願所拝井泉「ヒ−ジャ-ガ-」は圧倒的に多く存在する。南島風土記の東恩納先生は古代の川が謝にあたいすると記載している。ヤギ(ひじゃ-)の動物魂を川から海上他界させる法の残痕にあたる。日本のヤギの分布は沖縄県が断然一位、長野、鹿児島の順である。安謝川の上流末吉川は「方言ではシ−イシ」と発音し「山シシ」を海上他界させた川でもある。この近辺は獅子舞行事が盛んな地域でもある。県内最大の縄文遺跡嘉手納の野国貝塚(川の土手)B地点からは大量の山シシの骨が発見されている。山シシの動物魂を海上他界させた物的証拠になる。

788.首里断層と民俗 返信  引用 
名前:さんさな-(わらび名 北谷タチクチ)     日付:2010/10/29(金) 12:44
琉球舞踊や琉球芸能には磁場をかいま見る特徴がある本土研究者の論文を読んだ事がある。磁場(神座群 天体から降臨する動物魂)は天体かの電磁で科学的にも現代風である。かつて、オボツカズラについても論及があった。沖縄の神座群を磨くは天体から降臨する動物魂の群れを西の海へヒヌカンで海上他界させる方である。各家庭のヒヌカンは西方位で台所火の由来ではない、これは中国のカマド神である。

首里城の西向きは天体から降臨する動物魂の群れを西の海へ海上他界させている。城の琉球舞踊や芸能などにも特性がある。岡山落合町神社にはヒヌカン踊りもある。勝連エイサ-の動物尾に似るカツラは頭部に被るが、それを払い清める神事である。結論は首里城の西向きは、ただの海の方位 城の屋敷など動物魂を払い清め西に海上他界させる舞踊や芸能である.西向きヒヌカンと同様な考え方であろう

787.首里断層と民俗 返信  引用 
名前:さんさな-(わらび名 北谷タチクチ)     日付:2010/10/28(木) 18:52
座東朝西(ざとうちょうせい)は背中を東に西方位を向く意である。首里城は西向きで多くの論及がある、日本やアジア大陸の城が全て座北朝南(ざほくちょうなん)の南向きに建立されているので方位に関し異質性がある。風水説、仏教後期の西方浄土、泊港方位、中国紫禁城方位説などがあり定説はない。沖縄の死人の頭向きは西で、唐旅に行けば帰ってはこないからと伝承がある。羅針盤で1600年頃の沖縄の偉人墓を測定した結果は西向き野国総官墓、大城けんゆう墓、南向きが阿麻和利墓、護佐丸墓であった。首里のたまうどんは北方位であった。南方位から来た東南アジア系武将と西方位からきた中国系武将の相違点が明確に区別され、中国支配から変化した薩摩支配期の北方位も推察されるが推測の域を得ない結論になった。世界中の城の中で西方位城が首里城と地中海宮殿の二つしか存在しないが沖縄の地域性の特徴と見るか!アジアの城ではないと見るか!日本の歴史学者でも対立があるが、私見では古代の首里断層民族の習俗や慣習の伝承が西向き表現として関与すると考えている。

786.首里断層と民俗 返信  引用 
名前:さんさな-(わらび名 北谷タチクチ)     日付:2010/10/28(木) 12:41
首里から与那原まで縦断する首里断層がある。人類発祥の残痕がある天願断層の民俗と同様な手法で首里断層を調査検討をした。首里末吉の末吉川にかかる橋に川崎の名が残痕する、これは具志川の天願、川崎と同名な御先川の存在である。末吉の龍宮神は文献資料で七ヶ所ある、これは最高な数で具志川天願の龍宮神と数が並ぶ現状がる。末吉のムラグサイは「はるがん」の呼称で祭られて残痕するが「はる・うがん御嶽」のことである。最近は世界遺産登録された城に脚光が浴び、那覇都会の土地開発にのまれて、貴重な古代首里民俗も消えつつある。

785.あしふるく(足跡をほどく) 返信  引用 
名前:さんさな-(わらび名 北谷タチクチ)     日付:2010/10/27(水) 19:58
数々の居住地の移動や移転、小中高校の進学、職場の移動や移転、転職などによってその居住した土地の神座群に恩恵をさずける御願事。目安は三ヶ月以上の月日から対象である。屋敷御願と同様に土地に肉神のあるムラグサイや拝井泉などはその限りではなく、その祈願にはかなりの年月を要する。近代的には火葬場がムラグサイに準ずるので生きた人間の立ち入り禁止領域になる。屋敷御願はリサイクル的に何度も御願しないといけないが、あしふるくは一度だけでよい。沖縄民間信仰を志し、悩み苦しみその道の開かない神人、沖縄民間信仰の学的研究に従事する人々へも「あしふるく」祈願は重要である。確か浦添市史ではムラグサイは不明となっていたが、土葬時代の村の死体の埋め地の事で県内にもいくつか御願所ある。スム-ズな滞らない人生の行く末に「あしふるく」効果は期待できる

784.御先(うさち)の婚姻観と離婚率の比較視座 返信  引用 
名前:さんさな-(わらび名 北谷タチクチ)     日付:2010/10/26(火) 19:14
沖縄には婚姻形態を表す言語観に二律背反する「ウヤックァ ミートゥンダ-」と「ニ-セ-グァ- バ−チ」の二種類が存続する。前者が「男性が親ぐらいの年齢差ある若女性の夫婦」、後者が「青年と叔母さんの夫婦である」。ここに人間が二足立ちしてからの婚姻形態と四足立ち動物の同年令同士ぐらいの種の保存法に明確な区別があった。死して海上他界から天体降臨する動物魂と人間の水の思想と信仰・グソウ観の相違である。御先(うさち)世のチジ高生まれの守護神人は奇想天外な人生となる。

北海道のアイヌ人と沖縄人は生物の核やミトコンドリヤに含有される遺伝子3種のアミノ酸配列から縄文系人種であることが判明しているが種は違うようだ。日本で離婚の多い地域は沖縄県と北海道は上位だが原因は調査されてない。この離婚率の高さには縄文系(御先世)の種の保存法が関与している。神々の事象であろうが知る人はいない、性格不一致の離婚率は高いレベルの沖縄だ。

783.10月22日 ビジル(旧暦9月15日)の日 返信  引用 
名前:さんさな-(わらび名 北谷タチクチ)     日付:2010/10/25(月) 20:6
沖縄古代民間信仰の御先(うさち)世では旧暦9月15日のビジル祈願が最大な年中行事である。旧暦3月4日のシ-ミ-から始まりビジル、年末の冬至が一年間の行事。清明祭とシ-ミ-は現在では共通な同語されているが見解が異なる。仏教由来の旧正月や旧盆、彼岸なども皆無である。ビジル信仰については沖縄民俗学で論考や論及がなされ調査研究がされていてある大学の教科書的民俗史もある。沖縄本島全域でビジル類の言語が通用されているが、北谷村野里では「クミインドウ-御嶽」と呼称されてビジルとは言わないとしている、東京大学に資料がある。(嘉手納町史) その結語としてはオカルト的な石体信仰の子安祈願などになるが、ビジル祈願は「クミインド-、米を植える稲作儀礼」事である。具志川天願のキャンプコ-トニ-森の地下洞窟が拝所になる。基地内で現在は訪れる人も極少だがが、現在沖縄に在留する民族としては軽視してはならない県内最大の唯一無二の年中行事として学は記憶しなければならない。

782.うさち信仰 七底の諏訪湖信仰 返信  引用 
名前:さんさな-    日付:2010/8/29(日) 18:21
古代の沖縄民族の男子は水の思想と信仰に七底の諏訪湖に赴いている。沖縄十二底のムルチ信仰の由縁であるが、沖縄と信州を往来している。
「ス-・ワァ-」は男親に追われて訪れる水の聖地が諏訪由来の根源にある。男系位牌相続も諏訪湖往来の源流があり、中国漢民族の恩恵の賜物ではない。この長年の人間の流通経路には連続性が示唆できうる文化的集団組織ができうる。土器類の考古学資料からも見られるが、御先信仰の水への思想と信仰の世界観があった。教科書的資料にはならないが、沖縄の邪馬台国論をはじめ古代国家説は沖縄で間違いではないようだ。日本の七数字の不思議は諏訪湖七底からくる。この地域は七栗、七久里などの七地名が多くあり、沖縄方言ぐり-(おじぎ)が関与する。

781.オキナワグラフ8月号読んで 返信  引用 
名前:さんさな-(北谷タチクチ)     日付:2010/8/21(土) 20:18
オキナワグラフ8月号聖地八景の写真掲載がある。藪地島ジャネ-洞の沖縄開びゃく地と屋良ムルチの龍神蛇伝説が掲載されている。沖縄開びゃく地とは人間の二足立ちする以前の四足世代の人間の魂の群れが鎮座する地。天願断層の一子天願立口と津堅島嫁から上代が藪地ジャネ-洞信仰になる。神子の成立過程の最重要最終地点である。御先祖先崇拝では最大の聖地である。屋良にあるムルチには底なし沼伝承があり、近世の教科書的伝説に覆われていて悲歌となっている。聖泉信仰では12底を呈する世界最高の泉となる。「ムル」とは全ての人類、「チ」は血水を意図とする。全ての人類の血水となす。地球上の最初に湧き出た泉に到着する入り口である。沖縄の月太陽の回帰線は国頭村奥から豊見城市与根、津堅島から読谷村残波岬にある。本島地図帳で線引くとムルチに位置する。月と太陽と水の地球創生の理論が此処にある。人間の90数%は水成分から成り立つ、死して到着しなければならない後世(グソウ)となる。グソウは何処にあるかと問われればこう説明する。オキナワグラフ8号の補足説明して投稿。

780.白鳥節 返信  引用 
名前:玉城レイ子    日付:2010/8/18(水) 20:50
マレーシアや東南アジア周辺から本土の大和タケルの命まで網羅する白鳥伝説です。

船のたかどのに 白鳥が 居ちょる
白鳥 や あらぬ うみない うしじ

白鳥ではなく、オナリ神である という 歌は、奄美では よいすら節になります。
マレーシアあたりでは古代、船の先に白い鳥の姿をかかげ守り神にしていたそうです。
大和タケル命は白鳥になったと伝説にあります。
これは黒潮海流、貿易風、季節風などでの海上ルートからの民族渡来が立証されます。
また夜雨琴(ヤウキン)は正倉院にありますが、ペルシャにもあり、ベトナムにもあり、
廃藩置県までは首里王府の御座楽で演奏されていました。現在御座楽は復元され首里城で元旦に演奏されます。

779.立願天神家 キリスト教の祖先沖縄 返信  引用 
名前:さんさな-    日付:2010/8/18(水) 19:42
地質世代三紀の天願断層上に立願天神家が三家あります。一子はうるま市天願 仲村渠家、二子もうるま市天願 崎上家、三子が嘉手納町屋良の天願川立ち口 知念家です。神歌琉歌の歌人伝説・墓から歌が聞こえる北谷モ-シ-伝説の知念家です。神歌は古代では最重要な資料となります。上記は御先信仰の系図ですが文献資料はありません。キリスト教の祖先も天願断層から岐路しました。ア-メンとは水で身体を綺麗にする沖縄方言アミ-ンです。琉歌と古代ギリシャ悲歌の論文があります。キリ短大にありますが、興味深い論考です。http://www.ocjc.ac.jp/faculty/uehara/uehara.htm

778.藪地島信仰 返信  引用 
名前:さんさな-    日付:2010/8/18(水) 18:56
この島はジャ-ネド-があり、神子の成立過程最終地点である。動物魂の神座群が最高最強に強く無人島である。この周辺の屋慶名エイサ-、平敷屋エイサ−は動物の尾に類似するチョンダラ-を被り、動物魂を払い清める祭りです。夜口笛を吹けば幽霊がでる俗信は動物魂である。今が与勝エイサ-の始まりです、視点を変え観察すれば動物魂の海上他界の民間信仰が観察できます


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