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22.自分史、あらためて拝読しました 返信  引用 
名前:白影    日付:2006/9/3(日) 11:29
北穂さん、
あらためてじっくりと「自分史」を読ませていただきました。
他の何人かの方と同様、私も胸が一杯になり、涙が滲んできました。

戦前、少年時代の恩師の方々の思い出、
戦後、‘ひもじい’中での、海上勤務への準備と勉強の時期、
海上保安庁にご勤務された期間中の数々のエピソード、
勇敢だった同僚の方への尊敬と親愛、
伊勢湾台風、そしてご出産時の奥様への思い、
早逝された部下の方のこと、など…

それらを淡々と綴られる中に、北穂さんの誠実さや周囲の方々への愛情や感謝の心が溢れていて、しみじみと感銘を覚えずには居れませんでした。(お世辞ではなく、本当に…)

振り返って、自分がいかに物の豊かな時代に、さしたる苦労もなくノホホンと生きてきたか。
現在も往々にして、「誠実に」ということよりも、「効率的に、楽に」を意識しながら仕事をしてしまっているな…。そんなことも感じます。
そんな私がこれからどれだけ‘人間力’を高められるか解りません。
いたずらに力んだり背伸びしても仕方ないとも思います。
ただ謙虚さと周囲への感謝だけは忘れず、自分の仕事ぶりに誇りを持てるようでありたいと思います。
単純なことかもしれませんが、北穂さんの自分史を拝読して、そんな思いを新たにしました。
どうも有難うございました。
http://www.geocities.jp/shirokagepanmimi/



23.Re: 自分史、あらためて拝読しました
名前:北穂    日付:2006/9/26(火) 10:33
身に余るお言葉有難うございます。
自分史を書くテーマがはっきりしていたから書けました、常々勇敢だった同僚のことが脳裏にあり、発表したい機会を探っておりました。
そんな折、山で転倒、骨折して療養生活となり、山でお世話になった方々への御礼の言葉をホームページで公開するのがいいと思い、動けない毎日参考書を読み3日で立ち上げ公表することが出来ました。
そのうちに、ネット友達が増え、自分史を書いてみたいと相談したところ、応援するから是非との事で書く気になりました。
書いてゆくうちに応援して下さる人も増え、最後のテーマ(勇敢だった同僚のこと)に向かって一気に書くことができました。
白影さんからの感想文、その中に、「誠実」という言葉がありますが、確かに当時としては、誠実、真実を追い求め、体内に多く存在していた青春時代もあったかもしれませんが、今はどうか、身分を拘束する肩書き等もなく、建前よりも本音で生きてしまうこの頃です。
自分史を読んでくださるだけでも感謝感激、そのうえ、長文の身に余る感想文を頂き本当に有難うございました。

20.涙が・・・ 返信  引用 
名前:mmmhhhm55    日付:2006/8/5(土) 18:55
読ませて頂きました、何故かしら涙が出て来ました、読めません・・
奥様を愛して、色んなご苦労が有って、でも奥様、幸せですね、だって、あんなに、貴方に愛されて、、幸せね・・



21.Re: 涙が・・・
名前:北穂    日付:2006/8/13(日) 13:32
愛するということ
いま、妻と闘病生活を共にし、愛とは思いやりの心とその実行であることが分かりました。
実行のないものは本物ではない。
妻の健康の時は家を顧みず、自らアウトドアー派と称して山に夢中になっておりました。
いま、その償いとして山も止め、少しでも長く側にいてあげることが大事と思っております。
1957年4月結婚、本年で49年この間何一ついい思いをしてやれなかったと悔やんでいます。
一つあるとすれば、現役を退職し岐阜県に家を構え、子供も成長し、老後はお互いに好きな趣味を楽しむのがお互いの道と考え、妻が趣味の俳句等に通うにしても車が無ければ大変であり、妻62歳の時、反対を押し切って、内緒で自動車学校の入学手続きをとり、入学してからもいまになってこんな苦労と、愚痴をこぼされ、しかし、本人は一生懸命学科の勉強、その甲斐あって、40万円ほどで免許を取得、予定は歳の数ほどと聞いており、ご褒美に当時としては、値段のいい120万円のオプティを買ってやった。
以後、本年の一月入院するまで足となって活用してくれたことが唯一である。
有難うございました!

18.いつも足跡ありがとうございます。 返信  引用 
名前:sealand    日付:2005/3/21(月) 0:47
自分史拝見させていただきました。

私の祖父も船乗りで、漁船に乗っておりました。
その影響か、叔父は愛知県庁に就職し、
当初船に乗っていたと記憶しています。

私にとっても、海に対する憧れは今でもあり
外国船の大きい船が入港してくると見入ってしまいますね。

現在、海上コンテナの輸送を仕事にしており、
たまに本船作業などに従事する時には、その大きな船に乗って
世界中の港に行ってみたくなります。

息子にも海にちなみ海斗と名付けました。

長くなりましたが、これからも色々HP上で教えてください。

ではまた
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/sealand



19.Re: いつも足跡ありがとうございます。
名前:北穂    日付:2005/3/22(火) 18:58


有難う御座います!
知多半島の御出身、今は大阪南港近くのお住まい、共に、前に海、伊勢湾、大阪湾、対岸には鈴鹿山脈、大阪南港からは淡路島と情景がにておりますね!
夕陽がきれいな所と書いておられましたが、少年も、大阪湾を走り廻っておりましたので目に浮かびます!

伊吹山頂上にて(05/03/06)

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho/links

16.拝見しました。 返信  引用 
名前:大学生です。    日付:2005/2/12(土) 2:3
退職されるまでの間に起こった出来事や思い出がとても詳しく記されていて、じっくりと読ませていただきました。自分のお仕事にとても誇りを持っていらして、そして船が大好きなのだということが、ひしひしと伝わってきます。
私は大学の1年生で、学年が上がったら物理学を専攻しようと思っています。今のところ授業に追いつくのが精一杯で、テストやレポートを何とかこなしているという感じですが・・・。
将来はあまり具体的なことまでは考えてはいませんが、研究をしたいと思っています。そして何よりも、自分が誇りを持てるような仕事がしたいです。

あと、盛りだくさんのホームページの内容に驚きました。



17.Re: 拝見しました。
名前:北穂    日付:2005/2/13(日) 11:7


書き込み有難う!
大学、少年には未経験な学び舎である。
思春期を太平洋戦争の真只中、また、貧困家庭であったため高校にも行けなかった(勉強は苦手、余り行く気もなかったが?)。
現実が大事、今の立場を理解し、いま、何をなすべきかを念頭に青春のエネルギーを傾注すべきとき、自分の目標に向かって、研究、探求すべき時期、4年間という短い期間、人生に大きな足跡を残して下さい。
少年は昨年までの約7年間、或る大学の駐車場の番人をやっていた、学生と話をする機会もあり、会う人毎に言っていた。
    ポストでベスト
どんな職業、どんな職種に就いても、その配置に就いたらベストを尽くせ!

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho/links

14.以後楽しみ 返信  引用 
名前:mori01    日付:2005/1/21(金) 21:12
今晩は  少しずつ読んでる  いろいろ
似通ってる箇所もあり  以後楽しみ



15.Re: 以後楽しみ
名前:北穂    日付:2005/1/24(月) 11:13


読んでいただいて有難う御座います!

山の記事は、HDが壊れ、サーバーからのバックアップも失敗し、更新がままならずです。
これからの記録をアップしてゆきたいと思っていますが、お粗末なHPで恥ずかしい限りです。

写真は、現役時代の海難救助:遭難船の曳航作業です。

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho/links

12.はじめまして 返信  引用 
名前:四季彩光のじゅん    日付:2004/12/30(木) 22:37
さっそくのリンクをありがとうございます。ただいま北穂様のHpを拝見しました。まずは万年青年どころか今どきの青年よりもパワーに満ちあふれている方だと印象を持ちました。山行記録はかなり長期間の山旅をマイペースで淡々とこなされ、じっくりと山と向かい合っている様子が伝わってきます。私のように日帰り速攻登山が中心では得られない奥深い山旅ばかりであることも羨ましい限りです。出身が信州とのことですのでスキーの腕前はかなりのものとおもいます。是非とも山スキーに調整してください。どこかの山でお会い出来ることを楽しみにしています。(ヒゲを目印にすればよいでしょうか。光岳のあと再び髭は伸ばされているのでしょうか?)
自分史は大変克明につづられよくぞこんなにしっかりと自分の歩みを描けるのか・・と感動いたしました。自分が将来このような記憶が残っているのだろうか?と考えると全く自信がありません・・・少なくとも私自身に日記などを綴る習慣がありませんので、恐らくこのような記録は描けないでしょう・・・すこしは、まじめな日記でもつけておかないとイカンかな〜と反省させられてしまいました。小学校からの担任先生の名前はもうすでに朧げとなっておりますし、年代とその時の出来事はほとんど一致させることは困難でしょう・・・特に高校時代は出来の良い生徒ではなかったので、記憶から消したいのが本音であります(^_^;)
海上保安庁の仕事についてははっきりって今までは一般人にとってはなかなか理解出来ないことが多いと思います。最近でこそ映画”海猿”や海上警備行動などの実行によって、実際の活動が伝わってくるようになりましたが、なるほど、こういう人たちによって支えられていることが伝わってきます。山の世界でたとえれば、山岳救助隊と同じ立場の方なのですね・・・HPでの写真も貫録十分のベテラン山やさん風貌だと思うのですが、こういった経歴が物語っているのだと思いますがいかがでしょうか。
海から陸へ・・そしてさらに山へ・・・万年青年さんの更なる飛躍をご期待しております。これからもよろしくお願いいたします
http://www001.upp.so-net.ne.jp/j-misao/



13.Re: はじめまして
名前:北穂    日付:2004/12/31(金) 16:23
長文で、しかも、身に余るお言葉ありがとう御座います!

HPをもつきっかけは、山で怪我をし、お世話になった方々への礼状として公開したのですが、その結果、今日、多くの人達を知ることができました、感慨深いものがあります。

少年にとって、第一ステージが現役、第二が登山、第三ステージは山スキーと位置つけて、今冬は、ゲレンデの一寸上から白い嶺峰を眺めたいと思っています。
山スキー先輩諸氏を見習いモチベーションを高めてゆきたいと思っております、よろしくお願いします。

http://www9.ocn.ne.jp/~kitaho/

10.きょうは早起きです。 返信  引用 
名前:taiger    日付:2004/2/1(日) 8:48
約束通り今日は早起きしてクリアな頭脳で読みきりました。
背筋のピンとした自己に厳しい姿勢が、いたるところに読み取れました
。こうして北穂さんは生き抜いてこられたんだと、納得させられました。
きっと戦後の混乱期は日本国中みんな貧しく、生きることだけで精一杯だったのでしょうね。振り返ればその苦労は、良い思いでに浄化され懐かしさに、変貌する。今の自由な生活からは想像の余地さえもない厳しいものであっても。
昔の女性は「女三界に家なし」と言われたように、親に夫に子供にと、ただ従属していたのでしょうか?
でもきっとその裏側でしっかりと、自分の天命みたいなものを認識し受け止めていたのでしょう。
あるいみ潔い。
控えめで慈悲深く他人のためだけに生きた明治の女の後ろ姿が、なんともいえません。
こんな自由な日々がその後半世紀後に、来るなんて夢にも考えてなかったでしょう。
マッカーサはえらい。アメリカ万歳。北穂さんも万歳!



11.Re:読んで戴き有難う。
名前:北穂    日付:2004/2/2(月) 18:18
自分史読んで戴き有難う御座います。

戦中戦後の様子、少しでも分って頂けたら本望です、戦後は皆同じ、生きることで精一杯、ハングリーだから強かったと思います。

いまにして、家族の中で、一番尊敬しているのは、おばあさんです、この視点も同じですね、クローズアップして戴きありがとう。

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho


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