北川様が創られたのは「駅鈴」と言う鈴です。広義的には「なす鈴」等馬に付けた鈴全てです。駅は昔は馬を表したそうで、宿場に馬問屋が有りそこで馬を交換した事から、汽車に乗る場所(ステーション)を駅と言う様に成ったそうです。 松阪は本居宣長さんが古鈴を集めていたので鈴と縁があると思われてますが、実は平安時代からのご縁なんです。天皇が地方の豪族へ命を下す時などは使者に手紙と御札と駅鈴を渡しました。従者を従えコロンコロンと鈴を鳴らしながら街道を進むと、旅人はその音で道を開け拝んだりする光景が目に浮かびます。やがて宿場に着き馬問屋に行って馬を交換しますが駅鈴付きの馬は無料でした。 ですが日本で唯一この鈴を外さなければ成らない町が有りました。伊勢の国・四五百の森(よいほのもり)です。400年前の松阪の旧姓です。この大きな森は400年前蒲生氏郷が2/3を松阪城にしましたが、残りは松阪神社として残っています。古い文献では松阪は「馬路鈴止の地」と表されています。その為か鈴が付く町名が多く、昔は鈴止町も有りました。さらに従者もこれより南には入れず、伊勢から来た者と交代し京に戻りました。 もう大体理由が見えて来たかと思います。そうです四五百の森は神の国と人間界をつなぐ場所だったのです。結界を、あるいは神の御心を乱さないように鈴を止めそろりそろりと伊勢や熊野に向ったのです。伊勢参りをする人も、路銀を使わぬ様松阪までは早足で歩いて来てもここからは体内リズムを落としゆっくりと神の時間に入って行きました。そして二見の興玉神社(夫婦岩)に参拝し、そこにある小さな龍宮浜で早朝禊ぎをし、ご来光を仰ぎ、最後の汚れを取ってから神宮に向いました。熊野に行く人もこの手順を踏みます。なぜなら熊野には天照さんの親(イザナギ・イザナミ)が祀られて居るからです。 私事ですが、趣味はインディアンフルートを作り奉納演奏する事で、神宮や熊野で奉納する時はこの手順を踏みます。友人の舞奉納なども含め5〜6回、松阪から出発する手順を試しましたが、毎回ラッキーやら不思議な事が起り、全ての事が滑らかに進みました。渋滞で遅れても、遅れたから味わえる感動が待っていたり、雨なのに用事で車を止めると必ず止んでいて、出発するとまた降り出すとか・・・平安以前の人は長年色々試してこれがベストとしたのでは無いでしょうか?もし北川さんが伊勢参りをしたいならば、松阪で途中下車しフーと一息入れてから神宮に向うことをお勧めしますし、強い願いが有るなら禊ぎを入れた方が良いでしょう。私でよければお付合いしますよ、祈るのが好きですので・・・ 以上、松阪と鈴の関係でした。
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