地元難病連とは上手く行っていません。なぜか? 話すと長いのですが聞いて下さい。 群難連と言うところに、12,3年いたでしょうか。 私の病気の患者会は無かったので、つくしの会と言う患者会が無い人が入る寄せ集めのような所に居ました。 ある日会員が合う日がありました。私も出席しましたが、病気が違えば症状も悩みも当然違いました。 これではいけないと思ったのが患者会を作ろうとしたきっかけとなりました。 この日はもう10年以上前の日です。 その後”つくしの会”の役員をやるようになり、役員会がある度に患者会が欲しいと訴えましたが、 賛成を得る事が出来ませんでした。 しかし年一度交流会は開いてくれました。その席で患者会を作りたい自分は、皆さんにPRしたいが なぜか群難連の方が私の発言を止めるのです。しかし、いつも2,3名の方は同意してくれましたが、 県の方からは5人は必要と言われていたので、諦めていました。 そういう事が3年続きました。いつの間に”つくしの会”の中で自分の病気が一番多くなりました。 多分10人ぐらいかな?その時点で皆さんにコンタクトを取りたいので、住所を教えて下さいと聞いたら、 個人情報なので教えてくれませんでした。私のミスです。群難連を信用していたばかりに、皆さんの住所を 聞いていませんでした。そして最後の交流会です。交流会は年に1回です。いつものように群難連の方は自分の発言を止めようとします。私は無視をして一人で喋った結果、2家族の同意を得られ、今度はしっかり住所を聞き、群難連とは縁を切りました。 その後私一人で、新聞取材、保健所、病院等に連絡し設立出来ましたが、その後の事がまたややこしくなりました。 それはこないだも言いましたが、全国SCD友の会の事です。 設立当時の事務局長は村田氏と言う方が勤めていました。 村田氏は私が3年もかかって患者会を作った事に感銘を受け私とは気が合いました。また村田氏は地方とか青年部も作ろうととても理解がある方でした。ぐんまSCD友の会を設立した時、会員からまた群難連に戻って下さいと言われ、群難連の会長に詫びを入れTELを待っていましたが、一向にTELはきませんでした。そこで私から会長にtelしたところ、会長はなぜか怒っていました、それどころか 私の会は認めないと言われました。なぜ?どうして? わかりました。全国SCD友の会が群馬にて医療相談会が控えていましたが、後援先として村田氏は私の会を指名されたようです。 そんな事があったなんて知らない私は、会長の理不尽な態度に怒りました。その後全国SCD友の会は、理事会で村田氏の解任を決め、 私の会の事など、後任者に知らされておらず、全国の会長いわく 群難連さんの方が歴史もあると言う事から、後援先も群難連になりました。そんな事があり、地元、全国からも信用されなくなりました。大体このような経緯を踏んでいます。この事は**さんに、初めて話します。もともと私は争い事が嫌いな私ですが、私は会を良いものにしたいだけです。 ぐんまSCD・MSA友の会 代表 安藤昭司 hj4y-andu@asahi-net.or.jp http://hp.kanshin-hiroba.jp/scd/pc/ 携帯 090-8892-1991 自宅 0270-23-0867
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