「くっつくのが嫌でも今は我慢しろよ。後でなら変態だろうがなんだろうが」 歩きかけた途端、真っ赤に燃えた樹木が倒れてきて轟音とともに唯一の退路を塞いだ。炎の思った以上の勢いに、宏海もさすがに顔色を無くす。 「だから言ったでしょう?私を置いて今すぐ逃げなさい。太臓係とはいえ実界人を犠牲にするわけにはいかないわ。私の経歴に傷をつける気?」 とけた腕で力なく宏海を押しながら、口だけは勢いを失わない。いつも通りの憎まれ口に、パニックを起こしかけていた宏海はわずかに冷静さを取り戻した。 「おまえは犠牲になってもいいって言うのかよ」 「雪人は雪に還るだけよ。時間がたてばまた間界に雪人として産まれるわ」 「…おまえのままでか」 「…いいえ」 あいすは中途半端に宏海の胸を押したまま答える。拒んでいるのか、縋っているのかわからなくなるような弱々しさに、宏海の腕に力がこもる。 「…バアさんを置いていくのか」 唯一の心残りを指摘されて、あいすは唇を噛み締めた。あいすがケサをなにより大切に思っていることを、宏海はよく知っていた。動揺を隠しようもなく、声がかすかに震えた。 「……悠に、記憶を操作するよう伝えてくれるかしら…」 「…自分で頼むんだな」 聞いたことも無いような弱々しい声に内心驚いたが、萎えかけた気力を奮い立たせるには充分だった。それ以上聞かず、宏海はきつくあいすの体を抱えなおした。元より置いていく気は微塵も無い。その気持ちが何に起因されているか、宏海はまだ気付けない。ただ腕に感じるあいすの軽さに、胸が締め付けられるような気がした。
どんなに拒否したところで、見捨てて行けるはずが無いことはわかっていた。あいすは抱き締める腕がすこし苦しくて、胸が苦しくて、ため息をついた。胸の苦しさは息と一緒に逃がすことはできず、咽喉の奥に絡まって涙が出そうになる。もう、力強い腕に抱かれて柄にもなく安心している自分に気付かないふりはできなかった。 自分はまもなく溶けて無くなるだろうが、人一倍丈夫な宏海だ。火傷を負うのは避けられないが、きっと助かってくれるだろう。 宏海が無事なら、こんな最後も悪くない。 ケサが見ていた実界の映画でふと目を奪われた1シーンが頭を掠めた。力の入らない体を宏海の腕に任せているのはまるでチークのようで、あいすはうっとりと熱さで朦朧としてきた頭を宏海に預けた。こんなことに憧れていたなんて、誰にも知られたくないと思って、相変わらずの自分に少し笑った。 瞳まで溶けてきたのか、あいすの霞む視界にゴンブトゼクターが天使のように空を舞うのがうつったのは、その時だった。
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