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春夏冬@芳野屋
こちらは芳野屋の日々の独り言です。書き込みはできません。

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20.ふしぎなはなし*闇から来たトラック2  
名前:芳野屋    日付:6月7日(土) 8時58分
なんとか突堤の一番風のつよいところまでたどり着いた。ここまできたらいっそ風の強さを楽しめと心でケツをまくって?そのまま風に体重を預ける。なんと、カラダが倒れない。すごいね〜、小学生が叫ぶ。皆はつないでいた手を離してしばらく風の椅子にもたれる。いえーい、とかやっほーとか声が出る(なんせ酔ってるし)。
そのままの姿勢で数分経って、厚い防寒服で覆われたお尻も冷たくなってきたころ、さ、かえるか、ということになった。もと来た道を手をつないで引き返す。
風は止みかけていた。四人はさっきより明るくみえる水銀灯をたよりによたよたと歩き続けた。
そのときだった。わたしたちがやってきた石狩の奥のさらに奥の方角から懐中電灯くらいのヘッドライトがみえたのだ。ヘッドライトはずんずん近づいてきて、わたしたちの前でゆっくり停まった。
4トンぐらいのシルバーの箱型のトラック。表にはなにも書かれていない。運転席でサングラスの男がにやにやしている。三十歳くらいだろうか。「何してんのさ?こんなとこで」
道に迷ったとでも思ったのだろうか、私たちはちょっと緊張して「いえ、ちょっと風にあたりに散歩に出たんです」などと適当なことを言った。運転手は暗いから気を付けろよ、と硬い表情のまま言った。
私たちは「ありがとございます」と礼を返しながら、「運転手さんどこから来たんですか?」と訊いた。
運転手はすこし笑って「おれか、おれは遠くからきたよ」と答えた。「どこまでいくんですか?」さらに小学生が訊く。運転手はおんなじように笑ってこんどは答えなかった。
が、一瞬ののち、ふいにひとりごとみたいに「闇ってな、懼れるから暗くなるんだぞ・・」って言った。わたしはなんだか電気に打たれたようにカッコイイ、もんのすごくカッコイイと思って、おもわず運転手さん握手してください、と詰め寄った(なんせ酔ってるから)。
運転手さんの手には軍手が嵌められていて、その手はいくぶんごわごわしたけど硬くもやわらかくもなくしんなりとわたしの掌を握り返してきた。

さよならさよなら、気をつけて。ばかみたいに興奮した大人3人と子供1人はトラックのテールライトがみえなくなるまで手を振っていた。

翌朝、そのことを同席した地元のひとにはなした。「あの突堤の道の奥はどこにつながってるの、きのうそこからきたトラックのひとと話をしたんです」
「そりゃ、酔ってたんだな、あすこの奥は冬は閉鎖で道はねえから」
四人は黙ってしまいました。三人はほんとうに酩酊状態でしたし、ひとりは興奮した子供です。
おまけに翌日ひとりのよっぱらいが行方不明になって、そっちのほうが大騒ぎで(結局河原の車の中から無事発見されましたが)話は真実を探ることもなく終わってしまいました。

ギタリストの若狭さん、闇の国のひととわたしたちあのときほんとうに話をしましたよね。

10.ふしぎなはなし*闇から来たトラック1  
名前:芳野屋    日付:6月7日(土) 8時57分
石狩川河口、もはや川なのか、海のいりぐちなのかわからないような輪郭のさだまらない大溜まりのあたりに八幡という集落があって、そこの古民家で仲間が集まって夜通し語ったり演奏会をしたり朗唱をしたりというイベントをしたことがあった。
真冬だったが暴風が日常的に吹き続ける突堤の道はうすく積もった雪がシバれて初冬の路面のようだった。
突堤の向こうは雪の河原とその先に茫洋とした川とも海ともつかぬぬめぬめとしたひろがり。手前には廃屋のような民家が数軒。総勢二十名ほどの仲間は昼から飲み、鍋をつつき、アートとブンガクと音楽と、わずかに世間話もしながら、夜を迎えた。
深夜、散歩しようと突然ギタリストが言い出す。行こう行こう、と私。追随するアートするプーな母とその息子小5。
四人は扉を開け暴風ふきすさぶ真冬の突堤に向かった。澱粉を撒いたような雪が顔を直撃する。立つこと、まっすぐ歩くことが難しいほどの風。四人は今日知り合った他人のくせに二度と会えぬソウルメイトのようにしっかり手をつないで突堤を歩いた(馬鹿である)。
遥かな水銀柱の明かりに粉雪の紗がかかってかなりの暗さ。足元の詳細もわからない。それでも突堤の中ほどまでくるとおきざりの軽トラックがみえた。休もう、あそこで一時しのいでからにしよう。誰かが言う。そうだいこいこ。誰も異議はない。悪意のあるとしかいいようのない風が顔を撃ち続けていた。ほんとに息ができないのだ。
3人の酔っ払いと一人の賢明な少年は、トラックの陰でしばし息をついたが、一息つくと、さていくか、ということになる。
(こういうときはなんかしらんが行くしか選択肢がないのだ。なんせ皆相当酔ってるし)
銃撃をさけるような格好で外をうかがいながら、勇気をもって暴風雪の暗がりにふみだしていく。
四人の指は痛いほど組み合わさっている。風と暗さが心底怖くなってきていた。

19.翻案のチカラ  
名前:芳野屋    日付:6月7日(土) 8時31分
山本昌代の「善知鳥」という短編集は掛け値なしの珠玉といっていい名品揃いだが、なかでももっとも冥いかがやきをもつ二品、「逆髪」と「ジンテイ」(すみません、漢字でません、「人豚」の旧字とおもってください)。その景色の数々がアタマからしばらく離れない。イヤなと、いえばこれほどイヤな感じでヒトの心情に鉤裂きを残す小説も希少である。
逆髪は能から、ジンテイは史記からの翻案である。河出文庫の解説では小谷真理がその詳細に触れずに、「着想の奇抜」を誉めているが、見当違いである。
正しくそれを言うなら「アレンジの奇抜」である。もっといえば「アレンジの職人の技量の秀逸」である。謡曲「蝉丸」にも史記の「呂后本紀」にも、記載されているのは新聞記事並の無機質な上面の事実である。

ベースにある史実(それはたった一行記された紙切れかもしれない)、その虚実は一切問わない。「傍観者としての天命」を錦の御札のごときフィルターとして山本昌代は語りを(むろんそれは騙りでもあるわけだが)紡ぎ出す。モノガタリの醍醐味が、ここで湧出する。

ベースからの翻案の妙、こうした視点でモノを見れるようになったことは、まさしく編集学校で得たチカラなのかもしれない。校長、深謝。

実は自身も翻案をやってみたいと思いつつ、「聊斎志異」「宇治拾遺」などをひもとくものの、いまひとつピンとくるものがない。
ここはひとつ、やっぱオリジナルか・・・(辛)。

18.日々のはなし  
名前:芳野屋    日付:5月30日(金) 11時38分
さぼりにさぼって三千里!
なんのこっちゃ。
心を入れ替えて備忘録の代わりに日々かきつぐことに決めました。
ヒトは自己表現しないといきてゆけないものなのでしょうかね(哀)。
アタクシ自身も大好きなふしぎなはなしはなるべく続行する予定。

昨日ひじょうにわるいカタチで酩酊したので反省の意味をこめて己にカセを・・。

乾ルカ「ちゃーちゃん」読了。「夏光」のときの文体の緊迫感はどこへいったのか。だらだらと冗漫な地の文が辛い。書きたくもないのに書かされている、とでもいうような。しかもちゃーちゃんの「びっくり、よろこぶ?」の問い返しのあたりで賢明な読者にはネタバレであろう。どーしたんだ、乾ちん(勝手に親しげ)。あせるな。じっくり書きたいものを書け。と、末席ながら応援したい気分。

17.ふしぎなはなし7 『これってコワイですか?』  
名前:芳野屋    日付:3月16日(水) 23時55分
こわい、というのはひどくあいまいな感情で、特に理由も無く嫌悪感に似た
恐怖を覚えるというタイプの恐怖感は個人の感性に抵触するのでなかなか他
人にわかってもらうだけの表現にいたるのは難しい。

このあとの話はなんというか、いやなかんじの寒気が残った話なのだが、そ
れが一般的なものなのか、私とその話をした本人に特有の感じ方なのか、不
明である。
とりあえずみじかい話なので端的に書いてみる。

同じ学生寮に暮らしていた後輩から聞いた話だ。
ある晩のことだ。
長めのレポートを書き上げて、一安心しながら夜道をかえる途中だった。
あたたかい夏の夜。
信号待ちの一瞬。ここちよい風が流れ、彼女は一息つきながらおもわずせい
いっぱいの伸びをした。
真上を向いてのけぞったそのとき。
眼前の空中に突然見知らぬ巨大な顔が現れてニヤリと笑ったという。

また、あるとき、同僚だった教師から聞いた話。
サッポロから千歳,トマコマイ方面に至る高速道路をよんどころない事情で
かなりの高速でとばしていたときの話だ。
長都(オサツ)を抜けたあたりにさしかかったときだ。
むこうから若い男がとぼとぼとぼとうつむいて路肩を歩いてくるのが見える。
なんだ、この高速道路上で夜中に、あぶないったらありゃしない。苛立ち
ながらも変わらず車を走らせていた。
が、一瞬のちにふと気づいた。
この近郊は自衛隊の演習場があるくらいで人家などまったくない地域。
真夜中にあの男はいったいどこから歩いてきたのか。
そしてまた、よく考えればあの高速走行のさなか、なぜとぼとぼという異
様にゆるいスピードでしずかに窓外をすぎていくことができたのか。

気付いてからの彼女は、寒気をこらえながらぎりぎりの低速で高速出口に
たどりついたそうだ。

さて、あなたはこれ、コワイですか?

16.ふしぎなはなし6幽霊なしでもコワイ?かな  
名前:芳野屋    日付:3月13日(日) 19時40分
 幽霊話ばかりでは書くほうも飽きてきた。
怖さの核がわからないのだが怖い、という話もたまにはいいか、というわけで
いつどういういいきさつで聴いたのか詳細は忘れているのに、ヘンに怖い記憶
だけが鮮明に生き残っているはなし、ということでやってみよう。

 わたしの叔母という人は料理好きによくいる酒好きで、それが高じてほとんど
アルコール依存症すれすれのトラブルメーカーだった。ブンガク好きの彼女は、
ある日突然中学生の私に福永武彦の「廃市」を読めと言ってくれたり、家の文学
全集の永井荷風の巻だけ、黙って持っていって返さない、等々、ブンガク系エキ
セントリックを抱きしめたまま中年になったような不思議な女だった。
 親戚中から虚言癖を責められていたその叔母は、おなじ戌年というだけで、ひ
どく私を可愛がった。
 多分その叔母から小学校中学年くらいのときに聴いた話と思う。さもなくばも
うひとり、母の友人であった虚言癖のおかしな女を覚えているので、どちらかか
ら出た話であることは間違いない。
 つまり、虚言であると、最初から子供なりにわかっているのだが、それでも今
でも覚えているのはデティールが怖かったからなのだろうか。
 女の人の語り口で再現してみよう。

 わたしの近くにすんでいる女の人の家に、たまにネズミがでるんだよ。
 ネズミは必ず寝ている間に出てきて、台所の残った野菜とか惣菜とか、食べ散
らかして朝になったら消えてるんだ。それで、その女の人は考えた。食べ物を置
かなければいいんだ、と。
 すべての食べ物を片付けて、家の中には口に入るものを何一つない状態にして、
女の人は床についたんだ。
 翌朝、女の人はほとんど齧られてカケラほどになった石鹸を見つけた。
怒った女の人は石鹸の残りの小さなカタマリを捨てた。
 さらに翌朝、女の人は齧られて表面ががさがさになった石鹸箱を見つけたんだ。
女の人は石鹸箱も捨て、ネズミの齧りそうなものはすべて処分して床に就いた。
 深夜、女の人はもぞもぞとした不快な痒みを足先に覚えて目を覚ました。
電気を点けて足を見てみる。足指の爪があちこち爪噛みをしたようにぎざぎざに
なっている。
 ネズミ?!まさか、と思いつつ、気味が悪いと思った女の人は明るく電気を
点したまま眠ることにした。

 それから何日かたった。女の人はまったく外に出てこない。そして昼も夜も
部屋の電気は点けっぱなしだ。
心配した近所の人が何度か訪ねてみたが、鍵がかかっており返事がない。
 また何日か過ぎた。朝になっても夜になっても女の人は出てこない。買い物に
行った様子もない。旅行にいくような話もない。電気は点いたままだ。
 さすがにおかしいと思った近所の人が大家さんに頼んで、部屋の鍵を開けても
らった。
 部屋の中央には敷きっぱなしの布団とわずかな盛り上がりが見えていて、おそ
るおそる女の人の名を呼んでみた。返事がないのでしょうがなく上がりこんだ。
 チュ、と声がして、掛布団からネズミが一匹走り出た。
思いきって掛け布団をめくる。
 そこには無数のネズミがうごめき、白骨になった女の人がしずかに横たわって
いたんだと。

15.ふしぎなはなし5『日常的存在としての幽霊』  
名前:芳野    日付:2月20日(日) 16時12分


私がかつて働いていた看板会社は、札幌の黎明期から運送事業の
基幹としてあったナエボという町のただなかにあった。
古い倉庫に増築を施したような建物を加工工場と事務所として、
15人ばかりが日々の業務を行っていた。
 古いものにはかならずある種の霊的な存在がある、とはよくきく
話だが、会社の事務所と棟続きのくだんのふるびた倉庫のなかには
幽霊がたしかに常駐していた。
 歴史があるというか、キャリアがあるというか、そういうクラス
になった幽霊はなんの感受性もないごくごく一般的な人々にもみえ
るようになるらしく、「ああ、またみたわ」とか「いるんっすよ、
やっぱ」というように日常の会話の折々にもひどく自然に存在する
ようになった。

とある日、工場の一角にデザイン専任の私のために倉庫の一角を仕
切ってデザインルームをつくることになった。
新しい?デザインルームで業務を始めて間もない頃、倉庫部分で働い
ている加工部の人間全員が大口の取り付け作業に出かけたあと、私
はたったひとり、がらんどうの倉庫の一角に残された。
 電気をつけなければまっくらな倉庫である。
私のいる場所のドアにはガラスの小窓があるがそこはまっくろの
ラシャ紙をはりつけたような光のない状況になっていた。

 パソコンに向かい、仕事を始めて小一時間もたっただろうか。
まっくらな倉庫の奥からさまざまな音が聞こえてくる。
回転椅子のまわるきゅるきゅると言う音。テーブルの上で何かを
書き付ける音。時折筆記用具を床に落とす音。
音はいつまでたっても途切れない。
明かりがなくまっくらであるということを無視すればまるでいつも
の仕事場のような気配である。
 さすがに何度目かの椅子を立つ音の後、気が滅入ってきた私は
内線電話で事務の女の子を呼んで、一緒に音を聴いてもらった。
女の子は「キモチワルイ」「スゴイ」などと顔をしかめて言ってく
れたが、だからといってなにをどうすることもできず、自分の持ち
場にかえっていった。私とて聴いてもらったからといって、なにが
どうなるわけでもない。
 女の子がいなくなった仕事場でわたしはまたパソコンの前に座り
何枚かのシートを切り、貼込みをし、じっと終業時間を待った。
ドア一枚隔てて倉庫では彼か彼らかしらないが、絶え間なく椅子に
座りたちあがり、歩き、動き続けるなにものかの音を終日聴きなが
ら。
そんなになっても仕事しなきゃいけませんかね。
最後にはそんな思いにかられながら。

あの幽霊の血液型は多分A型だったんだろうな。
ご苦労様。

14.ふしぎなはなし4  
名前:芳野屋    日付:6月9日(水) 3時6分
 夢見下手である。
寝る前に飲むアルコールの量が少なくないせいもあるのだろうが、眠りの質がよくない。
寝ても寝ても寝た気がせず、カタチの鮮明な夢もみない。敷布団と自分をくっつけているス
ライムのようなべたべたしたなにかをうんざりしながらすこしずつすこしずつ引き剥がし寝
覚めはやってくる。
 脳のまんなかあたりに煮詰まった具だくさん鍋の残滓のごとく夢のカケラが浮かんでい
る。掬うのはきわめてむづかしい。こんなんでひとに語っておもしろい夢などあろうはずが
ない。(もっともたいていの夢はひとに語ってもおもしろくないものらしいが)
 だがたった1つだけ、印象深い夢を覚えている。やっぱりおもしろくないじゃない、とい
うことになっても、それはひとに自分の夢を語るとは所詮そういうものでしかないという証
左として有用である。(藁)

 わたしが建築関係の業界新聞の編集をしていたときのことだ。漱石風にいくか。
 こんな夢をみた。
わたしと同僚はいつもの3人のチームで印刷屋に出張校正にでかけている。印刷屋の校正室
で最終のゲラをチェックしてた。いつものように3人の回し読みによる校正が終了し、黒縁
眼鏡のアクのつよい印刷担当チーフのデスクにそれを届け、OKです。かかってください、と
報告。3人は社にもどるべく外へ出た。
 だが帰り道、どうもいやな胸騒ぎがする。校正の時、たまにあるのだが、それがとある記
事の確認事項をわすれてそのまま出したかも、とかなんらかの見落としの感知である場合も
あるし、重大な顧客の重大な記事ゆえの失態はないだろうか、という単なる不安感の具現で
ある場合もある。胸騒ぎは新聞が出来上がってくるまで続くこともあり、続かないこともあ
る。不安はたいていは杞憂に終わるので、今回も杞憂だろうと夢のなかでわたしは思おうと
していた。(なんせもう帰り道だし・・)
 けれど胸騒ぎの波はだんだんと高くなってきてなにやら胸がどきどきしてきた。
ふとひらめいた。「あれ号数確認したっけ?」
 少部数なりとも第3種郵便物である新聞である。号数のミスにはたいへんなおとがめがあ
ると聞いている。
 わたしは急いで印刷所に電話をし、さっきの担当者にお手数だが前号を出して今号と並べ
号数照会をしてもらえないかと頼んだ。しばらく間をおいて担当者が言った。
「よかったですね。前号のままの番号が入ってましたよ」
よかった、ほんとうによかった。一大事になるところだった。胸をなで下ろして会社へ向
かった。

と、いうところで夢の記憶はとぎれている。
まさしく校了の日の夜にみた夢である。日中と全く同じ光景がリプレイされたようなもの
だ。違っているのは、現実の校正はきわめて順調に進み、何の胸騒ぎもなく終了し、わたし
はすっきりと「ああおわったおわった」といいながら独り打ち上げで北24条界隈の居酒屋
で快適な夜を過ごしたことだ。
おかしな夢をみたものだ、夜も仕事してたみたいで寝た気がしない、と思いつつもあんな夢
の直後である。会社に着くとまず昨日の校正紙のコピーを拡げ、やはり号数をみてしまう。
う、と声が出そうになる。そこにあるのは前号と同じ誤った号数である。うそでしょ、と
アタマの中で自分がいっている。とりあえず、夢の追体験のように印刷所に電話する。間に
合うか。アサイチからの刷版作業であってくれと祈りながら返事を待つ。結果はぎりぎりで
セーフ、新聞はなんとか無事に発行された。

 予知夢、というにはあまりにもみすぼらしいが、わたしの貧相な夢記録のなかでは今も鈍
いひかりを放つ逸品である。

13.ふしぎなはなし3  
名前:芳野家    日付:6月5日(土) 14時42分
幽霊は訓練によって物理的に目に見える力を手に入れる、というのは『ゴースト』とい
う映画で知った。ほんとかうそかはしらないが、空気みたいになってしまったものが、
いわば気を集中させることで物理的になにかをうごかすことを可能にする、という設定
はそこそこ納得できる。内的リアリティOKである。
さて、ではそのチカラは鍛錬でどこまで重いものを動かせるのようになるのだろう。
そんなことが気になる。気になる遠因にはとあるハナシがあったりする。

私の父は36歳のとき、心臓発作で朝の通勤列車のなかで息絶えたが、まあ、それはし
ょうがないといえばしょうがない。寿命である。
とはいえ、残された母はまだ結婚2年目。1歳の誕生日を迎えたばかりの乳飲み子(つ
まり私だ)を抱えてどれほどてんやわんやだったか、多少なりとも想像はつく。さて、
これからどうしたら、と母が逡巡していたとき、あろうことか父の肉親はこれから順次
入ってくるわずかばかりの保険金、退職金、年金を、来て日の浅い嫁にわたさずにすむ
方法を相談していたというのだから恐れ入る。
彼らがだした結論は、とりあえずこっそり籍を切っちゃたら。というたいへんにアタマ
の悪いものであった。
なにかの手続きで役所にいった折に自分の籍がもう嫁いだ先にないと知った母の衝撃は
いかばかりか。そのまま私を連れて裁判所へ直行した母は、その足で実家へと戻り、二
度とかの家の敷居をまたぐことはなかった。裁判所はかの家の面々を呼びだし、激しく
叱責した。そりゃそうだりっぱな横領行為、文書偽造行為である。子の為にも彼らを訴
え、相応の賠償金をとりなさい、と裁判所は母につよく勧めたそうだが母の父、つまり
祖父の反対で訴えることはしなかったという。
孫は半分は父の血が流れている。その人生のどこかで父方の親戚の誰それと会い、関わ
らなくてはならないときもくるかもしれぬ、だからこそいま金は取るな、そのぶん毅然
としていよと。金というカタチにしたとたん、チャラになるものがあり、チャラにした
ことで失われる人のつながりがある、というようなことを懸念した、といえば聞こえは
いいが、その手のカネを不浄とする明治の頑固爺だったというだけのことかもしれない。

一連の悪事?の画策をした父の弟という人物の書いた借用証書が実はいまも私の手元に
ある。便箋は昔のうすっぺらなオブラートみたいな紙製だがいくぶんの黄ばみのほかに
は傷みはない。こんなものでもデジタルよりは確実なのだな。
40年程前の金で3万円程。本来私のものとなるはずの年金、保険金等の一部を使い込
んだ部分を1歳の私から借用したことにした証文である。
母の生きている間に回収に行くべきかどうか、と考えることもあるが戯言のような思い
つきでしかない。
祖父の予言通りというべきか、越してきた家の中小路一本隔てて奇しくもくだんの債務
者である叔父の家があった。そう小さな街でもないのに、なぜここに、という感じであ
る。ときにはベランダ越しに小さくその姿が見える。白髪の大きな骨格の姿。36歳の
父が年老いたらああいうふうになっていたのだろうか、と夢想することもある。むろん
それは懐かしさとは似て非なるなにものかではあるが。
だが、そもそも憎しみをもつほどの記憶すら私にはないのだ。

父が死んで、親戚一同でこっそり嫁の籍を切ってまもないころ。その弟が寝室に入って
いったら、死んだはずの兄つまりわたしの父がくらがりに座っていたそうである。
弟は驚愕して身を退いたが、あっというまもなく、父は立ち上がって、無言で弟の胸倉
をつかみ投げ飛ばした。畳にもんどりうって倒れたとたん、その姿は消えていたそうだ。
七人ばかりいる小姑のうち、ただひとり仲のよかった末弟のお嫁さんが後年、母に教え
てくれた話である。
お父さん、やはりくやしかったのだろうな。ってこんなこと言ったら大槻教授は嗤うだ
ろうが。

オカルトは信じてない。しかしこんなにもふかいヒトの情念がなにかのカタチで残らな
いはずがない、そんな気持はどうしてもぬぐえない。

12.夢想と妄想のあひだ  
名前:芳野屋    日付:6月1日(火) 17時0分
ひさしぶりに就職試験を受けた。
家から車で十分ほどのところに葬儀写真専門の会社が越してきて、デジタル処理するパートを
募集していたのだ。専門学校を出た人、写真処理ソフトに習熟している人という条件にも関わ
らず、専門学校は出てないわ、指定されたソフトをろくに使いこなせもしないのにとりあえず
行ってみる、という暴挙に出た。近いし、時間は応相談だし、うまいこともぐりこめればスキ
ルアップもできるかも、なんてムシのいいことを思いつつ・・。

あきらかに葬儀専門と解るたたずまい。就職情報誌には葬儀のその字もなかったのだが。あい
かわらず死は忌むべき存在らしい。
引っ越したばかりのせいか、かなり殺風景な事務所。小規模の工場のような外観も含め、どこ
もかしこもモノトーンである。葬儀場の控え室のような事務室の奥、応接室で担当者の来るの
を待つ。重役なのか営業マンなのか俗な臭いを滲ませてソファに座っている男が、唯一ここは
生者の会社なのだと証明してくれている。
応接室に説明しに来てくれたのは、伊藤英明をさらにナイーブにしたような三十前後の男性だっ
た。地味な濃紺の背広、紺と青との縞のネクタイ。語り口は骨上げの手順を語るように穏やかだ。
うすうすやることの想像はついていたが、目の前に死人の写真ばかりのファイルを出されると
さすがにちょっと神経が波立つ。
大きく引き延ばされ、うまいことはめ込まれた完成写真の入ったクリアファイルに使用前、使
用後のように、加工前のおおよそ貧相なスナップが添付されている。こんなに綺麗に明るくで
きるんですよ、ファイル全体から沈んだオーラが出ているが、貧相なスナップのなかの親爺の
貧相のほうがどう見てもリアルでインパクトがあるので、単純なデジタル加工の前後、という
ふうになかなかみられない。なんらかのオカルト系の感知能力がある人は多分まったく適応で
きない職場だろう。
首のすげかえ、みたいなものだろうとタカをくくっていた私は、イトウヒデユキ風が語る内容
に右往左往するばかり。一日に三十件、三十分で一件を片づける、時には希望の柄の服を作っ
て着せる。表情がさえないときは明るくする、女性の方は皺などの肌の状態も改善してさしあ
げる、等々。
「いや、これはできないですね」と、私。
私ごときの付け焼き刃の技量で務まる仕事ではない。

朝の8時半から夜6時まで(どう仕上げるかの事前の打ち合わせはあるにせよ)結局は写真の
死者に向き合い、ご要望を尋ね、応えるという作業の連続である。
死者の無言のオーラがいつか生者を浸食し始めることはないのだろうか。恐がりの私は考える。
冥かった、呪縛だらけ顔の陰鬱なスナップをはればれとした死に顔に単純に転化することへの
懼れはないのだろうか。とまた、化粧ぎらいの私は考える。
案の定、私は不合格だったが、合格した誰かが(あるいは若い、あるいは妙齢の)、いまこのと
きもあのマックG4の前で死者と向き合っているのだろうな、と思うとなんだか不思議な気持
ちになる。あまり若い人がするのはいかがなものか、と老婆心で思ったり。

老人ばかりの写真の中でふと僥倖のように若く美しい女の写真が紛れ込んできて、その女に恋を
したりしたらどうするのだろう、などと、小説のプロットめいた情景まで浮かんできたりして・
・・。主人公はもちろんくだんのイトウヒデユキ風の彼であり・・。   以下続く(わけがない)

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