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Ryo爺の独り言

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映画化の話3 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/6/30(土) 8:22
「われらリフター」の映画化が具体的になりつつあるので、ここらへんで実名で書いても差し支えないだろう。映画プロデューサー・竹山昌利さんから電話がきて、映画監督に決まった鄭有傑(チェン・ヨーチェ)さんと、昨日、札幌で面談した。

鄭さんは台湾の映画監督で、最新作「太陽の子」で日本でも話題になっている40歳の新鋭。日本語を流暢に話し、訛りはなくほとんど日本人と変わらない。そのわけはお父さんが長年在日した華僑で、その後台湾の自宅の日常会話は日本語だったとのこと。また、鄭さんがなぜこの映画の監督になったかというと、「われらリフター」の舞台が士別ではあるが、映画化に関して士別と名寄が協力態勢をとり、ともに台湾観光客の誘致を意図して両市の観光地や食文化を盛り込むとともに、リフターと台湾女性との恋のエピソードを加えていくことを企画していることによる。

指定場所の喫茶店に行くと、HTBやファントム・フィルムの関係者もいて、5人に取り囲まれて質問を受けた。監督とだけ会うと思っていたので、いささか面食らった。私が実際にウエイトリフティングに挑戦したときの状況〜心情、小説のストーリーの事実と虚構について等々……ほとんど昔話に近いので、思い出せないものもあった。

驚いたのは、小説の内容がほとんど事実のように思われていることだった。私はスポーツには全然向いていないタイプでありながら、若いときの気負いで自分はなんでもできると勘違いしてバーベルを手にした。実際に競技をやってみるとまったくダメ人間であることを思い知らされたのだが、そういう青年期の失敗を小説という虚構の世界で、あたかも成功したように見せかけた嘘八百なのだ。思いつく登場人物をイラストに描いて、身長・体重・記録・性格を付記して、壁に並べて貼り付け、それを見ながら書いた。ストーリーが行き詰まると新たなキャラクターを貼り付けて話をつないだ。体験はベースになっているものの、実際に活かせたのは競技に向う心境くらいか、と正直に話した。

また質問を聞いていると、どうも誰もがこの競技の知識がまるでないように思われてきた。それほどマイナーな競技であるともいえる。で、私は椅子から離れて、動きのとれる床のところで、クリーン・アンド・ジャークの姿勢やフォームと力の関係について実演して解説(?)しなければならなかった。

鄭監督は見るからに実直そうな人で、メモをとりながら真面目に質問してきたが、小説のストーリーがふざけた内容なので、どうしてもふざけたような答えしかできない。日本語は通じていると思うがはぐらかされているような気持ちでなかったかと、少し気がかりだ。最後に、質問されていないのに「始めから終わりまで、笑って笑って笑いまくるような映画にしてほしいです」と言っておいた。彼はうなづいてくれた。

すでに脚本家〜配役を検討中で、打診やキャラクターの相性などの取り合わせに入っているらしい。脚本ができたらまた話を聴きたいとのことだったが、小説と映画は表現形式が違うし、いろいろ加味される要素も入ってくる。質問には答えるにしても、私は原作者であって映画制作のスタッフではないのだから、若い監督の才能に任せ、意見は言うべきでないと思っている。

木彫猫を買いたい人 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/4/28(土) 11:45
道新ギャラリーのカービング作品展は、久しぶりの発表の場だった。道美展を退会し、温故の会の解散でグループ展もなくなり、北陸銀行の好意で二人ロビー展をやったのが最後で、2年ぶりの作品展示だった。

カービング展の最中のカービング教室例会日に、講師から私に話があった。作品展の会場で「“座る猫”(アビシニアン)の作品を買いたい、作者に会えないか」という人がいたから、最終日には搬出にくる、と伝えておいたとのこと。売る気があるなら予め価格を考えておいたほうがいい、とも言われた。

いままで種々の展示会で猫作品を出すと、きっと一人や二人は欲しいという人が現われ、そのたび、そう言っていただくのはありがたいのですが……、と断ってきた。私は自分の目標とする参考作品を(写真や絵では見ることはあるが)現物を見たことがないので、自作品が参考作品であり、効果のあった個所やよくなかった個所、手法の良し悪しを確認して、それを手がかりにもっとよい作品をと心がけてきた、いわば次作品への踏み台にするため手元に置いておかなければならないのである。

とは言え、はや78歳、ボケ域に入って、まだ伸びしろがあると思っているのは当人だけかもしれないし、マンションのトランクルームに値のない木屑を積み上げるようなことはやめて、そろそろ手放せるものは手放すほうがいいのかもしれない。欲しいと言ってくれる人がいるときが華か、とも感じて、ちょっと気持ちが揺れた。が、幸いにというか不幸にというか、最終日、欲しいと言ってくれた主は現われなかったので、無事(?)持ち帰った。いま、チョッピリ惜しいような、ホッとしたような心境。

アート・ファーマーのフリューゲルホーンが好きになってきた 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/3/8(木) 10:2
私が聴くジャズは、ほとんどピアノ・トリオなのだけれど、ピアノ・トリオ+ワン・ホーンも好きな構成だ。ワン・ホーンはサックスよりトランペットのほうが多い。マイルス・デイビスをはじめ高名なトランペッターの演奏は一通り聴いてきたが、このところアート・ファーマーにハマっている(「ファマっている」と洒落たいが、乗りすぎかな)。

ファーマーは若い頃にはバリバリのハードバッパーだったが、いつからかフリューゲルホーンを多用するようになった。私が聴きほれているのは、まさにこの柔らかい音色であり、哀調を帯びた曲であってもおおらかで毅然とし、かつ温かみを感じさせる彼の歌心だ。

トランペットの音は突出する華やかさが特色だろうが、ファーマーのフリューゲルホーンにはいぶし銀のような抑えた美しさがあるように思う。それを感じる私は、つまり老いたということか。他人と競うのは嫌になってきたし、平穏こそが幸せと感じる齢になったことと関係があるのかもしれない。

以下、愛聴盤を5枚。ジェリー・マリガンやベニー・ゴルソンとの双頭コンボの演奏はもちろんいいけれど、抒情性と格調の高い曲想を表現するには、ジム・ホールが最も相性がいいように感じられる。

1959 ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ ジェリー・マリガンのリーダー盤
1959 ブラス・シャウト ベニー・ゴルソン編曲
1960 アート トミー・フラナガンと
1964 スウェーデンに愛をこめて ジム・ホールと
1977 クロール・スペース CTI



Re: アート・ファーマーのフリューゲルホーンが好きになってきた
名前:Ryoji    日付:2018/3/10(土) 12:18
YouTubeでアート・ファーマーの動画を探していたら、小品ながら極上というべき演奏に出会った。「ArtFarmer−PetiteBelle」6:55 がそれ。イギリスのBBC放送番組「JAZZ625」の録画から抽出した一曲。

題名の「Petite Belle(プティットベル〜プチベル)」とは「小柄な美しい女性」という意味らしい。アート・ファーマーのフリューゲルホーンは、曲にさほどアドリブを加えることはせず、素直に吹いているようだが、どこか物悲しいのに心の底が温まるようなソフトな音色が胸を打つ。ジム・ホールのリリカルなギターも絡んで、いっそう深い味わいをかもしだしていると感じた。

「Petite Belle」
アート・ファーマー flh
ジム・ホール g
スティーヴ・スワロー b
ピート・ラロカ ds
1964/6/6

木彫 “麻の実会”に再入会 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/1/12(金) 15:21
木彫“温故の会”が昨年末、解散した。4年前に入会したとき会員が12人いて、毎年グループ単独で作品展示会を開いていたものだが、しだいに高齢化が進み、体調不良でこれなくなったり、冥界入りする会員もいて、ついに存続不可能の状態になった。老いていくことの現実を目の当たりにする、ここ数年だった。

私も喜寿を通過して正真正銘の高齢者だけれど、まだ足腰は動くし、彫る意欲もあるので、習い覚えのころ入っていた“麻の実会”(北老人福祉センター)に再入会できないか、訪ねてみた。ここは以前、会員が30人もいて、一室に入りきらないので2班に分かれて活動していたのが、いまは三分の一になっていた。一時ここをやめたのは、予期せぬ病に罹り治療に専念するためだったのだが、治癒後、誘われて別なグループに入っていたわけだ。現在10名ほどいる会員はほとんど顔見知りだったこともあって、いわば出戻りの参加を快く歓迎してくれた。

麻の実会は、板物、箱物を彫る人がほとんどで、それも彫刻刀のみで伝統工芸の一木彫りを守っている人ばかりだから、私のように立体彫りで、しかも貼り付け、継ぎ足し自在の、技法は何でも取り入れるいき方は邪道と見られるかもしれないが、木彫を楽しむ気持ちは一緒だ。先輩の匠の技は素直に学び取りたいし、見境なしの私の手法も大いに発揮して、お互いに刺激しあっていけそうだ。

秘伝 カボチャの切り方 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/12/18(月) 11:1
知人がカボチャの切り方をYouTubeにアップロードした。日ごろ、男子厨房に入らず−というような謹厳な表情(それってどんな顔と問われても具体的に説明できないけれど)の彼と、カボチャのイメージとはまるで結びつかないのだが、動画はもちろん顔ではなく手先しか写っていないし、それが実に手際よく、スムーズに切ってみせている。こんな名人とは知らなかった。

カボチャが硬いのは皮の部分だけなので、最初にヘタをえぐり取って、包丁の切っ先を内部に差し込み、前後に揺らし、回しながら皮を切り下ろしていくのがコツらしい(こんな説明を読むより、動画を見たほうが早いね)。

YouTubeサイトを開き、キーワードに「力のいらないカボチャの切り方」と入れて検索すると出てくる、果物ナイフを使う1分33秒の動画がそれだ。カボチャを切るのがうまくいかない人、まだ冬至のカボチャを切っていない人、とくに力の弱い女性の方、一見の価値ありです。



Re: 秘伝 カボチャの切り方
名前:Ryoji    日付:2017/12/19(火) 11:36
この欄に紹介した旨、M氏本人にメールしたところ返信がきた。
1か月前にアップして以来、ほぼ毎日アクセスがあり、100件を超えた由。国内ばかりでなく、台湾、アメリカ、フランスからもあったという。キーワード(画面には出ない)に「How to cut pumpkin easily」「with less power」との言葉を埋め込んでおいた効果らしい。カボチャを切る難しさは外国人も感じているらしい。

動画は見ただけでわかる、言語の壁なんてない。これ、面白いね。M氏のタイトルをもじって「力のいらないネコの彫り方」でも動画にしてみようかな、と返信したら、「撮影カメラマンが必要ならご用命ください」と再々返信してくれた。

で、ちょっと考えた。バルサ材を買ってきて、カッターで削って、ヤスリ掛けして形を整え、絵の具を塗れば、見た目には木彫猫と同じ作品が作れる。これなら全然力はいらないし、簡単だ。発泡スチロールのようなスケスケの材質だが、木材には違いないから木彫だよね。……しかし、じっくり時間をかけて木に生き物の魂を入れる姿勢とは違い過ぎるか。

沓沢久里さん、85歳で北海道新聞文学賞を受賞 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/11/12(日) 10:28
第51回北海道新聞文学賞は、沓沢久里『通天閣の消えた町』に決まった。作者は今年85歳、かつてない最高齢の受賞ではないだろうか。その老いを感じさせない創作意欲に敬意を表し、快挙を祝したい。

沓沢(本名・中村久子、以下、呼び慣れたこの名で書く)さんと初めて出会ったのは吉村昭講演会の交流の集いで、たまたま座ったテーブルの隣席が中村さんだった。そのころ、私は札幌に転住したばかりで、会場は知らない人ばかり。ところが、彼女は佐野良二の名前を知っていた。歴代の道新文学賞受賞者リストで見たことがあったのだろう(私は第27回の受賞)。いろいろ話しているうちに、彼女が代表をしている昴の会にぜひ来て話をしてほしいと要請された。

昴の会は会員20名ほどの同人誌で、メンバーは若者から主婦、年配者までさまざまな年齢層の集まりだった。ここで「文学と笑い」の講義をした。これが縁で毎年『昴の会』が発刊されるたびに作品評に呼ばれることになり、何年通っただろうか。視野が狭く、好悪に偏りがちな私の講評をみんな受け入れてくれた。

中村さんは『昴の会』発刊のたびに自作も発表し、まとめ役にとどまらず自ら範を示していた。講評のとき沓沢作品をいつもほめることになる。若い会員は私が代表に気を使っていると見えたかもしれないが、実際に沓沢作品は文章が達者で、人物描写、ストーリー展開ともに的確で抜きん出ていた。

天才から小説の書き方を聴いてもレベルが違うから参考にならないだろうが、凡人の私の書き方は、書き直し、構想の立て直しの連続で、そのジタバタし続ける小説作法は、初心者には身近で参考になったのではないか。懇親会の交流で会員の人たちと気持ちが分かり合えてくると、なかには直接作品を送ってくる人や、賞をとるまでコーチしてください、という人もいた。同人誌で勉強することは正統な小説の学習法だと思っているが、同時に文学賞への挑戦も奨めた。

今回、なんと代表の中村さんが北海道新聞文学賞受賞となった。これは会員の方々に大きな励みになるだろう。85歳でなお「まだ書き残すべきことがある、これからも生きている限り書き続けたい」と話す姿勢がまぶしい。70歳になったとき、老いを感じ、言葉を操る難しさを感じて文学活動をやめた私とは大違いだ。大器晩成、今後ともご健康とご健筆を!

マイルスは50年代がいい! 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/10/20(金) 14:45
私の好きだったマイルス・デイビスは1950年代。音盤はほとんどLPで持っているが、その後追加して買ったCD、最近YouTubeで得たMP4などで、年代順に聴き直してみた。新しく発見したものはなかった。好みの演奏は年を経ても変わらず、若いころいいと思ったもの(○印)が今でもいいと感じた。聴く耳が進歩していないからだ、と言われればそれまでだけれど。

1954 ウォーキン
1954○バグス・グルーヴ
1954 マイルス・デイヴィス&ザ・モダンジャズ・ジャイアンツ
1955 ザ・ミュージングス・オブ・マイルス
1955○ラウンド・アバウト・ミッドナイト
1955 マイルス〜ザ・ニュー・マイルス・デイビス・クインテット
1956○ワーキン
1956 スティーミン
1956○リラクシン
1956○クッキン
1957○死刑台のエレベーター
1958 マイルストーンズ
1958○サムシン・エルス
1958 1958マイルス
1958 アット・ニューポート1958
1959 カインド・オブ・ブルー

トリオ+ワン・ホーンくらいが私の“わかる”範囲で、楽器の音色がはっきり明快で、奏者の歌心が肉声のように聞こえるのがいい。いくら評論家が褒めようと気に入らないものは気に入らない。音楽理論なんか知らないし、自分のハートにジンとくるかどうかでしかない。

ギル・エバンスとオーケストラで演奏するマイルスは好きでない。名演奏と言われる「スケッチ・オブ・スペイン」なんて整然とし過ぎていてちっとも面白くない。むしろ後年マーカス・ミラーとやった「シェスタ」のほうが気持ちよく聴こえる。
ただ最近、「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」の「ダッダッダー・ダダ・ダーン」という絶叫のような突出フレーズが、ギルの編曲によるものだということを知り(中山康樹『マイルスを聴け!』で)、そうだったの、と改めて脱帽したけれど。

ジャズ動画で落ち穂拾い 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/10/15(日) 18:9
この頃、YouTubeの動画にハマっている。
いままで画像といえば、木彫の下絵の参考にネコの静止画をかなりパクってきた。収集した画像はお座り・うずくまり・寝る・歩く・走る等々、フォルダに分類してストックとして整理してある。だから、動画にはほとんど興味を持っていなかったのだけれど、PCを新しくWindows10にしてから、退屈しのぎにYouTubeを覗くようになった。

で、ジャズ名盤の落ち穂拾いとでもいうか、若い頃、聴きもらした(おおむねオカネがなくて買えなかった)音源を見つけ出すのが楽しみ。マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスなど往年のライブ録画があったりして、懐かしい(これはライブを見たことがないから懐かしいというのは変かな?)。
また好きなチック・コリア、ハービー・ハンコック、キース・ジャレットの演奏(こっちは同世代のミュージシャンなのでライブ体験はあるが)も多くあり、ちょっと目を凝らせば容易に宝の山に分け入ることができる。とくに英文で入力したほうが検索の幅が広がるようだ。

これって著作権はどうなっているのかな、と疑問を感じる音源・画像もあるけれど、好きなミュージシャンの名前を見つけると、ついクリックしてしまう。

老妻の“初優勝”に刺激されて 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/10/5(木) 7:58
10月1日に開かれた全道女流囲碁選手権(北海道新聞社主催)で妻が初優勝した。男子の全道囲碁選手権は高校生の17歳が、女子はわが老妻70歳が頂点の座を占めたので、その対比に話題性があったのか、翌日の朝刊には3紙面に記事が出た。で、いつもは静かな老人宅に、祝福の電話が何度も鳴り響いた。

最初、妻に囲碁を教えたのは私である。勤めを持っていたころ、机を並べていた隣の同僚がなかなかの強豪で、昼休みになると碁を打つのが日課だった。他の同僚も周囲を取り囲み、傍目八目でささめを入れる、昼食後の恒例行事のようだった。職場の大会でトロフィーを得たこともあるが、負けると悔しくてしょうがない、あのときあそこに打てば、といつまでも後を引く。自分が情けなくて寝られなくなる……。

勝負事は身体によくない、平穏に暮らしたい自分には向いていない、と思った。それで人事異動で職場が変わってからすっぱり止めた。その代り、子供のころから好きだった読書に専念するようになった。これは腹が立たないし、本さえ開けば、どんな世界にも行け、どんな人にもなることができる。想像の翼を広げるほうが世界が広く、深いと思うようになった。

妻の碁は公民館の初心者講座に通ったのが始まりで、習い始めは面白くてしょうがないらしく相手を求めてくる。私は碁に興味を失っていたが、やむなくテレビを見ながら適当に石を並べて見くびっていたら、不思議にもめきめき腕を上げてきた。そのうちテレビを消して真剣に向うようになり、いつか真剣に向っても負けてしまうようになった。やる気がなくても負けると腹が立つ。負けばかり続いて相手をするのが嫌になり、私は書斎に引きこもって読書に耽るようになった。それが自ら小説やエッセイを書く行為に繋がっていった。

高名な漫談家の言葉ではないが、あれから40年、妻は飽かず碁を打ち続けた。勝負だから勝ちもするが負けもする。そういうとき耐えられなくなる気持ちをどうやって克服しているのか。夫婦も長年経つと空気のような存在になって、このごろは深い会話を交わしたこともない。道新の記者の問いに「70歳になってやっと優勝できた。うれしいよりも恥ずかしい」と答えている。これまで切れることなく精進してきた姿勢には、わが妻ながら感心せざるを得ない。

執筆活動から身を引いた私の、現在の興味は木彫である。ところが70代後半に到って、ここ2年ほど納得できる作品ができていない。彫り慣れた材料の入手が困難になり(クルマを廃車したことからなおさら)、技術的に高度なものを求めても大型工具や機械が使える環境にないこともあって、しだいに創作意欲を喪失。時代の流れと自分の力量に限界を感じ、もはや潮時と北海道美術作家協会を退会してしまった。

今回、妻の快挙によって、何か感じるものがあった。木彫を遊び半分の時間潰しとして彫るのでは面白くない。自分の限界を極める域までまだ到っていない、己の存在証明としての作品を生み出す起死回生の手立てはないか。老いという諦めを振り払って、もっとあがいてみよう、と。

世界の国旗当てゲームも 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/9/1(金) 15:44
国名当てゲームを完全制覇したら、国旗当てゲームに手(マウスというべきか)をのばした。地図上の国の位置がわかっているので、あすこの国がこの国旗、と覚え方に少しばかり根拠があるせいか、スイスイ進んだ。

少し混乱したのは赤・黄・青・緑などの横帯〜縦帯3色の国旗、どの配列がどこの国やら迷わされた。ほとんど同じデザインの国も複数ある。太陽を模した国は多い、単なる円形でなく光芒まで描いたり、目鼻をつけて顔にしている国もある。日の丸は、先の戦争のイメージから引きずっている問題を別にして、単なるデザインとして見れば、シンプルで他に類を見ない出来栄えではないだろうか。

鷲を描いたものがけっこう多い、やはり強いもの志向か。十字はキリスト教、三日月と星の並ぶマークはイスラム教の国、王冠が描かれているのは王制の国。山や海、特産物までリアルに描いた旗もある。刀や槍、銃や大砲も見られ、赤い色は流された国民の血を象徴している国もある。国旗から、いまだに世界中で紛争が絶えない現実が見える。

国旗というものは不変と思っていたのが、近年変更した国もあった。国も動いている、体制が変われば国旗も変わって当然なのだ。このストアの“World Quiz −世界の国々”ゲームはいつ作成されたのかわからないが、設問に旧国旗を4か国も掲げている。

頭の体操のつもりで、ちょっとした時間に遊んできたのが、いつの間にか世界中の国旗を記憶した。テレビや新聞の世界ニュースや、スポーツの国際大会の場面が身近に感じられる。

解きあかされた『大菩薩峠』の謎 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/8/20(日) 15:33
中里介山作『大菩薩峠』は、@長過ぎ(トルストイの大作「戦争と平和」より長い)、A文章がまだるっこしい(まるで講談調)、B登場人物とストーリー展開の辻褄が合わなさ過ぎる(仇討ち物語のはずが、登場人物がだんだん増えてきて主人公が誰かわからなくなり、収拾がつかなくなる)……。だから、おそらくお終いまで読んだ人は少ないのでなかろうか。

私は青空文庫で、筑摩書房版を、耐えがたきを耐えて一応全巻読んだ。読み始めると異様な緊張感が張りつめ、どきどきするほど面白いのに、どうにも不明瞭な個所が多すぎ、魅力はあるが困惑させられる小説という印象だった。このたび、伊東祐吏『「大菩薩峠」を都新聞で読む』を読んで、その謎が解けた。

なんと、都新聞に連載中は構成はきちんとできていたのを、単行本にするさい作者自身が30%も削除し、残した文章も推敲したのは冒頭部分くらいで、ほとんど削除しただけの形で出版した……不明瞭さはそのせいだとわかった。当時、介山は新聞社の一社員で、まだ有名になる前だったので、そういう縮少の条件を余儀なくされたらしい。

それにしても、未完の大作として何度も全集本が発刊され、文庫化までされているのに、また評論、研究書も多く刊行されているのに、この穴だらけの削除版を完全版と思い込んでいたとは。なぜいままで、最初の都新聞の掲載文に当たってみることをしなかったのか、出版社も研究者も一体なにをやっていたのだろうか。

明らかになった部分は多々あるが、たとえば冒頭の、御岳神社の奉納試合で対戦することになった宇津木文之丞の妻お浜が、妹と偽って机龍之助に面会し、勝ちを譲ってほしいと懇願する件。龍之助は「勝負は女の操と同じこと、勝負を譲るは武道の道に欠けたること」ときっぱり断り、その上で卑劣にも下男に命じてお浜を拉致させ、水車小屋で手込めにし、さらに試合で文之丞を一撃で殺してしまう。すべて龍之助の所業のように解釈されてきた。映画もそのようなストーリーになっている。

しかし新聞掲載文では、水車小屋に若先生を探し回っている門下生の騒がしい声(机家に七兵衛が泥棒に入った)が聞こえ、龍之助に悪さをする暇はなく、お浜の縄を解き、女の操と例えたことについて「お山の太鼓(試合開始)が朝風に響くときまでにこの謎を解けまいものか」と言って立ち去る。つまりこの段階では手込めにしてはいないのだ。そして翌日、お山に向う龍之助にお浜の手紙が届けられ「強き男は世にも憎らしけれど、優れて頼もしきものを、今日の試合に勝ち給え」とあり、お浜は明らかに変心し、夫文之丞を見限って龍之助を誘惑している。魔性の女の一面を描く、この部分が無造作にカットされていた。

伊東氏がまるで虫眼鏡で確認するように照合作業をやってくれたことで、辻褄の合わないところが明らかになった。すでに氏の校訂による『大菩薩峠 都新聞版』(全9巻/論創社)が刊行されている。井川洗崖[♯山かんむりなし]の挿絵も入っていて、オールドファンには懐かしい読み物かもしれない。ただし、講談調の文体と、登場人物がどんどん増えて、主人公が誰やら判らなくなる展開は変わらないと思うが。

ダジャレ人類愛? 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/8/9(水) 15:28
きょう、駅前通りを歩いていて大通り公園を横切ろうとしたら、道端にダンボールのプラカードを掲げた青年が立っていた。通り過ぎるとき見ると「8/9 ハグしませんか」と書いてある。思わず、笑い転げそうになった。青年は、どうみてもハグしたくなるようなタイプではなかったからだ(これは、あくまで私の個人的な印象です)。

こんな親父ギャクを掲げて、小雨もよいの蒸し暑い日に、ずーっと立ち続けているなんて、つまらないダジャレで笑いを誘うのか、都市砂漠の人類愛の実践か、迷うところだけれど、その勇気ある行動には拍手をおくりたい。札幌もまんざら捨てたものではない。

でもなあ、外国人ならなかには陽気な物好きがいるかもしれないが、日本人はなかなかその気にならないだろうな。本日限定ギャグだ。道行く人に、彼の意図は伝わったのか、結果は出たのか?

暑さしのぎに国当てゲーム 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/7/22(土) 9:18
暑い日が続き、何もしたくない気分。体を動かすと汗をかくので、頭だけ使うことに。ストアから無料インストールしたゲーム“World Quiz”(世界の国々)。これなら指先をクリックするだけでいい。

設問は、地図に着色された部分の国名を4題から択一する。日本の属するアジア諸国なら全問正解できるかも、と意気込んでやってみたが、中近東やNIS(ソ連崩壊後独立した国)も含まれていて、そう簡単にはいかなかった。何度も繰り返して、やっと全47か国をクリア!

面白くなってきて、ヨーロッパ・アメリカ・アフリカ・オセアニア……と続けて挑む。クリアできるとちょっとした達成感がある。ゲームの国数は全部で195か国。いったい地球上にはどれほどの国があるのか、外務省のホームページでは196となっている。これは日本が承認している195か国に日本を加えた数ということだ。

ヨーロッパには語尾が「ア」で終わる国名が多い。エストニア・ラトビア・リトアニア・オーストリア・スロバキア・ルーマニア・スロベニア・クロアチア・セルビア・ブルガリア・マケドニア・アルバニア。カスピ海以東には「スタン」のつく国々が並ぶ。カザフスタン・ウズベキスタン・トルクメニスタン・タジキスタン・キルギスタン・アフガニスタン・パキスタン。それぞれ謂われがあるのだろうが、全問クリアに向って挑戦中なので、横道に逸れていられない。

いま難問なのは、アフリカ大陸の国々があまり馴染みがないことと、南太平洋や中米の海に浮かぶ島嶼諸国がほとんど未知の領域で、しょっちゅう間違える。暑さしのぎのはずが、しだいに頭が熱くなってきた……。



Re: 暑さしのぎに国当てゲーム
名前:Ryoji    日付:2017/7/27(木) 7:10
ようやく、このゲームの165か国をすべてクリアした。
札幌が猛暑に襲われたのは12日だったかな。このゲームを始めたのはそのころだから、2週間かかって、ほぼパーフェクトに到った。若い頃のように一発で覚えることはできないにせよ、繰り返しトライすれば、“たそがれ脳”もまだ使えるようだ。

何度も間違えるところは、漢字当てやダジャレ式の記憶法を試みた。聞いたこともないカタカナの国名も、表意文字(漢字)を当てることで連想できるし、ダジャレは変な発想ほど記憶に残る。

たとえば「スタン」の付く国は、傘フスタン・渦ベキスタン・取るクメニスタン・多事キスタン・切るギスタンという具合。
いつまでも覚えられなかったモルドバは「盛る土場」、ベラルーシは「ベラベラおしゃべりなルーシー」と女性に見立てた(これは擬人法というべきか)。
アドリア海に面する国々では、形から、クロアチアが口を開け、その口に食べられているボスニア=ヘルツェゴビナ。中腰で立っている「セルビアの理髪師」の手の下に「持ってネグロ(モンテネグロ)」、お腹の辺りが「こそばしい」コソボ、足で踏んづけている「負けドニア」。
ペルシャ湾の小国も「食えと(クウェート)」「馬連(バーレーン)」「語る(カタール)」。

それと、国名を言葉として口で発音してみること。とくに馴染みがなかったアフリカのシマラレオネ、ブルキナファソ、カーボ・ヴェルデ、サントメ・プリンシペ。カリブ海のセントクリストファー・ネイビス、アンティグア・バーブーダ、セントビンセントおよびグレナディーン諸島、なんて長すぎるけれど、何度も声に出していると耳にも馴染んでくる。

テレビを見ていて、いままで聞き流していた国の名が耳にとまるようになった。ニュースやトピックスの起きた国、野球選手〜力士の出身国、サッカーやラクビーの対戦国などなど。付け焼き刃の知識でも、見聞きする世界が広がったように思える。


Re: 暑さしのぎに国当てゲーム
名前:Ryoji    日付:2017/8/6(日) 7:46
ネットで世界の国名当てゲームを探していたら、“Seterra オンライン” という恰好のサイトを見つけた。

緑色の地図が出てきて、文字で指定された国の位置をクリックする、当たると白色に変わる。間違えて2回目に当たると黄色、3回目に当たると黄土色に変わり、3回間違うとうと正しい位置に赤色が点く。だから、全問終えたあとで間違った個所をチェックできる。当たると白い領域がどんどん広がっていき、当たるたびにピッと音がするのも気持ちいい。

国名だけでなく国旗、首都や州当て、日本の都道府県、東京都の区当てなど、メニューが沢山あり、子供たちの学習サイトとしてもオススメ。

折りしも“世界陸上”が開催中、テレビに選手の所属国や国旗が並ぶ。この機会に国旗を覚えるのも楽しいかもしれない。

※本欄2段目「165か国」は「195か国」の誤りでした。

Seterra オンライン
http://online.seterra.com/ja

映画化の話2 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/7/8(土) 11:54
昨年6月、映画プロデューサーのTさんと会い、拙作「われらリフター」の映画化について下案の構想を聞いたのだったが、1億円を超える資金が必要との話に、年金生活者の私にはまるで関係のない、別世界のことのように思っていた。ところが、なにやら実現可能な動きが出てきた。

先日、士別市(私の第二の故郷。人生のほとんどを過ごし、「われらリフター」の舞台でもある)から、教育長をはじめ観光課長、体協幹部の訪問を受け、続いて士別市長が訪れて面談した。なんと名寄市とも手を組んで出資金を予算化し、さらに出資者やスポンサーを募り、道北発信の映画として制作する運びだというのだ。2020年のオリンピック東京大会のホストタウンとして、地元は本腰を据えた、と……!

士別市は、奇縁というか類は友を呼ぶというか、以前から重量挙げ競技の関係者が住む街で、これまで国内〜国際クラスの大会が何度も開催されているし、オリンピックや国体の選手も多く輩出し、高校のウエイトリフティング部の活動はいまも盛んだ。今日の隆盛を招く少し前、いわば草分けの頃、当時20代の私は何を勘違いしたのか、この競技にのめり込んだ。失敗の連続で、しょせん読書オタクの私には全然向いていないことに気づかされるのだが、転んでもただ起きない私は、小説「われらリフター」を書き、市井の片隅でぼやきながらアウトローぶっている中年男たちが、ただ力自慢だけで小さな栄光を得るストーリーに仕立てた。

企画書によると、名寄と手を組むことによってまた別な縁が生まれ、映画では台湾生まれの女性のルーツ探しも加わる展開になっていくようだ。30年前に書いた小説が現代に甦ることは作者として嬉しい限りだし、それが道北の地方都市の知名度アップになり、市民のボランティアやエキストラなどから街の活性化、観光客誘致に波紋が広がっていくなら、長年お世話になった第二の故郷に恩返しができるというもの、地元が動き出したことを力強く感じた。

右クリックの不具合がいつの間にか直っていた 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/6/3(土) 7:5
昨年5月にWindows10の新しいPC(FMV ESPRIMO FH52)を購入して以来、右クリックの不具合が続いていた。起動したあと、デスクトップのショートカットアイコンやWindowsアイコンを右クリックすると、一瞬画面が暗転して、○マークがクルクル回るだけのフリーズ状態になる。

いろいろやってみて、このトラブルの一時的な回避方法をみつけた。右クリックの前に何か別な操作をやっておくと──たとえば、一番簡単なのはショートカットアイコンをドラッグして「キャンセル」を押す。この動作を一度しておくと、その後はシャットダウンするまで正常に作動することがわかったのだ。

それにしても、根本的に直すにはどうすべきかと、FMVテクニカルセンターに電話してサポートを求めた。「新しく入れたソフトがレジストリを書き変え、マイクロソフトのプログラムが変更したと思われますので、初期状態に戻してチェックしてください」とのことだった。

しかし、Windows10に対応していない旧ソフトのWZ Editor 5.03やPhotoshop 5.0Jを裏技に近い方法でインストールして使っているので、せっかくうまい具合に作動している使い慣れたソフトをアンインストールしてまで、初期状態に戻してやり直す気持ちにはなれなかった。

やむなく、毎回、起動するたびに、前述の一手間をかけることは面倒だが、使い慣れた古いソフトの作動を優先して、この“まじない”のような動作手順を続けてきた。たまに忘れてフリーズすることもあったけれど。

2〜3日前、明らかにその“まじない”を忘れたのに、右クリックメニューが現われた。おやっと思って、再起動して試したらやはり正常に動作する。マシンに自浄作用でも起きたのか? Microsoftプログラムの更新で改善されたのを気づかずにいたのか? 原因も解決策もまるでわからないが、Windows10導入当初から、喉に引っかかった小骨のように気になっていたこの問題がちょうど1年目に、何もしないで解消した!

ウケたハナシ 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/5/18(木) 11:57
道北の士別市に住んでいたころ、小咄をひとつ作った。当時、私は教育委員会に勤務しており、人事異動で小中学校の新しい教師が赴任してくると、一同を市内の公共施設見学に案内する。そのガイド役を仰せつかっていたので、マイクロバスに乗って出発すると同時に、それを挨拶のマクラで言ってみた。

有名人が大勢いるところで、司会者が聞きました。
「このなかに士別出身の方がおられるそうですが、どなたですか?」
すると、元プロボクシング世界スーパーウェルター級チャンピオンの輪島選手が手を挙げて、
「ぼくさ(ボクサー)」

真面目な顔立ち(?)の私が、そんなことを言うわけないと思っていたらしく、一瞬、間を置いてから、笑声と拍手が車内に満ちた。もっとも赴任してきた先生ばかりだから、市教委と良好な関係を保つべくヨイショする気持ちもあったに違いないが、いっぺんに和やかな雰囲気になったと思えた。一度笑いをとってしまえば、またオカシナことをいうかもしれないと聞き耳を立ててもらえるようで、以後、私の口も滑らかになった。

元々、私はダジャレをいう癖があり、同僚や部下たちにいつも「寒(さぶ)〜」などと顔を顰めたり、あえてそっぽを向かれたりしていたのだけれど、この悪癖がたまたま役立ったというべきか。

定年退職後、札幌に転住してから道民カレッジで小説に関する講演の機会があったとき、この小咄を再び冒頭にやってみた(私の作品は士別を舞台にしたものがほとんどなので)。札幌の人たちには初耳に違いなく、このとき会場が割れんばかりの拍手、とは大げさだけれど、かなりウケた。あまりの反応のよさに私自身びっくりして、「あのう、ここは拍手をいただくところではありません。本題はこれからです」と言ってしまったくらいだ。

あまり中身のある話なんてできるほうではないが、私が本当に伝えたいこと──どんなにつまらない人生を送ったと思っている人にも、他人を感動させる素材は必ずある。小説とは、その人が人生の危機にどう立ち向かったか、を書くことだ──は受講者の脳裏に残っているかどうか? 案外、この小咄くらいしか記憶されていないのでは、と思ってみる……。


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