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Ryo爺の独り言

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お久しぶりです。 返信  引用 
名前:お久しぶりです梅澤康雄    日付:2020/12/28(月) 22:18
コロナ禍に翻弄され続けて、今年は全く木彫に取り組めませんでした。ふと麻生のネコカフェを思い出し、行ってみたら閉店されてました。ショックでした。良二さんと伺って以来でした。不義理を後悔しました。



Re: お久しぶりです。
名前:Ryoji    日付:2020/12/29(火) 8:43
ご無沙汰しております。

福猫茶房にご一緒したのは4年前のこと、閉店は残念ですが、これもコロナのせいなのでしょうか?

ロシアンブルーの愛猫は元気ですか? その後、猫の木彫は断念したのかと思っていました。続けておられるなら、ぜひ作品を見たいと思います。

古いPhotoshopで年賀状 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2020/12/10(木) 9:5
また年賀状の季節がやってきた。昨年暮れには、新年を迎えると80歳になるので2020年をもって“賀状仕舞い”をしようかな、と考えたのだった。しかし、同級生や知人に、私の木彫入り賀状を毎年楽しみにしているとか、額に入れて飾っているとかいう人までいて(そういう感想は年賀状の端に書いてあるので、感想を聞くのは1年後になるのだが)、なんとなく幕引きすることができなくなっている。

年賀状といえば大半がその年の干支のイラストや写真が入っている。私は老後の趣味のアクティブな遊びが木彫なので、それも猫を彫ることが多いので、干支は無視して毎年猫の作品を入れている。とくにユーモラスな作品を選んでデザイン化し、初笑いまでいかなくても初ほほえみくらいは誘発したいと思っている。

まずは選んだ木彫作品をデジカメで撮る。立体なので光源は一方向だけでなく2個所以上あったほうが凹凸が表現できていいように思う。撮った写真をPCではがき面にデザイン化する、使うのは20年前のPhotoshop 5.0Jだ。OSはWindows10なので、そんな古いソフトが使えるの、と疑問に思う人がいるかもしれないが、正式のインストールではなく、Program Files(×86) にコピーしていて、いわば裏技(?)で使用している。

Photoshop 5.0J は長年愛用しているので、どんな画像処理でも容易にこなせるのだ。ただ、Windows10に入れてからなぜか文字が出なくなった。これだけはどうしようもない。で、PC購入時に付いてきたZoner Photo Studio 16 で文字を書き、それをコピー&ペーストで処理する。ところがこのソフトは縦書きができないという欠点があった。どうしても縦書きが必要なときは、面倒ではあるが文字を一個ずつ切り取り縦に並べるしかない。これが唯一不便さを感じている点。

いや、こんなことを書いている場合ではない、そろそろ取りかからねば……。

気になった好意 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2020/11/5(木) 17:44
年をとってくると、薬の処方や検査などで複数の病院通いを余儀なくされる。コロナ蔓延のニュースは毎日のことなので、地下鉄に乗車するときも院内を歩くときも気を遣う。

定期検査があって、某病院に出掛けた。その日、検査や処置が重なったので(同日に済ませるよう医師が配慮してくれた)、1日で終えることができるのはいいのだが、検査の間合いが1時間おきなので、診療室前の待合はけっこう“蜜”だから、アメニティホールとかいう広いドーム状の空間に行って時間待ちをした。ここは食事ができるテーブルと椅子が一定間隔に多くあり、また何本かある太い柱の周囲はソファのようになっていて、他人と離れて座を占めることができる。

4〜5歳の子が「あっ」とか「あーっ」とか大声を出していた。ドーム状の天井に自分の声が反響するのを面白がっているようだ。うるさいというよりむしろ微笑を誘った。ところが退屈になってきたらしくて、ホールの入口辺りに行って、何が不満かわからないがグズリだした。足踏みまでして泣き出した。離れたテーブルに母親らしい人と祖母らしい人がいて、遠くから諫めるがいうことをきかない。躾けを厳しくしているのか、反抗期でいつものことなのか、二人とも立ってなだめに行く気はないようだ。

すると、近くのテーブルにいた二人の女性のうちの一人が、両手を広げてその男の子を呼んだ。男の子の母親や祖母とは面識がないようである。男の子は少し戸惑ったが、けっきょくその見知らぬ女性のところに行き、抱っこされた。女性は手で男の子の涙を拭い、何やら優しく言ってなだめている。男の子は機嫌が直ったようだ。母親と祖母は女性に頭を下げている。

通常なら微笑ましい光景ということになるのかもしれない。しかし、コロナ禍の真っ只中、みんなマスクをしているし、どのテーブルにも透明の遮断パネルが立ててある。こんなことでいいのだろうか。そんなことをすべきでない、と私に注意する気まではない、傍観していただけだが。

男の子は母親と祖母のもとに戻り、それからしばらくして母親にうながされて、先ほど抱っこしてくれた女性にバイバイをして帰って行った。どうも釈然としない光景であった。

テレビは本日、北海道の感染者が100人を超えたと報じた。

膝の痛み 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2020/10/28(水) 9:15
80歳になって体力に変化が現れた。椅子から立ち上がるとき、階段の上り下りするとき膝に痛みを感じる。2〜3か月前からだ。長年、二足歩行をしてきたので、骨が磨り減って擦るようになったのかもしれない。

私なりの健康法として、隔日、プッシュアップ(腕立て伏せ)30回、シットアップ(腹筋運動)30回、スクワット(脚の屈伸)50回、カーフレイズ(爪先立ち)50回を続けているが、スクワットだけが苦痛で、やむなくハーフ・スクワットに切り替えたが、それでもやはり痛い。

予兆があるのだから、早めに診てもらったほうがいいと、膝関節の専門医がいる整形外科病院を受診。さっそく両脚ともレントゲン撮影され、その画像を見ながら診察を受けた。
関節の骨の隙間はじゅうぶんあり、異状はないという。平らなところを歩くのは支障ないが、立ち上がるとき〜階段の上り下りが痛いと訴えた。正座できるかも問われ、食事をお座りして摂っているが痛みはない、と答える。診察台の上に横になるよう指示され、それから脚を左右前後に折り曲げたり捻られたり、ツボのようなところを強く押したりされたが、痛みはない。
結果、レントゲン画像も触診も異状は認められないと医師はいう。老化によるものでしょうから、また痛くなったらお出でなさい、とのこと。痛いからきたのに、耐えられないほどの痛みまで我慢しろということか? 医師のにこやかで優しい言葉遣いに、なんとなく納得できないまま謝意を表して退出した。

スクワットも続けてかまわないというので、続行しているが、やっぱり痛いんだよなあ。

気になる言葉「……可能性がある」? 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2020/1/15(水) 12:24
何を指して言ったときだったか忘れたが、テレビのニュースでアナウンサーがよくない出来事の要因について「……の可能性がある」と言った。抽象的で何を言っているかわからないかもしれないから、強いて例をあげれば「逃亡の可能性がある」というような場合、こんな使いかたはおかしい。これは「逃亡のおそれがある」というべきだろう。
こんな違和感を覚えたことが2度ほどあって、「……可能性がある」は、私の耳には気になる言葉になっていた。

先日、清水義範の『日本語の乱れ』を読んでいたら、同じような事例が出てきた。以下に引用する。
「ニュースで、『誘拐された可能性もあり……』ということを言っていたが、可能性とは、それが可能だという度合いのことで、うまくいく率、ということだ。だから悪いことを予想した時に可能性というのは変だ。誘拐されたのかもしれない時は、そのおそれもあり、であろう」
わが意を得たりと思ったが、この本は20年も前に発刊されており、つまりTVのアナウンサーは20年も前から、いまだに誤用を平気でやっているということになる。

またあった。天気予報を見ていたら「午後は雪が降り、空の便に影響が出る可能性があります」と。これだって、おかしいだろう。「影響が出るおそれがあります」でないのか。
……でもなあ、と考えた。たとえば「低気圧の接近で大雪が降るおそれがあります」というのは正しい使い方とは思うが、今冬は記録的な降雪量の少なさでスキー場が開設できないとか、雪まつりの雪像つくりにあちこちから雪をトラックで運んで集めているとか聞くので、この場合、「大雪が降る可能性が高い」と言われたほうが、北海道に住む者の気持ちに添う使い方のように思えてきたが、どうしたものだろう。わけがわからなくなってきた。

カラスに認められた? 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2019/8/22(木) 7:38
夏はベランダに出て木彫作業をやる。

私の住むマンションは2階で、眼下に、道路を挟んで一戸建ちの住宅が並んでいる。ちょうど真向かいの家の電線の引き込み個所に、ときどきカラスが来て止まっているのを見かけることがある。昨日のこと、いつもの引き込み線に止まったカラスがウンコをした。ちょうど真下に停めてあった自家用車のボンネットに落ちて、汚れたのがはっきり見えた。こいつめ! 面識もない他人の家のことだが、なんだか放っておけない気になった。

そのとき、私はチーターを彫っていたのだが、部屋から製作途中のワシミミズクを持ち出して、カラスに見せるように向けたら、奴はちょっと怯えたように屋根の上に移動した。さらにワシミミズクを揺らして、今にもそっちへ飛ばすぞという振りをしたら、後ずさりして屋根の向こうの傾斜に移動し、頭だけ出してこっちを見ている。もっとワシミミズクを振り上げるようにしたら、一気に飛んで空の彼方に姿を消した。一部始終を妻も見ていて笑った。「本物に見えたのかしら?」

 このワシミミズクは、いま彩色の途中で、正面の色付けはほぼ終えている段階。ガラスアイを入れニラミの利いた顔立ちになっている。カラスとワシミミズクの上下関係を知らないが、とにかくあのカラスの動作はこのワシミミズクを見て、明らかに怯えて去ったと思える。「どうだ、おれの木彫技術が野鳥の目で実証されたぞ」と妻に自慢した。

高齢者向き? ジャズ・トロンボーン 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2019/4/10(水) 7:22
トランペットに似たマウスで吹くトロンボーンという楽器、いままであまり聴いたことがなかったのだけれど、ちょいと聴いてみたらこれがなかなかの味わい。力を込めて吹けばバーンと凄い迫力だし、スライド移動のせいなのかモタモタした感じがなんともユーモラス、このたゆたうような緩い感じはトランペットでは出せない音色だ。

あの長いスライドを伸縮させて音階を決めるのだから、近い音ならともかく、音階の離れた音なら、それも短いパッセージを連続して出すときなんか、スライド移動に腕を素早く前後させなければならないから難しいだろうな、とは想像がつく。想像はつくものの、実際の演奏を聴いていて、どこが容易でどこが難しいか、素人にはさっぱりわからない。

J.J.ジョンソンは完璧なテクニックといわれるが、どの当たりが凄いのかやはりわからない。ただジャズとして面白いかどうかだけの感覚で聴いている。そして興趣があって面白い。もう一人有名なカーティス・フラー、「Five Spot After Dark」のハモるところは何べん聴いても気持ちいい、ソロも黄昏どきのブルーな感覚がたまらない。技巧を比較して聴く気はまったくないので、どっちが上手いとか下手とかはどうでもいい、むしろモタモタしてくれたほうが楽しい。私が多く聴くのは後者のほうだ。いろいろ聴いていたら、もっと古い時代に活躍したベニー・グリーン(現在活躍中のピアニストと同名)という人がいた。この人の緩くてほのぼのした音色もたまらなくいいなあ。

老いて、だんだん“ゆるキャラ”化してきた身には、トロンボーンの味わいがぴったり。テレビ、パソコン、読書で目がしょぼついてきたら、目をつぶってトロンボーンのゆるゆる、もたもたに浸っている。

電話の水音 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2019/2/23(土) 8:4
今朝、起床したとたん電話が鳴った。受話器をとると水が流れているような、あるいは波のような音、「もしもし」と問いかけても声はなく水音が聞こえるばかり。

だれか水難にあって助けを求めているのだろうか? 一昨日、震度5弱の地震があったばかりなので一瞬、そんな気にもなったが、相手がだれかわからないので、悪戯電話かもしれないとも思い、一旦切って電話番号を確認してみた。「090−」に始まるので、携帯からだ。私家版電話番号簿(よくかける親戚・知人・生活関連の電話番号抽出リスト)をチェックしてみたが、初めてみる番号、つまり知らない人からだった。

ネット検索で調べてみたら、どうも通話回線の接続がうまくいかなかった時にそういう状態になるらしい(なかには生き霊からかかってきたものというアホらしい説もあったが)。それにしても、あのとき、間違いなく私のところにダイヤルした見知らぬ人がいたことは確かだ。で、間違い電話の接続がうまくいかなかった状態、と思うことにした。

正高信男著『ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊 』を読んで以来、同感して私は携帯電話を持っていないし、必要性も感じない。ケータイ〜スマホと過剰な便利さを追う社会現象を苦々しく思っている、臍曲がりの老人である。

年賀状のデザイン 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/12/5(水) 10:41
過ぎ去る時間の早いこと、今年も師走に入った。ああ、また年賀状かいな、とひと思案。

毎年、その年に彫った木彫を活かしたデザインで、ずーっと猫作品ばかりやってきた。それが今年は戌年、ちょうど犬を彫った作品があったので、柴犬「豆助」を配したが、これは意外にも好評で、写真額に入れて正月中飾っておいたという連絡が何人もあった。みんな犬好きなのか、それとも口を開け舌を出して笑っているかのように見える「豆助」の表情が気に入ってくれたのか。

しかし、今年は例外である。私の彫っている作品のほとんどは猫、来年からまた猫に戻りたい。それも猫の単品でなく、ネコとヒトとの関係を彫ったものに切り替えようと考えた。

 で、3案が浮かんだ。
@力士と猫が四股を踏んでいる「揃い踏み」。
Aヨガをやっている女性の上に猫が乗っかっている「ヨガ」。
B炬燵に入り本を読んで寝てしまった男と布団から顔を出している猫の「炬燵」。

@「揃い踏み」は力士の髷とマワシ、猫の頭と尾だけが黒で、あとはほとんど白いので、年賀状の白地にほとんど白の作品はまるで映えない、地をネズ系にしてみたがどうもくすんだ感じになってしまう。
A「ヨガ」はピンクのマットの上で紫色のレオタードを着た女性なので色彩的にきれいだし、形も面白くて好きな出来なのだが、なんが男の私が出す年賀状としては女性的な印象を免れない。
B炬燵に掛かっている布団は茶色に花柄、男は黒シャツにジーンズ、猫は三毛猫と配色はいい。年始挨拶に寝ているのは失礼かもしれないが、寝正月という言葉もある、初笑いにしてもらえないか?

思案中、テレビが、今冬は灯油の高騰から電器店で炬燵が売れに売れている、と報じていた。よし、時事的にもピタリ、これでいこ、と決めた。

作品さえ決めてしまえばデザインは簡単。年賀状の真ん中に木彫「炬燵」を配し、上に「賀 2019」、下に住所・氏名を入れるだけ。(このページは無料レンタルの掲示板なので画像を表示できない。それにまだ新年がきていないから、正月に“余談”に載せることにします)

木工機械改良−凄腕人からのサプライズ 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/10/12(金) 8:5
前の木彫グループの仲間だったTさんから電話があって、木工機械を改良している人に会いに行くことになったので同行してくれ、という。彼は“札幌ものづくり研究会”にも入っていて、発明工夫に興味を持ち、実用新案の特許をとったりもしている。今回はその会員の一人で格別に凄い人を、会長のHさんが紹介してくれるらしい。私にはお門違いでないのかな、と思いながら、よくわけがわからないままOKした。

約束の日、Tさんのクルマに便乗し、その凄腕というKさん宅を訪ねた。玄関先にプレハブの小屋があり「北の夢工房」と看板が掛かっていた。房主・Kさんは私より一つ年上の79歳だそうだが、表情も言動も老いを感じさせない気迫があった。工房には、マンション暮らしの私には垂涎のバンドソー(電動帯鋸)から轆轤回転の機械、研磨する機械、集塵機など、説明を聞いてもわからないものまで、高額の大型機械が所狭しと並んでいて、定年後、小遣いを叩いて買ったというが、わが身に比べて考えれば、とても小遣いなんぞでは購えない代物ばかり、かなり家計を危うくしているように思えた。

大型機械はただ置いてあるだけでなく、どれも自分の使い易いように木工の仕掛けを施していて、これが実用新案〜特許につながる工夫なのだろう。つまりは機械マニアであるようだった。それから家にも上がらせてもらい(飼い犬の柴犬が興奮して、スリッパをくわえて走り回り大歓迎?を受けた)、さきほどの機械で工作したパイプ、器、置物など膨大な量の作品が、これまた所狭しとサイドボードやピアノの上に並んでいた。

木彫仲間だったTさんは仏像を彫る人で、彫刻刀の切れ味を見せる伝統の彫り方なのに対し、私は貼り木〜埋め木、刀彫り、ヤスリ掛け、グラインダーの研磨、バーニングによる焼き入れ等、何でもありの手法で小動物を彫っている。話しているうちにそのことを知るや、突如、洗濯機のモーターで作ったという“ペーパーディスクサンダー”なるものを持ってきて、これをやるという。自身のアイデアを細工してあるので、木口を直角に研磨することができ、刃物も研ぐことができそう。こんな研究の成果を簡単に貰えるものでない、とためらっていると、H会長も貰っておきなさいというので、遠慮なくいただくことになった。

Kさんがいま研究している新作品は、手の不自由な人のための足踏み式の爪切り機、手拭い絞り機などで、そういう人たちや関係施設では大いに歓迎、重宝されそうな、細部にまで気配りの行き届いた、しかも木のぬくもりを感じさせるきれいに研磨された作品だった。アイデアはどこから出てくるのですか、と問うと「朝風呂だね」と即答したのも印象的、独特の己を持っている人だった。

帰宅してから、K式(?)ペーパーディスクサンダーを、まずは円盤を平面置きにしてスイッチを入れ、包丁と果物ナイフを研いでみた。洗濯機のモーターは粘りがあると言っていたが、そのせいなのか容易に研ぐことができる。次に円盤を縦置きにして木片の研磨を試みたら、これも安定した回転できれいに平滑化できる。とくにKさんの工夫した横木が支えになって、完璧な直角に研磨できるのがいい。

私がやっていることは、木工ではなく木彫なので、作品の研磨はグラインダーで凹凸の多い細部を彫るため、機械に木を当てるのではなく、木に機械(小型)を当てる作業になるのだが、作品の底を直角にするときには重宝できそうである。また曲線も円盤横の着脱できる木枠を取り外すと作業が可能なので、使い途はいろいろに工夫することで広がりそうだ。

面識もなく、わけもわからずに同行して、ほとんどサプライズとでもいうべき贈り物だった。この好意にどう応えるべきか。頭のなかに、あの日、私たちを歓迎して走り回ってくれた柴犬くんを彫ってみようかな、とのアイデアが湧いてきた。

真夜中の震度5〜停電 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/9/10(月) 20:11
何か、とてつもない音響と震動で目が覚めた。暗闇のなか手さぐりで寝室を飛び出し、リビングの照明のスイッチを押したが点灯しない。揺れはいつ果てるともわからないほど続くように感じたが、間もなく収まった。テレビは点かない。カーテンを開けると街中が停電のようだ。これまでに体験した地震とは違うレベルと感じた。

押入れからカセットコーダーを出してみたが、単1の電池を6本使う古いもの、電池はない。無音の暗闇で何の情報も得られない。妻のスマホに入ってくる娘たちのメールで、家族に被害はないとわかり、ひとまず安心。

電気がこないと何も知ることができないし、何もすることができない。夜が明けると自転車に乗って、街なかに出てみた。麻生周辺は道路や建物の被害はないようだ。だが、普段見かけないほど人が大勢出て歩いている。ツルハとケーズデンキの前はすごい行列。セブン−イレブンは行列がないと思ったら、暗い店内に大勢のひとが右往左往している。皆いち早く、食料と電池の確保に行動していたのだ。

号外のような夕刊がきて、少しずつ状況がわかってきた。震源地の厚真町はなんと震度7、山崩れで住宅が倒壊し、死者も出ている。私の住む札幌市北区は震度5。ここに住んで17年目だが、これほどの強震は初めてだった。さらに驚いたのは、停電が道内全戸にわたっていて、復旧に1週間くらいかかりそうだということ。

娘たちからのスマホ情報では、コンビニの行列に4時間並んで、パン2個までとか制限されているところもあるとか。妻がちょうど前日に買い物をしたばかりだったので、冷蔵庫に食材が確保できている余裕の気持ちは、たちまち不安に変わった。私の住むマンションは水は出ているが、オール電化なので、煮炊きができないばかりかお湯も沸かせない。調理なしで食べられるものを計画的に少量ずつ摂ることにした。お茶(粉末茶)やインスタントコーヒーも水で溶かして飲む。

上階の住人はエレベーターが動かないから、階段を使って移動するしかない。昼間も無音のような状態なので、普段聞いたことのない昇り降りする人たちの足音が終日聞こえていた。10数階に住む人は息切れがしただろう。

            *

幸い停電は2日間で復旧したが、電気がこないということはライフラインを断たれたに等しい。日常生活の99%が電気エネルギーの上に乗っかっている、きわめて危ういものであることを実感した。

現代文明は走り過ぎているのでないか。古い様式は時代遅れと捨て去り、最先端をよきもの、便利なものと持てはやし、それさえも修理せず使い捨て。新しいものと古いものと混在していていいのでないか、移り変わりはもっとゆっくりでいいのでないか。電力の供給も、日本は毎年大雨に悩まされるのだから、ダムをあちこちに造って水力発電所を各地に分散すれば、パニックが拡散することはなかったのでないか、と素人考えで考えてしまった。いわば今回の、天の声ならぬ地の声は、走り過ぎる文明、あるいは利潤追求一辺倒の社会のしくみ〜姿勢への警告であったのかもしれない、と。

わが家としても、この2日間の反省として、まずは単3使用の携帯ラジオと、ガスボンベ使用のカセットコンロを買っておかなくてはならない。電気がつくと、またそれが当たり前になって慣れてしまう。あの不安で不便な時間を忘れる前に準備しなくては……。余震はまだ続いている。

オーディオ・システム更新 700円也 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/9/5(水) 8:9
MarantzのCDプレイヤーがまたまた故障した。スイッチを押してもトレイが出てこない。以前にも動かなくなって、札幌の家電修理店で直してもらったことが2回ある。なにせ24年前の発売の製品だから部品はとうになく、他の機種の部品で代用して修理してもらったのだが、「いまどきのプレイヤーと全然違います。すごくいいものですから、大事に使えばまだまだ大丈夫」といわれた。けれども3回目の故障ともなると嫌気がしてきた。歳を考えれば“断捨離”世代の真っ只中、このさい捨てることに。

しかし、まだ少々残っているような気がする余生に、ジャズだけは捨てることができない。考えたのがパソコンのWindows Media Playerで鳴らせること。ただこの場合、所有のFMV Esprimo FH52/Wのスピーカーは、仕様書がいくら高性能とうたっても物理的に口径が小さいのだから、音楽を楽しむにはほど遠い音しか出ない。で、“ヨドバシカメラ”からオーディオケーブル(3.5oステレオミニプラグ→RCAピンプラグ×2)を買ってきて、いままで使っていたアンプ(Marantz MP-90)のAUXにつないだ。たちまち愛機JBLから厚みのある音量が飛び出してきて、乗りに乗れる音色に変わった。

このシステム変更の費用、ケーブル代のたった700円。苦労したのは、アンプをパソコンの近くに置かないとケーブルが届かないので、パソコンデスクと連結している最上段の棚に載せる作業だった。Marantz MP-90は重量が27kgもあるので、最近腰痛に悩まされている私としては、ぎっくり腰にならないよう充分に脚を曲げて、腰を伸ばした姿勢で、椅子の上〜机の上〜棚の上、と3段階に分けて慎重に持ち上げていき、やっとこ最上段に挙げ得たのだった。

セピア色の写真 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/8/15(水) 13:45
ここにセピア色に変色した1枚の写真がある。写っているのは戦中の、銃後のわが家族……中央に当時4歳の私が立って敬礼している、両側に戦闘帽の父ともんぺ姿の母か椅子に掛け、後ろにセーラー服の姉たちが立っている。ハガキより少し大きいサイズだが、八つ折りに畳まれていて、折れ目が割れ、汚れや傷みもひどい。

これは戦地の兄へ慰問袋に入れて送ったものだ。兄は召集され台湾に出征した。台湾は激戦地ではなかったらしいが、機関銃兵だったから戦闘のさいは最前線だったろう。幸いにも命を失うことなく、無傷で復員した。そしてお守り袋から出したのが、この小さく折りたたみ、擦り切れた写真だった。「もうダメだと思ったとき、これを出してお前たちに別れを言った」と姉たちに話したという。

復員した日の、幼い私にも鮮明に覚えていることがある。兄はリュック(あるいは背嚢というものだったか)の底に固まっている白い粘土状のものを千切って、掌でビー玉くらいに丸めて俎板の上に並べた。何かと思っていたら「食べてみろ」というので、その1個を口に入れると、とろり甘みが広がった。私は笑顔になったに違いない。それは砂糖の塊だった。中には白いというより汚れて鼠色のようになっている玉もあったが、甘みなど味わったことのない物資不足の時代、とても貴重なものに思えた。台湾には砂糖工場も多くあったようなので、どさくさに紛れて戦地土産に失敬してきたのだったろう。

兄はその後、結婚したが不幸が続いた。体調を崩し、胃潰瘍(胃癌だったのかもしれない)が致命傷になって28歳で亡くなった。嫂も町の大火で赤ん坊を助けようと家に駆け込んだまま帰らぬ人となった。

この写真は、兄のお守り袋に入って戦地を駆けめぐった、わが家に残る唯一の戦争の遺産である。兄と末っ子の私は16歳も年が離れている。今、曲がりなりにも平和な時代のなかで、兄より50年も長生きしてしまった私は、毎年、8月がくるとこの写真を取り出して見てしまう。兄は写っていないのに、折り目の向こうに兄がいる気がする。

夏休みの自由研究から 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/8/8(水) 10:23
小学4年生の孫の、夏休みの自由研究の手伝いをさせられた。日本の全県地図を手作りパズルにするという。マグネットシールに全県地図を描いて、県ごとに切り取り、それをホワイトボードに並べて貼り付ける。時間さえかければ誰にでもできそう、簡単すぎる気がしたが、この作業を通じて国内の全県の名前や位置が覚えられるなら、いい勉強かもしれないと思って、アドバイスすることにした。

材料はすべて“百均”で入手できた。シートをカッターで切るのかと思ったら、ハサミを使うという、なるほどハサミのほうが容易にできる。県境の凹凸が複雑なところを手伝ってやったが、私の切り方を見て「爺ちゃん、上手だね。どうしてこんなにうまく切れるの」と問う。「爺ちゃんの切り方を見て、お前も真似すればいい」と答えた。職人は師匠や先輩の技を“盗む”という、子供にとってはハサミの使い方も同様か……。

集中して作業を進める孫の顔を見ながら、私もこんなときがあったのだ、と思った。

古い資料袋から小学生時代の通知箋を出してみた。昭和22年、1年生のときの通知箋は、戦後の物資不足を物語るような、粗雑な仙花紙にガリ版刷りだ。学業成績の評価は点数ではなく、すべて文章で書いてある。

○図工「手先器用にして綿密なる作業を好み、図工共に成績優秀群を抜いており、級の模範となっている。將来性ある。」
 そうか、画家か彫刻家を目指せばよかったのかな、30代になって文学にのめり込んだのはどうだったのか、と、「国語」の欄を見ると、
○国語「本をすら\/讀めないが正確な讀み振りです。発表も漸次活撥になって来ました。書き方に於いては字も美しく丁寧です。」
 と、才能ありの評価はない、どうも普通の子のようだ。若い頃、ボディビルをやり、ウエイトリフティングに挑んだが、あれは何だったのか、と「体育」を見る。
○体育「遊戯、競技は熱心であるが、稍ゝ動作機敏でない。姿勢は常に正しいです。」
 やっぱりスポーツは向いていなかったようだ……。なんか、わが人生を振り返ることになってしまった。

それにしても、当時の教師はクラスの児童一人一人について、こんなふうに文章で記録するとは大変だったろうな、と担任だった堀井美津子先生の優しい瓜実顔を思い出していた。

木彫猫を買いたい人 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/4/28(土) 11:45
道新ギャラリーのカービング作品展は、久しぶりの発表の場だった。道美展を退会し、温故の会の解散でグループ展もなくなり、北陸銀行の好意で二人ロビー展をやったのが最後で、2年ぶりの作品展示だった。

カービング展の最中のカービング教室例会日に、講師から私に話があった。作品展の会場で「“座る猫”(アビシニアン)の作品を買いたい、作者に会えないか」という人がいたから、最終日には搬出にくる、と伝えておいたとのこと。売る気があるなら予め価格を考えておいたほうがいい、とも言われた。

いままで種々の展示会で猫作品を出すと、きっと一人や二人は欲しいという人が現われ、そのたび、そう言っていただくのはありがたいのですが……、と断ってきた。私は自分の目標とする参考作品を(写真や絵では見ることはあるが)現物を見たことがないので、自作品が参考作品であり、効果のあった個所やよくなかった個所、手法の良し悪しを確認して、それを手がかりにもっとよい作品をと心がけてきた、いわば次作品への踏み台にするため手元に置いておかなければならないのである。

とは言え、はや78歳、ボケ域に入って、まだ伸びしろがあると思っているのは当人だけかもしれないし、マンションのトランクルームに値のない木屑を積み上げるようなことはやめて、そろそろ手放せるものは手放すほうがいいのかもしれない。欲しいと言ってくれる人がいるときが華か、とも感じて、ちょっと気持ちが揺れた。が、幸いにというか不幸にというか、最終日、欲しいと言ってくれた主は現われなかったので、無事(?)持ち帰った。いま、チョッピリ惜しいような、ホッとしたような心境。

アート・ファーマーのフリューゲルホーンが好きになってきた 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/3/8(木) 10:2
私が聴くジャズは、ほとんどピアノ・トリオなのだけれど、ピアノ・トリオ+ワン・ホーンも好きな構成だ。ワン・ホーンはサックスよりトランペットのほうが多い。マイルス・デイビスをはじめ高名なトランペッターの演奏は一通り聴いてきたが、このところアート・ファーマーにハマっている(「ファマっている」と洒落たいが、乗りすぎかな)。

ファーマーは若い頃にはバリバリのハードバッパーだったが、いつからかフリューゲルホーンを多用するようになった。私が聴きほれているのは、まさにこの柔らかい音色であり、哀調を帯びた曲であってもおおらかで毅然とし、かつ温かみを感じさせる彼の歌心だ。

トランペットの音は突出する華やかさが特色だろうが、ファーマーのフリューゲルホーンにはいぶし銀のような抑えた美しさがあるように思う。それを感じる私は、つまり老いたということか。他人と競うのは嫌になってきたし、平穏こそが幸せと感じる齢になったことと関係があるのかもしれない。

以下、愛聴盤を5枚。ジェリー・マリガンやベニー・ゴルソンとの双頭コンボの演奏はもちろんいいけれど、抒情性と格調の高い曲想を表現するには、ジム・ホールが最も相性がいいように感じられる。

1959 ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ ジェリー・マリガンのリーダー盤
1959 ブラス・シャウト ベニー・ゴルソン編曲
1960 アート トミー・フラナガンと
1964 スウェーデンに愛をこめて ジム・ホールと
1977 クロール・スペース CTI



Re: アート・ファーマーのフリューゲルホーンが好きになってきた
名前:Ryoji    日付:2018/3/10(土) 12:18
YouTubeでアート・ファーマーの動画を探していたら、小品ながら極上というべき演奏に出会った。「ArtFarmer−PetiteBelle」6:55 がそれ。イギリスのBBC放送番組「JAZZ625」の録画から抽出した一曲。

題名の「Petite Belle(プティットベル〜プチベル)」とは「小柄な美しい女性」という意味らしい。アート・ファーマーのフリューゲルホーンは、曲にさほどアドリブを加えることはせず、素直に吹いているようだが、どこか物悲しいのに心の底が温まるようなソフトな音色が胸を打つ。ジム・ホールのリリカルなギターも絡んで、いっそう深い味わいをかもしだしていると感じた。

「Petite Belle」
アート・ファーマー flh
ジム・ホール g
スティーヴ・スワロー b
ピート・ラロカ ds
1964/6/6

木彫 “麻の実会”に再入会 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2018/1/12(金) 15:21
木彫“温故の会”が昨年末、解散した。4年前に入会したとき会員が12人いて、毎年グループ単独で作品展示会を開いていたものだが、しだいに高齢化が進み、体調不良でこれなくなったり、冥界入りする会員もいて、ついに存続不可能の状態になった。老いていくことの現実を目の当たりにする、ここ数年だった。

私も喜寿を通過して正真正銘の高齢者だけれど、まだ足腰は動くし、彫る意欲もあるので、習い覚えのころ入っていた“麻の実会”(北老人福祉センター)に再入会できないか、訪ねてみた。ここは以前、会員が30人もいて、一室に入りきらないので2班に分かれて活動していたのが、いまは三分の一になっていた。一時ここをやめたのは、予期せぬ病に罹り治療に専念するためだったのだが、治癒後、誘われて別なグループに入っていたわけだ。現在10名ほどいる会員はほとんど顔見知りだったこともあって、いわば出戻りの参加を快く歓迎してくれた。

麻の実会は、板物、箱物を彫る人がほとんどで、それも彫刻刀のみで伝統工芸の一木彫りを守っている人ばかりだから、私のように立体彫りで、しかも貼り付け、継ぎ足し自在の、技法は何でも取り入れるいき方は邪道と見られるかもしれないが、木彫を楽しむ気持ちは一緒だ。先輩の匠の技は素直に学び取りたいし、見境なしの私の手法も大いに発揮して、お互いに刺激しあっていけそうだ。


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