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Ryo爺の独り言

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マイルスは50年代がいい! 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/10/20(金) 14:45
私の好きだったマイルス・デイビスは1950年代。音盤はほとんどLPで持っているが、その後追加して買ったCD、最近YouTubeで得たMP4などで、年代順に聴き直してみた。新しく発見したものはなかった。好みの演奏は年を経ても変わらず、若いころいいと思ったもの(○印)が今でもいいと感じた。聴く耳が進歩していないからだ、と言われればそれまでだけれど。

1954 ウォーキン
1954○バグス・グルーヴ
1954 マイルス・デイヴィス&ザ・モダンジャズ・ジャイアンツ
1955 ザ・ミュージングス・オブ・マイルス
1955○ラウンド・アバウト・ミッドナイト
1955 マイルス〜ザ・ニュー・マイルス・デイビス・クインテット
1956○ワーキン
1956 スティーミン
1956○リラクシン
1956○クッキン
1957○死刑台のエレベーター
1958 マイルストーンズ
1958○サムシン・エルス
1958 1958マイルス
1958 アット・ニューポート1958
1959 カインド・オブ・ブルー

トリオ+ワン・ホーンくらいが私の“わかる”範囲で、楽器の音色がはっきり明快で、奏者の歌心が肉声のように聞こえるのがいい。いくら評論家が褒めようと気に入らないものは気に入らない。音楽理論なんか知らないし、自分のハートにジンとくるかどうかでしかない。

ギル・エバンスとオーケストラで演奏するマイルスは好きでない。名演奏と言われる「スケッチ・オブ・スペイン」なんて整然とし過ぎていてちっとも面白くない。むしろ後年マーカス・ミラーとやった「シェスタ」のほうが気持ちよく聴こえる。
ただ最近、「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」の「ダッダッダー・ダダ・ダーン」という絶叫のような突出フレーズが、ギルの編曲によるものだということを知り(中山康樹『マイルスを聴け!』で)、そうだったの、と改めて脱帽したけれど。

ジャズ動画で落ち穂拾い 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/10/15(日) 18:9
この頃、YouTubeの動画にハマっている。
いままで画像といえば、木彫の下絵の参考にネコの静止画をかなりパクってきた。収集した画像はお座り・うずくまり・寝る・歩く・走る等々、フォルダに分類してストックとして整理してある。だから、動画にはほとんど興味を持っていなかったのだけれど、PCを新しくWindows10にしてから、退屈しのぎにYouTubeを覗くようになった。

で、ジャズ名盤の落ち穂拾いとでもいうか、若い頃、聴きもらした(おおむねオカネがなくて買えなかった)音源を見つけ出すのが楽しみ。マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスなど往年のライブ録画があったりして、懐かしい(これはライブを見たことがないから懐かしいというのは変かな?)。
また好きなチック・コリア、ハービー・ハンコック、キース・ジャレットの演奏(こっちは同世代のミュージシャンなのでライブ体験はあるが)も多くあり、ちょっと目を凝らせば容易に宝の山に分け入ることができる。とくに英文で入力したほうが検索の幅が広がるようだ。

これって著作権はどうなっているのかな、と疑問を感じる音源・画像もあるけれど、好きなミュージシャンの名前を見つけると、ついクリックしてしまう。

老妻の“初優勝”に刺激されて 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/10/5(木) 7:58
10月1日に開かれた全道女流囲碁選手権(北海道新聞社主催)で妻が初優勝した。男子の全道囲碁選手権は高校生の17歳が、女子はわが老妻70歳が頂点の座を占めたので、その対比に話題性があったのか、翌日の朝刊には3紙面に記事が出た。で、いつもは静かな老人宅に、祝福の電話が何度も鳴り響いた。

最初、妻に囲碁を教えたのは私である。勤めを持っていたころ、机を並べていた隣の同僚がなかなかの強豪で、昼休みになると碁を打つのが日課だった。他の同僚も周囲を取り囲み、傍目八目でささめを入れる、昼食後の恒例行事のようだった。職場の大会でトロフィーを得たこともあるが、負けると悔しくてしょうがない、あのときあそこに打てば、といつまでも後を引く。自分が情けなくて寝られなくなる……。

勝負事は身体によくない、平穏に暮らしたい自分には向いていない、と思った。それで人事異動で職場が変わってからすっぱり止めた。その代り、子供のころから好きだった読書に専念するようになった。これは腹が立たないし、本さえ開けば、どんな世界にも行け、どんな人にもなることができる。想像の翼を広げるほうが世界が広く、深いと思うようになった。

妻の碁は公民館の初心者講座に通ったのが始まりで、習い始めは面白くてしょうがないらしく相手を求めてくる。私は碁に興味を失っていたが、やむなくテレビを見ながら適当に石を並べて見くびっていたら、不思議にもめきめき腕を上げてきた。そのうちテレビを消して真剣に向うようになり、いつか真剣に向っても負けてしまうようになった。やる気がなくても負けると腹が立つ。負けばかり続いて相手をするのが嫌になり、私は書斎に引きこもって読書に耽るようになった。それが自ら小説やエッセイを書く行為に繋がっていった。

高名な漫談家の言葉ではないが、あれから40年、妻は飽かず碁を打ち続けた。勝負だから勝ちもするが負けもする。そういうとき耐えられなくなる気持ちをどうやって克服しているのか。夫婦も長年経つと空気のような存在になって、このごろは深い会話を交わしたこともない。道新の記者の問いに「70歳になってやっと優勝できた。うれしいよりも恥ずかしい」と答えている。これまで切れることなく精進してきた姿勢には、わが妻ながら感心せざるを得ない。

執筆活動から身を引いた私の、現在の興味は木彫である。ところが70代後半に到って、ここ2年ほど納得できる作品ができていない。彫り慣れた材料の入手が困難になり(クルマを廃車したことからなおさら)、技術的に高度なものを求めても大型工具や機械が使える環境にないこともあって、しだいに創作意欲を喪失。時代の流れと自分の力量に限界を感じ、もはや潮時と北海道美術作家協会を退会してしまった。

今回、妻の快挙によって、何か感じるものがあった。木彫を遊び半分の時間潰しとして彫るのでは面白くない。自分の限界を極める域までまだ到っていない、己の存在証明としての作品を生み出す起死回生の手立てはないか。老いという諦めを振り払って、もっとあがいてみよう、と。

世界の国旗当てゲームも 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/9/1(金) 15:44
国名当てゲームを完全制覇したら、国旗当てゲームに手(マウスというべきか)をのばした。地図上の国の位置がわかっているので、あすこの国がこの国旗、と覚え方に少しばかり根拠があるせいか、スイスイ進んだ。

少し混乱したのは赤・黄・青・緑などの横帯〜縦帯3色の国旗、どの配列がどこの国やら迷わされた。ほとんど同じデザインの国も複数ある。太陽を模した国は多い、単なる円形でなく光芒まで描いたり、目鼻をつけて顔にしている国もある。日の丸は、先の戦争のイメージから引きずっている問題を別にして、単なるデザインとして見れば、シンプルで他に類を見ない出来栄えではないだろうか。

鷲を描いたものがけっこう多い、やはり強いもの志向か。十字はキリスト教、三日月と星の並ぶマークはイスラム教の国、王冠が描かれているのは王制の国。山や海、特産物までリアルに描いた旗もある。刀や槍、銃や大砲も見られ、赤い色は流された国民の血を象徴している国もある。国旗から、いまだに世界中で紛争が絶えない現実が見える。

国旗というものは不変と思っていたのが、近年変更した国もあった。国も動いている、体制が変われば国旗も変わって当然なのだ。このストアの“World Quiz −世界の国々”ゲームはいつ作成されたのかわからないが、設問に旧国旗を4か国も掲げている。

頭の体操のつもりで、ちょっとした時間に遊んできたのが、いつの間にか世界中の国旗を記憶した。テレビや新聞の世界ニュースや、スポーツの国際大会の場面が身近に感じられる。

解きあかされた『大菩薩峠』の謎 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/8/20(日) 15:33
中里介山作『大菩薩峠』は、@長過ぎ(トルストイの大作「戦争と平和」より長い)、A文章がまだるっこしい(まるで講談調)、B登場人物とストーリー展開の辻褄が合わなさ過ぎる(仇討ち物語のはずが、登場人物がだんだん増えてきて主人公が誰かわからなくなり、収拾がつかなくなる)……。だから、おそらくお終いまで読んだ人は少ないのでなかろうか。

私は青空文庫で、筑摩書房版を、耐えがたきを耐えて一応全巻読んだ。読み始めると異様な緊張感が張りつめ、どきどきするほど面白いのに、どうにも不明瞭な個所が多すぎ、魅力はあるが困惑させられる小説という印象だった。このたび、伊東祐吏『「大菩薩峠」を都新聞で読む』を読んで、その謎が解けた。

なんと、都新聞に連載中は構成はきちんとできていたのを、単行本にするさい作者自身が30%も削除し、残した文章も推敲したのは冒頭部分くらいで、ほとんど削除しただけの形で出版した……不明瞭さはそのせいだとわかった。当時、介山は新聞社の一社員で、まだ有名になる前だったので、そういう縮少の条件を余儀なくされたらしい。

それにしても、未完の大作として何度も全集本が発刊され、文庫化までされているのに、また評論、研究書も多く刊行されているのに、この穴だらけの削除版を完全版と思い込んでいたとは。なぜいままで、最初の都新聞の掲載文に当たってみることをしなかったのか、出版社も研究者も一体なにをやっていたのだろうか。

明らかになった部分は多々あるが、たとえば冒頭の、御岳神社の奉納試合で対戦することになった宇津木文之丞の妻お浜が、妹と偽って机龍之助に面会し、勝ちを譲ってほしいと懇願する件。龍之助は「勝負は女の操と同じこと、勝負を譲るは武道の道に欠けたること」ときっぱり断り、その上で卑劣にも下男に命じてお浜を拉致させ、水車小屋で手込めにし、さらに試合で文之丞を一撃で殺してしまう。すべて龍之助の所業のように解釈されてきた。映画もそのようなストーリーになっている。

しかし新聞掲載文では、水車小屋に若先生を探し回っている門下生の騒がしい声(机家に七兵衛が泥棒に入った)が聞こえ、龍之助に悪さをする暇はなく、お浜の縄を解き、女の操と例えたことについて「お山の太鼓(試合開始)が朝風に響くときまでにこの謎を解けまいものか」と言って立ち去る。つまりこの段階では手込めにしてはいないのだ。そして翌日、お山に向う龍之助にお浜の手紙が届けられ「強き男は世にも憎らしけれど、優れて頼もしきものを、今日の試合に勝ち給え」とあり、お浜は明らかに変心し、夫文之丞を見限って龍之助を誘惑している。魔性の女の一面を描く、この部分が無造作にカットされていた。

伊東氏がまるで虫眼鏡で確認するように照合作業をやってくれたことで、辻褄の合わないところが明らかになった。すでに氏の校訂による『大菩薩峠 都新聞版』(全9巻/論創社)が刊行されている。井川洗崖[♯山かんむりなし]の挿絵も入っていて、オールドファンには懐かしい読み物かもしれない。ただし、講談調の文体と、登場人物がどんどん増えて、主人公が誰やら判らなくなる展開は変わらないと思うが。

ダジャレ人類愛? 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/8/9(水) 15:28
きょう、駅前通りを歩いていて大通り公園を横切ろうとしたら、道端にダンボールのプラカードを掲げた青年が立っていた。通り過ぎるとき見ると「8/9 ハグしませんか」と書いてある。思わず、笑い転げそうになった。青年は、どうみてもハグしたくなるようなタイプではなかったからだ(これは、あくまで私の個人的な印象です)。

こんな親父ギャクを掲げて、小雨もよいの蒸し暑い日に、ずーっと立ち続けているなんて、つまらないダジャレで笑いを誘うのか、都市砂漠の人類愛の実践か、迷うところだけれど、その勇気ある行動には拍手をおくりたい。札幌もまんざら捨てたものではない。

でもなあ、外国人ならなかには陽気な物好きがいるかもしれないが、日本人はなかなかその気にならないだろうな。本日限定ギャグだ。道行く人に、彼の意図は伝わったのか、結果は出たのか?

暑さしのぎに国当てゲーム 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/7/22(土) 9:18
暑い日が続き、何もしたくない気分。体を動かすと汗をかくので、頭だけ使うことに。ストアから無料インストールしたゲーム“World Quiz”(世界の国々)。これなら指先をクリックするだけでいい。

設問は、地図に着色された部分の国名を4題から択一する。日本の属するアジア諸国なら全問正解できるかも、と意気込んでやってみたが、中近東やNIS(ソ連崩壊後独立した国)も含まれていて、そう簡単にはいかなかった。何度も繰り返して、やっと全47か国をクリア!

面白くなってきて、ヨーロッパ・アメリカ・アフリカ・オセアニア……と続けて挑む。クリアできるとちょっとした達成感がある。ゲームの国数は全部で195か国。いったい地球上にはどれほどの国があるのか、外務省のホームページでは196となっている。これは日本が承認している195か国に日本を加えた数ということだ。

ヨーロッパには語尾が「ア」で終わる国名が多い。エストニア・ラトビア・リトアニア・オーストリア・スロバキア・ルーマニア・スロベニア・クロアチア・セルビア・ブルガリア・マケドニア・アルバニア。カスピ海以東には「スタン」のつく国々が並ぶ。カザフスタン・ウズベキスタン・トルクメニスタン・タジキスタン・キルギスタン・アフガニスタン・パキスタン。それぞれ謂われがあるのだろうが、全問クリアに向って挑戦中なので、横道に逸れていられない。

いま難問なのは、アフリカ大陸の国々があまり馴染みがないことと、南太平洋や中米の海に浮かぶ島嶼諸国がほとんど未知の領域で、しょっちゅう間違える。暑さしのぎのはずが、しだいに頭が熱くなってきた……。



Re: 暑さしのぎに国当てゲーム
名前:Ryoji    日付:2017/7/27(木) 7:10
ようやく、このゲームの165か国をすべてクリアした。
札幌が猛暑に襲われたのは12日だったかな。このゲームを始めたのはそのころだから、2週間かかって、ほぼパーフェクトに到った。若い頃のように一発で覚えることはできないにせよ、繰り返しトライすれば、“たそがれ脳”もまだ使えるようだ。

何度も間違えるところは、漢字当てやダジャレ式の記憶法を試みた。聞いたこともないカタカナの国名も、表意文字(漢字)を当てることで連想できるし、ダジャレは変な発想ほど記憶に残る。

たとえば「スタン」の付く国は、傘フスタン・渦ベキスタン・取るクメニスタン・多事キスタン・切るギスタンという具合。
いつまでも覚えられなかったモルドバは「盛る土場」、ベラルーシは「ベラベラおしゃべりなルーシー」と女性に見立てた(これは擬人法というべきか)。
アドリア海に面する国々では、形から、クロアチアが口を開け、その口に食べられているボスニア=ヘルツェゴビナ。中腰で立っている「セルビアの理髪師」の手の下に「持ってネグロ(モンテネグロ)」、お腹の辺りが「こそばしい」コソボ、足で踏んづけている「負けドニア」。
ペルシャ湾の小国も「食えと(クウェート)」「馬連(バーレーン)」「語る(カタール)」。

それと、国名を言葉として口で発音してみること。とくに馴染みがなかったアフリカのシマラレオネ、ブルキナファソ、カーボ・ヴェルデ、サントメ・プリンシペ。カリブ海のセントクリストファー・ネイビス、アンティグア・バーブーダ、セントビンセントおよびグレナディーン諸島、なんて長すぎるけれど、何度も声に出していると耳にも馴染んでくる。

テレビを見ていて、いままで聞き流していた国の名が耳にとまるようになった。ニュースやトピックスの起きた国、野球選手〜力士の出身国、サッカーやラクビーの対戦国などなど。付け焼き刃の知識でも、見聞きする世界が広がったように思える。


Re: 暑さしのぎに国当てゲーム
名前:Ryoji    日付:2017/8/6(日) 7:46
ネットで世界の国名当てゲームを探していたら、“Seterra オンライン” という恰好のサイトを見つけた。

緑色の地図が出てきて、文字で指定された国の位置をクリックする、当たると白色に変わる。間違えて2回目に当たると黄色、3回目に当たると黄土色に変わり、3回間違うとうと正しい位置に赤色が点く。だから、全問終えたあとで間違った個所をチェックできる。当たると白い領域がどんどん広がっていき、当たるたびにピッと音がするのも気持ちいい。

国名だけでなく国旗、首都や州当て、日本の都道府県、東京都の区当てなど、メニューが沢山あり、子供たちの学習サイトとしてもオススメ。

折りしも“世界陸上”が開催中、テレビに選手の所属国や国旗が並ぶ。この機会に国旗を覚えるのも楽しいかもしれない。

※本欄2段目「165か国」は「195か国」の誤りでした。

Seterra オンライン
http://online.seterra.com/ja

映画化の話2 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/7/8(土) 11:54
昨年6月、映画プロデューサーのTさんと会い、拙作「われらリフター」の映画化について下案の構想を聞いたのだったが、1億円を超える資金が必要との話に、年金生活者の私にはまるで関係のない、別世界のことのように思っていた。ところが、なにやら実現可能な動きが出てきた。

先日、士別市(私の第二の故郷。人生のほとんどを過ごし、「われらリフター」の舞台でもある)から、教育長をはじめ観光課長、体協幹部の訪問を受け、続いて士別市長が訪れて面談した。なんと名寄市とも手を組んで出資金を予算化し、さらに出資者やスポンサーを募り、道北発信の映画として制作する運びだというのだ。2020年のオリンピック東京大会のホストタウンとして、地元は本腰を据えた、と……!

士別市は、奇縁というか類は友を呼ぶというか、以前から重量挙げ競技の関係者が住む街で、これまで国内〜国際クラスの大会が何度も開催されているし、オリンピックや国体の選手も多く輩出し、高校のウエイトリフティング部の活動はいまも盛んだ。今日の隆盛を招く少し前、いわば草分けの頃、当時20代の私は何を勘違いしたのか、この競技にのめり込んだ。失敗の連続で、しょせん読書オタクの私には全然向いていないことに気づかされるのだが、転んでもただ起きない私は、小説「われらリフター」を書き、市井の片隅でぼやきながらアウトローぶっている中年男たちが、ただ力自慢だけで小さな栄光を得るストーリーに仕立てた。

企画書によると、名寄と手を組むことによってまた別な縁が生まれ、映画では台湾生まれの女性のルーツ探しも加わる展開になっていくようだ。30年前に書いた小説が現代に甦ることは作者として嬉しい限りだし、それが道北の地方都市の知名度アップになり、市民のボランティアやエキストラなどから街の活性化、観光客誘致に波紋が広がっていくなら、長年お世話になった第二の故郷に恩返しができるというもの、地元が動き出したことを力強く感じた。

右クリックの不具合がいつの間にか直っていた 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/6/3(土) 7:5
昨年5月にWindows10の新しいPC(FMV ESPRIMO FH52)を購入して以来、右クリックの不具合が続いていた。起動したあと、デスクトップのショートカットアイコンやWindowsアイコンを右クリックすると、一瞬画面が暗転して、○マークがクルクル回るだけのフリーズ状態になる。

いろいろやってみて、このトラブルの一時的な回避方法をみつけた。右クリックの前に何か別な操作をやっておくと──たとえば、一番簡単なのはショートカットアイコンをドラッグして「キャンセル」を押す。この動作を一度しておくと、その後はシャットダウンするまで正常に作動することがわかったのだ。

それにしても、根本的に直すにはどうすべきかと、FMVテクニカルセンターに電話してサポートを求めた。「新しく入れたソフトがレジストリを書き変え、マイクロソフトのプログラムが変更したと思われますので、初期状態に戻してチェックしてください」とのことだった。

しかし、Windows10に対応していない旧ソフトのWZ Editor 5.03やPhotoshop 5.0Jを裏技に近い方法でインストールして使っているので、せっかくうまい具合に作動している使い慣れたソフトをアンインストールしてまで、初期状態に戻してやり直す気持ちにはなれなかった。

やむなく、毎回、起動するたびに、前述の一手間をかけることは面倒だが、使い慣れた古いソフトの作動を優先して、この“まじない”のような動作手順を続けてきた。たまに忘れてフリーズすることもあったけれど。

2〜3日前、明らかにその“まじない”を忘れたのに、右クリックメニューが現われた。おやっと思って、再起動して試したらやはり正常に動作する。マシンに自浄作用でも起きたのか? Microsoftプログラムの更新で改善されたのを気づかずにいたのか? 原因も解決策もまるでわからないが、Windows10導入当初から、喉に引っかかった小骨のように気になっていたこの問題がちょうど1年目に、何もしないで解消した!

ウケたハナシ 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/5/18(木) 11:57
道北の士別市に住んでいたころ、小咄をひとつ作った。当時、私は教育委員会に勤務しており、人事異動で小中学校の新しい教師が赴任してくると、一同を市内の公共施設見学に案内する。そのガイド役を仰せつかっていたので、マイクロバスに乗って出発すると同時に、それを挨拶のマクラで言ってみた。

有名人が大勢いるところで、司会者が聞きました。
「このなかに士別出身の方がおられるそうですが、どなたですか?」
すると、元プロボクシング世界スーパーウェルター級チャンピオンの輪島選手が手を挙げて、
「ぼくさ(ボクサー)」

真面目な顔立ち(?)の私が、そんなことを言うわけないと思っていたらしく、一瞬、間を置いてから、笑声と拍手が車内に満ちた。もっとも赴任してきた先生ばかりだから、市教委と良好な関係を保つべくヨイショする気持ちもあったに違いないが、いっぺんに和やかな雰囲気になったと思えた。一度笑いをとってしまえば、またオカシナことをいうかもしれないと聞き耳を立ててもらえるようで、以後、私の口も滑らかになった。

元々、私はダジャレをいう癖があり、同僚や部下たちにいつも「寒(さぶ)〜」などと顔を顰めたり、あえてそっぽを向かれたりしていたのだけれど、この悪癖がたまたま役立ったというべきか。

定年退職後、札幌に転住してから道民カレッジで小説に関する講演の機会があったとき、この小咄を再び冒頭にやってみた(私の作品は士別を舞台にしたものがほとんどなので)。札幌の人たちには初耳に違いなく、このとき会場が割れんばかりの拍手、とは大げさだけれど、かなりウケた。あまりの反応のよさに私自身びっくりして、「あのう、ここは拍手をいただくところではありません。本題はこれからです」と言ってしまったくらいだ。

あまり中身のある話なんてできるほうではないが、私が本当に伝えたいこと──どんなにつまらない人生を送ったと思っている人にも、他人を感動させる素材は必ずある。小説とは、その人が人生の危機にどう立ち向かったか、を書くことだ──は受講者の脳裏に残っているかどうか? 案外、この小咄くらいしか記憶されていないのでは、と思ってみる……。

ホームページの移転 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2017/3/3(金) 23:16
加入していたプロバイダ“インターネット・マンションシステム”が、最近の多様化に対応したサービスの提供が困難になったとして撤退することになり、ホームページの移転を余儀なくされた。私はマンション住まいなので、入居以来、この簡便なプロバイダに加入、温床の苗みたいに保守されてきたから、年寄りにとっては、いまさら面倒なことになったと思った。

乗り換えについては、いままでJ:COMケーブルテレビを視聴していた関係から、テレビ+ネット+電話のセット契約で加入した。ネットのほうはJ:COMとZAQの提携らしくプロバイダ不要との売りだった。しかし、その内容はホームページサービスがないということで、その分は別途プロバイダを探さなければならなくなった。そして広告なしで容量1GBという魅力的な無料サーバーWEBCROWを選択した。

マンションの私の住む室の回線作業が終わった翌日、2月28日の朝、さっそくWEBCROWに加入登録し、午前中には前のホームページをそっくりそのまま移転することができた。即刻、旧HPのトップページに移転のお知らせを載せたのだったが……。

先のプロバイダのWebサイトには「サービス終了日: 2017年3月31日」と予告されていたので、まだひと月あると思っていたら、なんと2月いっぱいで閉鎖されてしまったのだ。マンションごとの事情によるものなのだろうか? これにはあてがはずれた。「移転のお知らせ」はたった1日で消えてしまった。私のホームページを訪れる人は、だいたい土〜日曜が多いので、平日にそれを見た人はほとんどいないのではないだろうか。

アクセスしたら突然「Web ページが見つかりません」とか「Not Found」とか出てきて、サイトが消えてしまったと思っているに違いない。懇意にしていただいていたのに、挨拶もなしに夜逃げしたようで、どうにも心残りでならない。



Re: ホームページの移転
名前:Ryoji    日付:2017/3/7(火) 8:8
WEBCROWに移転したあと、表示に違いがあるかチェックしてみたら、まず画像のクリック拡大ができないことに気づいた。これが無料サーバーの制約というものだろうか。あるいは別なタグを入れれば可能なのか、私の乏しいhtmlの知識ではわからない。

画像をクリックして拡大する方法をとっているのは、HPを開設した当時からの習慣で、あの頃はページを開くのも重たくなることが多かった。そこで、サムネイル画像にしてできるだけ軽くしてまずは開き、開いたのち興味ある画像をクリック拡大して見てもらおうとの配慮だった。

しかし、光フレッツとか320Mコースとか、ネット回線のスピード化が進んだ今日、情報量が多くても素早く処理できる時代になっている。このさい、始めから大きな画像で開くように編集しても大丈夫なのではないか、と思えた。それにしても手直しするには150枚ほどもある画像をにわかにやるのは手に余る気がした。しばし考えた末、私のHPで、現在見ていただけるのはのは木彫作品しかないのだからと、やることにした。

木彫作業も木彫サークルの例会も休んで専念、3日間を費やして修整を終えた。今度はページを開いた瞬間、全画像の彫り味から塗り跡までよく見えて、意図するところがそのまま伝わるように思う。もっと早くこうしてもよかったのでないか、と感じたくらい。

もうひとつ、気がかりだったのはカウンターと掲示板。無料サーバーで作成するHP上に、レンタルのそれらを置いて作動するだろうかということだった。しかし、これは移転後なんら問題なく作動している。今回、WEBCROWの入会登録のさい、3択コースのうち「PHP・MySQLオプション」を選んだことで、埋め込みのプログラムがうまく機能しているのでないかと、よくわからないながら思ってみる。ただこのコースを選ぶとPCでは広告が表示されないが、スマホやタブレットには広告が出る。私はそれらを使っていないので迷わずスルーしたわけだ。


Re: ホームページの移転
名前:Ryoji    日付:2017/3/11(土) 8:7
今朝、「Ryoji工房」のキーワードで検索してみたら、YAHOO!検索もGoogle検索も新しいURLに更新されていた。

ロボット型検索エンジンはどのくらいの間隔で回ってくるのか、ホームページ移転後10日目に早くも更新されていることに驚いた。なんでもスピードアップの時代のようだ。

2月閉鎖を3月いっぱいと信じていたばっかりに、「移転広告」がたった1日で閉じられ、来訪者の方々に失礼をしてしまったが、「Ryoji工房」の名で検索していただけたら、再訪が可能になる。少し安心した次第。

本は寝ころんで 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/12/27(火) 8:25
毎年、1年間に本を100冊ほど読む。平均すると月に7〜8冊ていど。

私の場合、本はたいてい仰向けに寝ころんで読む。著者には申しわけないが腰痛防護のために最も楽な姿勢をとらせてもらう。この場合、文庫本や新書版、単行本などはいいが、全集本なんかの大きい本、重たい本は手がだるくなるので床に置いて、うつ伏せになって読むことになる。この姿勢はどうも腰痛に最もよくない形らしいのだけれど。

読むといっても最初から最後まで全ページを読む本ばかりとは限らない。画集や写真集は見る本だし、ノウハウ本や参考書の類なんかは大事な部分の拾い読みということもある。だから“読んだ”といえそうなのは小説やエッセイ、評論の類で、それだって流し読み、斜め読み、飛ばし読みなど、自己流の速読術で端折ってしまうことが多い。きっちり“精読”するのは、よほど気に入った本との出会いがあったときで、滅多にあるわけではない。しかし、それを求めていることは確か。

面白い本は面白さに引かれて一気に読んでしまうため、付き合う時間が短い。反面、面白くない本はなかなか読み進まず、ときには眠気を催してしまって、けっきょく付き合いが長くなる。なんか矛盾した気持ち……。とくに70代後半に入ってから、睡魔に襲われる回数が増えてきたようだ。これは私の読む体勢に起因しているかとも思われ、本のせいではないと著者に叱られそうでもある。

あと数日で年が暮れるが、今年はそんなことで100冊に達しなさそうな状況だ。しかし、読書の楽しみは冊数ではなく、面白がることであり、感銘を受けることであり、そして自身にパラダイムの転換が生じたら最高である。

年賀状を投函 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/12/24(土) 10:2
今日、年賀状を投函してきた。

年賀状の習慣が次第になくなってきているようだ。それは時代の変化というものだろうから、日本の伝統文化を守れ、なんぞと言い張る気はないが、相手のいることでもあり、長年の習慣を急にやめるわけにもいかない。高齢ゆえに欠礼という手もあるようだが、何となくやめられない事情が私にはある。

若いころは、住んでいるマチの風物を木版画に彫った。そこで正月は、同好者と木版年賀状の交換の場となり、手作りの技を競い合ったものだが、その人たちも次々に冥界へ去り、気がつけば今、一人もいない。歳月は流れ、私は老後の楽しみに木彫を始めたので、得意(?)とする木彫猫の最近作をデジカメで撮影し、“Photoshop”で編集して画面づくりをするようになった。いまや年賀状は、私にとって作品発表の場、大げさにいえば存在証明ともいえるのだ。

宛て名は“筆ぐるめ”で印刷している。今年、新しくWindows10のパソコンを購入したので、“筆ぐるめ”の新バージョンに旧バージョンの住所録を読み込ませしたら、郵便番号の冒頭の0を認識せず、0なしの番号が枠の左端から順に印刷されているのに、途中で気づいた。15枚ほどミスプリントが生じたが、やむなく枠外に0を書き加えてごまかした。郵便局の住所区分は機械化されていて弾かれるかもしれないが、住所はちゃんと入っているのだから人手で(超多忙なときに面倒かけますが)分けられるだろう。

私が彫った猫作品が入っていることで手作り感は出ていると思う。さらに一言、添え書きをボールペンで(万年筆で書きたいが、インクジェットのはがきは滲んでしまうので)している。これによって、サッサッサーのパソコン印刷だが、ご無沙汰している相手に気持ちが伝わってほしい、と願っている。

キュウリ嫌い 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/11/20(日) 9:46
末っ子で甘やかされたせいか、私は偏食の多い子供だった。
ニンジン、タマネギ、ナスビ、キュウリ、ピーマン、牛乳、チーズ、豚肉の脂身、鶏の毛羽先等々、枚挙に暇がないほどだ。

年をとるにつれて、舌の感覚が鈍ってくるのか、次第になんでも食べられるようになってきた。しかし、70代になっても、どうしてもキュウリだけはイケない。あの青臭い匂いを嗅いただけでダメ。味噌をつけてカリカリやるなんてもってのほか、一夜漬けの新鮮な色合いのものも受けつけない。

「キュウリが使えないから料理の面白さがなくなっちゃうわ」と、老妻からお小言をいただいたこともある。長く糠味噌漬けしてクナクナになっているキュウリなら、臭いも消え、美味しくいただけるのだが……。

孫たちと一緒に食事をしたとき、
「お爺ちゃん、どうしてキュウリが食べられないの」と聞かれた。
「うーん、キュウリは、口に入れたら喉のシャッターが閉まって、飲み込めなくなるんだ」と答えた。

はじめのうちは、そんな話を面白がって何度も聞いてくれたが、だんだん上から目線に変わってきた。つまり孫たちに普通にできることが、全然できない爺ちゃんは、かれらの目からみて“弱者”というわけか。誕生祝いの寄せ書きがFAXで届いたとき、キュウリの絵まで描いて揶揄(?)された。

まあともあれ、孫たちはみんな、好き嫌いはなく、何でも食べる元気な子に成長している。私の偏食癖は、“反面教師”の役割を果たしているのかもしれない。

先日、テレビで認知症の番組があった。その道の権威らしい医師が、認知症はまず味覚や嗅覚の変化に現われると話していた。で、私は「オレがキュウリを食べ始めたら“認知症”が始まったと思ってくれ」と老妻に言っておいた。

体操だらけ 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/11/4(金) 17:6
このごろのテレビ番組は、ずいぶん健康に関するものが多くなった。腰痛・肩凝り・腸内フローラ・ダイエット等々、毎日のようにある。高齢化社会〜メタボ症候群が大勢を占める視聴者の、ニーズに応えた番組づくりをしているということか。

自身の体調で思い当たるものはつい見てしまう。すると決まって、取り上げた病症の名医先生が登場してきて、1週間で治る体操とか3週間で根治した体操とかをゲストに指導する。
見ている私もつい立ちあがって、一緒に真似て見る。ほんの少し真似ただけでなんとなく効いた気がするし、治りかけてきたような気にさせられるから不思議なものだ。

しかし、こんなに次々に番組を見ていたら、あの体操もこの体操もと毎日何種類もの体操が日課になって、全部やっていたら体操だけで一日を費やしてしまいそうだ。けっきょく、やってられないなあ、ってことに……。

まあ、それほどにもあちこちガタがきているということか。

Windows 10で Photoshop 5.0J が動作 返信  引用 
名前:Ryoji    日付:2016/7/28(木) 21:51
古いPhotoshop 5.0J がWindows10で動く、とのネット情報を2件見つけた。いずれもインストールではなく、フォルダごとコピーするという方法だった。自己責任は承知で、さっそく試してみた。

私の旧機 VistaのPhotoshop 5.0JをフォルダごとDVD-RWにコピー、それを新機 Windows10のProgramFiles(x86)にAdobeフォルダを作ってコピーした。Photoshop.exe(眼のアイコン)をクリックすると「このソフトは応答していません」とエラーメッセージが出たが、もう一度アイコンをクリックして再起動するとウインドウが開いた。画像を取り込んで修正を加え保存してみたが、なるほど支障なく動作する。

起動するには、ProgramFiles(x86)内のPhotoshop.exeを直接クリックするのがよい。「このアプリがPCに変更を加えることを許可しますか」と聞いてくるので、「はい」を押すとスムーズに開く。どうもスタートメニューにピン止めしたり、デスクトップにショートカットを置いてクリックするとフリーズすることがあるので、先のexe直接クリックが確実。

Photoshop 5.0Jはおよそ20年も使ってきた愛用ソフト、すっかり使い慣れ、画像処理はほぼ何でもこなせる状態だ。最新のOSで、古いけれども自分の手先のようになっているツールを、今後とも継続して使用できるのは嬉しい。

Windows10対応の Photoshop Elements 14 は、これが同じPhotoshopかと疑いたくなるほどややこしく使いづらい。参考書と首っ引きで試してきたが、編集モードが3段階もあって複雑、私の用途には余分なものが多すぎ、ほとほと嫌気が差していた。むしろ Zoner Photo Studio 16 のほうが使い易いと感じていたが、参考書がなくてこれまた頓挫していたときに、これはありがたい裏技だった。


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