original[2006/09/19(火)19:51:44]
もっともらしく「スプラッター芳年」などと言いましたが、ここのHPを見ただけでも、「住吉の名月」の奥深さや「熊坂長範 源牛若丸」に見られるずば抜けたデッサン力など、単に残酷絵に留まらない、北斎その他の大浮世絵画家に比しても決して引けを取らない、総合的な大家であることがわかります。 若冲の場合もそうだったのですが、どうして日本人は、自分の国の優れた作家を、なかなか自分の目で認めたがらないのでしょうか。 思えば、「日本画」という言葉や概念ですらも、フェノロサというアメリカ人を中心にして明治期に作られたものであって、フェノロサの好みで、文人画その他の、古来の重要な要素が除外されてしまいました。今日でも、水墨は中国由来だから(?)日本画(日本絵画)ではない、などという馬鹿げたカテゴリーがまかり通っているのですから、信じられません。 だったら、天ぷらは、オランダの揚げ物由来なのですから、日本食ではないことになります(付言すれば、洋画、日本画などというのが、そもそもバカげた概念だと思います。油絵とか膠絵とか言えば充分です)。 外国人が日本の何かを認めて、その権威に基づいて新たな伝統ができる・・・ そして、ヘンな言い方ですが、その伝統が「伝説化」され、それを日本人自身で疑ったり変えたりすることを拒むようになる・・・ また、その伝統から逸れるものの価値を、自らの目で決して認めようとしない・・・・・ 少なくとも外国人が評価するまでは。全ての日本人がこうではありませんが、多くはこうした状態なのでしょう。若冲の美術館がアメリカに建っているのが象徴的ですね。いつになったら、このような癖を改めることができるのでしょう。
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