バレンタインデーというのは、高校生にとっては結構きわどい日付にある。何といっても、期末試験と重なりやすい。
壬生屋未央は基本的に真面目な女子高生である。常日頃からそれなりに真面目に勉強をしていたつもりだったが、振り返るとアルバイトに専念していたせいで復習を怠っていたことに気がついて、余計に焦ってしまった。そこで学生の本分は勉強ですし、と一念発起してしばらくアルバイトに行かないと宣言したのは一月の下旬のことだったのだが、今日はもう2月の半ばになっている。 学年末試験を今日無事に終えて帰宅したのは夕方で、それから大急ぎでチョコレートを作ってラッピングして、何とか格好がついた時にはすでに12時近くになっていた。同居の節子叔母も湯せんまでは手伝ってくれたが、もう随分前にあくびをしながら自室に引き上げてしまった。
「既に、一日遅れてますから・・・もう一日くらい遅れても」
出来上がったからと言ってこんな夜中に訪れるのは失礼だと分かってはいたが、何となく骨董品屋の店主は楽しみに待っていてくれるような気がした。 迷いながら長い黒髪をまとめていた三角巾を取り、チョコレートで汚れたエプロンもはずす。自室に引き上げて眠るか、それとも今からでもチョコレートを渡しに出かけるか。台所と玄関の間を二度三度と往復しながら壬生屋はぐるぐる回る心を抱えていた。靴箱の上にいつもどおり置かれている家の鍵には、クリスマスに骨董品屋からもらった銀のキーリングがついている。天使の羽をモチーフにした小さなチャームが可愛いと友達にも高評価のそれを見た途端、彼女は自分のローファーに足を突っ込んだ。 応答などないだろうと思いながら、賭けのつもりで一度だけ押した古いドアチャイムの後で洗い髪の骨董品屋が引き戸を開けて出迎える。
「未央ちゃん、どうした?何かあったのか?」
ほんのり漂うアルコール臭に、眠る直前だったらしいと気づいた。
「ご、ごめんなさいこんな時間に。あの、テスト今日終わったので、一日遅れなんですがこれを」
そっと差し出してくるギンガムチェックの紙包みの中からは甘い匂いが漂ってくる。多分、この中の手作りのチョコレートには日頃の感謝と遅刻した彼女の申し訳なさとが一杯に詰まっているはずだ。 ちょっとくらい羽目を外しても許されるよな、と骨董品屋は自分に言い聞かせて半身を引いて彼女の手首をそっと捕まえた。
「うん、ありがとうな。すぐに食べるから、紅茶いれてくれる?」
保護者も猫も眠る夜更けに、空には丸い月だけが浮かんでいた。 居酒屋で閉店まで粘っていた寺の住職は、骨董品屋の引き戸がきしむ音を聞いた気がして赤い顔で振り返る。
「誰か、お客さん、ですかね?」
それとも空耳かと考えながら骨董品屋の前を通り過ぎる。 大人の時間に、背伸びをした少女と思春期に戻ったような男が一日遅れのバレンタインデーを過ごしていた。
月と二人だけの、秘密である。(終わり)
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