生まれつきの才能、能力の違いというのは必ずあります。努力だけで誰でも150キロのボールを投げられるようになるか?というと絶対にそんなことはありません。小学校のときの徒競走(古い?)で必ずビリだった人が、努力だけで世界陸上に出られるようになるでしょうか?肩が弱く足も遅いが努力だけは誰にも負けない、という人たちを集めたチームを日本一に導けるのは、マンガの世界でしかありえません。
じゃあ、結局生まれつきの才能だけなのかというと、もちろんそれだけでもありません。 要は「才能+努力」だと思います。
ここまでは当たり前で、言いたいのはここから。
もし「努力のものさし」というのがあれば、全ての努力は計ることが出来るかもしれません。もちろん隠れた努力というものもあるため、他人の努力は自己申告に任せるしかありませんが、ある程度はわかります。
次に才能はどうでしょう? 今目に見えている才能、すなわち「開花した才能」はある程度判断できます。しかし「開花していない才能」というのは誰にもわかりません。よく「努力が開花した」といいますがあれは間違いで、正確には「努力によって才能が開花した」です。
誰にも、もちろん自分にもわからない「開花していない才能=潜在能力」を持ち合わせていれば、努力によりその才能は開花します。もちろん努力の方向や方法が間違ってなければ、ですが。
あほらし、と言われるかもしれませんが、私(43歳)は未だに「自分の才能は開花していない」と思っています。というよりも「まだまだ伸びる」と信じて、練習のたびに周りの若い連中よりも多い球数を投げ込んでいます。 速い球を投げるために数多く投げるという「方法」が理論的には恐らく間違っているのでしょうが、自分ではそれが正しいと信じて投げています。
わかりますか?
要は、メジャーに行くとかレギュラーになるとかの違いはあるかも知れませんが、自分が開花すべきレベルの才能を持ち合わせていると信じられるかどうかです。 努力が必ず報われるかどうかではありません。必ず報われるなら本当に努力をした人は、皆プロやメジャーに行ってます。
自分の可能性を信じている間は、ひたすら努力をすればいい。自分に才能がないと思っているならやめればいい。
努力するのは結果が出ると信じているから。 結果が出ないとわかっている努力なんて誰もしない。 結果が出なければ努力が無駄になると思っているなら、最初からやめておけばいい。
結果なんて、誰にもわからないんだから。
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