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船舶写真掲示板
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7207.牡鹿半島が熱いです 返信  引用 
名前:ななまる    日付:2009年6月29日(月) 22時43分
Original Size: 700 x 500, 159KB Original Size: 700 x 500, 138KB

コチャックさん、toshi@maruさん、ご覧の皆さんこんばんは。東海汽船系ではないのですが、久しぶりに船ネタを書かせていただきます。先の土曜日、往路夜行の日帰りで、牡鹿半島に行って来ました。
大泉から外環に入り、東北道を通って石巻まで高速料金が2700円とは。このおかげで道路と航路の需給バランスが急激に崩れ、フェリー航路の苦戦や廃止に至っているので、複雑な心境です。

訪問の目的の一つは、網地島ライン「ブルーライナー」入渠に伴い、予備船として鮎川〜網地島航路に就航する19G/T型「みゅう」の撮影でした。プレートを確認したところ、昭和62年9月ニュージャパンマリンの建造です。
彼女の前歴はナッパさんのご教示によるところが大きいのですが、生まれは四国汽船の「かもめ」とのこと。エスパルスドリームフェリーの「シーガル」時代、清水港に会いに行った時には既に売却済みで、同社の方から「神戸から購入した」と伺いました。しばらく行方不明でしたが、その彼女が鮎川に姿を現したと聞いたときには驚かされました。
...と言いますのも、鮎川にはもとやくり汽船「飛翔」の後身、「ドリーム」が活躍中だからです。ほぼ同じ時期にニュージャパンマリンで建造され、同じ備讃瀬戸周辺海域に投入された船が、約20年を経過した後、宮城県は鮎川で顔を合わせることになる不思議に思いをめぐらせました。



7208.牡鹿半島が熱いです
名前:ななまる    日付:2009年6月29日(月) 23時9分
Original Size: 700 x 456, 116KB Original Size: 900 x 405, 156KB

訪問のもう一つの目的は、女川〜金華山航路の運航を開始した潮プランニングの撮影でした。丸中金華山汽船が運航を中止し、女川から金華山への航路は消滅しましたが、女川町の支援もあり、地元の期待を担っての航路再開となりました。

投入されたのは「アルティア」「ベガ」の2隻。前者は五島産業汽船「アルティア1号」の後身で、つい先日、佐世保から有川へ向けて出ていく姿を見送った覚えがあります。その前身は安田産業汽船「エラスムス2」と、これもナッパさんのご教示です。
「ベガ」は、事前に同社のHPで船容やスペックを確認していたのですが、サーフェスプロペラのしぶきを女川湾に見た時には感動しました。興和クラフトの「サザンクロス1号」か「サザンクロス3号」か..?と、目星を付けて出掛けたのですが、後者とのことです。ここ数年、石垣島から本土へ売却されて来る高速船が目立ちますが、「ベガ」はその最北端で活躍する船となっています。



7209.牡鹿半島が熱いです
名前:ななまる    日付:2009年6月29日(月) 23時20分
Original Size: 680 x 510, 122KB Original Size: 680 x 510, 147KB

女川には丸中金華山汽船「レスポワール」が係船され続けていました。三保造船所の水中翼付双胴船の第一船である彼女、船長をされていた方から伺ったのですが、「航行中は安定するし、操船しやすい良い船だよ」とのこと。
一方、鮎川には同じ三保造船所の初期型高速船「ホエール」が活躍中。以前も書かせていただきましたが、前身は能登商船の「隼」です。この初期型、国内に残るのは何隻でしょうか?



7211.Re: 牡鹿半島が熱いです
名前:toshi@maru    日付:2009年6月30日(火) 21時50分
ななまるさん、出撃お疲れさまです。

今回は牡鹿半島ですか!

ここも小型客船の宝庫ですね、様々なタイプの高速船が集まっているようですね。

「アルティア」は長崎からの回航途上、当地にも寄港しました。
東京湾内への回航かと思っていましたら・・・・牡鹿に向かったのですね♪

「レスポワール」の塗装は一時、東京客船が大島航路に投入した「エルム」のそれ・・・ですね、下田船渠産まれの彼女は道東観光開発から始まり、丸中金華山汽船〜東京客船と南下を続けましたが、海外売却されたようです、現在もどこかの海で稼働しているのでしょうか?

投稿ありがとうございました、遠征お疲れさまでした。


7213.Re: 牡鹿半島が熱いです
名前:ななまる    日付:2009年7月3日(金) 23時9分
Original Size: 1000 x 629, 267KB

「アルティア」は回航途上、下田港に寄港したのですか。その時、
船名は「アルティア1」でした? 以前見せていただいた加藤汽船
カラーの「ふりいじあ丸」ではないですが、気になるところです。

記されていらっしゃるとおり、牡鹿半島周辺は小型客船の宝庫ですね。
添付の「みちのく」は雄勝で建造された船です。船体は木造、上部
構造は鋼製です。この時は、まだ「レスポ」は未導入で、木造の
「第十一金比羅丸」が活躍中でした。
「みちのく」の後ろに見えるのは道東から来た「エルム」で、その
さらに後方に見える操舵室はもと石崎の「錦洋丸」です。
下田で建造された「エルム」、確かに不思議な航跡を見せてくれ
た一隻でしたね。


7212.備讃瀬戸から 返信  引用 
名前:うえいぱ丸    日付:2009年7月2日(木) 23時32分
Original Size: 640 x 480, 86KB Original Size: 800 x 497, 103KB

ここ二日ほどの恵みの雨で瀬戸内、特に四国は渇きが癒されたようです。趣味に出動する時に限って曇るのは日頃の行いが悪いからか、などと言いたくなるほど天候に恵まれません。そんな中で備讃瀬戸で写した写真を少し。まず瀬戸内では年に1回だけ見られる伊勢湾フェリー。ドックからの回航でしょうか、鳥羽丸と四国開発フェリーのおれんじ8との反航です。折り良く好きなタグボート「ふぁるこん」が絡んでくれました。次はそのおれんじ同士の反航。手前上りが7、奥が下りの8です。愛媛/阪神間では唯一の航路となってしまいました。


7201.中島汽船 第二ななしまで中島へ 返信  引用 
名前:ゆかぴい    日付:2009年6月28日(日) 0時30分
Original Size: 1053 x 703, 74KB Original Size: 1053 x 703, 114KB

東線の「なかじま」の代船で第二ななしまが、26日まで稼動していました。26日最後の日に三津浜港から乗船、最終便で帰りました。61年製の船で、売店もなくジュースの自動販売機だけですが、船内は広いです。やはり船内は昭和の香りで、なかじま船内のほうが豪華です。1枚目は三津浜港に入港する第二ななしまです。防予汽船のフェリーが沖だしされています。



7202.Re: 中島汽船 第二ななしまで中島へ
名前:ゆかぴい    日付:2009年6月28日(日) 0時41分
Original Size: 1053 x 700, 85KB Original Size: 1053 x 703, 102KB

朝一便の船内は、建設作業員、高校生、地元の人などで、多くの人が乗船していました。車も満載状態です。各港を寄港し大浦港についた後、所要をすませて、15時すぎにじんわを撮影するため、車で神浦港付近に移動して撮影。その後も所要をすませて大浦港へ。写真は神浦沖でじんわと、大浦港より出港するあさかぜです。



7203.Re: 中島汽船 第二ななしまで中島へ
名前:ゆかぴい    日付:2009年6月28日(日) 0時51分
Original Size: 1053 x 703, 111KB Original Size: 1053 x 703, 112KB

大浦港に着くと、ドック明けのきれいななかじまが着いていました。第二ななしまと交代で、次の最終便より出港するとのこと。帰りも第二ななしまでと考えていたので少し残念でした。なかじまは椅子のシートが張りかえられていて、とてもきれいでした。高校生はバスみたい、と言ってましたが、前よりいい感じです。写真は一度、沖だしして第二ななしまを待つなかじま。入港する第二ななしまです。



7204.Re: 中島汽船 第二ななしまで中島へ
名前:ゆかぴい    日付:2009年6月28日(日) 0時59分
Original Size: 1053 x 703, 132KB Original Size: 1053 x 703, 104KB

連張りすみません。
最後に、道中、出会った船です。第二ななしま船上より撮影。
失礼いたしました。



7205.Re: 中島汽船 第二ななしまで中島へ
名前:orange8    日付:2009年6月28日(日) 13時52分
Original Size: 615 x 408, 20KB Original Size: 615 x 408, 34KB Original Size: 615 x 408, 39KB

こんにちは。代走最終日と言うことで、初体験をしてきました。白石の鼻の磯も初体験。三津浜折り返しで今回はお役御免だったみたいですね。翌日は野惣那からドック開けのなかじま君に乗船。



7206.Re: 中島汽船 第二ななしまで中島へ
名前:orange8    日付:2009年6月28日(日) 13時58分
Original Size: 615 x 410, 27KB

観光港方面からフジトランスがそこそこのスピードで入ってきました。外航かと思いきや船名はきぬうら丸。そうか、きぬうら丸はこのクラスに変わったんですね。水島にも独特の容姿でゆったりと入ってきていた先代は国内にいるんでしょうか…。中島汽船と関係ありませんですみません。



7210.Re: 中島汽船 第二ななしまで中島へ
名前:toshi@maru    日付:2009年6月30日(火) 20時18分
ゆかぴいさん、投稿ありがとうございます♪

昭和61年建造ということは「かめりあ丸」と同世代の船ですね!
「第二ななしま」という船名にも親近感が湧きますね。

内海航路といえども荒天の日もあることと思います、生活航路船は頑張っていますね、画像を見る限り丁寧な手入れをされているようですね、まだまだ活躍して欲しい1隻ですね。


orange8さんも出撃されたようですね、イレギュラーな配船は主たる利用者にはご迷惑を掛けますが、こちらとしては楽しい日々となりますね、悲しくも本日瀬戸内ではまたひとつ航路のともしびが消えようとしているようですね、これまで頑張ってきた乗組員の皆様とご利用いただいた地元の皆様に感謝したいと思います「ありがとうございました」

まだまだ航路改変には目を離せない状況が続いていますが、皆様の情報お待ちしています。

7144.フェリー全盛の今治港 返信  引用 
名前:しゅう    日付:2009年6月12日(金) 17時54分
Original Size: 910 x 621, 73KB Original Size: 907 x 621, 90KB

コチャックさん toshi@maruさん 昔フェリーがたくさん発着し賑やかだった昭和47年頃(たぶん)の今治港の様子を投稿させていただきます。関西汽船の今治発着も最近なくなり 寂しくなってしまいました…

手前の水中翼船は隆星さんならわかるはずです(^^;)
奥は三原国道フェリーとたぶん「おくどうご?」です



7145.Re: フェリー全盛の今治港
名前:しゅう    日付:2009年6月12日(金) 17時40分
Original Size: 919 x 634, 88KB

手前は大島行きのフェリーで、奥が三原行きです。今この場面から写真を撮影すると来島大橋が堂々と写ると思います。



7147.Re: フェリー全盛の今治港
名前:NCF    日付:2009年6月12日(金) 21時28分
コチャック様、toshi@maru様、こんばんは、しゅう様、はじめまして

懐かしい画像を拝見させていただきありがとうございます・・一枚目の写真、しゅう様が仰られる通り愛媛阪神フェリーが運航しておりました「おくどうご」ですね、同型姉妹船に「おくどうご2」もありました・・後に「おくどうご3」が就航して「おくどうご/2」姉妹はダイヤモンドフェリーに用船され神戸ー松山ー大分航路に就航したので今治港での姿は神戸での姿しか見た事がない私にとっては新鮮かつ感動ものです。

さらに下の画像ですが、手前2隻のさらに奥に写っていますのが三宝海運「ほわいとさんぽう」です。
この船も神戸でしか見た事がありませんでしたので今治港での姿に感動させていただきました・・ありがとうございました。

文章のみの投稿失礼しました。

コチャック様、toshi@maru様、先レスのご無礼をお許しください。


7149.Re: フェリー全盛の今治港
名前:しゅう    日付:2009年6月12日(金) 22時30分
Original Size: 1161 x 588, 82KB Original Size: 1161 x 588, 92KB

NCFさん 始めまして。すごいですね! 前の写真でよくフェリーの名を…驚きました。そしてほんとにありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します。
投稿したあとアルバム見ていたら写真が出てきたので貼らせていただきます。

今治港での「ほわいとうさんぽう」です。



7150.Re: フェリー全盛の今治港
名前:NCF    日付:2009年6月12日(金) 22時55分
しゅう様、こんばんは。
こちらこそ貴重なお写真を見せていただき感激です!、しゅう様こそコチャック様、toshi@maru様をはじめこちらにお集まりになられております方々が唸る程の貴重なお写真の数々をお持ちで羨ましい限りです・・私は幼少の頃よりカーフェリーが好きで今回の「ほわいとさんぽう」や「おくどうご」というフェリーをたまたま知っていただけですので・・あまりにも懐かしく今治港での姿が新鮮だったのであつかましくも管理人様より先にレスをしてしまいました。

しゅう様、さらなる刺激的な「ほわいとさんぽう」のお写真をありがとうございました。
こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。


7152.Re: フェリー全盛の今治港
名前:toshi@maru    日付:2009年6月13日(土) 0時6分
Original Size: 1716 x 1104, 178KB

しゅうさん、これまた貴重な画像投稿ありがとうございます。

奥の方の大型フェリーはNCFさんご教示の通り「おくどうご」「ほわいとさんぽう」と思います。

さて「たてやま」ですが、晩年は客室を撤去され定員12名の貨物フェリーとして九州の江崎海陸運送の瀬戸〜松島・池島航路に就航したようです、この改造により総トン数も約半減し96GT(改造前183GT)となりました。

すでにダイヤモンドフェリーとなってからの「おくどうご6」(元グリーンエース)ですが貼ってみました、当時は大型フェリーでも観音開きのバウランプでした、神田造船の作品で当時の阪九フェリーの就航船と似たデザインの船容でした。



7153.Re: フェリー全盛の今治港
名前:orange8    日付:2009年6月13日(土) 13時7分
こんにちは。7144の左の高速船は三原-今治航路、瀬戸内海汽船の水翼にあらず高速船マリンブルーかあるいはもう1隻か。日曜日、お昼前にスター誕生が終わってからのCMのつなぎに僚船との離合シーンを写しながらエコー入りでマリンブルー!って1973年くらい(苦笑…)、それと今尚健在、府中家具会館のCMがならんで。グリーンフェリーもほわいとさんぽうもCMソングがあったと思いますが、グリーンフェリーのCMを歌う声の艶っぽさにはガキのくせにまいったですよ。個人的には船会社のCMソングの不動の1位ですね。ローカルネタですみません…。時代背景はともかく…瀬戸内系クラフトの大家のお出ましを待ちましょう。


7155.Re: フェリー全盛の今治港
名前:NCF    日付:2009年6月13日(土) 18時52分
皆様、こんばんは。

>toshi@maru様
「おくどうご6」懐かしいです、ダイヤモンドフェリーが東神戸青木のりばから六甲アイランドのりばに移転してから「おくどうご6/8」が就航されたと記憶しております。
toshi@maru様もすでにご存知かとは思いますが内海航路のカーフェリーの船型として当時主流であった独特な船型、阪九や広島グリーンフェリー、ダイヤモンドフェリーの初代フリートなどにも見られました・・あるフェリー好きの方から教えていただいたのですが、この船型を「ニスコ型」と呼ぶそうです・・芸文社の「艦船大百科」における阪九フェリー「フェリーせと」の解説文に「洗面器に箱を載せたような独特の船型」といった例えもありました。
バウドアも観音開き式で味がありますよね、跳ね上げ式のバウバイザーもいいんですが最近の大型フェリーではすっかり見なくなりましたのでかえって新鮮です。
懐かしいお写真を見せていただきありがとうございました。


7162.Re: フェリー全盛の今治港
名前:しゅう    日付:2009年6月14日(日) 21時37分
Original Size: 907 x 659, 80KB Original Size: 638 x 940, 67KB

toshi@maruさん いつもご迷惑をお掛けいたします。「たてやま」のその後の事ありがとうございました。晩年も九州で頑張ってたんですね!なんか嬉しいですね〜

orange8さん いつもお世話になり、毎度ながら貴重なお話ウンチク有難うございます。いつもすごく楽しみにしてますので、これからも是非お聞かせ下さいませ。 しかし…水中翼船じゃなく高速船だったんですね。またやっちゃいました (^^;) これからもご指摘よろしくお願いします。

NCFさん「おくどうご」の写真も見つけたので貼っておきますね^^ 



7163.Re: フェリー全盛の今治港
名前:NCF    日付:2009年6月14日(日) 22時55分
皆様、こんばんは。

>しゅう様
愛媛阪神フェリー「おくどうご」の貴重なお写真大変嬉しく感動しながら拝見させていただきました・・ありがとうございます。
ネット上に於きましてもこの時代のカーフェリーの画像はなかなか見る事ができませんので、しゅう様のご好意には感謝しております・・その中でも今回ご提供くださった愛媛阪神フェリーの「おくどうご」と三宝海運の「ほわいとさんぽう」の画像は極めて貴重だと思います・・しかも、つい最近長距離フェリーの歴史に幕を下ろした今治港でのショットは非常に価値のあるものです・・しゅう様のおかげでカーフェリーファンのひとりとして大変貴重なお写真を見ることができました、ありがとうございました。


7173.Re: フェリー全盛の今治港
名前:コチャック    日付:2009年6月16日(火) 15時31分
懐かしい写真、有難うございます。
近代的な建造物が建ち始めた時代の中でまだまだ自然の景観を存分に残している良き時代の写真ですね。

主要大都市では、車社会になり、輸送実態も鉄道輸送からトラック輸送に転換した挙句、
光化学スモックなどの環境悪化が問題となり、物資輸送に大量搬送とトラック輸送の一挙両得、時代に即した大型カーフェリーが脚光を浴びた時代でしたね。

今では、船腹数も少なくはなりましたが、やはり大小さまざまな船たちが、夕日を浴びながら往来する姿が、瀬戸内海に一番似合います。

NCF さま はじめまして。
2人の管理人のtoshi@maru氏にばかり、押し付けてしまっている、「おんぶにだっこ」状態のこちゃっくです
(^^ゞ
グリーンフェリーなどの初期型を「ニスコ型」と呼んでいたのですね、知りませんでした。
洗面器に箱を載せたような・・・
なるほどと、妙に感心してしまいました(笑
また、色々お教えくださいませ。
書き込み順は、管理人2人とも、気にしてはいませんので、どんどん書き込んで
情報の交換等にご利用ください。
お願いします。

orange8さま

ローカルネタ大好きです(爆
自分が知らないネタでも、皆さんでやり取りをしている会話を見ながら
納得したり、細笑んだりしています。
もっとも、分からないから空気を乱しても悪いので、横から入り込めませんが、
情報は楽しみに拝見しています。


グリーンフェリーもほわいとさんぽうもCMソングがあったのですね。
さんふらわあは有名でしたが、私も艶っぽいCM見たかったです。


7176.Re: フェリー全盛の今治港
名前:しゅう    日付:2009年6月18日(木) 17時10分
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コチャックさん いつも有難うございます。やっぱり賑やかな今治港が懐かしいですねぇ〜

orange8さん 今治港の「おやしお」のカラー写真も見つけました!

あと…毎度ながら今治港での よくわからない船たちです。「せとじ丸?」と  ?フェリー?(^^;)



7181.Re: フェリー全盛の今治港
名前:orange8    日付:2009年6月20日(土) 10時26分
こんにちは。7176の真中は せとじ です。昭和海運の取得した航路で権利を瀬戸内海汽船が持っていませんでしたので、せとじを昭和海運に貸し出して運賃収入は折半というやり方をとっていたようです。せとじの僚船に いよじ これは昭和海運の持ち船がいました。三原今治フェリー航路の大動脈を作った船であることを思うと感慨深いものがあります。のちに瀬戸内海汽船も航路権を取得し、400tフェリーの4隻運航体制がながきにわたって続いたとさ…とういうおはなしの序章の画像ですねゑ。
船の往来を間近に見ることができた須波海岸の国道の路肩で、もう一度当時のまぼろしを見たいものですが、わたしが危篤の状態にならないと見ることができませんね。


7184.Re: フェリー全盛の今治港
名前:orange8    日付:2009年6月22日(月) 9時53分
Original Size: 549 x 367, 61KB

右側の写真が奥に見えるのが、4隻体制になったときの400t型フェリーで昭和海運の みはら もしくは瀬戸内海汽船の ひろしま ということになります。昭和47年後半くらいの写真ですか?その手前…ひうち…かなぁ、イメージより角張っていますがなつかしいかたちです。当時は下田水方向のベクトルでなく、本流がきついときは、燧灘側にかなり迂回していたような気がしています。
画像は今なお現役、笠岡の 新門司8号 41歳…あらひふです。



7185.Re: フェリー全盛の今治港
名前:しゅう    日付:2009年6月22日(月) 20時31分
Original Size: 921 x 624, 101KB Original Size: 801 x 632, 72KB

orange8さん!またまた詳しいご説明と当時のウンチク本当に有難うございました。すごく楽しみにしています。「せとじ」は今治〜三原フェリーだったんですね。なんか独特の形で煙突が可愛くて好きですねえ^^
それから「みはら」は瀬戸内海汽船じゃなかったんですか?…あちゃあ…瀬戸内海汽船と思い込んでいました(^^;)

写真は昭和47年頃の「第五さんよう?」
それとフェリーではないですが、懐かしの海から見た今治港の様子です「たかなわ?」と「うずしお?」かな?



7198.Re: フェリー全盛の今治港
名前:しゅう    日付:2009年6月25日(木) 19時55分
Original Size: 1070 x 748, 91KB Original Size: 1051 x 752, 99KB

NCFさん 身に余るお言葉恐縮です(^^;) 
図に乗って…今治港の「ほわいとさんぽう」の拡大写真です(笑)
でも ほんとうに今治港寂しくなりますね…せめて記憶と記録にでもと、投稿させていただきます。



7199.Re: フェリー全盛の今治港
名前:orange8    日付:2009年6月26日(金) 8時28分
旅客船がフェリー化されたり、高速小型化少人員化する一方で、事務方操船方乗組員がこうした長距離フェリー業界に流れていった時期でした。不本意ながら会社の倒産で渡りを経験された方、処遇で苦労された方も多かったみたいです。船員としての夢がそこにあったんだろうなとか、自分がサラリーマンになってはじめてわかったことも多かったですね。


7200.Re: フェリー全盛の今治港
名前:toshi@maru    日付:2009年6月27日(土) 19時24分
Original Size: 1153 x 798, 139KB

不在を続け失礼しました。

PS級の巡視船は現在ほとんど高速船タイプとなってしまいましたが、この頃はまだ鋼船タイプが活躍していましたね♪

「ほわいとさんぽう」は中距離フェリーの中でもスタイリッシュな存在でした、当時このクラスのフェリーは両舷のファンネルのあるタイプが主流でしたが・・・・車両甲板の面積を確保するためとケーシングスペースを小さくするため・・・・でしたが。

排気管を中央にするためには構造が複雑となります、かの「さんふらわあ」級もかなり苦心して中央ファンネルとしたようです。

シルエットとしては「さるびあ丸」(初代)と類似した感じですね☆

「さるびあ丸」(初代)の画像です。



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