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1712.「戦艦大和撫子」シリーズ パート2「神風の乙女」(80) 返信  引用 
名前:北原冴子    日付:11月15日(日) 1時39分
(80)勅命

翌朝、和子は真っ青な顔で私達に告げました。

「浩美、桜、私はこれから帝都の義母上(櫻山薫子大将待遇軍属、女子挺身隊参謀本部参謀総長)に謝罪に行くわ。帝都では、被災家屋20万戸以上、被災者は100万人以上、死者は・・・・10万人以上・・・かもしれない・・・。これは、全て眠ってしまった私の責任よ。私がもう少し頑張って起きていれば、1000kmくらい南方でB29を発見できたわ。そして、10時頃に防空部隊が発進していれば・・・B29の半分は落とせていた・・・。 自決は免れないわね。」

そして、和子は一人で帝都に出かけて行き、夕方、戻って来ました。思いのほか元気そうでした。

「和子、良かったわ! ママ母に詰め腹切らされているかも? と思っていたわ!」
「本当ね! 良かったわ!」
「ふん、桜も浩美も本当に能天気ね! 私は死ぬよりもよっぽど辛かったわ。」

女子挺身隊参謀本部に赴いた和子に、和子の義母の櫻山薫子大将は、

「これから陛下に馬鹿娘の失態を詫びに行くわ。付いて来なさい!」

と厳命したのだそうです。

「私達が宮城に参内しようとしている時に騎馬で宮城を出てくる一行があったの。驚いた事に、先頭は白馬に跨った陛下よ。」

そして、櫻山薫子大将と和子もお供をして、被災地に向いました。そして、死体が散乱する中で、陛下に御言葉を賜ったそうです。

「櫻山夫人、その者は夫人の令嬢か?」
「はい、陛下。私の夫が妾に産ませた娘でございまして、私とは為さぬ仲でございますが・・・実の娘同様、愛しております。愚か者でございますが、私に免じて御赦し下さい。」
「櫻山夫人、我が忠良なる臣民が、そなたの娘の怠慢により十万人近く死んでおる。絶対に許さぬ!」
「はい、陛下。陛下の仰せは誠にごもっとも。臣、和子、死んでお詫びを!」
「馬鹿者! 死ぬ事は許さぬと申しておるではないか! 櫻山夫人にも命じる! 断じてそなたの令嬢に自決など許すな! 生きて奉公し、名誉を回復せよ。これが朕が櫻山家とその令嬢に命じる罰である!」

その時、厳めしい顔をされていた陛下が、突然、優しい顔になられたそうです。

「和子ちゃん。君はまだ14歳なのだよ。生きなさい。 死ぬ事は大人の男達に任せなさい。」

1711.「戦艦大和撫子」シリーズ パート2「神風の乙女」(79) 返信  引用 
名前:北原冴子    日付:11月15日(日) 1時38分
(79)帝都大空襲

昭和18年4月1月に輸送船で錦湊港を出港して以来、約二年弱、私は和子や桜と一緒に太平洋各地を転戦して来ました。その戦いは連戦連敗、とうとう本土の上空を我が物顔の米軍機に蹂躙される様になってしまいました。そして、昭和20年3月9日金曜日夕刻、和子と桜と私は帝都上空1万メートルで防空警戒に当たっていました。

「和子、もう帰還しましょうよ! 和子はもう一週間も寝ていないのよ!」
「そうよ、浩美の言う通りよ。幾ら和子が甲種でも、一週間不眠不休は無茶よ!」

私達3人は既に一週間も帝都上空1万メートルでグルグル警戒飛行を続けていました。私と桜が交互に起きて三人乗り航空自転車のサドルを漕ぎ、甲種で眼が良く、何故か地平線の向こうまで見えてしまい、雲の向こうまで見える和子が米軍機を警戒しているのです。私と桜は半分の時間は寝れますが、和子は不眠不休なのです。

「私は帝都防空の重任を担う、厚木防空基地の司令官よ。寝る・・・訳には・・・。」

とか、何とか言いながら和子は寝てしまいました。流石に一週間徹夜は無理だったようです。しかし、この時、B29の大編隊、凡そ300機がサイパン島の基地を飛び立っていたのです。

「桜、和子は寝ちゃったわ。私達も基地に帰還して、慰安所でも行きましょう!」
「そうね! 美青年でも抱いて命の洗濯よ! 大丈夫よ、八丈島には陸軍の最新鋭レーダーもあるわ。敵機が来れば、分かるでしょう!」

そして、基地に帰還し、和子をベットに寝かせ、桜と一緒に慰安所に赴きました。そして、慰安所で美青年の上等兵さんに股間の逸物を咥えさせながら、酒を飲んでいる時です。日付は既に三月十日に変わっていました。

「大変だ! 東の空が真っ赤だ!」
「あれは、帝都の方向だぞ!」

私達は慌てて慰安所の建物を飛び出し、東の方向を見ました。物凄い勢いで東の空が染まって行きます。

「桜、大変よ! 大空襲だわ!」
「何で! 何故、空襲が始まっているのに空襲警報が出ないの!」
「桜! ひょっとして、この強風でレーダーが故障?」
「浩美、その通りかも? 大失敗だわ! とにかく防空航空自転車を発進させねば!」

私達は、大慌てで数十機の防空航空自転車で飛び立ちました。

1710.「戦艦大和撫子」シリーズ パート2「神風の乙女」(78) 返信  引用 
名前:北原冴子    日付:11月15日(日) 1時37分
(78)空の女神

♪空の女神♪

♪藍より蒼き大空に大空に 忽ち開く百千の♪
♪真白き薔薇の花模様 見よ落下傘空に降り♪
♪見よ落下傘空を征く 見よ落下傘空を征く♪

♪世紀の花よ落下傘落下傘 その純白に赤き血を♪
♪捧げて悔いぬ奇襲隊 この青空も敵の空♪
♪この山川も敵の陣 この山川も敵の陣♪

♪敵撃摧と舞い降る舞降る うつくしき女神♪
♪いずくか見ゆるおさな顔 ああ純白の花負いて♪
♪ああ青雲に花負いて ああ青雲に花負いて♪

♪讃えよ空の女神を女神を 肉弾粉と砕くとも♪
♪撃ちてしやまぬ大和魂 我が女神は天降る♪
♪我が女神は天降る 我が女神は天降る♪

感激に涙が止まりません。それは私達だけではなく、送る側の皆さんも泣いています。それどころか、街頭に平伏して、私達を拝んでいる人達までいます。しかし、拝んでいる理由が以前とは少し違うようです。

「神々しい・・・まるで女神様の様じゃ!」

これは良いですが、

「僅か12歳で靖国に自ら赴く・・・正に軍神じゃ・・・本当の戦女神じゃ・・・。おい、正子、お前も拝みなさい。このお姉さま方は生きたまま神になられたのだ。」
「はい、祖父上、正子も来年には絶対、撫子検査に合格しますわ。そして、見事に死んでみせます。」
「そうだ、それでこそ大和撫子である。お前の父親、母親は見事に名誉の戦死を遂げ靖国神社に赴いた。お前も見習い、正々堂々、戦死しなさい。」

耳の良い私には、平伏している老人と幼い孫娘の会話も聞こえて仕舞います。まだ私達は、死にたくない、いえ、私も大和撫子であり、栄誉ある武士の娘です。国の為に死ぬ事が嫌な訳では決してありません。しかし、私は武勲を立てる為に戦地に赴くのであり、死ぬ為に戦地に行くのではありません。どうしてこうなってしまったのでしょうか? 

1709.「戦艦大和撫子」シリーズ パート2「神風の乙女」(77) 返信  引用 
名前:北原冴子    日付:11月15日(日) 1時34分
(77)出征

そして、翌12日、米内光政内閣の総辞職と、濃美忠清子爵への大命降下が報ぜられました。平時であれば、錦山町は提灯行列で大騒ぎだったのでしょうが、このご時勢では、特に祝賀行事も無かったのです。

昭和18年3月、私は、錦山山の手国民学校を卒業しました。そして、4月1日、木曜日、私は豊県立第一高等女学校特別学級に入学しました。特別学級とは、巨大大和撫子のみに入学が許される(但し入学を辞退する事は許されない)特別な女学校です。新入生は、258名でした。先の修学旅行に参加した者は263名、生きて帰国した者は221名ですから、37名はその後に補充撫子検査に合格したのでしょう。私達は、女子挺身隊錦湊駐屯地での入学式に参加しました。特別学級には校舎も校庭もありません。駐屯地がそのまま校庭であり校舎なのです。ですが、私達は一日もそこで学生生活を送ることは許されません。入学式即出征なのです。

「巨大大和撫子万歳!」
「大日本帝国万歳!」
「女子挺身隊、出征万歳!」
「女子挺身隊豊兵団万歳!」

和子を先頭に堂々の隊伍を組んだ私達258名は、錦湊市の中心街を行進して、錦湊港に向かいます。女子挺身隊員の制服であるセーラー服を着用し、額には「日の丸」と「大日本帝国女子挺身隊」の字を染め抜いた鉢巻を巻き、「昭和18年度 高等女学校特別学級 新入生」の襷を掛けています。沿道には多くの人達が旗を振ったり声援を送って呉れたりします。出征を祝う幟も何百本、何千本と掲げられています。

「浩美、2年も経っていないけれど、あの時とは全然、違うわね。」

桜が接触脳波通信で私語をしてきました。あの時とは、昭和16年7月、私達が任官した際に錦湊の中心街を行軍した際の事でしょう。

「そうね、沿道の皆さん、疲れきっているみたい・・・やはり、どんどん労働力が戦地に取られて勤労奉仕に疲れ・・・・いえ、それだけでは・・・・不安におののいているのよ。」
「そうよ、戦況が苦しい・・・いえ、絶望的な事を知っているのね。」

私達が堂々の行進をする要所要所では、中学校や高等女学校の合奏部、合唱部が、私達に餞の曲を贈って下さいます。曲は勿論、「空の女神」です。普通、軍歌と言うとただ勇ましく勇壮か、暗いかどちらかですが、この曲は、私達、美しく清らかな女子挺身隊員を讃える物だけあって、明るく美しい曲です。この曲は、開戦当日、蘭領東印度(現在のインドネシア)に落下傘降下し一日でオランダ軍を退治した女子挺身隊員を讃える為に出来たのです。

1708.朝陽村縮小刑務所・休載のお知らせ 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月10日(火) 9時48分
みなさまへ。
予定外の仕事が入って、身動きがとれない状況になっています。
しばらく休載させていただきます。

再開は、来年一月中旬以降になる予定です。
そのかわり、第四章を大幅に加筆します。

ある女性読者の感想と意見を採り入れました。
柏木須磨子についての描写が増えます。
伏線はすべて打ってあるので、矛盾はしないと思います。
赤の女王の活躍をお楽しみに。
では、また。

1707.朝陽縮小刑務所・34 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月5日(木) 8時23分


北棟への帰還は、午前四時を回っていた。腰が軽くてふらふらした。山国でも東の空の稜線が白みかけている。腹は、高子様の愛液で満腹の状態だった。雌のライオンをかわいがってきたようなものだろうか。肌のあちこちがひりひりした。夢中になった高子様にひっかかれたのだ。手加減はしてくれていたのだろう。もし、本気だったら、あの爪で引き裂かれていたかも知れない。しかし、猛獣を倒したような充実感があった。軽いかもしれないが、いかせていたことは確かだ。あれは演技ではない。夏休みの女の子のアルバイトに弄ばれていた時期だった。男性としてのプライドをやや取り戻した体験だった。
もちろん、ホルス人間用のコンドームはない。高子様が、トイレでビデを使う水音を、東棟の宿舎の薄い壁越しに聴いていた。縮小人間の精液に、普通サイズの女性を妊娠させる能力がないことは、科学的に証明されているという、彼女の口からの説明もあった。「いいわよ。出してちょうだい。あなたが、欲しいの」安心していた。戻ってくる前に、意識がなかった。一瞬だが、熟睡していたようである。



高子様の部屋に、そのまま泊まった夜もある。他の受刑者に嫉妬されていた。しかし、刑務官の命令であるから、文句は言えない。芋虫老人の後押しも大きかった。彼には、みんなが畏怖を覚えるのだった。最後の一ヶ月間は、朝帰りの日も何度もあった。ホルス人間と普通の女性とのこれほどに親しい関係は、娑婆でも例外的だろうと、ヨウコ刑務官長も笑っていた。校長室を改良した、刑務官長室に呼ばれていた。奥茅ヶ崎縮小刑務所という、こことは別な場所の資料整理を手伝っていた。有利雄には、しかし、友好的であっても、敵対的であっても、みんなが見ているのは、表面の皮相的な風俗の次元に過ぎないと思えた。そうではないのだ。これは、本物だった。だから、刑務官長も公認してくれていたのだろう。素直に親友の恋を祝福してくれていた。彼は、この時点では刑務官長と高子様が、ホルス薬による縮小人間を、女性の心身の癒しのために活用するという、セラピーの新事業に乗り出す未来を知るはずもない。男性から性的な虐待を受けて傷ついた女性が、ホルス人間と関わることで、新たな人生に踏み出すことが可能となることがある。有利雄の行為は、自分では全くそうと気が付くこともなく、未来の新たな一歩を踏みだしていたのだった。



有利雄の顔と身体が、高子様の理想に合致していて、入所前から期待していたらしいということも、ヨウコ刑務官長の言葉でわかった。慎重な性格の高子様は、彼の言動を密かに観察していたのである。あの「ボディ・クライミング」は、最後のテストだったのだ。合格した自分に安堵していた。
大きくても小さくても、女の瞳の底に燃える恋の炎を見逃すほど、有利雄はうぶではなかった。場数を踏んでいた。ただどこまで本気かということは、出所の前日まで正直のところ、わからなかった。ホルス人間との遊びかもしれないと疑っていた。自分から確かめる勇気はなかった。

1706.「戦艦大和撫子」シリーズ パート2「神風の乙女」(76) 返信  引用 
名前:北原冴子    日付:11月4日(水) 19時31分
(76)誤解

和子の「サンフランシスコ転進作戦」の説明は壮絶でした。

「1月3日未明、連合艦隊主力部隊の戦艦6隻、武蔵、大和、陸奥、長門、伊勢、日向は、サンフランシスコ沖に強行突入したわ。旗艦の武蔵の檣頭(マスト)にZ旗を掲揚していたわ。「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」ね。ここで、女子挺身隊の主力が壊滅したら・・・もう、日本はオシマイよ。もう、米軍はサンフランシスコ近郊まで迫っており、餓えと飢餓で殆ど身動きできない巨大大和撫子は追い詰められていたのね。殆どの者が這って動くのがやっとで、泳ぐことなど思いもよらなかったの。連合艦隊の将兵は、重い巨大大和撫子を艀に載せ必死で沖の連合艦隊主力艦に運んで呉れたそうだけれど・・・空には無数の米軍戦闘機が舞い、機関銃で無抵抗の艀を狙い撃ちしたわ。」

この転進の時間稼ぎの為に、サンフランシスコにいた陸海軍の将兵総勢3万人は、全員、巨大大和撫子用手榴弾を担ぎ、米軍に斬り込みをかけました。文字通り決死隊、助かる可能性の無い攻撃でした。米軍の機関銃が日本軍将兵をなぎ倒しても、誰一人として前進を止めず、米軍に殺到し、戦車に体当たりして手榴弾を爆発させたのです。

「連合艦隊主力に遅れてサンフランシスコに到着した第二戦隊の戦艦2隻、山城と扶桑は、サンフランシスコの浜にわざと座礁して、敵の戦闘機を引き付ける囮になったそうよ。司令官の西村祥治大将(死後、中将より昇進)も、米海軍攻撃機の爆弾を直撃されて戦死されたわ。」

こうして、陸海軍の将兵の献身のお陰で、女子挺身隊員は、大部分、脱出に成功したのです。

「和子、浩美、私は誤解していたわ。男達なんて非力で臆病で無能で私達の玩具になる以外、何の能も無いと思っていたわ。ちょっと悪ふざけで軽く指で腕でも握ってやると涙を流して痛がるし、私のアソコを舐めれば褒美をやると言えば、カイゼル髭を生やして参謀肩章を付けた偉そうな軍人さんが唯々諾々と従うのだから・・・でも、本当は強くて勇敢だったのね。申し訳ない事をしたわ。」

私も桜と同感でした。私達にどれほど侮辱されてもヘラヘラと愛想笑いを浮かべ、お追従を言っていた男達を私達は、馬鹿にしていました。でも、それは大きな間違いだったようです。

「ともかくも、女子挺身隊主力は脱出に成功したわ。餓えて弱っている巨大大和撫子も、タップリ食糧を供給され、献身的な連合艦隊将兵の介護で元気を取り戻しつつあるそうよ。囮の山城と扶桑・・・乗っていた海軍さんの将兵は、全員、上陸して圧倒的な米軍に斬り込み玉砕したそうだけど・・・が、敵機を引き付けてくれたので、女子挺身隊員が載せられた戦艦6隻は一隻も沈まなかったのね・・・これは奇跡よ。」

私達三人は英霊に感謝し、靖国神社の方向に向かい遥拝しました。何故か涙が止まりませんでした。

「陸海軍の兵隊さん、下士官の小父さん、将校の皆さん、本当にごめんなさい。皆さんは本当に強かったのですね。威張るだけが強さではないのですね。」

1704.「戦艦大和撫子」シリーズ パート2「神風の乙女」(75) 返信  引用 
名前:北原冴子    日付:11月4日(水) 19時28分
(75)玉砕

正月4日、里子さんの漕ぐ航空自転車に乗って父上は上京しました。これで、最後の「ゆっくりできた正月」は終わりました。それから一週間後、昭和18年1月11日、月曜日、新聞の一面には大きく連合艦隊主力が1月3日にサンフランシスコに強行突入した事と、女子挺身隊北米方面派遣隊の「転進」が大きく掲載されました。

「浩美、桜、あなた達が以前、訓練で「戦死」させた連合艦隊司令長官、山本五十六元帥の事だけれども、報道管制されている秘密の事項があるわ。」
「まあ、山本提督は、この度の「転進」の成功で元帥に昇進なさったの?」
「桜の能天気にも程があるわね。幾ら「転進」なんて言葉を飾っても、所詮、「退却」の言い換えよ。それで昇進なんて、ある訳ないでしょう。提督は、靖国神社に転進なされたのよ。連合艦隊旗艦、戦艦「武蔵」艦橋で作戦指揮中に、米国陸軍機の機関砲弾を浴びて壮烈な戦死を遂げられたわ。報道管制が敷かれ、発表されるのは・・・半月後かしら?」

私は和子のお供として何度か山本五十六提督に御目に掛かり声を掛けて戴いた事もあります。冗談の面白い楽しいおじ様でした。ポーカーの名手とか言う噂ですが、和子と勝負してスッテンテンになった事もあるそうです。当たり前の事ですが、甲種の巨大大和撫子とポーカーで勝てる訳がないのです。

「それだけではないわ。陸軍桑港(サンフランシスコ)守備隊司令官の牛島満元帥閣下と海軍桑港(サンフランシスコ)根拠地隊司令長官の南雲元帥閣下も、殿軍を引き受け、圧倒的に大群の米陸軍に包囲され、両元帥閣下とも自決なされたわ。来月には三元帥まとめて国葬よ。」
「和子、「殿軍」って女子挺身隊員ではなくて、あの非力な男達が戦ったの? 武器もろくに無いのに!」

「陸軍桑港防衛隊」などという御大層な名前が付いていても実態は、女子挺身隊員に奉仕する慰安所に過ぎませんでした。私も何度かサンフランシスコに出張した折に慰安所で遊んだ事があります。玄関では、参謀肩章とか勲章とかでキンキラキンな軍服を着た偉い将校さんが、板の間に頭を付けて御出迎えして呉れます。そして、私達の汚れた足を絹製の布で拭いて呉れるのです。そして、人工温泉(内地の名湯の成分が溶かし込んであるそうです。)にユックリ漬かり、湯を出て大理石の床に寝転びます。すると、数人の兵隊さんが「泡踊り」で身体を清めて呉れるのです。勿論、股間への御奉仕もあります。そして、身体を清めると御座敷でいろいろ楽しい遊びがあります。下士官の小父さんが三味線を披露してくれ、野球拳とかで楽しみます。「海軍桑港(サンフランシスコ)根拠地隊」の場合はお座敷ではなく洋風の応接室でピアノを聞きながら遊ぶのです。いずれにしても、陸軍や海軍の将兵の皆さんは、私達、巨大大和撫子を音楽や酒や身体で「慰める」のがお仕事で、米軍と闘う事など出来る訳も無いのです。

「そうよ。桜の言う通り。兵器は三八式歩兵銃と銃剣が数人に一丁だけあったけれど、弾は一丁に三発のみよ。他には、巨大大和撫子用手榴弾が人数分くらいあったようね。」
「そんなの無意味よ。巨大大和撫子用手榴弾って、30kgよね。こんな重い物を虚弱な男どもはどうやって使うの?」
「背中に担いで敵の戦車に飛び込むのよ!」

1703.朝陽縮小刑務所・33 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月4日(水) 9時4分


彼の方からは、芋虫老人と「腕相撲大会」のことを質問していた。実話だったようである。彼女は、望様が、第三位だということも覚えていた。笑っていた。
だが、芋虫老人の話題になると、彼女の美しい眉間に皺が寄っていた。ここだけの話にしてちょうだいと前置きをしてから、ある縮小刑務所が制度としてできる以前に、ある場所でホルス薬による拷問を受けた過去を語ってくれた。それ以来、いわば癖になってしまったようである。
高子様は、老人を「保護房」に入れたことがあると言った。脱走を計画したのだ。見事な計画で、中沢刑務官長が察知しなければ、成功されているところだったという。高齢のために心配したが、上司の命令では仕方ない。高子様は、しぶしぶ「保護房」に入れた。それなりに、心配して世話をしてやったそうだ。彼は驚くことに、あそこから生還した。無心な笑みが忘れられない。ぐっしょりと濡れていた。今、生まればかりの赤子のように見えた。自分が、生んでしまったようで、ぞっとした。
刑務官長の調査では、老人は、ホルス薬のいわば中毒者だということだった。身体的な副作用はないかもしれないが、精神に与える影響は、まだ未知数である。芋虫老人は、その快感が忘れられないために、若い女性に軽度の性犯罪を実行する。ホルス薬を浴びたいためだ。それから、縮小刑務所に帰ってくる。しかし、この生き方には、危険が伴う。女性という相手がいることだからだ。一歩、間違えば、死である。いわば、つるつると滑る、毒キノコの上に座っているようなものだ。いつ滑り落ちるかもしれないし、毒にやられるかもしれない。それでも、バランスを保って、その上に座り続けている。そのためには、胆が座っていなければならない。知力も必要だろう。高子様は、あの用意周到な脱走事件も、狂言だったと思っている。本気ではなかっただろう。彼女たちは、いわば老人に「はめられた」のだ。いいようにあしらわれていた。困っているのよ。そう話を結んだ。




やがて、ふと会話のとぎれる間があった。高子様は、彼の股間の、もうびんびんに隆起している逸物を、うっとりと見つめていた。美しい大きな目の下に、青い隈ができている。あたしの汚れを、きれいに身体から掃除して欲しいの。方法は、あなたに任せるわ。 
窓からは、夏の緑の上を渡ってきた風が、吹き込んでいた。たっぷりとマイナスイオンを含んでいることだろう。
午後の校庭からは、プールでは刑務官の号令で、受刑者が水練をしている声が聞こえてくる。しかし、小さくて遙か遠くの出来事のようだった。何と豪華な時間なのだろう。
あなた少し汗くさいわ。部屋についたシャワー・ルームに誘われていた。本来は1人用である。高子様の足の間に入るような形で、女体を流れ下ってきた水流を、頭から浴びていた。二人で汗を流した。ボディシャンプーを彼女の大きくて柔らかい手のひらで、泡立ててもらった。日頃の垢を、洗い流してもらった。伸び始めた頭髪も、シャンプーしてもらった。指先で頭皮をマッサージしてくれた。美女の秘書と隠れ里に、おしのびで避暑に来た、若社長のようだった。
バスタオルに、白い肌が水滴に光るようなトルソを包んでいた。布団の上に、長い素足を伸ばして寝ころんでいた。白い敷布は、洗い立てのきれいなものだった。彼はハンドタオルを、ロングタオルのように腰に巻いていた。さっくりとした肌触りは、裸の身体に快かった。高子様は、あまりにも、無防備な体勢だった。大きく股を開いていた。この豊かな起伏を持った肉の山脈を、どこから征服すべきか作戦を練っていた。
顔の脇に座り込んでいた。頭を下げて、高子様の厚い唇にキスしていった。そこは、熱い吐息をはあはあと吹きだしていた。呼吸が荒くなっていた。すでに感じているのだった。瞳は閉じられていた。男にフェラティオの欲望を起こさせるような淫らな形と色をしていた。人生には思わぬ転機が訪れるものだ。舌なめずりしていた。赤い舌が、大きな蛭のようにうごめいた。白い前歯が、清潔そうに光っていた。いいのよ。好きにして。言葉ではなくて全身で、そう語ってくれていた。乳房が、呼吸に連れて、上下に大きく波打っていた。誘われていた。有利雄は拒まなかった。据え膳喰わぬは、男の恥だった。美女の巨大な顔をまたいでいた。


1702.朝陽縮小刑務所・32 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月4日(水) 9時2分


警務官長の次に年上で、経験もそれなりにありそうな高子様は、特別に1人部屋としての使用を許されているようだった。意外な光景だった。古い農家の部屋が、そこにあったから。どこにでもある、若い女性の部屋を想像していたので、虚をつかれた。畳敷きの和室だった。壁は漆喰で、天井には年月のために黒光りする梁が通っていた。丸太を鉈で加工した古い時代の物である。部屋の中央には、囲炉裏まで切ってあった。天井から下がった自在鍵には、黒い鉄の魚が悠々と泳いでいる。驚いた彼の顔を、彼女は満足そうに見下ろしていた。朝陽村の無人となっていた農家から移築した者だという。いつかは、古民家に住みたかったという。 
さすがに真夏なので、囲炉裏には火が入っていない。盆地で山国の朝陽村は、九月も末になると朝晩が冷え込む。火がありがたいそうだ。秋からは、炬燵がかかせないという。この土地での生活の仕方について、こと細かく説明してくれた。冬の寒気は、厳しいようだった。あなたは、経験しないで済むと思うけど。謎めいた顔で予言されていた。そうだといいなと思っていた。
部屋についている簡単な台所で、真鍮の薬缶で湯を沸かしていた。しゅんしゅんという音がしていた。急須でお茶を煎れてくれた。しばらくの間、蒸らしていた。最後の茶の精髄である、美味い部分が、濃縮されている珠玉。そのしずくも、彼の茶碗にぽとぽとと注いでくれた。お茶菓子は、彼女が近くで自分で摘んできたという山菜のおしんこだった。これも、美味かった。
有利雄は、本当は珈琲に目がなかった。これもまた刑務所では、飲めない嗜好品だった。いきつけの喫茶店に行く夢を何度も見た。注文が来る前に、何らの理由で目を覚ましていた。だが、日本茶というのも、それはそれで悪くなかった。芳醇な緑の香が立ち上っていた。気持ちが落ち着いた。タンニンが小さな身体に、強く作用しているのだろう。上等な茶葉を、特別に郵送で取り寄せているということだった。生活の仕方に、こだわりがあるようだった。
彼の手にしている茶碗も、骨董の備前焼の酒のお猪口をさりげなく流用していた。鎌倉時代のものらしい。手から落とさないように注意していた。緊張していた。彼女の愛用している椀も、それなりに高価なものらしい。もしかすると、江戸時代よりも前のものかもしれないと解説していた。骨董が趣味だということだった。鰯漁で繁栄した時代の北海道の豪商の子孫らしい。古き良き時代の日本人の生活が、ここでは再現されていた。有利雄は、直接には体験した世代ではないが、懐かしさのあるライフスタイルだった。北棟の玄関の大きな壺も、自分が廃墟となった村の庭にあったものを移設してもらったのだと言っていた。お茶菓子は、桃色の美しい道成寺だった。餡の味を楽しんでいた。共感の持てる生き方だった。
スラブ糸の天竺木綿のチュニックを、素肌にふんわりと着ていた。美しく伸びやかな姿態だった。休日は、そのまま、うとうとと居眠りできるような格好で、部屋でごろごろしているの。そう言って笑っていた。長いこと話し込んでいた。刑務所に来る前の仕事や、家族のことを聴かれた。職務質問のようだった。主に、有利雄が答えていた。


1701.朝陽縮小刑務所・31 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月3日(火) 8時34分


彼女が、自分の部屋の掃除を、彼に任せてくれることになった。たとえ廊下や便所や風呂という共同の場所の清掃でも、評価が優秀な受刑者にしか許されない栄誉である。リカ様の怒りは、ここで目撃したのだった。1人で刑務官の東棟の宿舎に入っていった。何が起こるかわからない。緊張していた。
東棟も、小学校の教室であった時代の部屋割を北棟と同様に、そのままに残している。ただ七部屋ではなくて、一階に四部屋しかない。原則として二人で一部屋を使っていた。部屋の中間に厚手のカーテンを垂らすようにしてプライヴァシーを守っているようだ。玄関から中に入るだけで、女の園だとわかった。下駄箱の棚の上に、花が活けてあった。猫の人形が、ちょこんと乗ってい出迎えていた。厳粛な北棟とは空気が異なっていた。
最上階まで階段を上がっていた。他に刑務官の少女の姿はなかった。大きなドアに「タカゴンの部屋」という可愛い手作りの木のプレートがかかっていた。隣はヨウコ様の部屋である。外出中で不在だった。この階には、二人の部屋しかないようだった。プレートについては、下の階でも、みんなが思い思いに趣向を凝らしていることがわかる。
仕事は、受刑者には自由気ままに振る舞っているように見えても、実際には規則でがんじがらめにされている。刑務官という制服の中に、ぎゅうぎゅう詰めにされているようなものだ。見えない無形の圧迫感を払拭したいという願望を感じているのだろう。
タカゴンというのは、高子様の他の刑務官の間でのあだ名だった。他の少女達には、怪獣のように大きいという意味がこめられているような気がする。ノックをしていた。「失礼します。1126号、参りました」声を出していた。「は〜い」明るい声が答えていた。「ちょっと待っていて」中で、ごそごそという音がしていた。大きなドアがゆっくりと外側に開いた。彼の身長の三倍の空間に大きな美しい笑顔が、のそりとのぞいた。「入って良いわ」キリンと対話しているようだ。長い腕の下を潜っていた。空気には、若い女性の部屋らしいいい匂いがした。北棟の汗くささとは無縁だった。
紺色の吸湿性の良さそうな薄いチュニック一枚という普段着だった。下着をつけていないのは、すぐにわかった。最初はマリア様の好きな紐パンが、割れ目に食い込んでいるのかとも考えたが、そうでもないようだ。股間に陰毛の茂みがちらりと垂れていた。振り向いて歩き出した彼女の、長い素足の膝の後のくぼみの部分に、彼の顔の高さがあった。正座していたからだろうか?体重を乗せられたふくらはぎが赤くなって、しっとりと汗をかいていた。
ノーパンは珍しいことではない。咎められもしない。刑務官の少女は、東棟では軽装だった。みんな自由奔放である。責任と義務から解放されたいのだろう。トップレスや下着だけで、廊下を歩いていた。全裸のことさえあった。切らしてしまった夜用のナプキンを、隣の部屋に借りに行く生々しい会話を盗み聴きしたこともある。東棟では北棟とは異なる、少女達の日常生活が展覧されていた。


1700.朝陽縮小刑務所・30 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月3日(火) 8時33分


翌日になっても、風雨はおさまりを示さなかった。有利雄の班の運動の時間になった。彼女は倉庫の中から、ラグビーのプロテクターのたぐいを見つけてきた。体操服とブルマーの全身に装着していた。それを足がかり手がかりにして、順番に自分の身体を登らせた。「ボディ・クライミング」と呼ばせていた。肩まで来れば登頂成功である。床には体操用のマットが敷いてあった。しかし、高子様は木ではない。生きて動いてる人間である。どうも、くすぐったがりであるようだ。簡単に身動きした。振り落とされていた。ホルス人間には、5メートル以上の木からの墜落となる。打ち所が悪ければ、タダでは済まない。スリルがあった。洒落たことをすると思った。今までに、こんなことをしてくれた刑務官はいない。

怖じ気づく男もいた。芋虫老人は、最初から諦めていて見物を決め込んでいた。力自慢の有利雄は、落とされても何度も挑戦した。回数は制限されていなかった。彼女が、自腹を切って提供してくれると約束してくれた、賞品の和菓子が、楽しみであったこともある。それ以上に、負けたくなかった。膝小僧のプロテクターを足がかりにして、胸元に飛び移っていく。スリルを味わうのが、楽しい。たまらなかった。その間に、興奮した女性の肌から発散される、甘い匂いと体温に温められた空気を深呼吸できる。青いブルマーと体操服の白い胸の隆起が、山肌のように通り過ぎる。

ついに肩に盛り上がった固い岩のような筋肉を、両足で踏みしめて立ち上がっていた。普段は、見下ろされているばかりの刑務官達の身体を足の下にしているだけでも、快感があった。脱落する者が続出する中で、彼だけが女体山の登頂に成功していた。頂上を征服していた。高子様も、喜びのあまり思わず歓声を上げていた。できるとは思っていなかったのかもしれない。「ボディ・クライミング」の優勝者になっていた。芋虫老人が、黄色い口を大きく開いて笑っていた。それが、高子様との出会いのきっかけになっていった。




高子様が制服姿の時に、長い長い3メートルはある足の間を、走り抜けてやったことがある。予想外にびっくりされていた。「いやあねえ!」乗馬ズボンを履いているのに、妙に恥ずかしがられていた。ブルマーならば、自由にさわらせてくれるのに、大きな少女の恥じらいには、新鮮な感動があった。怒った顔も可愛い女だった。叱責はされなかった。許されるだろうと言う予想があった。自分の股間を細い目で見つめる目つきに、妙齢の女の秘めた欲望を感じていた。十代の少女ではない大人の女の色気があった。二十台の半ばには、達しているだろうと思えた。


1699.朝陽縮小刑務所・29 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月2日(月) 7時59分



体育館に残されていた運動器具も、たいていは大きすぎた。バスケットボールは、直径が90センチメートルもあった。器用な男が、玉乗りの芸を披露して、拍手喝采を浴びていた。運動の時間には、大玉転がしのように三人がかりで、校庭を一周させていた。400メートルのトラックは、3000メートルにも感じられた。有利雄は、校庭での運動の時間が好きだった。室内にいると閉塞感があるが、運動には開放感がある。野球やサッカーという球技ならば、申し分ない。高校時代、サッカー部のフォワードとして国体に出場したこともある彼は、いつでもヒーローだった。他の者が嫌うランニングも、汗を流すことそのものを素朴に楽しんだ。



もうひとつ、別な密かな楽しみ方があった。北棟の屋内では刑務官長の目もあって、お仕着せのカーキ色の刑務所の乗馬ズボンをきちんと着込んでいる刑務官達が、運動の時間にはそろって、体操服に紺色のブルマーという軽装になってくれたことである。中でも、ブルマーは、最近の日本国内では、ほとんど絶滅状態にあるものだった。この君津郡では、それがかろうじて生き残ってくれていた。巨大な300センチのヒップを、紺色のブルマーのぴちぴちの生地に、はち切れそうに包んでいる。その光景を、背後から見上げていると、すごい迫力があった。ピンク色の健康的な、彼の身長の一倍半はありそうな生足は、見応えがあった。



高子様は、朝礼の時には、中沢ヨウコ刑務官長の隣にいつも並んで立っていた。発育の良い体育会系の少女立ちの中でも、頭ひとつ分飛び抜けたのびやかな長身だった。長い黒髪の八頭身の美人だった。つねに目立ってはいた。学生時代は、バレーボールで鍛えていたらしい。ヨウコ刑務官長が、出張で不在の時には、代理として中心的な業務をこなしていた。刑務官も尊敬していることが、言葉の端々からわかった。受刑者のだれもが、影の実力者だと認めていた。芋虫老人も、次の朝陽村縮小刑務所の支配者は、彼女だと評価していた。所内を巡回している姿は、良く見かけた。目つきが鋭かった。
しかし、通常の作業や運動という時間には顔を出すということが、ほとんどなかった。刑務官長の片腕として、全体を統括する主に全体のマネージメントの仕事をしていたのである。事務系の仕事にまわされて、有利雄は、初めて気が付くことになった。高子様が、有利雄の視野にはっきりと入ってきたのは、すでに入所から、一ヶ月以上が経過した頃からだった。



時には、高子様は休んだ刑務官の代役として顔を出すこともあった。暴風雨が来ていた。朝陽村への山道が土砂崩れで、封鎖されてしまった。担当者が来られなくなってしまった。ヨウコ刑務官長も不在だった。予定ではプールでの運動の日だったが、激しい風雨のために使えない。体育館での運動になってしまったことがあった。それを期待していた受刑者の間に鬱積する父兄不満を、彼女は敏感に感じ取っていた。彼女は一計を案じた。体育館で、サッカーの班対抗試合を実行したのである。縦横三分の一サイズだから、面積九分の一でサッカーのコートが、室内でも作れるのだった。床は固くて滑ったが、それだけにみんな盛り上がっていた。嵐の猛威を忘れた。


1698.朝陽縮小刑務所・28 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月2日(月) 7時42分
刑務官達の中に、マリア様という少女がいた。特に小柄なことを気にしていた。4メートル35センチぐらいにしか見えなかったから、普段の背丈が忍ばれる。彼女は劣等感の裏返しなのか、その巨大さを誇示したがった。小柄な芋虫老人が、いつも狙われていた。
おじいちゃんと呼ばれて、おもちゃにされていたようだ。有利雄もやられた。素足の大きさを比べられた。彼の二倍以上はあった。手も重ねられた。手のひらの部分に、すっぽりと彼の手が置かれてしまう。満足そうに笑っていた。
童顔の大きな瞳に、びっくしたばかりような表情を、つねに浮かべていた。笑い声は明るいのに、悩みを抱えているように、どこかに暗い影があった。険のある顔たちだった。
まず、黒革の長靴を足から脱がすようにと求められた。彼には、150センチメートルはある代物である。重量も、片方で数十キログラムに達するだろう。マリア様は、木の椅子に座って、悠然と彼の苦闘を楽しまれていた。右足から始めた。人間の足は、足首で曲がっている。すぽんとは抜けなかった。ほらほら。がんばれ。ちび助と、手を叩かれていた。押したり引いたり、ねじったりを繰り返した。ようやく、がぼんと引き抜いた。足臭が、もわりと内部から吹きだしていた。むせていた。小さな足でも、66センチメートルはあることになる。右で要領を覚えた。左はやや容易になっていた。それでも、両足を済ませた時には、汗だくになっていた。
これで終わらない。今度は、乗馬ズボンの番だった。刑務官の命令には、絶対に服従である。できないと答えることは許されていない。不服従は、「保護房」への道だった。さすがに、バンドを外すのには、手を貸してくれた。乗馬ズボンは、考えているよりはゆったりと作られていた。それ自身の重量で、長い足を滑り落ちていた。パンティは、紐パンだった。簡単に脇でほどくことができた。
マリア様は、彼の頭上で、大開脚の体勢になられた。キスするようにと求められた。指であそこを開いている。だいぶ、待たされたからであろう。花芯は、濃厚な蜜を内股にどろりと垂れ流していた。陰毛が薄い。性器のピンク色の粘膜までが、覗いていた。彼は膝の内側に両手をついて、体重を支えていた。爪先立ちになっていた。舌を長く伸ばした。それでも、届かない。女の蒸れた性器の香が、もわりと降り注いだ。
ちびねえ。マリア様が、笑っていた。これでは、どうかしら。膝を曲げて、少し腰を下げられていた。和式トイレに座る体勢である。ようやく射程圏内に入っていた。このことそのものは、所内では、それほど異常な行為ではない。むしろ日常茶飯事である。受刑者達は、単純に「ご奉仕」と呼んでいた。彼も北棟の廊下で呼び止められては、実行していた。ほとんど、全刑務官の味を知っていた。「ご奉仕」の最中の光景を、横目で身ながら、邪魔しないように、静かに通り過ぎたことも何度もある。規則に厳格な刑務官長も黙認していた。彼女自身も、「ご奉仕」の愛好者だった。例外的だったのは、ここからだった。
下腹に力が入った。筋肉が緊張するのが口に伝わってきた。
まさかと思ったが、やられた。彼の口腔めがけて放水していた。お前が悪いのよ。こんなに待たせるから。もう我慢の限界だわ。ここで、用を足すことにする。飲みなさい。聖水の雨が温かく全身に降り注いだ。放水の圧力に押し倒されそうになるのを、足に力を入れて防いだ。それは、あまりにも惨めだ。顔と身体で受け止めていた。
お前は、力があるのね。不満そうな声だった。これならどう?下腹部がぶつかってきた。固い恥骨が、顔面を強打した。彼女としては、2メートル40センチのヒップを、ほんのわずか前方に尽きだしただけなのだろう。ぽん。軽く押しただけだ。それだけで、失神していた。ちびのくせに。笑い声を最後に聴いたような気がする。目が覚めた時には、冷たい雨に全身が濡れていた。マリア様の姿は、どこにもなかった。


1697.朝陽縮小刑務所・27 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月2日(月) 7時41分
受刑者達の生活の中心は、作業の時間に当てられている。技術家庭室で、携帯電話のプリント基板を何列にも並んで作成していた。有利雄は、小さな手の器用さが評価されていた。効率が良かった。優秀と評価されていた。次第に道具や資材を運んだりする役割についていた。ずっと座っている姿勢でいることが苦痛だったので、ありがたかった。便所にいくだけでも、刑務官の許可を得なければならないのが、ひどく窮屈だった。全体を統括する地位にまで、短期間で昇進していった。



図書室には、本が残されていたが、子供向きばかりで、彼等の手には、大きくて重すぎた。かび臭くもあった。使われることは、ほとんどなかった。ただ有利雄は、子供の頃に読んだ、江戸川乱歩の『怪人二十面相』のシリーズが、当時と同じ装丁で、ほとんど全巻揃っているのを発見して、驚喜していた。懐かしかった。順番に借り出して読んでいた。閲覧室の机に座っていると窓からは、朝陽村の山々の夏の万緑を一望にできた。無人の図書室にいると、その風景を独り占めにできる。青い風が吹き込んできた。豪華な気分を味わえた。



彼は、また図書室で、刑務官の高子様の知遇を得ることになる。読書好きの彼女も、勤務の休憩時間には、たびたびここを訪れていた。本来は受刑者は、直立不動の姿勢になって敬礼をしなければならない。高子は、それも省略して良いと言ってくれた。宇宙と交信しているように静かに、昔の絵本をそっと慈しむように開いていた。こう言うとき、所内の女性では珍しく、長いスカートを履いていた。短いとホルス人間の視点からは、足元から覗かれてしまう。警戒していたのだろう。女性らしい恥じらいを感じた。新鮮だった。美しく長い足を、その下で優雅に組んでいた。朝陽村縮小刑務所での勤務が、もう長い方らしい。中沢ヨウコ刑務官長が、別の縮小刑務所の所長に就任した暁には、彼女が時代の刑務官長になるらしいという噂も、芋虫老人経由で彼の耳には入っていた。



音楽室には、古いピアノが置き忘れられていた。黒く磨かれていたはずの表面には、皮膚病のような黴が生えていた。不気味だった。誰もいないのに、鳴り出すことがあった。彼もその音を聞いたことがあった。月の光の明るい深夜のことが多い。ベートーヴェンの「月光の曲」であったように思う。あまりにもぴったりな選曲だった。退屈な生活の中での刺激になった。刑務官の望様は、初めて聞いた夜には、おしっこをもらしそうになったと告白されていた。鍵盤には、鍵がかかっていた。その鍵は、失われていた。誰にも開けることはできない。それなのに弾かれている。ぞっとしたが、それだけのことだ。幽霊は、「保護房」の刑をしかけてくることはない。真に怖いのは、人間だった。こういう夜には、脱走を図る者がいるというが、行く先は「保護房」だった。あそここそは、霊魂が持っているはずのない、生臭い場所だったから。



刑務官達が使用すると、教室の子供用の椅子は、乗馬ズボンの大きな尻を乗せているのが、いかにも窮屈だった。それが、彼女たちの相対的な巨大感を、より強く印象づけるために、あえて用いられているのか、金がないためだけなのか。有利雄にも判断がつきかねていた。事務用の机ぐらいを買う金はあるだろう。ホルス薬の活用で、少なくとも男性専用の刑務所の経費は、30分の1になったのだと芋虫老人が説明してくれていた。


1696.朝陽縮小刑務所・26 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月1日(日) 9時45分


芋虫老人の話は続いた。ある日、消防訓練があった。刑務官は、全員を可及的速やかに校庭に避難させなければならない。サイレンが鳴っていた。望様は、老人のいる北棟の三階が担当だった。当時は、一斑が十人体制で五班を1人で担当していた。しかし、1人の受刑者が、朝から下痢だった。なかなか便所から出てこない。ようやく出てきた時には、もうかなり時間が経過していた。窓から校庭を見ると、他の班の受刑者達が、非常口からぞろぞろと飛び出している。彼女は、廊下を見回していた。ちょうど暖房用の大型のスチームを交換したところだった。それが入っていた横長の段ボール箱が、廊下に置いたままになっていた。かなり頑丈な代物だった。底ががっしりとしているか、自分の手のひらで叩いて確認していた。テープが貼られて補強してあった。
「みんな、これに入って!」

命令していた。自分でも一人一人をつまみ上げて箱に入れていた。合計で五十人の受刑者が入った。通勤電車の車内のような状態になっていた。その段ボールを両手で、ひょいと胸に抱き上げていた。そのまま、どたどたと階段を駆け下りていた。かろじてだが、所定の時間に間に合うように校庭についていた。
「まるで、空飛ぶ電車に乗っている気分じゃったよ」

老人は、話を終えた。みんなは、ぽかんと口を開いていた。鼻をぐすんと鳴らした。いくら三分の一の縮小人間だと言っても、彼等の平均体重は、二キログラムを越えている。五十人では百キログラム以上になる。大の男でも、気軽に持てる重量ではない。まして階段を駆け下りることはできるだろうか?縮小刑務所には、信じられぬような法螺話のたぐいがいくつも流布していた。これも、そんなものの一つかもしれない。しかし、楽しかった。有利雄は、一つだけ質問していた。
「それじゃ、望様も、ここが長いんですね」
「そうじゃ。彼女は若く見えるが、妻帯者じゃ。子どももいる」
さすがに事情通だった。さらりと答えてくれていた。
「へえ!!??」
みんなは、感嘆の声を上げていた。人は見かけによらぬものである。


1695.朝陽縮小刑務所・25 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月1日(日) 9時33分
235号という現在の朝陽村縮小刑務所では、もっとも古い番号を持つ老人がいた。異彩を放っていた。もう何回も、入所と出所を繰り返しているらしい。重度のヘビースモーカーだった。タバコの臭いをぷんぷんとさせていた。体毛がなかった。髭は生えず、まつげもない。歯は、ニコチンとタールで、黄色く染まっていた。しわくちゃの顔立ちである。皺の中に、目鼻が埋まっているようだった。しかし、その皺が、一本、一本、洗われたばかりのようにきれいだった。つるんとした剥いたばかりの卵のような、胎内から生まれたばかりの、子どものような桃色の肌をしていた。妙に身体が柔らかい。くねくねと動く。落ち着きがなかった。芋虫老人という名前で呼ばれていた。

若い頃は、学生運動の闘士をしていたらしい。その異相は、拷問のためだという噂もあった。外見よりも若いらしかった。面と向かうと、右翼がどうの、左翼がどうのという高度に政治的な議論をふっかけてくる。文字通りに、みんなから煙たがられている存在だった。いつもの軽薄な会話には、苦虫を噛み潰したような表情で、むっつりと押し黙っている。昔ならば、権力を誇示しない高徳の牢名主という存在だった。夏でも寒い、寒いと、古い布団をかけているところも、その連想を誘った。何かのアレルギー持ちのようだった。せき込んだり、鼻水をすすっていることが多い。その彼が、珍しく、今度の話題には口を開いた。

「そりゃ、一番が、高子様だな。二番目が刑務官長殿、その人。三番目は望様だろう」

みんな虚をつかれていた。一番目は、その目立つ体格で。二番目は、強い精神力で、信じることができた。容易に納得していた。しかし、望様は意外だった。おっとりとした表情の少女である。食べ物にしか目がないような所があった。いつも愛様とつるんでいる。
「間違いない!」
235号は、それが癖でぐすんと鼻を鳴らした。
「三番手は、望様なんですか?」

有利雄が訊ねていた。彼は、配給のタバコを譲ってやったことと、老人の深遠な政治的議論におとなしく耳を傾けてやっていることから、それなりに親しい関係になっていた。
「そうじゃとも」
老人が黄色い口を開いた。
「ある日、刑務官のおねえちゃんが、だ・・・」
みんなぎょっとして廊下を見た。芋虫老人以外に、そんな口をきける者はいない。巡回中の彼女たちの耳に入ったら、どえらいことになるからだ。廊下の見張り役に立っている男がうなずいていた。誰もないという意味だった。
「刑務官達が、「腕相撲大会」を実施したことがあるんじゃ。誰が、本当に強いか試してみたいということだった。余興ではなかった。刑務官長殿の発案だった。遣り手の彼女のことだ。遊びにみせかけて、日頃から体力を鍛えておくべきだという、教育的な意図が、密かにあったのだろう」

老人は少し間を置き、呼吸を整えていた。
「もちろん、全員が揃うことがないから、トーナメント方式で行った。望様が三位だった」
老人は、順位を暗唱していった。すごい記憶力だった。彼等が知らない名前もあった。アルバイトやボランティアだから、交替が激しいのだった。
「当時を知る者は、この中では、わしだけになってしまったなあ」
あつぼったいまぶたの下から、眼光鋭い小さな目が覗いていた。順々に、皆の顔を見つめていた。有利雄は、どきりとしていた。そうだ。この老人は、縮小刑務所という過酷な環境で長いこと、生き延びてきたのだ。ただ者であるはずはない。車座になって女の話をするとき男達の頭上には、ピンク色をした煩悩のなま暖かい雲がたなびく。それが、一瞬で吹き払われて、寒風が吹き込んだような感覚だった。
1人でいるときには、座禅を組んでいる。上半身を前後左右にゆらゆらと動かしている。水面に浮上しようとしている魚のようだった。ヨガのポーズなのだろうか。瞑想をしているようでもある。高僧のような威厳があった。心がここにはなくて、どこか遠い世界に跳んでいるというような、寂静そのもののたたずまいだった。そういうときの老人には、いたずらをしようとする受刑者もいなかった。有利雄は、またタバコをプレゼントしようと思っていた。おもしろい話が聞けそうだった。


1694.朝陽縮小刑務所・24 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:11月1日(日) 9時32分


刑務官の中で、誰が一番強いか?そんな話題になったことがある。受刑者の会話は、女と食い物と、そしてたわいのない話題で盛り上がるのだった。消灯前の束の間の自由時間のことだった。
有利雄は、リカ様の腕が瞬間に、思い浮かんでいた。ある日、グラウンドでランニングをしていた時に所定の回数を周り終えた彼のために、彼女が別のメニューを用意してくれたことがある。それは、彼女の腕に、どこまでぶらさがっていられるかというものだった。もし、今のところビリの芋虫老人がゴールするまで、捕まっていられたら、ご褒美を上げるという条件だった。有利雄は、挑戦されて引き下がることは大嫌いだった。快諾していた。
乗馬ズボンの片膝をついてしゃがみこんだ彼女の右腕に両手を回していた。肘を曲げて力瘤を作っている。丸太のようだった。30センチメートルぐらいの直径があるように感じられる。これならば、大丈夫だろうと思えた。リカ様が、すうっと立ち上がった。指に筋肉の堅さが感じられる。鋼鉄の筋を編み会わせたようだった。少しも揺るがない。安心していた。
ただ、思わぬところに伏兵がいた。リカ様は、上半身は刑務官の制服の白い半袖のシャツだった。彼の視点からは、その筒の中が正面に覗けた。脇の下の無駄毛は、きれいに処理されていた。おしゃれに気を遣う彼女は、炎天下なので汗の匂いを消す消臭スプレーをつけているのだろう。その甘い花の香が、ぷんと匂った。それは、彼女自身の成熟した女の汗の蜜の香と、暖まった体温によって絶妙にブレンドされていた。同時に、白いブラウスの高く突き出た紡錘形の胸が、きれいなピラミッド型のシルエットを、青い空にくっきりと際だたせて聳えていた。
リカ様の白い首から、尖った顎の先端までが、堂々とした大きな隆起の向こうに小さく見えている。グラウンドの受刑者達の方に鋭い視線をやっている。化粧映えする絵のような美貌だった。彼のことなど、見てもいないし、気にしてもいないのだろう。しかし、有利雄は、女の肉体のエロスを至近距離で強烈に体感させられていた。筒型の袖の下から見える、脇の下の柔らかい影に浸された洞窟のくぼみの向こうには、さらに乳房の上半球の滑らかな斜面を、かすかに望見することができた。それが、白いブラウスの生地を内側から高く盛り上げているのだった。乗馬ズボンのウエストを、黒いベルトできつく引き締めている。それが、上半身のバストの爆発するような量感を強めていた。
腕の丸太に捕まりながら、彼の男性としての器官が、むくりむくりと反応していった。このままでは、彼女に気が付かれてしまう。向きを変えようと思った。手を離して回転しようとした時に、汗で指が滑った。彼は、砂地のグラウンドに尻から落下していた。黒いブーツの甲の上に滑っていた。慌てて立ち上がろうとした。つま先につまずいて転んでいた。リカ様には、しっかりと見られていた。
「あそこが、重くなりすぎたのかしら?1126号くん」
白面の美女に、にこやかに笑われていた。
気が付かれていたのである。あの時の上腕二頭筋の鋼鉄の感触が、指に蘇っていた。リカ様は、テニス部の部長を学生時代は務めていたことがあるそうだ。パワーテニスの、力でひた押しに押していく時代だったはずだ。ラケットの素振りで鍛えた実用的な筋肉だった。しかし、刑務官全体の順位と言うことでは、どうやら上位ではなかったのだ。


1693.「戦艦大和撫子」シリーズ パート2「神風の乙女」(74) 返信  引用 
名前:北原冴子    日付:10月30日(金) 19時9分
(74)大命降下

暫く後、父上と里子さん、そして私は居間で向き合っていました。父は、羽織袴の正装で威儀を正されました。そうすると、父上の小さな御身体も大きく見えます。

「父上、和子が言っていましたが、殿様が帝国宰相、そして父上が次期軍需大臣というのは本当ですか?」
「浩美、和子様のおっしゃるとおりだ。帝都の殿様(濃美忠清子爵閣下のこと)御自らから、電話を戴いた。殿様は先刻、参内され、恐れ多くも陛下から「濃美、やって呉れるか? 近衛(文麿)も、陸軍の東條(英機)も、海軍の嶋田(繁太郎)も、総力戦には自信が無いと申しておる。重心になかで軍需や民需の産業に詳しい者は濃美しかおらぬ。頼む、濃美、もうお前しかおらぬ。」との御言葉を戴いたとの事。これでは、臣下としては断れまい。たとえ、先が地獄だと判っていても、大命を奉ずるしかあるまい。」
「父上、何を溜息を付いておられるのですか? 我が錦山藩五万石は、遂に朝敵の汚名を晴らしたのです。素晴らしい名誉ではありませんか?」
「浩美、これが平時であればこれ程の名誉はない。藩祖、濃美忠実公もお喜びであろう。しかし、今は違う。残念ながら我が帝国は負ける。」
「まさか! 父上、和子もそのような事を言っていたけれど、有り得ないわ! 我が大日本帝国は神国で、恐れ多くも天皇陛下は現人神であらされるのよ。米英ごときに負ける訳が・・・。」
「浩美、その現人神が、「このままでは、負ける。帝国は滅びる。靖国神社も伊勢神宮も米国の爆撃で炎上する・・・・三種の神器も・・・・これでは、皇祖皇宗に申し訳が立たぬ。」と死ぬほど苦悩なされているのだよ。」
「御言葉を返すようですが、父上、我が帝国には、私達、巨大大和撫子がおります。陸海軍の軍人さんは、弾や爆弾が無ければ戦えません・・・ですから、工業力や資源で劣る我が国は不利です。ですが、私達、巨大大和撫子は、武器や弾薬が無くても、戦えます。それに、私達には大和魂があります!」
「だが、流石の巨大大和撫子でも、腹が減っては戦はできまい。戦地では浩美も随分と苦労したようだが、それでもまだ御客様扱いだったそうだよ。里子から前線の状況を聞いたが・・・里子は、「第一次特殊潜行隊」の一員だったのだ。」

里子さんが、特殊潜行隊の状況を説明して下さいました。第一次に降下した特殊潜行隊員100名のうち、半年後に友軍の前線に辿り着いた者は、僅か3名だったそうです。残りは全員、玉砕を遂げたのです。

「浩美お嬢様、玉砕というのは美辞麗句、実際は大部分、餓死でございましょう。米軍の対巨大女兵器にやられて脚を負傷し、夜だけ這って逃げ昼間は地面に潜って隠れ・・・その体力が尽きて餓死するのです。」

里子さんの目から涙が零れました。よほど辛かったのでしょう。

「今はまだ太平洋の制海権は我が軍が保持している。それでさえ、輸送船の不足で豪州やニュージーランドからの食糧、つまり俘虜達・・・の輸送が滞っている。これで、米軍の潜水艦が太平洋で跳梁しはじめたら・・・大変な事になる。」

やはり、私達、巨大大和撫子は無敵ではないのでしょうか?

1692.朝陽縮小刑務所・23 返信  引用 
名前:笛地静恵    日付:10月30日(金) 8時38分


電気とガスと水道というライフラインは、確保されていた。電気は、廃村でもかろうじて生きていた。山頂に高圧電流の送電用の鉄塔の列が建っていた。そこから、引いているようだった。ガスはプロパンだった。食料の搬入の際に、ボンベの交換に来る業者が同行していた。水道は、豊富な井戸水を使用していた。地下水は、夏でも冷たくて美味かった。風呂場も共同だった。これは一週間に三回しか入れない。風呂が、好きな有利雄は辛かった。汗の流れる暑い日には、毎日でも入りたかった。プールについているシャワー室の一部を改造したものだった。
だから、夏の間の運動で、もっとも人気があったのは、何と言ってもプールである。風呂の代用品になった。盆地の朝陽村は、ひどく熱かったからだ。山脈の麓にある。フェーン現象と言うヤツで、最高気温が、人間の平熱を超える日もあった。こういうときには、全裸という制服がありがたくもある。ただし、戸外の運動で、小さな人間は体内の水分が簡単に失われる。熱中症になりやすかった。素肌が日焼けするのを防ぐ必要があった。薄い肌は、紫外線にも弱い。体育館がある。そこでの課目に限定されていた。例外がプールだった。
山里の小学校には、不似合いな豪華なものがついていた。朝陽村小学校の卒業生から、オリンピック出場者が出た。その人の寄付もあって、25メートルプールができたそうだ。原則として、山の湧き水を使用している。水温は最初は冷たいが、太陽の光に温められている内に快適な温度となった。
水泳は、ホルス人間にも特に器具を使わなくてもできるスポーツだった。自分の小ささを痛感させられなくてすむ。刑務官の少女達も特に指定はないようで、自分で気に入りの水着の着用が許可されていた。愛様と望様は、今年の新柄のウルトラビキニの大胆な水着をそろって着ていた。彼女たちも、この時間を素朴に楽しめた。校庭の運動のように監視もいらない。ただ泳がせて、遊ばせておけばいいのだ。
女子用の更衣室はあるが、秋から春の期間、使用されていない。どうしても空気が、かび臭かった。少女達は、プールサイドでヌードになって遠慮なくビキニに着替えをした。その方が、開放感があるからだ。ホルス人間達は、小さく固まって遠くから望見していた。大胆な女子生徒の着替えに、恐れをなしていた小学校の男子生徒の気分だった。
水深は、浅いところでも90センチメートルはあった。刑務官の少女達には、ビキニのボトムのウエストラインぐらいまでしか来ないが、受刑者の60センチメートルの一倍半はある。泳げない者は、浮き輪やビート板の使用が、許可されていた。一番深いところで、1メートル20センチだった。望様は、豪快なクロールでイルカのように波を切り裂いていった。愛様は、背泳ぎが好みのようだった。

受刑者には、彼女たちの健康美に輝くような肉体を、横目で鑑賞できるという喜びもあった。望様の鯨のような波を立てて、雄大に泳ぐ巨大な肉体は、海の泡から誕生したばかりの女神ビーナスのように美しかった。プールサイドに立っている愛様のビキニの肉体は、盆地の抜けるような青空に聳えていた。中天の太陽の作る高いビキニのトップの胸の影が、黒く腹部に落ちていた。
彼等の役目は、ただ見ているだけではなかった。全身に日焼け止めのローションを隈無く塗らされていた。日焼けのラインがつくことを嫌って、愛様はビキニのトップを脱いでトップレスになっていた。美しい峰が拝めた。目の保養になった。プールの時間が、みんなに人気があって当然だった。運動が嫌いな芋虫老人でさえ、愛様の両の太ももに犬かきで戯れていた。足の周囲に八の字を描いていた。



学校は、もともと普通サイズの人間としても、小柄な子供達が生活していた場所だといっても、さすがに三分の一にまで縮小された有利雄達の目には、すべてが大きすぎるものばかりだった。小学一年生でも、こんなに小さな人間はいない。大は、小を兼ねるというのは、どうも当てはまらないようだ。教室も廊下も、あまりにも広大な空間だった。天井の高さが落ち着かない気分にさせた。ただ窓を開け放していると、山の風が通り過ぎてくれるのが、涼しさを若干だが増していた。
小学生には、丁度良い高さの椅子も、彼等には板の高さが、ちょうど目線の位置に来てしまう。椅子は、よじのぼらなければならなかった。その小屋のような机と椅子を、刑務官達は重ねて簡単に運搬していた。彼我の体格と体力の差に、うんざりする時だった。


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