そのころは(昭和34年ころ)キャバレー全盛じだいでダンサーが100人はいたとおもう 本町にあった大阪舞踏会館での競技会を見に行っての帰りに数組のカップルで行ったものだ 夕方の開場すぐに入るとホール入口の両側にダンサーがずらり並んでの出迎えだった もちろんホールは貸しきり状態で並みいるダンサーにはめもくれず自分たちだけであばれまくった 中央の回り舞台の外周部分は2〜3センチの隙間があって気をつけないと踏み込むきけんがあった 8時過ぎれば大人の時間たいになり数回のショウタイムがあって華やかなフロアショーがはじまった 我々はそれを合図のようにたいさんしたが
ああなつかしいなあ あのホール あの時代 70過ぎたおじん
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