ありがとうございます。 というか、どう思ったらいいのか…
仕事が今まで続いたのは、けっきょく気持ちが死ぬほうへいかなかっただけ、ということではないかと。
何をひねたこと言ってんだ、というのはなしですよ。常識人にはソラリゼーションキックですよ(?)。 生きるにしても死ぬにしても、どっちつかずでふらふらしてんのは 一番よくないことでしょうから。 自分としては、学校の理科の授業で、 天秤ばかりを片づけるとき、がたつかないように皿を一方に載せておく、 ということに感動したクチです。あ〜、グラグラさせちゃいけないんだ、と。
つまり、自分は決して優しいんじゃなく、ただだらしがないだけです。ほんとの優しさは、厳しさの中にあるはずです。 厳しさとは、もちろんやみくもに厳しいのではなく、 後々の成り行きまで考慮に入れた導きのことです。
ただ漠然と、「×にたい」と考えてる奴に、「生きる」という重責が務まるはずないんです。 ましてや、そんな奴が仕事場にいたら、その中途半端さがとっっっっても迷惑なんです。 何ごとも中途半端にしたら、その後始末は周りの人が被ることは見えてますから。 ほんとに仕事が続いたのが不思議です。 こんなこと、改めて自分が記すことじゃないですよね、もちろん。
こんなゆがんだ形を持った、自分の“生きる意志”はやっぱり不完全なんでしょうね。 ぐだぐだとすみません。早く死に方決めなきゃ。自分のくだらなさに泣けてくるよ…。
来週9日〜14日は、福岡県(旧)山田市〜耶馬溪〜別府あたりを散歩する予定です。もし近くの方いらっしゃいましたら、よろしゅう…(何を?)
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