安来鋼の秘話 第二次大戦中、潜水艦でドイツから伝えられたメッサーシュミット という戦闘機のジェットエンジンの開発の話があります。ネ-20と かいうそうで、海軍航空技術廠で開発されたのですが、これが国産初 のジェットエンジンとなります。このときの開発のネックとなったのが、推力軸受用座金の焼付きだったそうです。この座金(プロペラリング)の開発には、日本国内の有力数社で開発したのですが、安来のものが最も良い成績を上げたのです。しかし、今から言うとエンジン設計 に無理があり、連続運転時間が短かったことから特攻機「橘花」に搭載されました。その頃の安来工場は未然の拡張がなされ、日立製作所の内部でも日立工場に継ぐ規模まで拡張され様々な軍需品を生産していました。女子学生が旋盤を操っている写真が残っています。昭和20年にはいり、日本軍は一発逆転を狙い「橘花」量産計画がはじまります。でも秦野にプロペラリングはなかなか届かない。丁度間に合ったのが昭和20年6月ごろだったということです。それを組み込んだ「橘花」の一号機は国産初の飛行に成功したのですが二号機は飛行中に爆破し、終戦を迎えむなしく計画は終わったのです。
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