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6003.ロレックス スーパーコピー 口コミ fx 返信  引用 
名前:ロレックス スーパーコピー 口コミ fx    日付:2020/2/16(日) 4:21
ブランドコピー品激安通販店弊社スーパーコピー時計激安通販偽物販売ショップ!メンズ時計専門店をご覧頂き誠にありがとうございます。豊富な品数を備えているほか、スーパーコピーの最新入荷を追い求めその最新作品のコピー品を提供する一方スーパーコピー品の供給を保証することができます。超人気高級ウブロ・ロレックス・オメガ・フランクミュラー・カルティエ等提供してあげます!ブランド時計専門店はお客様がご安心に購入いただけるように最高ランクの『スーパーコピー』N級品のみを扱っており、取扱い販売をさせていただいております。海外スーパーコピーのスーパーコピー バッグ、アクセサリースーパーコピー時計、貴金属の(リサイクル品)のスーパーコピー販売・買取 ホームページ上でのご注文は24時間受け付けておりますロレックス スーパーコピー 口コミ fx https://www.ginza78.com/
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6002.浮世絵展 福岡市美術館 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2020/2/15(土) 12:46
福岡市美術館で浮世絵展を楽しんできました。歌麿、写楽、北斎、広重、国芳の5人の名画がたくさん展示されています。それぞれの作者の一部ずつはかつて見たことがありますが今回は各人の名画がたくさん展示されています。歌麿の美人画、写楽のデフォルメされた役者絵、北斎の富士山、広重の53次、国芳の不思議な絵を堪能しました。私は北斎の構図の良さ、広重の鮮やかな色彩とバランスの良さが気に入りました。特にゴッホが模写したという広重の絵はやはりいいですねー。3月22日までとか。

6001.城山へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2020/2/8(土) 17:11
本日8日、基山の影の協力者Kさんと鳥栖市城山へ。鉄塔跡地のサクラツツジは花芽をたくさんつけています。花期が楽しみです。あとはシダに埋もれかかっていたサクラツツジの周囲の樹やシダを刈り取り作業をしました。

6000.台湾へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2020/1/20(月) 23:12
台湾小紀行、一応里帰り、その4


 いよいよ最終日の11日。最大の名所、故宮博物院へ。予想に反して写真撮影は構わないというので喜んでいたのはいいが今回のツアーではスマホだけしか持って行ってない。スマホが不慣れな私の撮影ではぶれたり人が邪魔したりと満足なものはない。やっぱり一眼レフにすればよかったと思っても後の祭り。撮影禁止と書かれていたスケジュール表をくやんでもどうしようもない。青銅器、屏風、翡翠やダイヤなどの宝石が無限に並んでいるがその芸術的価値は全く理解できない私にはガイドの徐さんが「何でも鑑定団」ふうに言われた金額でしか理解できない。それでも400億円などすごい金額に驚くが究極の「神品」といわれる「翠玉白菜」は緑に白に緑の混ざった翡翠の彫刻などはとても値段はつけられないという。もう一つの目玉展示物の「肉形石」は残念だが展示されていなかった。ゆっくり3時間ほど鑑賞時間があって大いに楽しめたがそれでも駆け足の鑑賞だった。集合時間前10分前になったときもう一度戻って「翠玉白菜」を拝んで故宮博物院を後にした。再び台湾を訪れることがあれば肉形石も見たいし1日かけでも故宮博物院の宝物を鑑賞したいものだ。
 台湾最後の食事を済ませてお買い物、何を買っていいのかわからないが徐さんの進めるデンブや店員さんに勧められたパリパリジャーキーは帰って生野菜のサラダ上に混ぜて食べると予想外においしかった。貧乏夫婦にとっては旅行の土産物に10万円を超える買い物
は初めての贅沢。明日からかゆでもすすって節約しないといけないなーと思う。
13時半に桃園空港に着く。徐さんは急いで選挙に駆け付けるという、何故なら台湾では不在者投票制度がなく締め切りは4時とのこと。徐さんは日本に帰ったらテレビで台湾の総選挙の結果を見てくださいと言って別れた。また徐さんは前日のバスの中で今回の選挙は国民党と民進党という構図より中国人と台湾人の戦いですと言っていたし香港の二の舞にはなりたくないとも控えめだが強く言い切った。結果は民進党蔡英文さんの圧倒的大勝利を我が家のテレビで確認した。おわり。

5999.台湾へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2020/1/20(月) 17:54
台湾小紀行、一応里帰り、その3


 3日目は台中市内の彩虹眷村という壁画の書かれた住居を訪れた。日本語では虹の村と呼ばれていて再開発で取り壊しの予定だった軍人用住居に住人の一人が鮮やかな絵を描き続けていたのが評判になりここだけは取り壊されずに残り、現在は隣接して公園やトイレも設置された台中市内の観光名所となったというのだ。作者は健在で幸いにもこの日は90歳を過ぎたその老画家にお会いできた。ややピカソの絵に似た鮮やかな壁画でこの壁画のおかげで再開発を免れたというのだ。私はこのことを聞いて桧原桜のことを思い出した。一片の短歌が伐採予定の桜を再開発から守った福岡の話だ。老画家や短歌の作者の情熱にも驚くが開発を変更して壁画を残した台中市の幹部と桜を残した福岡市の進籐市長が何やら重なって思えた。やはり芸術の力はすごいんだなーと思う。
 移動して日月潭へ向かう。途中、埔里という街を通る。私の母が両親(私の祖父母)や家族(叔父、叔母)がかつて住んでいたという街だ。ここから南西24キロの霧社という蛮人(タイヤル族)の住む地域に警察官として赴任した祖父が転勤して住んだのが埔里と聞いていた。祖父母家族が霧社事件という原住民の抗日蜂起事件が起こる直前に転勤で難を免れたが祖父の同僚や現地に住む家族の多くが殺された事件だ。この事件は霧社事件とよばれ事件を扱って世界的にヒットした「セデック・バレ」という映画を観られた人もいるかもしれない。福岡ではKBC会館で上映され私も鑑賞した。その事件の討伐軍に同行して現地に戻った祖父は決して討伐の話はしなかったそうだ。祖父の存命中に少しでも聞いておけばよかったなーと今にして思う。祖母はその事件ことをテープに残している。
 台湾有数のリゾート地、日月潭は標高764mの高地にありかつて日(太陽)湖と月湖が合体してできた台湾一の美しい湖でその一端に文武廟がある。台北へバスで移動、今日も300キロを超える移動距離だ。台北に戻ると忠烈祠の衛兵交代式を見学、ちょうど30分の交代式はきびきびとした動作、無言のうちに靴音と銃剣の音が響く厳粛な儀式だったしこの衛兵は身長180センチほどもあり台湾女性のあこがれの的という。台湾の徴兵制は以前は3年だが今は1年で夏休みなどの間に短期訓練が加算されるというがいまいよくわからなかった。次にお茶セミナーへ、ここは結局免税店でずらりと並んで待機した店員さんがそれぞれ分担してツアー客にくっついて離れてくれず買い物下手な我々夫婦には荷が重い。ガイドの徐さんに勧められていたプーアール茶、アップルマンゴーのドライフルーツ、パイナップルケーキで何とか店員さんの攻撃をかわした。
 いよいよ台湾最後の夜。509mの台北101ビルからの夜景を楽しむ。世界一のスピードを誇る(2015現在)エレベーターで89階の屋内展望台、91階の屋外展望台から台北の夜景を楽しんで9時過ぎにホテルに到着、今日も風呂を浴びるといつの間にか熟睡して台湾の最後の夜は終わってしまった。

5998.台湾へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2020/1/16(木) 23:40
台湾小紀行、一応里帰りその2


 2日目は台湾新幹線で一路南下して最南端の高雄へ。この新幹線はフランスが受注して工事を進めていたらしいがトラブルが多く契約を途中で破棄して途中から日本のJRに発注したという。したがって日本の新幹線に乗っている気分だが日本の新幹線より座席の間が広く足の長い私がトランクを足元においても十分余裕がある。電光掲示場も次の駅に近づくと案内表示されるだけ、たえずニュースが流れる日本の新幹線よりおとなしい。沿線の風景は次第にヤシに似た檳榔樹が見られる南国の雰囲気になり1時間半で終点高雄着。外は台北よりかなり暑い。
 バスで蓮池潭へ、広い蓮池のほとりに竜虎の像があり竜の口から入り虎の口に出るとお金がたまるという塔を抜ける。滞在わずかで台南の赤嵌楼へ移動。ここはオランダ人が身を守るために作った城跡で今も発掘中だった。またバスに乗る。今日は台北(新幹線)高雄(バス)台南(バス)台中と大移動、バスだけでも380キロ走るというので各地の滞在時間は短い。夕方、ふるさと台中に到着。立派なホテルで我々夫婦の部屋はダブルベッドが2セット、シングルベッドが1セット、ソファーベッドが一つ、それにキッチン付きの大きな部屋だった。夕食を終わらせ逢甲夜市散策に出かける。この屋台村は逢甲大学の学生さん相手に安くておいしいハーストフードを提供し始めたのが起源という。なんだか京都の湯豆腐が貧乏な学生のために始まったのとよく似ている。ガイドの徐さんに連れられて雑踏を歩く。徐さんはおすすめのタピオカの屋台とこしょう餅の店に連れて行ってくれた。いずれも食べてみるが夕食はすでに終わっていたのでもうお腹には何にも入らないし徐さんから離れるとホテルに帰れないのでみんなは金魚の糞のように徐さんついて回る。結局、屋台街の散策後半は各自で自由散策してもいいとのことだったが最後まで徐さんに連れて歩いてもらった。
 その後台中駅(旧駅舎)に行く。台中駅も東京駅の設計者、辰野金吾が設計者なので雰囲気がよく似ている。そんなことより父母と兄、私がここから旅立って日本に帰った駅なのだ。私は何にも覚えていないが若い夫婦が子供二人を連れてまだ落ち着き先も決まっていない不安な旅立ちだったはずだ。ガイドの徐さんに私の家族は台中市の木ノ下町(日本名の住所、今はこの地名はもちろん使われていない)に住んでいたというとそれならこの駅の付近のはずですよと教えてくれた。32歳の若い父と28歳の若い母が苦労して建てた家があったのがこの付近だったという。土地65坪、家35坪の小さな家はどうなっているだろうか。そんなことを考えながら立ち去りがたく駅前広場にぼーっとたたずんでいた。当時5歳だった兄はこの地を再び訪れてかつての旧居を確認したといっていた。広いと思っていた家の前の道が実際は狭い路地だったと言っていたがこの兄もすでに2年前に他界したので確認しようがない台湾小紀行、一応里帰りその2


 2日目は台湾新幹線で一路南下して最南端の高雄へ。この新幹線はフランスが受注して工事を進めていたらしいがトラブルが多く契約を途中で破棄して途中から日本のJRに発注したという。したがって日本の新幹線に乗っている気分だが日本の新幹線より座席の間が広く足の長い私がトランクを足元においても十分余裕がある。電光掲示場も次の駅に近づくと案内表示されるだけ、たえずニュースが流れる日本の新幹線よりおとなしい。沿線の風景は次第にヤシに似た檳榔樹が見られる南国の雰囲気になり1時間半で終点高雄着。外は台北よりかなり暑い。
 バスで蓮池潭へ、広い蓮池のほとりに竜虎の像があり竜の口から入り虎の口に出るとお金がたまるという塔を抜ける。滞在わずかで台南の赤嵌楼へ移動。ここはオランダ人が身を守るために作った城跡で今も発掘中だった。またバスに乗る。今日は台北(新幹線)高雄(バス)台南(バス)台中と大移動、バスだけでも380キロ走るというので各地の滞在時間は短い。夕方、ふるさと台中に到着。立派なホテルで我々夫婦の部屋はダブルベッドが2セット、シングルベッドが1セット、ソファーベッドが一つ、それにキッチン付きの大きな部屋だった。夕食を終わらせ逢甲夜市散策に出かける。この屋台村は逢甲大学の学生さん相手に安くておいしいハーストフードを提供し始めたのが起源という。なんだか京都の湯豆腐が貧乏な学生のために始まったのとよく似ている。ガイドの徐さんに連れられて雑踏を歩く。徐さんはおすすめのタピオカの屋台とこしょう餅の店に連れて行ってくれた。いずれも食べてみるが夕食はすでに終わっていたのでもうお腹には何にも入らないし徐さんから離れるとホテルに帰れないのでみんなは金魚の糞のように徐さんついて回る。結局、屋台街の散策後半は各自で自由散策してもいいとのことだったが最後まで徐さんに連れて歩いてもらった。
 その後台中駅(旧駅舎)に行く。台中駅も東京駅の設計者、辰野金吾が設計者なので雰囲気がよく似ている。そんなことより父母と兄、私がここから旅立って日本に帰った駅なのだ。私は何にも覚えていないが若い夫婦が子供二人を連れてまだ落ち着き先も決まっていない不安な旅立ちだったはずだ。ガイドの徐さんに私の家族は台中市の木ノ下町(日本名の住所、今はこの地名はもちろん使われていない)に住んでいたというとそれならこの駅の付近のはずですよと教えてくれた。32歳の若い父と28歳の若い母が苦労して建てた家があったのがこの付近だったという。土地65坪、家35坪の小さな家はどうなっているだろうか。そんなことを考えながら立ち去りがたく駅前広場にぼーっとたたずんでいた。当時5歳だった兄はこの地を再び訪れてかつての旧居を確認したといっていた。広いと思っていた家の前の道が実際は狭い路地だったと言っていたがこの兄もすでに2年前に他界したので確認しようがない

5997.台湾へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2020/1/15(水) 0:8
台湾小紀行、一応里帰り


 私は台湾台中市に生まれた。終戦によって昭和21年4月にすでに日本国ではない台湾から現在の日本の地、九州に着いた。父は32歳、母28歳、兄5歳と私が2歳の時である。2歳の私には当然台湾の記憶は全くない。父母にとっては子供時代、青春時代、新婚時代を過ごした地であり、当然私はかの地の地名、特に台中、彰化、草屯、霧社、埔里、日月潭などはよく耳にしていたし戦前の日本人に似た習俗、安くておいしい屋台の朝食の話、父母の台湾人の教え子たちの名前(台湾人の裕福で優秀な子供たちが日本人学校に一割ほどいたという)がよく両親の話題になっていた覚えている。そればかりか毎年達筆の年賀状が台湾の教え子からたくさん届いていた。昨年3月に101歳まで長命した母のもとに教え子の93歳の女性から年賀状が届いたのは昨年の正月だった。叔父、叔母(父母ともに年長のため伯父,伯母はいない)の話も楽しかった青春時代を過ごした台湾のことだった。そんな家庭環境の中で育った私にはいつかは行きたいと思っていた台湾。叔父、母の死によって介護の手間がなくなりそろそろ生まれ故郷に里帰りを願っていたのを妻に話すと妻も喜んでくれ,具体的に計画しようとした昨年12月初旬に台湾縦断のツアーの案内がありとにかく里帰りのつもりでツアーに申し込んだ。
 ツアー嫌いの私だが英語ならまだしも全く理解できない中国語の国なのでここは旅行社のツアーに頼るほかない。そんな3泊4日の台湾縦断の旅、ではなく旅行に夫婦で参加した。(自由度の高いのが旅、目的地も日程も厳格に決まっているのが旅行と独断で決めている。)
 朝9時前、福岡発のピーチ航空の直行便が台北桃園空港に着いたの8日のお昼頃、1時間遅れの時差だ。入国審査は待ち時間もほとんどなくゲートを出ると現地ガイドの徐啓祥さんの出迎えを受け、昼食用の400元を受け取りサブウエイのサンドイッチを頬張る。福岡からの参加者は23人、ゆったりと大型バスで最初の目的地中正記念堂へ。ここは台湾三大名所といわれ初代総統蒋介石の巨大な顕彰施設。ガイドの徐さんは60歳の小柄な男性でとにかく歴史に詳しく台湾の歴史だけでなく中国やわれわれ日本人もよく知らない日本の歴史までを含む名解説に一同感激する。次に十份という山間の集落の線路の上で1メートルほどの小型バルーンに似た天燈に願い事を書き込んで中に火をつけ浮力のついた天燈飛ばしを楽しむ。続いて九份へ。ここは宮崎駿監督の千と千尋の神隠しの舞台の地だという。遠くにキールン港を望みランタンの飾られた坂道の路地には果物、ジュース、スイーツなどの小店が続き若者たちがスマホで自撮りしながらあふれている。ここのレストランで夕食、もちろん中華料理。夜10時前に桃園のホテルに着き台湾第一目が終わった。朝が早かった(4時半起床)のですぐに寝てしまって台湾最初の夜のことは何にも覚えていない。妻も同じことを言う。

5996.基山へ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2020/1/2(木) 17:15
今年の初登山は2日、基山でした。晴天でしたがやや霞んでいました。
遅ればせながら「あけましておめでとうございまーーす。」

5995.日本山岳会の年次晩餐会出席と東京一人旅 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/12/22(日) 10:41
日本山岳会年次晩餐会出席と東京見物一人旅、その3


 今日は東京最終日、16時50分の成田発の飛行機に乗るには遅くとも14時頃には新宿、東京、上野などから空港に向かわねばならない。泊まっているホテルの隣にあるワシントンホテルからリムジンバスが出ているが列車より時間がかかるので列車優先で考えていた。とにかく朝ホテルを出て地下鉄大江戸線で六本木を目指す。六本木は地上まで何度も何度もエスカレータを乗り換え最後は二つの階段を歩いて登らねばならない。先を歩いていた老婦人がトランクと大きなバッグを持って苦労して歩いていたので声をかけようとしたら横から30歳前後の女性がさっとトランクと持ってあげ、先を越された。地上に出ると六本木交差点でここは50年ほど前に来たことがありわずかに記憶に残っていたが目指す六本木ヒルズへは左に200mほど進むと見上げても全容がわからないようなビルが初めて見る六本木ヒルズだった。1階でうろうろしていると守衛さんがどちらへ行かれますかとたずねてくれたのでとりあえず展望台を教えてもらった。52階の室内展望台で東京を眼下に見下ろす。東京タワーが近くに、スカイツリーが遠くに望まれた。新宿の高層ビル群を囲むように青山霊園、代々木公園、新宿御苑。方角を変えると皇居の森が望める。東京は大きな森が大きな公園がたくさんあるのがわかる。展望台を1周して53階の森美術館を巡り11時半になったのでヒルズ内のレストラン街を散策したが結局地下街のソバ屋でおなかを満たした。東京は概してそばはうまい。やや離れているサントリー美術館も行きたかったが時間の都合がつかなかった。ここで東京方面へ出るか新宿に戻るか迷ったがやや土地勘があり乗り換えのない新宿に戻る。新宿副都心の地下街をうろうろしているとゴッホの絵の展示のある安田ビルを思い出して行ってみると長期の休館中であった。残念。何とか時間をつぶしてJR成田エクスプレスに乗り1時間10分で成田空港へ。あとはピーチが福岡へ運んでくれ2泊3日の晩餐会と東京見物は迷子、いや迷老にもならずに福岡へ戻りついた次第。
 

5994.日本山岳会年次晩餐会出席と東京見物一人旅 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/12/12(木) 0:4
日本山岳会年次晩餐会出席と東京見物一人旅、その2


年次晩餐会は7日に無事終わった。翌8日は完全にフリー。都庁前(下、?)から東京メトロ大江戸線に乗って汐留まで。途中、六本木や麻布十番といったよく知られた駅を通過した。この路線に六本木があったのかと初めて気づいた。今回の旅の目的地の一つが六本木なので最終日の明日にでも立ち寄ることにしよう。汐留駅の近くにある浜離宮恩賜庭園(特別名勝・特別史跡)が今日最初の目的地なのだ。私の旅はごくおおざっぱで気に入ればいつまでも一か所で楽しみ気に入らねば早々に別のところへ移動する。それだけでなく乗り物を乗り違えても特に慌てることなく乗った路線で面白そうなところを探すのが好きだ。ツアーのような日程、旅程が窮屈な「旅行」という言葉は嫌いで自由度の高い「旅」という言葉が好きだ。つまり予定は未定、未定が予定、それが私の旅だ。その点、最近のSUICA、NIMOCAといった電子カードは乗車の際にあえて目的地を決める必要がないので大変便利で重宝している。目的地は乗ってから考える、小銭がいらないなど「旅人」にはなんと便利なカードだろう。
 さすが将軍家の別邸「浜御殿」といわれた浜離宮は見事な庭園で海水が入ってくる池、鴨猟場などいくつもの池があり海の魚が泳ぎ隅田川に接して水上バスの発着所もある。ここは庭園の美しさが背後にある高層ビル群を見事な借景として江戸風情と現代東京が調和している変わった庭園の印象を持った。最近行った明治神宮公園、皇居の北の丸公園、桜を見る会で騒がれている新宿御苑とはずいぶん雰囲気が違っている。
 浜離宮を楽しんで外に出ると築地市場650mの標識がありお昼も近いので大混雑の築地で何とか空席のあるすし屋で腹を満たした。築地駅から汐留駅に戻りここで高架を走るゆりかもめに乗り換える。混雑した車窓の隙間から東京湾が見え次に緩やかにカーブした巨大な橋が見えてきていつの間にかこの橋を渡り眺めのいいお台場海浜公園前で下車する。一帯は人工美の極致といいったらいいだろうか、自由の女神像の前の海にはいま渡って来たレインボウブリッジが長く長く対岸へ連なり遊覧船がたくさん浮かんでいる。背後には廊下で連結したビルには海が見えるレストランが並んでいる。せっかくのお台場だがじーさんの一人歩きでは何とも色気がない。しかもダウンのジャンバーを着てリュックを背負っている。昨日は大変寒かったのでダウンのジャンバーで東京に来た。今日はジャンバーを脱いでも暑いくらいだ。脱いでもかさばってリュックに入らず着て歩くしかない。浮浪者の様かもしれん。
 今日も同じホテルなので新宿に戻る。一緒にハワイに行ったH氏夫婦の娘さんが日本一忙しいデパートといわれる伊勢丹デパートで働いているので4時ころ顔を見に行くとすっかり東京人の顔をしている。夕飯でもおごろうかと言ったら今晩は忘年会があるといって振られてしまった。仕方なく歌舞伎町をうろうろして酒なしの夕食を済ませて歩いていると新宿ゴールデン街の前に出た。ここは多くの作家や漫画家などが青春を過ごしたところらしいが時間が早すぎたのか今は寂れたのか誰も歩いていないうらぶれた路地で立ち寄る気にもならずホテルに帰ってきた。今日は35000歩、歩いた。

5993.日本山岳会年次晩餐会出席と東京見物一人旅 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/12/11(水) 1:3
日本山岳会年次晩餐会出席と東京見物一人旅


毎年、案内をいただいて行きたいなーと思いつつも何となく締め切り期限を過ぎてしまう日本山岳会の年次晩餐会(忘年会)。今年は特にハワイ行きがあってまた締め切りが過ぎてしまったが追加の参加要請の案内が届いた。特に天皇陛下(会員)が出席されるということが書かれていたこともあり初めて参加させてもらうことにした
 晩餐会といっても最初に午後1時から始まり5時まで以下の4つの講演会がある。
第一部 日本エクアドル外交樹立100周年記念友好合同登山隊報告(登山隊メンバー)
赤道直下での氷河の山での交流
第二部 第21回秩父宮山岳賞受賞記念講演(安間茂樹会員)
西表島からボルネオ島へ 
第三部 海外登山助成登山隊報告(中島健郎会員)
第四部 ラカポジ南壁初登攀特別対談(舟津圭三、荻田泰永)聞き手神永幹雄会員
    いま、極地に注目.〜地球環境を考えるために

この間に山岳写真の展示、図書交換会、グッズ販売などが行われている。
いよいよ6時から忘年会、50ほどの円卓に各10人ずつ約500人が座り天皇陛下は最前列の富士山というテーブルに会長や受賞者とともに着席され会が始まる。陛下はこの会の参加を楽しみにされているそうで例年は13時からの講演会から参加されるということを私のテーブル笠ヶ岳のテーブルマスターの高木(福岡支部長)さんからお聞きした。高木さんは初参加の私に何かとアドバイスをしてくれるありがたい存在だ。私の席は陛下の席の二つ後ろと絶好の位置で、談笑される陛下の横顔がよく見えるしすぐ前のテーブルにBS2でおなじみの萩原編集長が座っている。陛下の横のテーブルには「山の日」制定に尽力されいくつもの大臣経験や自民党幹事長であった谷垣禎一会員が車いすで参加されている。陛下も加わった鏡割りが終わるとフランス料理が運ばれる。いわゆる忘年会とは異なりバカ騒ぎはなく自分のテーブルから離れてはならず和やかな中にも心地よい緊張感のある会で時折陛下に目をむけると本当に楽しそうに歓談されている。いつもは8時半ころには退出されるとのことだったが今回は9時まで会を楽しまれ笑顔で退出される際には自然と万歳の声が広い会場にこだまする。陛下の退出の後はテーブル間の移動も自由になり支部の紹介や記念撮影が壇上で続く。程よい酔心地で閉会。予定を1時間オーバーしていた。著名な会員がたくさんおられたが田舎のじいさんは度胸がなく挨拶ができたのは山渓OBで前副会長の節田さんや山渓現役の萩原編集長、北九州支部の関口前支部長くらいのものだった。福岡支部の参加者は高木支部長、渡辺事務局長、それと私の3人と永年表彰会員の代理でその息子さんが参加されていた。散会後、そう遠くないはずの私のホテルが夜ではなかなかわからず戻り着いたのは10時半を過ぎていた。



 



 

5992.(untitled) 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/12/6(金) 14:58
ハワイ、4泊6日の旅 その5


叔父、犬、母の永い介護生活がようやく終わりやっと海外へ行ける環境が整った。妻の第一希望はハワイ、私はスイスだったが今回はH氏夫妻の好意に甘えて妻の希望のハワイに決まった。飛行機の予約、ホテルの手配、現地での行程、などすべてH氏夫妻におんぶにだっこ、こちらで考えるとこはなくただついていくだけの大名旅行の旅だった。感謝。
費用も大変安上がりで貧乏老夫婦の我々にとって大助かり。しかし結構豪華な旅になった。
ちなみに 飛行機代(福岡〜羽田〜成田〜ホノルル〜成田〜福岡)と往路の羽田〜成田の高速バスの合計で一人91700円。現地でのバス代、食事代などの共通費が一人13500円。あとは個人の買い物や昼食などの小遣いを含めると総計155000となりツアーに比べても半額程度ではないだろうか。

心残りはビキニの水着をもっていっていなかったのでハワイの海で泳げなかったこと。それに超ビキニのお嬢さんが波と戯れるのをビーチチェアーでキリリと冷えたシェリー酒でもなめながながら半日ほど眺めていたかったのだが・・・・。あたかもジェームスボンドのように・・・・。

7日にある日本山岳会の年次晩餐会(忘年会)に初めて出席するため9日まで東京、令和天皇はお見えになるだろか。

5991.ハワイへ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/12/5(木) 11:50
ハワイ、4泊6日の旅 その4

早朝6時半に妻と散歩に出かける。多くの人がジョギングを楽しんでいる繁華街を過ぎてワイキキビーチの先にあるカピオラニ公園まで歩くつもり。知り合いが朝の散歩にいいよとラインで知らせてくれたのでそのアドバイスに従ったのだ。ワイキキではすでに泳いでいる人もいるし両腕に鈴なり小鳥をとまらせて遊んでいる人もいる。カピオラニ公園は動物園の先と思って歩くが標識がなくどこが目指す公園かわからない。やむを得ずジョギング中の白人女性に尋ねるとまさにこの芝生の広場がカピオラニという。それにしても広くて端っこまで歩く気になれず引き返す。ワイキキでは90歳を超えると思われる老婦人が娘と思われる70代くらいの女性と手をつないで海の中を沖に向かって進んでいる。「危なくないのかねー」と妻にいうと「念願のワイキキで泳ぎたかったのよ」という。
8000歩ほど歩いてホテルに戻るとH氏夫妻がご飯を炊いて待っていてくれ、ゆっくりと遅い朝食と楽しい語らいで過ごす。
 市バスでアラモアナショッピングセンターに買い物に出かける。娘に頼まれたキールズという化粧品の店、スケッチャーズという靴の店などを回るがとにかく広いショッピングセンターだった。しかし私には何を買ったらいいのかさっぱりわからないのでいつものように妻について歩くだけだった。妻は化粧品とお土産を買っていた。
 最後の夜は近くの海岸に横のホテルにフラダンスショウを見に行く。ホテルの庭からハワイのシンボルのダイアモンドヘッドかよく見えて大いに感激。突然の夕立が来たがすぐに止んでショウが始まった。3人のバンドに1人の踊り子、優雅なフラダンスショーだったが今日は落日が見れなかったのが残念とH氏夫婦はいうがわが夫婦はこの上なく満足だった。
ホテルに帰りおにぎりとロックのオールドパーで深夜まで話が弾む最後のハワイの夜。

5990.ハワイへ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/12/3(火) 23:46
ハワイ、4泊6日の旅 その3
ダイアモンドヘッド登山の日。一人5.5ドルの1日券切符を買って市バスで大学前のバス停で下車。緩やかな坂を登りトンネルを抜けるとたらい状の浅い火口らしき草原の中に料金支所、ビジターセンター、売店、トイレがありここが登山口だ。前方に阿蘇烏帽子岳のような山容を見せているのがダイアモンドヘッド(232m)の山頂のようだ。1ドルの入山料を払って最初は緩やかな道が火口の内壁にとりつくとジグザグの道となり登山者の列が山頂まで続いているのが見える。トンネルを抜けて山頂からの下山路が左に分かれていて小さな展望台になっている。ここは狭いうえに人が多く交代で展望を楽しみ右の急階段を抜け、塹壕跡と思われるコンクリートの低く狭い中をくぐって外に出る。山頂も狭いがまさに360度の展望が待っていた。ワイキキの高層の建物と青い海の人工物と大自然の取り合わせも面白い。混んでいたので登りは50分、下りは30分の登山だった。売店でかき氷やカットパインでのどを潤す。
 市バスでワイキキに戻りH氏の提案で昼食は満員の丸亀製麺で済ませダウンタウン散策へ。州政府ビル、イオラニパレス、カメハメハ大王像などを見学。広い州政府の芝生敷地は(日立の樹)巨木が多く木陰のベンチで無駄話を楽しんでいたが隣に座った巨漢の黒人の目つきが怪しく3人に合図して早々にホテルに戻った。
 ホテルの並びのレストランでステーキの夕食。450グラムのステーキは一人では多すぎ妻と半分に小分けしたがそれでも年寄りには多かったようだ。
 なお前日の夕食は運河を渡ったところにある海鮮中華でロブスターが舌にあっておいしかった。

5989.ハワイへ 返信  引用 
名前:五十嵐    日付:2019/12/2(月) 23:42
ハワイ、4泊6日の旅 その2

二日目はオアフ島内一周の一日バスの旅。プレスリーの映画ブルーハワイの撮影地ハナウマ湾〜潮吹き岩〜レイ作りとフリフリチキンの昼食〜サンセットビーチ〜ノースショアーマーケット〜ドールプランテーション〜パールハーバー〜モアナルアガーデン(日立のコマーシャルの巨木がみられる)〜ホテルというおきまりのコースらしい。とにかく初めてのハワイの景色、青い海、いろんな肌の人がのんびりとくつろぐ世界有数の観光地の一端を驚きのまなこで眺める一組の老夫婦だった。もうちょっと若い時に来たかったねーとはわが老妻の感想。


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